ニコニコ動画新星祭の細かすぎる解説その6:あとがき編
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

ニコニコ動画新星祭の細かすぎる解説その6:あとがき編

2018-07-08 21:51

     『ニコニコ動画新星祭』投稿から11日が経ちました。

     観てくださった方ありがとうございます。まだの方は……さすがにもういないですかね。

     投稿初日から何回かに分けて『新星祭』についての解説をしています。

     基本的には自己満足でしかないのですが、

     記事を読んでから改めて動画を観ると何か発見だったりあるかもしれません。


     正直メドレー作るのと同じくらいこの1週間毎日記事書く方も大変で、それで1週間拘束期間が延びた感じもあります。このラスト記事はかなり遅刻してしまいましたが……。


     そんな延長戦もついに終わり。

     といっても内容面での解説は前回までで全て終わったので、

     もうあとは個人的に書き残したことを全部書いて終わりにしようと思います。

    --------------------


     今回、3年半ぶりにニコニコメドレー製作に挑戦してみたわけですが、

     「久々にニコニコメドレー作ろうかなー」という気持ちは結構前から少しだけあって、

     実は2016年末に『彗星祭』というタイトルで少しだけ選曲を進めていたりしました。ニンジャスレイヤーやAQUARIUMのような、2016年頃のちょっと弱めの選曲はその名残だったりもします。

     ただ、作ろうと決心する理由がなかった。ニコニコに対する愛着も大してなくなった中で、わざわざそこにエネルギーを割こうというモチベーションがなかなか生まれず、実際には打ち込み作業を始めることもなく放置していました。


     それが変わったきっかけは大学卒業で、

     3月に大学を卒業し、4月に就職しまして、それまで怠惰な生活を送っていたのが、急に週5で8時間働くことになりました。

     で、嫌々起きて会社に行って、ひたすら時間が過ぎるのを待ちながら仕事して、終わったら帰りの電車でミリシタとガルパのスタミナ消費して、家で少しスプラやって、寝る、

     そういうローテーションを2週間ほど続けた中で、ちょっとこれは……生きてる意味がないなと。


     自分は何も生み出していない、生きている意味がない、誰でも替えが利く仕事で、誰の幸せにも貢献していない、自分がやることが社会に何のポジティブな効果ももたらしていない、何も生まずに繰り返しの毎日を送るだけのつまらない人間、に自分がなっていこうとしている危機感が日に日に募っていました。


     単なる歯車でしかないこと以外の何かにエネルギーを注がないとあまりにも日々が単調になってしまうので、何かを作らないとちょっとまずいなと。

     何か新しく勉強する余裕もない中で、作ること自体が楽しくて、明確に進捗の度合いが可視化できる、しかも2~3ヶ月という短い期間で完結させられそうなものが、私にとってはニコニコメドレーでした。


     そして、もう1つの理由として、Twitterでも書きましたが、ここ3年、ニコニコではほとんど何も発信していなくて、Twitterアカウントも動画も放置していたのに、

     『幻奏環』のことを褒めてくださった方が少しだけいて、『十年紀』に採用されたりしたというのは結構大きくて。

     待っている人がいるとまでは言わずとも、自分が何か作ったら少しは喜んでもらえる場所、に一番近いのかもしれないなと。

     趣味全開の『あいリレ』の宣伝に「幻奏環以来の集大成」という変な書き方をしてしまった申し訳なさもあったので、もう一度くらい真正面からニコニコメドレー作ってみようかな、とも思いました。


     『幻奏環』投稿直後に書いた解説記事の最後で、

     「先のことはわかりませんが、また2018~19年に新作を作りたくなるかもしれません」と書いていて、実際その通りになったわけですが、

     当時大学1年だった私は、3年後の2018年に自分が就職していることなんて、想像すらしていなかったと思うんですよね。

     で、2021~22年に自分がどうなっているかわかりませんが、2022年の自分が何歳で、社会人何年目であるかということを考えたら、自分がニコニコメドレーを作っているのはちょっと現実味がないような気がしていて。

     だからおそらく自分がニコニコメドレーを作るのは最後になるのではないか、というのは投稿前から考えていましたし、だからこそあえて今まで避けていた王道にも取り組んでみました。最後には外れていますが……。

     you→魔理沙なんかも自分の作品ではキャンセルしてばかりで使ったことがないような気がしますし、

     地味にやったことのなかった、"全時代かつ趣味なしのオールスター選曲"であり、ラストに全世代の名曲オンパレードだったり、ああいうことは一度しかできないものでもあります。来年このコンセプトでは作れませんから。

    --------------------


     そういう経緯で完成させたメドレーが『ニコニコ動画新星祭』です。

     観てくださった方、コメント・マイリス・宣伝・ツイートなどなど全て含めて、ありがとうございました。

     なんだかんだで8000再生近くになったのは喜ばしい限りです。一応「GINZA締め括りメドレー」の一角として貢献できたのでしょうか?

     四天王最弱コピペだと真っ先にやられそうな数字ですが、今一番ニコニコメドレーに思い入れのない私が最弱の座を引き受けられて良かったのだとポジティブに考えておきます。


     とはいえタイトルからしてバリバリ伸ばすことを狙っていたメドレーが伸びなかったのはなかなか……悔しくないと言えば嘘になるのですが、

     やっぱり動画にしろアレンジにしろ3年サボってたツケでもあるし、それまでの実績や人望の積み重ねの差でもあるので、このあたりが自分の限界かな、という気もしています。


     作者にとって最新が最高なのは当たり前ですが、やっぱり『新星祭』は自分の中では凄く自信のあるメドレーで、

     まさに自分の聴きたいニコニコメドレーの理想形になっています。

     新曲中心でありながら自分の好きだった頃のニコニコと両立できていて、ジャンル配分的にも構成的にも、自分の狙い通りのものが作れました。

     何よりも、「一貫性と必然性のある作品を作りたい」というのが1つの目標としてあって、

     それこそ以前のブロマガでも触れた『水曜日のダウンタウン』の2時間SPの構成の妙であったり、他には大好きな映画『ズートピア』の偏執的な伏線回収とテーマの一貫性など、

     ただ人を楽しませるだけでないメッセージがあって、全体を通して無駄なパートが1つもなく、通して見た時に発見がある、

     そういう「構造の美しさ」みたいなものをニコニコメドレーで実現できたのではないかと思っています。


     『幻奏環』の時は、最初がLet It Goだったのが悪いとか、後半のテンポの悪さ、転調の多さ、繋ぎの雑さなど、明らかな構成上の問題がありましたが、

     『新星祭』はそれを全部解決できたという手応えがありまして。今回は、心残りになっている部分が全くありません。

     これで伸びないなら後はもうアレンジ面だと思うんですけど……

     ただ、もう音源とかDTMの面で腕を磨いていこうという気は、正直全然なくて、それのせいでメドレーが伸びないならそこまでだという感覚で。

     自分自身がメドレーに求めるところもそこではないですし、それが求められているのであれば、それを理解できない自分には伸びるメドレーは作れないなという。


     そういうことなので、今後ニコニコメドレーを作ることはもうないと思っています。

     そう言いつつまた作りたくなる日も来るかもしれませんが、今のところはないかなと。

     打ち込みメドレー自体はもしかしたらまた作るかもしれませんが、少なくとも今年はない、くらいの感覚ですし、

     今後こういう正統派のニコニコメドレーを作ることは全く考えていないです。

     『新星祭』は、「この作り方をすればひょっとしたら伸びるかも」というところを狙って作りましたが、逆に言うと、これが伸びなかったのに自分の次のメドレーが伸びる可能性もないので。

     ニコニコメドレーというフォーマットでやりたいことも今回全部やり尽くしたと思っているので、これ以上のものは作れません。


     これもTwitterで書いたことですが、打ち込みやアレンジを他の方がやって、私は構成部分だけを担当する……という形であれば、もしかしたら『新星祭』よりも良いものが作れるかな、とは思います。

     そういう作り方への興味はあるのですが、私自身がニコニコメドレーでやりたいことは新星祭で全部やりきって空っぽなのと、誰かを誘って何かを作るコミュニケーション能力もないので、

     私とは逆にアレンジが得意で選曲が苦手、みたいな方から声をかけて頂くことが万が一あったら、その時は自分の状態を見つつ、時間とやる気があったら受けられたらなあ……と、一応は思っていますが、まあそんな方はいないと思います。

     この後の段落に書いてある内容を読んだらそんな考えもなくなると思うので。笑

    --------------------


     この1ヶ月、いわゆるメドレークラスタの方々のTwitterのフォローを少しずつ増やして、関わり始めました。

     そうした一番の理由は、「メドレーを本気で伸ばしたいと思うならTwitterでいろいろ発信してコミュニケーションを取らなくてはならない」と考えたからで、


     正直Twitterで何かを書くことはとても苦手なのですが少しずつ入っていきました。

     新(く)みきょくの告知ツイートの回り方とか見ると、やっぱりちゃんとTwitterでも人気を得ることがニコニコの活動の一部だし、そうできなかったのも私の怠慢です。


     無駄にキャリアだけを積み重ねた状態でフォローを再開して入っていくの、まるで土日に部活の練習に参加して在校生相手にイキり倒す卒業生の先輩みたいでちょっと気を遣わせてしまうかなあというところもあったのですが、

     たぶんそんなこともなく、いろいろな方とやり取りできたことは良かったです。


     『新星祭』を投稿して、同時期に投稿された他の方のメドレーを観て、Twitterとかで現役のメドレー作者の方々をフォローしたりして、

     ちょっと自分は今のニコニコを見くびりすぎてたかな、と思いました。

     正直もっと砂漠だろうと思ってたというか、今のニコニコが昔と比べてつまらないっていうことも、もっと共通認識になってるものだと思ってたし、GINZAからニコニコに入ったユーザーなんていなくて減る一方だと思ってましたw

     だから新星祭にしろギガントゼイニーにしろ、「やっぱGINZAは物足りない」「昔は良かった」みたいなコメントが付いたりするものかなと思ったら意外とそうではなくて。(もしかしたらそういう層まで届かなかっただけなのかもしれませんが……)

     逆に言えば、「不満を言いつつもなんだかんだ観てる層」が「本当に観なくなった」のがGINZA時代だったのかな、とも思います。とうとうプレミアム会員が減少傾向になったりとか。

     外野からオワコン連呼される次の段階に入ったというか。ちょうど最近のフジテレビのように。

     それはユーザー目線では良いことなんじゃないかなと思ってます。わざわざ嫌がらせに来る人なんか相手にする必要は本来ないので。企業としてはヤバいんでしょうけど。

     『新星祭』はそういう「今後のニコニコに希望もないけど現状維持/思い出補正で十分なんじゃない?」というメッセージを込めたのですが、ニコニコメドレーを観る層とはあまりその感覚を共有できないだろうなというのは作りながら思っていました。

    --------------------

     私自身、この3年は本当にニコニコを観ていなくて、2016年にはプレミアム会員すら辞めていたのですが、

     今回のメドレーを作るために、久々にニコニコの動画をたくさん観まして、後追いで知った「おせちんこ」とか「笑いのニューウェーブ」とか「ジャガーマン」のMADでかなり笑ったし、昔と比べても遜色なく面白い作品もたくさん上がってるな、と思いました。


     が、リアルタイムで何が流行るかを追いかけて楽しみたいというような熱が自分の中で復活したかというと、そうはなりませんでした。

     なので、この『新星祭』制作を機に、自分が今後もニコニコの流行を追いかけたい、とか、メドレーを作ったりニコニコ動画に投稿することを、また自分の日々の主体に置きたいというのは、今は一切思っていません。

     今月末でプレミアム会員もまた止めるつもりです。


     そして、メドレークラスタの方々とこの2週間ほど関わらせていただいたTwitterも、また離れようと思っています。

     別にアカウントを消すわけではありませんし、時々浮上もするかもしれませんから、わざわざ言うことでもありませんが、また月1とか年1くらいでツイートする形に戻せればと思っています。

     やっぱり今回の解説記事での「ニコニコメドレーは感動に寄りすぎ」みたいな話題もそうですけど、自分はTwitterに向いていないというか、一から十まで全部語りたい、誤解を絶対に許したくない人間なので、Twitterでコミュニケーションを取ろうとすると本当に泥沼になってしまうなと、ほとんどドラッグのようなものなので、程よい距離感を保つことができないのであれば完全に離れるべきだろうなと。


     ニコニコメドレーに関するいろんな議論や談義について、そこに何か語りたくなる気持ちはあるけれど、それを私みたいにメドレーへの熱を失った老害が語ったところで……と思って投稿しなかったツイートがたくさんありますし、

     ニコニコメドレーの伸びる伸びない論みたいなことは特に……自分がメドレークラスタから自分の都合で距離を取った、5年前にやっていたのと同じような話の流れがずっと続いていて、

     そこに空リプで混ざっていくのは、あまりにも生産性がないというか、確かに気持ち良くはなれるのですが、だからこそ意識的にすっぱり止めることにしました。

     そういう自分なりのメドレー論は、今回の『新星祭』で全部取り入れて実現したと思っていて、これまでの解説記事にも書いた通りで、これ以上Twitterで何か語ったところでその焼き直しにしかならないので、これ以上語るつもりはありません。

     今はあの構造を見て何かを参考にしてくださる現役の方が1人か2人くらいいたら嬉しいな、くらいの気持ちです。

    --------------------

     今、改めてニコニコやメドレー界隈に対して距離を置こうと思った理由は、そういうメドレーに対する熱意の差ももちろんあるのですが、

     一番の理由は、今のニコニコやメドレーを楽しんでいる層の中心である、いわゆる「ネットのオタク文化のマジョリティー」と今の自分が全然趣向が違ってきていることです。


     一昨年から昨年にかけて、就活で苦戦したり、家庭の事情でちょっと大変なことがあったりもしたのですが、その時期の自分を精神的に支えてくれたのはニコニコでもアニメでもなくて深夜ラジオと三次アイドルでした。


     メドレー投稿1週間前のヤバい時期に、lyrical schoolのニューアルバム『WORLD’S END』のリリースイベントに週2で行って、発売日にはアルバム買って特典の握手会に参加もしてました。去年は同じシングル4枚買ったりもしてます。

    https://www.youtube.com/watch?v=LwwigdYnUDM

     こういうのってニコニコとかアニメファンのコミュニティでは絶対に馬鹿にされる対象でしょうし、たぶんこの記事を読んでる人の中にも「地下アイドルの握手会に並ぶなんて金の無駄」とか「アイドルより声優の方が可愛い」とか思っている人は少なからずいるだろうなと。

     それはそういう価値観、世界認識で生きている人たちなので別にいいんですけど、私がその価値観に合わせることはもうできません。

     その昔Tom-H@ckやI’ve Soundにハマってアニソン好きになった私としては、今の声優ソングほどつまらないものはないと思っていて。地下アイドルの方が明らかに楽曲的に面白いので、ここ3年アニソンはfhanaくらいしか聴いてません。

     リリスク、ブクガ、オサカナ、CY8ER、ぜん君、自分の好きな楽曲は『あいどる❤ミュージックリレー』に全部詰め込みました。


     Twitterで「メドレー投稿時刻にはイベント行くので宣伝できません」的なことを書きましたが、

     そのイベントは「佐藤と若林の3600」という、オードリー若林さんとどきどきキャンプ佐藤さんのトークライブで、オードリーのオールナイトニッポンをここ3年ずっと聴いてる流れで行きました。最高に楽しかったですが、

     たぶんあのメドレーを観るターゲット層の中で、オードリーANNやアルピーD.C.GARAGEを聴いてる人はほとんどいないでしょうし、その面白さもおそらく共有できないのだろうなと。


     逆にアニメはもうここ数年全く観なくなっていて、

     去年観たアニメは『Just Because!』だけだし、今年観たアニメは今のところ『宇宙よりも遠い場所』『ポプテピピック』だけです。あのようなメドレーを作っておきつつ、『けものフレンズ』さえ観てないです。


     ボカロに関しても、バルーンさんやn-bunaさんの楽曲は好きでYouTubeで聴いていますが、その発掘される前の段階をニコニコで追いたいとは特に思わなくて。

     ちょうどこの3日で投稿された、『グリーンライツ・セレナーデ』や『トーキョーゲットー』を聴きましたが、それが良い曲であることは否定しませんけど、

     「自分がこの3年間ボカロをほとんど聴かずにヒトリエや米津さんや邦ロックバンドを追いかけてきたことは全く間違ってなかったな」と思いました。

     Eveさんのドラマツルギーはパスピエのとおりゃんせだし、アウトサイダーはヒトリエのシャッタードールだし、あまりにもそれらの下位互換だというのが率直な感想です。

     あれを新しい音楽として受け取るには、自分はすっかり無駄に年を取りすぎてしまいましたし、それを進んで聴きたいとは思いません。


     そして何よりも、「変態糞親父」とか「尊師」とかあのあたりの……悪意と差別で構成されたようなネタを面白がるのは私には不可能なので、動画自体ほとんど観ていません。

     『幻日環』の頃に自分が突っ込んだいろいろな騒動のこともあって、これだけネットに蔓延している今でも、淫夢語録そのものへの嫌悪感すら消えておらず、自分ではなるべく使わないようにしています。

     だから正直『新(く)みきょく』のスマホ規制にあまり違和感を覚えていないです(賛成するわけではありませんが)。

     でも「それも今のニコニコの一部、むしろその中心」だというのはその通りだと思うし、「トロピカル無職」とか「FF外から~」のような、

     自分が個人的な嫌悪感を理由に意図的に目を背けたジャンルからもちゃんと選曲している『ギガントゼイニーExtend Edition』の方が正しいニコニコメドレーでしょう。


     こういうこと、他にもいろいろな積み重ねとかも全部ひっくるめたことなので、誰がとか何がとかはないのですが

     私個人として、ちょっとそういうあれこれを楽しめることが前提となっている文化圏に触れていることが疲れてしまいました。あまりにも今の私の持っているコンテクストと違い過ぎるので。

     別にこういう話で、今ニコニコを楽しんでる人にマウントを取りたいわけではなくて、

     私がそれに飽きてしまった、冷めてしまったという、それは成長ではなくて変化でしかないので。どちらが優れているということはないです。申し訳ありません。異論などあればぜひリプとかコメントとかで投げてくださっても結構です笑。


     ニコニコの流行を調べて、流行したものを取捨選択して構成していく作業自体は今でも好きだし、すごく楽しいのですが、

     実際に楽しんでいる一員になるのは、それがギリギリできていたのは『幻日環!』までであって、

     そんな純粋な気持ちはもう『幻奏環』の頃からだいぶなくなっていて、そこからの4年間ではもっとできなくなったし、今後もできないでしょう。

     ニコニコの盛り上がりのことをどこか他人事、冷ややかな目で見ている自分がいて、

     今回その「お前らこういうの好きなんやろ?」みたいな穿った思いが、抑えきれなくなったのが最後の陰陽師ぶった切り本社爆破YouTubeメドレーだったりもします。

     そういう「愛のなさ」はどんなに取り繕っても垣間見えてしまっていると思いますし、やっぱりそういう感覚のズレも隠せないなと、ちゃんと愛のある『ニコニコギガントゼイニーExtend Edition』を見て改めて思いました。

     正直、こういう言い方をするのはとてもおこがましいことですが、『幻日環』『幻奏環』の続きがあるとしたら『新星祭』ではなく『ギガントゼイニー』だろうなと思います。

     2曲目の『Let It Go』への批判コメントなんかあまりにも幻奏環の時とそっくりで、見て笑ってしまいました。ああいうコメントがついてこそ今のニコニコオールスターだよなーという。そういう、今のニコニコに一体感という幻想を求めることをある程度諦めて作ったのが『新星祭』なので……。

    --------------------

     いろいろと刺々しいことを書いてしまいましたが、

     今回『ニコニコ動画新星祭』を作れたこと自体は凄く良かったです。

     自分の限界と体力が見えました。ニコニコのこと、今のネットのこと、Twitterのことを知れて、自分の視野が凄く広がりました。Vue.jsの勉強もできました。3ヶ月を費やした甲斐はあったと思ってます。


     今回メドレーについては限りなく完全に近い満足感を得ましたので、これから、メドレーではないものにそのエネルギーをうまく向けていきたいと今は思っています。

     ……6月頑張りすぎた反動でこの1週間ほぼブロマガ書くかSplatoonしかやっていないのですが……少しずつ。


     ちなみに今回、ブロマガ7日間でとんでもない量の解説記事を書いたわけですが、

     私の文章を気に入ってくださった奇特な方はぜひこちらのブログもぜひ覗いてください(宣伝)。

     https://oswdiary.net/

     ニコニコやってなかった時期も別名義でこっそりやっていた、何ならメドレー作るより前から続けていたブログです。その経緯はこの記事で。


     このブロマガよりも圧倒的に自分語りメインで自分のために書いている自己満足ブログなのであまり面白くないと思いますが、

    ミリマスのCD投票に思う、”志保の在り方を肯定する”ということ

    Splatoonの1周年に寄せて(1) その魅力と中毒性の理由を考える

    2017年個人的ベストソング30曲

    『ズートピア』感想。「偏見の普遍性」と「自己決定に拘ること」

    「DEEPER」は悪くないけど、最近のヒトリエはなんか違うと思う

     このあたりは、今週書いてきたブロマガとの関連性も多少あって、取っつきやすい記事かなーと思います。だいぶ昔に書いた記事もありますが。

     ダイレクトに自分の思いを伝えられる文章を書くことが一番好きなので、ブログはずっと続けていくつもりです。

     このブロマガはあまりにもシステム面がゴミすぎるのでなるべく使いたくないですが! 画像の容量制限とか意味わからない。下書き保存すら満足にできない。次回作があったとしても自分のブログで書きます。


     とにかく改めて『ニコニコ動画新星祭』ありがとうございました。

     観てくださった方はもちろんですが、この解説記事を全部読んでくださった方はもっとありがとうございました。

     この一連の解説記事も含めて、私は作って良かった、書いて良かったと思っています、それだけで価値がありますが、観て良かった、読んで良かったと思った方が他に一人でもいるなら冥利に尽きます。

     今後も何かの拍子に思い出して聴いてもらえますように。


    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。