閉じる
閉じる
×
浦辺はそれからもいくつかの質問をして、インタビューの締めに入った。
「えーと、最後に交流戦についての意気込みを語っていただければと」
「そうですね……。相手の大蘭高校はとても手強いですし、新入部員のおふたりも、本格的に将棋を始めて間もないです。厳しい戦いになると思いますが、ただ勝つことだけを考えるのではなく、まずは楽しむことです。楽しむ心を忘れず、いい棋譜を残そうと心がければ、おのずといい将棋になると思います」
「うんうん! 春張、碧山さん、頑張ってくれよ」
「おう、頑張るさ」
「それでは、取材は以上っす! どうもありがとうございました!」
浦辺が道具をしまおうとしたところで、依恋が慌てて声を上げた。
「ちょ、ちょっと。あたしへの取材はないの。いくらでも撮影して構わないって言ったじゃない」
「あー、ごめん。それはまた次の機会にさせてくれないかな。コンセプトがぶれちゃいけないし」
「コンセプトって何よ」
「神薙さんそのものだよ。対局姿も、将棋に臨む姿勢も、実にいい! 俺は将棋がまるでわからないけど、この取材はすごく痺れた! だから俺と同じように将棋を知らない生徒たちにも、何かしら刺激を与えると思うんだ」
「……あたしは邪魔だってこと?」
「依恋、次の機会って言ってるじゃないか。今回は諦めろよ」
そのあとは通常の、和やかな部活動に戻った。
紗津姫の丁寧な指導を受けて、またレベルアップしたんじゃないかと達成感に浸る。教えを実践して依恋との勝負に勝てば、得も言われぬ喜びが満ちあふれる。
対照的に、依恋は終始ムスッとしていた。取材されなかったのがよほど残念だったのか。もう少しその目立ちたがりを抑えることはできないもんかと、来是は幼馴染として忠告したかったが、たぶん聞き入れてはくれないだろう。
「お疲れ様でした」
「じゃ、また来週なー」
部活が終わり、いつものように校門で紗津姫と関根に別れを告げる。
これで週明けまで先輩の姿は見納めか。そう思うと実に切なかった。
「あ!」
「な、何よいきなり」
「浦辺に頼んでおけばよかった。今日撮った先輩の写真、俺にもくれって!」
「……バッカじゃないの」
依恋は早足で先を行く。来是は難なく追いついて、不機嫌な横っ面に声をかける。
「今日はずっと機嫌が悪かったな。そんなに取材されたかったのか?」
「うっさいわよ……」
「先輩と張り合いたいっていうのはわかるけどさ」
「だからうっさい!」
はあ、と溜息をつく来是。
紗津姫への対抗意識のあまり、以前のような余裕がなくなってしまっている。
依恋はいつだって偉そうで、男を引っ張り回す強さがあって……。来是はいつも振り回されてきたけれど、彼女独特の魅力ということもわかっている。それがすっかり影を潜めているのはもったいない。
「もうちょっと余裕を持てば、依恋はもっと素敵な女の子になれると思うんだけどな」
「え……」
「だから先輩ばっかり気にして、自分らしさがなくなってるって言ってるんだよ。そういう依恋を見るのは、ちょっと寂しいぞ」
依恋は息を呑んだ。そしてぷいっと顔を背けて、か細い声で……。
「や、やっぱり来是は、あたしのことが……」
「まあそれより、もうすぐメンバー決定戦だな」
「そ、それよりって何よ! バカ!」
「なんで怒ってるんだ」
「もういい……」
来是は前方の空間に盤をイメージし、エア駒を動かす。素振りならぬ素指しだ。こんなことをしたくなるほど、将棋が身に染みついてきた。
「俺は毎日練習しているけど、依恋はどうなんだ。相変わらずボディケアのほうが大事って感じか?」
「……将棋もそれなりにやってるわよ」
「ふーん? それなり、って程度で俺の練習量を上回っているとは思えないな。やっぱり俺のほうが、まだ力は上だな」
「あ、あのさ」
「どした?」
「この前、将棋会館に高価な道具があったでしょ」
「はは、とても俺には手が出ないな」
「あたしね、あれ、買ってもらったんだ」
「ええ? マジでおじさんにおねだりしたのか」
「うん、それで上達するなら奮発しようって。入学祝いのプレゼントもまだだったし」
まさか本当に実行に移すとは思わなかった。来是は一気に羨望の眼差しになる。
「うらやましいなあ。ちょっとこれからさ、見せてくれないか?」
「……いいわよ、見せてあげる。そ、それでなんだけど」
何か条件があるのか。来是は身構えていたが、出てきた言葉は予想外のものだった。
「明日からあたしの家で、ミニ合宿しない?」
「ミニ合宿?」
「ひとりで練習していてもつまらないしさ、相手がいればはかどると思って」
「ほー、なるほど。確かにその方が上達しそうだ」
それに買ったばかりの高価な盤と駒で、思う存分指せるわけだ。断る理由などなかった。
「でもお前が俺を家に誘うとはなあ。小学校以来じゃないのか?」
「そ、そんなことどうだっていいでしょ。決まりってことでいいわね」
「ああ、おじさんとおばさんによろしく」