音MADの源流とガ板文化【音MAD歴史考察】
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音MADの源流とガ板文化【音MAD歴史考察】

2016-11-27 23:38

    はしがき
     この記事は、以前投稿したブロマガ、「MADテープ」から「音MAD」までの道のりの補稿的な位置づけになります。そちらを読んでいないと分からないところもあるかと思いますので、未読の方は是非そちらからお読みください。

    音MADの誕生と先駆者

     既に記したことの繰り返しになるが、現在の「素材と曲を重ねる」タイプの音MADの原型は、現在確認できる限りでは、2ちゃんねるのガイドライン板で2004年に興った「オンドゥル(仮面ライダー剣)」と「接点T(代ゼミ講師)」のブームの中で登場したものが最初と言えるだろう。それまでに主に面白Flashの名で既にネットでは様々な音声MADのネタが広まっていたものの、「巫女みこオンドゥル」の出現までは、「誰もが知っているあの曲」のサビにぴったり載せてネタ音声が入るようなMADは誰もみたことが無いような存在だったのだ。今回は、このガイドライン板(通称ガ板)を中心にしたニコニコ以前の音MAD事情に焦点を当ててみたい。なお、この記事の趣旨は音MADの起源を一つに特定するものではない。他の様々なムーブメントの影響があったとする意見も複数あり、それらもまた真実を含んでいると筆者は考えている。今回の内容は、恐らく偏っているとは思うが、一ガ板民の視点から見たニコニコ音MADの前史とでも受け取っていただければ良いと思う。
     正確に言えば、2002年のムネオハウスの時代にも、権利上の問題からアルバムから除外された「黒曲」の中には、既存曲をベースに鈴木宗男議員の声を合わせたものがあった。これらは聴いてみると、曲と素材の組み合わせを狙ったと言うより、オリジナルのトラックの代替としてテクノやダンスミュージックの名曲を拝借したものであるように思える。何より、これらの「黒曲」は一度闇に葬られ、後に続くものが無かったのに対し、「巫女みこナース」のMADは定番となってニコニコ初期に繋がり、2015年現在でも新しい音MADが作り続けられている。今の音MADがどちらの血を引いているかは明白だろう。権利上の問題をコミュニティの中でチェックし、オリジナルの音楽を作ろうとしたムネオハウスの時代とは、今の音MADは目指す方向性が明白に異なっている。ただ、発想としては既存曲と素材の組み合わせという試みはオンドゥル以前にも存在したことは記憶に留めておかなければならないだろう。
    ガ板時代以前の「既存曲と素材」の組み合わせ例

    オンドゥルから代ゼミの時代へ
     さて、もう少し細かくガ板での音MADの歩みを見てみよう。先行の「オンドゥル」は、(恐らく素材自体の版権の厳しさもあって作られた音声の散逸が激しかったため)ニコニコ以前の時代には音源を使ったMADなどはあまり大きくは広がらず、2005年頃にはテキストでの「オンドゥル語」の語録的な使われ方に移行していった。後の音MADに引き継がれるようなコミュニティを成立させたのは、後発の「接点T」の方だったと言っていいだろう。「接点T」では、スレッドの有志によって「この点は出ねぇよお!」ガイドラインのまとめサイトが作られ、創作物などが2010年代まで公開され続けたこともあり、結果としてブームは息の長いものになった。
     「代ゼミ」のスレッドを紐とくと、最初は「荻野ラップ」や「荻野テクノ」などのテクノ系のオリジナル曲から始まったことが確認できる。当時、これらの曲を見てムネオハウスのような大きな創作ブームがまた来るのではないか、と筆者は内心期待してながめていたものである。残念ながら、ムネオハウスの柳の下のどじょうを狙う試みとしては、「接点T」は傍目にも失敗に終わる。拠点がテクノ板ではなくガ板だったので仕方のないことと思うが、オリジナル曲の投稿は数人程度の作者の細々としたペースにとどまり、「接点T」はムネオハウスのようにアルバムが出来ることもイベントが開かれることもメディアに掲載されることもなくスレッドの中で小規模に継続してゆくことになった。
     しかしながら、その隙間でじわじわと勢いをつけていったのが、巫女みこナース、ネコミミモード、ヌヌネネヌヌネノ(SEGA「きみのためなら死ねる」OP曲)、などの既存の面白さのある曲を使った音MAD系の作品だったのだ。スレを重ねるにつれて、オリジナルでない音MAD系の作品の投稿が大半を占める様相になった。2chやFLASHで流行のネタ曲や懐かしのアニソンなど、オタクが好きな曲は何でも接点MAD曲にしてしまうような勢いで増殖していったのである。既存曲をベースにした音MADを作る手軽で新しい楽しさに、スレッドに集まった作者たちが目覚めていくに従って、音MADというジャンルの原型、基盤が築かれていったのではない
    だろうか?
    自作テクノ曲から始まった接点tブーム

    テクノとMADの「接点T」
     この時代には、まだ既存の曲そのままに素材を載せてしまうということは、やはり後ろめたい行為だったようで、こうした音MADがスレッドに現われ始めた頃には、「すみません」「やっちゃいました」というような作者の申し訳なさそうなコメントが散見される。当時から音MAD系の投稿をしていたという作者さんに聞くところでは、「自分でオリジナルのトラックを作れない人が作るもの」という雰囲気はやはりあったそうで、テクノ、ナードコア系の音源の代替物や格下のものという扱いで広まっていった面があるようだ。ともかく、「接点T」のまとめサイトでは、オリジナル曲も音MAD系の作品も併せて同じ「曲」という区分で保管されており、生まれたばかりの音MAD文化とテクノ文化の共存するまさに接点となったわけである。音MADの「音楽」の部分を強化する場にもなったはずだ。
     この音MADとテクノの関係に衝撃を与えたのが、2005年の「MIYOCO」ブームであろう。MIYOCOもガイドラインで創作が広まったネタの一つだが、今回は小規模ながら専らテクノ系オリジナル曲中心のブームが来てしまったのである。中でも大流行した名曲「Hip Hop Shit!」を引っさげて彗星のように登場した友蔵氏の存在感は大きかった。友蔵氏はその勢いで「接点T」でも創作を始め、そのためか、オリジナル曲中心の「MIYOCO」と音MAD系中心の「接点T」のスレッドは、これ以降自然と相互リンクの関係で繋がり、ガ板での音ネタ系の中心的な拠点になっていった。PC上のソフトウェアでなく、実機のサンプラーとシンセサイザーを駆使して、タイムストレッチにより迫力のリズムを刻む友蔵氏の楽曲は、音源を重ねずに曲を途中で切って繋げる半ばMADテープ的な製作法がまだ多かった音MADの側にとっても、学ぶものが大きかったに違いない。
    さらに、ガ板で育った「接点T」には、アート、音楽の側面に先鋭化したムネオハウスとは異なるタイプの2ちゃんねるらしいネタ職人たちが集まった。そうして生まれたコミュニティの中には、テクノ系のオリジナル曲、音MADの原型のほか、語録とアスキーアートや改変コピペ、FLASH動画、マッドテープ式の音声切り貼り会話MAD、それらを歌ったもの、果てはBMSや演奏プログラムまで、考え付く限りの2次創作物が混在し、混沌とした世界を作り出していたのである。ここまで来ると最早「接点」ではなく交点であり十字路である。これはそのまま、インパクトのある素材が様々な形態の動画で表現されるニコニコ以降の流行の広がり方に重なってくる。レスリングシリーズ、チャージマン研、真夏の夜の淫夢などのパワーのある素材では、オリジナル曲や音MADにとどまらず、手描きMAD、MMD、BB劇場、歌ってみた、ゲーム実況などジャンルの垣根を越えて広がっていくのは、現在のニコニコでよく見る光景だ。その流行のパターンの原型が、「接点T」のブームには現われていたといえる。
    友蔵氏衝撃のHipHopShit!

    楽曲の縦糸が時代をつなぐ
     一方で、この時代に生まれたもう一つの流れが、曲を背骨にした流行である。この時代について言えば、もちろんその筆頭は巫女みこナースである。2003年にブームが生まれたこの曲は、電波曲の代表として2ちゃんねるなどで時代を超えて語り継がれた。この曲の生んだ一つの大きな影響に、MADのシリーズ化がある。もともとオンドゥルから代ゼミに引き継がれたネタ曲ではあるが、接点Tの流行の中でも一つのMAD作品にとどまらず、荻野、亀田、代ゼミ素材mixなど、素材を変えて再生産されていった。同じ曲で複数の作者による様々なヴァージョンのMADが作られるパターン、模倣による継承の流れがはっきり現われてきたのである。
     既存曲を基盤にした流行は、さらに時代を超えた流れを生み出していく。それまでのネットの流行は田代祭りにせよ、吉野家コピペにせよ、ムネオハウスにせよ、どんなに規模が大きくても一過性の流行であり、衝撃が駆け抜けた後は、ピークとなった流行年を記録して次第に収縮していく性質のものだった。そして、その時その時のブームの題材の性格で、どのような流行の仕方をするか、集まったネタ職人がどんなジャンルで作るかも、毎回大きく色が変わり、改変コピペだったり、アスキーアートだったり、FLASH動画だったり、DTMだったり、不謹慎ゲームだったりしたのである。「オンドゥル」も「接点T」も、その後の「miyoco」も基本的には同じ流行後の道を辿ることになる性質のものだった(これらのジャンルが再び勢いを取り戻すのは、ニコニコ動画で音MADのコミュニティとノウハウが成立してからである)。が、「巫女みこナース」と音MADはそうではなかった。曲のインパクトの大きさもあり、新しい音ネタが注目された時には、サビに載せてネタを連呼する音MADがお約束のように作られるようになったのだ。巫女みこナースのような定番の曲が生まれたことで、新しい音ネタのブームでも過去のオンドゥルや接点Tを意識する流れが生まれ、それと同時に過去の作品を踏襲して再生産するリスペクト要素が現われるようになったのではないだろうか。ここに来て、題材を基盤にして様々な楽曲や表現方法にまたがるブームによる「横」の流行と、定番のMAD曲を基盤にして過去の作品を参照する「縦」の流行が重なる土壌が現われたと言える。
     ニコニコ動画での音MADの発展が、MAD曲と素材の縦と横の結びつきで広がっていったことは言うまでもないだろう。言わば、2004年のガ板で起こった流行のパターンが、ニコニコ動画という革新的な表現の場で爆発的に再生産されたものが黎明期ニコニコの音MADなのである。2007年のニコニコでは、「盗んでいきましたシリーズ」という新しい楽曲のブームと、谷口や遊戯王からフタエノキワミに連なる黎明期の素材の流行が相次いで起こる。「巫女みこナース」に代わる圧倒的な「盗んでいきましたシリーズ」の流れに数多の素材が乗り込んでいくことでそれらは互いに結びつき、β・γ時代の英雄と総称されるようなニコニコ動画のムーブメントを作り上げていった。さらに、レスリングシリーズ、エア本、松岡修造、ドナルドなどを始めとする数多の新素材、また楽曲では、最終鬼畜他の東方曲やグルメレース、ボカロ、音ゲー曲などの爆発的な人気の流行が次々と誕生して、ニコニコの音MADとして相互に結びついたジャンルを組み上げていったのだ。素材だけ、楽曲だけの流行では繋がりきれず、短期のブームやコミュニティ内だけのものに終わったかも知れないジャンルたちが、縦横の流行の軸による網目のような広がりを持ったことで、ついに大きな共通の繋がりとしての「音MAD」という呼称を手に入れた。それは作者同士の結びつきを助長し、総合的な編集技術の継承と革新の道を開くことにも大いに貢献したはずである。ニコニコ以降では、むしろ歴史の長いジャンルの勢力は衰えにくく、楽曲の最新流行が訪れるたびに古い素材がそれに乗って勢いを取り戻し、曲の方は消費され尽くしてすぐに勢いを失っていく、という光景を最近はよく目にするが、それはまた別のお話である。大切なのは、素材と素材、曲と曲がそれぞれ順列組み合わせのように掛け合わせられることで、一過性のブームを超えて後に繋がっていく流れができたことなのだ。
    時代を超えた流行曲。巫女みこナース
     
    ネタテンプレの弾倉
     振り返れば、音MADの最初の揺り篭になったガイドライン板自体、テンプレに載せてネタを弄ることに特化した職人の集まる板だった。もともと、2ちゃんねる全体の情報を集める趣旨で作られたこの板は、吉野家コピペ、阪神大震災コピペ、「諸君私は戦争が好きだ」演説など、コピペとして2ちゃんねる全体に広められる怪しげな文章の収集の場から、単語を入れ替えて別のネタの文章に変えてしまう改変コピペの創作の場に発展していった。ガイドラインで収集されたネタの中には、少佐演説の他にも、ヴェルターズオリジナル、又吉イエス、コマンドー、ソードマスターヤマト、GUN道、みさくらなんこつ、画像も貼らずにスレ立てとな!の麻呂、そしてTDNスレや変態糞親父(本来この二つは全くの別物である)など、後のニコニコの流行となる題材も多数含まれていたのである。そして、これらのコピペスレでは、当然のように他のスレのネタが持ち込まれ、テンプレとなる文章と面白いネタの掛け合わせで改変コピペが量産される(題材によってはネタとテンプレの組み合わせが逆転する)という、後に音MADで見られるような順列組み合わせ式の改変創作の文化が完成していた。
     改変コピペの大半には音楽は無関係であり、音ネタの広まる前にはテキストトゥスピーチで読み上げさせる程度しか実音声にする方法がなかったが、作者や読者は改変された通りに脳内で再生して楽しんでいた。中でも、巫女みこナースや日本ブレイク工業のように、歌詞自体が電波すぎてぶっとんでいたものがテキストのコピペ単体として拡散してしまったケースに至っては、改変コピペは事実上替え歌作りであり、オンラインテキストの形のMADソングだったと言ってもおかしくない。実際、2003年の流行時の巫女みこナースのガイドラインスレッドでは、テキストトゥスピーチに音程をつけて歌わせる、「おもしろ替え歌」と言う今のVOCALOIDの前身のようなツールを用い、吉野家コピペを巫女みこナースのメロディで歌わせる試みまで持ち出されていた。この、おもしろ替え歌製作の派生で生まれた「くそみそナース」のFLASHが人気を博し、それが「巫女みこオンドゥル」の誕生に繋がっていったのだから、テンプレ改変コピペもMADテープやナードコアと同じく、音MADのルーツの一つであると言っても差し支えないのかも知れない。
     考えてみれば、もともとMADは替え歌ととても縁が深い。元の音源を切り貼りして作ったNEW MAD TAPEの系譜ばかりが取りざたされがちであるが、もともとMADテープの時代には、きちがいじみた無茶苦茶な音声を作るために自分たちで歌ってしまったグループもたくさんいた。MADソングとは自分で歌うものだったのである。替え歌の音声に自作アニメーションをつけた「農耕士コンバイン」「先公メッタ打ち ザ・ブンナグル」などがその代表に挙げられる。嘉門達夫の替え歌メドレーを最初の商用MADであると分類する向きもあるし、ゴジラのBGMに好き勝手な歌詞をつけた「福岡市ゴジラ」なども実際に歌ったMADソングに含まれるであろう。古来、日本人は五七五七七のテンプレに合わせて和歌を歌ってきた、テンプレ好きな民族であると思う。と、考えれば、格式に則った七五調のテンプレに合わせて滑稽さを詠み、時に「本歌取り」の技法で元歌の一部を改変して作られた「狂歌」なども、文字通りいにしえのMADソングだったのかも知れない、などという議論を妄想してみるのもまた面白いものだろう。

    MAD的発想を形にするには歌うしかなかった時代。

    テンプレか独創か
     音MADの成立に果たしたガ板とテンプレ文化の役割のようなものについて徒然と記したところ、まとまりの欠ける文章になってしまったが、要点は次の3つである。すなわち、ニコニコ以前の最初の音MAD製作のコミュニティはガ板に存在したこと、その中では現在の音MAD界隈を一つのものとして形づくる2つの軸、ジャンルの「横」の糸と楽曲の「縦」の糸の織り成す繋がりが既にあったこと、またその背景としてネタ同士を掛け合わせる改変コピペ文化の土壌が存在し、そのネタはニコニコにも引き継がれていること、である。思い切って言ってしまえば、素材を曲にリミックスするナードコア的文化がガ板的なテンプレコピペ文化に落とし込まれたことによって音MADが誕生したと言っても良いのではないだろうか?
     さて、テンプレ自体は必ずしも良いことばかりではない。確かに、ブームが来た時の勢いは凄まじく、流行曲を使ったMADというだけで一気に注目を浴びることができるし、視聴者にとっても話題になっている曲で作られたMADをまとめて辿っていくのは楽しいものだ。しかし、流行は必ず終わりが来るものであるし、特に最近のニコニコ動画での流行が続く期間は短い。テンプレ構成の最大の欠点は、新鮮味がない、飽きが来ることである。流行で盛り上がっている間はいいが、何度も見たような素材が使い古された曲に乗っているだけのMADを見たいと感じる視聴者は必然的に少なくなってくる。かと言って、オリジナル曲や全く誰も知らないような曲で人気が出るかと言えば、それもまた難しいところである。
     となるとやはり、新しい流行の担い手になるのは、これまで使われていなかったにも関わらずある程度の知名度があり、新しい素材の魅力を引き出せるような、勢いやリズム感に溢れた新曲になるはずだ。そのような音MAD向けの曲を見つけるのは簡単なことではないが、幸いなことに、音MADがニコニコで花開いて8年が過ぎても、魅力的な新流行曲を生み出すムーブメントは年々盛んになってきているように思える。今後も新しいテンプレは生み出され続けていくのだろう。
     古いテンプレにもまだまだ可能性はある。テンプレにテンプレ以上の要素を詰め込んだような音MADは、特に作者やマニア層に高い評価を受けることが多い。テンプレを必要以上に徹底的に再現したような緻密な作りの動画もコアな人気を集めることが多いが、やはりテンプレがあればそれを崩していくのがMADらしさではないだろうか。もともとMADとは、視聴者の意表を突くような組み合わせや切り替えで笑いを取って人気を獲得してきたジャンルなのだから。テンプレ外しどころか、不意打ちに次ぐ不意打ちで息をつかせないような自由すぎるMADもじわじわと増えてきている。また、一つのテンプレ曲だけで完結せず、それぞれに異なった文脈を持つ楽曲同士をうまく結びつけるメドレー的な手法を用いることで、新しい流れを備えたこのようなセンスのある作品がこれからも流行ってゆけば、同工異曲のループに陥ることなく新境地を切り開いてゆけるに違いない。不意打ちとテンプレはずしの笑いの精神があれば音MADの未来は明るい!という楽観的な結論を持ってこの文を締めたいと思う。

    ※ この文章を執筆するのに、以下のサイトと2ちゃんねるのスレッドを参考にさせていただきました。
    巫女みこナースのガイドライン
    ex13.2ch.net/test/read.cgi/gline/1054911805/
    オンドゥルルラギッタンディスカー!! のガイドラインthat.2ch.net/test/read.cgi/gline/1074995637/
    この点は出ねぇよぉ!!のガイドライン 纏めサイト(と過去ログ)
    www.geocities.jp/ogino_setten/index2.html
    奈良の基地外おばはんのガイドライン(※後続スレでは「奈良引越しオバサンのガイドライン」に改題 )
    ex13.2ch.net/test/read.cgi/gline/1110865929/
    友蔵保管庫
    tomozo-music.net/
    MadWiki
    stairway.sakura.ne.jp/madwiki/


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