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品陀リウキさん のコメント

渡都さん、とまと船さん、ブチ切れ、は仮定の話ですよ。
と、言っても、もうこれまでのようですが。

 強いものは強いもの、弱いものは弱いもの、という分別は止しま
しょう。 今という時代は当の昔にその「弱いもの」、が「強いもの」
をひっくり返すことで生まれた近代社会なんですからね。

 「ある。」と「ない。」に拘ったのは、渡都さんをいじめる為で
も煙に巻く為でも断じてありません。

 これが、顛末は違えど、いじめ、というものを知るよしみでこっ
そり自分が渡都さんに教えられる、自分が自分の愛する哲学で知り
えた最高の贈り物だったからです。

 その奥義の名を、逆説、と言います。

 それが解らないその悔しさをどうか、その奥義の理解へと向け
て下さい。 そして、どうか、この逆説をもって「弱者」と「強者」
という存在の壁を、 本質の力で、突破して下さい。
 希望を持って下さい。

 「強者」の自分が言って許されるのは、どうも、それが限界
みたいですね。
 渡都さん、とまと船さん、結果として感情を害する結果になって、
どうもすみませんでした。どうかご健勝で。

 とまと船さんの仰る通り、自分はこれからも、皆さんの為にも
なるものと信じて、 強者に挑みます。
 では。
No.38
73ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 おことわり  ブロマガの勝手が分からないので、適当に様子を見ながら書きます。  人を不快にさせることがあるかもしれません。そういう人には申し訳ないです。  が、備忘録感覚でやっていくつもりですので、あしからず。    突然だが、あなたは川原礫という作家をご存知だろうか。  おそらく名前だけ挙げられてもピンと来ない人が大多数だと思うので補足すると、アクセルワールドやソードアートオンラインなどのライトノベルを著した気鋭の新人作家さんである。  彼の著作のソードアートオンラインの、確か 10 巻そこらだったと思うが、少し面白い記述があったのを覚えている。  ざっくり言うと「人間の胎児の脳の中の記憶はほんの少しの(ノイズのような)誤差を除いて同じ」という「仮説」だ。赤ん坊はまっさらなキャンパスなんて言葉を私は聞いたことがあるが、まったくそのとおりで、この仮説は親から受け継いだ記憶や感性などはなく、その子の人格や思想、感受性などを形作るのはすべて生まれた後に見たもの、聞いたものに基づくという考えだ。(10巻前後・フラクトライト云々のあたり)  私はこの仮説を支持する。子供がどういう大人になるかは環境ありきだ。本人の選択がどうこうなどというが、物事を決める意志もまた環境によって育てられるのだ。そういうことも踏まえて、以下の文章を読み進めていただきたい。    皆さんはトランス、テクノ、ハウスなどの音楽ジャンル、平たく言えば「 EDM 」を嗜んだりするだろうか。  私は数年前からこのジャンルにハマっていて、よく有名どころの DJ の曲を聴いたり、それを手本に自分でも作ってみたりするわけだ。  それでレコードショップやレンタルショップなどに行って CD を買ったり借りたりすると、このジャンルは「洋楽」の括りに入っていることが多い。  何故なら。  この界隈の DJ にアジア人はいない。いや、厳密にはほんの少しだけいる。ほんの少し。  世界中でブイブイ言わせている大手・大物はみな欧米人、しかも白人ばかり。  自分はあまり肌の色にコンプレックスはないが、やはりこの「欧米白人寡占状態」にはゲンナリしてしまう。  音楽に国境はない。んなこたぁわかる。誰が作ったものだろうが 生まれてきた音楽はみな平等 って SOL でサカナクションの山口先生が言ってた。でもやっぱり、アジアから一線で戦える人材が出てこないのは、悲しい。   EDM-DJ に限った話ではない。世界を魅了する音楽や絵画、映画などの芸術は大体のシェアを欧米が独占している。「こういう芸術が理想で模範だ」というアメリカナイズ・ユーロナイズされた概念を欧米が資本力に任せてアジアやアフリカなどの「文化発展途上国」に押し付けているからこうなる、という意見もある。アメリカ的なものが大正義と植えつけた上でアメリカ的なものを押し付ける、こうして今の独占状態が生まれたという考えだ。一理あると思う。  コミケ参加サークルの総利益と国内でのハリウッド系作品の印税、どっちが高いかだなんて質問は野暮だ。それだけ 芸術に関して日本は欧米に搾取され続けている 。精神的にも、日本はアメリカの犬というわけだ。  それなら日本の芸術が劣っているかと聞かれたら、残念ながらそうだと答えるほかない。海外で日本のアニメが受けた、漫画が受けたと騒ぐのは、その成功が少ない例で、珍しいからだ。 常に「勝っている」「成功している」のなら、いちいち「うまくいった」と騒ぐ必要も価値もない。 ジブリが奮闘した、角川ラノベが西欧でバカ受けなんて話題は一時的なもの・一過性のブームだからこそ盛り上がる。つまり長いスパンでみると「定着していない」ということになる。ここで言う「勝ち続ける」ということは「定番になる」ということだ。海外に深く根付いた日本の近代芸術があるだろうか。いや、ない。  もちろん歴史的文化に基づくものはフィールドが別だ。保存価値があるから持て囃されるわけであって、その存在が多数の著名人からリスペクトを受けているという話はあまり聞かない。 UKIYOE を賞賛する外国人がいても、従来の価値観を根底から否定されるような衝撃をうけた、という「極端な例」はない。いてもポーズに決まっている。日本の文化は海外の文化を否定しうる威力はない。 つまり日本の文化に欧米のそれ程の価値はない。  モネだのムンクだのレオナルドだのピカソだの、西欧の名画は世界中の人が有難がり、また芸術の規範とされる。日本のものはどうだろう。細々とした移動展示こそあっても数百億の値はつかない。欲しがる人がいないということは世界から関心を集めていないということだ。  押し付けられた土俵で戦うから勝てない。ごもっとも。  でもグローバルスタンダードが既にできてしまったのだから今更逆らえない。  しかし。  向こうにアドバンテージがあるのは、あくまでその技術を向こうが占有している間だ。戦争が終わって 70 年もたっているのだから、どんなタイミングでも追いつくことができたはずだ。それがなぜできていないか。  日本の芸術は保守的だ。  ガラパゴス化だのなんだの、他国と違った個性を重んじる風潮がある。それ自体は別にいい。ただ日本は、ただの劣化、後進的なものを時として持ち上げる。これはいけない。  技術で先へ行けても、世界と戦える美的センスが養われない日本。技術はあってもデザインが糞だから馬鹿にされて売れない、というものを自分はいくつか見てきた。  ファッション性。或いはスタイリッシュかどうかであったり。それはスマートか? なんて、さっきから横文字だらけだ。自分こそ欧米に毒されているんでないかという気にもなるが、ともかく日本から出てくる芸術は欧米のものより見劣りする。J-POPだのなんだの、いいものはいいが、コード進行も似たり寄ったり、そりゃ内輪のアウトプットを真似しあってればそういうものしか出てこないっての。  欧米的なものをこれでもかと肯定してきたが、なにも自分は欧米信者ではない。  偉いのはデザインした個人だ。これが僕の考え方。  欧米だから優れているということはなにもない。   優れているものが欧米から出てきやすいのだ。  それは何故か。  さっき私は日本は保守的だと書いた。これは韓国や中国にも言えることだが、アジアの国は学歴社会だらけだ。枠の中に収まる同じような人間を量産する。だから個性なんて伸びない。  前回の記事で私は「出荷」という表現を度々使った。現状の教育制度はライン工程で生徒を育てる。一律的な人格を育み画一的な思想をインストールする。だから少しでも「普通」から逸れると不良品の判を押され排除される。これがよくある「いじめ」の原因となったりする。  私はこうした制度を良しとしない。同じような人間ばかりになっても文明は進歩しない。いろんなやつがいて、それぞれがいろんなジャンルややり方で切磋琢磨しあうべきだ。このままだとこの国ではそれができない。  そしてその原因の一端は就職制度にあると考える。  企業が人を選ぶとき、つい学歴に目がいきがちになる。それは何かわかりやすい基準がないとエントリを捌けないからだ。それだけ大量の応募がある原因は、就活生が一人で何社も受けるからに他ならない。こういう風潮を作ったのは そうさせることでうまい汁を吸っている就職サイトや求人誌の連中だ。  もう一端は職人の冷遇だ。  かたや芸術に至ってはさらに深刻で、まず理解がない。下手すれば遊び人で括られたりする。深刻なまでに保守的だ。  理解がないから芸術を志さない  志してもサポートが足りない   人がいないから大学は実績を上げられない  実績がないから理解されない  と堂々巡りしている。  ハリウッドに日本人を送り込む、ビルボードに日本人をねじ込む、そうするためには、まずは内輪の理解が必要だ。そこまでいかないと、金銭的な・精神的な搾取は終わったとは言えない。 散発的な成果では意味がない。 長期戦だ。  日本はドイツのマイスター制度のような、若いうちから専門職の育成を奨励する制度を作るべきだ。そして継続したサポートをして、世界と戦える人材を育てるべきだ。日本の伝統文化は劣っていると書いたが、それを海外の連中が魅力的だと思えるくらいに昇華させてやればいい。そういうアーティストもまた「職人」なのだ。海外で SUKIYAKI が売れたりぱみゅが売れたりするあたり素質があるのもちょいちょいあるんだから、惜しいところにいると思う。あと一押しだ。  そして職人軽視の風潮を減らすためには、生産ラインに乗ってきた人間しか食えないような制度を見直すべきだ。 人には得手不得手があるという前提が浸透しないと 、個性的な人材は生まれないし、さっきも書いたようにいじめもなくならない。専門職への理解が深まれば一度ドロップアウトした人でも選択肢がそれだけ広がる。その為には現状旨みを吸ってる連中、特にリクルートなどを潰さねばなるまい。   EDM-DJ で世界に名を轟かせている人たち、スクリレックスにマデオン、ゼッドにアヴィーチーなどは、 16 歳くらいで表に出てきて、 20 代の今トップセールスを出している。洋楽のミュージシャンなども全体的に早咲きの人が多く、日本の音楽シーンよりもよっぽど若く才能にあふれる人たちがたくさんいる。  日本は一定の年齢まで画一のシステムに縛りつけ、クリエイティブになれるまで時間がかかる。失礼だが、大抵その頃にはもう旬は過ぎている。私ももう間に合わない。  私たちは文化の発展のために、子供たちが EDM-DJ になれる可能性を残してあげる為にも、せめて後進の世代に自由をくれてやらねばなるまい。それを勘違いして「ゆとり教育」なんておっぱじめた一昔前の自民党はバカだね。おいデブ! お前のことだ!
林報
林のようににょきにょきと

不定期刊随筆のようなもの