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UNTIL DAWNから読み解きCELOの表現規制を考察するのだ。
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UNTIL DAWNから読み解きCELOの表現規制を考察するのだ。

2020-12-09 20:54
    いらっしゃいませなのだ。

    おいなりやおやなのだ。

    UNTIL DAWNの配信を振り返って見て、

    CEROのいう「残酷描写」というものが何を意味するのかが透けて見えたのだ。

    定義するなれば、

    「生きている人間(人型クリーチャーは除外)の人体の部位の欠損(破損はOK)」


    ということに相成るのではないだろうか。

    しかしだとすると、不可解な点がある。

    トラバサミにかかったマイケルが自身の指を切断するシーン(13:12〜)があるのだが、


    これは上記の定義に当てはまるのだが、何故なのだ?

    ただの審査漏れなのか、はたまた自身の意思による行動なるOKとかいう独善的な基準でもあるのか?

    首の切断シーンなどは、これでもかと言わんばかりに綺麗に暗転しているにもかかわらず、

    エミリーがプレスに挟まれてミンチになったり(欠損じゃないからおk)、

    ハンナの亡霊が顔の皮をベロンと剥がしたり(人外だからおk)

    さらに刺激的な表現はザルのくせに。

    「人間の身体欠損」に対する異常なまでの執着がある。

    ここで一つの疑惑が浮上したのだ。

    つまりはそれが抗議対象、おいなりの考察では、

    これ身体障害者の支援団体もしくはそれを悪用する悪い大人がゴネてんじゃね?


    という結論に至ったもちろん個人の見解なのだ。

    だからなんなのだという話だったのだ!

    psychobreak-DLC-の投稿も始めたのだ。

    DLCらしからぬ濃厚な物語なのでそちらも併せてよろしくなのだ。

    最近寒くなってきたのだ。

    皆も風邪などひかないように気をつけるのだ!

    おいなりは服を買うお金がないのでゴミ捨て場に大量に捨ててあった布マスク(コーローショーノマスク)を腰に巻いて今日も寝るのだ!

    さらばじゃ!






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