コロナまとめ その6
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コロナまとめ その6

2020-05-13 19:44
    残りの疑問については簡単に。
    疑問その7
    日本(アジア)が欧米に続くというのはどのような理由なのか

    はい、統計学的な理由ですね。ウイルスは指数関数的に感染拡大する。だから日本でもアジアでもそうなる。
    それだけです。
    いろいろ指摘できることもあるんですけど、まあその反論もまた考えられる。
    めんどくさいし、まああまり当たらなかったじゃん。
    おわり。


    疑問その8
    そもそもコロナウイルスはそんなに危険なものなのか

    当時も疑っていましたが現在は私はもうたいした危険のないものと見ています。
    カルフォルニアやドイツでのランダムサンプリングによる抗体検査、これは現時点ではもっとも精度が高いと思われるものですが(他の検査は大きく見かけ上のものであるけども、これはそうではないため)、その結果から推測されるウイルスの致死率は0.1~0.4%未満。
    高齢者でなければさらに大きく致死率は下がる。

    限定された地域の検査であるためこれをそのまま全体に当てはめるわけにはいきませんが、しかしウイルス自体の致死率はそんなものでしょう。
    もともとその程度だろうという思いはありました。
    当初言われていた致死率は2%ほど。そしてこの数字はおそらくほぼ確実に大きく下がるだろうからです。それはパンデミック下の検査対象が大きく偏っているためです。
    実際に検査で判明してるよりもずっと多く感染者は存在している(いた)だろうからです。

    検査で確認されてるよりずっと多くの感染者がいるだろうことを以て不安がる人を見ますが、ちょっと不思議です。それはウイルスの危険性が今思われてるよりも低いことを意味するのですから。

    ともあれ予測と、それを証明するようなその後の検査結果から、ウイルスの危険性はそこまでたいしたものではないと私は既に考えています。


    なおウイルスそのものの危険性に絡んでひとつ注意してほしいことがあります。
    当初、医療専門家はウイルスをそこまで危険視していない人が多くいました。
    しかし、彼らの少なからずが現在は危険視しています。認識が変化しています。

    ところで、専門家はなぜどうのように危険視し始めたのでしょうか?
    彼らは実はウイルスは当初考えてたよりずっと致死率の高い強い毒性のあるものだった、と言ってますか?
    言っていないはずです。

    彼らが見誤ったのはウイルスそのものの危険性、毒性の見積もりではなく、その社会に対しての作用です。
    ウイルスそのものの致死率だけを見て当初彼らは感染が広がってもそれほど危険はないと見ていた。しかし欧米で実際に感染が広がると医療が圧迫し危機に陥った。
    彼らが認識を変えたのはそこです。
    感染拡大すると医療を圧迫して被害を拡大させてしまう。
    ウイルスそのもの危険性の認識をあらためたのではありません。
    その社会への作用に対する認識をあらためたのです。

    彼らはウイルスの社会への作用の認識をあらため方針転換し一気に強力なロックダウン、自粛に舵をとった。
    しかし残念ながら私の見解では、彼らはまたもや社会がよく見えてなかったのです。
    これまで書いた通り、彼らは時間軸で見て感染の集中、それによる医療崩壊を防ごうと考えた。しかし一方で地域的な感染の集中の可能性を考えてなかったように思えます。

    ともあれ、ウイルス自体の危険性(毒性)についての認識は専門家も当初から変化していないはずです。そしてそれは低いものでしょう。


    もうひとつ、これは非常に意地悪なものの見方で、まったく根拠のあるわけでもない推測というより妄想で、余談でありますが。
    医療専門家が態度を変えたもうひとつの理由。
    それは責任問題だったんじゃないかとちょっと思ってます。

    えーと。次に述べる言葉は私がまったく賛同できない人物によるもので引用するのはちょっと癪なのですがw
    なにもしないで50万死ぬよりも必死に努力して100万死ぬほうを評価する人が多い。
    これ、おそらく実際そうじゃないかと思います。
    多くの人間は実際問題として結果よりもやってる感を評価する。好む。

    医療専門家は仮に1万2万以上の死者が出てもその程度はたいした問題ではないと当初は考えていたと思います。
    私自身そう思います。今でも。
    他にもそれくらいの死者の出る病気、あるいは現象は少ないわけではなく、そして人間はそれを容認して社会を営んでいるからです。

    しかし合理的にはそうだとしても人々の感情的にはそうとは限りません。
    イタリアで感染爆発したとき、死者数百人のレベルですでに大騒ぎになった。
    これを見た専門家は考えをあらためたのではないでしょうか。
    もし1万も死者が出ればとんでもない大騒ぎになり、そしてそれに対して危険視せず大きな対策を主張しなかった自分たち医療専門家は強い批判を受けるのではないか。責任を問われるのではないか。

    実際そうなりそうだし、専門家がそう思うのも当然でしょう。
    それで専門家は強い対策をとる主張をし始めたのではないか。そしてもはやその効果はほとんど関係ありません。
    なにもしないで50万死ぬよりも頑張って100万死ぬほうを評価する人が多い、のです。
    とにかく強い対策を取ったほうが彼らが受ける評価的にはいいのです。責任を問われないのです。
    だって頑張ったんだから。

    そして実際そうなりました。
    たとえ欧米で数万人死んでも専門家を批判する人はもはやほとんどいません。
    賞賛はしても。

    これが危険視しないまま普通の対策であれば死者が1万に至る前に猛烈な批判に晒されたでしょう。専門家は社会はともかく人間心理はよく見てましたw
    のかもしれません。

    日本においては少々異なりますね。専門家会議など批判のほうが大きいです。
    そしてそれは主に対策がぬるいという思いからのように見えます。より強い対策を求め、それを主張する人が支持される。
    被害=死者数が未だ少ないにも関わらず。

    これもむしろ被害が小さいから批判が大きいという逆転的な現象があるのかもしれません。
    強い対策をとってやってる感を示しているならば、むしろ死者が多ければ多いほど賞賛されるようにも思えます。一定のしきい値はあるでしょうけど。
    人間感情とは度し難いですねw

    スウェーデンはあらかじめ数千人の死者が発生すると言っていました。
    おおむねスウェーデン国民はそれを納得した。
    日本の人口規模ではその数字は数万人以上となります。日本人はそう言われて納得できたのだろうか。

    このへん合理性よりも心理の問題ですね。
    心理、感情を軽視するのは間違いですが、それでも感情ではなく合理・論理がより正解に近い結果をもたらすはずです。
    難しいですね。

    誰さんでしたっけ?日本の専門家会議は日本で生じる可能性のある最悪の死者数を40万人と言いました。これは先に自分が引用したアメリカの研究所のレポート、日本における死者数推測60万人よりはかなり低い数字です。
    しかし、氏の立場、その心理を想像すれば、40万という数字もかなり大きめに見積もったものだったのではないでしょうか。


    医療専門家らを批判する意図はありません。
    ただし彼らがロックダウンや自粛のような社会に大きく作用することを決定するのは誤りです。彼らは医学の専門家ではあっても社会や経済の専門家ではないのだから。
    医学分野以外の責任が彼らにあるわけもないので、彼らが決定したとしても悪いのは彼らではなく、彼らに決定させたほうです。

    ん、ちょっと別の話に展開しそうなのでこれについてはここで止めます。
    医療専門家批判ではないというだけ。
    ただ。
    合理的ではない人間の心理が医療専門家に結果を問わない強い対策をとらせ、また人々もそれを求めたのではないかなあ。
    そう思えます。

    近年やってる感が批判されますが、それもやってる感が評価される現実があるからでしょう。
    実際の効果・結果やさらには大きな被害・デメリットをほとんど無視してまで強い対策が求められる。こういう人間心理、その状態はたしかにあるのでしょう。
    国民が熱狂的に戦争を求め突入するときというのも、そういう心理状態なのでしょう。
    そしてこの心理は不安、特にわからないという不安が生んでいるように思います。

    敵はウイルスではなく人間の不安に思う心理だと私は思います。
    不安が合理性を放棄させ判断を誤らせる。
    早くウイルスに対する不安が取り除かれる、人々が納得できるなにかが見つかる、あるいは出来ることを希望します。
    ロックダウンのような無茶な対策でその不安を取り除くというのは、あまりに合理性(効果とデメリットの釣り合いなど)に欠けます。


    さて余談が長くなりました。
    今回のまとめはいったんここでおしまいとします。
    私もある程度すっきりしました。

    ただ、私の関心はウイルス自体にはあまりなく、ロックダウンという対策のほうにあります。
    これについてはまだいろいろ言いたいことがある。気がします。
    ロックダウンは今解除の方向に向かってはいますが、ロックダウンの巨大な影響は今後も長く続くでしょう。
    というかこれからが本番です。

    コロナ騒動はウイルスの収束(おそらく医学的には収束しないでしょうが収束したことにする)によって終わりません。
    世界はあまりに大きな社会・経済に対する操作をしてしまいました。その甚大なダメージ、そしてあらゆる場面で発生する問題をこれから解消していかないとならないのです。
    大変なのはこれからです。
    人々がウイルスにあまり意識を持たなくなってから、今度は社会の様々な問題と向き合わなければならないのです。
    そっちのほうこそウイルス対策よりもよほどずっと困難なことだと私は思っています。

    そのへんも今後また書くかもしれませんが。
    今はひとつだけ。
    ソーシャルディスタンスなんていうのも私は馬鹿らしいと考えています。
    まず単純に無理だからです。
    ロックダウンもソーシャルディスタンスも富める者の贅沢です。

    それでは。

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