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【結月祭】月の兎と既望 -キボウ-【月兎の物語】
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【結月祭】月の兎と既望 -キボウ-【月兎の物語】

2013-09-13 00:11


    これは月兎の物語

    ──────────────────────────────────────────


     しんしんと降り続く冷たい夜の帳。どことも知れない山の中。
     流麗な輪を描く天上の月が、僅かの間切れ長な雲の奥へと顔を隠す。

     影の満ちる村落。冷気の差し込む山の中。
     鬱蒼と茂る竹藪の奥に一つの光が灯る。

     音もなくただ静々と。
     一つの人影が闇夜へ浮かぶ。

     夏の夜の 迎え火燃ゆる 月の下

     竹間を抜ける風鳴りに、影の長い耳が緩やかに揺れた。
     そよぐ風が通り過ぎると、前触れもなく影の足元に火が灯る。数は全部でみそぢ。
     まるで自身の身を焦がすように。

     風に揺蕩う雲より出れ、優しく儚い光が注ぐ。
     闇夜を照らす月光に。

     兎のような少女の姿が浮かび上がる。


     *   *   *


    「昨日、出たらしいわよ」

     蓮の葉に乗った珠の朝露が朝日を浴びてキラキラと光る。
     天上の暗幕がゆっくりと上がり始め、山の向こうより差し込む日差しが畦道や田畑を照らす。

    「出たって、何が?」
    「人魂」

     季節は折しも夏のこと。怪談話の真っ盛りではあるが、現在は惜しくも朝である。
     しかし時節は気にせず女性は続ける。

    「うちの息子が夜に山の麓までいったらしいのよ。そこで沢山の狐火を見たらしくてね……」
    「誰かのいたずらじゃないの?」
    「今日聞いて回るつもりだけども…………」

     そっけない相槌に目に見えて肩を落とした女性は「でも……」と続ける。しかし。

    「その話はまた今夜聞いてあげるから。今は仕事。『月奏祭』も近いんですから」

     そう告げた女性は話は終わりとでも言うように、手に持った鍬を大地へ振りおろしたのだった。


    *   *   *


     山の麓には一人の青年が立っていた。高く聳える林の木々をじっと見上げて。
     何か魅入られたように。将又呆然に。
     ただ静かに山を見つめていた。

    「昨日の、あれは────」

     不意に口から言葉が零れた。
     自分の声のはずなのに、どこか浮世離れした音。
     口を噤んで、それから踵を返す。

      あれは、夢だったのだろう。

     いくつかの篝火のような焔も。少女のような人影も。兎のような長い耳も。

     きっと何かの見間違いだ。
     青年はいつもと変わらない山を見てそう思う。
     木々が燃えたわけでもなければ人の痕跡も残ってはいない。
     いつもと何も変わらない。
     それより祭りが近い。あと半月程もすれば村を上げての賑やかな宴が始まる。
     そろそろ準備が始まり、その労働力に青年も駆り出されるだろう。
     早く家に戻らないと朝食の時間に母親にどやされる。
     耳が痛くなる母親の怒号に小さく身震いして青年はその場から離れようと足を出した。

     かさり。

     小鳥のさえずりも風の音も止んだ刹那に、そう何かが擦れる音が青年の背後から響いた。  何事かと足を止めて振り返る。
     するとそこには山の裾の一本の木へ手を掛け、もう片方の手を胸の前で握った人影が立っていた。
     歳の頃は十七、八程だろうか。紫紺色の服に同じ色の頭巾を縫い付けてあるような変わった出で立ち。頭巾には長い耳のような装飾が着いていた。
     目深にかぶられた頭巾で顔は隠れてよく見えない。

    「…………あの……」

     興味半分で人影に声をかける。
     呼びかけに一拍置いて、人影がゆっくりと顔を上げた。

     紫陽花のような澄んだ紫色の瞳。小さく可憐な桜色の唇。

     仕草に長い顔横の括られた髪がゆらりと揺れた。
     頭巾の奥の端正な顔立ちに見蕩れ、思わず鼓動が強く跳ねる。
     綺麗な少女だと青年は素直に思った。

    「その、えっと…………お、お名前は? 僕は沖成(おきな)」
    「………………おき、な……?」
    「そう、それが僕の名前。君の名前は?」

     青年──沖成の問い掛けに、少女は沈黙を挟んで小さく首を振る。
     不思議に思いながら沖成は言葉を重ねた。

    「自分の名前、覚えてないの?」

     再び降りた沈黙。それから少女はゆっくりと首を縦に振った。
     何かあったのだろうか。
     沖成は不安を募らせる。その時。

     ────……ぐぅ…………

     小さく何かが呻くような音が響き渡った。
     見れば少女がお腹に手を当てている。

    「もしかしてお腹すいた?」

     視線を落としていた少女が再び顔を上げ小さく首を傾げた。
     そんな仕草に一度呆気にとられて、それから沖成は快活に笑い声を上げた。

    「はははっ。君、面白い子だね」

     今度は逆に呆気にとられる少女を置いて、山の麓に笑い声が響き渡る。
     そうしてしばらくすると沖成は少女に向けて優しく手を伸ばした。

    「うちにおいでよ。美味しいご飯を食べさせてあげる」

     屈託のない笑顔で。沖成は少女にそう言った。


    *   *   *


     あれから沖成は少女の手を引いて家に戻ると両親に頼み込んで朝食を一膳多く用意して貰うと少女の前へと並べてもらった。その分、沖成の朝食は減ってしまったのだが…………。
     目の前に並べられた食事を見て少女がじっと固まる。

    「……どうしたの? どうぞ?」
    「…………私に?」
    「うん」

     頷くと少女は再び食事へと視線を落とす。
     しかし目を向けただけで少女は箸に手を付けようともしない。
     流れそうになった沈黙に割って入ったのは低く震えた男の声だった。

    「…………いただきます」

     声のした方に顔を向ければそこには家の中で最も厳粛な沖成の父親がいた。
     丁寧に手を合わせ箸を取って椀を持ち上げ、それからもそもそと朝食を取り始める。
     その様子を目に収めた少女は箸に手を伸ばして、慌てたように手を引くと胸の前で優しく手を合わせた。

    「いただき、ます……」

     か細い、しかしどこか芯の通った鈴の音のような声が小さく奏でられる。
     徐に箸を手に取り、まるで馬の子が自立するように覚束無い箸使いでご飯を口に運ぶ。
     咀嚼。嚥下。

    「────おいしい」

     小さく零れた声に沖成はそっと胸を撫で下ろす。
     すると不思議なことに家の中が少しだけ明るくなったような気がした。
     もしかすると両親も彼女のことを気に掛けていたのだろうか。
     思わず母親の方へ振り向く沖成。

    「何ぼさっとしてんの。早く食べて食器片しなさい」
    「…………はい」

     次いで放たれた言葉に沖成は肩を小さくして細々と答えたのだった。


    *   *   *


     朝食を摂り終えた少女と沖成は二人で村を歩き回った。
     いくつかの建物などを見ていく中で、唐突に沖成が口を開く。

    「…………それ、で。何か、思い出せた?」

     声に物珍しそうに先を歩いていた少女が足を止める。
     並び立って顔を覗き込むと少女は俯いて顔を頭巾の奥へと隠した。

    「……ごめんなさい」

     溢れたのは小さい声。
     責めるつもりのなかった沖成は慌てて弁明する。

    「いやっ、そう言う意味じゃなくて。ただ、その……名前とか、思い出せたら僕も、良かったというか、その…………」

     しどろもどろに言葉を紡ぐ沖成に一度視線を向けた少女は、それから首を横へ振る。

    「……そっか」

     少女の返答に目に見えて肩を落とす沖成。
     唐突に何かをしていないとたまらなくなり、足を出す。背後からゆっくりとした足取りで少女が着いて来ていた。
     それからしばらくして、村を周り終えた二人はいつの間にか二人の出会った山の麓で足を止めていた。
     言葉を交わさないまま目の前にそびえ立つ山を見上げる。
     視界に、昨夜の出来事が重なる。ぼうっと浮かび上がった影が自然と隣の少女と重なる。  けれど確証のないことだと、沖成は頭を振った。
     ふとひとつの思いつきが声になる。

    「名前…………」

     いきなりのことに少女が何事かと身構えたが沖成はそのまま続ける。

    「もし、よかったらだけど。僕が名前をあげちゃダメかな?」
    「え…………?」

     返ってきた疑問の声に小さく笑みを浮かべて、今度は少女に向けてまっすぐに語りかける。

    「もちろん嫌なら構わないけど。……僕は、少しでも君と仲良くなりたいかな、って」

     とても自己満足で一方的な提案。
     少女も、どう答えていいのか迷っているのだろう。視線を沖成と山へ幾度となく交差させて、それから考えるように山を見つめる。
     やがて。

    「……………………うん」

     少女は小さくそう頷いた。
     少女の言葉に沖成は顔を華やがせて、それからひとり考え込む。どうやらいま名前を考えているらしい。
     少女も沖成の言葉を待つように静かに佇む。

    「────ゆかり」

     いくつかの時間を空けて、沖成の口からそう紡がれる。

    「人や物との繋がりの事だよ。僕と君の出会いも偶然の縁だけど…………それでも確かにここにいるから。どうかな?」
    「ゆかり……」

     舌で転がすように少女が口にする。そうすると文字に音が乗って、色がついた気がした。

    「あと紫色のことでもあるかな。ゆかり色」

     彼女の衣服や髪、瞳の色などもその色に近い。

    「どうかな?」

     くり返し尋ねる。
     少女は自分の身なりを見て、それから視線を沖成と重ねる。
     澄んだ紫色の綺麗な瞳。ゆかり色の双玉が沖成を射抜く。

    「…………うん」

     一瞬の沈黙を置いて。少女はそう頷いた。

    「じゃあ、よろしくね……ゆかり」

     そう言って沖成は手のひらを差し出す。
     少女はそれを見つめて、壊れ物でも触るかのように優しく握った。

    「うん……沖成」

     そうしてささやかな笑みを少女────ゆかりは浮かべる。
     それはまるで月の下に咲く一輪の紫色の花のように美しい微笑みだった。


    *   *   *


     月の光が降り注ぐ山の麓。そこに一人の少女が立っていた。
     紫色のパーカーに、長い二つの耳をつけて。静かに、ただ静かに、少し欠けた月を見上げていた。
     少女の足元を囲うように小さい火がいくつか灯る。数はみそぢ。
     やがてその中の一つが音もなく闇夜に消えた。


     少女はただ、月を見上げていた。


    ──────────────────────────────────────────


    ここまで見てくださった方、ありがとうございます。
    拙い文章でお目汚しすみませんでした。
    この物語は全五回にて投稿をしたいと思います。
    次の投稿がいつになるかわかりませんが、もしよろしければ次回もお付き合いいただけると幸いです。


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