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【ゲーム夜話】初めてのシミュレーションゲーム「信長の野望 全国版」
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【ゲーム夜話】初めてのシミュレーションゲーム「信長の野望 全国版」

2021-04-30 09:44
  • 4

どうも、おーけーです。

【ゲーム夜話】ではゲームに関する色々なことをテキトーに語っていこうと思います。
あまり詳しく調べずに私の記憶に頼って書くかもしれません。
記載内容に誤情報があっても御容赦いただきたい。

第2回のゲーム夜話は
「信長の野望 全国版」
です。
光栄(現・コーエーテクモ)のゲームです。
自分が戦国大名となり日本全国を支配下に治める―というゲームです。
ターン制の戦略シミュレーションゲームで8人まで同時プレイができます。
本作、オープニング(確かエンディングにも?)に出てくる
「人間50年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり…」
は、みなさんもご存じのフレーズですね!

信長の野望は私にとても大きな影響を与えたゲームです。
兄の友達がこのゲームを私の家にもってきて、何人かでプレイしていたのを見たことがこのゲームと出会ったきっかけでした。
私の家にはパソコンがありました。シャープのX1(エックスワン)です。
中学生だった兄とその友達たちが、日本地図に漢字が書かれたエリアを見て、とったのとられただの、数値を見ながら「これが低い」「あそこは強い」だの言って信長の野望を遊んでいたのを見ていましたが、意味がわかりませんでした。

「これはゲームなのか?」「何がおもしろいのか?」

当時私は小学校3年生でした。ゲームといえば、ディグダグ、マッピー、ゼビウス等(あれ?ナムコが多いな)自分の操作するキャラクターを動かして敵をやっつけるタイプのものが主流でした。
(まだ、任天堂ファミリコンピュータも発売される前の事です。)
私にとってシミュレーションゲームというものがさっぱりわからなかったのです。


↑PC版のパッケージです。

兄が友達から信長の野望を借りてやっているのを横で見ながら、少しずつルールを教えてもらいました。
他の大名を倒し領土を広げていくゲームプレイをみて、「おお~!すげー!」「つえー!」と面白がっていました。ルールをそこそこ理解した私は兄に「ぼくもやりたい」とお願いし、同時プレイをしてもらうことになりました。

そして、兄と弟と一緒に3人で同時プレイをしました。
当時のパソコン誌「ログイン」(今もある?)の信長の野望攻略記事を見て、どの大名が有利なのかを考えました。そして私は兵糧・金、兵が豊富な大名「今川義元」を選びました。兄は長曾我部元親、弟は織田信長でした。



ゲームは1560年春から始まります。今川義元は最初から41歳で、全国統一するにはちょっと高齢です。


戦闘画面です。これは美濃での戦闘画面ですが、おそらく稲葉山城を意識して「攻めるのが難しい」地形になっているのだと思います。


弟は徴兵をしすぎて兵の忠誠度が下がったところに運悪く謀反が起こり、まさかの織田信長早々の退場となりました。

私は武田信玄、徳川家康を討ち果たし、東海一の弓取りを名乗りました。(ゲーム中に「名乗る」というコマンド・アクション等はありません。ゲームプレイ中に私が勝手に自称しただけです。なお、「東海一の弓取り」は信長の野望設定資料集の今川義元の説明に書いてありました。)
その後も美濃や飛騨を領土にくわえ、中部地方の大半を領土にしました。
しかし、そのころ兄は九州、四国、中国、近畿地方を制圧しており、近江・尾張(兄領土)と美濃・三河(私領土)のあたりでいよいよ兄との対決になりそうでした。

戦力的にも兄の方が強く、戦っても負けそうでこわかった私は、「自分(今川義元)の寿命による死のあとに入札(信長の野望・全国版では、大名が死ぬと跡継ぎはなく、隣接国がお金で空いた土地をとっていくことになります)で領土を(兄が)とること」を提案しました。
兄は「あぁ、それでもいいよ」と提案を受け入れ、結局兄弟戦争はおきませんでした。
私が寿命で亡くなるまでの時間も、私の領土になっていない北陸地方を兄が侵攻することで、長曾我部軍の版図拡大を滞らせることもありませんでした。

やがて今川義元は寿命で亡くなり、今川領だった美濃、飛騨、三河、駿河・遠江、甲斐・信濃、相模・武蔵、下野はすべて、入札によって長曾我部のものとなり、私の信長の野望・全国版初プレイは幕を閉じたのでした。

とても満足でした。
このゲームプレイをきっかけに親にねだって、信長の野望・全国版(X1版)を誕生日に買ってもらいました。
14800円だったと思います。


PC版のパッケージに入っているものです。このころは5インチFDが主流(出始めかな?)でした。

こんなに高いもの(ましてPCゲーム)を小学生に買いあたえるなんて…と今の私は思ってしまいます…。親は金持ちだった…。
しかし、これをきっかけに戦国時代にはまり、歴史を勉強するようになったのも確かです。
各大名の名前、日本の都道府県の旧名、歴史的事実だけでなく、日本の地理(都道府県名だけでなく、河川・山も)もこの頃憶えました。
信長の野望・全国版には設定資料集みたいなものがついていて、それは信長の野望・全国版に登場する全大名について解説がされている冊子でした。
それを読んで、織田信長や徳川家康、上杉謙信、武田信玄等有力大名を知りました。
こういうのは、今も好きですね。
小学館の「日本の歴史」(小学生向けの本です)も、信長の野望から始まった歴史ブームがきっかけでたくさん読むようになり、興味をもって学ぶことができました。
今も「楽しかった思い出」として私の中に残っています。

やがて、信長の野望・全国版の次の信長シリーズ「信長の野望・戦国群雄伝」が発表されるのですが、
・配下の武将がいる
・籠城戦がある
が追加されました。これはとても画期的なものでした。
私は大興奮でした。結局、小学生で経済力のない私はこれを買うことはできませんでしたが…。

―というわけで、信長の野望・全国版は、私にとって、初めてのシミュレーションゲームであり、歴史ブームの火付け役でもあり、さらに自分の「勉強動機」のあげるためのきっかけにもなった、とても意味深いゲームなのでした。
光栄さんありがとう!
…まぁ、その35年後にコーエーテクモさんの株で160万の損失を被ることになりますが…。


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優助です。

[信長の野望]懐かしいです。
私はおーけーさんのように過去の記憶が鮮明ではないのですが、少しづつ思い出してきました。
私の家にも父のPC(PC-8801とか98)がありましたが、私はファミコンがメインで熱中していました。ただ中学に入り、同じく光栄の[提督の決断]と出合い、食事と寝る以外はずっとやっていたのを思い出しました。
高校時代はバイトをしてPC-9801DXを買い、さらにゲームにのめり込んでいくのでした。
(;^ω^)
1ヶ月前
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>>1
優助さん、コメントありがとうございます!
PC-88, PC-98!NEC隆盛の時代ですね!
PC-88, PC-98はX1に比べてゲームも多かったのでとてもうらやましかったです。
優助さんとは共通の話題が非常に多いですね!
しかし、提督の決断は私はやったことがないですね~。
あまり太平洋戦争には詳しくないですが、どんなゲームなのか…。軍の将校とかでてくるのかな?
1ヶ月前
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>>2
広い太平洋で敵の機動部隊位置がわからない状態で、索敵をしながら連合艦隊を進めて行くところがワクワクしましたね( ꈍᴗꈍ)
私が持っていた初代は将校を選んだりはできなかったような。
近所にソフトが売っている店が無くて、金沢まで電車で行き買ってました。今は本当に便利になりましたね。
1ヶ月前
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>>3
あー!わかります。
PCソフトを扱っている店はかなり少なかったと思います。
私は秋葉原でしたね。電車代がばかにならなかった…。
あとは通販かなぁ。
雑誌記事の間に通販の店の宣伝があって、ページいっぱいを使って取り扱いソフト一覧が値段と一緒に書かれていました。
懐かしいなぁ。
1ヶ月前
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