[感想] TV版リトルウィッチアカデミア 8話 眠れる夢のスーシィ
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[感想] TV版リトルウィッチアカデミア 8話 眠れる夢のスーシィ

2017-03-04 15:35
    こんにちは、ヘルシアです。

     中部では、春の陽気を感じる今日このごろですが、いかがお過ごしでしょうか。
     公私で少し忙しく8話の感想が随分と遅れてしまいましたが、書いていきたいと思います。


    ■スーシィの夢、アッコの夢
     僕らが見た夢のお話は、スーシィの夢の話だったのか?

     最後にアッコの夢オチとしてまとめられていたけど、カバン持ちの約束を覚えていたので、スーシィの夢であるようにも見える。しかし、スーシィの夢であれば、学校の崩壊についての論理性が合わない。

     制作側はきっと「自由に解釈すれば?」なんだろうけど、私として、スーシィの夢の話であって欲しいと思う。アッコに花をプレゼントした可愛いスーシィは、アッコが好きなスーシィだ。アッコとの出会いを大切にしているスーシィもいる。人を喜ばせたいと思うスーシィもいる。帽子から蛇を出すスーシィは、1話でアッコと握手をした時に、蛇を出すいたずらをしたスーシィが元になっているだろう。それだけ、アッコと出会った経験が、彼女の中で大きいということだ。

     そんなスーシィ達が、実はアッコの夢でした!とは、残念極まりないので、この話がスーシィの夢のお話だったと、結論づけたい。

     そこで、2つの可能性を挙げる。

     1、キノコのいたずら説
     2、眠れる森の魔女リセット説


    ■キノコのいたずら説
     スーシィの枕元に生えていた、キノコのいたずら説です。エンディングで最後に顔を出したキノコですね。

     キノコの胞子の力によって、アッコとスーシィの夢が混濁したのではないのでしょうか。ベッドが二階にあるロッテは、幸い胞子を吸わずに難を逃れたので、夢の内容は知らないと説明が付けられます。

     嵐の夜に実験するスーシィから、バットで殴られるまでがアッコの夢。スーシィの夢の中に入ったところから、二人の夢が混濁します。

     以降は、現実世界はアッコの夢、スーシィの夢はスーシィの夢として解釈することにします。

     最初の魔法薬の説明が適当なのも、魔法の知識が乏しいアッコらしく見えます。

     キノコによって壊れた学校は、アッコの夢なので問題ありません。

     また、最後のカバン持ちを覚えていたのは、実はスーシィがキノコの力を最初から知っていて、またアッコを実験台に使っていたとした可能性もあります。

     キノコに始まり、キノコに終わるところが、スーシィ回としてぴったりな説ではないでしょうか。


    ■眠れる森の魔女リセット説
     何しろ、キノコによって壊れた学校をもとに戻さないといけない。

     そこで、眠れる森の魔女が治った場合の説明が無かったので、スーシィが目覚めたことにより、スーシィから放出された魔力が元に戻り、その魔力によって起こされた出来事を"無かったことにする"という力が働いて、夢オチとなった! という話としましょう。力技ですが、TRIGGERの説明らしさを感じませんか。

     つまり、こういうことです。

     スーシィの実験は成功していて、彼女は莫大な力を手に入れていた!

     しかし、力を手に入れる代わりに、眠れる森の魔女という病を患ってしまった。

     なんやかんやあって、病を直すことに成功するけど、今度は直すことを代償にして、力を失う。ただし、学校やら皆の記憶はもとに戻る。

     実は、力は失っておらず、スーシィが今回の事件を隠すために力を使ったという見方もできますが、そうすると今後の話の説明が面倒くさくなるので、力は失ったことにしましょう。

     強大な力を手に入れるけど、最後にはやっぱり普通に戻る(損をする)という、ギャグアニメのお約束を守った面白い話だと思います。


    ■自己言及だよ必要なことさ
     8話の内容は、色々なスーシィを見ることができて楽しかったです。

     と同時に、「人は自分の中に生まれた気持ちを殺しながら生きていく」など、ちょっと深いことについて言及されていました。

     そんな中、気になったのはアッコとスーシィが寝ている姿を見るロッテです。

     メタ発言になり恐縮ですが、眠る二人を見つめるロッテの目線というのは、アニメの外の世界の目線で、アッコはアニメの中の世界の目線や製作の目線のように、見えました。

     つまり、アッコの「いいねえ、最高だね」と呟いているのは、製作の自画自賛。そんな様子を、冷ややか目線を送る世の中。という、ある種の自虐的なギャグを、散々自由に動き回ったアッコの後に入れてくるTRIGGER、カッコいいです。

     さらには、「自己言及だよ、必要なことさ」と言い訳も入れる。散々寄り道をして、描きたいスーシィを描きまくって、それでも、オリジナルのスーシィに会わせようとしない。すべては、製作の自己言及だよ。必要なことです。

     自己言及とは、自分で自分の事を説明するようなことです。ただ、「『俺って、カッコいい』という"俺"は、かっこ悪い。」というような、矛盾をはらむことになります。

     ここでの自己言及は、映画を見るスーシィがスーシィを振り返るのと同時に、製作が描きたかったスーシィってなんだっけ、というのを説明されのでは、ないのでしょうか。

     殺されていったスーシィたちは、スーシィの中の感情や可能性であると同時に、製作が考えたスーシィ案です。スーシィを作っているのは外の人間ですしね。

     そんな童話とするには少し難しい話題を出していくるところが、リトルウィッチアカデミアがただのギャグアニメではなく、かっこいいアニメであると言えるところだと思います。


    以上
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