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俺の棒銀と女王の穴熊〈4〉 Vol.2
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俺の棒銀と女王の穴熊〈4〉 Vol.2

2013-12-11 18:00
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         ☆

     始業式が終わると、簡単なホームルームが行われ、今日はそれで終了となった。
     将棋部は午前いっぱい部活の予定が入っている。来是はひとりでのんびり部室棟へ向かおうとしたが、依恋がピッタリと隣についてきた。
    「ねえ、来是」
    「……なんだ」
    「またキスしない?」
     心臓がひっくり返りそうになった。
    「な、何言ってんだ!」
    「だって、来是のことが好きなんだもの」
    「俺らは恋人同士じゃないんだ! だからしない!」
    「あたしといつでもキスできるのよ? こんな幸運はないわ」
    「しないったらしない!」
     来是はあのときのことを回想する。
     いかにも勇気を振り絞ったという赤い顔で、告白してきた依恋。春張来是は神薙紗津姫に想いを寄せている。そのことを百も承知の上で、そんな行動に出た。
     俺は先輩に惚れた――そう伝えた夕暮れの帰り道。あのときから彼女にさまざまな葛藤が生まれたことは、今なら容易に想像がつく。何かと紗津姫に食ってかかり、情緒不安定に陥ったこともあった。すべて、恋の悩みだった。
     そして依恋が将棋部に入った理由にも、ようやく気づいた。この自分と一緒にいたいがためだったのだ。
    「……依恋は将棋が好きでも何でもなかったんだろ、最初は」
    「そうよ。あんたと一緒にいられれば、他の部でも帰宅部でもよかったの」
    「でも、今は……好きなんだろ」
    「まあね。あんたや紗津姫さんほどじゃないだろうけど、将棋は好きよ。きっと一生の趣味になるわ」
     依恋に誤算があったとすれば、それだ。
     当初は紗津姫を、恋路に立ちはだかる邪魔者と見ていただろう。いざとなれば、容赦なく排除するつもりだったかもしれない。
     しかし、いつしかその人間性に惹かれていた。将棋が好きになった。
    「先輩のことは、どう思ってるんだ」
    「恋のライバル。絶対譲れない」
    「……それだけか?」
    「ううん、あたしもあの人は好きよ。友達として、長く付き合っていきたいわ」
    「俺は……先輩のことが好きなんだぞ?」
    「それはそれでいいわよ。そのうち、あたしに振り向いてくれるって信じてるから」
     依恋は完全に吹っ切れていた。
     紗津姫は恋のライバル。だけど後腐れのないようにこの三角関係を解決したい。してみせる。そう言っているのだ。
     部室の前まで来た。部員随時募集中の張り紙は、春からずっとそのままだ。
     しかし今日から、この将棋部の空気は微妙に変わる。変わらざるを得ない。来是は憂鬱な気分で扉を開いた。
    「こんちはっす……」
    「こんにちは。今日から心機一転、頑張りましょうね」
     棋譜並べの最中だった紗津姫が、朗らかな笑顔を向けた。
     ――依恋が俺を好きだということを、この人も知っていた。
     はっきりと聞いたわけではないが、彼女の言動を思い返すと、そう確信できる。依恋と一緒にいるといつでも、まるで見守るように微笑んでいた……。
    「遅れました! 練習はじめましょー!」
     金子が勢いよく部室に入ってきた。
     このBL大好き少女も、リアルでは普通の恋愛に興味があるようで、自分と依恋の仲を妙に応援していた。依恋がそうしてくれと頼んだからではないか?
     つまり依恋の気持ちは、女性陣の間ではとっくに共有されていたのだ。自分だけが何も知らなかった。
     ……できれば知らないままのほうがよかった。そう考えてしまうのは、悪いことだろうか? もちろん答えは出ない。
    「紗津姫さん、二学期の目標は何かあるの?」
    「高校生の大会はないんですけど、十一月に女流アマ名人戦があります。この大会は棋力別で出られるので、依恋ちゃんと金子さんにも出てもらおうかと」
    「そっか! 腕が鳴るわね」
    「あはは、ひとりだけ男の子で残念ですねえ。春張くんが出られる大会はないんですか?」
    「トップアマが集まるような大きな大会がありますけど、今の状態で出ても、あまり意味はないかと思います」
     バッサリと斬られた。こういうとき、紗津姫は意外と容赦がない。
    「ですから今は、じっくりとレベルアップすることだけを考えてください」
    「……わかりました。でもじっくりじゃなくて、急いでレベルアップしたいです」
    「あ、そうでしたね。ではさっそく猛特訓しましょうか」
     依恋の気持ちが何であろうと、自分のやるべきことに変わりはない。
     紗津姫が卒業するまでに、彼女を超える。そして恋人になる。今さら引き下がれはしない。
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