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韓国では「加害者探し」が日常化している
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韓国では「加害者探し」が日常化している

2015-03-14 21:54
  • 7

さて、今回は以前書いた「韓国は『事実上』社会が暴力による問題解決を容認している」で書ききれなかった部分についてとなります。


以前書いたものでは、韓国ではテロ行為を美化し義挙とする風潮があるため、主観的な判断で暴力行為やその他不法行為に至るまでのハードルが低いと書いたわけですが、今回は韓国人がこういった行為に至る行動原理のもう一つの理由となります。


その行動原理は「被害者には加害者に報復する正当な権利がある」という考え方です。
そして重要なのは、この考え方は我々が想定する被害者と加害者の関係性における概念とはかなり違うという事です。


まずはこちらの記事から。


【コラム】誰もが弱者ばかりの世の中=韓国(2)
2014年12月17日13時51分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
http://japanese.joins.com/article/152/194152.html
(前略)
社会の底辺に広がるルサンチマン(ressentiment、弱者の強者に対する復讐心)が改革と改善の原動力の役割を果たすのであれば、さらに望むことはない。しかしこの頃の風景は単発的・消耗的な発散という面がさらに目立っているようにみえる。誰もが被害者然として、すっかり弱者ばかりの世の中だ。自分のせいより人のせい、制度のせい、世の中のせいだ。成就よりもさげすみが、駆け足よりも(他人の)足首をとることが安易だからなのか。軍隊内の苛酷な行為や学校暴力も、加害者がいれば被害者もいるはずなのに、自分の子供が加害者である可能性は最初から抜きにして考えている。当然、政治家たちも彼らの顔色を伺って機嫌を取るのに余念がない。チョン・ユンフェ氏、趙顕娥(チョ・ヒョンア)氏が、権力もお金のなくて悔しい思いをしている「弱者」たちの関心をたっぷり受けている間に、公務員の年金改革のような本当に重要なイシューは失踪したような格好になってしまった。私も弱者で君も被害者だという退行的な感情消費の世相が果たしていつまで続くのか心配だ。この渦中で本当の甲は、ひそかにソロバンをはじいて笑っているはずだ。



記事にもあるように、韓国ではまず「自分は被害者なのだ」と発想することから物事を考えます。
その行動原理は以前の「韓国では被害者が一番偉い」で書いた通り非常に主観的で流動的なものなのですが、当然被害者がいるのならば加害者がいなければ成り立ちません。


そこで、韓国では何か問題が起きるとまず「加害者という名の生贄」を探す作業が始まり、「絶対的に正しい被害者」と主観的に感じた人々から様々な報復を受けます。
その報復は文字通り「加害者には何をしても良い」というもので、相当に理不尽な扱いを受ける場合もあるわけですが、その結果加害者と設定された側も「自分も被害者だ」と感じるようになり、社会に対して復讐心を持つようになります。


例えばこちらの事例が典型的でしょう。


チョ・ヒョンミン大韓航空専務が姉のチョ前副社長に「必ず復讐する」とメール
ハンギョレ新聞 2014.12.31
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/19206.html
チョ前副社長の令状実質審査過程で明らかに
「すべての社員の過ち」に続く不適切な言動
「復讐の対象」明確でないが社内人物と思われる

 チョ・ヒョナ前大韓航空副社長(40)の妹のチョ・ヒョンミン大韓航空専務(31)が今回の事件に関連し「必ず復讐」すると誓う内容のメッセージをチョ前副社長に送っていたことが確認された。“ナッツリターン”事件をめぐり「すべての社員の過ち」と明らかにし物議をかもしたのに続き新たな問題を起こしそうだ。

 30日、裁判所と検察の説明を総合すると、チョ専務は姉のチョ前副社長がソウル西部地検に出席した17日頃、「必ず復讐する」という内容のメッセージを送っていたことが明らかになった。チョ前副社長の携帯電話を押収した検察が事件と関連するメッセージを確認する過程で分かったことで、この日にソウル西部地方裁判所で開かれたチョ前副社長の令状実質審査で提出された捜査資料に含まれたと伝えられた。

 チョ専務が誰を“復讐”の対象としているかは明らかでない。ただチョ前副社長が置かれている状況に関連した社内人物を指すものと思われる。

 チョ専務はチョ副社長が検察に出頭した17日、大韓航空マーケティング部門社員に「反省文」と題して送ったEメールで「私から反省する」としつつも「組織文化や今までの会社の誤った部分は一人だけでは作られない。すべての社員の誤りだ」と伝えていた。チョ専務が財閥オーナー家の誤った行動で起きた今回の事態について反省していないとする批判が出ている。



加害者と設定された側が、報復行為に対して「自分も被害者だ」と感じ加害者探しと報復を考えていると言う記事です。
そしてこれは、例えばこのナッツ・リターン問題のように、実際に罪以上の「報復行為」を受けた事例だけではありません。


韓国では加害者の側となったら何をされても文句を言えないという風潮があるため、加害者認定を受けそうな人々もまず「加害者探し」をしたり、或いは被害者側を加害者に設定し立場を逆転させようとする場合もあり、結果として全員が「自分は被害者だ」と訴えるようになります。


たとえば数日前に起きた米大使襲撃事件に関しても、犯人の要求は「米韓合同軍事演習への抗議」だったため、韓国政府も殆どのメディアも「親北派が加害者だ」と大宣伝を行うことで、いかに自分たちが被害者なのか、いかに親北派が加害者なのかをアピールしているわけですが、その結果現在韓国内の親北左派全てが加害者認定を受けかねない事態となっています。


当然韓国内の親北派も黙ってはいません。
結果親北左派系のメディアは最近こういった記事が多いです。


[コラム] 米国大使襲撃…それでも言うべきことは言おう
ハンギョレ新聞 2015.03.13
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/19964.html
(前略)
 朴槿恵(パク・クネ)大統領はマーク・リッパート駐韓米国大使が襲われた事件を「韓米同盟に対する攻撃」とまで規定した。 そしてさらに「反米や韓米軍事演習中断などの極端な主張と行動は、自由民主主義を守ろうとする大多数の韓国国民の考えとは背馳するものだ」と言った。 イ・ビョンギ大統領府秘書室長も「韓国社会の憲法的価値を否定する勢力に対し、根本的な対策を立てることにした」と口を添える。

 「韓米軍事演習中断」は、リッパート大使を襲ったキム・ギジョンが叫んだという理由で、にわかに自由民主主義と憲法的価値を否定するスローガンになってしまった。 「餅を見たついでに法事まで」(ことのついでにやってしまう)という言葉があったが、政府はこの機に「反戦・平和」を叫ぶ口を完全に封じ込んでしまおうという算段のようだ。しかし、過去に韓米軍事演習を中止させた大統領は金大中(キム・デジュン)あるいは盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領ではなく、軍人出身の盧泰愚(ノ・テウ)大統領だった。 短く見ても40年、長くは60年になる韓米軍事演習において、たった一度だけあった1992年の中断だ。

 米国が朝鮮半島内の核弾頭を撤収すると決定したのがきっかけになった。 糸口をつけたのは米国政府だったが、北朝鮮との対話に自信と意志を持って北朝鮮を対話の場に引き入れたのは、盧泰愚政権だった。 そしてそのために、韓米軍事演習の中断という切り札を取り出した。
(後略)



要するに、米韓合同軍事演習で平和を脅かすアメリカと韓国政府が悪いのだと、北朝鮮の行いを棚に上げてアメリカと韓国政府を加害者に設定しようと躍起になっているのです。


これが韓国で一般的な、問題が生じた場合の行動原理であり、その先にある「報復行為」までのハードルを低くする価値観の土台となっている考え方です。
誰もがとにかく被害者になろうとするのです、そして韓国人的価値観に基いて加害者への「正当な報復」を行い、その報復を受けた側も報復行為を受けた事により「自身も被害者だ」と考えるようになり、機会さえあれば「被害者の正当な権利としての報復」を行おうとするのです。
なぜなら「被害者は正しい、加害者は間違っている」という考えが韓国では絶対的価値を持つからです。


そのため、韓国ではこういった事件も度々起こります。


【社説】「デパート母娘事件」…他人に対する配慮が消えた韓国社会
2015年01月08日16時42分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
http://japanese.joins.com/article/060/195060.html
韓国ソウル近郊の富川(プチョン)のデパートで、「デパート代表の親戚」と明らかにした母娘が駐車アルバイト生をひざまずかせて頬を殴ったという主張がネット上に流れて大きな論議を呼んでいる。デパート側はこの母娘が代表の親戚でもVIP顧客でもないと釈明した。加害者とされている母娘は「駐車案内員が私たちの車に向かって拳を振るった」とし「逆に私たちが被害者」と反論した。



理由は何でも良いのです、とにかく不都合があったらまず相手が加害者であると認定する、そしてとにかく自分は被害者なのだから「その行為は正当だ」と訴える、そこに客観的事実は存在せず、主観的な判断によってあらゆる行為が正当化されるわけです。


当然ですが、これは対日関係においても同じです。
たとえば対馬の仏像盗難事件などが良い例でしょう。
盗難事件を起こして日本側から返還要求をされたら、その時点で韓国側が加害者という事になってしまいます。しかし、「あれは元々韓国のものであり、600年前に日本が盗んだものだ」とすれば、それで彼らの中では日本が加害者となるので、自動的に韓国的価値観では韓国側が被害者となり、仏像を返還しない事は「正当な報復」となるのです。


そこに「本当に日本が盗んだ物なのか」とか「国際法上どうすべきか」という発想は彼らの中にありません。なぜならば、これはあくまで「自身が加害者にならないため」の動機付けであって、事実関係を証明するのが目的では無いからです。
「どうしたら相手を加害者に出来るか(自身を被害者に設定できるか)」が全てです。


また、たとえば未だ拘束されている産経の元韓国支局長逮捕問題なども同じです。


ありもしない日王のスキャンダルを私たちのメディアが報道したとすれば?
デイリアン(韓国語) 2014-10-11
http://www.dailian.co.kr/news/view/462848
(前略)
今回の事件に対する検察捜査は国内のある市民団体の告発によってなされた。告発に続く捜査着手、そして不拘束起訴という法的手続きで進められた。大統領府や政府が直接出ていれば、韓日間外交問題に飛び火しかねないが、今はあくまでも‘民間と民間’の問題にすぎない。

また、加藤前支局長はメディアの当然の義務である‘ファクト確認’を経なかった。彼は検察で「私が記事を書いてパク大統領7時間空白の問題が明らかになった。韓国には良い結果ではないのか」と主張したことが分かったが、確認されなかった‘ファクト’は虚偽でなければ嘘、二つのうち一つにすぎない。

万一、我が国のメディアの日本特派員が確認されてもいない日王のスキャンダル容疑の記事を出せば、日本メディアの反応と日本市民団体が告発するか知りたい。特に加藤支局長はどのように反応しただろうか。

これと共にこれまで産経新聞が嫌韓感情をそそのかす記事を継続的に掲載してきた点も注目される懸案だ。産経新聞は特に日本軍慰安婦問題を集中的に報道し、強制動員事実を否定するのに先頭に立っている。特に「慰安婦は高級売春婦であった」、「韓国といった時、思い浮かぶイメージは売春」などの発言をためらいなく吐きだすこともした。

日本メディアは加藤前支局長の起訴をめぐり‘外交問題に飛び火’と主張するが、逆に慰安婦問題など歴史的事実を歪曲し、韓日関係を悪化させるのは産経新聞だ。文字通り話にならない説の状況をはやく悟らなければならない。



これに関しても、そもそも最初に記事にした朝鮮日報がなぜ口頭注意のみなのかとか、当事者の朴大統領の名誉毀損をなぜ第三者の民間団体が告発できるかなど、様々な問題があり韓国は各国の政府や報道機関から批判されたわけですが、それだと韓国が加害者の側になってしまいます。


ですから、記事にもあるように「産経は元々問題があったのだ」と、産経側を加害者に設定し自身を被害者に設定する事で、「この行為は正当な報復なのだ」としているわけです。
これも当然、先ほど書いたような問題と照らし合わせて「本当に逮捕は正当だったのか」を彼らが検証する発想はありません。


また、記事中にある「産経の嫌韓記事」は、我々の価値観からすると起訴動機と全く関係ないわけですが、彼らからすると「相手に落ち度があれば良い」ので、これも正当な理由となるわけです。
この記事にしても韓国政府の対応にしても、あくまで韓国が被害者であり、産経(日本)が加害者なのだから自分達には報復の権利があると、そう結論付けるための動機付けなのです。
韓国で重要なのは、いかにして相手を加害者にし、「正当な報復の権利を得るか」だからです。


最後にもう一つ重要なことを。
韓国にはこういった非常に特殊な価値観があるわけですが、それに対して日本側が安易に「自分達は加害者だ」と認めてしまったらどうなるでしょうか。
当然の事ですが、韓国人の多くはこう考えます「日本が自ら加害者と認めたのだから、自分達には正当な報復の権利があるのだ」と。
そしてその報復の内容は、全て韓国人個人の主観的判断に委ねられます。


価値観の違いを無視した安易な言動が、更なる問題を引き起こすのです。



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>ありもしない日王のスキャンダルを私たちのメディアが報道したとすれば?
この記事は、彼ら自身が自分たちのしたことが悪いとわかっていながら屁理屈でごまかす精神構造を良く示してますね。
第一に加等支局長はマスコミの報道や、国会での議員質問を抜粋した記事を書いたはずなのにそれにはふれず、彼独自で書いたように捏造している。
第二は、日本側は裁判自身もさておき、微罪でしかない加藤さんを出国禁止にしてることを批判している(これは韓国政府の意向)なのに民間同士の争いといっている。
第三はありもしないことを捏造したらどうなるのか?日本の民族団体はゆるさないのでは、というありもしない仮定を自己肯定に利用している。
意見の相違はともかく、これだけものごとを都合よくしか考えない頭にはあきれかえるしかないですね。
自分たちの絶対正義以外が頭に浮かばない存在なぞと交流はふかのうですねぇ・・・。
76ヶ月前
×
とことん人類とは価値観が掛け離れてるなぁ
外務省が韓国に対し「価値観を共有」の文言を削ったのも然も有難というしかない
それにしても良くブログ主は彼らの行動原理が理解できるなぁ
深淵を覗いてる気分にならないかい?
76ヶ月前
×
 いつも拝読しております、毎回非常に参考になる記事有難うございます。

 韓国人が(特に自身への批判を誤魔化す為に)他人を攻撃する時、屁理屈や嘘・詭弁をのべつ幕無しに思い付きいけしゃあしゃあとほざく様から、よくよく屁理屈・嘘・詭弁が上手い連中だと舌を巻いていましたが、問題の度加害者を常に探し、被害者となり他人を加害者としなければ何をされても文句の言えない歪な社会構造が背景にあったのですね。

 "韓国は被害者が一番偉い"のコメントで大口さんが仰っていた「声の大きい側や後ろ盾が強力な側、或いは多くの韓国人の同情や同意を得られた側が被害者と認定される」という事も鑑みると他人を効率的に攻撃し同情や同意を得られるだけの屁理屈・嘘・詭弁の上手さが韓国社会では生命線なのでしょう。ほぼ全ての韓国人が上手くなるのは必然の事ですね。

 そんな韓国人に自虐癖のある日本人は共依存の様な状態に陥りやすいのでしょう。日本人の「自分達は加害者だ」と認める事(日本でのすみませんのノリでSorryと言う等)へのハードルの低さは世界的に見ても少数派であり、外国では通用せずに相性が悪く大きな問題になってしまう事、そして、日本に対して酷烈に悪意を持ち、「加害者に何をしても良い」という価値観が罷り通る韓国では安易なそれは途轍もない問題・厄災に繋がるという事を理解・周知しなければなりませんね。

 問題が起こる度に"加害者という生贄"に全ての責任を押し付け、その他は何の非も無い"被害者様"としてばかりでは問題の本質は掴めず、結果歪んだ社会構造やシステムは是正できなくなりまた同じ轍を踏む事も韓国ではお馴染みです。韓国がこの思考を捨てない限り、韓国な正に「千年経っても」同じ轍を踏み続けるでしょう。改善出来る余地が有りません。

>>2
 「知れば知る程嫌いになる国」と囁かれるのは伊達では無く本当ですからね。大口さんも理解する度に不快を催される事でしょう。しかし、だからと言って「とりあえず韓国と見れば最低と思っておけばいい」ではそれこそ韓国人の様な思考になってしまいます。ニーチェの「善悪の彼岸146節」より
「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ」
という言葉通りですね。それに陥っている日本人が多い様で心配です。

 どんなに不快でも韓国が何故酷い・嫌いなのかを理解する事で差別では無く区別として、韓国を忌避できる様に在って欲しいです。
76ヶ月前
×
こういってはなんですが、金>人間 のように見えます。人を切ってしまうことに躊躇いがないというか…人も一種の資材なのですが、その価値が韓国ではあまりにも低い。
そのうえ犯人に全ての責任を押し付けるために「同じ事件が再び起こらないための対策」が育たない。セウォル号でもリッパート大使襲撃事件でも、システムの見直しをしている様子が全くありません。またアシアナ航空機事故でアメリカに「調査するな」なんて政府声明を出すのを見ていると、むしろ「対策を取りたくないから人を切る」のではないのかとさえ疑ってしまいます。
客観性を持たず自己中心的で他者を尊重できないから人の価値が低いのか、人というより「加害者」の価値が極端に低いのか、それとも両方?
76ヶ月前
×
韓国は不幸なことに

韓国が日本に対してやっていること(慰安婦・竹島・併合問題等)を国内では互いにやっているということ。
だから韓国人は韓国と韓国人が嫌いだし、「俺は法を守っているほうだが他の者は守っていない」という意識が
過半数を超える。(つまりお互いに信用していない)
76ヶ月前
×
>>1
 加藤元産経支局長監禁の件は曖昧にしか理解していなかったので、要点をまとめて頂いて助かりました。記事主が何故引用したかが分かり易くなりました。実際はもっと複雑なんでしょうがすっきり入って来た感じです。

 今回の記事でも感じたのですが、彼らには拠って立つものに全く実体が無いのが気になります。勿論当人は金剛石よりも硬く、山よりも確かに存在していると思っているでしょうが(笑)
 ISIL等の問題で感じたのですが、イスラム教に通じるものがありますね。偶像崇拝を認めず虚空に向かって礼拝する。アッラー(朝鮮なら絶対的正しさ)の為ならば何をしようと聖戦になる。まぁイスラム教にはクルアーンもありますし、過激派でなければ高尚な宗教行為なのでしょうけれど…。
 朝鮮人の信じる絶対的正しさが崩れれば途端に悲観主義に走る様ですし、リスキーな思想だなと思います。

 日本の様な正邪混淆の八百万の神というのは様々な価値観を許容するという点で曖昧な印象を受けますが、実はかなり現実的な考え方なのではないかと。科学信仰も加わり依拠するものが確かになった事で柔軟性を持ちつつも強固になった価値観は、あらゆるものを受け容れながら事実に基き評価する、というニュートラルなもの(勿論ロボットじゃないので非合理も感情論もありますが)。
 色々と問題はあるのでしょうが、日本に生まれ育って良かったと心から思います。
76ヶ月前
×
>>4 犯人に全ての責任を押し付けるために「同じ事件が再び起こらないための対策」が育たない。
この風潮は日本にもあるね。人に重い罰を要求しただけで解決した気になる一般人達。ヒューマンエラー対策がなってない・・・。
76ヶ月前
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