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ブルーとイエロー、ペンライトが波のようにうねる。

淡く漂うスモークに景色が霞み、灯りの果ては見えない。

 

「みんなー! アンコールありがとう!」

 

ひときわ強い光が射した。

そこは信じられないほど大きなステージの上。自分――と、もう一人、ピンクに金線をあしらったドレスの裾を揺らしながら大観衆に呼びかける金髪の少女。

 

イツキ「あ、ありがとう―――って、ええ!?」

 

自分もまた薄いブルーのドレスに身を包んでいることにイツキは気づく。

大きく肌蹴た肩と胸、視線を落とせば自分の平坦な胸がそこにある。ヒラヒラとしたスカートの丈は短く、イツキはあわてて手で押さえる。

『なにこれ!? 大きなドームにすごい観客!?』

 

ツバサ「ワタシ…ツバサと、イツキちゃんのユニット『CherryLips』は、

  みんなのおかげで6大ドームツアーを実現させ、

  こうして最終日まで駆け抜けることが出来ました」

イツキ「6大ドームツアー!? いつの間にそんなことに!?」

 

そうだ、思い出した。このコはツバサ。

最近、一緒にアイドルをはじめたオンナのコだ。でも、6大ドームツアーってなに!?

とまどうイツキの顔を、ツバサが下からのぞきこむ。

 

ツバサ「ふふ、イツキちゃんってば、どうしたの?

  興奮しすぎちゃって記憶喪失かな?」

イツキ「だって『CherryLips』は、まだ活動はじめたばかりで

  そんなツアーをやれるようなユニットじゃ……」

ツバサ「ね、だから夢みたいだよねっ」

イツキ「夢みたいって……??」

 

ただでさえ、アイドルなんてやりたくなかったのに、

こんなフリフリの衣装で、こんな大勢のまえに立たされるなんてっ!

混乱と恥ずかしさで目をぐるぐるさせるイツキ。でも――

 

ツバサ「そんな恥ずかしがらなくても、

  イツキちゃんは今日も、すっごく可愛かったよ

イツキ「可愛い!?」

ツバサ「もちろん! 髪型に、顔立ちに、ぜーんぶ。

  も~可愛くて、ぎゅぅ~~ってしちゃう!」

イツキ「わわわっ!!」

 

胸に飛び込んできたツバサをあわてて受け止めるイツキ。

ツバサのクリクリとした金色の巻き毛がイツキの鼻先をくすぐり、春のような匂いがあふれてくる。

 

ツバサ「ワタシね…ふたりでアイドルになれて、嬉しかったんだよ」

イツキ「ツバサ…ちゃん」

 

そうだ…このコだから、OKしちゃったんだっけ、か。このコが喜んでくれるなら、続けてあげるしかないか――それはあきらめのような、どこか期待感のまじった不思議な気持ち。

だって、イツキもまた―――。

 

「「「リーーップス! リーーップス!」」」

 

気づけば、二人を包みこむ大きな声援。

ペンライトの波はいっそう激しくうねる。

 

ツバサ「“Lips”コールが起っちゃった」

イツキ「なにそのコール?」

ツバサ「それは――キスしてってこと♪」

イツキ「えええええええぇぇぇ!?」

 

いや、まて、そこまでは納得していない。

だが、コールは鳴りやまず、ツバサとの距離はさらに縮まる。

 

ツバサ「“オンナのコ”同士だし、いいよね?」

イツキ「あ、あ…待って…ダメ…」

 

そうだ、ダメなんだ。大きな誤解がある。

 

イツキ「ダメダメダメ…“オンナのコ”同士じゃ…ない…

  私は…いや、僕は、僕は、僕は

  “オトコ”なんだからぁぁああああ!!!」

 

 

--------------

 

 

ツバサ「イ~ツキっ! お待たせ!」

イツキ「---???

  うわぁあああああ! ダメつ、チューとかダメだから!」

ツバサ「チュー!? なに言ってんだよ、イツキ?」

イツキ「え? あれ?」

 

西に傾いた太陽の光が、イツキくんの顔を照らします。

そこは見慣れた教室、自分の机。

 

イツキ「今のは…夢?」

ツバサ「みたい、だな。いったいどんな夢見てたんだ?

  オレとチューする夢?」

イツキ「え!? ま、まさかそんな…ははは」

ツバサ「だよなw

  ほら、起きたんなら、はやく一緒に帰ろう?」

 

幼馴染のツバサ“くん”に促され、そそくさと荷物をまとめるイツキくん。

2人は夕陽に染まった校舎をあとにします。

 

イツキ「ごめん、いつも僕の教室まで迎えに来させて」

ツバサ「気にすんなって! オレがイツキの教室に来たいだけだからさっ――えへへ」

イツキ「そ、そう?」

 

はにかむ彼の表情に、イツキくんは思わず目線をそらします。

『ど、どうしたんだ僕は!? ツバサの笑顔なんて見慣れているだろっ』

ふと浮かんだのは、アイドルユニットのツバサ“ちゃん”の顔

『あんな夢を見たから…なのか!?

“ツバサちゃん”と“ツバサ”は別人…別人だろ!』

表情を二転三転、目をパチクリさせて自分のキモチに問いかけるイツキくん。2人の“ツバサ”が頭のなかでグルグルと巡ります。

 

ツバサ「イツキ、今日もバイトあるんだろ?」

イツキ「あ…うん…」

ツバサ「なあなあ、何時に帰ってくる?

  夜、部屋に行ってもいい?」

イツキ「ツバサ、ここのところ毎日来てない?」

ツバサ「だって、そうでもしないと一緒に遊べないじゃん」

 

拗ねるように、口をとがらせ、上目遣いにイツキを睨むツバサくん。

彼の抗議にイツキくんもタジタジ…。

 

イツキ「わかった。何時になるかわかんないけど、母さんには連絡しとくから部屋で待ってて」

ツバサ「やったぁ! ありがとっ、イツキ!」

 

ぱぁぁっと、一転して満面の笑みがツバサくんの顔に浮かびます。

―――と。

 

ばさぁ~

 

イツキ「わわわっ、ちょっと重いよっ!」

ツバサ「へへ~♪ このままおんぶしてって~」

 

喜びのあまり飛びつくツバサくんに、イツキくんの目はふたたびパチクリ、パチクリ…。

『ち、近い! 近いよ、ツバサっ!

いやっ、ツバサちゃんとチューしそうな夢を見たからって、ツバサに似ているからって――なんでこんなにドキドキしてるんだ、僕はっ!?』

 

ツバサ「あ……着いちゃった」

イツキ「え?」

ツバサ「ほら、バイト先。

ここ曲がるんだろ?」

イツキ「あ、ホントだ――ほらっ、ツバサ降りて!」

 

大きな通りを渡る横断歩道。ここを渡れば駅前の市街地に通じています。

 

ツバサ「なあ、イツキのバイト先教えてくれよ~」

イツキ「ぜぇっったいダメ!!!」

ツバサ「えぇ~、さみしいなぁ」

 

またしても口をとがらせるツバサくんにイツキくんの心はキュゥっと締め付けられます。でも、これだけは秘密にしなければいけません。

 

イツキ「とにかくダメだから! じゃあっ!」

 

逃げるように走り去るイツキくん。

『ごめん! でも、ツバサには絶対バレたくないんだ!』

 

イツキくんの後ろ姿を見つめるツバサくんは、しかし――笑みを浮かべてひとりごちるのでした。

 

ツバサ「知ってるよ――イツキはこれから

  アイドルになるんだよね♪」

 

 

[つづく]

 

ストーリー:恵村まお / 脚色:Col.Ayabe