萩埜まこと「熱帯魚は雪に焦がれる【2】」
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

萩埜まこと「熱帯魚は雪に焦がれる【2】」

2018-04-30 07:38
  • 9



©KADOKAWA CORPORATION 2018
とある海辺の町にある高校の水族館部(!)に所属する少女たちの関係を描く、萩埜まこと先生の「熱帯魚は雪に焦がれる」第2巻が刊行されましたね!!!

転校直前に体験し、小雪先輩と知り合い、水族館部に所属するきっかけとなった水族館部の一般公開を、今度は部員として小雪先輩と一緒に運営する側となった小夏。
しかし、小雪先輩のようには上手く対応できず、凹んでしまった小夏に対して、思わずハグしてしまった小雪先輩は気まずさを覚えてしまいますが、小夏の凹んだ理由を知り、アドバイスできたことで無事解決(?)
さらには、夏休みに部活の一環として、近くの青島に一緒に魚釣り(!)に出かけた二人ですが、小夏が寝坊したり、なかなか釣れずにまたまた凹んだり、急な雨に降られたりと、アクシデント続きでしたが、「デート」としては楽しめたようで。
そして、夏の最大イベントともいうべき夏祭りが近づいて、小雪先輩は小夏と一緒に行きたいけれど、自分から誘えず悶々としたり、小夏と楓の仲を誤解(?)したりしたものの、帆波先生の後押しもあって、二人で夏祭りに行けることに。

ということで、相変わらず小夏と小雪先輩の仲は、一般公開で相手の負担になっていないかとか、スマホの連絡先を交換する、夏祭りに誘う、といった何気ないことに気を回し過ぎてジリジリしてしまうところが、何とも言えずあまずっぺ~ですよね(笑)

また、百合で主人公たちの親というと、影が薄いのはまだしも、全く無関心か、逆に過干渉過ぎといったダメ親が定番なんですが、帆波先生や小夏パパなど、ちゃんと子供を見ながら、適度な距離を保っているいい親子関係に描かれているのも、好感が持てますね。
あと、ホントに夏祭りとかに湧いてくるナンパヤローって、ウザいですよねぇ…

それにしても、やっぱりこの作品の小夏と小雪先輩という、不器用で臆病者な似た者同士(萩埜先生曰く「双子」とのこと)のカップリングが、ありそうでなかったところが新鮮ですし、そんな二人の短所も含めて肯定してくれているような雰囲気が、派手さはないものの、最高なんですよね!!!
すでに次巻は今年の夏発売が決まっているみたいですから、萩埜先生には、引き続き二人のことをよろしくお願いしたいと思います。


広告
×
ときどきコメントつけるoilstoneです。こういう記事には安堵します。はたして第二巻(第三巻)が出るか?と心配しつつ買った経験は多い。
不安定です。いつも、薄氷を踏む思いで百合作品を買っています。出版不況ですのでしかたないのでしょうけれど。

あ、去年八月の記事にもコメントをつけました。暇なとき読んでください。
27ヶ月前
×
>>1
oilstone様

こちらでも、どうもです(笑)

私の拙い文章でも喜んでもらえて幸いです。

まあ、こちらは百合ファンにも安定して人気があるみたいですし、カドカワさんは最近の百合ブームの台風の目ですから、以前の百合姫よりはよほど安心できるのは、いい事なんでしょうかねぇ(苦笑)
27ヶ月前
×
おーらんどー様、ええっと・・・、ワタクシめもお邪魔を・・・、こんにちは。最近は、王道百合の良作は豊作でホクホクですね。これも、凄くいい!変にクセがなくピュアなところも良いですし、まだまだこれから、と思わせる、ふんわりした感じが堪りません。テンプレとかワンパターンとかいう言葉は、創作活動をしていない者が口にすべきではありません。そんな事をグダグダぬかす輩は、エドワード・ゴーリーの作品(絵本ですが)でも読んで落ち込んで無口になってください。閑話休題。この先、ハッピーなのかブルーなのかは分かりませんが、このピュアな王道作品を、応援し続けたいと思います。
27ヶ月前
×
>>3
いえいえ、いくつでもコメントは大歓迎ですよ(笑)

この作品、一見テンプレのように見えますが、実は人見知りで気を回し過ぎな似た者同士という関係は、あまりないので、それこそテンプレの一言で片付けてしまう輩こそ見る目がない、ということなんですね。

ということで、「はなにあらし」とはまた違った意味でのピュアさに溢れた「百合」として、これからどういう展開が待っているのか、とても楽しみな作品ではありますね。
27ヶ月前
×
DICKEYさん初めまして。急に興味が湧き、ブックライナーで(ああ、古いやつだと呆れられてしまうでしょうな)エドワード・ゴーリーの作品を呼び出してみました。個性派のようですな。古い作品も生き延びているということは、きっと深く根を張る作家なのでしょう。読んでみます。
ヴィトルト・リプチンスキというひとが、著作の中で発明を二つに分けていまして。少々考えさせられました。たしかに。大きく羽ばたくような発明はめったにない・・・・・・・
27ヶ月前
×
「独創性」と「亜流」というと、普通は「独創性」は尊重され、「亜流」は否定的に捉えられるのが一般的ですが、「独創的」な作家及び作品も、受容され、さらに「亜流」が発生しないと、孤立したまま忘却されてしまうものだと思っています。

「亜流」の存在を、「独創性」の裾野を広げ、より受容できる範囲を大きくするという積極的な意味で捉え直す必要があるのではないかと考える次第ですし、一つの有名作品ばかりを持ち上げるだけで事足れりとするのは、私個人としても避けたいところですね。
27ヶ月前
×
>>5
oilstone様、初めまして。ああ、そんなに、真面目に捉えられてしまうと恐縮です。いつも「良い子」には「いつでも会える」と「チャーリー・ブラウンなぜなんだい」を薦めて挙げて、「悪い子」には「おぞましい二人」を薦めて1週間くらいは鬱にさせるというお仕置き(もちろん、大人限定です)をしているだけで、深い意味はありません。どちらかと言えば、読まないでください。正直、不快な思いをさせてしまうと思いますので。
27ヶ月前
×
>>6
おーらんどー様、全く以て、その通りですね。映画にしても、ロジャー・コーマンやイタリアの数多くの制作者たちが胸を張って制作した亜流作品がなければジャンルなどという組み分けすら成立しなかったでしょうし、音楽にしても、新しい表現と思われたものは実はヘンデルやバッハ以前の音楽史を辿れば・・・とか、新しいリズムと思われていたものは実はアフリカの古い部族の間で何世紀も前から踊りに使われていたとか・・・。1つの作品に出会ったら、そこから様々な関連作品に触れてオリジナルに向けた旅をする、くらいの考え方で、「亜流」と呼ばれる落とし子がいかに成長を遂げて来たかを楽しめるような「鑑賞」を心掛けたいですね。実際、「オリジナル」よりも「2次創作物」の方がずっと、心の琴線に触れたなんてこと、いくらでもありますし。
27ヶ月前
×
>>7
  早速の御返事ありがとうございます。はて?いったいどんな作家なのでしょうゴーリー先生。邦訳は多いようですが。
  もうだいぶ前ですが、ミリオタのひとが、真に優れた兵器は必ず模倣(追随?)されると語っているのを読んだ記憶があります。模倣されなかった兵器は、一見高性能でも実はそれほどでもない。詩的に言うと徒花でしょうか。
  そうだ。私は最近あやねという作家に注目しています。ワニマガジンから、一冊だけ単行本を出している人なのですが、百合の求道者らしくて。気が向いたら試してください。
27ヶ月前
コメントを書く
コメントをするには、
ログインして下さい。