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第3回 今日のこと
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第3回 今日のこと

2013-07-07 19:27
    巨人の民話が読みたいと思って、図書館に行こうと思った。進撃の巨人なんて漫画とかアニメが流行っているから断っておくと、僕の巨人趣味はそれよりも少し前だ。というのも、大学の図書館で民俗の本を読んでいる時に、アフリカの白セファールという地帯があって、そこにある壁画に描かれた巨人の図版を見た時にとりつかれたのだ。
     体が大きいだけで畏怖や崇敬の対象になるってどういうことだろう?そう思って、種々の本を見た。
     その中でも印象に残っているのがある。世界の民話なる本で、地中海エリアの民話を扱っている。その中に娘をさらっていって、自分の妻にしようとするのだが、娘は抵抗する。それに腹を立てた巨人は獰猛な動物のいる堀に投げ入れるのだが、娘は類まれな愛嬌でその動物たちをいなし、無事に帰ってくる。何度もそのやり取りを続けて、巨人は自分の妻になってくれないかと問いかけるが……続きは探して読んでみてほしい。

     その本自体は、大学の図書館にも所蔵されていたし、その頃通っていた大学の近くの大きな図書館にも置いてあったので、大きな図書館ならば所蔵しているのだと知っていた。しかし、そこまで行くのは今ではさすがに面倒になってしまっていた。近所には自分が小学生の頃から世話になっている図書館があるが、中学生以来ご無沙汰。とにかく行ってみるかと思い足を向けた。
     入り口の自動ドアを抜けると、独特な香り。古い建物特有のくすんだ壁紙や、頑丈さだけが取り柄そうな金属の本棚が並んでいる。児童図書と文芸・雑誌の棚が置いてある区画を通り抜けて、奥にある専門書のところに向かう。そこは建物の中で中二階になっていて、極端に日の当たらないところになっている。図書館の中でも独特の雰囲気を醸していた。子供の頃はこの棚の近くが怖くって、このエリアには世界の叡智が詰まっているんだと思っていた。中学生になったころにここを訪れた時、地方史や世界史、各種の専門書や小説が詰まっていることを知って、なんだそれだけのことかと思ったのをよく覚えている。しかして、子供心に叡智が詰まっていると思ったことは間違いないと思っている。
     さて、目的の本を探そうと中二階に上がる所で、エプロンをつけた女性とすれ違う。図書館の人か、と思いながら上がりはなにあった分類表を見ていたら「何かお探しですか?」と、声が飛んできた。
     図書館に入って一目散にここまで来て、数秒と立たずに声をかけるとは何事かと思った。今の公立図書館はこんなにもサービスが行き届いているのか、と困惑した。困惑しながらも、ゆっくり探すつもりだったけど、なかったら時間を潰すだけだし、先に聞いておくかと思い、目的の本を言う。
    「民俗学の……世界の民話っていうか、昔話っていうか……」
     あらっ、と声を出して女性は本棚の先へ進んでいく。その後に付いて行って、左に折れると棚の前で本を吟味している。
    「この辺りなんですが……」
     と、棚に目をやると、すぐにそれとわかった。あった!これだ!と思い、地中海エリアの巻を探す。
    「これですこれです、いやぁあるもんだなぁ」とひとりごちていると
    「すぐに見つかってよかったです、五時には閉館なので……」
     ぎょっとして腕時計を見ると、16時58分の表示。しまった、そんなタイミングできていたのかと思い、バツの悪さを感じた。
    「すぐに貸出処理をしましょう」と女性は声を続ける。が、僕のバツの悪さは主に時間だけではなかった。
    「あの……貸し出しカードをなくしてしまっていて……その手続は……どれほど……?」
     あらまぁ、と女性はまた声をあげて、すたすたと貸出カウンターの方に歩いて行く。
    「こちらでこの用紙に記入してください、身分証明書はありますか?」
     と言って手早く用紙を用意して、必要なことを聞いてきた。あります、と答えて、手早く用紙に記入していった。記入を終えると、さっと紙をとってカウンターの別の女性に手渡して、どこかに行ってしまった。
     周りは閉館処理がドンドンと進んでいて、人は少なくなっていく。あぁ、なんてタイミングできてしまったのだ、神よ!と思いながら再発行処理を待っていた。少なくとも準備できるものはしておこうと財布から免許証を取り出した時、
    「お兄さんこちらにどうぞ」
     とカウンターから声が飛んだ。目を向けると僕に向かってニッコリと笑顔を作っている女性がいる。見た瞬間に可愛い女性だと思ったのだが、近づいてその女性をみると、自分よりはるかに年上であることがわかった。化粧気のない顔立ちだが、シワもシミも目立っていない。しかしボールペンやパソコンのキーボードを繰る手を見ると、僕の手よりもはるかに歴史を感じる、節だった苦労をしている手だった。
    「以前の貸し出しカードは、どちらにございますか?」
     僕は貸し出しカードは作ったことはあっても、どこにしまったか覚えがない。
    「いやぁ、どこかで埃を被っているか、暗いダンボールの底で叫んでいるのではと……」
     美人の年上の女性と話せるってことで浮き足立っていた僕は、そんな変な言い回しで図書カードの安否を語ったのだが、女性はにこやかに
    「それでは、新しいカードの発行をさせて頂きますね」
     と事務的なことなのだが、事務的でないように言ってみせて、すごい速さでキーボードを叩きだした。その僅かな間に僕は女性を観察した。まず首に下げられた名札を見て、〇〇さんかと頭に入れ、それで自然と、女性の女性らしさたるところに目が行く。男なのだ、しょうがないだろう。
     だがなんだろう、仕事ぶりを見るととても熱心で一生懸命なのだが、着ているエプロンはだらしなく乱れていた。エプロンを支える右肩紐の胸元には腕時計が巻きつけられていた。……それにどんな意味が、と思いながら、はだけたエプロンの下に目を向ける。

     なんという巨乳。

     最初に見た地味そうな顔立ちとは裏腹になんだこのわがままボディは。この知の象徴たる図書館に働く女性としてあまりにも淫靡で不埒で過激ではないか、と思い、女性の顔に目を向ける。笑顔が解けて、その顔は目の前のパソコンの画面に向いている。大きな眼鏡は頬に縁がかかりそうだ。その向こうの目つきは困惑しているようだ。


     ――色々すったもんだあったのだが、とにかく僕のカードは新しく発行され、ようやくと貸し出しとなった。また新しい紙を書くことになったのだが、その用紙を出した時に、女性の左手が机の上に出てきた。まぁ、一応、と思いながら薬指を確認すると指輪がはまっていた。そうだよな、そうだよなと思いながら用紙の説明を聞いた。
    「最後になりますが、貸出期間と開館日のことを」
     女性はバタバタとカウンターの端に向かっていって、一枚の紙をとって戻ってきた。
    「通常は二週間の貸し出しになっておりますが、明日から一週間のお休みとなります。ついて、返却日は、通常よりも伸びまして26日までとなっております」
     手早くその紙を持ち帰りたかった僕は借りた本を開いて、栞のようにはさもうと本を開いた。そこはちょうど章の区切りになっていて『四九 好奇心の強い女』と書かれていて、なんだか面白いものを感じた。
    「いい時に来てくださいました」

     その後僕は逃げるように図書館を去ったが、変に清々しさがあった。また来ようと思える時間だった。本の返却もそうだが、その度にあの女性に会えるじゃないかと思えて、違う巻もぜひ借りに来ようと思えた。

     人間、老いてなお魅力溢れり、かくありなん、われもこう。老いると女性に使うのは失礼だが、ふとそう言葉の出る体験だった。
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