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ハラスメント問題と私。3.これがメイン記事です。
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ハラスメント問題と私。3.これがメイン記事です。

2018-05-11 21:33

    前記事
    ハラスメント問題と私。
    1.前提や背景
    2. 補足とVictim-blamingについて


    ※「自分が楽になる」ための「最近の私の近況報告」です。
    ※問題解決の提示などは出来ません。
    ※一度吐き出さないと他の投稿などに気持ちを切り替えられない私の弱さです。
    ※恐ろしく長くなったので分割して投稿します。一番読んで欲しいのは後半なので長い!と思ったらメイン記事をお待ち下さい。メイン記事だけでも読んでもらえたらうれしいです。
    ※文体の乱れやらすみません、しっかりと推敲した文章を作る体力がありません。カジュアルな「長いツイッター」的感覚でお読み下さい。

    はい、本題に戻ります。
    で、山口達也が起こした問題について当然のようにVictim Blamingが始まって、
    その言葉一つ一つがまるで私を責めているかのように、攻撃されているかのように感じ始めてしまった。というのも、色々な意見を見ていく中で「私には拒否する権利がある」と気付いてしまったから。
    このへんでTwitterでボヤきはじめてしまったので、何か思わせてしまった方もいるかもしれません、というかいます。ごめんなさい。改めて明言すると、私は現在は
    「特定の男性に性的なものをはじめとする一方的な要求をのむことを強制されていません。」
    私は私の体が自分のものになった、自分のもとに戻ってきたという感覚があるので、
    今、自分の体が自分のためだけのものであるということに安心を感じています。

    それから自分の精神の安定のために、その時期に自分がどんな風にツイートしたか、それを見返すことも今は出来ません。でもツイートしなくなってから、こんな風に考えてたよって話です。
    だから本当に、「私はここ1~2週間くらいこんな風に過ごしてこんな風に考えてました」って報告になって終わってしまう記事になると思う。啓発でも啓蒙でも問題提示でも解決法の提案でもない。
    現に、ここまで書くのに5時間かかってることと、頭がくらくらしたり、目の前がどんどん白くなったりしながら書いてたりするっていう、
    ちょっと「日常」を送れなくなってる私の備忘録であり、その等身大が何か役に立ったら、という厚かましさもあり。

    でもかつてはそうじゃなく、私は誰に教えられるでもなく、自分で意識するでも明文化するわけでもなく、
    「男性からの要求には応えなければならない」
    「男性から”女”として認められることは価値のあることだ」
    「男性から”欲求を満たす女”としての行動をとることは重要なことである」
    「男性を拒否して傷つけてはいけない」
    こういう考えに基づいて行動していたと思う。それに、この数週間でやっと気付いたんです。
    自分の体が自由になったと言いつつ、心は全く自由ではなく、今たまたま、嫌な思いをしていないだけで、
    SNS上で「これらの行為は、拒否してもいい。」「女性の価値は男性が決めるものではない。」ということを具体的な例を挙げて主張してくれる人が大勢いたことで、やっと気付いたわけです。

    気付いたというか、具体的な例示に「あれ?私これ経験あるぞ…あれ?」っていう風に心の奥底に封印していた記憶がぐああああーっと10年分くらい吹き出してきて、
    あの頃の違和感、嫌悪感、屈辱感、それらを全部認めてもらったんです、10年越しに。
    でも、その違和感や嫌悪感、屈辱感を感じながらも、とってきた行動で、自分が傷ついていることにやっと気付いて、しかも10年分のあれやこれやを一気に思い出してしまったものだから、

    ここからは自分でも説明ができないんですけど、ベッドから起き上がれなくなってしまったんです。
    どうしても休めないときや動かなくてはならないときはなんとか風呂に入って服を着て最低限の化粧をして、かなり痛い出費だけど、まさにドアトゥドアでタクシーをお願いして。
    ほんと不思議なの、全然起き上がれないの。おなかはすくけど「食べるのが面倒くさい」、
    風呂に入りたいのに体が全然動かない。

    交際相手と喧嘩することはできたけど、性的要求を断ることができない。
    性的要求は断れば相手は不機嫌になるもの。
    なんでこんな考え方が当たり前だと思っていたのかわからないけど、
    (実は今でもそういう考えなのかもしれないとすら思います。)
    もし今、交際相手の要求があったら、私は断ることができるだろうか?
    そんなことを考えたりします。

    考えの一端には、「学校」での馴染めなさがなんとなく孤独感を生み、
    「交際相手」がいることが自分の価値を証明してくれる、だから、
    自分に存在価値をもたせるために、交際相手は拒否してはいけない…
    という背景があったのかもしれない。
    Victim blamingから、勝手に「オトコ作って一目置かれたかったんだろ?」って声を聞き取っています。

    性的知識が学校の授業程度しかなく、「悪いものだ」「はしたないものだ」と考えていたから誰にも相談することはなかったし、相手のもつ知識が全てだったから、それに従うしかなかった。

    無知の恐ろしさ。性教育にはもっと力を入れて欲しいと切に思います。
    私が知っていたのは、「性行為を行うと妊娠する。」ということ。だから「絶対に避妊して」というのが、私が出来る唯一の要求だと考えていたのかもしれません。

    告白されてお断りする方法も分からなかった。でも傷つけてはいけない。
    それが第一だったような気がします。だから何度も同じ人から告白されることもあったけど、仕方のないことなんだと、丁寧に断ることが大事なんだと思い込んでいた。多分、これは長期的にみれば相手にとっても酷だったと思います。「調子にのっていた」のかもしれません。告白されることに酔っていたのかもしれません。そんなことないと言いたいのに、Victim blamingを拡大解釈して、自分で過去の自分を攻撃して、そんな風に考えたりしています。

    告白されたんだけど…という悩みなんて相談したら、「何?自慢?」そうなるのが目に見えていたからそんな相談はできない。…そんなのせいぜい中学生までで、もしかしたら高校も後半になればみんな落ち着いてきて、相談したら的確に私の問題点を指摘してくれたのかもしれない。
    でも、「こういう悩みは自慢だと思われる」という先入観に私が縛られていたのも問題だったと思います。

    交際相手の要求、というものに関しても、性的なものに限らず、
    「遊びにいっていい?」「家に来てくれる?」「食事に行こう」こういった種類の要求すら「拒否して傷つけてしまう」という感覚で、無理をしてでも応えていました。
    いつも、破局のあとは開放感でいっぱいだったのはそういうことかもしれない。

    でも、理由や背景はなんであれ、「嫌なことは嫌だ」と言っていい、
    別の場面では簡単にそのように主張してきたはずの私が、本当は嫌だったことを言えないどころか自分の感情に鈍感で、「そういうものなんだ」と受け入れてきたはずなのに、今更ショックを受けていることも「何やってんだ自分」って思ってるんです。でも、そう気付くきっかけとなった「こういうことは断って良い」「拒否していい」と具体的に語ってくれたSNSでの発信者の皆さんにも、本当に感謝しています。

    私の感情をつらつら書いているから、
    というか、もうある程度割り切れたと思って書き始めたんですけど、なんか全然割り切れてなかったみたいで、ぜーんぜんうまく書けません。寝込みながら考えてたことってなんだったんだっけ?ってくらい頭が真っ白です。ついでに目の前もやっぱり霞がかっています。

    そう、ええと、男性批判に感じてしまったらごめんなさい。
    私のかつての交際相手は、「早く別れて欲しいと思ってた(親)」「あのときのあなたはおかしかった(友人)」と言われるような人ばかりだったので、人を見る目もありませんでした。
    自立できていない私の未熟な精神が、悪い方向に考え方を固めていってしまったのだと思います。
    男性批判ではなく、(かつての交際相手への恨みはあれど)自分の精神・考え方に如何に問題があったのか、あのとき感じていたマイナスの感情をどうして押し殺してしまったのか、
    そういう後悔や表現できない感情から寝込んでしまったんだと私は思います。

    現に、男性を目の敵にしているわけでもなく、男性が怖くなった…ということもありません。
    前の記事の先輩とも意見の対立はあれど仲良くしていますし(体調を崩したことに関しても理解を示してくれました)、交通機関で男性の隣に座ることもできます。


    そして、私はここ数年で弁護士や警察など法を基準として活躍する方のお世話になったことが2件あり、私はサポート…というか被害者本人だけでは精神的にもやっていけなかったので、付き添いや資料作りの手伝いをしていました。

    そこで起こった出来事や時系列を記録することの重要性を身をもって感じ、
    習慣のような感じで、寝込んでしまった時の「今の気持ち」「どうしてこうなったか」「どういう経験をしたか」を書き起こしてみたんです。体調がよくなってから。

    それでも、具体性を大事なところで隠してしまったり、書けなかったりと、誰にも見られない文章だと分かっているのに、どうしても書くことができなかったし、書くために思い出すことも辛かった。
    特に、性行為に関することなんて、とてもじゃないけど書けなかった。心がつーっと冷たくなって。

    だから、メディアなどで取り上げられている「告発者」「告白者」は、とてもじゃないけど簡単にできない、自分で自分の心を突き刺すような行動の末に告発のための資料を作っているということを、改めて感じました。

    警察署に同行した時も、資料作りは本当に辛そうでした。必要な内容を確認しなければならないから、気持ち悪い、吐きそう、と言いながら資料をプリントアウトしたり書き起こしたりする友人、警察署で体をこわばらせて、手を冷たくして、まるで悪いことをしたみたいに、問い詰められる友人。側で見ていたはずなのに、改めて、その行動の強さと勇気を知りました。


    だから、簡単に詐欺だとかトラップだとか、言わないで、って本当に思うし、
    どれだけ証拠を用意しても、どれだけ酷い目にあっても、体に問題が起こっていても、
    法に照らし合わせたら、動いてもらえない。そういう出来事はいっぱいあるんだよって。
    テレビやSNSを見ていて思います。

    それから、芸能人の個人的な感想を言うだけなら報道でも何でもないから、
    むやみやたらに取り上げるのも止めて欲しい。
    私は被害者ではないのに、もうテレビを見るのが辛くて仕方ない。
    もう、本当に、放っておいて。法に任せたのだから、もう、取り上げるのは終わりにして。
    とおもって過ごしています。
    取り扱うのなら専門家を呼んで、正しい問題点の指摘や、同様の事件が起こらないようにどうしていくか、建設的な報道を。どうかどうかと願いながら、テレビを避けて避けて過ごしています。


    それから、これは発言者や創作している方もこの文章を見ることがあるだろうと
    分かった上で書くのですが、これは私の感情で、でもあなたそのものを否定しているわけでも、嫌いだというものでもなく、

    「未成年のキャラクターに、未成年だということに性的価値を見いだした発言・イラスト」
    「薬を盛る、無理矢理性行為する」などの創作にも、苦手意識が激しくなってしまいました。

    作品と現実は違う、分かってはいるけど。そういう自分もよく分かりません。
    俳優さんや女優さんを対象にした発言などにも前よりも敏感になってしまいました。

    確かに私は「考えすぎ」で、「過敏すぎる」のかな、自由ってなんだろう、
    発想、表現の自由ってなんだろう。
    身体や精神の自由ってなんだろう。

    ここ数ヶ月、蓄積した分、多分今、あふれ出てしまっているんだと思う。
    しばらくしたら落ち着くんだと思う。
    でも、私がこうやって悩んだこと、体調を崩してしまったこと、
    それは私だけの問題ではなく、ハラスメント問題を考えていくなら、
    こういう人もいるという表明が、どこかで役に立ったら良いなと、

    私の感情や感覚を書いてるだけですと言いつつ、
    おこがましく思っています。


    おわり!

    あ~~~なんか湿っぽくなってしまった!そうしたかったわけじゃないのに!
    とにかく、ぶっちゃけそんな感じで寝込んじゃったり、今でも起き上がれない日があったりするけど、ゲームしたい!って気持ちはあるし、GW期間中に旅行にも行けたし、

    前のような日常を送れなくなっていても、「大丈夫」ではあるんです。
    でも、リアルタイムでツイッターに投稿した時に、意見を下さった方、心配してくれた方、
    本当にありがたかったのと、(男性批判ではないことの証明になるかわかりませんが、男性からも共感や励みになる意見を頂きました)

    さて、この投稿を一区切りとして、またTwitterでも気楽な発言をしたり、
    TVゲームを楽しんだりしたいと思います。


    まとまりのない、最後まで乱れっぱなしの文章を、読んで下さって本当に本当にありがとうございます。どうぞこれからも変わりなく、よろしくお願い致します。


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