教師のいじめ問題から、学校の体制に改めて考えること
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教師のいじめ問題から、学校の体制に改めて考えること

2019-10-24 18:41
    連日、教師が教師をいじめていた事件で報道が続く。

    で、気になったのが
    「学校の隠ぺい体質」

    「閉鎖された環境」
    なんだけれども。

    これ、本来は
    「子供の為にある」筈のものじゃないのか?
    って。

    事件や当事者に関しては、まだ情報が出そろってないし、本筋から離れるので触れないとして。

    子供っていうのは、失敗するし、問題も起こす。
    これは何時の時代もどんな所でもある事だと考えてる。
    大人がでも問題起こしまくってるんだから、子供の時は問題を起こさない、というのは妙な考え方になってしまう。
    何歳でも人間は間違えるし問題を起こす。

    これが前提として

    学校が物事を隠したり、環境を閉鎖的にしたりするのは、子供が問題を起こしても、早いうちに教育、更生に取り組めるようにする、そういう側面があるんじゃないか?
    というのが今回の疑問。

    問題を起こさないよう、社会規範や道徳を教育しても、万全は難しい。
    だから、問題が起きた後の事も事前に考えて、学校や関係者、その身内で物事が大きくなる前に「適切に」対応できるようにしよう、と。
    隠ぺいとも言えるが、更生の余地があり、反省が十分に見られるなら、相応の教育と更生を行えるなら、子供の未来を最低限だけでも猶予を残そう、と。

    良くも悪くも、現代では情報の拡散が問題になって、教育や更生に行く前に問題が収集付かないくらい大きくなったりするけど。

    それこそ、そういう環境を悪用して、逆に表面化させずの事なかれ主義や、爆発炎上するまで問題を見て見ぬふりの土壌にもなってるみたいだけれども。
    け・れ・ど・も!

    本来は、子供の教育や更生の猶予を、体制に組み込んだ結果でもあるんじゃないか?
    そう思った訳ですよ。

    それを生かせる教職員の存在や学校、PTA、教育委員会等が生かせれば、という事が今度は問題になるけれども。

    逆に、そういう猶予を作らないと、問題の大小や回数に関わらす、子供が問題を起こす、即警察、となればそれが子供の為か?
    とも。

    隠ぺいや事なかれ主義、問題の見過ごしは良くないにしても、子供が問題を起こしたり失敗した時、味方になり理解者になり更生や教育をする存在や場所。
    その有無はとても大きいと思う訳ですよ。

    そう考えると、そういった体制を壊せー!
    ではなく
    有効に活用できない問題点を洗い出して、かつ、より有効に使える方針を考えたい。

    勤労、納税、教育が日本の三大義務なら、教育にもっと人材と予算突っ込んで行こう!
    教職員に準じる職員とか作るなり、第三者の立ち位置に居る教育関係者とか、教育以外を担当するサポーター制度とか、官民合同で人材と予算を有効活用しよう!

    不景気だし、こういう問題にこそ国の予算ガンガン突っ込んで行こう!
    寺子屋なんかはほぼ無報酬、ボランティアでやってたんだから、諦めんな!

    もちろん、今回の話にも、異論、反論受け付けます。
    ドシドシ応募してください。
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