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オンリー☆ローリー!〈2〉 Vol.9

……それより、自分たちの用事はこれでおおむね済んだはずだ。さっさと帰りたい、と言いたいところだが、できれば崇城とふたりきりで話をしたい。ダメもとで持ちかけてみようか。そう思っていると。「余計なリソースを割いている余裕はないと言ったけど、難題でも抱えているのかい?」また何かたくらんでる。メルティの楽しそうな表情を見て、零次はすぐさま理解してしまった。「我々が難題を抱えぬときはない」「だろうね。だからさ、私たちが力になってあげるよ」「先生……私たちって、僕も入ってるんですか?」「当たり前だよ。私と君は運命をともにするパートナーなんだから。それともバディのほうがいいかい?」「どうでもいいです!」「この上まだ引っかき回そうっていうの? もう帰りなさいよ!」「まあまあ嬢ちゃん、話だけでも聞こうじゃねえか。メルティがIMPOに協力するなんて、かつて聞いたことがないからな」五十年以上の付き合いという一本杉の言葉には重みがあった。崇城は不愉快な表情を隠そうともしないが口をつぐむ。「私の目的は、この零次に魔法の世界をあますところなく見せて楽しませること。シンプルにいうと、バトルだよ。で、そろそろ次の舞台を用意してあげたいんだけど、そうそう都合のいい物件は見つからないわけだ」「物件って……」「でも君らなら、日頃から犯罪者と戦っている。情報網も桁違いだ。私に依頼してみない? きっといい仕事をしてみせるよ」以前、メルティは世界を放浪する中でIMPOの真似事をしたことがあると言っていた。それこそただの気まぐれで。しかしこれは……仕事として請け負う、正式に協力関係を結ぼうということだ。自分から危険に飛び込もうということだ。あまりにも性急な、そして自分の意向など尊重してくれないであろう提案に、零次は声も出ない。「じょ、冗談じゃないわ! 誰があなたたちの力なんか借りるもんですか!」「君には聞いちゃいないよ。神楽、どうだい?」断る――と、即座に答えが返ってくると思っていた。だが雪街は目をつむり、まるでその案を吟味するかのように押し黙り、やがて口にした。「大五郎殿はどう思います」「んん? そりゃあ、願ったり叶ったりじゃねえか。IMPO全部を見渡したって、メルティに勝てるやつなんざ、そう思いつかねえ。なんの交換条件もなく協力してくれるって? 受けない理由がねえぜ」「ええ、異論の余地はない」再び雪街は思案する。零次はたまらなく嫌な予感がした。「メルティ、他意はないのだな?」「うん」「そうか」「神楽さん、まさか……!」嫌な予感は確信に変わる。もはやアクセルは踏み込まれた。「IMPO日本支部はメルティ・メイシャ・メンデルと契約を結ぶ。本部とも話をつけなければならぬから、手続きに少々時間をもらうが」「りょーかい! えへへ、やったあ」喜色満面で零次に抱きつくメルティ。同時に崇城が声を荒らげた。「どうしてですか、神楽さん! 私は納得できません!」「IMPOに求められるのはただひとつ、犯罪を制圧できる強さ。必要ならば外部の者とも連携する。よくあることだ」「別に味方とか同志とか、そういう意識を持てとは言わねえよ。わかりやすく言やあ、持ちつ持たれつだ」崇城はすぐに言葉に詰まる。メルティの決定を零次が覆すことができないように、彼女もまた上司の決定を覆すことなどできるはずもない……。「で、でも……深見くんは絶対に嫌でしょう? いくらエターナルガードの守りがあるからって、危ない戦場に駆り出されるのは」「……僕を心配してくれているの?」「そ、そうよ! エターナルガードが本当に完璧な守りである保証はないでしょ。あなたにもしものことがあったら、寝覚めが悪いし」本心ではない。この話をなかったことにしたいがために、そんな理屈をつけているにすぎないと零次は読み取った。自分はまだ、彼女とそこまでの仲になっていないのだから。だが、口だけだとしても嬉しかった。皮肉なことに、その彼女の言葉が零次に決意をさせた。「朱美。これは日本支部としての決定だ。それ以上口を挟むな」「……っ! わかり、ました」崇城はついに諦め、部下として上司の決定を受け入れた。それにしても雪街は、零次に何ひとつ意向を聞かなかった。主体はあくまでもメルティであり、付属品である零次の了解を得る必要などないのだろう。だから、ちょっとくらいは自分も主張したくなった。「雪街さん、お願いがあるんですけど」「なんだ」我ながら素っ頓狂な考え。しかし状況に流されるだけの自分ではいたくない。この恋を成就させるために。「僕と崇城さんでコンビを組ませてください」 -
オンリー☆ローリー!〈2〉 Vol.8

「まず言っておきたいのだが、私個人としては、君の境遇に同情はしていない。一般人が我々魔法使いの世界に巻き込まれるという事態は、特に珍しくないのでな」「……まあ、そんなことは期待していませんでしたけど。よくあることなんですか」「神楽だって、もともとは魔法と縁もゆかりもない一般家庭の生まれなんだぜ。とある不幸な事件がきっかけで魔力に目覚め、以来IMPOの戦士になった」その不幸な事件とやらには触れないほうがいいのだろう。それよりもさっそく聞きたいことが浮上してきた。「魔力って、ある日突然目覚めるようなものなんですか? ……僕にはそういう才能はないって、前に先生言ってましたけど」「うん、自分でも知らないうちに魔力の片鱗を秘めている人間は多いんだ。それが強烈な魔法を目の当たりにするだとか魔力を浴びるだとか、いろんなきっかけでスイッチが入ってしまうわけ」メルティは言うまでもなく、父親が魔法の研究者だったから、幼い頃から魔法は日常だった。崇城も両親がIMPOだから、魔法の存在を疑問に思ったことはないと語っていた。しかしこの雪街のようなケースもあるのだ。本人の意思とは無関係に、得体の知れない魔法の世界に引き込まれた人は他にも大勢いる。自分だけが特別数奇な運命を辿ったわけではない。そう思うと、少し複雑だった。「それからの人生は、当人次第だね。自分の魔法を一生秘密にして、変わらず一般人として過ごすか。せっかくの力をどうにか役立てようと頑張るか。神楽は後者だったわけだ」「私には選択の余地はなかったからな。だが場合によっては、そのタイプがもっともわずらわしい」「というと……」「自分には誰かを守る使命があるなどと勘違いして、半端な実力を振りかざすような輩だ。我々にとっては邪魔でしかないし、時として対立することもある。そうなれば、無駄に血が流れる」実際にそういうことがあったのだろう。だから先回りして言っておく。「ぼ、僕はそんな大それたことは考えてませんから」「ああ。《エターナルガード》と《ピュアハート》。君がメルティから与えられたというアイテムは、報告のとおりだとすれば確かに驚異的だ。しかしIMPOに仇なそうというのでなければ静観するつもりでいる」「そうしていただければ……。あれ、ピュアハートの効力が発揮されたことはまだないはずだよな。そもそもピュアハートのこと、崇城さんに話したっけ?」「そ、そんなことはどうでもいいでしょ! 話の腰を折らないで!」崇城の思わぬ迫力にたじろいでいると、雪街はメルティに鋭い視線を向ける。「お前はこの少年を使って、娯楽に興じたいそうだな」「うん。人を楽しませるのは、気持ちのいいことだよ。君らには縁のないことだろうけど」「繰り返すが、我々の邪魔にならないのであれば静観する。……大五郎殿。メルティに監視をつけるというのは、IMPO発足以来のルーティンワークらしいですが」「おう、最初にその任務に就いたのは俺だ。あれから五十ウン年、こいつに振り回された同胞は数知れないぜ」「しかし、その同胞に危害を加えたことはない」「朱美嬢ちゃんをカウントしないならな。くく」ニタニタする一本杉に、ぷるぷると怒りを抑える崇城。何の言葉もかけてやれないのが辛かった。「……今の我々に、余計なリソースを割いている余裕はない。もはやこれ以上監視する必要もないと思うのですが」「俺ぁ反対しないぜ。一度として犯罪行為に手を染めた形跡がないのは確かだし、不老長寿の謎も解けたしな。この坊主と嬢ちゃんのおかげで」「そういうわけだ、朱美。任務を途中放棄したことで負い目を感じていたかもしれないが、任務そのものがなくなれば、もう思い煩うことはないだろう?」雪街の目元が、わずかに優しくなった気がする。崇城にとっても予想しえない展開だっただろう。まばたきを繰り返し、先ほどの怒りとは違う感情で頬を紅潮させていた。「そ、それは……ありがとうございます。でも本部の了解は得られるのでしょうか」「そこをどうにかするのが管理職の役目だ。若いお前は目の前のことに集中すればいい」「……はい!」崇城は威勢よく頷く。彼女の重荷が、ひとつ取れた。それだけを理解した零次は、気の利いた言葉のひとつでもかけようと思った。そして彼女との距離を縮めるチャンスに……。と、メルティがムギュッと腕にしがみついてきた。「えへへ。うっとうしい監視がなくなってよかったね」「いや、僕には関係ないことでしょう?」「大ありだよ。ラブホに入るとこを見られるとか、お互い恥ずかしいだろ?」「入りませんよ! み、みなさん誤解しないでください! 僕と先生はそんなんじゃないですから!」「いいんじゃないの。あなたたち、本当に似合いのカップルだから!」冷たすぎる視線を向けられ、零次はもう泣きたくなった。 -
オンリー☆ローリー!〈2〉 Vol.7

「さて、それじゃあ神楽に会わせてもらおうかな。支部長に就任して以来だけど、元気なのかい?」「おう、こんな立派な赤ん坊を産むくらいだからな」一本杉が泣きわめく赤子に目を向ける。「この子のお母さんが、日本支部のトップなんですか?」「……そうよ。神楽さんに深見くんを紹介するつもり?」「そのために来たって言ったじゃないか。しかしまあ、あの怜悧な刃みたいだった神楽が、今や一児の母親か」「いんや、ちょうど第二子を授かったとよ。ちーとも遊びを知らなかった女剣士が、子作りの喜びに目覚めたってのはめでたいこった」「げ、下品な言い方をしないでください!」「よければ嬢ちゃんにも教えてやるぜ?」「……絶対いつかぶった切ってやる」「その意気その意気」かっかっかと哄笑しながら、一本杉は休憩室を出る。メルティがニコニコしながら彼に続いていく。自分もついていかなければならないのだろう。零次はやれやれと思いながら休憩室を出ようとしたが……彼女を放っては行けなかった。「あのさ、崇城さんも来ない?」「どうして。あなたたちが何をしようと、興味ないわ」「まあ、そうだろうけどさ……」メルティの出現で、崇城は相当に不機嫌になっていた。依然として泣き止まない赤ん坊との組み合わせは、率直に言っていい絵とはいえない。好きな女の子を、いつまでもそんな状況に置かせたくなかった。「その、そんなに面白くなさそうな顔で赤ん坊の世話をしても、よくないんじゃないかなって」「そ、それは……」途端にためらいの表情を見せる。どうやらこの支部長の子供は、崇城にとっても大切な存在らしい。そうでなければ世話など引き受けまい。そして生まれたばかりの赤子を預けるということは、支部長もまた崇城を信頼しているということだ。となれば、修行に没頭しようとしている崇城のことをそれとなく諫めようとするかもしれない。「その神楽さんって人に、今後のことをあらためて相談してみようよ。別に損になる話じゃないだろう?」「……わかったわよ」しぶしぶ、という顔をあからさまにしていたが、自分の言うことを聞き入れてくれたというだけで、零次は心が温かくなった。再びエレベーターに乗り、最上階に進む。ほどなく支部長室のプレートが見えてくる。崇城がメルティに激しい視線を向ける。「神楽さんは妊娠がわかったばかりで、今とても大事な時期なのよ。くだらない挑発なんかしたら、許さないからね」「そんな女の風上にも置けないことをするわけないじゃないか」「何が女よ。化け物のくせに」「うわあ、傷ついた! 零次、慰めてよう」「はいはい、これでいいですか」適当に頭を撫でてやる。メルティは猫みたいに頬を緩ませて、崇城は冷たい視線を投げかけてくる。「ずいぶん仲がおよろしいことで?」「えへへ。そうだろそうだろ。零次はいいんちょには渡さないもんね」「ええどうぞ! ふたりともお似合いだわ!」ガーンと頭の中でショック音が響く。動機はどうあれ、メルティは零次によくしてくれる。だから零次も邪険にはできないのだが、今後は距離の取り方も考えなければならないかもしれない……。「入るぞー」一本杉が一声かけて、返事を聞かずに扉を開ける。ヤクザ映画に出てくるような組長の部屋。凡人の零次はそんな感想を抱いた。部屋の奥には見るからに立派な水墨画の掛け軸が飾られ、両隅にはこれも高級そうな大壺が配置されている。きっと北欧あたりの有名ブランドだろう重厚な木製デスクも、得も言われぬ緊張感を与えてくる。しかしそこに座るのは、ヤクザとはほど遠い美女だった。ウェーブのかかったセミロングの黒髪。崇城よりもさらに意志の強そうな眼差し。身にまとうのは彼女の人柄を表すような慎み深い薄紫色の和服。その内側から、香るような美しさを放っている。崇城が穏やかに歳を重ねたら、こんな風になるのだろうか。そう思った。彼女は無言で立ち上がり、崇城に……いや、崇城が抱える赤ん坊に近づいていく。「ちょうど仕事に一区切りがついたところだ。世話をありがとう」「い、いえ。私も楽しかったです」そう言っておとなしくなった赤ん坊を母親に返す崇城は、出会ってから今までで一番表情を柔らかくしているように思えた。憧れの目だ、と零次は直感した。崇城は仲間の中で、この人をもっとも信頼しているのだと。「日本支部長、雪街神楽警視正だ。見てのとおり、いい女だろ。子供を産んでますます乳と尻がでかくなりやがった。この着物じゃいまいちわからんが、朱美嬢ちゃん以上なんだぜ」とことんセクハラをしなければ気が済まないらしい。しかし雪街は何事もなかったかのように受け流して、零次とメルティに目を向ける。「久しぶりだな、《不朽の魔女》(エターナル)」「しばらく見ないうちに、いろいろ丸くなったね。これが母親になるっていうことか。数多くを経験してきた私でも、こればっかりは未知の領域だよ」「そして君が、深見零次か」「……はい」メルティは丸くなったと言うが、苛烈な魔法戦士であることに変わりはない。最初こそ成熟した大人の美貌に見惚れそうになったが、貫くような視線に零次は思わず唾を飲み込んだ。
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