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「りんりーぬのつぶやきEX」 Vol.66 東日本大震災から10年。
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「りんりーぬのつぶやきEX」 Vol.66 東日本大震災から10年。

2021-03-11 14:46

    注意。
    このブロマガは実際の私の体験談に基づいてある程度編集した文面で書いています。
    もしこのブロマガを読んで気分が悪くなった場合すぐに読むのをやめてください
    実際の災害の写真は載せません。


    どうも、ボーカロイドPをしていますりんりーぬと申します。

    今日2021年3月11日。東日本大震災から10年がたちます。

    私は当時6時間目の理科の授業中でした。

    幸い私は当時小学3年生だったので実験とかは行っていなく、教室で百葉箱(図1)の構造みたいな感じのことを学んでいたと思います。

    (図1)


    その時、なんかミシッという音が教室に響き渡りました。

    それと同時に大きい縦揺れが起きたことを覚えています。

    当時まだ8・9歳だったクラスメイトの中には泣き出す人もいたかと。

    かなり長くて一度教室が停電し、さらなる恐怖となり教室は大パニック。と思いきや案外落ち着いていたかなと感じました。

    私が住んでいた東京都練馬区は震度5弱だったんですけど体感は6弱ぐらいあったと思います。
    なんせ教室が最上階だったもんで。

    そのあと余震が頻発し、親に迎えに来てもらう下校になったのですが、実はこのタイミングで母親が都心の歯医者にいるということが迎えに来た祖父母により判明。しかも母親が帰宅困難者になったことも。

    そして近くの祖父母の家に行った時に見たテレビの映像を見て私は戦慄しました。

    大津波警報、三陸沖で10m。

    その家や車が飲み込まれていく瞬間を生放送で見ていました。

    私には東北地方に親戚はいなかったのでこの津波でだれが亡くなったっていうことはなかったのですが、やはり凄惨な映像だということを記憶しています。

    私の家はそれほど崩れてなかったのですが、今までないと思っていたノートが見つかったくらいですかね。

    その時の時刻22:00頃。

    その夜は余震でまともに寝ることもできませんでした。


    ちなみに父親が帰ってきた時間は23:30頃でした。

    翌日以降に関してはまた話す機会があれば。

    (追記)弟はこの地震気づいていなかったらしいです。やば(ドン引き)
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