• 慰安婦をなぜ映画にした

    2019-10-30 17:40
    もう、いい加減日本人の堪忍袋の緒は細切れであろう日韓問題。

    その先鋒が慰安婦(個人的にはこの単語が一発で変換できる時点で腹が立つ)問題。

    今回、慰安婦問題にケリを付けるとまで豪語した予告まで出している映画「主戦場」が、上演中止の事態と相成った。

    理由は出演者が「上映差し止めを求め、訴訟を起こしている」事が大体の理由。

    訴訟の理由は、出演者の意図した意見等を編集された事等による名誉棄損。

    大変真っ当な理由である。
    なにせ(自称)ドキュメンタリー映画で、識者の対談、質問形式というものである。
    出演者の意見を編集するのは、その映画の形式と趣旨に反する。
    識者の意見に識者が責任を持つ形式だ。
    しかし、その意見を偏向されれば、その意見の責任を識者が持つという形式も崩れる。
    しかも、この取材や撮影に関しては、上映の了解を出演者から得ていない、とまで言われている。
    上映できる段階に無い、と判断するのは妥当ではなかろうか。

    多少見やすくするために手を加えるくらいなら良いとしても、意図を偏向させる編集を行うのは、出演者への無礼であり、ドキュメンタリーではなくプロパガンダやアジテーションになってしまう。
    過激な思想や価値観を持った人間の暴走を危惧する理由は揃っている。

    で、今回の問題としてはそこじゃない。
    この映画を上映すべきと主張する、一部の映画関係者にある。

    是枝裕和監督、まぁ名前くらいは自分も聞いたことがある。
    俳優の井浦新という人も、一緒に発言している。(以下引用)
    主張は「主催者としてあるまじき判断で、作り手への敬意を欠いている。どういう善後策を取れるか考えてほしい」
    「都合が悪いから上映を中止するという考えは映画を楽しむ人も作り手も自由を奪われる危険な行為だ」
    「上映に伴うリスクは主催者だけでなく映画祭を作るみんなで背負うものだ。まだ何も起きていないのに行政の懸念だけで上映が取りやめになるのは言語道断だ。川崎市は懸念を表明するのではなく、共催者として懸念を払拭(ふっしょく)するために行動するべきだった」

    とのこと。

    いちいち突っ込むのが面倒なくらい、ツッコミどころしかない。
    ・作り手への敬意「出演者、視聴者、上演者への敬意は?」
    ・都合が悪いから上映を中止する「当たり前では?」
    ・映画を楽しむ人も作り手も自由を奪われる危険な行為だ「視聴者や出演者、上演者を危険に晒す事を正当化する理由にはならないのでは?」
    ・リスクは主催者だけでなく映画祭を作るみんなで背負うもの「それは関係者全員が理解と納得出来ている事が前提なのでは?」
    ・何も起きていないのに行政の懸念だけで上映が取りやめになるのは言語道断「起きてからじゃ遅いし起きた場合誰か責任とれるの?」
    ・共催者として懸念を払拭するために行動するべき「だから出演者の訴訟等といった問題の清算を待つなり、相応しい場所や人間に視聴を限るなり検討した結果じゃないの?」

    どうなの?

    上記の主張は、基本的に個人的な見解に拠っていて、問題の解決に関して繋がっていないという事を自覚できていない、と自分は考えている。(個人の感想です)
    要は「視聴者を危険に晒しても、出演者の尊厳を踏みにじっても、上映は行われるべき」と言っている訳ですな。

    危機意識が足りない上に無責任と言わせて頂きたい。

    題材が慰安婦問題な訳で。
    国家間の話し合いでも解決できてない問題で。
    多くのトラブルが現在進行形で起きてる内容、と。
    慎重に対応をするのは当然でしょう。

    で、ここでタイトルに戻る。
    この様に、上映も碌にしてない時点ですでに問題が起きている(ネット上でのあれこれを見るなら氷山の一角どころではない)訳で。
    慰安婦問題を映画にするべきでは無い、と思う。(下手すればまた攻撃材料の槍玉に上がりかねない)
    資料に基づき、事実を確認するのみに留める。

    日韓問題の多くは本当にもう、調べれば調べるほど、知れば知るほどうんざりとする過去と現状である。
    民間レベルでの~云々という段階はとうに過ぎ去っていると考え、国際裁判に出てこない相手に対し、粛々と対応すべきである(個人の意見です)。

    比較対象にライダイハン問題を出す人も居るが、自分は朝鮮進駐軍の問題を挙げたい。
    日本は一貫して被害者とさえ言えるレベルなので。

    今回は内容が内容なので、色々とわき道に逸れ気味だったが、文章の体裁を気にしなければこんなものかと思う。
    本当にこれらの問題はなー。
    淡々と書ける人を尊敬する。
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  • 教師のいじめ問題から、学校の体制に改めて考えること

    2019-10-24 18:41
    連日、教師が教師をいじめていた事件で報道が続く。

    で、気になったのが
    「学校の隠ぺい体質」

    「閉鎖された環境」
    なんだけれども。

    これ、本来は
    「子供の為にある」筈のものじゃないのか?
    って。

    事件や当事者に関しては、まだ情報が出そろってないし、本筋から離れるので触れないとして。

    子供っていうのは、失敗するし、問題も起こす。
    これは何時の時代もどんな所でもある事だと考えてる。
    大人がでも問題起こしまくってるんだから、子供の時は問題を起こさない、というのは妙な考え方になってしまう。
    何歳でも人間は間違えるし問題を起こす。

    これが前提として

    学校が物事を隠したり、環境を閉鎖的にしたりするのは、子供が問題を起こしても、早いうちに教育、更生に取り組めるようにする、そういう側面があるんじゃないか?
    というのが今回の疑問。

    問題を起こさないよう、社会規範や道徳を教育しても、万全は難しい。
    だから、問題が起きた後の事も事前に考えて、学校や関係者、その身内で物事が大きくなる前に「適切に」対応できるようにしよう、と。
    隠ぺいとも言えるが、更生の余地があり、反省が十分に見られるなら、相応の教育と更生を行えるなら、子供の未来を最低限だけでも猶予を残そう、と。

    良くも悪くも、現代では情報の拡散が問題になって、教育や更生に行く前に問題が収集付かないくらい大きくなったりするけど。

    それこそ、そういう環境を悪用して、逆に表面化させずの事なかれ主義や、爆発炎上するまで問題を見て見ぬふりの土壌にもなってるみたいだけれども。
    け・れ・ど・も!

    本来は、子供の教育や更生の猶予を、体制に組み込んだ結果でもあるんじゃないか?
    そう思った訳ですよ。

    それを生かせる教職員の存在や学校、PTA、教育委員会等が生かせれば、という事が今度は問題になるけれども。

    逆に、そういう猶予を作らないと、問題の大小や回数に関わらす、子供が問題を起こす、即警察、となればそれが子供の為か?
    とも。

    隠ぺいや事なかれ主義、問題の見過ごしは良くないにしても、子供が問題を起こしたり失敗した時、味方になり理解者になり更生や教育をする存在や場所。
    その有無はとても大きいと思う訳ですよ。

    そう考えると、そういった体制を壊せー!
    ではなく
    有効に活用できない問題点を洗い出して、かつ、より有効に使える方針を考えたい。

    勤労、納税、教育が日本の三大義務なら、教育にもっと人材と予算突っ込んで行こう!
    教職員に準じる職員とか作るなり、第三者の立ち位置に居る教育関係者とか、教育以外を担当するサポーター制度とか、官民合同で人材と予算を有効活用しよう!

    不景気だし、こういう問題にこそ国の予算ガンガン突っ込んで行こう!
    寺子屋なんかはほぼ無報酬、ボランティアでやってたんだから、諦めんな!

    もちろん、今回の話にも、異論、反論受け付けます。
    ドシドシ応募してください。
  • 献血看板にイチャモンつける理由を正確に述べよ

    2019-10-21 14:3244
    マンガ「宇崎ちゃんは遊びたい」の主人公? ヒロイン?
    ともかく、メインの登場人物、宇崎ちゃんが献血の看板に起用されて、騒がれている。
    というか、一部が変に騒いでる。

    なぜこれをセクハラだのと騒ぐのか?
    これが分からない。

    提起「環境型セクハラ、視界にセクハラとなる物を置くのが問題」
    疑問「どこがどう環境型セクハラで、どこからがセクハラなのか、その明確なラインは?」

    普通は
    「それで?」
    と流す程度の問題では無いのか?

    まぁ、不快に感じる人は相応の理由が有るだろうけど、その理由や程度が分からない。

    「フィクション」であり、「空想上の存在」を用いている訳だから、多少気に障ろうと「あれは空想上のもの」と割り切るべきものではなかろうか。

    もちろん作品の芸風やキャラクターが
    差別的発言「献血しない人間等を不当に貶める意図の言動」

    表現上不適切なもの「キャラクターに過剰な露出やそういった連想をさせるもの等」
    が有れば考慮すべきと思うが。
    一般の商業誌で連載されている作品、そのキャラクターでしょ?
    今回はこの「宇崎ちゃんというキャラクター」としては適当な範囲で描かれ、そのファンを呼び込む取り組みなのだから、気に入らないなら気に入らないで留め、後は無視すれば良いのでは、と思う。

    生身で際どい衣装を着て、扇情的に献血を呼び込むとかじゃないんだから。

    自分は「宇崎ちゃんは遊びたい」という作品に詳しくはないが、看板を見ても腹が立つようなものではなかった(個人の感想です)。
    むしろ、色んな方法で積極的に献血を募る努力に感心する。

    そもそも、赤十字が献血の為に試行錯誤しているのは、結局血が足りてないという問題があるのだから、需要と供給の問題でこうなっているっちゅー話でしょう?

    セクハラがーとか騒ぐ前に、有効な献血協力者数向上案を出そう。
    そちらにシフトされるとか、建設的な方向性ではアカンのか?

    献血で助かる命以上に重要な問題なの?
    看板の有無関係無く、定期的に、真面目に献血してくれる人達の立場は?

    それこそ、女性が大量に献血する存在なら、女性向けのコンテンツを前面に出す可能性が高い筈なのに、現実としては違う。
    そこらへん認識してるん?

    女性より男性が献血のメインターゲットである、ということ。
    であれば、男性向けコンテンツから起用されたキャラクターを用いてもおかしくはない。

    まぁこれはしょうがない。
    体格的にも体質的にも、女性は男性に比べて献血に向かないのだから。
    体重が基準に満たない女性は献血出来ない。
    無理なダイエットで栄養が足りてない場合も献血出来ない。
    月経があるのでどうしても男性より貧血が多い(月経の無い男性でも基本的に月一回とされてる)
    等理由は色々だが、それらを考慮すれば男性の方を積極的に献血に誘うのは理にかなっている。

    異常を考慮してみれば、今回の献血看板セクハラ問題は
    「視野狭窄な偏見」と断じる。
    日本のオタクは、様々な性的マイノリティの複合表現文化を多様性として受け止める文化がある。
    今回の看板は相当マイルドな表現に分類できまっせ、ホンマ。

    非実在青少年問題とかの頃を思い出すが、あれは欧米や日本で基準がそもそも違っているのにそれを無理矢理当て嵌めたりしようとする暴挙だった訳で・・・。

    あと、こういう画像だったら嫌だろ、的な画像や写真上げてる人居るけど、見当違いの方向性が多い(個人の感想です)

    極端な性的表現がどーの、っていう意見の人が筋肉や男性器を誇張した画像やイラスト使ってるけど、それは説得力を生まない。
    「こういうの嫌だろ?」
    って意見を言いたいなら「宇崎ちゃんと同様に一般コンテンツ」から持ってくるべき。
    同じ土俵から持ってこないと、意見が歪曲しすぎる。
    ついでに、実在する人間を使うのも同様。使われた人間への配慮に欠ける。
    そんな事言ってたら、ボディビルダーなんかどうなる?
    極端に面積の少ない服装で肉体を衆目に晒してるが、これもセクハラなの?

    今回は疑問というか、まぁ引っかかった事をとりとめなく記事に。
    反論、異論は受け付ける。