野中友「ハミングガール」&ひるのつき子「白銀ギムナジウム【上、下】」
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

野中友「ハミングガール」&ひるのつき子「白銀ギムナジウム【上、下】」

2014-10-23 20:02

    今回、百合姫コミックスとして同時発売された野中友先生の「ハミングガール」と、ひるのつき子先生の「白銀ギムナジウム【上、下】」ですが、それぞれが同人で発表されたものでありながら、いい意味で非常に対照的な百合作品となっていましたので、いつもとは趣向を変えて(?)、この2作品を合わせて紹介したいと思います。

    まず、それぞれの絵柄からして、「ハミング」はシンプルで現代風のポップな可愛さを感じさせるのに対して、「白銀」のほうは、緻密でヨーロピアンな繊細さと重厚さ溢れるものとなっていました。

    内容のほうも、「ハミング」は少女たち同士(一部は元、ですが(笑))の他愛ない日常に芽生えた、ちょっとした特別な感情をスレ違いやいじわるな気持ちも織り交ぜながら、さらりと描いていて、肩ひじ張らずに読むことができました。
    そして、この他愛のなさこそが、この作品の一番素晴らしい部分なのだと、私は言いたいですね。

    一方、「白銀」は、様々な事情により孤児となった少女たちを保護している寄宿舎を舞台に、無邪気で分別の無い子供から、諦念と分別のある大人への(成長ではなく)変化を軸に、親子や男女に比べて、女性同士のつながりは取るに足りないものだという、無自覚であるため一層たちが悪い先入見による圧力に曝される少女たちの、それぞれの選択と運命を描いていて、読み応えがありましたね。

    それから、それぞれ描き下ろしも載っていて、「ハミング」のほうは、友情と恋愛の間のグレーゾーンをあえて楽しんでいる(?)かのような少女たちの想いを、しっかり着地させてくれていて、微笑ましかったですね。

    また、「白銀」は70ページ(!)に及ぶ分量に見合った、一旦は周囲の圧力に屈したと思われていた元少女たちが、大人になること=経済的に自立できるという社会の変化に後押しされるように、思い出を思い出として終わらせないように再出発する様が描かれていて、心を打つものがありました。
    特に、惹かれあう少女たちにとって、常識と言う圧力を体現していたかに見えたマリア先生ですが、実は彼女も女性同士のつながりの脆さという現実の厳しさを、一番実感していた存在ではなかったのか、と思い至るに及んで、子供から大人への変化で人間は終わるのではなく、大人になっても変わることができること(エイミーとフィオナ、トトとエリスへのマリア先生の対応の決定的な違いと、それだからこそ、あえてフィオナを閉舎式に招いたとも)も描いていたように思いました。

    以上のように、この2作品は現在における百合の可能性のそれぞれの極を、見事に表わしていて、二つ併せて読むことで百合の良さがさらに際立つように感じる事ができましたね。

    野中先生、ひるの先生、ともにこれからも素敵な百合を描いていってもらいたいと思います。


    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。