ダメ出しとヨシ出しのおはなし
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ダメ出しとヨシ出しのおはなし

2016-07-23 14:55
    よくダメ出しをする人っていますね。


    私もそうなのです。


    その人を想って指摘をするということも、あります。


    ただ、私のような人は、他人にダメ出しをしているようで、
    実は、自分にダメ出しをしているのです。


    自分がダメだと思う部分を、他人に見てしまったとき、他人にダメ出しをする。
    それは実は、自分にダメ出しをしているというわけです。


    投影ですね。





    例えば。


    同僚が、いい加減な仕事をしている。
    それを見て、「ダメだなぁ、あの人は。仕事できないから。」と、そう思います。
    しかし実は、自分も仕事ができないと思っており、それをダメだと思っているのです。


    自分がダメだと思っている部分が露見したのです。
    だから、仕事ができない人にダメ出しをしたくなるというわけです。


    実は、自分を叱っておるのですな。


    自分を叱っているのに、他人にダメ出しをする。
    そういうことでして。


    仕事ができないのなら、次うまくやればいいのです。
    今はできなくても善いのです。


    そのように思うことだっていいはずです。


    ……


    「なんでうまくいかないかなぁ。」


    そう相談されたので、指摘する。
    この指摘はOKです。
    指摘を求められたのですからね。求められたので、指摘をした、というだけです。


    問題になるのは、
    指摘されるようなことをしたわけでもないのに、指摘を求めたのでもないのに、ダメ出しをされたときです。


    何をしたわけでもないのに。
    何気ない会話の中で、このように言われた。
    「お前はここがダメなんだ。」
    「お前は弱いなぁ。そんなことでどうするんだ。」


    「お前は弱いなぁ。」
    弱くても、それで人生を生きられるなら、いいじゃないですか。
    ダメではないです。それはその人の生き方です。
    本当はダメ出ししている本人が「自分にも同じような弱い部分がある」と思っているのです。


    「そんなことでどうするんだ。」と言っているので、
    過去に克服した部分なのかもしれませんが、
    克服はしていても、まだ弱いと思っているのです。


    自分にダメ出しをしているのです。
    ダメ出ししている人自身の領域の話なのです。


    もしかしたら、ダメ出しされた人は、ダメだと思っていないのかもしれませんよ。


    ………


    では、どっちが正しいのか。
    ダメ出しした人か、ダメ出しされた人か。


    正しい、間違いのおはなしではない、ということです。


    ダメ出しした人は、駄目と思っており、
    ダメ出しされた人は、良しと思っているのです。


    人それぞれの問題である。


    それに帰結します。


    シンプルですな(笑)。



    ………


    会うたびにダメ出しをしてくる人、または誰かのダメ出しを愚痴のように話す人。


    こういった人は、自分を指摘しているのです。
    目に付くのです。気になるのです。
    それは自分の中の気になっている部分に他ならないのです。
    自分にダメ出しをしているのです。自分に厳しすぎる人です。
    ガンガン自分を追い詰めているのです。


    もういいじゃないですか。自分を追い詰めるのはよしましょう。
    あなたはほんとによくやっている。
    見ていればわかる。めっちゃ頑張っている。
    周りは口に出さないかもしれませんけれどね。ちゃんとわかっていますよ。
    あんたはすごいよ。


    周りはこっそり評価しています。その評価は、口で伝えられることはあまりありません。
    だって、恥ずかしいじゃないですか(笑)。


    心の中に裁判官がいるのです。
    無罪か有罪か。自分をジャッジしている裁判官がいるのです。
    いつもジャッジしています。


    逆に言えば、常にジャッジされているのです。
    だから、何をするにも、何を言うにも。
    心の中の裁判官を意識して、ときには委縮してしまうのです。


    何をやってもダメ出ししてきます。
    だから、満たされることはありません。
    自分で自分にOKを出せないため、他人に評価を求めるのです。


    他人に評価を求めるしか、手が無いのです。
    それが、奇しくも、依存となります。


    それは、つらすぎるでしょう?


    ……
    ………


    上記の裁判官は、心の中だけの存在ではなく、実在することもあります。
    いつもガミガミ言ってくる人っていますでしょう?
    親かもしれません。兄弟かも、友達かも、上司かも、先輩かも、後輩かも。


    ガミガミ言ってくるその人は、裁判官です。
    その裁判官は、自分の中の事件をジャッジしているのです。
    言われているほうは、それを事件として扱っていないのかもしれないですから。


    黙ってても指摘してくれる人です。
    ありがたいことです。
    ただ、ガミガミ言ってくる人の話で、委縮してしまい、苦しいのであれば、
    そのジャッジはあまり必要ないと考えましょう。


    必要だと思うことだけありがたく受け取ります。


    それで善し、です。


    自分にヨシ出しをします。
    それで十分です。
    自分で選り分けて、いいのです。


    もしかして、それをダメだと言われましたか?
    全部受け入れろと要求されましたか?


    それを言ったのは誰ですか?
    自分ですか?他人ですか?
    本当に受け入れなければならないですか?
    もしかして、要求してきた人が望んでいることではないですか?


    その望みは、誰が叶えるものですか?


    ………
    ………


    自分をジャッジしてきた裁判官。


    私の裁判官は、心の中におり、厳しい人です。
    何をやっても、「よくできてるが、ここがダメ。」「俺が見てるぞ。」「手を抜くな。」
    そのようにジャッジする人です。


    うまく使えば、自分を研鑽する手段になります。
    しかし、行き過ぎると、あっという間に深い劣等感に苛まれます。


    劣等感が、自分を否定します。
    自分を肯定できなくなります。
    何をやっても楽しくなくなります。


    結局ですね、自分で自分を追い詰めていたというおはなしです(笑)。


    私は、心の中の裁判官とさよならをしました。


    『今までありがとう。おつかれさま。これからはオレがOKを出していくよ。マジ乙。』
    「それでええんか?」
    『それでいい。オレは自分を守りたい。ガンガン自分にヨシ出しをしたいんよ。』
    「そのヨシ出しは、ほんまに正しいんか?」
    『それもオレが判断する。これからの自分の人生を守るために必要なことやと思うから。』
    「俺は必要ないということやな?」
    『そういうことになるな。』
    「わかった。まぁそこまで言うなら、俺はクールに去るで。」
    『何をカッコつけとんねん(笑)。』


    最後はおどけるところが、私の裁判官の面白いところでした(笑)。
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