【笑韓】韓国人と亀甲船
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

【笑韓】韓国人と亀甲船

2016-03-02 21:53
  • 33

さて、今回は前回予告したように「笑韓」ネタとなります。
そして今回の内容はそこそこ有名な内容ですので、知っている人も多くタイトルをみただけで察しが付く人も多いです、その点だけご了承ください。


これは韓国人の理想とする「かくあるべき姿」実現のため、史実や物理法則という現実の壁に果敢に立ち向かう人々の物語



※一部を除き、引用記事が日本語の場合には文中にリンク用アドレスとタイトルのみ表記、韓国語のものやリンク切れで参照不能な記事のみ文末にまとめて本文を引用します。
※本文中のリンクは引用の元記事、或いはウェブアーカイブやウェブ魚拓(別サイト)へのリンクです。


1:韓国における民族主義の象徴


まずはこちらの記事から

3階構造の亀甲船を復元して観光商品に 
2009年12月11日08時37分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
http://japanese.joins.com/article/822/123822.html

壬辰倭乱(文禄・慶長の役)当時、倭寇を撃退した亀甲船が復元され、観光商品として活用される。

慶尚南道(キョンサンナムド)は10日、鉄甲を覆った亀甲船3隻と朝鮮水軍の主力艦隊である板屋船1隻の計4隻を来年から2011年末にかけて復元し、観光商品化する、と明らかにした。

道はまず来年末までに亀甲船1隻を復元し、巨済(コジェ)玉浦(オクポ)沖に浮かべる。玉浦沖は、忠武公・李舜臣(イ・スンシン)が1592年5月7日、亀甲船なく板屋船だけで日本水軍に初めて勝利したところ。

また道は亀甲船2隻と板屋船1隻を2011年末までに復元し、300年の統制営(トンジェヨン、軍営)歴史を持つ統営市(ドンヨンシ)「文化広場」に展示する計画だ。

復元亀甲船は歴史学者の考証に基づいて初めて3階構造で造られる。これまで亀甲船は十分な考証なく2階構造で造られてきたと、慶尚南道側は説明した。2階構造の亀甲船は1700年代以後に製作されて使用されたということだ。

3階構造の亀甲船は1階が武器・食物倉庫で、、2階は弓、3階は砲を放つところだった。この亀甲船は全長25.6メートル、幅8.6メートル、帆を除いた高さが6.06メートルで、中央に12.8メートルと11.3メートルの帆が設置される。

道は来年初めから統営または巨済で製作が始まれば、復元の全過程を観光客に公開し、観光客を誘致する。亀甲船には慶尚北道(キョンサンブクド)蔚珍(ウルチン)・奉化(ボンファ)に生息する松が使用される。すでにこの地域の所有者から寄贈(20人から約1000本)を受けている。


韓国では年々民族主義の先鋭化が進んでいるわけですが、近年その象徴として扱われる事が多くなったのが、文禄・慶長の役当時に李朝の軍人だった李舜臣です。


なぜなのかといえば、韓国において特に李舜臣は鳴梁海戦で「日本水軍330隻をたった13隻で撃退した」”という事”になっているので、韓国人の対日感情を刺激しやすく、国粋主義や民族主義の鼓舞に使われる事が多く、一昨年にはこれをテーマにした「鳴梁」という映画が韓国で記録的ヒットとなっています。


(※史実の鳴梁海戦は、李舜臣が戦術的勝利のために戦略拠点としての港を失った小規模戦闘です)


韓国で「愛国ブーム」、関連商品の売り上げ急増 朝鮮日報 2014/08/23 (1/2ページ)(2/2ページ


そして、今回タイトルにもある「亀甲船(亀船)」とは、この李舜臣の時代に活躍したとされる軍船で、韓国では「世界初の装甲艦」という事になっており、上記記事ではこの亀甲船を史実通りに復元し観光産業に役立てようというわけです。


また、鳴梁海戦は「ロケットの韓国起源説」としばしば結びつき、「ロケット砲を装備した板屋船(ものによっては亀甲船)が秀吉軍を撃破した」という事になっている場合もあります。


朝鮮は「ロケット先進国」だった(上) 朝鮮日報 2009/08/23








色々と突っ込みどころしかないですが、とにかく韓国では李舜臣は人気が高く、亀甲船は「秀吉軍を撃退した装甲艦」として高い評価を受けており、「それを復元」しようという声も大きいのです。


2:明らかに設定に無理がある亀甲船


この亀甲船なのですが、まず問題なのが登場する文献どれも記述が曖昧であり、実態としてどのような船だったのか、それどころか装甲艦であった事を証明する記述すらなく、根本的に「実在したのかどうかすら疑わしい」というのが実情です。


ではそもそも「装甲艦」という話はどこから出てきたかといえば、李舜臣行録という記録に「板屋船とほぼ同じく上を板で覆い、その板の上には十字型の細道が出来ていて、やっと人が通れるようになっていた。そしてそれ以外は、ことごとく刀錐(刀模様のきり)をさして、足を踏み入れる余裕も無かった」と書かれていることからです。


つまり船には屋根があり、屋根にトゲトゲがたくさん付いていたという記述から、屋根を鉄板で装甲していたのだという発想となり、そこから「世界初の装甲艦」というところまで話が飛躍して行ったのです。


そのうえ、亀甲船が書かれている文献では表現が曖昧すぎてどのような形の船だったのか知る手がかりがなく、現在彼等が亀甲船のモデルとしているものは、18世紀以降に李舜臣行録などからの想像で描かれた絵を元にしています。







元の文献に船の構造を推測できる資料が無いのですから、当然の事ですがこの絵にも資料的価値は「本来なら」ありません。
しかし以前から書いているように、韓国では一般的に根拠が重要視されず「(自分達が理想とする)かくあるべき姿」が何よりも重要とされるため、この手の事は問題にされません。
(一応一部の研究者などが批判しているようですが、殆ど相手にされていないようです)


そして現在の韓国では、上記のような経緯から亀甲船とはこんな形だった事になっています。










素人目に見ても、明らかに船体の上部構造が「重すぎ」なのがわかります。
そしてこの「復元するには史料が少なすぎる」「想像図の船は信憑性に欠け、しかも物理的に重過ぎる」という現実に、韓国人は果敢に立ち向かっているのです。


3:いつもの


このような背景から、最初に紹介した「亀甲船の復元」も行われたのですが、元々が国威高揚・民族主義の鼓舞の目的で「復元」されることとなったため、使用される木材は全て国産の松を使うと宣伝されていました。


が、完成後の2011年に実はアメリカ産などの松材を大量に使用していた事が発覚、しかもそもそも国産の松は元々調達が不可能だった事まで発覚します。
南大門の復元の時にも「国産松が調達できない」として問題になっていたにも関わらず、なぜ今回は国産松で復元できるという話を皆が信じたのか、全くの謎です。


(※1)
亀甲船原形復元担当公務員、職務遺棄容疑で立件 聯合ニュース(韓国語) 2011/09/28


色々と計画段階から突っ込みどころが山のようにあった亀甲船復元プロジェクトなのですが、2013年にイベント会場へと曳航中だった亀甲船に起きるべくして起きたともいえる事件が発生します。












沈没しました。


(※2)
巨済からきた「亀甲」麗水沖で浸水 ニュース慶南(韓国語) 2013/01/15


いくつかの記事を総合すると、どうやら2mの波で浸水し沈没したようで、担当者は「元々設計に無かった錨の穴から進水してしまった」としており、非難するメディアなどは「ちゃんと歴史考証をしないからだ」としていましたが、そもそも根本的に「亀甲船の形状に無理がある」との突っ込みを入れたところはどこにもありません。


「王様の耳はロバの耳」とか「裸の王様」のような状態で突っ込みを入れる事ができないのか、或いは問題点に気付いている人が少なすぎるのか、どちらかなのかは知りません。


そして、最初に紹介した記事では3隻の亀甲船が建造される予定だったようですが、現在の所在が確認できるのは2隻のみです。


「外国産松使用」で問題になった亀甲船は現在陸にあげられ展示されており、曳航中に「沈没」した亀甲船は引き上げられ桟橋に固定され、放置状態のまま船内は埃を被っているそうです。


(※3)
44億ウォンで水が漏れる亀甲船?…地方自治体でたらめ復元 KBS NEWS 2015.04.28


しかし韓国人達は諦めません、史実と「かくあるべき姿」に矛盾が生じようとも、物理法則に喧嘩を売るような設計だったとしても、可能性がゼロではない限り彼らは果敢に挑み続けるのです。


4:最後に


笑韓というネタなのですが、以前も1回やったことがあります。
その時も少し書きましたが、これはあくまで私個人の意見ではありますが「(嫌韓親韓以前の問題として)おかしいものをおかしいとすら指摘できない関係は気色悪い」というのが私の見解です。


本来、どこの国との関係においてもそうですが、韓国以外との関係においては「おかしいものをおかしいと指摘したり笑ったりする行為」が差別と定義される事は殆どの場合ありません。
何年か前に話題になった中国の偽ガンダム、あれを笑う行為を「差別」として批判する人はいませんでした。


また、元々韓国というのは実は独特の発想による「(日本人から見て)奇妙な物」が溢れ返っている国であり、2000年代初期頃までは「韓国好き」といえばそういった奇妙な物に魅了された人々が大半でした。


しかし2000年代以降「韓国の奇妙さを愛する人々」の行為すらも、現在韓国人から良心的日本人と呼ばれている日韓友好論者たちによって「差別」として排除されるようになり、次第に「本来の親韓」だったこのような人々は消えていきました。


その結果既に手遅れとはなりましたが、個人的な意見として、もしこの人達が排除されず今でも一定数の割合で存在していたら、何かしらの形で日韓の間を取り持つ存在になっていただろうと考えています。


こうした「脚色されていない生の姿」を受け入れることができる人こそ、本来は相互理解に最も貢献できる人材だったはずだからです。


今後日本と韓国の関係が更に険悪になるか、それともポジティブな方向へと移行していくのか、それは知りませんが、少なくとも私は上記のような経緯が過去に存在していた事を知っているからこそ、「脚色された姿」しか認めようとしない日韓友好論者への批判の意味も込めて、あえて笑韓ネタを扱って行きたいという理由があります。


韓国人に対しては、「自分達とは根本的な価値観やあり方が違うのだ」と割り切る事も出来ますが、日韓友好論者の事は心の底から軽蔑しているからです。



人気ブログランキングに参加中です、もしよかったらクリックをお願いします。


リックで人気ブログランキングへ



以下は当ブロマガのお勧め記事マイリストです、もしよかったらこちらもどうぞ。









(※1)
亀甲船原形復元担当公務員、職務遺棄容疑で立件
聯合ニュース(韓国語) 2011/09/28
http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2011/09/28/0200000000AKR20110928109100052.HTML

設計とは異なり、輸入木材が大量に使用されて“贋物”論議を呼んできた亀甲船原形復元事業を捜査する統営海上警察は28日、慶南道の担当公務員キム某氏(53・事務官)を職務遺棄容疑で不拘束立件した。

海上警察は、昨年初めに忠南道舒川郡所在の金剛重工業が建造業者に選ばれた後、亀甲船などの復元に必要な国産松を手に入れ難いという報告があったが、キム氏が適切な措置をしなかったと明らかにした。

しかし、キム氏は「全く知らなかった内容」として容疑を否認している。

海上警察関係者は「文書上では明確でないが、拘束された金剛重工業代表などが述べた内容に信憑性がある」として「原形復元に必要な国産松は、手に入れ難いだけでなく伐木許可が出ることも大変だ」と説明した。

金剛重工業代表のチョン某氏(51)は、去る8日に拘束されるのに先立ちメディアに、「(輸入木材使用は)道庁と開発公社も以前から皆知っていたことだ。設計変更要請もしたが、担当公務員が黙認をしてここまできた」と主張していた。

慶南道は昨年初めの建造業者選定直後、釜山の中小造船研究院に諮問した結果、「長さ9m以上、直径0.34m以上の国産松は手に入れ難い」という通知を受けていた。

当時、慶南道の公務員が作成した報告書には、「設計図面上に合う国産松の購入は事実上不可」、「国産松は殆どない」等の内容が入れられた。

海上警察はこれを土台に、原形復元過程で輸入木材が使用されたことを慶南道がすでに知っていたと見ている。

慶南道は、刑事処罰対象から除外された関連公務員たちについて、道次元の調査を進行、懲戒手続きを行う計画だと知らされた。

慶南道は『李舜臣プロジェクト』の一つとして、3層構造の亀甲船と板屋船を1隻ずつ建造することにして、昨年3月に33億ウォン余りで忠南道舒川の金剛重工業に製作を依頼、1年余りで竣工したが、海警の捜査の結果、輸入木材が80%以上使用されていたことが明らかになった。

(※2)
巨済からきた「亀甲」麗水沖で浸水
ニュース慶南(韓国語) 2013/01/15
http://www.newsgn.com/sub_read.html?uid=35247

巨済市が展示・教育用に作成し巨済で曳航していた122t級無動力」亀甲」が麗水沖で浸水した。

麗水海上警察は去る14日0時40分ほど麗水市南面の東側3マイル海上で巨済市海上展示用‘壬辰倭乱亀甲船’が浸水したが船にいた船員2人は救助したと明らかにした。

 この船は忠南舒川港で7億ウォン余りを入れて作って木浦を経て巨済に行くために動力船が曵いた中だった。 海上警察は高い波で船首出入口に浸水中という連絡を受けて現場に出動して船員を救助した。

 浸水した海上展示用亀甲船は麗水の声も西側安全海域に移動させて船に満ちている水を取り出している。

(※3)
44億ウォンで水が漏れる亀甲船?…地方自治体でたらめ復元
KBS NEWS 2015.04.28
http://news.kbs.co.kr/news/view.do?ncd=3065767

<アンカーコメント>
今日、忠武公の誕生日です。

南海岸の自治団体が李舜臣将軍を主題にした観光商品を開発するとしながら先を争って亀甲船復元に出ました。ところが、水の上に浮かすこともできないといいます。キム・ソヨン記者が取材しました。

<リポート>
壬辰倭乱(文禄の役)初の勝利地の玉浦近海に浮いている亀甲船です。巨済市が7億4千万ウォンをかけて復元しました。
入口は堅く閉じられており、内部はホコリだけ積もっています。
建造直後から安全性に問題が提起されました。

<インタビュー>
ジョン・ギプン(巨済市議員):「左右に揺れがひどく、小学生や幼児が観覧をする時に片側に押し流され、そうした危険性のために..」
輸入木材を使用して“偽物論議”に包まれた慶尚南道が建造した亀甲船は海水が船体の中に入り込んで最初から陸上に移しました。
44億ウォンをかけましたが最近には竜の頭の部分が腐って交換しなければなりませんでした。

海の上に浮かんでいる亀甲船を観覧客が直接体験することができるようにするという目的で復元されたが、今はこのように乗船さえできないのが実情です。
李舜臣ブームが始まった去る2005年から自治団体が復元した亀甲船と亀甲船の形の遊覧船は計11隻。300億ウォン以上投入されました。

<インタビュー>
チェ・ジャンミョン(海軍士官学校忠武公研究部教授):「基礎研究をすることなく、風聞だけで聞いた内容を持って、それぞれ競争的に建造をしたから、このような結果を招いたのではないか。」

徹底した考証と妥当性の分析なしに拙速に行われた亀甲船復元事業。観光客の誘致はおろか悩みの種に転落しました。KBSニュースキム・ソヨンでした。

広告
他23件のコメントを表示
×
亀甲船(という想像の産物)も織田軍の軍船もそうなのですが、そもそも鉄で装甲するという必然性がありません。
重量過多になるのは勿論、「何のために必要なのか」という視点が完全に抜け落ちているのです。
火縄銃の防弾という事なら油脂を塗った竹束で十分であり、そちらは軽量で安価なため、陸上戦では織田軍の紀州攻めで大いに役立ちましたし、水上戦でも九鬼水軍が軍船の防弾に用いた記録があります。
問題は火矢による攻撃ですが、木造船である以上、乗員だけ守れば事足りる鉄砲攻撃と異なり船体全てに影響するものであったため、消火によるダメコンで対処するほかなかったはずです。(火矢対策のためだけに木造船をすっぽり被甲するのは不可能。)
43ヶ月前
×
この船、実際に航行できたとしてもどうやって戦うのでしょうね、側面には飛び道具用の挟間らしきものはあるけど鉄砲も弓矢も連射は効かないし、この構造では槍を自由に振り回せない、前出の竹束を積んだ船で接近して長い棒の先に松明つけたものをねじ込んでしまえばお終いのように見えます。
43ヶ月前
×
そもそも船に鉄板を使用するということは重量に加えて、海水による腐食がきついです。戦後、徳川家が安宅船を作ったときは銅板でした。
鉄の装甲船は、技術者が死んだため建造されなくなったわけではなく、船の寿命が短い、安宅船ですら高いのにそれよりも高い、トップヘビー、防御は竹束などで代用が効く
これは、ロストテクノロジーじゃなくて、珍兵器の仲間です、これは。

亀甲船はそれよりも珍兵器で、たとえるなら、砲を取っ払ったシュトルムティーガー、船の上の不動ファランクス、脅威に見えるのが取り柄で評価点、攻撃性が皆無なので一切相手にしなければ問題にならない船。これは量産されませんわ。
43ヶ月前
×
12です。大口さま回答ありがとうございます。
本題ではないのは分かっていたのですが、つい技術的な可否とその否定部分のみに目が行ってしまっていました。何というか無謀な挑戦を否定されるのが嫌だったのです。理想(妄想)に執着し、現実の方を否定する点こそが問題だとは分かっているのですが、それでも「かくあるべき姿」実現のため、物理法則(史実は置いておきます)という現実の壁に立ち向かう事は笑えなかったのです。ですが、今回の記事が私にとって笑韓ネタとして受け取れなかったというだけで、とても韓国らしい話だとも思っております。良い記事をありがとうございました。
43ヶ月前
×
毎回、楽しみに拝読しております。
今回の大口さんの見解から私が感じた事ですが、中国の偽ガンダムを笑っても差別扱いされなかったのは、当の中国でさえ笑われていた面もあるのではないでしょうか?
韓国と違って多民族国家ですし、地域によっては人種も若干違うと思うので、それだけ意見の多様性を認め合う寛容さもあるのでは?と思いました。
(中国政府によるウイグルやチベットの弾圧については、ひとまず置いておきます。)
韓国では大多数の人が大真面目に携わっているから、笑ったりしたら危害を加えられる恐れもあるのではないでしょうか?
43ヶ月前
×
コラム拝読いたしました。以下に感想と私見を。

わたしは幾たびか、「かの国の人々」に、
『「事象」に向かい合って「解決行動」をとる行為に乏しい』
と批判させていただきましたが、わたしの知らぬところでかれらがこんなに「現実と戦って」いたとは知りませんでした。
少し、反省しますが、
「絵にかいた想像図をそのまま、「現代の技術」で再現する」所なども含め、まだ成れていない、ウブなかれららしさをそこかしこに感じました。

日本にも、「サン・ファン・バウチスタ号」のような、当時の船舶の復元といった事例がありました。あちらは「かの国のお祝いされた事態」で大変な状況になってしまいましたが。

考古学・歴史における復元というものは、必ず、「その当時の技法・技術水準」を用いて「復元」されるそうですから、
「亀甲船」の上に載っている「巨大な鉄塊」は、当然「当時の李氏朝鮮の技術」で再現されたのでしょうね。

ということは、「豊臣氏と諸侯連合」が戦った「李氏朝鮮」は、「近代製鉄で生成された、数メートルスパンの圧延鋼板のような」上部構想物を、「浸食された国土」の「断絶された交通網」でも「船舶数隻分」運搬し、船に設置する技術力と国力を備えていた、ということが「歴史上明らかになっている」ということでしょう。
分割して運搬し、溶接等も行えたのかもしれません。

それほどの技術を有していた近世国家の領土を、38度線深部まで進行していた「加藤清正などの豊臣恩顧の武将」は、おそらく「戦国自衛隊」のような特殊な「少数精鋭部隊」を有していたに違いありません。
「唐入り」って、すごい「戦争」だったんですね。そりゃロケットも飛ぶわ。

「李氏朝鮮」が、こうした「時空を超越した」高度な技術を有するにもかかわらず、陰りの見える「明」に「服属」していたのは、おそらく「明」が、「李氏朝鮮」を超える超絶兵器を有していたから、とも推察され、当時の極東地域が、他の地域を大幅に超越した高度な「近代戦」の状況を呈していたことがうかがえます。

書き込み内の「日本史通」による解説によれば、日本における大型船舶での「鉄甲化」も、おそらく「玉鋼」を薄く延ばした鋼板を喫水線上船腹や、甲板の一部に張り付けた「初期の準不燃材料」化されているにすぎず、当時世界有数の「火器(
火縄銃)」を有していた日本でも「李氏朝鮮」の技術に及ばないでしょう。やっぱりちょうせんってすごいね!!

……え? 沈んだ?? 
……やっぱり復元船だけに、「復元力」に乏しい船って、沈むんですね……。

以上、超絶国家「李氏朝鮮」をたたえるコメでした。長文失礼いたしました。
42ヶ月前
×
欧米のサイトで「Weapons and Warfare」で戦史として克明に紹介されていました!!
 全く朝鮮民族を良く解っていない欧米人は、信じ込んでしまっていますね!
 でも、資料を重視するのが欧米の歴史家でもあるので、いずれは嘘だと判る筈です。
39ヶ月前
×
>>34
ハニートラップと金の力で日本だけでなく欧米の歴史家も操っている可能性大だから楽観できないぞ

現に100年たってない”ホロコースト”さえ思考停止を押し付けて覚えさせ、批判や異論がタブーになっている(あまりにホロコースト研究が言論統制されているため私はホロコースト捏造説を信じる)。また、韓国そっくりなアルメニアも、トルコの反発にもかかわらず「オスマン帝国によるアルメニア人虐殺」をわざわざ欧米に宣伝していて、鵜呑みにしたフランスがこれに批判を禁じたためトルコが激怒したっていうし。

近年では韓国系がアメリカで慰安婦像を建てたようにアルメニア系も「トルコの虐殺を訴えるモニュメントを建てよう」と“韓国化”がひどくなっていて、当然トルコ系も猛反発しているらしい。

総合的に考えると、欧米人は支那よりはマシでも、日本よりは歴史に無知か精神性を重視しないか興味が薄いとしかいいようがない。
38ヶ月前
×
亀甲船自体正式な図や設計図がなく、全くの虚言である。木の船に鉄で蓋をしたらバランスどころか重すぎる。だから再現しても沈没したのは当たり前の事である。また日本水軍をたくさん沈めたのも、歴史上韓国側だけが作った虚言である。
その心は現在も脈々と繋がり、韓国人は真実をなんでもまげて韓国優位とする、変態的な民族である。
10ヶ月前
×
交戦した日本側の記録にまったく無いということだけでも、戦力として強力な亀甲船などというものが存在しなかった証明になりますね。
もし韓国人の妄想したような強力な亀甲船が存在したのであれば、味方に知らしめるため「このような形状の船には気をつけろ」とか自らの戦功を高めるため「亀甲船なる強力な船を操る敵水軍を討ち取ったり」とか参戦した戦国大名の一人ぐらいは記録してても良いはずだけど全くありませんからね。
朝鮮でもそれだけ優秀だったら同様の後継の船が作られただろうし、停戦後の闇討ちで結局返り討ちにだったけど自称勝利した海戦で活躍した船ならしっかり記録されてもおかしくないのに当時の具体的資料がまったくないのも亀甲船が想像の産物であったことの傍証になる。

まあどんな歴史的事実を示しても、強国への隷属の歴史しか持たない哀れな民族は亀甲船という妄想にすがるしかないのであろうが。
5ヶ月前
コメントを書く
コメントをするには、
ログインして下さい。