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「艦隊これくしょん ~艦これ~」キャラマシン大公開!("重巡洋艦"編)
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「艦隊これくしょん ~艦これ~」キャラマシン大公開!("重巡洋艦"編)

2014-04-13 19:32

    艦これ第8弾。海外でも知名度が高い日本車と外車、そしてワゴン市場を普及してくれたステーションワゴン3台も登場。勝てる気がしないな、この面子だと…と言いたいが、"重"巡洋艦のはずなのだが、一部軽いマシンが含んでいるので注意!

    ・戦艦→こちら
    ・航空戦艦→こちら
    ・正規空母→こちら
    ・装甲空母→こちら
    ・軽空母→こちら
    ・水上機母艦→こちら
    ・その他艦種→こちら
    ・重巡洋艦→ここ
    ・航空巡洋艦→こちら
    ・軽巡洋艦→こちら
    ・重雷装巡洋艦→こちら
    ・駆逐艦→こちら
    ・潜水艦→こちら
    ・潜水空母→こちら
    ・期間限定艦→こちら
    ・敵艦→こちら
    ・海外艦→こちら
    ・NPC娘→こちら

    ※パクリは厳禁。及び画像は無断使用を禁じます。
    ※車両説明は同じクルマ(S2000やGTO、NA型・NB型ロードスター等)を除き、完全版+オリジナルの解説(分かんない人のために艦隊の歴史等を艦これWikiから一部引用)のみ記載します。
    ※画像は「グランツーリスモ6(GT6)」となります。

    古鷹
    ●日産/スカイライン GT-R Vスペック(R33)'97

    ・パフォーマンスポイント(PP):478
    「チューニングマシン等で活躍された、R33型GT-R限界領域の突破仕様」
     1993年8月、スカイラインは9代目のR33へと進化。しかしR32 GT-Rだけは94年11月まで生産が続けられた。R33 GT-Rは93年秋の東京モーターショーにプロトタイプ出品され、市販車としてデビューしたのは95年1月のことだった。
     R32 GT-Rが歴史に残る名車となっていただけに、R33 GT-Rの登場時には誰もが「R32を超えることができるのか?」という疑問を持った。その問いに対して日産は、具体的な数値で答えた。それが有名な「マイナス21秒ロマン」というCMのコピーだ。R33はドイツのニュルブルクリンクで、R32の持つラップタイムを21秒縮めたのである。
     R33 GT-Rのコンセプトは「究極のドライビングプレジャー」だ。エンジンは一代で名機となったRB26DETTを踏襲。過給圧の向上や制御CPUの改良が図られて過渡領域でのトルクとレスポンスが向上し、最速域での絶対性能も高まった。
     革命的4WDシステムであるアテーサE-TSも進化。前後のトルク配分がよりFRに近い特性となったため、旋回時の車両コントロール性が向上した。さらに今回からVスペックをひとつのグレードとし、より強力なアテーサE-TSプロを装備した。これはアテーサにアクティブLSDとABSの統合制御機能を加えたシステムである。
     電動スーパーHICASも、ヨーレイトフィードバック制御が追加され安定性を高めた他、ブレーキは全車にブレンボ製を装着。ボディには前後にストラットタワーバーを追加することで剛性を高め、ボンネットやフロントフェンダーはアルミ化されて軽量化が図られた。96年には、ル・マン参戦を記念したLM Limitedが発売されている。
     不評されたRスピリットのGT-Rを所有しているのは、古鷹型1番艦「古鷹」。列強諸国の重洋艦(仮想敵としてはオハマ級)に対抗するため、夕張(日産・フェアレディZ(Z34)'08)のノウハウ活かして、小型の船体に重火力を詰め込まれて開発された。ただし、排水量が原設計の10%増しで完成しているが、別にミスでもなんでもなく、前例のない革新的設計の為、施工側の造船関係者まさかの現場で勝手に設計変更したのが原因。ここまで排水量が変わると、普通悪影響がモロに出るのだが、別にそんなことは一切なかった。基礎設計の時点で相当優秀だったみたいだ。ただし重量増加による乾舷の低下だけは避けようがなく、下記のような浸水被害だけでなく水線上に出る装甲帯の高さが設計より2mも低くなってしまい直接的ではないとはいえ防御力まで悪化していた。一応近代化改修の際にバルジが取り付けられたものの、改修による重量増加に打ち消され最期までこの欠点が解消されることはなかった。主砲にはオマハ級を圧倒する20cm砲を単装で6基搭載。艦の前後にピラミッド状に配置され、片舷6射線を実現。従来の常識を超える超火力に列強各国は目を剥いた。そう、新造時の古鷹(と加古)は単装砲艦だったのである。小柄な単装砲と追加装備がまだ無くすっきりした艦上構造が相俟って、この時期の古鷹は大分スマートな印象を受ける。(※感想には無茶苦茶個人差があります)しかし、小さな体に大きな砲を載せればしわ寄せはどこかに来るのである。この20cm単装砲、弾薬の運搬揚弾の多くを人力に頼っていた。揚弾機構を機械化すると砲塔が大きく重くなり艦がアンバランスになるので、平賀先生はばっさり切り捨てたのである。よって、予め揚げておいた弾を撃ちつくしてしまうと、発射速度は大幅に低下。20cm砲弾は日本海軍のド根性をもってしても重いのである。帝国海軍の伝統に違わず、居住性は完全にスルーされた。友軍艇の行来で飛沫が飛び込むので常に舷窓を閉めていたという、わりとどうしようもないエピソードが存在する。そんな残念な船体構造を揶揄され、加古ともども水族館というありがたくないニックネームを授かった。ソロモンの狼という通り名とはえらい違いだな。ただそれでもスポーツカー&マッスルカー&ハイブリッドカーを所有してる15人より「煙突回りの兵員室が灼熱地獄の5500t型よりはマシ」とも思われていたようである。何この燃費悪さ+不評されたプリウス・・・そういう並びにしてたのか・・・。
     実は起工はR32を所有している加古の方が先。しかし竣工したのはこちらが先。自己紹介にある第一次ソロモン海戦では、第八艦隊の中核戦力として米英豪の連合艦隊をどつき回して南方部隊所属の重巡4隻に引導を渡し、被害報告として挙げられるような損傷も受けずに乗り切っている。この時特に悲惨だったのが増援として駆けつけた連合国艦隊の北方部隊で、艦隊旗艦鳥海率いる本隊と交戦中に、炎上中の敵艦目指して突撃してきた古鷹率いる分艦隊の強襲を喰らい、両舷方向からフルボッコにされて文字通りの壊滅状態になってしまった。戦後に太平洋戦史を纏めたS.E.モリソン曰く、『これこそがアメリカ海軍の被った最悪の敗北のひとつである』のだとか。そりゃガダルカナルの美酒がマッハで敗北の苦杯に変わりゃあねぇ。
    片目がオッドアイで輝いているのは史実(サボ島沖海戦)での最期から。
     五藤少将の戦隊司令部が敵艦を友軍艦と誤認し、集中砲火を浴びて大破、炎上する青葉を救援するため、青葉が送っていた信号と同じ物を発しながら探照灯を照射しながら敵艦隊の射線上に割り込んだ。「探照灯」とは青葉生存者の目撃証言より。その探照灯も敵の砲弾によって破壊されてしまう。中破で左目を閉じるのはそのためかと思われる。しかし、「信号」にも情報源が不透明の為、今の所よく分かっていない。敵艦の砲撃や魚雷の引火による激しい火災に身を染めながらも、青葉を撤退完了させるまで盾の役割を担った。敵の軽巡「ボイシ」に砲弾4発を叩き込むなど猛然と反撃するが、90発にも及ぶ直撃を受けた船体は満身創痍もいいところであり、日付変更直後の0時28分に沈没。旗艦の身代わりとなっての壮絶な最後であった。
    身を挺して旗艦を庇ったにもかかわらず、宇垣纏中将(聯合艦隊参謀長)曰く「まともに戦ったの衣笠だけじゃないか」古鷹さんが吶喊しなかったら旗艦撃沈も大いにありえたんですがそれは……ただし、後日生還した古鷹の荒木伝艦長から実際に話を聞いた宇垣中将は「其の言う処至当(極めて当然)なり」という言葉を残している。このとき荒木艦長が述べたのは、「夜戦が失敗したのは事前の偵察が不充分だったから」等ということで、五藤司令官らの責任には一切言及しなかったようである。乗員のうち518名は初雪に救助された。その中には修理のため内地に戻る青葉に移乗し、その運航に関わった乗員もいたという。また、一部の生存者は米軍に救助されたのち、捕虜収容所でフェザーストン事件に遭遇した。詳細はリンク先を参照せよ。彼女たちの設計者である平賀譲造船中将は、加古と古鷹の相次ぐ戦没を聞き、我が子を失ったかのように嘆き悲しんだという。
    艦名の由来となった古鷹山は日本の広島県・江田島の海軍兵学校を見下ろすような位置にあり、海軍の聖地のような山。兵学校の行事として古鷹山登山があったほか、休日に自主的に登った者も多かった。在学中に100回以上登ったという広瀬中佐をはじめ、多くの海軍士官の心身を鍛えた。現在も同地には海上自衛隊の術科学校及び幹部候補生学校があるが、古鷹山登山は伝統として残っている。ちなみに、呉~江田島(小用港)を結ぶフェリーの一隻が、その名も「古鷹」である。呉や江田島には海軍から現在に至るまでの名跡が多く存在するので、この地に聖地巡礼に訪れた際は使ってみるのも良いだろう。
     伊勢、日向に続くGT-R系列のマシンで、一応R33型であるこのマシンは、そこまでコントロール性が悪くなく、それなりに戦力になる。決して湾岸ミッドナイトの黒木の33Rに見えたなら、あなたはスピードに飢えた末期でしょうリアウィングはまさかのGT-Sの物を流用している。響と同じスペシャルステージ・ルート5を巡回パトロールしている模様。あまり速い速度でオーバーテイクすると、追跡してきますよ・・・。

    ●日産/スカイライン GT-R R33 ツーリングカー

    ・パフォーマンスポイント(PP):582
    「圧倒的なワイドボディを手に入れた、グランツーリスモが製作したR33 TC」
     このモデルは、スカイライン GT-R Vスペック(1997)を元に、「グランツーリスモ」が独自にチューニングしたオリジナルモデルである。
     以下でベースとなった車両を紹介しよう。
    (ここから先の車両解説は、上記の「古鷹」と変わらない為、省略)
     2014年12月1に日実装、改造Lvは65とそれなり。
     性能としては低燃費型である古鷹改の正統な進化形と言った形であり、低燃費型という特徴はそのままに各種能力が底上げされている。具体的な数値を見ると火力77,雷装75と、夜戦時の性能も含め重巡の平均的なものだが改二としてはやや抑え気味、衣笠改二と同じポジションというべきか。
    ステータスは衣笠改二と比較すると火力+3、雷装+1、運+1(限界値は+5)、対空-2、回避-2、装甲-1。古鷹改との比較では火力+7、雷装+15、運+4、対空+5、回避±0、装甲+2、耐久+5。2013/10/16の強化以前のと比較した場合、火力+23・装甲+8・雷装+16されながら消費は弾が5増えただけという凄まじい強化となる。これは常識破りな強化を果たした夕立改二に匹敵どころか総合では上回るほどのものであり、軽巡以下とさえ罵られていた時期から愛用していた古参提督から見ると感慨深いものがあることは確かだろう。同艦種との性能差は装備で十分穴埋め可能な程度であり、かつ出撃コストは軽いため掘りなど何度も連続して出撃させる場合には適している。上手く使い分けよう。消費あたりの能力値では重巡最高クラスの効率を持っている。
     改造後の持参装備は20.3cm(2号)連装砲×2と探照灯ついに目の探照灯を持参するようになったよ
    単純にサービス開始時に探照灯が未実装だったから今頃持ってくるということになったとみるべきか。
     基本的な艤装様式に変化はないもののボリュームが異様なまでに増しており、一目では戦艦と見紛うばかりの規模となっている。左肩の砲塔に至っては黒鉄色に塗り替えられたうえ通常の砲塔の上にさらに改装後の長門陸奥41cm連装砲に似たディテールを持つ増加装甲のようなものが取り付けられ、その威圧感を押し上げている。なおマストが今までのヤード(桁)が3本から1本に減っているがこれが改装後のマストであり、今までの3本ヤードのマストは実は単装砲塔時代の様式であったりする。測距儀併設の射撃盤が増設された艦橋も同じ。加古も同様。
     身長も伸びたようで一頭身は高くなり、かなり大人びた印象に変わっている。
    制服は青地の部位が軍艦色(佐世保工廠のものが近い)のようになり、さらに内側に黒のインナーを着用。黒インナー着用は伊勢型姉妹に続いて3人目長さの異なるソックスは左右入れ替わり、艤装の付いている左脚がロングになっている。これなら艤装で素肌が擦り切れる心配も無し
     かつては火傷痕とも噂された顔の左半分の影は落ちていない。
    その代わり左目からは電撃のような線が走り、オッドアイや巨大すぎる艤装と相俟って「深海棲艦に片足突っ込みかけてるんじゃないのか」と思わせるほどのインパクトを与えている。
     中破絵について、右腕が無くなってしまったかのように見えるが、おなかの方に向かってちゃんとあるので安心してほしい。
    なお秘書艦にしている状態で中破した場合、画面枠と表示位置の関係で色々な意味で危ない絵になるので背後に多感な年頃の人がいないか注意しよう。
     イラストレーターいわくインナーは別にスケベティックにしたかったわけじゃなくて 肌に艤装が当たると冷たいと思ったからの優しさで 別にスケベティック目的じゃないし スケベティックではないていとくしていです古鷹は、エッチ&スケベな人からはエロティックに見えるし、カッコイイキャラが好きな人からはカッコ良く見えるし、可愛さを求める人からは可愛く見えるような、そんなキャラクターを目指したのでとのこと。

    ■加古
    ●日産/スカイライン GT-R Vスペック Ⅱ(R32)'94

    ・パフォーマンスポイント(PP):481
    「16年と言う長い歳月を掛けて誕生した、Rの名の受け継がれしマシン」
     ケンメリGT-Rの生産中止から16年後となる1989年8月21日。8代目スカイライン・シリーズに、多くのファンが長らく待ちこがれたGT-Rの名が、ついに復活した。
     搭載されたエンジンは、新設計の2.6L直列6気筒DOHCツインターボのRB26DETT型。セラミックツインターボにより280PS/36.0kgfmを発生し、6連スロットル、ナトリウム封入エキゾーストバルブ、強化シリンダーブロックといった、モータースポーツの技術が惜しみなく投入されていた。
     駆動系は電子制御のトルクスプリット式4WDアテーサE-TS。「クルマを曲げる」ことを意識した画期的な4輪駆動システムである。サスペンションは前後ともに日産独自のマルチリンク式で、4輪操蛇技術であるスーパーHICASを組み合わせた。ブレーキはアルミキャリパーのフロント対向4ピストン、リア対向2ピストンが与えられていた。
     グループAでの勝利を託されて、16年振りに復活を果たしたGT-Rには、当時の日産の技術がすべて注ぎ込まれた。実際その後のグループAでは長きに渡って連勝を記録し、サーキットで無敵の存在となったのは誰もが知るところだ。
     もちろんロードカーとしての性能も抜群だった。日産は当時「90年までにシャシー性能で世界一を目指す」という901運動を進めており、GT-Rはその運動の頂点に位置していた。これまで存在した4WDスポーツとは明らかに一線を画すレベルの走りが実現したのである。
     のちに限定版としてNISMO仕様が発売された他、進化版としてより性能を高めたVスペック、VスペックⅡも追加された。94年11月までに4万3934台が生産されている。
     古鷹型2番艦…と言うことになっているが、実は古鷹より約1か月早く起工されている。竣工直前にクレーンで船体を損傷してしまい、古鷹より4か月遅れての竣工となった。よく寝るキャラなのはそのためかと思われる。
     名前の由来は加古川であり、重巡の命名規則の山ではない。この名前、実はあの娘の妹につけられる予定だったもの。しかしワシントン軍縮条約の都合で軽巡の建造が打ち切られることになったため名前と予算を流用、艦型と艦種類を重巡に変更して生まれたのが彼女。なので本来妹になるはずだった古鷹は普通に山の名前。最上や利根と違い書類上でも重巡だったが、名前が川由来なのは彼女のみである。
     戦術的には日本軍のほぼパーフェクトゲームと言われる第一次ソロモン海戦の帰り道、米潜水艦S-44(SS-155)に撃沈された。戦死者34名を出したが、艦長の処置が早かったことと味方基地の近海だったこともあり、幸い乗員の多くは救助された。自己紹介で帰りは恐いとか、轟沈時に調子こいて怒られたっけなぁと言うのはこれが由来。この時救助してもらった艦が卯月卯月改が加古の髪留めと同じピンを持っているのはおそらくこの繋がりだろう。第一次ソロモン海戦で加古たちに撃沈された米国重巡洋艦の中にはニューオーリンズ級二番艦「アストリア」が含まれている。皮肉にも彼女も加古と同じく、工事の遅れのせいでネームシップの栄誉を賜ることが出来なかった艦であった。
    古鷹、ついてきて!→ついてきませんでした。第一次ソロモン海戦で加古の真後ろの古鷹がはぐれて迷子になった。が、そのおかげで挟み撃ちの形になったので結果オーライだったりする。日本艦艇の例にもれず居住性は最悪で、乾舷の低さ故に窓を開けると内火艇が通る程度でも波が入る始末。 窓を閉めると、ちょっとした波でも海中がよく見える・・・ってことで古鷹共々ついたあだ名が「水族館」。 人殺し長屋や海鷲の焼き鳥製造機よりは可愛らしいあだ名だと思うよ、うんアップデート前は駆逐艦並という余りにも残念な能力値に定評があったが、実物で比べると砲門数が妙高型高雄型最上型の6割しかない。 さらに古鷹に比べ演習での砲撃の命中率が悪かった。これが古鷹以下の火力の由来と言われている。重巡同士で比べれば確かに妥当なのだが、軽巡・駆逐と比べると実に理不尽な数値だった。砲弾一発あたりの重量は軽巡の14cmの3.5倍、駆逐艦の12.7cmの5倍、10cm砲の10倍と破壊力は段違いのはずなのだが……。そもそも前方を向けない砲塔がどんだけ意味があるという話になってしまう。高雄にいたっては後部砲塔の射撃で水上機をぶっ壊している。その点考えると、古鷹型(青葉型含む)の砲塔配置は大和型と同じで、砲の数は少なくてもその有効性から考えると大差はなかったのかもしれない。事実、同格の重巡をボコって来たのは(同行した鳥海を除けば)彼女達だけである。
     伊勢、日向、古鷹に続くGT-R系列。まさかのR32型を所有しているのが彼女。ヘビーボディだが、それの為一気に敵艦をテイクダウンするのに最適すぎるほどだ。グループAからの刺客のようなチューニングを施し、威圧を存分に表れている。

    ●日産/スカイライン GT-R R32 ツーリングカー

    ・パフォーマンスポイント(PP):502
    「JGTCの初期を参考に、グランツーリスモが生み出したR32のツーリングカー」
     このモデルは、スカイライン GT-R Vスペック Ⅱ(R32)(1994)を元に「グランツーリスモ」が独自にチューニングしたオリジナルモデルである。
     以下でベースとなった車両を紹介しよう。
    (ここから先の車両解説は上記の「加古」と変わらない為、省略)
     2015年06月12日のメンテナンスにて実装。改造レベルは古鷹改二と同じ65。
     持ってくるものは20.3cm(2号)連装砲が二つと、25mm連装機銃、そして探照灯。
     運用としては古鷹改二や衣笠改二と同様といったところか、さすがに妙高型改二等には性能は劣るが燃費でカバーしてもらおう。
     イラストが一新され、改造前のたびたび睡眠を要求する彼女の姿から想像できない、まるで眠れる獅子が目覚めたかのような凛々しく美しい姿となった。加ッ古E~あまりの外見の変化に戸惑う提督も多いが、彼女自身戦闘時は好戦的なセリフが多かったため、ある意味この変貌は正統な進化なのかもしれない。眼からは古鷹のそれを彷彿とさせる蒼い雷が発現している。???「フフフ・・怖いか?」
    髪留めがなくなっているのはおそらく卯月改に渡しているため。卯月の胸元に加古の髪留めと同一デザインのピンが留められている。
     古鷹改二に倣ってか、黒サラシインナーとなった。その隙間からうかがえる太ももとおへそが眩しい。
    だれが呼んだか呼ばないか生足 へそ出し マーメイド確かに通常立ち絵も西川兄貴っぽい
     普段は凛々しい彼女だが、中破するとそのかっこよさはどこへやら、一転してかわいくなる。そしてデカい(何がとは言わないが)見る際にはリアルの背後に注意されたし。

    ■青葉
    ●日産/リーフ G'11

    ・パフォーマンスポイント(PP):334
    「日産の切り札車」
     1970年代から継続的に電気自動車開発に注力してきた日産が、満を持して送り出した初の量産電気自動車がリーフである。
     動力源は電気のみ。ガソリンを使わないので走行中にCO2、窒素酸化物を排出しない。電気自動車ならではの静粛性と乗り心地、そして新感覚のドライビングフィールが味わえる。特に加速性能は大排気量車のようにスムーズかつパワフルだ。
     リーフの特徴をいくつか挙げていこう。ひとつめは大量のバッテリーを搭載するため、ボディとバッテリーを専用設計して最適化している点である。バッテリーの配置は、フロントシート下からリアシートの足元にかけては平積み、リアシートの下には縦置きと、変化させている。
     次にラミネート型バッテリー。これはNECとの共同開発で、一般的な円筒形のバッテリーよりも放熱性や体積効率の面で優れている。ハイブリッドカーや電気自動車では、それまで駆動用バッテリーを強制冷却するのが常識だった。しかしリーフでは、ファンはおろか通気口すら存在しない。アメリカのLA4モードでの航続距離は160.0kmである。
     さらにリーフは専用のITシステム「EV-IT」を使うことで、携帯電話から遠隔操作などができる。あらかじめエアコンをかけたり、バッテリーの充電状態を携帯からチェックすることが可能だ。乗車中にオペレーターと会話しながらナビを設定してもらうこともできる。
     我々が「未来のクルマ」として夢見てきた機能やサービスを、誰でも使えるように実現した、日産ならではの電気自動車なのである。
     青葉型、古鷹型は小型・旧式の重巡洋艦であり、残念ながら直接的な戦闘能力の最大値では、新型の重巡たちには及ぶものではない。ただし燃費、特に弾薬については良好である。
     ただし本艦・青葉は運の値が高く、他の重巡が10で統一されているところ、改造前で20、改造後では30もの値を誇っている。このため、重巡ながらカットイン攻撃を狙う価値が高く、重巡のしぶとさで道中を切り抜け夜戦で一発逆転を狙うボスキラーとして起用できるという特色を持つ。
     「三川艦隊」関連の4つの任務、及び「第六戦隊」の2つの任務に必要な艦である。2-3のボスを倒す必要があるため、全てをクリアしたいならある程度の育成を要するだろう。
     さらに2014年12月1日のアップデートで、新任務「第六戦隊 南西海域へ出撃せよ!」も追加された。こちらは出撃先が沖ノ島沖(2-5)となる。これにより青葉と古鷹、加古が必須となる編成・出撃任務は合計7つとなった(衣笠は「新~」ではない方の三川艦隊任務には含まれない)。
     青葉は1-3ボスを皮切りに1-4,1-5および2-1,2-2全般でドロップする。その他4-xでもドロップが見られる。
     2015年05月現在、hatsuko氏がイラストを担当した艦娘は青葉一人だけであり、とも絵師は異なる。青葉はになってもイラストが変化しないので、ゲーム内で見られるイラストは通常絵/中破絵の2枚だけ。しかし描き下ろしには意外と恵まれており、hatsuko氏によるものだけでも下記3点が確認されている。
    『艦これ白書』(ISBN-10:4047318752)
    『公式カレンダー2015(7月)』(JAN:4970381207953)
    『娘TYPE 2015年6月号ポスター』(JAN:4910071250654)
     青葉型重巡洋艦のネームシップ、日本で3番目に就役した重巡洋艦である。大破と不死身っぷりに定評がある。
    三菱造船(現・三菱重工)長崎造船所で1926年9月25日進水、1927年9月20日就役。青葉型重巡は古鷹型の欠点を修正するために古鷹型の3・4番艦を再設計した艦である。そのため基本部分は古鷹型と同じで青葉型は「改古鷹型」とも言える存在。実際、古鷹型と青葉型は見た目がちょっと似ている。最も目立つ修正点は主砲が単装砲から連装砲になったことだろう。青葉型の計画時、かの平賀譲は「古鷹型の船体に連装砲は無理」と言って頑として譲らなかったので、先生が欧州へ出張している間に改設計を済ませたというハートフルなエピソードがある。また主砲の揚弾設備も、古鷹型では一部人力(!?)だったのを機力に変更したため連射速度が向上した。設計変更を行ったのは特型駆逐艦の生みの親で、平賀と前々から確執のあった藤本喜久雄。他に構造の特異点として、三菱造船がまだジョンブラウン・カーチス両社の製造権を取得していなかったため、青葉は三菱造船が製造していたパーソンズ式タービンを搭載している。三菱造船製の軍艦でパーソンズ式タービンを搭載した最後の軍艦になった。古鷹型・青葉型ではどちらも奇数艦が三菱造船長崎、偶数艦が川崎造船神戸の生まれである。機関も古鷹と青葉が同じパーソンズ式で、加古と衣笠が艦本式タービンを搭載している。1937年10月頃から1940年10月末までかけて、大改装が行われた。この改装で主砲の口径は200mmから203mmになったが、写真で見る限り砲塔はC型のままである。外観上の著明な変更として、艦橋構造の見直し、6メートル測距儀の設置、前部煙突両舷に鉄骨状の探照灯台の設置、魚雷発射管を固定式から旋回式のものへ改め、その上部に飛行機搭載甲板を設置したことなどが挙げられる。プラモデル等で馴染みのあるのはこの改装後の姿であろう。しかしながら改装の終わった時期が遅かったためか、改装後の勇姿をとらえた写真は少ない。
     艦名の由来は京都府と福井県の県境にある青葉山(別称若狭富士)で、鎮守府のあった舞鶴湾を一望できる山である。よく勘違いされるが宮城県仙台市の青葉山ではない。しかも艦内神社の分祀元も青葉神社この子と混同し易いのが困り物。
    ちなみに1999年、海自舞鶴基地に停泊中の護衛艦「はるな」がCIWSを誤射、青葉山に20mm機関砲弾をブチ込む事故を起こしている。ご先祖様の主砲じゃなくてよかった。
     青葉の歴代艦長には、第28代聯合艦隊司令長官であった古賀峯一氏、第一次ソロモン海戦時の第八艦隊司令長官であった三川軍一氏がいる。また日本帰還を果たした時の艦長である山澄忠三郎氏は、戦後に大本営厚木連絡委員会の委員長を務めマッカーサーの出迎えを行っている。
    海軍主計科士官(主計中尉)で後に総理大臣となる中曽根康弘氏が最初に乗艦したのが青葉であった。氏の自宅には青葉の桐箪笥模型が置いてあるという。
     取材キャラになっているのはプロフィールにもある通り、従軍作家「海野十三」が乗っていたためだろう。
    海野の取材結果は『赤道南下』という本になっている。今でも手に入る古典作品。海野が搭乗していた1942年2月は戦況もまだ余裕がある段階だった。そのため、敵が放棄した島で見つけた子豚を艦上でしばらく飼っていたり(次の港で出荷)、原住民とタバコと土産品を交換したりとのんびりした描写も多い。また海野自身も、宛名に「海野十三様」と書かれていた妻からの手紙に対し恋しき旦那様くらい書いても検閲は通してくれるから、大いに率直に書くがよろしい」と少し惚気ている。お手紙には恋しき青葉ちゃんって書いてくださいね!
     海野は『講談倶楽部』にも「検閲は防諜事項に限られている。(中略)恋文、大いに書くべしであるとの寄稿を寄せており、加古艦長に回顧録で紹介されている。本作では艦内での食事についての描写も多く、兎肉と卵を使った満月丼やお世辞にも美味しいとは言えない冷凍魚などが登場する。また作中には登場しないものの、青葉で出されていた「伊太利コロッケ」は乗員から評判が非常に高かったらしい。彼女の口癖(?)の「恐縮です」は芸能リポーターである故・梨元勝氏が元ネタか。
     戦歴について簡単にまとめると、
    戦争初期はわりと余裕のある後方支援。珊瑚海海戦ではポートモレスビー攻略部隊MO主隊として参加するが、作戦中断。第一次ソロモン海戦では索敵も砲撃も雷撃もなかなかの活躍を見せる。


    ■衣笠
    ●日産/ステージア 25t RS FOUR S'98

    ・パフォーマンスポイント(PP):457
    「別名『スカイラインワゴン』。同じ280PSのスバル・レガシィツーリングワゴンがライバル」
     ステージアは、1996年に発表されたステーションワゴン。スカイライン/ローレルのプラットフォームを使ったワゴン専用モデルである。
     ボディサイズは全長が4,800mm、全幅が1,755mm。エクステリアはボルボ風のボクシーで直線的なものだったが、中身はほとんどR33スカイラインそのもの。走行性能は素晴らしく、実質的には「スカイラインワゴン」といえる。
     特にホットモデルの「25t RS FOUR S」は、スカイラインのスポーティグレード「GTS25tタイプM」の2.5L直6DOHCターボエンジンを搭載。しかもスカイラインより30PS高出力な最高出力280PS、最大トルク35kgfmを誇った。
     さらにその上をいくモデルも存在した。日産のカスタマイズ部門であるオーテックが作った「260RS」は、GT-Rと同じRB26DETTを搭載。280PS、37.5kgfmという巨大なパワーを発揮したのである。この2台の駆動方式は、GT-Rと同じトルクスプリット式4WD、アテーサE-TS。ギアボックスは5速MTのみという硬派な設定だった。
     両車のサスペンションは前後マルチリンクで、特にリアはトレッドを広げた専用設計。さらに「260RS」には、強力なエンジンパワーに対抗するための専用スプリング、専用ダンパーが組み込まれていた他、高剛性ピラー、フロントストラットタワーバー、フロントクロスバーなどによってボディ剛性をアップ。ブレンボ製ブレーキ、専用エアロパーツ、専用3連メーター、専用スポーツシートを備えていた。
     「260RS」は、GT-Rより200kg重い車重とワゴンボディによる剛性不足というハンディはあったが、「GT-Rワゴン」と呼べるだけの動力性能と高い操安性を備えていた。
     沈められた原因が飛行機だから飛行機は嫌と言っているが、本人は日本海軍の中で初の航空機用射出機を積んだ艦である。この射出機、竣工時には既に搭載される予定だったものの、開発遅延が原因で2年ほど経ってからの搭載となった。
     青葉やらかし事件で、辛うじて態勢を建て直し奮闘したのが彼女。海戦決着の後「まともに戦ったの衣笠だけじゃねーか」と宇垣纒(連合艦隊参謀長)に評された。衣笠が評価されたのは、後に敵艦にダメージを与えた(軽巡ボイシ大破・重巡ソルトレイクシティ小破)ことが判明したから。ちなみに衣笠以外には初雪も頑張っていた。私だって本気出せばやれるし。
     その一月後、第三次ソロモン海戦第一夜終了後の11月13日未明。衣笠は鳥海五十鈴とともに第七戦隊と合流、北上退避を開始。あっさり復旧したヘンダーソン飛行場から払暁とともに発進した偵察機に発見され、正規空母「エンタープライズ」及び同飛行場麾下の航空機による攻撃を受ける。奮戦むなしくも午前9時20分、転覆・沈没。沢正雄艦長、宮崎房雄副長以下51名が艦と運命を共にした。
     衣笠の名前の由来は諸説ありはっきりしない。主に2例がある。一説では、横須賀のすぐそばにある山。ただしこの名は愛称であり、本来の名は「鞍掛山」という。標高実に134mと低い山で、マイナーな山である。だがこの山には日露戦争の戦死者を慰霊するために作られた「衣笠山公園」がある。単なる横須賀鎮守府そばのマイナー山というわけではなく、海軍としては縁の深い場所であった。青葉・古鷹と共に、海軍に縁の深い山の名であることもこの説を補強している。高須広一氏が専門雑誌でこの説の説明をしている。就役前に艤装委員長(初代艦長)が軍務一課長への問い合わせで、この旨の回答を得たというもの。この照会と回答はアジア歴史資料センターで公開している軍艦衣笠艦名起原に関する件にて確認できる。そして、もう一つの説は徳島県高越山(こうつやま)の別称で、標高1123m、阿波富士とも言われる。当時、海軍の嘱託記者だった浅井将秀氏の書籍にこの説明がある。海軍の外郭団体であった水交社が発行した書籍であり、これが海軍の公式見解だった可能性もある。海軍研究家の福井静夫氏もこの説を採っている。横須賀の説を否定した上で、「海軍に馴染み深い横須賀の衣笠という地名にも通じる奇縁も選考の一助になったのではないか」という私見を述べている。

    ●日産/ステージア 260RS オーテックバージョン'98

    ・パフォーマンスポイント(PP):444
    「別名『GT-Rワゴン』。日産伝説のパワーユニット『RB26DETT』で武装されたモンスターワゴン」
    (車両解説は、上記の「衣笠」と変わらないため、省略)
     太平洋戦争中の武勲艦としての功績があり、それが重巡でもっとも早い第二改造実装に繋がってると思われる。2013年11月13日に改二が実装された。この日は衣笠の戦没日にあたる。改の時に比べて運が若干上昇するが元々の数値20には追いつかない。武勲補正vs戦没補正の結果、微上昇になったようだ。
     改造により開発不可の激レア装備20.3cm(3号)連装砲を持ってきてくれる。他の入手経路は4-3または5-2ボスでのみドロップまたは大型建造で入手できる三隈を30まで育てて改造するしかない。
     公式ツイッターで「ちょっと地味なパワーアップですが」と言われているように、ステータス面での強化はかなり控えめな形に留まっている。索敵ではかろうじて上回るものの、他のステータスでは高雄型の改に劣ってしまう。利根型との比較でも運と燃料消費以外の全てで劣る。もともと古鷹・青葉型は5500トン型巡洋艦の拡大版として計画された、8in砲搭載「軽巡洋艦」の系譜なので、あまり大型になるのは都合が悪かった。なので生粋の重巡である妙高型以降の1万トン巡洋艦にはどう頑張っても火力や装甲では見劣りする。ちなみに青葉型の基準排水量は9,000トン。妙高型13,000トンや高雄型13,400トン、最上型12,200トン、利根型13,300等と比べても二回り以上小さい。軽巡でも大型の阿賀野型は6,600トン、未実装の大淀に到っては8,100トンである。
     では改二まで育てる意味は無いのか、と言われれば答えはNo。彼女の真骨頂は「燃費の良さ」にあり、改二になっても改装前とさほど変わらぬローコストでの運用が可能という懐に優しい艦娘となっている。2013年12月11日のメンテナンスで他の重巡改は全員弾薬消費が低下したため、弾薬に関しては妙高・高雄型よりは優れるものの利根型と同等、古鷹型・青葉改には劣る。
     ただし、実装後のアップデートでちょくちょく重巡の微強化が入ってるのだが、その時に一緒に強化されたりされてなかったりと微妙に不安定。また、2014年1月15日の重巡全体の火力上昇が行われたが、衣笠改二は+2だったにも関わらず青葉改はなんと+6もされた。その結果、青葉との火力差は2まで縮まり、残りの重巡ほぼ全てとは差が開いた。改二とはいったい。とはいえ、こちらは夜戦で効力を発揮する雷装値が高い。一応夜戦での火力では利根型、高雄と愛宕には負けるとはいえ残りの重巡系には勝っている。(僅差ではあるが)

    ■妙高
    ●フォルクスワーゲン/ゴルフ Ⅰ GTI'76

    ・パフォーマンスポイント(PP):379
    「今やロングセラーとなった、ゴルフシリーズの初代」
     ビートルという超ロングセラーモデルの後継車に悩み続けてきたフォルクスワーゲンは、1974年5月、1台のFF車を発表する。このクルマこそが、コンパクトカーというジャンルの先駆けとなったVW ゴルフである。このゴルフはたちまち大人気となり、フォルクスワーゲンはさまざまなバリエーションを生み出していく。その中の1台が、75年のフランクフルトショーで発表されたGTIというスポーツモデルだ。
     このGTIはLSEという2ドアモデルがベースで、1.6L直4SOHCエンジンの圧縮比を9.5までアップ、ボッシュ製フューエルインジェクションを装着し、最高出力110PS/6,100rpm、最大トルク14.0kgfm/5,000rpmというパワーを発揮した。
     モディファイはエンジンだけではない。足まわりにもそれに見合った強化がなされた。ダンパーとスプリングは専用となり、タイヤは175/70R13というワイドタイプに換装。それを収める前後のフェンダーには樹脂製のオーバーフェンダーが装着され、フロントマスクはGTIのアイデアティティとして、その外周が赤いラインで囲まれた。
     ゴルフ GTIは実用性を備えたスポーツモデルとして大ヒットした。レースやラリーでも引っ張りだことなり、GTIクラスというカテゴリーまで生み出してしまう。
     この人気に応え、GTIは進化を続けた。79年にはギアボックスを5速MTへ変更、81年には4ドアボディを追加、さらにモデル末期の82年には1.8Lエンジンを搭載した。
     それまで苦痛や忍耐と背中合わせだったスポーツドライブを、このゴルフGTIは一変させてしまった。その後30年以上に及ぶGTIの歴史は、こうして幕を開けたのである。
     妙高型のネームシップであり他の姉妹艦より若干レア度が高い。姉妹艦は那智、足柄、羽黒が存在している。
     妙高型は平均的な重巡洋艦であるが、4隻を揃える任務がある。これを達成することによる派生任務が第四艦隊開放に必要なので、それをクリアするまでは、大事にしておこう。
    また、妙高・那智・羽黒を含む艦隊で2-5を攻略する任務もある。レア度の差で他の2人より入手し難い妙高を手元に置いて育てておくと楽が出来るかも。
     なお、妙高のみ、最終的に雷撃値が他の妙高型3隻と比べ10高くなる。
     新潟県妙高山からの命名。日本百名山に数えられ、越後富士の愛称も持つ名山である。妙高型の一番艦だが実は3女。那智の方がはるかに先に竣工し、末妹のはずの羽黒も妙高より3ヶ月早く竣工、さらに足柄との年の差はひと月足らずである。扶桑型以降の日本軍のよくあるパターンで艦中主砲状態になっているが、あっちと違い砲塔位置がまとまっているのでそこまで防御がひどい訳ではない。20.3cm連装砲5基を装備。ちなみに三連装砲塔3基にしなかったのは砲塔直撃の際の攻撃力低下が10→8→6となり9→6よりも緩やかだからという説が。彼女たちが相次いで誕生した時、英国議会では「1万トン級巡洋艦に10門も8インチ砲を積めるわけがない、日本は何かごまかしをしてるのではないか?」と議論が沸騰。「日本人は体が小さいから余計に砲が積めるのではないか?」との珍問答まで飛び出した。居住性を切り捨てたのは事実だったが。しばらくして英国海軍は正式に妙高型と古鷹型についてのデータ提供を要求してきたが、日本海軍は断っている。
     彼女以降の重巡は利根筑摩以外全て主砲が連装砲5基で紛らわしいが、見分け方はいろいろある。高雄型とは砲塔配置が同じだが、高雄型は巨大な艦橋を備えているので見分けやすい。最上と似ているが、最上は3番砲塔が高い位置にあるのに対し、妙高は2番砲塔が高い位置にある。米英軍艦に比べ砲撃力・雷撃力ともに上回り、戦闘力だけならとても高いうえ速さも併せ持つ艦だが、日本軍が居住性を重視しなかったため乗り心地が悪かった模様。詳しくは足柄の項で。
     偵察巡洋艦としての役割も求められたため、新造時より航空機運用能力を有する。一方、4番主砲を発射すると爆風で艦載機が破壊される危険性が常に存在した。事実「妙高」はスラバヤ沖海戦で、右舷カタパルトで射出を待っていた艦載機を主砲の爆風で破壊している。その後重巡高雄も主砲斉射で自分の飛行機を吹っ飛ばしてしまっている。戦争前に利根作る時点で気づいてはいたようだがしかし、巡洋艦搭載の水偵は、文字通り艦隊の眼として終戦までちゃんと役に立っている。
     スラバヤ沖海戦では第五戦隊所属の那智・羽黒の弾薬消費により、急遽別働隊の妙高・足柄等が呼び出される。これにより戦場で4姉妹が初めてまともに共闘した。この戦いでは4姉妹を中心として、僚艦と共に英重巡洋艦「エクセター」英駆逐艦「エンカウンター」米駆逐艦「ポープ」を撃沈する。那智と羽黒に関してだけを上げるなら、蘭軽巡洋艦「デ・ロイテル」同艦「ジャワ」を魚雷により撃沈させている。不確定だが羽黒単独が放った魚雷で蘭駆逐艦「コルテノール」を撃沈させるなど、妙高型は十分な戦果を上げている。
     ブーゲンビル島沖海戦では、妹の羽黒と一緒に奮戦した。夜戦の混乱によって初風と衝突したものの、羽黒が姉を庇うべく、単艦で突出し奮戦したお陰で、ことなきを得た。レイテ海戦において、第五戦隊旗艦として羽黒と共にレイテ湾を目指し進撃する。しかし、途上のシブヤン海で空襲により右舷後部に被雷、大破。旗艦を羽黒に委ね単艦で撤退した。レイテ戦後、本土への回航中に米潜水艦「バーゴール」に魚雷を受けて大破、艦尾がほぼ切断され行動不能にされるも、電探を使い主砲と高角砲の砲撃で潜水艦を大破に追い込むという珍しい戦果を上げている。その後は最も危険と言われる海域を羽黒に曳航されて無事にシンガポールに辿り着いている。実に良い姉妹関係と言える。
     自己紹介の最後にある2代目妙高は、アメリカ映画「バトルシップ」に出演している。現実では「こんごう型護衛艦」なのだが、映画内では「あたご型護衛艦」がモデルになっている。なお映画版「亡国のイージス」でも、イージス艦「いそかぜ」役として2代目妙高が出演していたりする。2代目とは言え、妙高さんは意外に人気者のようだ。どちらの作品でも轟沈しているが・・・ついでに映画自身もラズベリー賞をもらって轟沈している髪型はショートカットに見えて長めの髪を後ろで編み込んでいる(シニョン)。5.15事件主犯の三上卓中尉は事件当時妙高乗務であった。
     初代ゴルフですが、安定している操作性を持っており、ノーマル以上の性能を秘めている。サーキット上のラインを微動もずれないというバランス性能がある。だが、姉妹の中ではかなり古産物を使っているため、いつ壊れるか冷や冷やである。

    ●フォルクスワーゲン/GTI ロードスター ビジョン グランツーリスモ

    ・パフォーマンスポイント(PP):616
    「フォルクスワーゲンが現したビジョン グランツーリスモ」
     この「GTI ロードスター ビジョン グランツーリスモ」は、フォルクスワーゲンが培ってきたスポーツマインドの代名詞「GTI」のDNAを受け継ぐ、とっておきのスーパーカーだ。
     そのデザインはGTIの栄光の歴史から成り立っている。あちこちに散りばめられた歴代GTIのデザイン要素は、このクルマの途方もないパフォーマンスの象徴だ。加えて個々のパーツが発する未来的なテイストも、このロードスターのドライビングの高揚感を視覚的に表している。強烈な加速を直接肌で感じるため、低くカットされたウィンドスクリーンなどがその端的な例である。
     心臓部に収まるのは3LツインターボのVR6 TSIエンジン。その最高出力は503HP(510PS)に達するいっぽう、665Nm(67.8kgfm)という絶大なトルクを稼ぎ出す。専用にプログラミングされた7速のデュアルクラッチトランスミッションも、サーキットでの圧倒的な加速と最速のシフトチェンジを実現している。
     ボディ前後には、空力的に最適化されたスポイラーが装着される。リアフェイスに統合されたディフューザーはダウンフォースを生み、4つのタイヤの接地荷重を高める。装着タイヤは20インチでフロントが235/35でリアが275/30。「GTI ロードスター ビジョン グランツーリスモ」はこの前後輪にパワーを伝える4WDで、磐石のトラクション性能を誇る。ストッピングパワーも申し分ない。前後ブレーキにはベンチレーテッド・セラミックディスクが奢られるが、その直径はリアが356mm、フロントは380mmに達する。
     「GTI ロードスター ビジョン グランツーリスモ」のイメージカラーはメタリックレッド。クラシックなGTIレッドをモダナイズした鮮烈なカラーリングである。
     艶やかなエクステリアと圧倒的なテクノロジーが融合し、魅力的で圧倒的なドライビング性能を実現したエクストリームスポーツ。サーキットを走るために生まれたこのマシンのステアリングをひとたび握れば、フォルクスワーゲンが誇る「GTIの世界」を誰もが実感するはずだ。
     2014年7月4日のアップデートにて実装。Lv70で改造可能。同じ妙高型でもよりもやや高い改造レベルとなった。
     改造するとやはり20.3cm(2号)連装砲を持ってくる。やっぱりあの妖精さんは妙高と羽黒だったのだろう。22号対水上電探も持ってくるものの、この改装をする頃には珍しい装備ではないだろう。同日追加された任務で1回のみ22号対水上電探改四が手に入れることができる。こちらは貴重品。非常に小さくわかりづらいが、左胸上部に22号対水上電探を模したと思われるバッジを装備している。
     運が32と中途半端だが、カットインも視野に入れられる数値ではある。 
     ちなみに中破絵は…
     
    この状態はWikipediaに掲載されている写真を見れば判る通り、シンガポール・セレター軍港で防空艦として利用されていた時のもの。着彩カラー写真の通り、白地に濃緑と茶色の斑による迷彩という特徴的なもので、セレター軍港停泊時のものであることからセレター迷彩と呼ばれたりする。昭和19年末、レイテ海戦での損傷修理のため本土へ回航中、潜水艦バーゴールの雷撃と悪天候による波浪のため艦尾を引きちぎられた妙高は、舵とスクリューの大半を失い自力航行能力を喪失。羽黒に曳航されシンガポールへ戻ったものの、翌20年に入って連合艦隊が大型艦による作戦を放棄したため修理は中止された。しかし、機関部は健在だったため、同じく放棄された高雄とともに主砲の三式弾による防空砲台として活用されることになった。迷彩を施された具体的な時期は不明だが、その姿で終戦のその日まで高々度より飛来するB-29にその砲身は向けられたのである。
     イラストをよく見ると主砲の脇にある測距儀が縦長になっているのだが、これも防空砲台時に施された改造のひとつ。対空用にある程度俯仰ができるようにされたのではないかと推察されている。こういう小ネタの再現度は相変わらず高い。
     改造前はわかりにくかった髪型のシニョンが中破絵で後ろを向くようになったので判りやすく描かれている。後ろを向くのはおそらく上述した通り、バーゴールの攻撃によって艦尾を吹き飛ばされたことが原因と思われる。
     任務で新型電探を持ってくるのはこの電探を利用して浮上航行していたバーゴールに対して砲撃を展開、損傷を与えているエピソードからと思われる。
     竣工も7月(31日)なら海没も7月(8日)、そして改二も7月(4日)。文月と仲良くなれるかもしれない。
     夕食に作ってくれる「肉をブランデーでフランベする」カレーは護衛艦みょうこうのカレーレシピ。実際に自分で作ってみるのも面白いかもしれない


    ■那智
    ●フォルクスワーゲン/ゴルフ Ⅳ GTI'01

    ・パフォーマンスポイント(PP):399
    「4代目となり、更なる高みを目指したホットハッチ仕様」
     ゴルフのプレミアム路線は、1998年に登場した4代目から始まった。ボディサイズの拡大だけでなく、品質向上という点でもゴルフⅣは抜きん出ていたのである。高級車並みと評する人がいるほど、4代目ゴルフの質感や精度は高かった。
     その4代目ゴルフに設定されたGTIは、よりグランドツーリングを意識したものになっていた。それは大型化したボディや上質な乗り味による影響もあるが、ハイパワーでも刺激の少ないエンジンのキャラクターも大きい。日本に導入されたGTIには、1.8Lの直列4気筒ターボエンジンが搭載されていた。安全に速く快適に、といったもっと高価なハイパフォーマンスモデルに相当するものに仕上がっていたのだ。
     フラットトルクのターボエンジンは、自在な加速を引き出すことができたが、音もフィーリングもジェントルで、それが一層ゴルフをプレミアムカーとしてアピールしていた。これまで受け継がれてきたGTIのフォーマットも、ゴルフⅣには採用されなかった。赤いステッチもなく、スポーティなメタル調パネルもない。唯一ノーマルよりも低くセットされたシートだけが、それを感じさせた。
     ハンドリングも素直でスムーズ、そして十分な速さを持っていた。とくにステアリングの豊かなフィーリング、徹底的に安定しているブレーキングの姿勢は、極めてレベルの高いものだった。GTIがより幅広いユーザーに評価され、ゴルフの中でも最も人気の高いグレードになっていく、その最初のステップだったともいえる。
     妙高型の二番艦。姉妹艦は妙高、足柄、羽黒が存在している。
     妙高型は平均的な重巡洋艦であるが、4隻を揃えるクエストがある。これをクリアすることによる派生クエストが第四艦隊開放に必要なので、それをクリアするまでは、大事にしておこう。
     2013年12月11日のアップデートにおいて追加されたクエスト『「第5艦隊」を編成せよ!』にも必要となる。
     2014年5月23日のアップデートにて追加された任務『「第五戦隊」を編成せよ!』『「第五戦隊」出撃せよ!』(2-5出撃)にも必要となる。なお、後者はマンスリー任務である。
     2015年1月23日のアップデートでは任務『「那智戦隊」抜錨せよ!』(2-2出撃・那智は旗艦にすることが必須)が追加された。
     む?貴様、その行為は何だ?何かの戦術行動か?……まあいい、では私のことを少し話して聞かせよう、作戦行動ではないから安心しろ。
     私は妙高型重巡の2番艦なのだが、竣工は姉より半年以上早かったのだ。これには事情があってな、昭和天皇即位記念の大観艦式に間に合わせるためだったというんだ。書類上は妙高型だが流石に半年も先に産まれてはな……故に那智型という人もいるんだそうだ。私の名前は和歌山県南部の那智山が由来なのだが、これは個別の山のことではなくて、数々の山の総称なのだ。霧島山系が由来の霧島と同じ感じだな。「My Name is Nachi.  It is not Nazi」ふふ、凄いだろ。大観艦式で英国東洋艦隊の新型巡洋艦が3隻も参列してな、彼女らが話しているのを聞いて勉強したのだ。機械翻訳??なんのことだ?……コホン、それはともかく、たまに言われるがドイツのナチとは綴りも発音も違う。いらん心配はしなくていいぞ。そういえばこのとき、我が軍の士官が英巡洋艦の乗り心地の良さをしきりに話していたな……。の逸話はここから繋がってるのかもしれんな。お召し艦として陛下をお乗せしたこともある。そのときの縁で私の名前を商標にした会社もあるのだ。
     緒戦は妙高型3隻で編成された第5戦隊の旗艦としてスラバヤ沖海戦に参加した。ん?妙高型3隻?ああ、そうか。飢えてる方の妹が最初は居なかったな……。聞いた話では別働隊として暴れてたらしいな。ま、戦況も戦況だ、スラバヤ沖海戦の途中、我が艦隊が弾薬の消耗が激しいため、やむを得ず多忙の足柄も呼んできたんだ。初めて姉妹四人で戦えて、嬉しかったな。いつもオドオドしている方の妹も、あの戦いで武勲を上げてたんだ、姉としても鼻が高いぞ。その後、姉や妹たちと別れて、北方方面担当の第五艦隊旗艦となり、アッツ島沖海戦に参加したんだ、艦隊旗艦だぞ。この戦いはちょっと微妙だったが私は頑張ったのだぞ。
     そういえば、潜水艦に魚雷を二発食らったことがあったよ。あの時は肝を冷やしたが、幸い2本とも不発だった。うむ、私は好運だった。しかしなぜ運が10なんだ?沈んでもおかしくないのに助かったのだ。もうちょっとあってもおかしくないと思うのだが……第五艦隊といえばキスカ島撤収作戦が有名だが……私も参加するはずだったのだ。一回目の出撃で「帰ろう、帰ればまた来られるから」と言って帰ってきた木村提督の督戦役としてな。もう二度とチャンスはなかったのだから当然だ。しかし燃料がなかった、役目は猫みたいな娘に譲ったさ、歴史の証人になれず残念なことをした。
     レイテでは志摩艦隊の旗艦として参加したのだ。貴様ももう気がついただろう?私はどこに行っても旗艦だったのだ。これは誇りにすべきだと思う、故に私は「那智戦隊」と呼ぶのだ。夜間に海峡に突入した時、炎に包まれた複数の船を見た。私の艦橋では、志摩清英中将以下第五艦隊の幕僚達が、「先に突入した西村艦隊が大戦果を上げた!」と喝采をあげていた。だが歓喜の時は長く続かなかった……見張り員の悲鳴にも似た絶叫……「左の炎上する戦艦は扶桑!」「右に燃えながら突っ込んで行くのは山城!」私達は歓喜から一転絶望の淵に叩き落とされた。そんななか、私は西村艦隊の最上と衝突してしまった。仲間たちの仇を討つどころか、被弾して断末魔だった最上に追い打ちをかけてしまった……くっ……戦艦2隻と重巡1隻が致命傷を負う戦場に、重巡と軽巡駆逐艦しかいない我々が突っ込んで何になる?しかも私と阿武隈は傷を負っている……引き返すしか、無かったんだ……は今はマニラ湾で眠っている、807名の将兵とともにな……敵機動部隊の空襲を受けた、それが私の最期だ、最期まで付き従ってくれたには感謝せねばならんな。ああ……艦載機はやはり苦手だな。少し語り過ぎたな……今夜は飲ませてもらおう、貴様も一緒にどうだ?


    ●フォルクスワーゲン/ゴルフ Ⅳ GTI ツーリングカー'01

    ・パフォーマンスポイント(PP):447
    「ワンメイク用に改変、さらに過激なコースに対応したマシンに」
     このモデルは、ゴルフ Ⅳ GTI(2001)を元に、「グランツーリスモ」が独自にチューニングしたオリジナルモデルである。
     以下でベースとなった車両を紹介しよう。
    (ここから先の車両解説は上記の「那智」と変わらない為、省略)
     2015年1月23日のメンテナンスで実装された。
     他の姉妹と同じく(一部違う)2号砲を2つ持ってきてくれる。狼の方は3つ持ってくる
     2015年1月23日のアップデートにて実装。Lv65で改造可能。
     4姉妹での差異を挙げるとするならば、那智は対空と索敵に優れている。
    レイテ沖海戦に於ける索敵戦果を反映しているようである。索敵高いのに最上とゴッツンコしたのは内緒。
     母港ボイスの「達磨」とは、サントリー(当時は寿屋)のウイスキー「オールド」のこと。その瓶の形状からつけられた愛称。オールドは1940年には完成していたものの一般販売は許されず、発売されたのは1950年のことだった。戦中は、海軍の取り計らいで手に入れた麦でウイスキーを造り、海軍へ納入していた。改二実装と同時に実装された家具「日本酒&ウィスキー棚」に、オールドと思われる瓶が置かれている。よく見ると那智の名前でボトルキープが。中破グラが二日酔いにしか見えないとか言うな。
     2号砲2つに魚雷1つを持ち出すこと、また装備はないが22号電探のワッペンを衣装につけていることから、レイテ沖海戦時がモデルと思われる。ちなみに那智は帝国海軍が誇る酸素魚雷の初陣となったスラバヤ沖海戦において羽黒と協同で豪軽巡2隻を雷撃にて撃沈させ、その後の追撃戦で僚艦らと共に英重巡1隻に雷撃で止めを刺している。しかし、その後アッツ島沖海戦では全く命中することもなく、スリガオ海峡夜戦では島影を敵艦と誤認した上に足柄と共に魚雷を発射するなど戦果が得られない苦い思い出もあった。
     姉妹で最も高い対空値は、マニラ湾大空襲における凄絶な奮戦とその最期を反映したものか。詳細は那智の項目の注釈を参照していただきたい。なお、那智艦長鹿岡大佐は「われわれが敵機を引きつけているうちに、必ず神風特攻隊が仇を討ってくれるぞ!」と絶叫して乗員を励まし戦ったが、実際に同日、空母レキシントン搭載機が那智を襲っている間に、第三神風特別攻撃隊白虎隊の零戦がレキシントンの艦橋右舷に突入、損傷を与えている。
     容姿的な差異を挙げるならば、4姉妹の中で唯一ロングブーツを履いている。そもそも、ブーツは当時では半長靴(日本的言い方、今だと長靴)と言って、海軍士官の陸戦時における実用的な履物であった。他の3人が女性らしさが(お世話焼き説教長い秘書やら飢えたフェロモンやら)強いのに対し、実直な軍人たる彼女における女性らしさとも捉えられる。姉妹で襟を正す容姿に反映する事象というと、1929年に当時の今上天皇(昭和天皇)が乗艦(行幸)された艦だからと思われる。当時は実用品であった長靴は、今は栄誉礼やパレードなど、式典に於いて着用される儀丈衣装であり、今の軍に於いては実用的な半長靴がブーツの主流になっている。故に中破時の露出も控えめ。何故だ。
    英国王室でもキャサリン妃など、歴代王女は公式の式典に於いても、宮外では着用している(流石に式典授与などでは履いてはいないのだが)。

    ■足柄
    ●フォルクスワーゲン/ゴルフ Ⅴ GTI'05

    ・パフォーマンスポイント(PP):435
    「Golf史上最強の走りを実現してくれた5代目ジャーマンホットハッチの真髄」
     第5世代のフォルクスワーゲン・ゴルフ。通称ゴルフ Ⅴが登場したのは2003年のフランクフルトショーでのこと。
     最大の特徴は、先代モデルが実現した精度や質感の向上というベクトルをさらに進め、1ランク上のプレミアム感を身に付けることだ。溶接長70mというレーザー溶接を採用してボディ剛性を飛躍的に高めた他、6速ATや直噴ガソリンエンジン、マルチリンクサスペンションといった最新技術を積極的に採用したことが、なによりもそれを物語っている。
     本国でのゴルフ Ⅴは1.4Lから2Lまでのエンジンと3種類の直噴ディーゼルエンジンを搭載するが、忘れてはならないのがスポーツモデルのGTIである。そのプロトタイプは2003年のフランクフルトショーで発表されていたが、ついにその市販バージョンが2004年のパリ・モーターショーで姿を現した。
     GTIのエクステリアは、大型化された専用バンパーがハイライト。そこを覆うハニカムメッシュのグリルと大きな18インチタイヤ、そしてルーフスポイラーもただならぬ雰囲気をアピールしている。テールエンドに見えるマフラーは2本出しだ。
     注目のエンジンは、2L直噴エンジンにターボを組み合わせたもの。その最高出力はこれまでのGTIのスペックをはるかに凌ぐ200PSである。ギアボックスは6速MTに加えて、2ペダルのDSGが用意されている。
     ゴルフ Ⅴが実現した高いシャシー性能があいまって、このGTIは史上まれに見るハイレベルな走りを実現していた。長い歴史と新しいテクノロジーが見事に融合したドイツ製ホットハッチである。
     学の項にもあるように、ジョージ6世戴冠記念の観艦式に出席した際に、「飢えた狼(戦闘力ばかり重視して気品の無い、まるで野獣のようだ…)」「今日私は初めて軍艦を見た。今まで私が見てきたのは客船だった。(我が英国の巡洋艦は客船のような乗り心地だというのに!)」とブリティッシュな皮肉で迎えられてしまった。日本側は褒め言葉と勘違いしたようだが、当時の英の軍事レビューで「強力な艦だが、美しいとはとても言えない」とハッキリ断じられてしまっている。日本だと狼には精悍・孤高などプラスのイメージがあるものの、英国だとぶっちゃけガリガリに痩せこけた野犬と大差ないニュアンスだったりする。花も恥じらう乙女になんて形容しやがるのか…。だからドイツ車を馬鹿にしているのか、イギリスのBCCで放映中のクルマ番組「TopGear」は・・・。こうなってしまった背景には日英のポリシーの違いがあり、曰く、『軍艦なんだから武装重視は当たり前じゃない!客船じゃないんだから、乗り心地がどうとか甘ったれてんじゃないわよ!』、(?)『long cruiseには士気の維持は不可欠デース!戦時にもTEA timeを忘れないheartの余裕が兵士のperformanceを引き出すのデース!』ついでに言うと、帝国海軍の基本戦術は敵(大体どこぞの米帝)を近海に引き込んで地の利と補給の差を活かしての撃滅なので、人殺し長屋やら焼き鳥製造機みたいな拷問部屋でもない限りそこまで問題なかったりする。では何故イギリスの軍艦の居住性が高いかというと、巡洋艦の任務の一つに世界各地に存在する植民地(現在の英連邦の構成国がその名残)の警備があり、長期に渡る航海が基本だったため。どちらも国情を考えれば、自分にとっての正解を引き出している。他の国に当てはめると全然違う評価を生み出すことになるという好例。さらに英国はこの時、足柄の戦闘一辺倒の精悍な見た目によって、植民地での英国海軍の威厳が損なわれることを非常に気にし、わざわざ足柄の寄港先へ更に大きな軍艦を配置しておくという措置をとっている。足柄が一般人の目から見ても明らかに強そうな軍艦だと認めたようなものとも言える。勿論足柄を評価した人物もいる。その一人がフランスの詩人ジャン・コクトー。この話は個人個人の美意識差も兼ねるのでこういう事態になる。「欧米」とひとくくりにされるがアメリカの巡洋艦も居住性は極めて悪い。むしろイギリス式が異端なのである。かつてのイギリス海軍・商船では劣悪な居住性、粗末な食事、横暴な士官などへの不満を原因とした反乱が多発した。そのため水兵の満足度は海軍力に直結すると身をもって痛感していた。(この手の反乱で最も有名なのが映像化もされた、徴用商船バウンティ号での反乱事件)対して他国にはそのような歴史がないため、水兵の満足度にさほど気を使っていなかった。当時のフランス軍艦の居住性は大国では最悪の部類に入ること、そして軍艦とはそうあるべきだと考えていたことをふまえると、居住性の悪さを批判しなかったのは当然ともいえる。ジョージ6世戴冠記念の観艦式に出席するということは当時の日本国内でも大きなニュースになったらしく、その影響からか「足柄行進曲」という「キャラソン」もつくられている。
     居住性が悪いと言われると、乗組員の評判も悪かったと思いがちだがそんなこと苦情まがいは一切なく、彼女を始め重巡は艦隊の花形として乗り組みを希望する人が多かったそうである。居住性が悪いと言ってもそれは欧米と比べての話で、日本海軍で居住性の良い船といえば某ホテルか、その妹の某御殿位のものと思われる。飢えた狼スタイルは彼女に限ったことではないのだ。形は戦艦だろ、と思われるかもしれないが、だのだの地獄だの、挙句の果ては、乗るか首吊るかで悩んでしまうほどの某日産のとか……とにかく、「一国の象徴たる戦艦が生半可であってはならない」と戦艦のシゴキは凄まじく、重巡はまだマシだと言われていたからでもあり……重巡も妹の羽黒から、居住性が改善され、最上型はもう結構快適な居住環境になっていた。
     とまあこんな感じで「飢えた狼」ネタだけが頻繁に語られがちな艦なのだが、開戦から終戦間際まで、主に東南アジア方面で縦横無尽の活躍をした歴戦の名艦であったことを、名誉のために添えておきたい。(詳細は下の戦歴で記載)2014年3月現在、1945年6月8日沈没の足柄が艦これ実装艦のうち、戦時中に沈んだ中で最も遅い沈没艦である。
     艦名の由来は「金太郎」でお馴染みの神奈川県西部にある足柄山である。ただし「足柄山」という単独の峰は無く、箱根の金時山から足柄峠にかけての総称である。現在は2代目となるあたご型イージス護衛艦「あしがら」(DDG-178)が就役中。2014年2月現在、日本のイージス艦としては最新鋭となっている。
     戦歴はと言うと、彼女が勝利に拘るのは自分の多くの経歴から。緒戦のスラバヤ沖海戦から「日本海軍最後の組織的戦闘での勝利」である礼号作戦までずっと戦い続け、勝利を得ていたのである。妙高四姉妹は昭和三~四年(1928~29)に竣工し、第二艦隊の中核兵力であった。昭和十二年(1937)日華事変が始まると、足柄は新設された第四艦隊の旗艦を務めている。スラバヤ沖海戦(1941)では、弾薬の消耗が激しかった姉の那智と妹の羽黒を支援すべく長女や曙・雷と共に戦場に駆けつけ、英重巡「エクセター」及び駆逐艦「エンカウンター」「ポープ」を撃沈している。スラバヤ沖海戦の直後の1942年3月3日には高角砲にて連合軍潜水艦を撃沈した。その後第2南遣艦隊旗艦(第十六戦隊)となり、シンガポール方面で活動する。東南アジア各地の視察・訪問・兵員輸送・巡航・警戒任務に従事、東奔西走した。スリガオ海峡海戦では、絶対劣勢のなかとともに突撃し雷撃を敢行した。撤退中に空襲を受けたものの、ほぼ損失なく帰投している。礼号作戦において、日本海軍が手にした最後の組織的勝利に大いに貢献した。艦載機を飛ばし艦隊の目として探査任務を全うし、B-25の体当たりで炎上、中破したものの、そのままミンドロ島泊地へと挺身殴り込みをかけた。砲雷撃で輸送船1隻を大破炎上させ、さらに海岸へ砲撃を行い、上陸拠点を破壊し物資を焼き払った。帰路、沈んだ清霜の乗員救助のため停止した旗艦霞の退避命令を無視。僚艦と共に襲い来る魚雷艇から彼女を守り抜いた。日本重巡の中でもかなりの武闘派だった。そんな彼女を沈めたのは、何の因果か英国海軍の潜水艦トレンチャントであった。足柄の生存者は、一緒に行動していた駆逐艦神風(未実装)に救助された。雷撃を受けた後も彼女は爆発轟沈せずに持ちこたえたため戦死者が少なく、1200名を超える乗組員と便乗者のほとんどが無事救助されたという。歴戦の誇り高き狼は、乗員の退去を見届けたかのように、静かに眠りについた。神風はその3週間前に、妙高姉妹の末妹羽黒に守られて死地を脱し、彼女の最期を看取りつつその生存者を救出したばかりであった。

    ●フォルクスワーゲン/ゴルフ Ⅴ GTI チューンドカー'05

    ・パフォーマンスポイント(PP):541
    「内容が豊富のおかけで改造された、チューンドカー風のゴルフ」
    (車両解説は上記の「足柄」と変わらない為、省略)
     2014年12月26日のメンテナンスで実装された。この日は足柄の参加した礼号作戦が行われた日でもある。
     妙高と羽黒の改二は2号砲が2つに22号電探が1つだったが、足柄改二の場合は初期装備が2号砲3つのみと、かなり偏る。まさに飢えた狼。
    主砲を3つ装備した状態では夜戦はカットインになってしまうため、連撃を行いたい場合は1つ他の艦に回す事が出来る。ちなみに同じ装備×3個以上を持参する艦娘は初めて。同種なら川内改二の夜戦装備一式や空母系の艦載機等それなりに多いが。
     スカーフの模様は満艦飾に使われた国際信号旗が元ネタか。一番左側は言わずと知れた「皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ、各員一層奮励努力セヨ」のZ旗。そのほか確認できるものはG(本艦は水先案内人を欲す)、L(貴艦はただちに停止せよ)、M(本艦は停止している)、X(本艦の信号に注意せよ)、Y(本艦は走錨中である)など。また左のGとZを合わせて一つの旗旒信号として読んだ場合は「全員救助せり」。礼号作戦で清霜乗員救助に協力した史実を思い起こさせる。

    ■羽黒
    ●フォルクスワーゲン/ゴルフ Ⅵ R'10

    ・パフォーマンスポイント(PP):469
    「あの"GTI"を超えるスポーツグレードが登場。その名も「R」」
     フォルクスワーゲンは主力車種であるゴルフに常にGTIというホットハッチをラインナップし続けてきたが、ゴルフ Ⅳの時代から「R32」という、GTIの上をいく最も高性能なスペシャルモデルを設定した。
     そして2009年、そのR32の後継として、ゴルフ Rをデビューさせる。それまでのR32に搭載されていたエンジンはV型6気筒3.2Lというものだったが、ゴルフ Ⅵに追加されたゴルフ Rは、時代を反映してパワーユニットを直列4気筒2.0LのTSIへとダウンサイジング。それでも最高出力は256PS/6,000rpm、最大トルクは33.7kgfm/2400-5,200rpmと、多気筒&大排気量の先代R32と比べ出力6PS、トルクは1.1kgfm上回るスペックを確保した。燃費性能においても6速DSGミッションとの組み合わせで12.4km/Lと、先代R32から20%以上も向上させている。駆動方式はゴルフ Ⅵとしては初となる4モーション、つまり4WDだ。
     サスペンションやブレーキも入念にチューンナップし直された専用のものが与えられ、また外装では大型化されたアンダースカートや25mm低い車高など、スペシャルな演出もなされている。
     ゴルフ Ⅵの中で最も上質でプレミアムなモデルとなるゴルフ Rだが、併売されるGTIとの最大の違いは、その乗り味。よりパワフルで速いことはもちろん、乗り心地も向上している上、さらに攻め込んでいける安定感を手に入れた。
     ゴルフの最上級スポーツモデル、ゴルフ R。環境性能という時代のニーズに応えながらも、走りのパフォーマンスというクルマ本来の進化を実現するため、あらゆる部分を徹底的に熟成させた、大人のためのスポーツモデルなのである。
     綾波、神通、潮と並んで戦果に対して大人しい性格にされたと言われている一隻。その3隻と共に夕立のような改二が来ると噂されているうちの一隻。しかしその弱気な性格に反し、歴戦の武勲艦である。最前線での迎撃や先制攻撃が主任務である第二艦隊に所属し、太平洋戦争最初の組織的海戦であるスラバヤ沖海戦から、珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦、第二次ソロモン海戦など数々の海戦に参加し、最後の戦闘であるペナン沖海戦まで戦い抜いた。詳細は神通のページを参照されたいが、帝国海軍の編成では戦艦達の燃費が悪すぎる上に速度が遅く前線に出せないので決戦艦隊である第一艦隊を温存するため、第二艦隊が大いにこき使われた実質的な主力として駆け回っていた。実力ある戦隊指令の指揮のもと、ベテラン艦長と豊富な戦闘経験を有した歴戦の乗員達に裏打ちされた実力で、やや旧型艦ながらも危険海域の曳航から強行輸送や艦隊決戦とあらゆる場面に活躍した。現在艦これに登場している中では姉である足柄に次いで遅く、最後から2番目に撃沈された艦である雪風には及ばないものの、常に第一線を張りながら戦果を上げて尚且つ無事に戻ってきた事から、乗務員達の間では幸運の艦羽黒と呼ばれていた。しかし艦これでは運10と実に平凡である。こんなの絶対おかしいよ!設備の関係で旗艦の経験こそ少なかったものの、南西方面部隊の最前線に突撃する巡洋艦部隊の一つ第五戦隊に最初から最後まで在籍した唯一の艦であり、同隊の中心的存在であった。
     後の武蔵と同じく民間の三菱長崎造船所出身のためか、実験的に建設中隣に居た豪華客船「浅間丸」を参考にして内装を施されており、姉3人よりやや居住性が良い。公使運転では妙高型の性能諸元を超えた36.3ktを記録。これは4姉妹中で最速だった。英国方式をやめ日本方式の内装を実装、艦内は明るい緑色に統一するなど、従来の海軍形式を破った艦内艤装は水兵達の中で人気があったらしい。更に旗艦機能は限定的なので、偉いさんが乗り込む心配もなくうわなにをするやめとはいえ、兵装の過剰搭載による居住区の圧倒的狭さは水兵に大きな忍耐を強いており、これの改善には後の大改装を待たなければならなかった。
     第一次改装は1934年(昭和9年)末より着手し、翌年8月末には各艦工事を完成させる。第一次改装は砲撃の強化を主目的に据えて主砲を20cmから20.3cm砲に換装した他、砲塔弾庫関係の改装、シェルター甲板の新設、バルジの装着、対空兵装強化、射撃指揮装置や魚雷発射管の換装、船体補強工事と多岐に渡る。特に航空兵装では射出機を2個装備し、両舷から水偵2機を同時射出可能にしている。
    1938年(昭和14年)1月から同年12月にかけて第二次改装を行っている。こちらも広範囲に渡るが、第二次改装では大型のバルジに換装し、航空、対空、指揮装置と通信能力を更に強化。居住性の改善や防毒設備の改善等も含まれたが、特に雷装は一番力を入れて強化された。第一次改装と第二次改装の間に行われた高雄型の改装の内容を踏まえて改装されたため、この改装で最新鋭の最上型に近い性能となり、偵察巡洋艦としての色が強くなっている。しかし、重量増加に伴い速度は33.3ktまで低下している。この際妙高・足柄には戦闘時旗艦としての通信力強化が図られた。那智・羽黒は非戦闘時旗艦のまま据え置かれた。
     たびたび戦時改装を行い武装を強化している。特にマリアナ海戦の直後には、呉工廠とシンガポールで電探の装備、調整が行われた。名前の由来は山形県の羽黒山。出羽三山の一つであり修験者(山伏)の信仰の場、要は山岳信仰の対象としても有名。長くなるので簡単に戦歴を紹介すると太平洋戦争緒戦のスラバヤ沖海戦で妙高型4姉妹や二水戦、四水戦と参加。敵連合艦隊を撃破しており、ブーゲンビル島沖海戦では日本海軍初と言われる照明弾を利用しての夜戦を決行。優勢な敵巡洋艦部隊に臆することなく主砲全門全開の殴り合いを演じている。その後も様々な任務をしながらも生き延び、かの悪名高いレイテ沖海戦にも参加。僚艦が次々と沈んでいく中で中破こそするものの、逆に敵空母撃沈等の戦果を上げて無事に帰還している。最期は太平洋戦争最後の海戦と言われるペナン沖海戦。輸送任務中に英駆逐艦5隻から包囲され、僚艦を逃がすために囮となり奮戦。攻撃を受けて炎上、傾いた状態でも戦闘続行、総員退去命令後も高角砲を人力で動かしてなお反撃。その状態で1時間あまりも戦闘し力尽きるという壮絶な最期を遂げている。
     文字通り最初から最後まで戦った彼女は前述の通り幸運艦と呼ばれており、実は砲弾を6発も食らっていたのに全部不発だったり、修理のために港を出たら、翌日その港が大空襲にあって残った船は大損害を受けていたり、潜水艦から奇襲を受けたが、避けられないと思った魚雷が何故か途中で浮上。そのせいで速度が落ちて回避できたり、次は飛行機から航空魚雷を受けたが、直撃だと思ったら今度は深すぎて船の真下を通り過ぎていったり等々と言った様々な幸運エピソードを持っている。
     一番新しい・・・ようだが、既に7代目が登場しており、旧型となったゴルフⅥ。姉妹の中では唯一グレード名が違うという、その名も"R"。グランツーリスモシリーズでは、4代目ゴルフに"R32"というグレードがあったが、名前を変えての再登場という形だ。

    ●フォルクスワーゲン/シロッコ GT24 ベースモデル'08

    ・パフォーマンスポイント(PP):543
    「シロッコ・GT24(フォルクスワーゲンモータースポーツ)のベースモデル、それを羽黒がアレンジしたオリジナルマシン」
     このモデルはカラーリングやゼッケンの選択などを楽しむためのベースとなるモデルである。以下に元となったモデルを紹介しよう。
     第3世代のフォルクスワーゲン シロッコは、2006年9月のパリ・モーターショーでコンセプトカーとして「IROC」の名前で展示され、2008年3月のジュネーブショーで市販版が公開された。2代目シロッコの事実上の後継車であったコラードの消滅以来13年ぶりのスポーツクーペ登場のアナウンスに、期待感は高まった。
     欧州での市販開始は同年8月を予定していたが、それ以前の5月にフォルクスワーゲンはシロッコをニュルブルクリンク24時間レースへ参戦させ、そのスポーティなイメージを確立させた。シロッコ GT24と名付けられたそのレーシングカーは、市販版シロッコをベースに開発されたもので、カルロス・サインツやハンス-ヨアヒム・シュトゥックといった往年の名ドライバーがハンドルを握り、話題を呼んだ。
     マシンはボディ前後に大胆な空力パーツを備えていた。そのために全長の数値は227mm長く、18インチのホイールを収めるためにフェンダーも61mm拡大、同時にトレッドも広げられていた。またサスペンション周りにもレース専用のチューニングが施されたことで車高が75mm低くセットされ、そのためプロダクションモデルのシロッコと較べてかなりワイド&ローな印象を見せている。
     搭載されるパワーユニットは2L直噴ターボであるTFSIをベースに325PS/34.7kgfmまでチューンナップされたもので、トランスミッションはフォルクスワーゲンが誇るDSGと組み合わされた。
     出場した2台のシロッコ GT24は総合11位と15位をマーク、クラスでは1-2フィニッシュという結果を残している。
     「幸運の艦・羽黒」と呼ばれていたせいか、運が19と少し高くなっている。史実では幸運艦組確実。運20は終戦時生存・幸運艦組の壁。戦中沈没した中型艦としては限界いっぱいでの運を与えられたと言える(1945年05月戦没)。元々の火力が低い駆逐艦の雪風時雨改二と違って中型艦の重巡である羽黒はゲームではバランス的な事情があるかもしれない。
     幸運艦だけでなく、歴戦の猛者でもあるため、火力が高めに設定されているかもしれない。戦歴については、本人ページをご参照ください。
     グランツーリスモ6初収録され、ニュルブルクリンクの大地を疾走するシロッコ GT24。「どこまで車両を入れる気だよ!?」という突っ込みは無しで。ゴルフⅥから改の時点で変更となったシロッコ。存分に暴れるのに十分な戦闘力があり、苦戦が強いられるニュルブルクリンクでは、彼女のラップタイムは誰も更新できない。

    ■高雄
    ●ランドローバー/レンジローバー イヴォーク クーペ ダイナミック'13

    ・パフォーマンスポイント(PP):---
    「スポーツ性能に特化した、ランドローバー渾身のライノSUV」
     2008年のデトロイトショーで、SUVとは思えないほど低く構えた1台のコンセプトカーがお披露目された。「ランドローバー LRX」と言う名のそのクルマは、これまでの同社のモデルの四角い箱というイメージとは次元の異なるデザインコンシャスなスタイリングを持っており、世界中から喝采の声を集めたのだった。
     その「LRX」のルックスを再現したクロスオーバーSUVが、レンジローバーイヴォークである。
     イヴォークの発注のほとんどが5ドアになることを承知しながら、あえて3ドアクーペも用意するほどスタイルにこだわりを持っている。いっぽうで、当然ながらランドローバー社の絶対条件である高いオフロード性能の確保も必至である。そのため、同社で最もコンパクトなフリーランダー2のプラットフォームをベースに約90%のパーツを新設計することで、車高の低さとフロア下のクリアランスの両面をクリアした。
     パワーユニットは直列4気筒の2L直噴ターボで240PS/34.7kgfmを発揮。レンジローバー・ブランド最軽量となる1,730kgのボディを、まるでスポーツカーみたいに気持よく走らせる。軽快なフットワークを見せるのも、イヴォークのもうひとつの特徴だ。
     グレードはシンプルなPure、レザーとウッドの豪華な内装を持つPrestige、そして20インチホイールを履くスポーツグレードのDynamicの3タイプ。Dynamicはサスペンションのセッティングもスポーツ寄りで、オンロードを最も楽しく走れるモデルでもある。
     2011年の市販開始と同時に、イヴォークは世界中で多数のバックオーダーを抱える人気車種となった。
     高雄型は初期状態の重巡において最高クラスのステータスを持っているため、序盤の即戦力として申し分ない働きを期待できる。また各艦とも、改造後はいずれかのステータスにおいて重巡トップの数値を持つ特長がある。
     この高雄と妹の愛宕は、改造・改修後の耐久と火力・雷装で重巡最高値を誇り、装甲も二番手に位置する。1月15日のアップデートによって重巡全体の火力が微増されたが、高雄と愛宕は+2、摩耶と鳥海は+3されたため、僅差ながら火力トップは妹たちに譲ることとなった。雷装の値は妹2人より高い。史実において設計変更がなされたためか。妹の摩耶鳥海は複数の編成・出撃クエストで要求される。どちらも育てておいて損はない。
     対空値は平凡だが、艦隊の装備次第で空母ヲ級フラグシップ程度なら艦載機を全滅させることも十分に可能である。だが実のところ迎撃に成功しさえすれば、開幕航空戦において簡単に装甲を貫かれることは無い。駆逐艦など装甲の薄い艦を同時に運用しない限り、対空兵装を載せる必要は無いだろう。
     高雄型4姉妹を必要とする任務が2つ存在するため、解体する際には注意すること。
     こんにちは、高雄です!名前は京都府の高雄山からで、台湾の高雄市とは関係ありません(こちらは現地語の当て字に過ぎない)。よくチョコレートの原料である"カカオ"って呼ばれますが…気にしてません!
     この艦名は「愛宕」とともにワシントン軍縮条約を受けて解体された天城型巡洋戦艦の3、4番艦――つまり赤城さんの妹から受け継いだものです。幻の41cm砲搭載型巡洋戦艦と同じ。期待されていたのですよ。
     恥ずかしいけど、例のアレがデカいって言われます。詳しくはの項を読んでね。本当はあちらのほうがお姉さんだし(先代も同じ)。ちょっと付け足しておきますと、足柄姉さんの言うとおり妙高型って居住性が悪いし、指揮設備などももの足りないって理由で私のは大きくされちゃったの。煙路の上にも艦橋設備を被せたせいでもありますけれど。
     後部砲塔を使うと爆風で艦載機が壊れそうになるの(事実、破壊した)。利根ちゃんのあの形は、この反省を生かしてるのよ。B-29を撃墜したこともあります。ちょっと自慢です。こう見えて、結構戦果をあげているのですよ。
     グランツーリスモではやっとプレミアムカーとして新収録されたランドローバー社のSUVクーペ、レンジローバー イヴォーク。SUVクーペというジャンルに位置づけされている事で、更なる存在感を大きくした。その上、スポーツ性能と悪路走破性により、無類の最恐を手にした。
     高雄が持つイヴォークは、重巡洋艦の中で唯一のSUVクラスのクルマであり、重量もある。その重量すら感じさせない走行を見せてくれる。さすが愛宕のお姉さんと言ったとこか。更にアンダーを出さないように調整がなされて、無理な突っ込みでもコントロールを失わない。ダートだろうと挙動を乱さず、ロードブロックにも適材である。

    ■愛宕
    ●ダッジ/チャージャー SRT8'11

    ・パフォーマンスポイント(PP):---
    「目には目を、歯には歯を、アメ車にはアメ車を!」
     1960年代に始まり、たちまちアメリカを席巻したマッスルカーブーム。フォード マスタングやシボレー カマロがパワーウォーズを繰り広げる中、クライスラーが放ったのがダッジ チャージャーであった。
     ストリートドラッグからNASCAR、果ては銀幕でも活躍したチャージャーは時代を象徴する人気車種に成長した。だが1970年代、オイルショックを切掛けにブームは終焉を迎え、惜しまれながらチャージャーも生産を終了する。
     そして、2005年。再び伝説が帰ってきた。1980年代、FFモデルにその名が付けられた事があったが、それはチャージャーとは名ばかりのコンパクトモデル。21世紀の新生チャージャーは、全長5メートル超えの迫力あるボディを纏っての本格復帰である。
     クライスラー系スポーティブランドであるダッジにとって、チューンナップモデルの販売はお約束。期待を裏切ることなくラインナップされたSRT8は、同社のハイパフォーマンスカー開発プロジェクトで誕生したパワフルな4ドアクーペだった。
     心臓部として選ばれたのは6.1LのOHV。実に431PSをたたき出すV8エンジンには、往年のクライスラー系チューンドエンジンとしてあまりにも有名な「HEMI」の名を冠された。
     伝説の名エンジンの血を引くハイパワーユニットを装備し、現代の車としての快適性をも兼ね備えている新生チャージャーは、パワーが正義だった時代のスピリットを今に受け継ぎ、分厚いトルクが味わえるアメリカンなセダンとして、新旧のダッジファン以外も巻き込んだ人気車種となったのである。
     愛称はおっぱい怪獣アタゴン
     愛宕は初期状態の重巡において、姉妹ともども最高クラスのステータスを誇る。
     戦闘を含めた2つのクエストで必要となるので、解体する際には注意しよう。
     ドロップでは2-1BOSS以降から登場するようになるが、羅針盤、そして愛宕以外のドロップに阻まれまくるのが難点。2-4-1や3-2-1といった経験値稼ぎのお世話になるMAPでも登場するため、そちらから狙うほうがよいと思われる。
     \パンパカパーン/や胸部装甲の印象がとても強いが、実能力も優秀な部類。姉の高雄共々、改造・改修後の耐久と火力・雷装は重巡カテゴリの中で最高値を誇り、装甲も二番手に位置する。
    ちなみに妹分の摩耶は対空特化と言う強みを持っているので、そちらも知っておくといいかも。2013年10月16日のアップデート以前は、火力が重巡カテゴリの中では二番手(純粋な重巡のみなら最高値)だった。重巡の上方修正によって装甲は利根型に若干差をつけられてしまった。2014年01月15日のアップデートにより重巡が再び強化。愛宕自身も強化はされたが、火力トップの座は妹の摩耶と鳥海に譲ることとなった。
     書類上では高雄型2番艦なのだが、起工は同時で愛宕の方が先に竣工しているので実は最初の高雄型だったりする。そのため高雄型ではなく愛宕型と呼ばれたりすることも。ちなみに帝国海軍はこのパターンが異様に多い。名称の由来は京都の「愛宕山」であり、高雄型重巡は三代目となる。ただし二代目は赤城と同じ「天城型巡洋戦艦」として建造されるも、軍縮により進水を迎えることなく解体されている。余談だが「愛宕」と名の付く山は日本各地に存在しており、その殆どが、京都の愛宕山頂にある愛宕神社(霊験は防火防災)の分霊を祀る神社があることに由来する。ゲーム「久遠の絆(及びそのリメイク作品)」において、最終決戦の舞台となったのもこの京都の「愛宕山」である。京都の他には、鉄道唱歌に歌われた東京都の愛宕山が有名所だろうか。
    この「愛宕」も現在の「あたご」も艦内神社は京都の愛宕神社から分祀を受けている。
     本人曰く「バランスがとれたボディ」だが、実物の写真をみるとナイスバディのそれのごとく艦の中央に艦橋が聳え立っている。だが、その大きなモノが実際の提督たちにも好評だったらしい。歴史上でも旗艦になった回数がやたら多く、史実でも提督たちの嫁。それも霧島だの大和だの戦艦たちを差し置いてである。理想の第二艦隊旗艦にするべく「前の艦(妙高型)より艦隊指揮能力を高めたい」という要求があり、艦橋を煙突の一部に乗せて格納するように拡大し、指揮設備を設えたためである。この構造はバイタルパート(装甲を施す必要のある部分)を縮められ、艦を軽量化しやすいメリットもあった。結果、床面積は妙高の三倍に。何ということでしょう!しかし実際には兵員の休憩室や用途不明の様々な倉庫にされ、ろくに使われない場所も多かったとか。なお、竣工時はさらにデカかった。果たして各国の造船技術者から酷評された挙句、心配されたとおり実戦(第一次ソロモン海海戦)で鳥海が艦橋に直撃弾を食らっている。ただ重量や被弾を考慮されてはいて、城塞のような重厚な見た目とは裏腹にペラペラな部分が多かった。ところどころペコンペコンするので士官が驚いたという話も。なまじ厚いと徹甲弾が命中した際炸裂してしまうが、薄くしておけば貫通するだけでかえって被害を抑えられるのである。第四艦隊事件以後被弾率や重量が問題視され最上利根の艦橋は小さくまとめられた。だが大きくなくても直撃弾を食らった艦は結構あるため、実のところ致命的な問題ではなかったという見解もある。しかし現代人から見ると違和感は覚えないデザインに関してはむしろ相当カッコイイ。薄々気づいている提督は多いと思われるが…そう、高雄型の艦橋は現代でいうイージス艦のそれにそっくりなのである! …というかイージス艦「こんごう」は建造中、ジェーン海軍年鑑に「高雄型」と書かれてたりする。現代は長距離からの誘導兵器が主流のため艦橋がでかいかどうかは被弾率にあまり関係なく、運用上の利便が取られるということもあるが、とにかくある意味早すぎた運用思想とデザインといえる。
    なおカッコイイと感じるのは外国人も同じらしく、高雄型は海外でも人気がある。それどころか戦前でも一般大衆に人気があった。長門型や赤城の次くらいに人気の艦で、海軍の新兵募集ポスターにも艦橋部分を撮った写真が採用されている。
     先代と比べ居住性も改善された。特に居住区の通風について念入りに設計されたこともあり、エアコンこそ無いものの真夏でもよく眠れる船だったという。食事も美味しかったらしく、開戦直前の昭和16年の9月から12月の間、わずか3ヶ月で乗員は平均420グラム太っていたという。開戦直前の忙しい上に神経を使う時期に、平均でこれだけ太るというのは相当なことである。これがフルーツポンチ?美味しいわね!
    ただ、前述のとおり艦橋の中に煙路が通っていたため、その周りの部屋は常に灼熱地獄だったらしい。その灼熱地獄に部屋を割り当てられたのが巡洋艦戦隊の司令部の偉いさんたち。栗田提督がレイテ海戦で愛宕を旗艦にすることを渋った理由の一つかも知れない。
     本人が大きいと主張する(燃料)タンクは言うほど大きくない。改装後の重油搭載量は鳥海摩耶より少ないし、重巡で一番多いのは利根筑摩それどころかあのフルフラット軽空母のほうが重油搭載量が多い。彼女が言っているのはいわゆるミルクタンクのことでは
     摩耶・鳥海より雷撃値が10高いのは、高雄と愛宕は艦橋の工事と同時に大改装が施され、8門→16門と雷撃力が上がっているのが元。
     夜の戦いは得意らしいが、史実では夜戦が得意なのは鳥海であって、第三次ソロモン海海戦では最近の研究によると対サウスダコタでも高雄と2隻がかりの砲撃で霧島1隻の命中弾数に負けているらしかったり彼女がぶっぱなした魚雷は先っぽ信管が敏感すぎたため早爆、攻撃に失敗していたりとはっきり言って微妙。つまり夜の戦いとは戦闘のことではないようだ。ということはやっぱり……?
    ただしゲーム内では鳥海より夜戦に強く全艦中最強クラス。
     書類上は彼女たちが最後の重巡。最上や利根は主砲を換装しただけで、本来は15.5cm砲装備の軽巡扱いだった。
     レイテ沖海戦では大和すら差し置いて栗田艦隊の旗艦になっていたが、米潜水艦ダーター(Darter:SS-227)から魚雷4本を食らいわずか20分で沈没。これがレイテの悲劇が始まるきっかけとなる。敵からも大モテだったらしい。
    愛宕ちゃんに乗っていた艦隊司令部が大和さんに移された結果、大和戦闘艦橋には、右側に栗田を中心とする艦隊司令部が、左側に宇垣の第一戦隊司令部が陣取り、異様な空気が漂ったという。自己紹介では「ま、そんなこともあるわよね」と流しているが、公式4コマ12話では味方の潜水艦達の挨拶に対し、凄む摩耶の後ろで無言のまま彼女らを睨み付けるという、けんもほろろな返答だった。
     出撃時の台詞である「ヨーソロー」とは航海用語で船を直進させるという操舵号令のひとつであり、漢字で宜候(よう・そうろう)と書く。
    ちなみに今の海上自衛隊でも使われており、そこでは「了解」や「問題なし」の意味で復唱されている。
     現在は海上自衛隊のあたご型護衛艦としてその名前が受け継がれている。こんごう型に次ぐイージスシステム搭載(イージス艦)のミサイル護衛艦であるが、こんごう型のイージスシステムが改修されたため、こちらは若干システムが古くなっている。予算が下り次第、あたご型のイージスシステムも順次改修予定となっている。一方でこんごう型では離発着の対応のみだった、ヘリの艦載に対応、艦隊指揮機能や居住性も強化したため、戦後の戦闘艦で初めて満載1万t(推定)に達することとなった。米軍のタイコンデロガ級巡洋艦より大きく、韓国の世宗大王級(満載10,290t)就役までは世界最大のイージス艦であった。ちなみに、最終的に「あたご」と命名された艦名の候補として、「ながと」と「ゆきかぜ」も上がっていたが、いずれも見送られている。尚、あたご型は「あしがら」に続く2隻の追加増備が決定しており、全4隻のシリーズとなる予定である。是非「彼女たち」を復活させてあげてください。
    と、おもったら新型はあたご型の基準排水量7700トンから、8200トンに拡大されるっぽい。
     今やアメリカの警察でカーチェイスなど活躍されているチャージャー。警察に採用されたのは3代目(グランツーリスモシリーズでは未収録、ニード・フォー・スピードシリーズでは"ホット・パースート"から2012年販売の"モスト・ウォンテッド(※)"まで収録されていた)からで、その前はイントレビットという前輪駆動のスポーツクーペが採用されていた。しかし、経営不振などでベース車ごと生産中止になったことになった。

    ■摩耶
    ●スバル/レガシィ ツーリングワゴン GT-B'96

    ・パフォーマンスポイント(PP):452
    「グランツーリスモ初代から登場している、皆勤賞車」
     約4年に渡って販売された初代レガシィのあとを受け、2代目のレガシィが登場したのは1993年10月のこと。
     この2代目レガシィも、初代同様セダンとツーリングワゴンをラインナップした。初代ツーリングワゴンの爆発的ヒットによって、2代目ではツーリングワゴンがメイン車種となり、セダンモデルはやや脇役的存在となっている。
     2代目レガシィ ツーリングワゴンのトップグレードに位置したのはやはりGTだ。そのエンジンが2Lの水平対向4気筒ターボであることは初代と同じだが、ターボはシングルタイプから2ステージツインターボへと改められた。これによりターボの過給効率が上がり、出力は250PS/31.5kgfmまでパワーアップされている。
     2代目レガシィ ツーリングワゴンのハイライトは、96年6月のマイナーチェンジでデビューしたGT-Bだ。レガシィの歴史において初めて280PSを達成したのがこのGT-Bで、その動力性能は当時のワゴンとして圧倒的なものだった。
     そこには優れたシャシーもひと役買っていた。GT-BのBとはビルシュタインの頭文字だが、このビルシュタイン製の倒立式ダンパーは、元々高いレガシィのボディ剛性とあいまって、絶妙の乗り味を生み出したのである。
     このGT-Bは、当時としては画期的な17インチホイールを装着していたこともあって、走り好きのユーザーへ絶大なアピール力を示した。ちなみに、このGT-Bとまったく同じ進化を経たセダンがRSだ。GT-Bの影に隠れたマニアックな存在だったが、このクルマこそが3代目レガシィで花開くB4の基礎となるのである。
     名前の元となったのは神戸市にある六甲山系の摩耶山。建造されたのも神戸市の神戸川崎造船所で、妙に神戸に縁のある重巡である。高雄型は次女までと三女以降で絵師が違うが、これは友鶴事件の影響で高雄と愛宕の艦橋構造体が小型化されたのが由来。ついでに言うと、重巡のうち摩耶と鳥海だけは近代化改装を行わずに太平洋戦争開戦を迎えた。順番が回る前に戦争が始まってしまったのだ。
     史実ではトラック基地などでしばしば大和の傍らにいた。愛宕が提督の嫁なら摩耶は大和の嫁だった疑惑あり。初期の南方作戦で敵艦拿捕・撃沈などの戦果を挙げたが、アッツ島沖海戦では、敵を見間違えるわ主砲射撃のデータを取り違えるわ、挙句の果てに残弾数を間違えて残弾なしと勘違いするわと、ありえないほど立て続けにミスを犯している。
     レイテ沖海戦に参加した1944年10月23日、パラワン水道で米潜水艦デース(Dace:SS-247)(「スバル勢の私は無関係デース!」)に奇襲され、左舷に4発被雷し、駆逐艦なみのわずか8分で撃沈。救助されたクルーは駆逐艦「秋霜」経由で武蔵に移乗し、対空迎撃等に参加している。マッハで沈んだ割には全乗員の7割が救助されたが、その後のなんやかんやで最終的な生存者は600人ちょっと。轟沈時の戦死者に、東郷平八郎元帥の孫である東郷良一少尉が含まれていた。
     当時僚艦だった高雄愛宕は、摩耶が沈んだ同じ日にデースと組んでいた米潜水艦ダーター(Darter:SS-227)に少し前に雷撃され、愛宕(午前06時33分被雷)沈没 高雄(午前06時34分被雷)大破 摩耶(午前06時57分被雷)沈没。第4戦隊が一瞬で壊滅状態に陥ったこの事件は「パラワン水道の悲劇」とも言われる・・・潜水艦が苦手と言っているのはこのためだが、つくづく潜水艦と相性の悪い姉妹である。また鳥海はその2日後の25日、米空母艦載機の攻撃により沈没。たった2日で姉妹艦4隻のうち3隻が沈んだ。そんな経緯もあってか、公式Webの4コマでは味方の潜水艦の挨拶に対し、喧嘩腰で凄んでみせるという振る舞いに。その後ろで無言のまま彼女らを睨み付けていた愛宕ともども、拭い難いトラウマになっているようである。
     千歳弥生皐月榛名深雪と並び艦「娘」の名前として違和感のない艦第一位。元ネタは女性(釈尊の生母)の名ですからよく「麻耶」と書かれるが…略記のようなもん。細けぇこたぁいいんだよ。加古「アタシ、ひょっとして女の子扱いされてない!?」「気にしたら負けだよ」
     映画『火垂るの墓』の主人公・清太の父は、本艦の乗組員として設定されている。
     2代目のレガシィ ツーリングワゴン。初代と違って丸みに帯びたデザインを越したものである。大ヒットし、拡大的にレガシィの名を長くしてくれた一台と思う。彼女の持つレガシィ ツーリングワゴンは、少々荒い運転をするようだが、検挙率も大幅にアップしてくれそうだ。

    ●フォード/マスタング V8 GT クーペ プレミアム チューンドカー'07

    ・パフォーマンスポイント(PP):600
    「活気あふれる、初代をリスペクトしたマスタング」
     アメリカを代表するスポーツクーペであるマスタングは、ロングセラーとなった初代から少しずつ方向変換を続け、ラグジュアリーなキャラクターを感じさせるものに変化していた。しかし2005年に登場した新型は、フォードがスタートさせた「リビング・レジェンド」戦略に基づき、人気の高い初代モデルを意識したデザインへと生まれ変わった。逆スラントのフロントノーズや、バランスの良いファストバックスタイル、ブラックのレザーをフィーチャーしたインテリアなど、初代モデルがそのまま現代の技術でよみがえったのだ。
     クラシックロマンなエクステリアに対して、中味のメカニズムは最新スペックだ。新規開発のプラットフォームを採用し、サスペンションも新設計。オールアルミのエンジンは4LのV6と4.6LのV8の2種類が用意され、いずれも5速ATと5速MTが組み合わされる。ただし、日本へは5速ATのみが設定されている。
     GTはV8を搭載する上級グレードで、304PSのパワーを使った高性能が魅力だ。アメリカV8特有のビート感、エキゾーストサウンドがさらに気分を盛り上げてくれるし、チューニングにも力が注がれている。もちろん燃費にも配慮がされて、可変バルブタイミングが採用されている。
     特に最新のシャシーによるハンドリングは、そのアメリカンV8と同じくらい楽しむことができるものに仕上がった。運転すれば大きな体格を感じさせないボディ剛性を持ち、操作系もリアリティを感じながら操作することができる。もはや真っ直ぐだけ速ければいい、というクルマではなくなった。
     2015年03月13日実装。改装レベル75とかなり高めの数値を要求されるが、それに見合うものを持ってくる。初期装備は20.3cm(2号)連装砲94式高射装置、新装備の25mm三連装機銃 集中配備12.7cm連装高角砲。94式91式高射装置からの装備改修と吹雪改二に次ぐ三つ目の入手方法である。
     改修MAXの対空値は驚異の106であの大和改を超える。この値を上回るのは秋月改の116のみと、対空番長の面目躍如と言える。
    改と比較すると火力最大値が1落ちているが雷装値は上昇(+15)しており、全体的な火力は向上している。特に夜戦においては純粋な向上(147→161)。
     高角砲と25mm三連装機銃 集中配備を装備することで専用対空カットインが発動できる。摩耶摩耶改を含む他の艦では不可。詳しくは対空カットイン射撃を参照。
    25mm三連装機銃 集中配備 は高射装置よりも高い対空値を持つため、摩耶改二で高射装置単体を装備させる時は集中配備の方がお勧めできる。
     弾着観測射撃を捨てて対空カットインに専念させる場合は、主砲+高角砲+集中配備+対空電探 が挙げられる。この組み合わせでは、対空カットインの発動率を上げつつ夜戦連撃が可能である。
    ちなみに12.7cm高角砲+高射装置+25mm三連装機銃 集中配備+いずれかの機銃+対空電探で対空カットイン装備構成3種という完全に対空凶にすることも可能。巡洋艦なので、対空電探にFuMO25 レーダーも搭載可能、このため弾着や夜戦特殊攻撃を全て捨てれば秋月以上の成果が望めるかも知れない。最も素でも夜戦火力161なので当たればそれなりの敵なら倒す事はできる。当たればだが
     また、改修工廠にて摩耶改二をサポート艦にすると、94式高射装置を同日実装の高角副砲「12.7cm高角砲+高射装置」(通称摩耶砲)に改造できる。現状入手方法はこの1つのみ。この装備を含めた、主砲+12.7cm高角砲(高射装置)+対空電探+偵察機 の組み合わせに限り、対空カットインをこなしつつ弾着観測射撃で1.1倍の主副カットと1.2倍の主電カットの両方を発動可能。1.2倍×2回の昼連撃からの火力低下は否めないが、それでも駆逐艦や対空カットイン+昼連撃の大淀とは段違いの耐久力や火力なので、高火力を維持したまま対空カットインを狙う必要がある場合に有効。他の重巡、航巡等でも可能ではあるが、兼任は対空値で秀でる摩耶改二が適任と言える。
     近代化改装により防空巡洋艦となった摩耶改二でさえ不可能であるため、重巡洋艦以上での昼連撃+対空カットイン実装の可能性は大変低くなったと思われる。もっとも、できたらそれはそれで問題だったかもしれないが。
     火力こそ鳥海改二にはさすがに劣るものの対空で他を圧倒している。
     運用コストが重巡系列の中ではやや大きい。と言っても燃費は横並びで弾薬消費が5増えたのみなので、何百周もの周回に連れまわさない限りは気になるような差でもない。
     損傷修理を兼ねた改装で、主砲を1基下ろし、高角砲を換装・増備し、12.7cm連装高角砲6基12門、25mm三連装機銃13基39挺、単装9挺、13mm単装機銃36挺という対空兵装となった摩耶。あ号作戦後にはさらなる機銃の増備を受け、最終的な25mm機銃搭載数は実に66挺。まさに防空巡洋艦と呼ぶにふさわしいハリネズミのような姿であった。模型のアオシマは摩耶のプラモデル発売に際し、その姿をこう讃えている。「洋上の対空要塞」ついでに兵装の増設で悪化した復元性を向上させるためにバイタルパート全体を覆うほどの大型バルジを増設し排水量1万3000t級から1万5200tまで増加し彼女は日本最大の重巡洋艦となった。プロポーションに磨きをかけて胸部装甲も強化しかし、その対空改装が活躍した機会は実質的にあ号作戦のみであった。あ号作戦後に行われた最終改装に至っては、レイテ沖海戦で対空戦闘を経ることなく潜水艦によって撃沈されたため、その真価を発揮する機会なく終わったのだった。
     またこの改装によって魚雷が連装4基から4連装4基に強化されている。
    腰の艤装に魚雷発射管が格納されているのが中破時のイラストでわかる。
     スカートの赤い紐の結び目は「菊結び」ないし「吉祥結び」と思われる。どちらもおめでたい意味や健康安全、そして長命を祈る意味のある結び方。おそらく菊花紋章にかけて菊結び
     制服のデザインが姉達のものに近くなっており、色違いの同じ帽子をかぶっている。

    ■鳥海
    ●スバル/レガシィ ツーリングワゴン 2.0GT スペック.B'03

    ・パフォーマンスポイント(PP):462
    「4代目となり、グランドツーリング性能を極めたワゴンクラスのキング」
     2003年5月、スバル レガシィが4代目へと進化した。
     4代目レガシィのトピックはなんといっても、3ナンバーサイズのボディを得たことだ。これによりデザインや足まわりの自由度が高まり、詰め込み感のあったフォルムから解放された。同時に5ナンバーサイズで対応してきた安全基準からも解放されたため、ボディ内の補強などが不要となり、先代に比べて最大100kgもの軽量化を実現した。
     搭載エンジンも進化を果たした。排気系には等長・等爆の新しいエキゾーストマニホールドを採用し、スムーズさと静粛性が格段に向上。ツインターボに別れを告げシングルターボとしたことで、低中速域でのトルクやレスポンスも向上している。自然吸気モデルに力を入れて開発したため、これまでは注目されなかった2L SOHCモデルなども、独自の魅力を放つようになった。
     この4代目からセダンとツーリングワゴンのグレード名が共通となり、ターボ系はGT、NA系はRを名乗るようになったことも新しい。スポーツ系のトップグレードはセダン、ワゴンともに2.0GT スペック.B。ビルシュタイン製のダンパーを備え、レガシィ初の18インチタイヤを装着した硬派なモデルだ。
     2003年9月には、ポルシェから技術協力を得て誕生した3.0Rシリーズを追加。250PS、31kgfmを発生するこのモデルは、世界的なプレミアムブランドを目指すスバルを象徴する、本格的なセダン、ワゴンという評価を得た。
     結局4代目レガシィは2009年まで生産され、ほぼ6年間に渡って、スバルのフラッグシップの座を守ったのである。
     高雄型4番艦にして書類上は日本最後の重巡洋艦。名前の由来は鳥海山。山形・秋田の両県にまたがる活火山である。愛称は出羽富士など。高雄型でも数々の武勲を上げた艦で、公式漫画の31話では重巡でも一番活躍した「かもしれない」とまで評されている。姉妹の中で唯一改装を受けていないので性能自体は最弱。にも拘わらず一番活躍したのだから改装の意味とは…
     ひとつ上の姉も開戦までに改装が間に合わなかったが、防空巡洋艦化の際に色々近代化されている。しかし鳥海は本当に手つかずに近く、艦橋どころか航空艤装も魚雷発射管も旧型のまま。高角砲もテンプレ装備ではなく、旧式の12cm単装高角砲から更新されないままで生涯を戦い抜いた。
     高雄型として指揮系統に優れていた鳥海は旗艦を務める事が多く、ビルマ攻略作戦への補給作戦やベンガル湾での通商破壊作戦などで艦隊を率いて武勲を収めた。その中でも特に華々しいのが第1次ソロモン海戦での活躍だろう。フロリダ諸島の戦いにて日本軍は米軍の奇襲上陸作戦によりガダナルカナル島及びツラギ島を失ってしまう。これの反攻作戦として即席戦力での殴り込みが立案され、鳥海はこのため急ごしらえで編成された第八艦隊の旗艦として参加した。闇に紛れ輸送船団を狙い泊地へと突撃した艦隊は索敵網を掻い潜り奇襲に成功。その後も混乱する米豪連合艦隊に反撃の隙を与えずフルボッコにし、被害を最小限に留めつつ敵の重巡4隻と駆逐艦1隻を沈める戦果を上げた。帰り際、潜水艦に加古が沈められてしまったので損害ゼロとまではいかないが、数ある海戦の中でも希に見る大勝利であったことは間違いないだろう。S・E・モリソンはこの夜襲作戦を指し「アメリカ海軍のこれまで経験したことのある最悪の海戦のひとつである」と称している。米海軍にとっては一方的にボコボコにされた分、あいつらよりもよっぽど悪夢だったのではないだろうか。これだからこのゲームの大型艦メガネどもは…同じ声同じ眼鏡である自称頭脳派は違い、旗艦として理想的な戦闘を行うことが出来た本艦はれっきとした頭脳派と言える。しかしながら、その頭脳が逆に作戦を失敗に導いたと考えられるのは皮肉であろう。というのも第一次ソロモン海戦はその華々しい戦果と裏腹に「戦術上はパーフェクト」などという奥歯に物が挟まったような表現をされることが多い。なぜなら戦闘は大勝利でも、輸送船団を叩くという本来の作戦は大失敗だったからである。以下長くなったのでさらなるソロモン海戦についての記述は折りたたみ部をご覧いただきたい。
     奇襲を成功させた後、艦隊は一度湾外に離脱した。この際、鳥海の艦長早川大佐が反転、再突入し輸送船団を撃破の進言をするも却下される。当時の第八艦隊司令長官三川軍一中将は「輸送船団を攻撃し離脱が遅れたら、翌朝空襲を受け艦隊が壊滅する虞(おそれ)がある」という懸念を抱いていたからだ。結局艦隊は当初の目的を果たさぬまま撤退することとなる。
    この判断は十分な説得力をもつ、実はそのとき敵空母はいなくなっていたのだが、ガダルカナル泊地を後にする三川艦隊にそんなことを知る術はなかった。しかし連合艦隊司令部は敵輸送船団を見逃したことを問題視し、山本五十六もこの戦績に激怒したという。その怒り様は一時は勲章の授与をなしにしようと考えていたほどだったらしい。その後ソロモン海域での戦闘は大消耗戦となり、結果日本軍はガダルカナル島から撤退。日本海軍の補給路断絶についての理解不足がここでも浮き彫りとなったのである。・・・とここまでは当時日本海軍からの視点で語ってきた。しかしながら結果から考えるならば、戦略的に大失敗とは言い切れない。というのも残された連合軍の輸送船団は翌朝残った物資の揚陸を行わず撤退していたからである。加古艦載機のツルギ泊地への吊光投弾投下や奇襲の成功による混乱があったためだと推測される。これにより上陸部隊の補給がストップし、連合軍の兵糧にダメージを与えた。このことから、この奇襲作戦は一定を成功を収めたと言えるのかもしれない。もっとも後日、結局アメリカ軍は補給物資の輸送に成功、これにより兵糧の改善や基地、飛行場を強化させてしまうのだが。そもそも、連合艦隊の補給路を封鎖し続ける力は帝国海軍にあったとは言い難い。このことから「輸送船団への襲撃が成功していたとしても戦況に大きな変化はなかっただろう」という説もある。さらに言うならば第一次ソロモン海戦にてもう一度三川艦隊が再突入したとしても目標を達成できたかどうかの保証はなく、逆に艦隊が被害を蒙るだけだった可能性も指摘しておきたい。ただしこれはあくまで一意見であり、輸送船が大量の物資を積んでおり、その輸送船団を叩くチャンスがあったのは確かである。もし早川大佐の突入の進言を第八艦隊司令部が受け入れていたら、もし三川艦隊が輸送船団の撃破に成功していたならば、そしてこの作戦が本当の意味で成功していれば、連合軍にどのような影響を与えたか…ここから先は各々の想像にお任せしたい。今でも三川中将の評価は分かれている。
     ちなみに奇襲の際、大活躍したのが艦これではイマイチ影の薄い重巡に積まれた艦載機、それらから投下された吊光投弾であった。これにより米艦隊の姿ははっきりくっきり照らし出され、三川艦隊は有利な状態で一方的に砲撃することが出来た。ちなみにゲームの夜戦では艦載機は問答無用で使用不可、何故だ。この海戦にて神通が行ったように鳥海も探照灯を照射している。高雄型は艦橋のでかさ故に被弾率が高いと思われがちだが…実際間違いではなく、この時鳥海は艦橋に直撃を食らっている。これは高雄型が条約によって火力と速さを追求した結果である。不発だったからよかったものの、危うく第八艦隊司令部壊滅の惨事になるところだった。また第一砲塔にも着弾しており、すでに砲弾を撃ち尽くした上、当たった弾がこれまた不発だったのこともあり被害は少なかったが、砲塔内にいた作業員は一部除いてほぼ全滅、運良く生き残った兵はその光景をさながらの地獄絵図だったと語っている。このことも装甲の薄さを物語るエピソードとして語られる事もあるが、どの艦もモンスターのようにどこもかしこも分厚くできれば苦労はしない。しかしながらリスクの大きい探照灯照射を行って神通が沈んだのに対し、鳥海は大した損害にならず以後も戦闘を続行していることを考えると、いかに敵艦隊を圧倒していたか、ひいてはいかに奇襲が完璧だったのかが伺える。ゲームでも彼女に探照灯を持たせてあげれば、他の艦娘よりも損害は少なく勝利をもぎ取ってくる…かもしれない。ちなみにこの時に報道班員として鳥海に乗り組んでいた丹羽文雄(1904~2005)が第一次ソロモン海戦で見聞した内容を小説『海戦』に書いている。伏字復刻版も出ているので一読してみると面白い。
     マリアナ沖では四姉妹で参戦。レイテ沖海戦でも四姉妹揃って栗田艦隊組で推参!…した直後、潜水艦により摩耶愛宕は沈没、長姉の高雄も大破し脱落。あっという間に一人ぼっち。
    その後奮闘するも米軍機による爆撃により大破炎上、生存者を救助した駆逐艦に介錯されて散った。ちなみにその駆逐艦「藤波(未実装)」も翌日沈められたため生存者はない。このことから鳥海と藤波の慰霊碑は合わせて佐世保東山海軍墓地に置かれている。
     そして現在、鳥海の名はこんごう型四番艦「ちょうかい」に受け継がれ、海上自衛隊のイージス護衛艦として現代の日本の平和を守る盾として活躍している。シンボルとキャッチは[GOLDEN EAGLE]。どこぞの野球チームみたいである。余談ではあるが、イージス艦であるこんごう型はフェイズドアレイレーダーや指揮機能の関係上艦橋が肥大化している。これが高雄型の巨大な艦橋と似ていることから、一番艦であるこんごうの名前が発表されてない頃は「日本が高雄型を建造中」と報じられることがあったという。後々、ちょうかいが建造されることを考えると興味深い。さらに余談だが艦これでキャラがモロ被りしている霧島の名はこんごう型二番艦に受け継がれた。またこんごう型に名前が採用された艦の中で艦娘の中の人が違うのは妙高のみである。
     のちにレヴォーグに引き継がれたレガシィ ツーリングワゴンの4代目。スバル勢としては荷室の可能性を秘めたものである。広い居住性も掛け合わせており、勝てる気がしない。スタイリングも抜群で、特に欧州で売れたようだ。

    ●フォード/マスタング マック 1'71

    ・パフォーマンスポイント(PP):604
    「」
     1960年代に入り、経済性を重視するコンパクトカーが台頭しはじめたアメリカ車。そんな中、コンパクトで比較的安価ながらスポーティなルックスやパフォーマンスを引っ提げて1964年に投入された初代フォード・マスタングは、たちまちアメリカ人の心を掴み、大ヒット作となった。しかし登場して数年すると新鮮味も失われ、1969年モデルで大幅なテコ入れが行なわれる。
     ロングノーズにショートデッキというスタイリングのコンセプトは継承されたものの、ボディパネルをほぼ一新し、サイズも拡大されるという、フルモデルチェンジに近い内容。いっぽうで、基本構成やメカニズムは従来のものを踏襲した。そのため、1964年~1973年までのモデルを初代マスタングと呼ぶケースと、ルックスの違いで1964~1968年を初代、1969~1970年を2代目、1971~1973年を3代目と呼び分けるケースがある。
     Mach 1は、後者の区分で言えば2世代目以降のスポーティグレードだ。「スポーツルーフ」と呼ばれるファストバックボディのラインナップに設けられたグレードで、ルックスはアグレッシブ。この「スポーツルーフ」のデザインは、のちに世界中のスポーティカーのスタイリングに大きな影響を与えた。
     搭載エンジンは数種類の中からドラッグスター顔負けのパワーを叩き出すビックブロックがチョイスできた年もあったが、シリーズを通してのメインストリームはスモールブロックの351ユニットである。1970年から1971年にかけての351搭載車ラムエア仕様では304PSを実現するなど、十分に走りを楽しめるパフォーマンスを発揮していた。
     2015年3月27日のアップデートにて実装された。Lv65+改装設計図と、改二への改造には設計図が必要な代わりにレベルは低め。
     持参装備は予想されていた熟練見張員と、まさかの22号対水上電探改四を持参してくる。
    大体この2つの装備の関係で、設計図必須となっていると思われる。無論設計図必須の関係で量産は困難。
     火力が羽黒改二を超える85、雷装は妙高改二に次ぐ86と相当高く、火力では実装されている重巡改二の中でトップに登り詰めた。やはりメガネ艦娘は火力バカの法則鳥海改との比較は耐久±0、装甲+3、火力+7、雷装+17、対空+1、索敵+13、運+9。耐久面はほぼ変わらず、火力・雷装・索敵が大きく上昇している。夜戦火力は3号砲×2で191と、徹甲弾なしの大和砲2基装備の大和型と同一と、相当高い。ちなみにFuMO 25レーダー搭載で194となる。
    ただ現在は戦艦に徹甲弾は必要不可欠な装備の関係でそれを考慮して近い艦娘といえばBismarck drei(火力差は-1)とほぼ同じになる。
     前述通り夜戦連撃の火力は極めて高い。また、カットインで見ても最大改修した61cm五連装(酸素)魚雷53cm艦首(酸素)魚雷を併用することにより魚雷2スロットのみで夜戦キャップに到達可能であり、この特性は彼女の持参する見張員とも非常に相乗効果が高い。
    ただし運の初期値は19しかないので実用化するならまるゆの大量投入を行った上、旗艦に配置した上で熟練見張員の他探照灯や照明弾など夜戦補助装備をフル活用するのが望ましい。設計図が足りない提督は、鳥海改二の代わりに火力メインに羽黒改二、魚雷カットイン狙いに妙高改二などを育てておこう。もっとも妙高改二の運の初期値は32であり高めといえども安定したカットインは見込めないので、こちらも運を改修するのが良いだろう。また、鳥海改ニと比較した際は運の初期値の差により早めに実用レベルまで改修できるが、最終的な夜戦火力は僅かに鳥海改ニの方に軍配が上がる。
     燃料と弾薬の消費で見ると運用コストは摩耶改二と同一。妙高型改二をわずかに上回るがPrinz Eugen改ほどでは無い。
     史実では、電探搭載と機銃強化、酸素魚雷搭載、カタパルトの交換と水偵の載せ替え以外ほぼ竣工時のまま戦没している。高雄型重巡姉妹の中でも改装を受けていないのは鳥海のみ、設計図が必要なのもそのためであろう。
     摩耶改二同様の制服デザインの変更を受けた模様。エメラルドブルーの制服、スカートのスリットと菊結び(吉祥結び)、姉たとおそろいの帽子と、基本は同じ。ただ、カチューシャの左右が摩耶は高射装置だったのに対し、鳥海は探照灯になっている。
    艤装もハリネズミな摩耶と比べると、左腕の艦橋型ユニットがすっきりとしたデザインになり、艦橋後部に主砲を1基搭載してある。
     鳥海を建造したのは三菱重工業長崎造船所。長門型改を超える火力を誇る霧島やいわずもがなの武蔵に続き、奇しくも三菱長崎出身のメガネっ娘は重巡枠でも火力トップの座に就くこととなった。長船(長崎造船所)のメガネはみんな怒らせると怖いぜ?メガネっ娘ではないが、他にも鳥海改二実装前は重巡トップだった羽黒、軽空母トップの隼鷹、神通に次ぐ火力を持つ名取など、長崎の艦娘は火力自慢という妙な共通点があるようだ。
     新たに追加された放置ボイスでは姉の摩耶を呼び捨てにしている。これは摩耶と鳥海の竣工日が同日であり、近年は鳥海を高雄型3番艦と扱う説もある姉妹関係のためかもしれない。竣工日と姉妹関係にまつわるこうしたややこしい現象は帝国海軍ではよくあること。

    ■最上
    ●ロータス/エリーゼ 111R'04

    ・パフォーマンスポイント(PP):458
    「すばしっこさが売りの、トヨタ製エンジンを搭載したエリーゼ」
     1995年から始まったエリーゼの歴史で最も大きな進化は、2000年に行なわれたシリーズⅡへのバトンタッチだ。シリーズⅡではエクステリアが変更され、丸みを帯びていた当初のスタイリングから、エッジを際立たせたシャープなものへと変更したのである。
     同時にラインナップもさらに充実した。可変バルブタイミング仕様の111には豪華仕様の111Sと、ハンドリング性能を高めたスポーツ111が加わった。エンジンスペックはどれも最高出力145PS、最大トルク17.7kgfmだが、後にこのエンジンは改良を加えられて158PSまでパワーを高めている。
     いっぽう、ロータスの往年のF1マシン「72」をイメージしたタイプ72と呼ばれる限定モデルも登場した。このモデルではF1と同じクラシカルなカラーリングを施すなど、走り以外の面でエリーゼの魅力をアピールする工夫が図られていた。
     しかし何といってもシリーズⅡ最大のトピックは、2004年初めに登場した111Rだろう。このモデルはトヨタ製エンジンを積んだエリーゼなのである。そのエンジンとは、セリカなどに積まれる1.8L直列4気筒DOHCの2ZZ-GE。111Rはこれを6速MTごと搭載し、192PS/18.46kgfmというスペックを発揮した。
     このカップリングは、エリーゼを北米輸出するためにクリーンなエンジンを探していたロータス側のリクエストで実現したものだ。この夢の2ZZ-GE搭載によって現実になり、111Rはアメリカに上陸した初のエリーゼとなった。さらに111Rは、4チャンネル式のABSを史上初めて備えたエリーゼでもあった。ライトウェイトスポーツとして、エリーゼはこのシリーズⅡでまたも大きく飛躍したのである。
     軍縮条約の例外を適応を遵守し、旧式化した天龍姉妹や球磨多摩コンビの代艦として建造された。軽巡として作られたので、命名もその慣例に従っている。だが条約失効を見越して重巡に匹敵する船体とし、そこに軽巡の制限ギリギリな15.5cm三連装砲15門をてんこもり。失効後はもちろん20.3cm連装砲に換装したが、秘匿のため書類上では終生軽巡のままだった。利根型も同じ。撤去された15.5cm砲は大和型の副砲に、一部は大淀(未実装)の主砲に流用された。航空巡洋艦になった際には、古鷹や加古らと同じ20cm主砲6門になっている。20.3cm(正確には20.32cm)砲塔へ換装後は砲塔の大型化にともなって二番砲塔の砲身が通常の状態では前にある一番砲塔にぶつかってしまうことから、常に約12°の仰角をかけた状態で繋止されていた。写真や精密模型などでその様子が確認できる。余談だが、この「重巡並みの船体に、軽巡の主砲山盛り搭載」というコンセプトに米英は対抗意識を持ったらしく、ブルックリン級軽巡、タウン級軽巡を建造している。この面々は主砲換装を想定していないので、最後まで15.2cm砲装備だった。
     あらゆる意味でゴージャス過ぎた高雄型の反省から、より実戦に則した素朴な戦闘艦を目指している。でも新型艦。零戦もびっくりの無茶な仕様を要求されたため不具合が続出し、大幅な修正を食らう羽目に。またある部分をコンパクトにし過ぎて不便と愚痴られたとか何とか。やはり大きいモノは正義。そのためか大型の胸部装甲を持つ青葉型や妙高型や高雄型と違い、最上型や利根型の多くはスリムになってしまっている…。
     自己紹介にもあるが、第四艦隊事件に巻き込まれるわ、バタビア沖海戦では回避された魚雷が今村均陸軍中将の座乗する陸軍特殊船「神州丸(あきつ丸の先輩)」を含む輸送艦3隻を撃沈破するわ、ミッドウェー海戦では三隈に衝突するわ、スリガオ海峡夜戦では大破・操舵不能になりながらも退避中那智にぶつけられ、あげくの果てはにより雷撃処分。もはや呪いの域に達している。それでもめげずに頑張るもがみんマジ健気。…ただ、最上型は姉妹ごと呪われているので全員似たような経歴だったりする。不幸姉妹よりよほど不幸。開戦時の最新鋭戦闘型巡洋艦なのにどうしてこうなった…。彼女の名誉の為に記しておく。海軍公史に拠るとミッドウェー海戦時の衝突事故の原因は、所属していた第7戦隊旗艦熊野の信号ミス。彼女に責任が全くないとは言わないが、上司の命令に従ったら衝突してしまった。熊野のオ・バ・カ・タ・ソ
    日本のネームシップ以外の重巡は全艦沈没しているが、なぜかネームシップの重巡は大半が生き残っている。が、他のネームシップ重巡が終戦時に大破か大破着底の中、古鷹とこの最上のみ沈没している。つまり姉妹艦ごと仲良く全員沈没したのも古鷹型と最上型のみ。公式四コマでネタにされてしまった。一海戦で大破沈没沈没沈没の高雄型四姉妹の方が仲がいい気もするが。
     繰り返すが、竣工時の彼女は名実ともに軽巡である。Q.『重巡洋艦、最上型のネームシップ、最上だよ。三連主砲がいい感じでしょ?』A.いい感じに三連装主砲装備してる時のあなたは軽巡以外の何物でもありませんが…それはともかく「軽巡だった方が強かったんじゃね?」と思う提督は少なくないだろう。ただし艦これでは15.5cm砲に戻しても軽巡にはなれない。
     あまり語られないが、新世代であるこのタイプから居住性を大幅に改善している。大和のことばかり言われるけどね。内容は通風強化・冷暖房の設置、兵員居住区のベッド化、私物保管庫、ウォータークーラの設置など。なお大日本帝国海軍としては二代目にあたり、初代に通報艦最上が存在していた。海上自衛隊においてもその名は使用され、いすず型護衛艦もがみが存在し1991年に除籍されている。
     名前の由来は山形県の最上川。日本三大急流の1つであり、1つの県のみを流れる川としてはなにげに日本一長い川だったりする。航空戦開始時の台詞は、その最上川を詠んだ松尾芭蕉の句「五月雨をあつめて早し最上川」。もちろん、駆逐艦五月雨をいっぱい集めても重巡最上にはならない。
     コーナリングマシンとしては一目置かれる存在となったエリーゼ。その潜在意義をも揺るぎない。ただ、軽すぎる為、耐久値が低いのが玉に瑕。それでも戦うために生まれたような代物を使っていくのが不安である。

    ■三隈
    ●ロータス/エリーゼ'96

    ・パフォーマンスポイント(PP):442
    「軽さを武器に、サーキットを暴れたライトウェイト・スポーツ」
     1995年のフランクフルトショーで発表され、翌年から市販に移されたロータス久々のライトウェイト・スポーツが、ロータス エリーゼである。
     自重わずか68kgというアルミ製シャシーにFRP製ボディを接着するという生産方法は当時の常識を超えた軽量化を可能にし、エンジン・ベイやリアのハブ・キャリア、ブレーキ・ローターさえもアルミ製とされていた初期生産モデルは実に690kgという軽さを実現した。のちにアルミ製パーツを供給していたメーカーが倒産してしまい、スチールやFRPに置き換えられたパーツも多いため、後期生産分はわずかに車重が増加している。
     横置きミッドシップ・レイアウトのエンジンは、ローバー製のKシリーズと呼ばれる1.8L。5速ミッションともどもMG Fから流用で、最高出力はスタンダードモデルで118PSと控えめな数値ながら、軽量なボディはそれを補って余りあった。
     ボディを包むスタイリングは社内スタッフのジュリアン・トムソンによってまとめられたもので、60年代のヨーロッパやエランを連想させながら未来的な印象を併せ持つ。また歴代のロータス車に共通する「E」で始まる車名も受け継いでいるが、エリーゼという名前は当時ロータス社を傘下に納めていたブガッティ社の代表、ロマーノ・アルティオーリの孫娘からとられたといわれている。
     代々守られてきたロータスの作法を継承しながらも斬新な手法で発展させたエリーゼは、世界的なヒット作となり、多くのファンに愛された。
     ミッドウェー海戦で空母4隻とともに散った重巡洋艦。…と言えばいきなり米航空機にやられたのかというとそうではなく、作戦失敗で帰投する際の反転時、本人の言うとおり最上と物理的に衝突し、本艦の損傷は最上に比べ軽微であったが動き回って反撃してくる三隈に敵機の攻撃が集中し、結果的に帝国海軍初の戦没重巡となってしまった。詳しい経緯はたちのところで。とにかく、四空母を喪失した直後に1万トン級の重巡まで失って帝国海軍は踏んだり蹴ったりである。
     史実では途中で主砲を20.3cmに換装し重巡扱いとなった最上型だが、当初は15.5cm装備で軽巡洋艦。その関係上、名前が山ではなく川から取られている。ちなみに書類の上では最後まで二等巡洋艦(=おおよそ軽巡の区分)という扱いだった。システム上、15.5cmに戻しても軽巡にはなれない。一人称は「私」、「三隈」、「くまりんこ」。決してアナグラムしてはいけない。
     海上自衛隊においては、1971年から1997年まで護衛艦「みくま」が存在していた。同型艦には「くまの」「のしろ」もいた。
     エリーゼが登場して間もないモデルでの戦闘力はチートを持つ。それは軽さである。コーナリングスピードは、敵艦のマッスルカー等より旋回力があり、それなりに活発に動く…はずなのだが、軽すぎるゆえかボディの耐久性は低い。それよりも先回りしてスパイクベルトを敷けばいいのか…。

    ■鈴谷
    ●ホンダ/アコード ユーロR'00

    ・パフォーマンスポイント(PP):---
    「さらに攻撃的なフロントと圧倒的なハンドリングを持った、6代目アコードの最強Ver」
     1997年9月にデビューした6代目アコード。先代モデルは日本では大きすぎるという声があったため、6代目では「フレキシブルプラットフォーム」というフロアを使い、アメリカ向けの3ナンバーボディと、日本向けの5ナンバーボディを作り分けた。
     日本向けアコード セダンのボディは全長4,635mm、全幅1,695mm、全高1,420mmと完全に5ナンバーサイズ(SiR他)。ただしアメリカンテイストでヒットしたワゴンだけは、専用パネルを使うことで3ナンバーサイズが継承された。
     バリエーションは実に多彩。当初のエンジンは、1.8Lから2.3Lまで、なんと8種類。先代ではSiRを除けばATのみだったギアボックスは、今回からMTも選べるようになり、駆動方式もFFと4WDが用意された。
     当初の最強モデルは、200PSの2L直4DOHC VTECを積むマニュアル専用モデルのSiR-T。このSiRは99年にワゴンにも追加されるが、こちらは2Lではなく2.3Lエンジンで200PSを達成していた。いっぽうワゴンの最人気グレードが2.3VTLで、扱いやすい158PSの2.3+.L直4SOHC VTECを搭載した。
     6代目アコード最大のハイライトは、2000年に追加されたユーロRである。ヨーロッパで販売されたアコード タイプRの日本版とでもいうべきモデルで、リッターあたり100PSを搾り出す220PS 2.2L直4DOHC VTECを搭載していた。ギアボックスは5速MTのみ。引き締められたサスペンションが生み出すロードホールディングは、へたなスポーツカーでは歯が立たないほどの圧倒的なハンドリングを生み出した。
     2013年8月1日アップデートの期間限定イベント『南方海域強襲偵察!』の第三海域クリア報酬として先行実装。本来は別のイベントで実装される予定だったが、潜水艦伊19の音声録り忘れというアクシデントで、代わりとして急遽先行投入されたとか。実では存在しなかった航空巡洋艦への改造も可能。たった5しかなかった運が人並みの水準になるが、残念ながら三隈のように20.3cm(3号)連装砲を持ってきてはくれない。
     カイゼルひげが立派な某(もちろんキスカ奇跡の撤退の)艦長時代の活躍が特に有名な最上型3番艦。最上三隈とは船体形状が異なっており、鈴谷と熊野を指して「改最上型」あるいは「鈴谷型」とすることもある。戦中に建造された重巡伊吹(未完成で終戦)などは「改鈴谷型」となっている。
     艦名の由来は樺太南部の豊原市を流れる鈴谷川。2013年10月現在、艦これ収録の戦闘艦名としては、唯一の現日本国外の地名である。ちなみに初代「鈴谷」も元はロシア海軍二等巡洋艦「ノヴィーク」であり、何かとロシアと縁がある。海外地名という事情もあり、最上型で唯一戦後に名前が継承されて無い。昭和9年(1934年)11月20日の進水式に昭和天皇が臨席した事が乗組員の誇りであった。
     ベンガル湾における通商破壊戦で、捕捉した商船から船員が脱出するのを目撃、全員脱出してボートが充分に離れたのを見届けてから砲撃して沈めるという、人命尊重の戦いをしていた。その際高角砲で船底を狙い撃ち、出来るだけ人的被害をおさえ、船だけを撃沈する戦法をとっていた。又、コロンボ襲撃の際には消費弾数、熊野の主砲333発、高角砲186に対して、鈴谷は主砲190、高角砲64発とその的確な判断力が見て取れる。
     ミッドウェー海戦で、第7戦隊の一員として最上型4姉妹揃って出撃。戦隊司令部の不透明な変針指示で戦隊が混乱、鈴谷が陣形から離れてしまい、これが最上・三隈の衝突につながった。衝突事故の際、戦隊旗艦熊野(司令官は謎の反転で有名な某提督)が「我ニ続ケ」と鈴谷に信号を送るが、鈴谷の艦長は「我機関故障」と偽って大破した三隈の救助にあたり、三隈姉の介錯をしたという。ただし救助と介錯については鈴谷乗組員(元鈴谷運用長 前田一郎氏)の証言しかソースがなく(と言うか他のあらゆる報告・証言と食い違っている)、日米とも公式には三隈の最期を見届けたものはいないことになっている。ただし、最上と共に退避中の第八駆逐隊が発した「敵艦見ユ」の「敵艦」が鈴谷であった可能性はあるので今後の考証が待たれる。
     地味な所では第3次ソロモン海戦において、比叡霧島の砲撃が失敗したのを受けて、代わりに摩耶とともにヘンダーソン飛行場に20センチ砲を叩き込んだりしている。ただ、戦艦との35.6cm連装砲と比べると威力不足は否めずまた米軍もブルドーザーを投入していたため、戦果は航空機多数撃破にとどまっている。最後の戦いでは、当たらなければ(ryを押し通す見事な回避を見せていたが、至近弾で火災発生、魚雷と高角砲弾がガダルカナルにおいての闘いでは敵の雷撃機による魚雷9本を5分のうちに回避している。誘爆しこれが致命傷となった。この不運さが「運5」に現れてるのかもしれない。
     秘書艦設定時の台詞は「甲板艤装」が正しいと思われていたが、何度聞いてもニーソに聞こえる。どちらが正しいのか、ちょっとした議論にもなった。公式による「【9月作戦】提督人事発表」のコメントに際し、運営も「甲板ニーソ」という言葉を使っており、やはり甲板ニーソだったのかそれとも単にネタに乗っかっただけなのか判断が危ぶまれる。スリムになった艦橋のせいかぺたんこ揃いの最上型以降の重巡において、筑摩と並びぶっちぎりの胸部装甲を誇る。対のはずの利根と熊野は泣いていい。
     CL1型と呼ばれるホンダの6代目アコード。所どころ操作性が不安はあるものの、それでもテクニックなどでカバーする。あんまり存在感が薄く、公式ルームならアザーカー役にされそう。今なお、この型式のアコードは走行会などにも運転しているユーザーさん達がいるため、当分は存在はするだろう。

    ■熊野
    ●ホンダ/アコード ユーロR'02

    ・パフォーマンスポイント(PP):---
    「"清楚なお嬢様"風のデザインとなり、今なおヨーロッパに人気のあるホンダのスポーツセダン」
     2002年にデビューした、7代目アコードの最速モデル。ユーロRは6代目の途中から追加されたグレードだが、イメージリーダーとしてこの7代目にも設定された。
     ユーロRが追い求めたのは「大人の走り」である。NSXやインテグラ、シビックにも同じ硬派モデルのTYPE Rはある。しかし、あちらがサーキットランだけを前提としているのに対し、こちらはある程度の日常ユースを考慮しているところが最大の違いだ。発想としてはBMWのMやメルセデスのAMGに近い。
     ベースとなる7代目アコードは、ボディサイズを先代と大きく変えずに、全長4,665mm、全幅1,760mm、全高1,450mmとした。デザインは彫刻的で、空力を重視。0.26というCd値は4ドアセダンでは世界最高レベルであった。ボディ剛性も徹底的に強化され、ホンダのお家芸である4輪ダブルウィッシュボーンは、リアが5リンクへと進化した。このため、どのグレードも走りの基本性能はきわめて高い。
     ユーロR最大のポイントはエンジンだ。シビック タイプRに積まれる2L直4DOHC i-VTECをベースに、振動を抑えるバランスシャフトを付けたK20A型は、8,000rpmという高回転で220PSを発生する。1Lあたり、なんと110PSというハイスペックだ。
     ギアボックスはアコード初の6速MT。3速からファイナルまでがクロスレシオ化されており、中高速ワインディングに適している。専用の17インチアルミ、ハニカムメッシュのフロントグリル、MOMO製本革ステアリング、アルミシフトノブ、レカロシートなどが付く。ヘリカルLSDが標準装備されることも硬派の証である。
     最上型の4番艦だが、「第四艦隊事件」で船体強度に問題があることが判明、設計を変更されたため、最上三隈とは形状の違いがある。そのため、別個に鈴谷型(鈴谷・熊野)と分類されることもある。
     ミッドウェー海戦の際は最上型4隻と第8駆逐隊(朝潮荒潮)から成る第7戦隊旗艦として参加。攻略部隊(第二艦隊)の護衛に就くが連合艦隊司令部の相次ぐ方針転換により途中で船団と第8駆逐隊を置き去りにして突出する形となった。結果、重巡4隻のみ、つまり対潜哨戒が一切できない状態で突き進み、米潜の攻撃を受けてしまう。旗艦であった熊野は回避指示を2回出すが、この信号灯が規則に則ったものではなく戦隊は混乱、結果、取舵で左回頭中の三隈に後続の最上が衝突し、最上は艦首を損傷してしまう。旗艦熊野の第7戦隊司令官は損傷した最上三隈にトラック泊地への後退指示を出し、鈴谷と共に連合艦隊主力と合流すべく海域を離脱。最上三隈2隻は米軍から色々誤認されたあげく戦艦空母含む艦隊と思われ、ミッドウェー基地からの追撃を受けるも、この時点ではそれほどの被害は無かったらしい。追いついた第8駆逐隊と合流しウェーク島の日本軍基地を目指すが、重傷の最上朝潮荒潮を護衛につけ三隈単艦で味方攻撃機の攻撃圏内に退避しようとしていた所を米空母攻撃機隊に捕捉され、「戦艦」と誤認されたまま猛攻撃を受け力尽きた。駆けつけた朝潮荒潮により救助活動が行われたが米軍機による執拗な攻撃で駆逐隊側にも被害が続出し退避を余儀なくされる。再び朝潮が捜索の為訪れた時、既に三隈の姿は無かった。なお、熊野・鈴谷は無線封止したまま主力部隊との合流を目指し、一時、連合艦隊も所在を把握できない状態だったが無事に第二艦隊に合流した「どうも困った部隊である」とは、第二艦隊通信参謀中島親孝少佐の弁。
     運が扶桑山城並に低いが、これは沈没までの最後の1ヶ月間に魚雷6本(もしくは8本)、爆弾10発という甚大な被害を受けたため。さらに、応急修理して出航してもすぐに被害を受けて引き返すわ台風で流されて座礁しかけるわと、次々災難が降りかかっている。この時の彼女は損傷した煙突を除去し、艦首は度重なる攻撃で消滅。見るも無残な姿だったと言う。しかし撤退中に米潜水艦から発射された魚雷は23本だが回避の甲斐もあり被雷はわずか2本。トドメを刺しに来た米潜水艦は座礁と妙な悪運は有るようだ。それでもなんとか本土帰還を目指したものの、1944年11月25日、米空母タイコンデロガ(Ticonderoga:CV-14)艦載機の空襲で魚雷3本(もしくは5本)爆弾4発が命中し沈没。艦長はじめ乗員約400名が戦死、帰還はならなかった。
     神戸生まれのお洒落な重巡と言っているが、これは川崎重工業神戸造船所生まれのためである。そこ、バイクじゃないので「カワサキか…」とか言わない。他にも川崎神戸造船所生まれの艦娘は多く、そのうち重巡については公式4コマでネタにされている。
    ・戦艦:榛名伊勢
    ・空母:加賀瑞鶴大鳳飛鷹
    ・重巡:加古衣笠足柄摩耶熊野
    ・軽巡:大井鬼怒神通
    ・駆逐艦:荒潮初風
    ・潜水艦:伊8
    ・給糧艦:間宮
    ・同じく神戸だが、伊19は三菱重工神戸造船所生まれ。また、あきつ丸も同じ兵庫県の播磨造船所(相生市。IHIの前身)出身。

     ブレザーのため通常時は鈴谷と同じぐらいに見えるが……大破時に判明するが、ある部分の装甲に悲しいぐらいの差がある。それでも鈴谷比であり、ある程度はある。
     普段は今時のギャルそのものの鈴谷と対照的な清楚なお嬢様然としたキャラのはずなのだが、戦闘時は「テニスプレイヤー」だの「南斗水鳥拳」だのと呼ばれる事態に「とぉぉ↑おう↓」「ひゃあぁぁぁぁ!!」などという奇声を発しながら襲い掛かる様はどうみても……2代目となる護衛艦「くまの」(1975~2001)も存在していた。ちなみにこちらは島風を生んだ舞鶴海軍工廠改め、日立造船舞鶴造船所(現JMU)生まれである。2代目は京娘
     昭和12年(1937年)から14年(1939年)にかけて、グリコ株式會社(江崎グリコ株式会社)が、キャンペーンの景品として軍艦の模型を製作、対象となった軍艦は戦艦「長門」、巡洋艦「熊野」、駆逐艦「吹雪」の3隻で製品に入っている引換証を一定枚数集めることにより、手に入れることが出来き、写真付きのチラシで国民に周知された。
     CL7型であるアコードユーロR。ホイルスピンするほどパワーがありながら、コントロールし難いような感じがするらしい。ホンダとしては高品質として世に送り出した、スポーツセダンであることに間違いない。

    ■利根
    ●三菱/ギャラン 2.0 DOHC ターボVR-4'89

    ・パフォーマンスポイント(PP):---
    「89年を制覇した4WDスポーツセダンの王者」
     1987年10月、三菱ギャランは6代目へとモデルチェンジした。長くラグジュアリー路線を取り続けてきたギャランであったが、この6代目はそのイメージを捨てて、セダンの高機能さを追求したモデルへと生まれ変わった。搭載されたエンジンは1.6L、1.8L、2Lという3種類。2LだけはDOHCヘッドを持ち、ターボとNAをラインナップした。
     もうひとつ、このギャランにはニュースがあった。83年以来途絶えていたWRCへの復帰である。三菱はこの間スタリオンを4WD化して参戦を試みたが、結局その夢は叶わなかった。ギャランはその意思を継いで、新たにグループAというカテゴリーに参戦したのである。
     そのベースマシンとなったのがVR-4。このVR-4はギャランの頂点に位置する高性能グレードだ。「4WD、4WS、4IS、4ABS、4valve」という5つの「4」をキーワードに、最先端技術を満載したモデルだった。
     搭載されたエンジンは4G63型2L直4DOHCターボ。最高出力205PS、最大トルク30.0kgfmというスペックは、当時のスカイラインやZすら凌ぐ驚異的なものだった。駆動方式も最新のフルタイム4WD方式を採用しており、VR-4はスポーツカーすらねじ伏せる日本最速のスポーツセダンだったのである。
     このVR-4はラリーでのライバルの進化に対応すべく、年々進化を果たす。88年2月に限定生産で競技ベース車となるRSを発売したのを皮切りに、89年にはエンジンパワーを220PSにアップ、90年には240PSまでその性能を高めた。ラリーでの活躍もめざましく、WRCでは通算6勝を記録。アジアパシフィックラリーや全日本ラリーでも勝利を欲しいままにしたのである。
     平均的重巡と比べ改造後の火力がほんの少し劣る(74対74~78)が、雷装、対空が優秀な部類であるほか、索敵については通常49~59であるところ、本艦は79(軽空母と同等)を誇っている。装甲も高めであり、優秀な重巡である。2014年1月15日のアップデートにて他の重巡改と共に火力が少し向上した(74→76)。
     なお、零式水上偵察機についても、他の重巡が各スロット2機ずつ、合計8機しか搭載できないところ、本艦は改造前でも3機ずつ合計9機と1機多く、改になれば4機ずつ合計16機と倍も搭載できる。ただし瑞雲は搭載できないので注意。史実では航空巡洋艦としても扱われたのだが、ゲームではあくまでも重巡扱いである。月刊ホビージャパン2014年2月号の田中Pインタビューでは利根型の改二を実装予定としているので、そこで艦種が変わるのかもしれない。
    吾輩はトネである!トーン(TONE)じゃない!英語読みするでない!おいやめるのだ!「生助」ってなんじゃ!どこのタクシーに呼ばれる「雲助」みたいじゃないか!!勘の良い者は、我輩の名前を見て気付いているじゃろうが、我輩と筑摩は軽巡なのじゃ…無論書類の上で、じゃがな。我輩達は当初最上型の軽巡として計画されたのじゃが、日本が軍縮条約を脱退した事で設計の制限が無くなり、最上達と違って最初から重巡として建造されたのじゃ。名前が軽巡の命名基準である河川の名前なのは、その時の名残じゃ。吾輩の名前の元は関東を流れる利根川じゃ。金は命より重い・・・!ざわ・・・ざわ・・・
     ちなみに、吾輩の就役は1938年11月20日。筑摩の就役は1939年5月20日。少しお姉さんなのだぞ!吾輩と筑摩、二隻の利根型重巡洋艦は、索敵の為に水上偵察機の運用を重視して設計されておる。主砲を艦前方へ詰めて、後部のスペースをそっくり航空運用の設備に充てておるのじゃ。後ろに主砲があると妙高高雄のように、自分の砲撃で自分の飛行機を吹っ飛ばしてしまうのじゃ。後ろが広くなったおかげで、吾輩一隻で最大6機もの水上機を運用できる。実際に搭載したのは4~5機じゃったが、それでも通常の巡洋艦の倍近い搭載数なのじゃぞ?
     トミーテックのトミカヴィンテージにも登場した6代目ギャラン。一般車や警察車両にも活躍できる、そんな適材適所に相応しいクルマではあるが、彼女の持つギャランは日本のとある中古店で購入。提督達の大事な艦娘としてはバランスをより安定したものと思う。
     だが、その分面白みもないというデメリットも存在してしまう。例え、首都高湾岸線(スペシャルステージ・ルート7)、赤いEK9型シビックTypeRと並走するほど最高速重視にギア比を調整したが、さらに伸びすぎて5速中盤から伸び悩む事態に。
     ちなみに改、改二は大してギャランのまま変わらず(そもそもGT6でプレミアムモデルやツーリングカーみたいなレースカー等が収録されていない為)。改に関してはこのまんま利用状態に!

    ■筑摩
    ●三菱/レグナム VR-4 Type V'98

    ・パフォーマンスポイント(PP):---
    「AYCやASCを先行採用した、ハイスピードワゴンの塊」
     1996年のカー・オブ・ザ・イヤーを受賞した、三菱ギャラン。そのギャランのステーションワゴン版として新しくラインナップされたのがレグナムだ。
     日本のワゴン市場を席巻していたスバル レガシィの牙城を切り崩すべく投入されたレグナムは、当然ギャランと多くのコンポーネンツを共用するが、同時にプレミアムワゴンとして巧妙に差別化が図られていた。
     たとえばボディは、単純にギャランのリア回りをワゴン化しただけでなく、全高を30mm高めるなどしてワゴンにふさわしい室内やラゲッジスペースを作り出していた。搭載エンジンも主役に据えられたのは2.5Lで、2Lが主力のギャランとは性格の違いをアピールしていた。
     価格設定も絶妙で、レガシィの2Lターボとさほど変わらぬ価格帯に、最高出力280PS、最大トルク37.0kgfmを発生する2.5L V6ターボのトップモデル、VR-4を設定したことも戦略的なラインナップだったといえる。
     トップモデルのVR-4では、ランエボでお馴染みとなったAYCをランエボに先駆けて採用。さらにASC(アクティブ・スタビリティ・コントロール)といった最新技術を装備することで、ライバル以上に高い走行性能を実現していた。また5速ATをいち早く採用するなど、走りに対する磨き込みを忘れることなく、2002年8月まで進化を続けた。
     VR-4以外には、ギャランと同じ直噴エンジン、GDI搭載モデルも設定された。こちらは経済性をアピールした直列4気筒モデルで、1.8Lと2L、のちに2.4Lも追加されたが、結果的にはこちらがレグナムの主力グレードへと成長することになった。
     筑摩です。利根型重巡二番艦、名前は筑摩川(現・千曲川)が由来よ。同じ綴りで「つくま」とか「つかま」って読むこともあるみたいだけど、私は「ちくま」よ。現在は、名前を継いだ海上自衛隊の護衛艦も「ちくま」ね。
     利根姉さんと私の二隻で、あの南雲機動部隊の眼として……っていうのは多分、利根姉さんが何度も自慢してると思うから省略するわね。姉さんとちょっと違うのは、、姉さんは赤城さん達一航戦の随伴、私は主に二航戦のサポートを担当したの。二航戦が南雲艦隊から離れてウェーク島に向かった時は、私も蒼龍さん達と一緒に戦ったのよ。ジャワで和蘭の貨物船を見つけたときは、赤城さんの頭越しに主砲を撃って叱られちゃったの。前方にいた僚艦のみんなも頑張ってくれてたけど、なかなか沈まないし じれったくなってきちゃって……すぐに南雲司令から止めるよう通達が来たけど、結局撃沈するまで撃ち続けちゃったわ。
     「仮面を被ってる」なんて言う人もいるわね。……ふふ、これのことかしら?(スッ…なんてね、冗談よ。私の艦長さんには、そうねぇ…夜戦バカちゃんの中の人だった橋本さん、二水戦の古村さんがいたかしら。ミッドウェー……米機動部隊を早めに見つけられなかったのは私も悔しいわ。特に、私の偵察機は米空母の真上を飛んだのに、雲が厚くて気付けなかったんですもの。空母艦隊が奇襲を受けた時には、最後に残った飛龍さんの所の艦載機を誘導してヨークタウン撃破に貢献できたけれど、あの後彼女も……レイテ沖海戦が私の最期。力を合わせて米空母一隻を撃沈したけれど、艦載機の反撃で大ケガしちゃって。乗員の人達も頑張って修理してくれたけど、更に空襲を受けて沈没してしまったの……。駆逐艦の野分ちゃんが生存者を助けてくれたって聞いて、安心したのだけれど……あの後、無事に帰れたのかしら?
     ギャランのステーションワゴン版として登場したレグナム。北米などでは売れていた車種であり、日本でもそこそこ売れた模様。一時期フロントマスクを「ガンダムルック」と呼ばれた。彼女の持つダークグリーンのレグナムは、後輪が滑りやすいよう工夫されており、元々の戦闘力として無駄のない事である。特に4WDシステムのおかけで、コーナリングなども素晴らしい効力を発揮してくれている。
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