それからは特に話が弾むこともなく、料理に集中した。すべてのメニューがきっかり午後六時にテーブルに並ぶと、沙羅も仕事部屋から出てくる。
「いつもよりちょいと早い夕食だわね」
「崇城さんをあまり遅くまで引き留めてはいけないしね」
三人揃って着席。零次はパンッと両手を合わせた。いつもはこんなことはしないのだが、崇城がいるので格好つけてみたかった。
「いただきます!」
「……いただきます」
崇城が酢豚を一口。もくもくと咀嚼し、こくりと飲み込むのを見届ける。すると彼女はほんの少し笑った。
「どう? 味は」
「まあ、普通に美味しいわよ」
「それはよかった! おかわりはあるからどんどん食べて」
「でもこれなら、私が勝つ自信があるわ」
「あ、そういう意味で笑ったんだ……」
「委員長さん、料理が得意なのね。魔法の修行ばかりしてたわけじゃないんだ」
「充実した食事が戦いを支える……と母から教わったので」
「そのとおりだね。知り合いのクリエイターで、自炊ができないもんだから毎日レトルトってのがいるけど、体悪そうなんだ。そのうち、仕事どころじゃなくなるよあれは。あたしは零次がいてくれて助かるわホント」
崇城はもう味のことは何も言わず、淡々と食事を進める。そこで零次は閃いた。
「勝つ自信があるっていうなら、崇城さんの料理を食べてみたいなあ」
「お断りよ」
「どうして?」
「私が料理を振る舞うのは、仲間に対してだけよ」
「そっか。じゃあ仲間と認識されるように頑張るよ」
「何を頑張るっていうの!」
「だからエターナルガードの使い道を研究するんだって」
そう、まずはそこから。雪街の指令を遂行しなければならない。
自身の体に埋め込まれた、あらゆる攻撃を防御する魔法の玉。はたしていかなる応用が利くのだろうか。
いっそ、この姉に意見を聞くのもいいかもしれない。エターナルガードのことは、崇城を招いた理由とともに最初に説明しておいてある。ゲームクリエイターならではの発想を期待してみたい。そう言うと、沙羅は数度首を捻って、やがて口にした。
「たとえばさ、ふたりがお手々繋いでたら、委員長さんにもその効果が共有されるってことはあるの?」
「おお、考えたこともなかった」
これを口実に手を繋ぐことができる? 甘い想像はすぐに顔に出てしまい、崇城はしかめっ面をした。
「あくまで深見くんを守るためのものでしょ? そんな都合のいい話はないと思うわ」
「いや、試してみないことにはわからないよ! 他にも思いつくかぎりのことを試して、雪街さんに報告しないと」
「むぐぐ……!」
憧れの上司である雪街の名前を出せば、たいていの場合押さえ込みが利くらしい。この調子だ、と零次はほくそ笑んだ。
食事は滞りなく済み、デザートのゼリーとコーヒーで締め。崇城はいろいろ思うところがあるだろうが、自分としてはひとまず及第点。零次は三人で囲む食卓が、とても心地よかった。
「にしても、メルティ先生は本気で零次を守ろうとしてくれてんだね。ありがたい話だわ」
「どうでしょうね。エターナルガードにだって、弱点はあるかもしれない」
ツンと唇をとがらせる崇城。今度は味の感想も言ってくれない。
「でも拳銃だろうと大砲だろうと効かないんでしょ?」
「あくまで物理的な脅威を防ぐというだけで……あ」
「どうしたの?」
「そうよ。エターナルガードの活用法だけじゃなくて、弱点も調べるべきだわ。万が一のことがないように!」
零次の背筋に寒気が走った。
崇城の顔に、なんだかいじめっこのような意地悪いものが張り付いている。
「明日から、いろいろ試しましょうね。思いつくかぎりに深見くんを責め抜いてあげるから。うん、このゼリーはなかなか美味しいわ」
いかにも機嫌よさそうに、彼女は反撃開始を宣言した。
ひとまず有意義な会話ができたところで、いつものように夕飯の準備をしなければならない。零次はエプロンを着用し、キッチンに立つ。
「もう要件は済んだわよね? 帰らせてもらうわ」
「どうせだから夕飯食べていってよ。まだ話したいことはあるし、のんびり食事をしながらさ」
「……まさかそういうことも考えてたわけ?」
「否定はしないよ」
いくつか考えていた作戦のひとつだ。食卓を囲めば交流を深められる……一般人であろうと魔法使いであろうと変わりがあるわけはない。学校で一緒に弁当を食べるのとは効果が一回りは違うだろう。
それに、崇城がまず拒否しないだろうとも予測がついている。
「本当に強引ね、あなたって」
「楽して食事にありつけるんだし、悪い話じゃないでしょ?」
むぐ、と崇城は言葉に詰まる。
料理というものは食べるのは簡単だが、用意するのは大変だ。零次も慣れているとはいえ、負担を感じないわけではない。
待っていれば料理が並べられる。これがどれほどありがたいことか。自炊している崇城も、常日頃そう思っているはず――。
「ふん、どれほどの腕か見せてもらおうじゃないの」
「よし。じゃあ適当にくつろいでて」
メインディッシュは酢豚に決めた。豚こま肉に塩麹と胡椒を揉み込んで、冷蔵庫で寝かせる。その間に炊飯器をセットして、野菜たっぷりの味噌汁を作っておく。さらにもやしだのキュウリだのを使ったシンプルなサラダ。あとは直前に魚を焼いて、豆腐でも付け加えればバランスのいいメニューになる。
調理の最中、じっと座って黙ったままの崇城を何度も盗み見た。しかし彫像のように微動だにしない。やることがない、という思考がダダ漏れである。
「テレビとか見てていいよ?」
「私、テレビはニュースくらいしか見ないの。前に言わなかったかしら」
「そういやそうか。あとスポーツは興味ないし本もまったく読まない……だったっけ」
「そんな暇があったら修行するわ。なのにこんなところで……。生活のリズムが狂ってしょうがないわよ」
「気になったんだけどさ、崇城さんは将来、どうなりたいの? そんなにも頑張って修行するのは、組織の中で偉くなりたいからとか?」
「地位には興味ないわ。最前線で魔法犯罪者と戦い続けたい。それだけ」
「でも崇城さんが憧れてる雪街さんは、管理職だよね。成果を上げたら上げたで、いつかはそうなっちゃうんじゃ」
「あ、憧れてるって……どうしてわかったのよ」
「見ればすぐにわかったけれど」
しばらくの沈黙のあと、崇城は言葉を繋ぐ。
「……私は神楽さんのようになりたいって思ってた。あの人は若手で一番の実力者と言われて、同時に人気の講師でね。子供の頃は指導を受けていたのよ。私の魔法剣だって、本来は神楽さんの技なの。私のは見よう見まねのコピーにすぎない」
「へえ。でも日本支部長に就任してからは……」
「あなたの言ったとおり、完全な管理職よ。もう前線に立って戦うことはなくなった。それで久しぶりに再会したと思ったら結婚して子供までできていて。鬼講師と呼ばれるほど厳しくて、生涯一戦士だと言っていたあの人が。メルティが神楽さんを丸くなったと言ったけど、本当にそうよ」
「んー、それが大人になるってことなんじゃないのかな」
「適当に結論じみたことを言わないで!」
調理の手を止めて、零次は崇城を振り向く。
「雪街さんも、自分がそうなるとはわかっていなかったと思うよ。だから余計に、修行とか戦いばかりに生きようとする崇城さんを気遣っているんじゃないかな。自分の希望どおりに人生が進むことって、そうそうないんだよ、きっと」
「そんなこと言われても、どうすればいいのよ! 今さらそんな……」
「どうすればいいかは、ゆっくり考えようよ。時間はあるんだから」
「ひ、他人事だと思って……!」
憤る崇城。しかし文句をぶつけられる相手さえも、彼女には今までいなかったのではないか。ならばこの自分にも存在価値はある。遠慮なくストレス発散のターゲットにしてくれてかまわない。零次はそう思った。
仕込みが完了して小休止。お茶とお菓子を用意すると、崇城はとりあえず手をつけてくれた。それだけで零次は嬉しかった。
暇なので夕刊を広げる。世の中、ニュースでしか知らない事件であふれている。そしてニュースにすらならない事件が、それ以上に隠れている……。
「魔法犯罪って、一般社会にバレたりすることないの?」
「バレる前に処理するわ。もし誰かに知られても記憶を操作したり。それが失敗したことがないのは、魔法の存在を見たことも聞いたこともなかったあなたなら、わかるでしょ。そもそも犯罪を犯そうとする側だって、目をつけられないようにこっそりやるんだし」
「でもさ、世界を混乱に陥れてやるぜーみたいな愉快犯とかは、出てこないのかな? IMPOでもカバーしきれないほど大規模な事件を起こしたり」
「……そういう発想はしたことないわ。考えるだけ無駄よ」
「万が一ってこともあるんじゃ? ほら、常に最悪の事態は想定しておくものだろ。雪街さんはどう思ってるのかな」
「さあ」
それで話題は途切れてしまったので、零次はデザート用のゼリー作りに取りかかった。これも女の子だからデザートは好きなはずだ、という作戦である。
☆
午後の授業が終了すると、幸いにもメルティが絡んでくることもなかったので、零次は崇城と連れ立って直帰できた。のんびりとコーヒーを飲んでいた沙羅に、かくかくしかじかと事情を説明する。
「いいわよー。零次の魔法ライフの役に立つなら、力になってあげようじゃない」
あっさりと承諾した。自分の要望を聞いてもらえたにも関わらず、崇城は呆れたような目で沙羅を見ていた。
「この前も聞きましたけど、彼が危険に遭うかもしれないのに、協力するんですか?」
「メルティ先生を信頼しているんだってば」
「あいつのことをよく知りもしないでしょう?」
「まあ、そうだけどさ。委員長さんは人付き合いするのに、心から信頼できるって思うようになるまで、何もかも疑ってかかるわけ?」
「……そんなことはないですけど」
「でしょ? 第一印象で、あたしはメルティ先生を信頼に足る人間だって判断した。それでいいじゃない。細かい理屈なんてないのよ。それに雪街ってあなたの上司、いいこと言ったと思ったからさ」
「いいこと、ですか」
「若いうちは、もっと青春しな。戦いだのなんだの、そんなのは大人の仕事だって。安全なところから見物するくらいが、ちょうどいいわよ」
このあたりは、さすがに年長の貫禄といったところか。崇城はそれ以上の論を交わそうとはしなかった。
「わかりました。でも絶対に安全なんてものは、この世にあり得ないんですから。深見くんに何かあっても、私の責任じゃないですからね」
「ん、了解。それで、どんなゲームにしたいの?」
そう聞かれた途端、崇城はモジモジしはじめる。
「や、やっぱり可愛いのがいいです。可愛い猫とひたすらまったりできるようなのが」
「っていうと育成系かな。わかる?」
「わからないです」
「なるほど、本当に初心者なんだね。……よし、ちょっと思いついた。お望みどおり、一ヶ月もあれば完成させるよ」
沙羅は仕事部屋に引っ込んでいった。こうなったら夕食まで出てこないだろう。
「あれだけの注文で、本当にゲームが作れるの?」
「自慢じゃないけど、姉さんは優秀なクリエイターだよ。そして姉さんのおかげで僕は毎日不自由なく生活させてもらってる。好きなことでお金を稼いで家族を養う――すごいことだよね、よく考えたら。僕もいつかは独立して、そうならなきゃいけないんだけど。崇城さんは……もう独立しているわけだよね」
「そうね。父も母も別の土地で任務に当たってる。重要な用事でもないかぎり連絡を取り合うこともないし」
「じゃあ、家族で団欒したりは……」
「ここ数年、記憶にないわ」
「あ、でも同僚と一緒に遊びに行ったりするよね?」
「……そういうのもないわよ」
「ええ?」
「なによ」
「IMPOに友達はいないの? みんな仕事仲間っていうだけで」
「しょ、しょうがないでしょ! 私はメルティ監視の任務を受けるまで、本部のあるヨーロッパにいたの! こっちには同年代の子がまるでいないし。……向こうにはそこそこいたんだからね? 友達って呼べる程度に仲のいい子は」
ぷいっ、と顔を背ける崇城。
日本の高校に潜り込んだメルティを監視させるには、同じ日本人の年頃の少女――つまり崇城が最適だった。その人選には雪街も大きく関わったはずだ。結果として崇城は両親とも親しい友人とも別れ、不慣れな土地での生活を余儀なくされた。
彼女は決して口には出さないだろうが――孤独を抱えている。
雪街はそれを理解して、あのような提案をしたのではないか。
「学校のみんなとは、友達になろうとは思わない?」
「任務が終われば、もう二度と会うこともない人たちよ」
「二度と会わない……か。でもそれは関係ないんじゃないかな」
「どうしてよ」
「僕も転校する前の友達とは、たぶん二度と会う機会はないと思う。だけど、友達でなくなることはないよ。ずっと心の中に思い出がある」
「……」
「今のクラスメイトとは、卒業までせいぜい一年半の付き合いになるかな。でもこの短い間で、できるだけ仲良くなりたい。そして一生の友達といえる人を作ろうと思ってるんだ」
「そう。せいぜい頑張ればいいじゃない」
しばらくはこんな風に、素っ気ない態度だろう。
急がず焦らず……でいければいいが、巧遅は拙速にしかずという言葉もある。所詮自分は平凡で、完璧とはほど遠い男子高校生。当面はスピード重視で攻めるべきだ。
「友達だけじゃなくて、恋人も作りたいんだけどね」
「ま、またそんなこと言って……!」
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