民主主義国家の義務
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民主主義国家の義務

2020-11-15 21:30

    諸注意

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    ・わからないところがあったらコメントとTwitterに連絡をください。

    ・当たり前から問題を解説すること、わかりやすく簡潔に解説することを目標にしています。

    ・この記事内での考えは基本的に筆者の考えです。

    ・いつかは時事問題にも取り組みたいと思っています。それを解説するための当たり前がたっていくフォルダから目をそらしつつ。

    ・その他要望等がありましたら、コメントかTwitterを使って連絡してください。

    ・週一更新を目標に頑張っていきます。


    前回の記事で国家の義務は国家の維持と繁栄と定義しました。同時にこれが民主主義国家の義務ではないとも言いました。今回はこれがどういうことなのか解説しますが、民主主義が一体どういうものなのかも併せて解説していきます。


    1民主主義とは

    民主主義は国家のことを人間は平等なのだから、一部の国民ではなく国民全員で決めるという考えのことです。そのために国民は、自由であり平等に同じになりました。民主主義の目的は国家のことを国民の手で決める政治を行うことです。


    2民主主義の運用

    民主主義国家は国家の意志行動決定のために議会(現代ではほとんどの場合、国民が代表者を選出して議会を運営していく間接民主制をとっている)によって、それを決めます。それはすべての国民の意見が同じではないからです。このような形で民主主義を運営していくうえで重要なのは、国民の自由と平等です。国民の意見の重さは同じなので平等になるように、また国民の意見が国民自身の意志によって決定されなければならないので国民は自由であるうえで民主主義が運用されていく必要があります。そのために独裁できないように立法、司法、行政の三件の分立がなされています。

    そうして議会で議論を交わし、最も多い意見を決めて採択します。また、議会によって意思決定がなされるとき、議会の参加者全てが納得しているとは限りません。全会一致でやるのは無理です。それはどの方向から見ても100点満点な意見など皆無と言って良いからです。なので、少数派の意見がつぶされることはあります。


    3民主主義の問題点

    最も数の多い意見に国家の意思を決定します。議会で数が多い意見が最も多くの国民が納得する意見といえるからです。また、民主主義の中では国民の意見は同等ですが、少数の意見は時としてつぶされるので、現行の民主主義のシステムは、民主主義の目的である国民の意見で国家のことを決めるということを100%できないという大いなる矛盾を抱えています。

    だからこそ、現実的な民主主義の目的は最も多くの国民が納得する政治を行うことといえます。

    民主主義において大切だと言われる少数派の尊重は意見への賛同者を増やすための行いであり、民主主義を行う目的であるである最も多くの国民が納得する政治を行う一手段でしかありません。

    民主主義を行う現行のシステム上、全体主義を止める能力はないです。全体主義を止める方法は国民一人一人が注意することだけです。また重要なこととして、多くの国民が納得する政治だとしても、良い選択ができるかは別問題です。良い選択をするためには意見を構成する国民の多くが良い選択ができる知性があることが大前提なのですから。



    4国民が民主主義を通じて国家に求めるもの

    国民の意見によって、国家が運営されるので、国民が国家に望むものが国家のなすべきこと民主主義国家の義務です。私は国民が望むのは自身とその周囲の幸福と生存だと思っています。だからこそ民主主義国家が行うべきこと、すなわち義務とは、私は国民の幸福と生存を保障することだと思います。(追記しときますが、幸福と生存の保障を成すために大体の人は金銭に満たされていれば、幸福に近づけるので、経済政策が重要です。生存については、病気から守る医療体制、犯罪などを起こさせないようにする治安機構、他国からの侵略を阻止する防衛策これらに関する政策が幸福と生存の保障につながります。)

    これを見ると前回の国家の義務と同じではないかと問われそうなので、回答しておきます。前回解説した国家の義務では、国家の総体の維持と拡大を国家の義務としました。民主主義国家では国民が主体となりは民主主義を通じて幸福と生存を追求し義務を遂行します。

    どちらの義務を行うにも国民を生かし、経済を健全に回ることが求められます。

    しかし、民主主義において重要なのは、国民が満たされることが必要なので国民のいくらかを切り捨て、全体の被害を少なくする手段が取れないです。この違いは、国民という木の視点に立つか、国家という森の視点に立つか、どちらの視点に立って国家の動きを決めるという違いがある点です。


    最後にどこかの王と騎士とのやり取りを反転して本記事を締めくくりたいと思います。

    「王は人の心に寄り添いすぎている。」

    「人の心に寄り添わなければ国が動かんのだ、仕方あるまい。」


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