【本格将棋ラノベ】俺の棒銀と女王の穴熊
俺の棒銀と女王の穴熊【1】 Vol.6
■2
王将・玉将(王・玉)……全方向に一マス動ける。
飛車(飛)……縦と横に何マスでも動ける。
角行(角)……斜め方向に何マスでも動ける。
金将(金)……縦と横と斜め前に一マス動ける。
銀将(銀)……前と斜めに一マス動ける。
桂馬(桂)……縦二マスと左右一マス動ける。他の駒を飛び越えられる。
香車(香)……前に何マスでも進める。
歩兵(歩)……前に一マス進める。
これに加えて、相手陣――自分から見て奧側の三段――に突入した際に駒の能力が上がる「成駒」を作ることができる(状況によっては成る必要はない)。
飛車→龍王(龍)……飛車の動きに加えて斜め方向に一マス動ける。
角行→竜馬(馬)……角行の動きに加えて縦と横に一マス動ける。
銀将→成銀……………金と同じ。
桂馬→成桂……………金と同じ。
香車→成香……………金と同じ。
歩→と金………………金と同じ。
これら駒の動かし方を、依恋は一目で覚えた。昔からいろいろなお稽古をこなしてきた彼女は、何事も覚えが早い。これには来是もいつも感心させられる。
「で、王様を取れば勝ちなわけね」
「正確には詰ましたら、ですね。詰みとはどこにも王の逃げ場がない状態で、その時点で勝敗がつきます」
初めての後輩部員が嬉しいようで、紗津姫は手取り足取り依恋に教えている。そんな彼女をライバルと見なしている依恋だが、悪い気はしていないようだ。
「ところで気になったんだけど、紗津姫さん」
「なんでしょう?」
「あなたって、ひとりでやってたほうがいいんじゃないの。そんなに強いなら、わざわざ部活でやる必要ないじゃない」
不躾な質問だったが、的確な意見だった。
アマ女王――全国クラスの実力を持つ紗津姫が、周りのレベルの低い部員たちと活動するメリットは何だろうか。将棋はあくまで個人競技。切磋琢磨できる環境にないのでは、ひとりで集中して研究していたほうが、よほど強くなれそうだが……。
紗津姫はやはりニコニコしていた。その表情で、来是はだいたい答えがわかった。
「私も多くのアマチュアと同じように、楽しむことを第一にしています。強さばかりを求めてはいません。二年生になった今、この将棋という素晴らしいゲームを多くの新入生に伝えたいと思っているんです。早くもふたりも入部してくれて……とても感謝していますよ」
極上のスマイルを向けられて、ドキンと心臓が膨張する。
……ああ、素敵だ。この笑顔を見るためだけに、俺は生きている。
先輩は将棋のよさを一生懸命伝えたい。だったら自分も精いっぱい協力しなければ!
「いててっ」
いきなりムギュっと頬をつままれる。依恋が目を吊り上げて睨んでいた。
「何すんだよ」
「だからデレデレしないの!」
デレデレしていたのは確かだが、なぜ依恋に怒られないといけないのか。来是は不満でいっぱいだった。
「それより、さっそく対戦しましょ」
「おう、いいぞ。ハンデはどうする?」
「そんなのいらないわ」
強がりの依恋のことだからそう言うだろうと思った。自分も文句なしの低級者だが、さすがに今日ルールを覚えたばかりのビギナーに負けるとは考えていない。
これまでのお返しにギャフン(死語)と言わせてやる! 来是は内心、黒い笑顔を浮かべていた。
駒を並べ終えたところで、依恋が素朴な疑問を発した。
「先攻と後攻って、どうやって決めるの? ジャンケン?」
「……いや、知らない」
想像してみる。立派な羽織袴を身につけたプロ棋士が真正面から向かい合って……ジャンケン。少なくともこれはありえないだろう。
「振り駒というのをするんです。歩を五枚取って、盤に放ってください」
紗津姫の言うとおりにする。表の歩が三枚、裏のとが二枚出た。
「歩が多い場合、駒を振った側の先手です。その逆は後手になるということで」
「なるほどー。趣のある決め方ですね」
なんとなく、趣という単語を使ってみたかった。
「じゃ、お願いします!」
「……お願いします」
依恋が頭を下げてそんなことを言うのを聞いた記憶は、ほとんどない。とても新鮮な光景で、何だか嬉しくなってしまった。
来是はまず角の右上にある歩を進めた。
将棋は攻撃力の強い角と飛車の活用が第一だ。最初に角道を開ける▲7六歩という手は、基本中の基本とも言える。
対する依恋は△8四歩とした。「飛車先を突く」。これまたオーソドックスな一手である。
【図は△8四歩まで】
初心者同士らしく、ほとんどノータイムで手が進んでいった。あまり深く考えず、どんどん攻撃していく。来是は負けるわけがないという自信にあふれ、依恋はやや難しい顔をして、傍らの紗津姫はただ笑顔で見守っている。
ほどなくして、終局した。
「……ま、ま」
「はっきり言えよ。ん~?」
「負けました……!」
ガックリうなだれる依恋。左には龍が、右には馬が、上には金が。文字通りに八方ふさがりの状態で詰まされてしまった。
依恋とは十年以上の付き合いだが、何かでこうも完璧に負かしたことは初めての気がする。もうムフムフが止まらなかった。
「どうでした? 先輩」
「その前に、お互いに礼、ですよ」
「あ、すいません。ありがとうございました」
しかし依恋は、聞こえるか聞こえないかくらいの小声でボソボソ言うだけだった。よほど悔しいことが見て取れる。
「桂馬で王手飛車取りを仕掛けたところで大勢は決しましたね。そうならないように、王と飛車はなるべく近づけないというのが基本のひとつなんですよ。それと……」
紗津姫は盤面をいったん初期状態に戻すと、すらすらと初手から並べ直した。そして逐一、ここがよかった、ここがまずかったと双方にアドバイスする。
頭の中だけですべてを記憶している――来是は感動してしまった。
「でも碧山さんはすごいですよ。ついさっきまでルールも知らなかったのに、ちゃんと形になっていましたから。この分なら、上達も早そうです」
「依恋、ちゃんと先輩のありがたい話、聞いてるか?」
「……もう一回」
「え?」
「もう一回勝負!」
ギンッと鋭い視線で射抜かれる。が、ちょっと涙目なので迫力はいまいちだった。
「でも俺、先輩に教わりたいんだけど」
「うっさい! 勝負ったら勝負!」
完全に駄々をこねる子供だった。
「あと一回くらい、いいのではないですか?」
クスクスと笑みを漏らす紗津姫。
来是はあきらめて再戦に応じることにした。依恋がとんでもない負けず嫌いであることは、とっくの昔から知っている。
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