• クズ親の趣味は私をサンドバッグにすることだった。ある日、隣に引っ越してきたイケメン夫婦「俺達と暮らさないか?」

    2016-11-19 00:14
    私の人生最大の修羅場は、
    小児がんで死んだと毒親に言われていた
    15年上の兄が生きていて、
    毒親に虐待されていた自分を引き取ってくれたこと。


    ~登場人物~


    …当時12歳。チビでガリガリだった。

    毒親
    …家庭板の膿家脳やらなんやらを
     濃縮したようなクズ夫婦。
     趣味は私をサンドバッグにすること。

    兄(A)
    …当時27歳。見た目DQNな会社員。

    物心ついた頃から
    テンプレのような虐待を何回りも受けていた私。
    服はいつも二着着回しだったし、
    風呂には週に二日しか入れてもらえなかったから、
    いつも臭ってたしべたべたしてた。
    だからバイキンって苛められたのも当たり前だった。

    でも先生達は優しかったし、
    中には毒親に話してくれた先生もいた。
    ま、毒親がそれを聞いてくれたことなんか無かったけど。

    毎日学校ではテンプレなイジメにあい、
    帰れば専業の毒ババァに平手打ちされ、
    毒ジジィが帰ってきたら
    2人して私にチクチク嫌味をいいながら叩いてきた。
    そんな生活が10歳まで続いた。

    10歳になった頃、
    斜向かいの家に若夫婦が引っ越してきた。
    イケメンのAさんに美人な奥さん、可愛い赤ちゃんという、
    なんか当時の私にとっては雲上人のような存在だった。
    Aさんは見た目DQNだったけど礼儀正しくて、
    (でも言葉もDQNぽかった)よく近所の人達と話していた。

    でも、毒親はAさんには絶対に近寄らなかった。
    引っ越し初日、家に来たAさんを見て
    思いっきり顔を引きつらせてたし。
    というか毒ババァは家から出なくなった。
    いつも何かに怯えて、買い物も私に押し付けてきた。

    私とAさんの最初の会話は、

    ・・・つづき



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  • 子どもを押し付けて離婚しました

    2016-11-16 00:23

    元夫に子どもを押し付けて離婚しました。
    養育費のみを支払って何年も会っていませんでしたが、
    元夫から再婚するので子を引き取るようにと連絡がありました。
    いろんな気持ちがごちゃ混ぜです。

    元夫は優しい人でした。
    大学生の時に知り合って5年付き合い結婚し、子供を授かりました。
    私は子どもが大好きだったので、嬉しかった。
    元夫も喜んでくれました。幸せな生活を送っていました。
    不幸せになったのは、子どもを産んでから。


    寂しいからとの理由で里帰りはさせて貰えませんでした。
    息子は、朝から晩まで一日中泣く子でした。
    恐らく母乳が足りていなかったからです。
    ミルクを足すべきか悩みましたが、夫や義母の強い反対で諦めました。
    ほぼ一日中お乳を咥えさせていました。
    時折1時間ほど寝ますが、その間に家事をする余裕が私にはありませんでした。

    1日のうち私が寝れるのは30分程度を数回のみ。
    食事もまともできず、子どもを抱っこし立ったまま
    シリアルなどを食べ繋いでいました。

    夫は体に悪いのにと文句を言いながら弁当やカップ麺を食べていました。
    溜まっていく洗濯物、食器、汚れていく家。
    夫は不機嫌になり、私を怒りました。

    夜だけでもミルクを飲ませたい、
    お腹が減ってるから泣いているのかもしれないと訴えましたが、
    母親なら母乳が出るはずだ。
    ミルクに頼るともっと出なくなると義母が言ってたから
    ダメだと反対されました。

    せめて3時間だけでも良いから
    寝かせて欲しいとお願いしました。
    渋々息子の世話を変わってくれました。
    ようやく寝れると思ったのに、10分ごとに夫が起こしに来ます。
    泣き止まないよ、何で泣いているんだろう?
    私にも分からない、と言うと、元夫は、母親のくせに何で?
    と言いました。

    母親なのに?母親のくせに?お前、
    母性が無いんじゃないか?欠陥品じゃん、病院行きなよ。

    この言葉を何度も何度も言われました。
    まともに寝れず、食事もできず
    体重がみるみる落ちました。妊娠前より8キロ痩せました。
    比例して母乳はどんどん出なくなります。
    冷静になった今なら分かります。
    夫は母親に、子育てに、夢を見ていました。
    母乳は最初から当たり前に出るし、
    母親は子供のことを120%理解できている。
    母親は生まれた瞬間から子どもが愛おしくて堪らず、
    子どもに何をされてもイライラしないのだと。

    だから、子どもが泣いていても100%正しい対応をしてすぐに泣き止ませるし、
    子どもの世話をしながら家事もちゃんと出来る。

    だって母性があるから!
    父親は母親に教えてもらいながら父性を養っていく。
    だから、私がちゃんとできてないのに俺が出来るはずない。
    私に問題がある、女のくせに母性が無いのはおかしい。
    その時の私は、自分が人間として劣っているのだと思い込みました。
    毎日が辛くて辛くて堪らなかった。
    それでも半年頑張りました。
    子どもも徐々に寝てくれるようになり、少しだけ楽になりました。

    ある日、子どもがまた大泣きして私が何をしても泣き止みませんでした。
    途方に暮れていると、仕事から帰って来た夫が抱き上げました。
    途端に息子は泣き止みました。

    ・・・つづき



  • 嫁の半生は無茶苦茶な人生だった。小さい時に両親離婚で嫁は施設行き。そこでいじめを受け

    2016-03-24 00:14
    俺の嫁さんの半生は無茶苦茶な人生だった。
    5歳の時両親がW不倫で離婚し、どちらも引き取らず施設へ
    そこの施設では虐待、いじめのオンパレード
    (まともに中学校もいけず)

    16で脱走して夜の世界へ
    そこで出会った男には金蔓扱いで
    挙句893に身売りされかけ
    その後は逃げるように各地を転々としながら
    派遣として某観光地のホテルで働く
    という修羅場の見本市みたいな嫁だった

    出会いのきっかけは嫁が働いていた
    そのホテルのバーに入った時
    俺がバーテンダーをしていたから。

    従業員どうしちょくちょく顔を合わせる事もあり
    次第に仲良くなっていった。
    とは言っても最初はめっちゃ警戒された。
    (嫁曰く、嫌いとかじゃなく過去の経験から)

    バーに来る回数を重ねるごとに彼女への想いも
    強くなりとうとう彼女に想いをぶつけたが
    答えは「考えたい」とのことだった

    それを機に彼女がバーへくることも途絶え、
    諦めかけていた。

    ひと月たったある日、彼女がふらっとバーへ現れた。
    「俺君の事は好き…でも怖いんだ」
    「怖いって性格とか?」
    「そうじゃないんだ…」
    蕩々と過去を話す彼女。
    虐待の事…男の事…手首の自殺痕の事…
    「だから…諦めたほうがいいよ?」
    「でも…好きって言ってくれたじゃん…
    少しずつでいいから俺の事信じてくれないかな」
    我ながらダサい台詞だったと思う
    「うん…わかった…信じてみる」
    こうして彼女と付き合うことになったが
    ここからがホントに大変だった

    彼女曰くトラウマと言うのは、
    何気無い時でも簡単にフラッシュバックしたり
    防衛反応を起こすらしい。
    当時部屋で二人でまったりしてても
    俺が不意に動くと頭を抱えてガードしたり、
    彼女が飲み物をこぼしたときは

    「ごめんなさい…殴らないで」

    ・・・つづき