【マスコミ問題】朝日新聞の「大」フェイクニュース
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【マスコミ問題】朝日新聞の「大」フェイクニュース

2017-12-09 22:57
  • 4

今回は2004年に朝日新聞が掲載したとんでもないフェイクニュースについてとなります。

元記事
2004年に朝日新聞がおこなったマッチポンプ
http://ooguchib.blog.fc2.com/blog-entry-13.html



youtube版
https://youtu.be/YfCENVlK6NI


以下は動画のテキスト版となります

レイム マリサ
ゆっくりしていってね


マリサ
さて、今回はマスコミ問題なので私が解説していくぜ。


レイム
今回のお題の「朝日の大フェイクニュース」ってなに?
また朝日が何かやったの?


マリサ
ああ、これな。
2004年のことなんだが、朝日新聞がある意味で2014年になってやっと訂正した慰安婦問題よりももっと悪質なフェイクニュースを報じているんだぜ。


レイム
え?あれより酷いのがまだあるの?


マリサ
「ある意味」な。
カテゴリーとしては「自作自演」とか「マッチポンプ」とかに分類されるフェイクニュースだな。


レイム
単に嘘のニュースを報じたってだけじゃなくて、朝日自体がその嘘の当事者ってこと?


マリサ
まあだいたいあってるな。
そんなわけで本編へいくぜ。


自作自演の朝日


マリサ
まずこの件なんだが、実は元記事の記録がネット上に存在しなくてな、本来図書館で該当記事を探して文字の書き起こしをするべきだったんだが、うp主の怠慢でやってないんだ。


レイム
え?それじゃだめじゃない。
なにやってんのうp主は。


マリサ
ただな、この朝日の記事を韓国の三大紙のなかで朝日と一番仲の良い東亜日報が転載しててな、そっちから引用できるんだぜ。
それがこれ。

日本、北朝鮮送還事業は追放政策
東亜日報 MAY 18, 2004
http://japanese.donga.com/List/3/all/27/280820/1

朝日新聞が18日、日本政府と各民間団体が1959年から、人道主義を名分に積極的に支援していた在日朝鮮人の北朝鮮送還事業は、実は「貧しく犯罪率の高い、頭を悩ませる存在」を追放した側面が強いとの見方を報じた。

明治大・川島高峰教授が調べた外務省資料によると、1959年12月13日付の日本政府資料「閣議承認」は、北朝鮮送還事業を承認した目的について「基本的な人権による居住地選択の自由、という国際社会の通念に基づいたもの」と説明している。

しかし、川島教授が入手した「閣議承認に達するまでの内部事情」と題付けられた極秘文書は「在日朝鮮人は、犯罪率が高く、生活保護対象の家庭が1万9000世帯にものぼり、それに必要とされる経費が年間17億円に達する」とした後「本人が希望する場合(北朝鮮に)帰還させようというのが、一般の世論であり、与党内での圧倒的な意見」とし、北朝鮮送還事業の政治的な側面を強調している。

また、この文書は、北朝鮮送還事業の時期と関連「(国交正常化に向けた)日韓会談が再開された後に実施すれば、反響が大きいだけに、会談が中断されている時期に、最も大きな障害を除去」することを明示し、韓国の反発を意識し、急いで承認したとの事実を裏付けた。当時、北朝鮮側との交渉にあたった日本赤十字社・井上益太郎外事部長は、59年3月24日付の電報で「北朝鮮送還者らが、再び日本に戻れないとのことを認識しているのかどうか、確認する必要がある」と強調している。


マリサ
記事では、いわゆる北朝鮮への「帰還事業」は日本政府による追放政策としての政治的な面が多かったとしているな。


レイム
ああ、なるほど。
要するに北朝鮮系の在日朝鮮人が厄介者だから、政府主導で北に帰国させてしまおうって動きがあったわけね。


マリサ
んで、この帰国した人達は北朝鮮の身分制度である「出身成分」が低いという理由で、僻地や収容所送りにされて今でも人権無視の扱いを受けている上に、日本に残った親族などはこの人達を人質にされて資金提供をしたり、スパイ活動や日本人拉致の片棒をかついでいたりしたそうだぜ。


レイム
つまり、結果論であれ日本政府の行った帰国事業は北朝鮮による非人道的な行いの片棒を担いだのであり、その件を朝日は批判したわけね。


マリサ
朝日の記事やこの東亜日報の記事「だけ」読めばそうだな。
でも現実は全く違うんだぜ。


マリサ
まずな、1960年に朝日新聞が帰国事業の事を記事にしているんだが、そこにはこう書かれているんだぜ。

組織運営と事業開発に関する調査研究
日本財団図書館
http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2001/00997/contents/00002.htm

朝日新聞朝刊 1960年2月26日
北朝鮮帰還三ヵ月の表情 =きょう第十船が出る=
希望者ふえる一方 民団側は“韓国視察”で対抗
 
去年十二月十四日の第一船を皮切りに始まった北朝鮮帰還は順調に進み、二十六日、第十次船が千二十四人の帰還者を乗せて新潟を出港する。これで、ざっと一万人が日本を離れて北朝鮮に帰るわけだ。「自由圏から共産圏への集団大移住」として世界の注目を浴びて来たこの帰還、最近は帰還希望者が急増したといわれるので、いつ終わるのか見当もつかないありさまだが、第十船の出港を機会に、これからの見通し、最近の各地の動き、話題などを集めてみた――
 
○・・・第一船が出港してから帰還希望者はふえる一方だという。愛知県の場合、県内約四万七千人の朝鮮人のうち第一船出発までに朝鮮総連愛知支部へ帰還希望の登録をしていたものは約一万二千人だった。ところがその後ぐんぐんふえて、いまでは約二万人、「県内の朝鮮人の八割までは帰るだろう」と同支部はみている。愛知ほどではなくとも、全国ほとんど同じ傾向だ。そこで総連本部では帰還が始まったときに発表した「帰還希望者十一万七千人」をそのあと十三万人に訂正、いまでは「これをはるかに上回る数」と言い直している。
日赤の帰還対策中央本部に集まった登録申請数は今月十五日現在で一万六千七百十五人、つまり十六、七船分だが、これからもこの調子で申請が出ると仮定すると、十万人を下ることはあるまい、との見通し。警察庁では内輪に見ても六万人といっている。
○・・・帰還希望者がふえたのはなんといっても「完全就職、生活保障」と伝えられた北朝鮮の魅力らしい。各地の在日朝鮮人の多くは帰還実施まで、将来に希望の少ない日本の生活にアイソをつかしながらも、二度と戻れぬ日本を去って“未知の故国”へ渡るフンギリをつけかねていたらしい。ところが、第一船で帰った人たちに対する歓迎ぶりや、完備した受け入れ態勢、目覚ましい復興ぶり、などが報道され、さらに「明るい毎日の生活」を伝える帰還者たちの手紙が届いたため、帰還へ踏みきったようだ。手紙といえば帰還者たちの中には、日本に残る人との間に暗号で手紙を出す約束をしていた人がある。「北朝鮮の実情が期待に反した場合、あからさまに書くと検閲でカットされるかもしれない」という心配からだろうが、残留者の受け取った手紙は、ほとんどが暗号、伏字なし。苦情といえば日用品が日本に比べて少ないということぐらい。これらの不満もはっきりと書かれていたという。これらの手紙は総連を通じ、各地で回覧されているが、総連の各種のPRをはるかに越える強さで在日朝鮮人の気持ちを北へ向けるキキメがあったようだ。
○・・・帰還者の数が、このようにふえて来たため日赤、厚生省あたりでは早くも帰還船の増加などを検討しようという動きが出てきた。日朝帰還協定によると、帰還船は毎週一回配船、千人前後を収容し、協定調印後一年三カ月で一応終了、これで終わらないときは協定を更新することになっている。ところが、いまのように一週間に千人ぐらいの帰還では、一年でやっと、四万八千人しか帰れず、総連のいうように十三万人以上だとすると三年もかかることになり費用も大変だ。このため日赤では、現在のセンターに入ってから三泊四日で乗船の仕組みを二泊三日にして、送り出しの間隔を縮める、集結所を増設し、配船数をふやしてもらう、などの案が出ている。北朝鮮赤十字社からまだ協定修正の申し入れがないので、日赤側も、はっきりした態度はとっていないが、期間の延長、スピードアップの行なわれるのは、まず間違いないところ。
○・・・第一船当時「北送実力阻止」と騒いだ韓国居留民団はこのところ非常に低姿勢。もっぱら機関紙を通じての情宣活動や個人説得に力を入れており、本国の韓国では韓国日報が先月十六日「赤十字国際委の総撤収不可避。第六船で事実上中断か――」などと書いて側面援助している。しかし民団も末端になると佐賀などでは「食えないから帰るという人を無理にはとめない」という傍観的態度だし、京都では、千二百人が民団を集団離脱して国籍を「韓国」から「朝鮮」に替えてほしいと府へ申し出ているという。
だが、押され気味とはいえ、民団は巻き返しの手も考えているようだ。その一つは、民団系の人たちを韓国に招待して「韓国の復興ぶり、自由な生活」を見せる計画だ。「近く全国で六百人を選び、韓国を視察してもらうが、いつも監視の目が光る“北韓”よりはるかに自由な生活ということがよく分かるだろうし、視察団の話しを聞けば“北韓”へ行こうと思い立った人たちも考え直すだろう」と民団総本部の幹部はいっている。
○・・・帰還風景ははじめのころとずいぶん変わった。第一船から三船ごろまでは、歌といえば「金日成将軍」オンリー、それにブラスバンド、スピーカーの演奏が加わって、“出征兵士”見送りさながら。ところが、最近は赤十字国際委の「政治的歓送迎禁止」の助言がきいたのか、ぐっと落ちつき、出港する「トボリスク」「クリリオン」両号の見送りには「ホタルの光」や「佐渡おけさ」のメロディーが流れるようになった。このあたり“新潟-清津定期航路”がイタについて来たといった感じだ。


マリサ
記事では、北朝鮮へ行けば「完全就職、生活保障」「明るい毎日の生活」「将来に希望の少ない日本の生活にアイソをつかし」などなど、北朝鮮が「地上の楽園」である事を伝えまくっているうえに、いかに韓国が劣勢かをアピールしたりしているな。


レイム
え?ちょっと待って。
この記事の通りなら、朝日新聞は「政府による追放政策」に積極的に関わっていながら、2004年になって「政府の行い」を批判していたって事?


マリサ
それどころじゃないぜ、まずはこちらを見てくれ。


きょう結成総会開く 在日朝鮮人帰国協力会 各界ぞくぞく参加
赤旗 1958年11月17日
(一部抜粋)
・・・ところが日本政府はこれを日韓会談との関連ということではっきり返答を していない。一方、警察ははっきり妨害に出ている。
・・・都内では帰国を申し出た人たちに警官が、「北朝鮮にいったら 強制労働をさせられるだけだ」などの嫌がらせをやっている。
さらにまた在日の李承晩一派は「強制労働阻止月間」というようなものを作って 「中国義勇兵のひきあげたあとのアナウメにされる」とか 「シベリアにひっぱられて強制労働をさせられる」などと悪質な宣伝をやっている。


マリサ
見ての通り、実は元々日本政府は帰国事業に乗り気じゃなかったんだ。


レイム
そうなの?なんで?


マリサ
まずな、後々その原因を詳しく説明するけど、元々日本在住の在日韓国・朝鮮人って、その大部分が現在の韓国支配地域出身者なんだぜ。
一説には9割が韓国出身者とその子孫と言われているな。


レイム
え?じゃあ北朝鮮に「帰国」って意味不明じゃない。


マリサ
そうだぜ、だから日本政府としても当初「渋った」わけだ。
他にも、北朝鮮と対立している韓国が反発していた事とか、噂でしか伝わってこない「北朝鮮地上の楽園説」に疑問を持っていた事とかが挙げられるぜ。


レイム
ちょっと待って、じゃあなんで在日朝鮮人の人達は「”北朝鮮に”帰国しよう」ってなって、日本政府はそれを許可したの?


マリサ
答えなんて出てるじゃないか。
当時朝日とか日本共産党とか社会党とかが「北朝鮮は地上の楽園だ」とか「帰国を望む人を帰国させないのは政府による人権侵害だ」とか大キャンペーンをしたからだぜ。


レイム
呆れた。
じゃあなに、朝日新聞は自分達で北朝鮮のプロパガンダを広めて帰国を煽っておいて、その半世紀後に「政府による追放政策だ」とかその責任を全部日本政府にかぶせて批判記事を書いたってわけ?


マリサ
そういうことだぜ。
だから言ったろ、この2004年の朝日の記事は「自作自演」とか「マッチポンプ」だってな。
まさに「大」フェイクニュースだろ。


レイム
うわぁ…


マリサ
ちなみに現在、帰国事業を煽った朝日とか共産党とか社民党とかは、「北朝鮮の実態を知らなかっただけ」とか「みんな騙されただけ」とか、自分達のやった事を棚に上げて言い訳しまくってるうえに、朝日はこの記事自体を無かった事にしようとしているけどな。


政府は「帰って欲しかった」


マリサ
この件なんだが、一応政治的には日本政府も帰国事業に反対していたが、「帰りたいというのなら帰って欲しかった」というのも本音なんだぜ。


レイム
え?そうなの?


マリサ
なぜかというとな、次にこちらの1955年の国会議事録を見て欲しいんだぜ。

第022回国会 法務委員会 第23号
昭和三十年六月十八日(土曜日)
午前十時五十九分開議
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/022/0488/02206180488023a.html

(一部抜粋)
六十万と推計をせられる朝鮮人のうち、日本から母国に帰りたいという者は一人もいないといっても大した言い過ぎではない。一方向うからは、入れれば、それこそ手段方法を選ばず、命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。そしてこちらから強制送還をしようといたしましても、韓国の政府がこれを容易に受け付けないというところに、人道問題だけでは解決しない大きな国と国との外交問題と申しますか、もう入国管理局だけでは手に負えない大きな外交問題となってここに横たわっておるのは、私が申し上げるまでもなく、御理解をいただいておると思うのであります。ですから、要するに、こちらは国際的ないわゆる紳士としての態度をもって韓国に接しましても、韓国の方は、紳士的でないとは申しませんが、御承知の通り李承晩ライン、その他漁船の拿捕の問題、こちらから、密航した者を密航したという確証をあげて韓国に申し入れましても、その送還を容易に受け付けない、こちらは向うから出てきた者を受け入れっぱなし、不法入国であろうが何であろうが、返すことができないで、大村収容所にはますます人員がふえていく、それをみな国費で、国民の血税で養ってやらなければならない、その取扱いについても、きわめて懇切丁寧にしなければ、人権じゅうりんというような問題まで起きてくる。これを大まかに考えますと、一体日本のためにやらなければならないのか、日本国民の血税の犠牲において、韓国人をまず第一義として大事にしてあげなければならないかというようなところまで、考え方によっては行く問題であると私は思うのであります。


マリサ
要するにな、当時の韓国は李承晩の失政もあって世界最貧国の一つで、実はこの頃って北朝鮮のほうが韓国より裕福で、「韓国じゃ食えない」ってことで日本への密航が頻発していたんだ。


マリサ
しかもだ、議事録にもあるように密航者を捕まえて韓国に戻そうとしても、韓国政府が受け入れ拒否をするものだから、それが日本にとって物凄い負担になっていたんだ。


レイム
え?ちょっとまって。
もしかして日本統治時代にいた人だけじゃなくて、韓国建国後に日本へ渡ってきた人も大勢いたってこと?


マリサ
そうだぜ。
その総数なんだが、例えばこの当時の朝日と産経の記事を読むとこうなっているぜ。

「密航4ルートの動態 日韓結ぶ海の裏街道 潜入はお茶のこ 捕わる者僅か2割」
産経新聞  昭和25年(1950年)6月28日

 終戦後、我国に不法入国した朝鮮人の総延人員は約20万から40万と推定され、在日朝鮮人推定80万人の中の半分をしめているとさえいわれる。

敗戦国の悲しさ
 これが取締りは目下、海上保安庁と国家警察本部が当っているが、密輸団は火砲装備を持っているに反し、我が監視船は何ら装備なく、捕捉率はきわめて悪く、密輸船の2割程度しか捕捉出来ない現状にある。また、入国した際の外国人登録証明は暴力と買収につきるといわれ、それがそのまま合法化する場合が多いようだ。


朝日新聞 1959年6月16日

密入出国をしたまま登録をしていない朝鮮人がかなりいると見られているが、警視庁は約20万人ともいわれ、実際どのくらいいるかの見方はマチマチだ。

朝日新聞 天声人語 1959年12月15日

韓国から日本に逃亡してくる者は月平均五、六百人もある。
昭和二十一年から昨年末までに密入国でつかまった者が五万二千人、未逮捕一万五千人で、密入国の実数はその数倍とみられる。


マリサ
産経の記事では20万から40万人、朝日の記事では20万人以上でその実体は不明と書かれているな、実際には「もっといた」可能性もあるんだがな。
で、こういう人達を韓国政府が受け入れ拒否するものだから、在日韓国・朝鮮人はどんどん増えていったわけだ。


レイム
ああ、だからこそ本音では「帰りたいなら帰って欲しい」だったわけね。


マリサ
それだけじゃないぜ。
こうして日本国内の「密航韓国人」は増えていったわけだが、そういう人達と元々日本にいた人達はこんな事を繰り返していたんだ。

第002回国会 治安及び地方制度委員会 第11号
昭和二十三年四月二十七日(火曜日)
午前十時四十八分開會
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/002/1336/00204271336011a.html

○委員長(吉川末次郎君) 午前に引續きましてこれより委員會を再開いたします。先ず私からこの際芦田内閣總理大臣兼外務大臣に御質問申上げたいと存じます。先般來本委員會におきましては、治安の見地から日本に在留いたしておりまする朝鮮人の犯罪問題につきましては、特に多大の關心を抱きまして、今日までいろいろ研究を續けて參つたのでございますが、たまたま本日の四日から七日に亙りまして、靜岡縣濱松市において、同市在住のテキ屋、及び興行師の親方であるまする小野某なる縣會議員を主盟といたしまする小野組一家の者と、朝鮮人とがそれぞれ約二百名ばかりずつ、何れも徒黨を組みまして、同市内數ヶ所において、それぞれピストル、獵銃、竹槍その他の武器を以て爭鬪いたしまして、これを少しく大袈裟に申しまするならば、市街戰を演出いたしまして、死傷者十數名を出しました。
(中略)
更に二、三日來の新聞、特に本日の新聞の報道によりますれば、兵庫縣廳におきましては約一千名、大阪府廳におきましては約一萬二千名の朝鮮人が、朝鮮人學校閉鎖の件に關連いたしまして騒擾を起しまして、兵庫縣知事、神戸市長、警察長等は約四時間に亙つと朝鮮人のために監禁され、岸田兵庫縣知事のごときは、當日朝鮮人の威嚇に遭つて、その學校閉鎖命令を徹囘するの醜態を演じた旨が傳えられておるのであります。これらの事件につきましても、亦昨日の本委員會におきまして政府當局より、これが顛末を聽取するところがあつたのでございます。
 これら朝鮮人犯罪の處理、及び在留朝鮮人を今後如何に處理するかということは、ひとり治安維申の觀點よりいたしましても重大なる問題であるばかりでなく、亦國際外交の點よりいたしましても、政府において深甚の考慮を以てこれが對策を講じらるべきものであると考えるのであります。右についての芦田さんの總理大臣及び外務大臣としての御意見を承りたいと思うのであります。

朝鮮人の不法行爲におきましては、昭和二十二年に一萬五千六百十何件ございます。集團強盗及び窃盗が三千五百五十三人、件數にいたしまして千八百八十四件、それから集團恐喝及び詐欺は、件數にして三百四十八件、人數にして五百九十三人、その他實に件數にして全部併せまして五千六百八十二件、人數が一萬五千六百十人、こういうことになつております。この他に表に現われないこういう不法行爲、密入國の關係もありますが、こういうものは非常に多いのだろうと思つております。然るに最近になりまして段々それがひどくなりまして、毎日のように新聞紙上に現われる集團強盗の大部分は朝鮮人である。家庭を襲い、工場や倉庫を襲い、自動車を奪い遂には列車内で傍若無人の強盗をやつておるのは大部分朝鮮人であります。遂に濱松事件となり、犬山事件となり、神戸大阪の大事件となつて參りました。これは私が考えますのに、濱松事件、犬山事件のごときは不良朝鮮人が自治體警察を甘く見まして、こういう事件が起りましたのと、日本人が自治體警察は信用しない、自分の力で何とかしてこれに對抗しなければならんというので起つた事件であろうと思います。又神戸事件、大阪事件のごときは一部不良の日本人の煽動もあつたでありましようが、これが朝鮮人がやはり自治體警察を甘く見て起つた事件、こうふうに思うのであります。


マリサ
彼らによる強盗、襲撃、暴動が頻発していて、戦後間もない事だったこともあって警察機能が麻痺してしまい、刑務所が彼らでいっぱいになり日本の治安が著しく悪化、現在欧州で起きているようなこと以上の大混乱になっていたんだぜ。


レイム
朝日の記事では「貧しく犯罪率の高い、頭を悩ませる存在を追放した側面が強い」となっているけど、これ普通に考えたら「北朝鮮に帰りたいなら帰ってくれたほうが良い」ってなるわよね。


マリサ
当然そうなるな。
しかも在日韓国人自身の証言にもこんなのがあるぜ。

川崎在日コリアン生活文化資料館
http://halmoni-haraboji.net/exhibit/report/200608kikigaki/hist007.html

〈終戦直後の川崎で〉
 うちも朝鮮へ帰ろうと思ったけど、切符がなかなか取れなかった。その時はヤミでしか手に入れられなかったから。川崎の駅のキング通りは終戦直後は、みんな焼け野原で店は一軒しかなかった。土地は誰のものでもなくて、みんな勝手に自分の土地にした。うちは韓国に帰るつもりだったから、そういうことはしなかった。向こうのみんなが日本に帰ってきたから、自分たちも帰るのをやめた。今ある川崎駅近くの店は、一軒残っていた呉服屋以外、みんな戦後勝手に振り分けた土地の所有者が代々継いできた店。


マリサ
要するにな、現在の川崎駅周辺って彼らが土地の不法占拠をしまくった地域であることと、一度韓国へ帰国したが日本へ戻ってきた人が多数いる事、帰れるのに「帰る意思が無かった」人々も多数いた事が証言されているな。


マリサ
更にな、なんでこんなに密航者が多いかというと、実は当時韓国内で李承晩による自国民大虐殺事件が幾つもおきていてな、そこから逃げてきた人も多数いたからなんだぜ。


レイム
ああ、済州島事件(1948年4月3~9月21日)とか麗水・順天反乱事件(1948年10月)とかね。
この辺りは私の日韓問題の方でいずれ動画にするけど、詳しく知りたい視聴者さんは調べてみる事をお勧めするわ。
ネット上にもいくらでも情報あるからね。

盧武鉉大統領への文書…民団中央が提出
民団新聞 2006.4.26
http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=4&newsid=6619
(前略)
盧大統領閣下もよくご存知のとおり、在日同胞は他の海外同胞とは歴史的経緯が異なります。日本帝国主義の過酷な植民地支配により、みずからの意思ではな く、徴兵、徴用、炭鉱労働などにより強制的に連れてこられた者が大部分であり、解放後も祖国の政治状況のなかで帰国できず、そのまま日本に残った者とその 子孫であります。

 在日同胞は日本政府の差別政策と社会的蔑視の中でつらい生活を余儀なくされながらも、民族的自負心を持ちながらたくましく生きてきました。特に我々民団は一大国家行事と祖国が困難な時に、率先垂範して愛国愛族精神を発揮してきました。
(後略)

<創団70周年記念本国巡回展>写真で伝えた在日愛国愛郷心…主要8都市に5万人
民団新聞 2016.9.14
http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=0&newsid=22354

 5月16日にソウル市庁を皮切りに始まった「創団70周年記念写真展」(主催=民団、在外同胞財団)が、9日の済州道庁舎をもって、主要8都市の自治体展示を終えた。来館者は5万人を超え、在日同胞の権益擁護運動や、祖国発展に寄与してきた在日同胞と民団の70年の歴史を写真で理解する一助になった。今後9月19~23日はソウル大学、10月3~7日は国会議員会館、10月10~21日は高麗大学で展示を予定している。

大学や国会で10月まで実施

 「民団は同胞とともに大韓民国とともに」をキャッチコピーに、民団と在外同胞財団が主催した「創団70周年記念写真展」が、主要8都市での展示を成功裏に終えた。これまでソウルでの単発写真展は開催したが、主要都市の巡回展示は初めて。

 「民団や在日同胞の実状を知らない層が増えている」ことから、創立70年までの歩みを写真80点に解説をつけて本国展示に踏み切った。

 在日同胞が日本に渡った事由の徴用や、祖国解放と民団設立に始まり、安定した法的地位を求めて日本当局との抑圧・差別政策との闘い、とりわけ60年代の生活権侵害の出入国管理法案反対闘争と、老若男女が一致団結した80年代の外国人登録法改正運動、2000年代の地方参政権運動が目を引いた。

 また、朝鮮総連(総連)との闘争も民団の歴史の大きな部分を占める。「地上の楽園」という甘言に騙されるな、と「北送」を阻止する民団と強行する総連、韓日会談を契機に、日本での永住権申請を求める民団と猛烈な反対をしかけた総連。世界史にも類例がない6・25韓国戦争の在日学徒義勇軍派遣を決めた民団が、自由民主主義陣営を守る「橋頭保」だった事実は、あまり本国の人に知られていない。

 「漢江の奇跡」と呼ばれる本国の復興の土台も在日同胞が一翼を担った。愛国愛郷の精神で民団と在日同胞が母国へ贈った募金、駐日大使館をはじめ、大阪、横浜、名古屋、神戸、福岡、札幌、仙台、下関などの総領事館寄贈を含む巨額の合計は現在の価格で5兆ウォンと言われている。その貢献の内容もパネルに含めた。

 古い写真だけではない。民族学校の経緯と実態も解説しており、韓民族としてルーツを確認し、夢を次世代につなげるオリニや中高生対象の育成事業も紹介した。

 本国の人たちは写真展をどう見たのだろうか。 ソウル(5月16~27日)では、「在日同胞が本国を助けている間、本国は在日同胞にどんな支援をしたのか」「済州道のミカンの苗木が日本から来たことは知らなかった」「新韓グループの母体を在日同胞が作ったことがわかった」「国民も政府も、在日同胞へ関心を持つきっかけになるよう願う」との声が寄せられた。

 蔚山(7月25日~8月5日)では、「在日として日本で生きるしんどさを思えば、韓国に戻って来る意思はないのか」と尋ねる声もあった。

 民団の過去と未来像を収めた「写真展」。韓国の次代を担う大学生と国政を預かる国会議員は、どう感じるだろうか。次の展示に期待が寄せられている。


マリサ
そうだぜ。
んでな、そういう人達が李承晩と韓国政府を恨んで北朝鮮側についたわけだ。
そして1960年代になると、「劣等性の指摘」と「被害者は偉い」という独特の価値観に基いて、「自分達は日本に強制連行されてきた被害者だ」と言い出したわけだ。


マリサ
ちなみに、今はどうか知らんけど数年前まで韓国政府や民団は「強制連行の被害者は200万人」と、北朝鮮や朝鮮総連は「800万人」と主張していたな。


レイム
なにそれ?
どういう根拠の数字なわけ?


マリサ
民団や韓国政府の数字は、終戦直後に日本本土に在住していた朝鮮系の人々の総数だぜ。
北朝鮮や総連の800万って数字はそもそも出典が不明だな。


レイム
もう無茶苦茶ね…
で、日本政府も「政治的にも人権的にも問題はあったけど、帰りたいというなら帰って欲しい」となったわけね。


マリサ
ちなみに、ここで挙げたような資料を過去うp主は何度も韓国の側に立つ人達に提示した事があるんだが、高確率で「ネトウヨが過去を美化しようとしている」と罵られたそうだぜ。


朝日の意図


マリサ
朝日の報じた自作自演のフェイクニュースにはこんな背景があったんだが、朝日はなんでこんな事をやったと思う?


レイム
日本政府叩きのためでしょ?


マリサ
まあそれもそうなんだが、「慰安婦問題の二匹目のドジョウを狙った」可能性があるんだぜ。


レイム
というと、北朝鮮の帰国事業を日本政府による人権侵害行為として国際的に認知させようとしたってこと?

テレビ朝日報道ステーション 2005年5月18日 

1959年から始まった帰国事業。在日朝鮮人などおよそ94000人が北朝鮮に渡って言った背景にあったのは日本社会にあった在日差別。しかし地上の楽園と信じ込まされ渡った先で帰国者の多くが迫害を受け過酷な生活を余儀なくされた。


マリサ
そうだぜ。
実際この1年後の2005年5月18日、テレビ朝日の報道ステーションで今回紹介した朝日の記事と似たような特集が組まれ、そのなかで「帰国事業は壮大な拉致」と結論つけているんだ。


レイム
これってもしかして…
北朝鮮の拉致問題を、北朝鮮への帰国事業が政府の責任とする事で相対化して、拉致問題の重要性を薄めようとしたってことじゃないの?


マリサ
たぶんな。
更に当時北朝鮮に否定的な態度を取っていた小泉首相への個人攻撃として、朝日は首相の父親の小泉純也氏がこの帰国事業に関わっていた事を絡め、「親の罪は子の罪」とでも言わんばかりに、小泉政権バッシングにつなげていたな。


レイム
自分達のやった事を棚に上げただけじゃなくて、ドサクサにまぎれて北朝鮮拉致問題の打消しや政権批判をやっていたのね。


マリサ
そう、しかも朝日の思惑通りに韓国がこのキャンペーンに反応して、2005年10月に朝鮮日報が「小泉首相の父親、在日朝鮮人の北朝鮮送還事業を主導」という記事を、中央日報が「小泉首相の父、在日同胞の北送事業に関与」という記事を掲載しているな。

「小泉首相の父親、在日朝鮮人の北朝鮮送還事業を主導」
朝鮮日報 2005/10/20
https://web.archive.org/web/20070419080023/http://www.chosunonline.com:80/article/20051020000042

 日本の小泉純一郎首相の父親で自民党所属の国会議員だった小泉純也氏(1969年死去)が1950年代末、在日朝鮮人の北朝鮮送還事業に中心的な役割を果たしていたことがわかった。

 在日朝鮮人の北朝鮮送還事業は、1959年末から1984年まで、計9万3340人の在日朝鮮人が「地上の楽園」というふれこみで、北朝鮮に送還された事件だ。当時、日本では韓国政府の激しい反発にもかかわらず、政界と文化界など各分野の要人が名を連ねる「在日朝鮮人帰国協力会」が1958年11月17日に結成され、在日朝鮮人の北朝鮮送還支援活動に乗り出した。

 その後、北朝鮮に送還された在日朝鮮人たちは、「不穏分子」「親日」「日帝のスパイ」などと濡れ衣を着せられ、弾圧された。そのうちの多くが強制労動収容所に収容させられ、消息を絶った。

 小泉首相の父である純也氏は当時、自民党の国会議員でありながら「在日朝鮮人の帰国協力会」の代表委員に就任し、在日朝鮮人の北朝鮮送還のため積極的に活動したことが確認された。

 小泉首相の父親のこのような過去は、2002年の小泉首相の訪朝以後、日本の会員制雑誌である『インサイドライン』の発行人、歳川隆雄さん(58)の追跡取材によって明らかになった。

 歳川さんは20日、本社の記者に会い「小泉首相の父親が、在日朝鮮人の北朝鮮送還の中心人物だったことは、小泉首相にとって最大のタブー」とし、「靖国神社参拜にこだわる小泉首相の姿勢と一見、矛盾するかのように見えるが、日朝国交正常化にこだわっている理由も父親の政治的背景と決して無縁ではない」と主張した。

 歳川さんによると、在日朝鮮人帰国協力会は、共産党と社会党の影響力が強かった「日朝協会」の主導によって結成され、日朝協会の山口熊一会長、自民党の小泉純也議員、岩本信行議員の3人が代表委員を務めた。

 歳川さんは、小泉首相の父親が在日朝鮮人の北朝鮮送還に積極的だった理由について「当時、純也氏の選挙区である神奈川3区に多数の在日朝鮮人が居住している川崎市が含まれていたためと推定している」とし、「冷戦の真最中だった当時、自民党議員の身分で社会党や共産党と超党派の会合を開くこと自体が異例だった」と述べた。

 当時の毎日新聞は、自民党議員が在日朝鮮人の北朝鮮送還を推進する団体に加わったことについて、韓日国交樹立を進める岸(岸信介)内閣とは関係のない個人レベルの活動だと報じた。

 歳川さんは2002年に小泉首相が訪朝した直後、自分が発行する雑誌でこの事実を報じたが、注目を集めることができず、また放送に出演した際にこの事実に触れたことで司会者から制止されたこともあると明らかにした。

 また歳川さんは、小泉首相の父親である純也氏が、1930年代に朝鮮総督府で事務官として働いたこともあったと述べた。純也氏は、総督府に勤務していた当時、小泉又次郎郵政長官と知り合いになり、その後小泉逓信(郵政)大臣の娘婿になって選挙区まで受け継いだ。

東京=鄭権鉉(チョン・グォンヒョン)特派員khjung@chosun.com


「小泉首相の父、在日同胞の北送事業に関与」
2005年10月20日17時57分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
http://japanese.joins.com/article/802/68802.html

小泉純一郎日本首相の父、小泉純也氏(1969年死去)が、1950年代末の在日同胞北送事業で主要役割を果たした、という主張が出てきている。

日本の会員制雑誌「インサイドライン」の編集者である歳川隆雄氏は、小泉首相の家族史に関する取材に基づき、同誌に最近掲載した記事と講演でこのように明らかにした。

歳川氏によると、小泉首相の父は北送事業開始当時の1958年11月17日に結成された「在日朝鮮人帰国協力会」の代表委員に就任し、在日朝鮮人の北送に関与した。 帰国協力会は、共産党と社会党の影響力が強かった日朝協会の主導で結成された。

さらに小泉純也氏は在日朝鮮人北送の前後に衆院外交委員長を務めている。 歳川氏は「小泉首相の父が北送事業に加わったのは、多数の在日朝鮮人が住む川崎市が自分の選挙区に含まれていたため」と推定した。

在日同胞北送事業は1959年末から実施され、1984年まで計9万3000人余の在日朝鮮人が北朝鮮へ渡った。

最近では「日本政府が治安問題などを理由に北送を支援したもので、事実上‘追放’の性格が強かった」という主張もある。 北送者の多くは行方不明となっている。


レイム
うわぁ…
これ、朝日がフェイクニュースを使って国際問題を「創作」しようとしたってことじゃない。


マリサ
さっきからそう言ってるぜ。
ちなみに、朝日って最近「フェイクニュース」を「ネットで行われるデマニュース」とか言っているうえに、こんな事も言ってるぜ。

「ポスト真実」時代のメディア考える 神戸で5・3集会
朝日新聞 2017年5月4日
http://www.asahi.com/articles/ASK5253Y0K52PIHB02G.html

朝日新聞阪神支局襲撃事件を機に始まった「言論の自由を考える5・3集会」(朝日新聞労働組合主催)が3日、神戸市であった。30回目の今回のテーマは「『不信』『萎縮』を乗り越えて」。事実よりうその情報に民意が誘導される「ポスト真実(トゥルース)」が時代を象徴する言葉として語られる中、メディアを取り巻く現状や課題についてパネリストらが議論。市民ら528人が参加した。

 東京工業大准教授の西田亮介さんはフェイク(偽)ニュースが横行する背景として「インターネットの普及で情報量が激増し、真偽を見極めようとしてもどれが本物なのか判断しにくくなっている」と指摘した。

 作家の高橋源一郎さんは「著名な人でさえ、『反日』というような言葉を平気で使うようになってきた。以前なら許されなかったはずなのに、社会が『あの人ならしょうがない』と違和感をもたずに受け止めてしまっていることが怖い」と警鐘を鳴らした。

 高橋純子・朝日新聞政治部次長は「政治家が言っていることが本当なのか、新聞社は多くの労力をかけてチェックしている。そこがなかなか分かっていただけない」と記事を出す側のもどかしさを打ち明けた。

 コーディネーターを務めたジャーナリストの池上彰さんは「30年前、憲法記念日に新聞社に攻撃があったことを忘れてはならない。メディアがしっかりしなければ社会はダメになる。改めて原点を確認したい」と締めくくった。


マリサ
更に毎日新聞も、一連の日本維新の会の足立議員による「朝日死ね」ツイートに関連してこんな事を言ってるな。

足立議員、ツイッターに「朝日新聞、死ね」と投稿
毎日新聞 2017年11月13日
http://mainichi.jp/articles/20171114/k00/00m/040/057000c

 日本維新の会の足立康史衆院議員(52)が学校法人「加計学園」を巡る朝日新聞の社説を巡り、自身のツイッターに「朝日新聞、死ね」と投稿していたことが分かった。足立氏は異議申し立ての趣旨だったと釈明したが、発言を疑問視する声も上がっている。

足立氏は12日、文部科学省の審議会が加計学園の獣医学部新設を認可するよう答申したことに、「『総理のご意向』を巡る疑いが晴れたことには全くならない」と指摘した朝日新聞の11日付朝刊の社説をツイッターで引用。「朝日新聞、死ね。」と書き込んだ。

 足立氏は毎日新聞の取材に「朝日新聞の加計学園問題に対する扱い方への異議申し立てを、考え得る最も厳しい言葉で非難した」と述べた。流行語にもなった「保育園落ちた日本死ね」を念頭に「『死ね』という言葉は私自身は許容されると思っていないが、今の国会と日本社会は是としているようなので使った」と説明した。

 ジャーナリストの大谷昭宏さんは「保育園に落ちた一人のお母さんのつらい立場の発言をまねしたのだろうが、根本的に違う。言論の府の国会議員が民主国家の最大の柱である言論機関に『死ね』と言うのは、浅はかに尽きる」と批判した。

 足立氏は10月の衆院選で大阪9区から立候補し、比例復活で3選を果たした。【念佛明奈】


レイム
なんというか、自分達の行いを棚に上げてよくこんな事を平然といえるわね。
今回の事例なんて、それこそネットのフェイクニュースなんて比べ物にならないくらい、国際社会に深刻な火種を撒き散らす結果になった可能性があるわけでしょ。


マリサ
そうだぜ。
で、これが「国際問題化」しなかった理由は、ネット上で嘘が散々暴かれて朝日がこの件自体を「無かった事」にしたからなんだぜ。

今回のまとめ
・朝日新聞は北朝鮮帰国事業を「日本政府の責任」に摩り替えるフェイクニュースを報じた
・北朝鮮帰国事業には、「問題だらけ」の在日朝鮮人を「追い出す」意図があったのは確か
・朝日新聞はこのフェイクニュースを使って国際問題を創作しようとした


マリサ
こうして2004年、朝日新聞はこの記事を切っ掛けに大きく信用を落とす事となったわけだ。
まあ、翌年の2005年には更に信用を落とす行為をするんだけどな。


レイム
それの紹介はもう少し先の機会になるわね。


マリサ
そんなわけで今回の本編は終わるぜ。


レイム マリサ
ご視聴ありがとうございました。


大口
おつかれ~


マリサ
なあ、色々突っ込みたいところがあるんだが…


レイム
あんたって深海生物よね?


大口
そうだけど?


マリサ
うp主の住んでる水深300~1000m付近って、季節にもよるが水温4~10度くらいだよな?
なんでこたつでぬくぬくしてんだ?


大口
だって寒いの嫌だし。


レイム
というか、なんで海じゃなくて陸で生活できてるの?


大口
レイム、こんな真冬に海にもぐるとかありえないでしょ。
おぼれちゃうよ。


マリサ
お前、ほんとはなにもんだ?


大口
ホヤですが?


レイム マリサ
・・・・・・・・・


マリサ
か、会話が成り立たないぜ…
埒が明かないから今回はここで終わりにするぜ。


レイム マリサ 大口
またらいしゅ~


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戦後の密航は、韓国でコレラが流行したから脱出だった、と言う話が有ります。
1946年の韓国人々密航対策って、物凄くマジですね。こちらの朝鮮韓国のコレラ流行に関する参考ページによると、欧州のシリア難民問題以上であったことがわかります。


http://tainichihate.blog.fc2.com/blog-entry-472.html

24ヶ月前
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朝日は特に信用できない新聞だと改めて分かりますね。しかし、自分の犯した報道ミスをちゃんと修正しないのってどこの国のメディアもそうなんですかね?もしかして日本固有?
あと、動画が公告されたんでこっちに人が流れてくる予感。
24ヶ月前
×
>>2
併合時代の朝鮮におけるコレラの流行や、現代韓国での感染者の話は知っていましたが、1946年の件は勉強不足で知りませんでした。
貴重な情報ありがとうございます。
24ヶ月前
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>>4

若い頃、大阪の在日韓国人一世の方に、韓国に帰らなかった理由として、コレラの流行があったからと聞いた覚えが有ります。
その頃は良く理解できてませんでした。手立ての無い恐ろしい伝染病だったのでしょうね。
24ヶ月前
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