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「艦隊これくしょん ~艦これ~」キャラマシン大公開!("駆逐艦"編) その1
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「艦隊これくしょん ~艦これ~」キャラマシン大公開!("駆逐艦"編) その1

2014-07-14 21:53
    小さい体に大きな力、そして可愛らしさがプラスされた駆逐艦。自分も含んでロリコン提督は何人いるんだろうと…。しかし、艦娘が多すぎるだめ、その数総勢170(名/台)以上!?コンパクトカー・ライトウェイトスポーツカー・オープンカーが多く登場!
    睦月「ここは駆逐艦のマシンを紹介する所です。睦月をもっともっと褒めるがよいぞ!褒めて伸びるタイプにゃしぃ、いひひっ!
    弥生「Honda・シビックシリーズや1990年代に登場した日本のスポーツカー達、マツダのユーノスロードスターとロードスター、トヨタの代表車種まで幅広く紹介。え…?弥生、怒ってなんかないですよ?……すみません、表情硬くて


    ・戦艦→こちら
    ・航空戦艦→こちら
    ・正規空母→こちら
    ・装甲空母→こちら
    ・軽空母→こちら
    ・水上機母艦→こちら
    ・その他艦種→こちら
    ・重巡洋艦→こちら
    ・航空巡洋艦→こちら
    ・軽巡洋艦→その1その2
    ・重雷装巡洋艦→こちら
    ・駆逐艦→その1、その2
    ・潜水艦→こちら
    ・潜水空母→こちら
    ・期間限定艦→こちら
    ・海外艦→こちら
    ・敵艦→こちら
    ・NPC艦→こちら

    ※パクリは厳禁。及び画像は無断使用を禁じます。
    ※車両説明は同じクルマ(S2000やGTO、NA型・NB型ロードスター等)を除き、完全版+オリジナルの解説(分かんない人のために艦隊の歴史等を艦これWikiから一部引用)のみ記載します。
    ※画像は「グランツーリスモ6(GT6)」となります。
    ※タイムトライアルのタイムは、「グッドウッド ヒルクライム(タイヤはスポーツ・ハード)」で出した記録である。参考程度でどうぞ。

    ■睦月
    ●ホンダ/シビック SiR-Ⅱ(EG)'91

    ・パフォーマンスポイント(PP):415
    「"スポーツシビック"と名乗る5代目シビックのシンボル」
     VTECエンジンを搭載して速さに磨きをかけたシビックは、1991年9月に5代目へとバトンタッチする。ボディは3ドアハッチバックと、新たに「フェリオ」と命名された4ドアセダンの2本立て。5ドアのシャトルは先代モデルを継続生産することとなった。キャッチコピーは「スポーツシビック」である。
     エンジンは、VTECの新展開によってバリエーションが広がった。基本にキャブ仕様の1.3Lと1.5Lを置き、その上に扱いやすい1.5LのSOHC VTECと省燃費指向の1.5L VTEC-Eを設定、その頂点にハイパワーな1.6L DOHC VTECという構成である。
     足まわりはホンダの新定番となったダブルウィッシュボーンを全車に採用。スポーツシビックのシンボルともいえるSiRは、先代よりさらに10PSパワーを上乗せし、170PSを達成した。
     足まわりではスプリングのバネレート、サスペンションのストローク量などが根本から見直され、いっそうスポーティなセッティングとなった。装備をシンプルにして軽量化を狙ったSiRと、オートエアコン、パワーウインドウ、本革巻きステアリングなどをおごったSiR-Ⅱが用意されたことは、先代と変わらない。
     新鮮だったのは、SiR-Ⅱに4速ATが追加されたことだ。5速MTのギア比は、ワインディングロード向きのクロスした設定だったが、この4速AT車は低中速域トルクを太らせたため、最高出力は155PSへとダウンした。とはいえATモデル投入の効果は大きく、シビックのスポーティイメージは、より幅広いユーザーへ広がったのである。
     残念ながら睦月型は旧式駆逐艦である。他の平均的な駆逐艦と比べて、火力・雷装・対空・装甲が10低く、耐久も6低い。代わりに燃費が少しだけ良いという特徴を持つ。具体的には、一戦(2目盛)当たりの弾薬消費量が、通常は4のところなんと3である。25%オフである。駆逐艦の戦闘能力で最も重要な回避力と対潜能力は、他の駆逐艦の平均ラインに乗っている。
     戦闘力は低いが燃費は良いので、遠征艦隊を任せるとチリも積もれば山となる。…かもしれない。睦月型を遠征に送る時は弾薬を消費する遠征を選ぶと良い。睦月型の燃費の良さは、1-1でキラ付けする時にも地味に響いてくる。ただしとても弱いためMVPをなかなか取ってくれないが。逆に言えばお共にはちょうどいい。結果として、低コストで遠征を大成功させることができるのが睦月型の特徴だと言っても良いだろう。もちろん面倒なキラ付けをせずに遠征を回しても、それなりに稼いでくれる。
     いくら性能が低いとはいえ、それなりのレベルがあれば1-1の周回程度なら問題なく行ける。Lv20で改造して近代化改修を行っていれば、1-1くらいなら単艦でも周回できる。さらには腐っても駆逐艦なので、昼の戦いをしのげば、夜戦でフラ戦をワンパンすることも可能である。レベルを上げて良い装備を積むことで回避力と対潜能力を底上げすれば、他の駆逐艦同様に活躍できる。はず。
     運は基本的に10(改造前)だが、ネームシップの睦月が12、長月が15となっている。改造した場合、長月が20に、卯月が14になり、その他の睦月型は全員12になる。なお睦月型の他艦は近代化改修素材として用いた場合、雷装+1にしかならないが、ネームシップである睦月は火力も+1される。これは他駆逐艦のネームシップのほとんどに適用できる法則である。
    実はこのゲームでは、彼女たち睦月型は魚雷発射管を初期装備していない。61cm三連装魚雷の説明文には”睦月型が装備している”と書いてあるにも関わらず、持ってくるのは12cm単装砲(と睦月のみ)7.7mm機銃)。睦月もわざわざ自己紹介で61cm魚雷を強調しているのに…である。「ふえぇぇぇ…私としたことが…。情けないのです…。」ただ仕様上、魚雷発射管がなくともお構いなしで魚雷は撃てる。
     また、改造時に大抵の子たちは10cm連装高角砲を持ってくるが、彼女たちは持ってこない。彼女たちにも装備したいときは開発などにも力を入れよう。代わりといっては何だが、61cm三連装魚雷は持ってきてくれる。
     大正時代、駆逐艦の雷撃力に不満を抱いていた海軍は、従来の神風型に強力な61cm魚雷を装備させ予備魚雷を全発射管分6本に増やしてみた。それが彼女たちである。艦これに登場する駆逐艦の中でも最古参なのだが、強力な雷装を持つため開戦時には一線級の戦力と見做され各地を転戦。当然消耗は激しく、結局姉妹全員戦没した。
     神風型と比べると、雷装増強で重量が増したにもかかわらず機関がそのままだったので速力は低下。船体はちょっと伸ばされ艦首の形を変更されたりしたが強度不足はお察しで、第4艦隊事件の際には妹ともども波で艦橋を潰されたりしている。典型的な船首楼船型であり、舳先部分を乗り越えてしまった波は、その直後の1番魚雷発射管があるウェルデッキに落とされ、艦橋へ打ち込まないようにしていた。当然1番発射管はいつも大波を被ることになり、ここに配員されると酷い目にあうことになる。後にシールドが装備されて、負担は幾分軽減された。
     火力も12cm砲4門と、すぐあとに続く吹雪型の12.7cm6門の足元にも及ばない…というより、特型がそれだけ革新的だったのだが。
     建造当時、日本海軍の駆逐艦は番号名だった、睦月の当初の名は「第十九号駆逐艦」当時、海外でも番号名の艦艇は珍しくなかったが、そこはモノにこだわる日本海軍。番号じゃ味がないので、昭和3年に全ての駆逐艦に名前が付けられた、海軍GJ!八八艦隊計画で駆逐艦を大増産するので艦名が足りなくなるのを心配して番号にしていたのが、おじゃんになってそんな心配する必要なくなったからというのは内緒だ。以下、「第二十一号駆逐艦」→如月、「第二十三号駆逐艦」→弥生、「第二十五号駆逐艦」→卯月、「第二十七号駆逐艦」→皐月、「第二十八号駆逐艦」→水無月(艦これ未実装)、「第二十九号駆逐艦」→文月、「第三十号駆逐艦」→長月、「第三十一号駆逐艦」→菊月、「第三十二号駆逐艦」→三日月、「第三十三号駆逐艦」→望月、「第三十四号駆逐艦」→夕月(艦これ未実装)となる。睦月から卯月までは奇数の番号が振られているが、皐月から最終艦の夕月までは通しの番号が振られている。絵師が異なっているのはこれが理由なのかもしれない。艦これ白書に掲載されている睦月の写真は第十九号駆逐艦時代のもの、艦中央に「名前」である19の番号があり、艦首の30という番号は所属駆逐隊を表している。如月の写真も同様である。
     12人姉妹で最初に睦月と来れば残りも旧月のような気がするが、なぜか8月の葉月はハブられ、9月が2人いる上に、10月以降はなくて、残りは月の満ち欠けの名前になっている。ちなみに、睦月は一月で彼女は一番艦なのだが、竣工順で如月皐月の方が年上。なお、艦名は単に順番につけただけで、進水日・竣工日などとは関係ない。艦名と一致するのは文月の竣工日(ただし新暦7月)くらいである。
    進水は1925年7月23日、竣工は赤城の丁度一年前、重巡で一番古い古鷹の6日前の1926年3月25日で、全ての重巡よりも古く、川内以前の軽巡洋艦よりは新しい。
     シビックというと耐久レースやワンメイクレースを思い出す名車となった5代目。すんなりという事を聞くことで、いい操作性を獲得。癖のない仕上がりとなった。

    ●ホンダ/シビック SiR-Ⅱ(EG)'95

    ・パフォーマンスポイント(PP):475
    「圧倒的な戦闘力を得て、前輪駆動の限界を破壊したEG6型シビック」
    (車両解説は、上記の「睦月」と変わらない為、省略)
     艦これ2周年となる2015年4月23日、オンラインメンテにて如月改二と同時に実装された。オンメンテかつ2隻同時改二実装は、これが初である。
     装備は、最早定番となった感のある浦風砲61cm三連装(酸素)魚雷、加えて天津風の初期装備である強化型艦本式缶も付いてくる。ちなみに如月改二も同じ装備。
     改造レベルは65と程々。レア装備の中堅どころが多いため妥当なところか。レベル65は、ちょうど難関遠征『東京急行(弐)』の旗艦要求レベルでもある。ここまで到達すれば、遠征旗艦も安泰である。
     自慢の低燃費は据え置きのまま、並の駆逐艦改と同程度の戦力として運用可能となった。睦月改からのステータス変化は、耐久+3、火力+6、雷装+10、装甲+4、対空+17、回避+1、対潜+10、索敵+4、運+2。火力は気持ち低めだが、引き換えに対空は高めに伸びる。卯月改や秋雲改のような特徴付け。耐久は4の倍数から4n-1に変化したため、数値以上の耐久度向上が望める(ケッコンしても同様)。同時に実装された如月改二と比べると、睦月は如月より運が1高い。一方、如月は火力・雷装・対空・回避・索敵で睦月を1上回る。駆逐艦改二勢の宿命か、LV150時の回避力が改の時よりも下がる114→110。この下げ幅-4は時雨改二の-3を抜いて全駆逐の中で最大。因みに如月改二のLV150時の回避は112である。残念ながら同時実装の妹共々単純な性能では他の駆逐艦改二勢には敵わない(どころか、改にすら概ね負けている)が、睦月型特有の低燃費を活かして周回やレベリングの随伴に向いている。燃料弾薬消費がそのままなので、遠征要員としての有用性は健在。「改造は燃費が…」と心配していた節制提督も安心。
     運は改二になって微増したもののほぼ変わりなし。運を十分に改修しない限りは、夜戦はカットインではなく連撃がメインになるだろう。
     卯月や弥生に倣って花つきの艤装が書き足された。花は睦月にちなんで山茶花(さざんか)あるいは椿の可能性がある。椿の花言葉は「控えめな優しさ」「誇り」「女性らしさ」「美徳」「おしゃれ」「理想の恋」「私は常にあなたを愛します」。欧米では「敬愛」「感嘆」「完全」「完璧」。赤色だと「控えめな素晴らしさ」「気取らない優美さ」「謙虚な美徳見栄を張らない」「自然の美徳」「慎み深い」「控え目な美徳」「高潔な理性」。欧米の赤は「あなたは私の胸の中で炎のように輝く」。他には「罪を犯す女」。
    山茶花の花言葉は「困難に打ち勝つ」「ひたむきさ」。華々しい活躍はなかったが、厳しい戦いを繰り広げた彼女にふさわしい言葉である。
     また月のバッジも追加、よく見ると上着とセーラーの2か所にある。バッジが2個ある事は如月の方だと分かりやすい。
     紺色の上着が追加されたことにより、睦月型全体の統一感がグッと増した。袖の2本線に添えられている文字は『睦月改二』であることが運営twitterアイコンよりわかる。
     無印の時点では煙突周りが特型駆逐艦のものだったが、睦月型準拠のものに変更されている。追加された機銃は史実で卯月などに搭載されたもの。
     イラストの武装も持ってくる装備通りのデザインに進化している。従来の単装砲と高角砲の混載となっているが、これは前部デッキの制約によるものと思われる。睦月型は1番砲と艦橋の間に峯風型系統共通の特徴としてウェルデッキがあるので、1番砲を大型の物に換装するのは構造上不可能となっている。実際に睦月型への搭載が検討されたのは、海防艦などに採用されていた10年式12cm単装高角砲(夕張砲とは別物)である。ちなみに実艦の睦月型は艦これ登場の日本駆逐艦で唯一連装砲を持っていなかったりする。初期装備にない右腕の単装砲は卯月や弥生が付けている物と同じもの。
     実際の睦月型の最終装備(1944年12月23日オルモック湾で撃沈された「夕月」)
    3年式12cm単装砲2基(1番砲と3番砲のみ残置)
    ・12年式61cm3連装水上発射管1基(1番発射管を残置)
    96式25mm3連装機銃2基(4番砲撤去跡に設置)
    ・96式25mm連装機銃2基(2番砲撤去跡に設置)
    96式25mm単装機銃6基(艦橋両舷、2番発射管撤去跡両舷、艦尾甲板両舷)
    3式1号電波探信儀3型
    3式片舷爆雷投射機2基
    爆雷投下軌条2本
     中破絵では安定と信頼の水色ブラジャーを披露してくれるが、改二ではそこに白いラインが追加されている。これは、史実で施されたダズル迷彩をイメージしていると思われる。持ってくる装備がすべて回避の上がるものなのもその影響かもしれない。

    ■如月
    ●ホンダ/シビック TYPE R(EP)'01

    ・パフォーマンスポイント(PP):449
    ・記録タイム:0'56.765
    「ヨーロッパ風の3ドア仕様を色濃く残した、7代目のタイプR」
     7代目シビックの登場は、2000年9月のこと。TYPE Rは1年以上遅れて、2001年12月に登場した。
     このモデルからシビックは大きく性格を変えている。日本国内では3ドアハッチバックの売れ行きが不振なため、5ドアハッチバックと4ドアセダンを主役にすえた。そして3ドアはイギリスのスウィンドンにある「ホンダ・オブ・ジ・UKマニュファクチャリング」で集約生産し、最速モデルのTYPE Rだけをそこから輸入するという形態をとったのだ。
     スタイリングはまるでヨーロッパ車のよう。サイズは全長4,135mm、全幅1,695mm、全高1,430mmと、シビックの歴史の中で初めて旧型より短く、高くなった。これはワールドカーとして総合力が求められたためである。
     1.5Lと1.7Lエンジンを主力としたシビックにあって、TYPE Rは2L直4DOHC i-VTECを搭載。「i-VTEC」とは、従来の可変バルブタイミング&リフト機構に、無段階カムタイミング調整機構を組み合わせたもので、全域でパワーアップが可能となった。
     最高出力215PS/8,000rpm、最大トルク20.6kgfm/7,000rpmを誇るエンジンは、日本で組まれてからイギリスへ送られ、ボディに積まれるというから、なんとも贅沢なクルマである。
     ギアボックスは6速MT。操作位置はインパネにあり、最初はとまどうが慣れると使いやすい。サスペンションは前ストラット、後ダブルウィッシュボーンと旧型より格下げされた印象もあるが、ハンドリングと乗り心地のバランスは素晴らしい。2004年1月のマイナーチェンジを受け、フロントマスクの顔つきがモダンになった。
     如月(きさらぎ)。1番艦で1月を意味する睦月に続いて、陰暦2月を意味する睦月型2番艦。実は竣工順が前後していて、睦月より皐月のほうがお姉さんなのだが、そんななか如月は竣工順でも2番目をキープと、妙に2に縁がある。睦月型で試験的に迷彩塗装(ダズル迷彩)を施されたのは1番艦の睦月のみという説が有力だが、資料によっては如月にも迷彩塗装が施された、という説もある。
     舞鶴工作部(舞鶴海軍工廠)で1925年6月5日進水、同年12月21日竣工。当初は「第二十一号駆逐艦」という艦名で、1928年に「如月」と改名された。佐世保鎮守府籍の睦月・如月・弥生卯月で第30駆逐隊を編成した。なお、開戦前年の1940年11月に卯月は第23駆逐隊に転出し、入れ替わりで菊月が編入された。
     自己紹介にあるようにウェーク島攻略戦では、五月蝿いF4F戦闘機の攻撃を受けながらもウェーク島への艦砲射撃を行い奮戦したのだが、…対空攻撃ってな・あ・に?陸上攻撃機の爆撃で沈黙したと思われたウェーク島のF4F戦闘機の猛反撃にあい、機銃弾若しくは100ポンド爆弾が魚雷か爆雷に当たって爆沈。開戦からわずか3日目のことである。これで開戦2日目に沈んでいたら、2は間違いなく呪われた数字に…これによりウェーク島攻略は一時頓挫し、真珠湾攻撃帰りの南雲機動部隊から二航戦の応援を受けてようやく攻略出来た。同作戦で陸上砲台の攻撃で沈んだ駆逐艦疾風(未実装)や、ハワイ沖で米空母機に撃沈された伊号第70潜水艦に続いて、如月は開戦から3番目に沈んだ海軍艦艇となる。また、現時点で艦これの登場キャラの中では戦前に事故で沈んだ深雪や、太平洋戦争開戦前に沈んだドイツのビスマルクZ1Z3に続いて5番目に早く沈んでいる。この時の如月の対空兵装は7.7mm機銃2丁のみという冗談のような装備。せめて25mm機銃が数丁あれば・・お陰で「戦闘機に沈められた唯一の軍艦」という不名誉な記録を持つこととなる。えっ…ふぅーん…艦これでは大丈夫ですわ。が実は松型駆逐艦の「梨」(未実装)も同様にF6F-5戦闘機のロケット弾が原因で沈んでいたりする。なお彼女の後任として第30駆逐隊に編入されたのが卯月公式4コマ第36話で卯月を死亡フラグ扱いしたのはこれが原因か。
     「魚雷って太いわよねぇ」「ふわぁぁぁぁ!そ、そこは~」を始め、他の睦月型姉妹に比べ台詞が妙にエr(ryこれは歌舞伎「忍夜恋曲者(しのびよる こいはくせもの)」という演目の、如月という遊女が親の仇を討つため敵に色っぽく言い寄るというストーリーが元ネタになっているのかもしれない。(あくまで憶測)また日中戦争での揚子江における宣撫活動の際、住民に塩を配ったところ、お礼として12~3歳の娘を危うく渡されそうになったという逸話が元ネタという説もある。(これもあくまで憶測)なおこの時応対に当たった航海長、艦長やまわりの乗員たちがニヤニヤ見守る中、大いにうろたえながら残りの塩を全部住民たちに押し付け、追い返した。あとで「航海長ッ、なんで貰わなかったと。あの姑娘、磨けば上玉になったばってん、惜しかことしたね」「そうですなあ。男装させて士官室の従兵がわりにしたら、航海長のガブ飲みも少しはおさまったでしょうに」と、幹部たちはめいめいに好き勝手なことを言って航海長をひやかして楽しんだという。ちなみにこの航海長、のちに不死身の潜水艦長と言われることになる板倉光馬である。
     もしくは2に縁があるということで、「二号さん」的なキャラ付けを狙ったとも考えられる(しつこいようだがこれも憶測)
     アニメ版では、第3話で轟沈送りされた艦これではエロ担当の艦娘。このホットハッチバックは、シビックをベースにホンダが作り上げたタイプR仕様。速さを重視してなく、長時間走っても疲れない乗り心地重視にしている。

    ●ホンダ/シビック TYPE R(EP)'04

    ・パフォーマンスポイント(PP):502
    「何もかもかレーシングパーツで武装、桁違いのEP3型シビックTypeR」
    (車両解説は上記の「如月」と変わらない為、省略)
     艦これ2周年となる2015年4月23日、オンラインメンテにて睦月改二と同時に実装された。
     基本的な性能・装備は睦月改二と同じなので、そちらを参照。3隻以上の姉妹艦がいる中で装備まで瓜二つなのは珍しい。
     睦月改二と比べると、如月は火力・雷装・対空・回避・索敵で睦月を1上回る。一方、如月は睦月より運が1低い。ただ影響が少ない運以外勝っているため基本性能全般は睦月改二の上位互換とも言えない事はない。なお最終的に如月60、睦月64と最大4差となる。
     如月改からの上昇幅は耐久+3、火力+7、雷装+11、装甲+4、対空+18、回避+2、対潜+10、索敵+5、運+1。
     駆逐艦如月は開戦わずか3日後の昭和16年12月11日、艦長以下全員戦死という無念の戦没を遂げている。当然改装は受けておらず、高角砲も酸素魚雷も搭載したことはない。まして缶は老朽駆逐艦のため、建造当時以来の出力低下の激しい旧式缶そのままだった。したがって改二の装備はすべてifテイストである。
     卯月や弥生に倣って花のついた艤装が書き足されている。花は2月の誕生花にちなみアネモネかツルニチニチソウ?
    アネモネ単品の花言葉には様々な意味があるが、紫のアネモネの場合「あなたを信じて待つ」という花言葉になり、彼女の内心を表してるかのような言葉になっている。ツルニチニチソウだとすると「幼馴染み」「生涯の友情」「幼い日の思い出」「優しい追憶」等、どちらにしろ意味深な花言葉になる。
     イラストの艤装や武装、月のバッジ2個と紺の上着は睦月とほぼ同様。睦月では隠れていた2個のバッジがよく見える代わりに、睦月ではよく見えた袖のラインと文字が隠れてしまっている。睦月と異なり上着の裏地に紫のライン(というより帯)が付いている。
     対空が大きく上昇しているのは自身を含めた姉妹艦の多くが爆撃に屈した為、「もしも生き残って要望通り対空兵装を充実させていたら」と言う事だろうか。
     台詞に「第三十駆逐隊」への言及が追加されている。艦これでは弥生に続いて2隻目。任務では(第一次)と(第二次)に分かれているが、第二次では如月が抜けて卯月が補充されているという趣向だった。しかし如月改二は上述の通りif改装であるため「第三十駆逐隊」もifを意識しているのかもしれない。第三十駆逐隊はもうちょっと再評価されてもいいと思う。


    ■弥生
    ●ホンダ/シビック TYPE R'08

    ・パフォーマンスポイント(PP):429
    「タイプR最後と言われた、8代目シビックの究極モデル」
     2007年3月、シビックにTYPE Rが2年ぶりに復活した。型式ナンバーをABA-FD2とする日本仕様は、ボディは4ドアのみ。インテグラ TYPE Rの4ドアが生産中止となってから6年ぶりの4ドア TYPE Rの復活でもある。
     インテグラ TYPE Rと比較して剛性を約50%向上させたというボディに搭載するパワーユニットは、2代目TYPE Rと同じ直列4気筒2L DOHC i-VTEC。しかし吸気系と排気系の見直しや圧縮比アップなどの改良を受けてわずかにパフォーマンスは向上、225PS/8,000rpm、21.9kgfm/6,100rpmを発揮している。とりわけトルク特性はVTECのハイカム領域全体で高められていて、常用域を犠牲にすることなく高回転域がさらに気持ちよくさらに速いエンジンに仕上げられている。
     これに組み合わせられるトランスミッションは、クロスしたレシオを持つ専用の6速マニュアル。フロントがマクファーソンストラット、リアがダブルウィッシュボーンのサスペンションだ。トルク感応型LSDは、専用コンパウンドを採用した18インチのポテンザRE070の高いグリップ力を活かせるよう入念に開発されており、ワインディングを走るのが楽しいだけでなく、そのままサーキットに持ち込んでタイムを削っていける足まわりを実現した。
     またブレンボと共同開発したアルミ製対向4ポットキャリパー・フロントブレーキ冷却システム、室内のエンジンスターターボタンなどなど、走りを強く意識させるエクイップは満載で、4ドアセダンでありながらスポーティさでは並みのスポーツカーをラクに陵駕できるだけのクルマに仕上がっている。
     2014年1月29日メンテで卯月とともに実装。睦月型駆逐艦の3番艦。艦名は旧暦3月の異称、「弥生」に因む。建造当時は駆逐艦は「第二三号駆逐艦」と名づけられ、1928年8月1日に改められた。 尚、時代が時代のため資料によっては旧字体で「彌生」と書き表されることもある。草間彌生じゃない。
     
    搭載されているタービンはヴィッカース社傘下のヴィッカース・メトロポリタン社製ラトー式タービン。帝国海軍の駆逐艦で外国製タービンを使用したのはこれが最後である。弥生以外では、長月も石川島・ツェリー式タービンを搭載していた。睦月型には量産が始まったばかりの艦本式タービンが搭載されていたが、比較研究のために弥生と長月はタービンが搭載された、というのは正確ではない。八八艦隊計画に伴う駆逐艦の大量生産のため、駆逐艦を製造する比較的小規模な造船会社へ供給する艦本式タービンの確保に不安があった。大手造船会社では艦本式タービンの独自生産も行っていたが、艦本式とは言うもののブラウン・カーチス社の特許が使われていたため、個々の法人がこれを生産するためには特許のライセンス取得が必要だった。しかし駆逐艦建造の造船会社にまですべてライセンスを取得させていると造船会社の負担がでかいうえに生産ラインの切り替えが間に合わないため、比較試験という建前で、すでに他社のライセンスを取得していた浦賀船渠・石川島造船所には自社製のタービンを積むことを認めたのである。なお、ラトー式タービンは日本ではあまり普及せず、「弥生」に搭載されたものの他は、同じく浦賀船渠で竣工した鉄道省(国鉄)の青函連絡船に幾つか搭載されただけで終わった。もともとカーチス社製タービンとウェスティングハウス社製減速ギア、つまりアメリカの系譜である艦本式に対して、イギリス製のラトー式タービンは技術的な系譜が違い整備などにも難が残ったためと思われる。もっとも、そんなことを言ったら、長月のツェリー式タービンなんか元来船舶用ですらないのだが。しかしここでワシントン条約締結。睦月型の建造は12隻で打ち切り、以降は特型駆逐艦に移行する。特型では求められる性能が大きすぎて駆逐艦建造の造船所には手に余ること、建造数が絞られるために海軍工廠からの供給で間に合うことなどから、以降は浦賀船渠・石川島造船所の製造分も艦本式タービンに統一される。
     就役時には同型の睦月・如月・卯月とともに第30駆逐隊を組織。1940年に卯月と入れ替わりで望月が僚艦となり、翌年の開戦を迎える。夕張を旗艦とした第6水雷戦隊に所属し、開戦と同時に火蓋が切られた第一次ウェーク島攻略作戦に攻略部隊本隊として参加する。だが攻略作戦は失敗し、この戦闘において僚艦如月を失う。ウェーク島攻略は開戦時の一連の奇襲作戦において、唯一失敗した作戦でもある。
     1942年に、解隊した第23駆逐隊から卯月が戻ってきて、第二次ウェーク島攻略作戦に夕張麾下の攻略本隊として再度参加。今度は攻略を成功させる。その後は南方攻略作戦に参加。1942年8月には、他艦に先駆けてガダルカナル島への艦砲射撃を行っている。
     「爆撃機とかは嫌い」なのは、自分だけでなく僚艦すらも航空攻撃の犠牲になったと言う史実によるものか。最初の犠牲者は先述の如月。戦闘機による爆撃ないし銃撃により失われた。ガ島艦砲射撃の帰りには、戦友の睦月がB-17に爆撃されて戦没。弥生が生存者の救助に当たっている。弥生自身もその3週間後、ラビ攻略部隊の撤収に向かう途中、B-17及びB-25約10機による爆撃を受け、轟沈。…トラウマになるのも仕方がない。磯風(陽炎型駆逐艦。未実装)が僚艦として同行していたが、空襲を避けるために弥生から離れてしまい、乗員の救助ができなかった。生存者はカッターで近くのノルマンビー島に上陸、食糧もほとんどなく飢えに苦しめられた。2週間後に漂流中のカッターが発見されて弥生の生存者がいることがわかり、磯風・望月により救助された。その望月も、1ヵ月後に米海兵隊の爆撃を受けて沈没している。そして磯風も大和特攻のとき矢矧の救援に向かう途中空襲で戦闘不能になり砲撃処分された。
     左腕単装砲に取り付けられているボロボロのリボンは、胸元につけているそれに酷似している事から睦月・如月の形見の品と思われる。これは、出撃時のセリフに如月の名前が挙がらないことや、上記にある通り睦月の生存者を救助し、最期を見届けていることから推察できる。煙突側に取り付けられているリボンは、実装初期はこちらも形見の品と予想されていたが、卯月が付けている桜の花飾りとお揃いのもの(弥生は梅の花飾り)であることが有力となっている。公式4コマ第36話にて、リボンのエピソードを思わせる描写が登場。そこでは単装砲側のリボンに対して睦月・如月の二人が対応する形となっており、煙突側に取り付けられているリボンについては言及されておらず、この説の裏付けの一つとなるであろう。
     歴代艦長には地味にソロモンの悪夢でおなじみの吉川潔(1937年11月~1938年9月在任)がいる。

    ■卯月
    ●ホンダ/シビック TypeR(EK)'97

    ・パフォーマンスポイント(PP):411
    「TYPE Rの名を冠した、ハッチバック型最強モデル」
     ホンダ シビックは1972年に初代が誕生したロングセラーカーである。1995年に誕生したEK型、通称「ミラクル・シビック」と称される6代目モデルは、主力モデルのエンジンを低燃費高出力の3ステージVTECに進化させ、さらにホンダマルチマチックと呼ばれるCVTも搭載した。
     ボディタイプは3ドアHBと、フェリオと呼ばれる4ドアセダンの2つで、この年の日本カー・オブ・ザ・イヤーを獲得するほど高い評価を得た。
     2年後の1997年8月、この6代目シビックについに「TYPE R」が登場。3ドアHBをベースとし、シビック初のTYPE Rとして注目を集めた。
     シビック TYPE Rのエンジンは、B16B型1.6L直列4気筒DOHC16バルブで、VTECを装備することでNAながら185PS/8,200rpmのハイパワーを実現。ボディは他のTYPE R同様軽量化が施されており、車高を落としたハードなサスペンション、大径化した4輪ディスクブレーキ、スポーティにセッティングした専用ABSなども採用されていた。
     さらにスポーツドライビングに最適な、レカロ社製バケットシートや、エアバック付momo社製小径ステアリングホイールも標準装備。これに、チャンピオンシップホワイトのボディカラー、赤いホンダエンブレム、チタン削り出しシフトノブなどの専用装備も加わり、スポーツイメージを大きく強調していた。
     軽量コンパクトでハイパフォーマンスなシビック TYPE Rは、シビック・ワンメイクレースやスーパー耐久シリーズなどのレースでも活躍。発売後10年以上経っても、多くのアマチュアレーサーに愛されたモデルであった。
     2014年1月29日メンテで弥生とともに実装。
     通常海域の第3~第5海域のボスドロップにて入手可能。現状は2-5、3-4、4-4、5-1、5-3、5-4にてドロップ報告がある。この中で5-4以外はどれも癖のあるマップな上に、S勝利でしかドロップしない。それに対して5-4は攻略難易度が低めなうえ、A勝利でもドロップするため、狙うなら5-4が楽。メンテ直後の数十分間だけバグで建造可能になっていたが、現在は建造不可。2014年3月28日~5月9日までの間、旧暦に因み期間限定で上記以外の海域でもドロップが設定され、また確率が上昇していた。現在は終了。追加海域は2-2,2-4,3-3の3海域、全てボスマス。
     改造前の性能は姉妹艦とほぼ同等。改造レベルが他姉妹と違い25になっている点は注意。また、改造後は独自のステータスになるので、改造後のページも参照。
     2014年05月23日のアップデートにて追加された任務『「第三十駆逐隊(第二次)」を編成せよ!』『「第三十駆逐隊」対潜哨戒!』に必要となる。この任務の達成は第五戦隊編成や榛名改二出撃、西村艦隊再編任務などのトリガーとなり、さらに新型電探配備や勲章を入手する出撃任務にも派生している模様。
     睦月型駆逐艦の4番艦。艦名は旧暦四月の異称、「卯月」に因む。「うっそぴょーん!」などと言うのは四月一日だけにして欲しい東京・石川島造船所で1925年10月15日進水、1926年9月14日竣工。当初は「第二十五号駆逐艦」という艦名で、1928年8月1日に「卯月」と改名された。ぴょんぴょん言うのは、卯月=卯=兎だからという噂。
     初陣が上海事変という古参で、日華事変では加賀さん全盛期の一航戦でトンボ釣りを務めていた。開戦直前まではニ航戦麾下でトンボ釣りをしていた。
     就役時は睦月如月弥生とともに第30駆逐隊に所属。開戦前年の1940年11月に望月と入れ替わりで菊月・夕月のいる第23駆逐隊に入った。1942年5月に菊月が戦没し23駆は解隊、卯月は30駆に戻った。その間の1941年12月(開戦3日後)に如月が戦没している。公式4コマ36話で如月が卯月を見てガタガタ震えているのは、卯月が30駆に戻ってきたのが自分が沈没した後のため。なお、任務で編成する「第三十駆逐隊(第一次)」は開戦時の30駆の編成であり、如月はいるが卯月は入っていない。
     ガダルカナルを巡る戦いでは、重巡加古が沈没した際に、付近の島に流れ着いた生存者を救助している。第2次ソロモン海戦で損傷し改修。姉妹の中で唯一、十三米特型運貨船(これより一回り小さい、通称「中発」)を運用できるようになった。何気に「龍田」の最期も看取った1隻。
     自ら述べているが、最終的には対空兵装を強化されている。「うーちゃん、爆撃じゃ沈まないから!」彼女がこう言うのは、睦月型12隻中10隻が空襲で失われたせいかもしれない。卯月以外では水無月が米潜の雷撃によって沈没している。開戦直後の如月没時から、睦月型に対しての対空兵装強化要望は出ていたものの、大本営から改装訓令が出たのは1943年3月以降であった。資料によっては、対空強化の代償として1943年7月からの修理・改装の際に第2魚雷発射管を外し、缶を一基減らされたとも言われている。
     レイテ沖海戦後の栗田艦隊に武器弾薬を運んだが、その帰路隼鷹に衝突され後部マストを折られた。公式四コマ36話で隼鷹が卯月に反応しているのはこの一件が元。
     1944年12月12日、レイテ島へ陸軍部隊を輸送する船団(多号第9次船団)を護衛中のオルモック湾で魚雷艇PT490らと交戦、魚雷2本が命中し沈没。共に生き残っていた夕月(未実装)は同日卯月の後を追うように空襲で沈没し、これを以って睦月型は全滅した。
     睦月型の「卯月」は二代目。神風型(初代)の26番目として誕生した初代「卯月」は廃艦後、無線操縦の実験艦となった。早い話日本初のラジコン駆逐艦である。もちろん無人兵器なんてものではなく、ラジコン船の役割といえば、昔も今も後輩のための標的である。

    ●ホンダ/シビック TYPE R(EK)ツーリングカー'97

    ・パフォーマンスポイント(PP):462
    「ワンメイク仕様のEK9RM。その小回りを武器に変えろ!」
     このモデルは、シビック TYPE R(EK)(1997)を元に、「グランツーリスモ」が独自にチューニングしたオリジナルモデルである。
     以下でベースとなった車両を紹介しよう。
    (ここから先の車両解説は上記の「卯月」と変わらないため、省略)
     対空兵装満載でやって来る。特に駆逐艦に搭載できる対空電探を持ってきてくれるのはありがたい、かも。他にも同電探を持ってくる艦はいるが、改造レベルがLv60Lv65。育成するのは卯月の方が圧倒的に楽。しかし卯月は2-5か4-4や5-4等後半マップのボスドロップしか入手手段がなく、時雨や木曾に比べ入手しづらい。しかも、それなりに司令部レベルのある提督が電探レシピをまわすと割りとポロポロっと出たりするので、牧場やってまで確保するものかどうかと言われると……
     他の睦月型と比べて対空と対潜の初期値が高いが、雷装と回避は改造前と変わらない。また最大値は他の睦月型と比べると対空が10高く、火力が5低い。運も多少高くなっているが長月には及ばない。運が高いのはウサギの足が幸運のお守りとされていることからか?
     2014年2月14日のアップデートで改の中破グラフィックが新たな描き下ろし絵に差し替えられた。これは同絵師の艦娘4人の中で卯月だけが唯一中破絵が普段絵の描き直し程度だった為だと思われる。また通常グラも微妙に変わっている。改造前の絵は変わっていないので、白露達同様図鑑で両方の絵を閲覧できる。
     持ってくる装備が対空兵装だらけなのは、史実での改装後の兵装を反映している。詳しくは卯月のページを参照。
     立ち絵リファインで変わったのは全体的な大きさと目の書き直し、襟にピンが追加されたことが大きな違い。襟についているピンは加古の髪留めとデザインが同一。おそらくは加古から貰ったものと思われる。これは第一次ソロモン海海戦直後、撃沈された加古の乗組員を救助した艦が卯月だったという史実から来ているものだろう。

    ■皐月
    ●日産/スカイライン GT-R(R32)'89

    ・パフォーマンスポイント(PP):481
    「容赦なくサーキットを暴れまわった、羊の皮を被った狼」
    (車両解説は重巡洋艦「加古」と変わらないため、省略)
     睦月型として性能は平均的。詳しくは睦月のページへ。
     時雨・最上・Z1・初月と並ぶ、艦娘でも貴重な「ボクっ娘」の一人。五人の中でも明るく勝ち気な性格のため、結構キャラは際立っている模様。
     何気に提督(司令官)に対してのアピールが多く、その無邪気な振る舞いにやられる提督も多い模様。
     金髪金眼と、睦月型のシンボルである「三日月のバッジ」も揃って何気に金色尽くし
     2015年1月23日のアップデートで任務「『第二二駆逐隊』を編成せよ!」と「『第二二駆逐隊』出撃せよ!」(1-4ボスS勝利)が追加された。
     必要なメンバーは「皐月」「文月」「長月」と、駆逐艦がもう1隻。これは第22駆逐隊の4隻目「水無月」が任務実装約1年半後の2016年8月実装のためである(小ネタ参照)。
     2016年2月29日に改二が実装された。当初2月中の予定とされていたが、諸々の事情で冬イベントの期間が延長されたため、結果的に末日ギリギリ2016年2月29日での実装となった。特型駆逐艦をそれぞれ吹雪型、綾波型、暁型として分けた場合、駆逐艦初の姉妹艦3隻目の改二実装と言う事になる。改二を必要とする任務「第三十一戦隊(第一次)」を編成せよ!、「第三十一戦隊」出撃せよ!」が追加された。
    皐月誕生 睦月型の最年長
     大阪・藤永田造船所にて1925年(大正14年)3月25日進水、同年11月15日竣工。当初は「第二十七号駆逐艦」という艦名で、1928年(昭和3年)に「皐月」に改称された。佐世保鎮守府に配属され、水無月・文月・長月とともに第二十二駆逐隊を編成した。 水無月は当初、艦これ未実装であったため、第二十二駆逐隊の任務で彼女の入るべき枠は、駆逐艦であれば誰でもいいことになってしまっていたが、2016年8月12日のメンテで水無月がついに実装された。今後どうなるかは不明である。幼い容姿に反し実は全駆逐艦娘の中で最年長。←2016年春イベで神風にその座を譲った。5月の名を冠した5番艦なのに、進水日・竣工日とも睦月・如月・弥生・卯月より早い。艦これに登場する駆逐艦の中で、開戦時に年下の軽巡がいたのは彼女だけ。ちなみにその軽巡は……艦隊のアイドルナカチャンダヨー!
    旧式の睦月型、最前線へ
     太平洋戦争開戦後は南方作戦に参加、同作戦終了後は、第一海上護衛隊の一員として戦線後方で船団護衛を行っていた。しかし1942年(昭和17年)後半になるとソロモン方面の戦いが激しくなり、皐月・長月・文月は第八艦隊(ソロモン諸島方面を担当する外南洋部隊)指揮下に組み込まれ、最前線に駆り出されることとなった。
     三次に渡るガダルカナル島撤退作戦(ケ号作戦)で、皐月は三回とも輸送隊として参加。作戦は成功し、これ以降皐月は中部ソロモン方面の輸送任務に奔走することになる。
    転戦、最前線の輸送隊
     ガダルカナル島撤退後、ソロモン諸島攻防戦の焦点は、コロンバンガラ島・ニュージョージア島へと移る。日本軍はこれらの島への増援部隊輸送を繰り返した結果、輸送を行う日本水雷戦隊とそれを迎撃する米巡洋艦隊による水上戦闘が頻発した。クラ湾夜戦では、新月(未実装)・涼風・谷風などの三水戦本隊が夜戦をしている間に、輸送隊としてコロンバンガラ島を目指したが、長月が座礁してしまう。皐月は長月の救援を試みるも断念、その後長月は空襲で破壊、放棄された。揚陸できた輸送物資は半数程度で、完全に成功とはいかなかった。続くコロンバンガラ島沖海戦でも輸送隊として参加、今回も神通率いる二水戦本隊が夜戦を繰り広げている間を縫ってコロンバンガラ島へと突入し、人員・物資全ての揚陸に成功した。しかし旗艦神通は司令部ごと沈没、皐月と水無月は神通の捜索に向かったが、何も発見できなかった。その後、重巡鈴谷・熊野と共に再びコロンバンガラ島へと出撃するが、空襲により艦隊は大きな損害を受け、皐月も損傷した。皐月は応急修理の後、損傷した熊野の付き添いで日本へと帰国、補修工事を行う。その間にコロンバンガラ島周辺の戦局は悪化し、同島からの撤退が決定。整備を終えた皐月は再びソロモンへと呼び戻される。皐月、水無月、文月は輸送隊として二度の撤退作戦に参加し、約12,000名の撤退に成功した。ただし、収容作業を途中で打ち切ったため約600名が島に置き去りになってしまったという。2015年秋イベント「突入!海上輸送作戦」では、このコロンバンガラ島への輸送作戦がモチーフとなり、E-2で上記の史実由来により、揚陸ポイント経由のボスルート固定メンバーの1隻に皐月が起用された。他のルート固定メンバーが、神通、雪風、浜風、三日月と全てコロンバンガラ沖海戦時の二水戦・警戒隊組なのに対して、皐月のみ輸送隊組からの抜擢である。
    戊号輸送作戦 小兵たちの獅子奮迅
     戦況悪化が甚だしくなった昭和18年末ごろには、ラバウル方面で活動できる駆逐艦は皐月、文月、松風(未実装)の3隻にまで減少していた。そんな中、皐月と文月は綿密な打ち合わせを重ねつつ、協力して仲良く輸送作戦に従事していた。皐月艦長の飯野忠男少佐と文月艦長の長倉義春少佐は海軍兵学校時代クラスメイトで、友人同士気楽に相談ができたからであった。この両艦長の指揮のもと、2隻は大奮闘をすることとなる。
     昭和19年1月3日、妙高・羽黒・利根ら巡洋艦を用いて陸軍部隊をラバウル方面に増強する「戊号輸送作戦」に、文月と共に対潜要員として参加中、カビエン付近で第37.2任務部隊の所属空母バンカー・ヒルとモンテレーの艦載機による大空襲を受けた。100機近い敵機を相手に、両艦は死に物狂いの対空戦闘を展開し、全ての爆弾と魚雷を回避。敵機撃墜11機を報じた。しかし2隻とも直撃弾こそなかったものの、機銃掃射により死者重傷者が続出、皐月では艦橋の幹部全員が重傷を負った。特に飯野艦長は左足を破砕されたものの、艦橋内で左足切断手術を受けながら指揮を続行するという凄絶な奮闘を見せて皐月を守りぬき、艦が無事帰港した後に、出血多量によって入院先で息を引き取った。2隻が機動部隊のすべての攻撃を引き受けたお陰で、戊号二号輸送部隊は無傷で助かった。皐月と文月のこの功績は感謝状授与の上、第八艦隊司令長官・鮫島具重中将から「武勲顕著ナリト認ム」と全軍に布告され、故飯野艦長には南東方面艦隊司令長官・草鹿任一中将より鞘に「武功抜群」と墨書きされた白鞘の日本刀が授与された。この白鞘の日本刀は、皐月改二で描かれているのだが、中破グラフィックのみで普段は見ることができない。艦長の生命を代償にした武功の証なので、むやみに見せびらかしたくはないのかもしれない。
    マニラに散る
     昭和19年9月21日のマニラ湾大空襲ではマニラ湾内を縦横無尽に駆けまわり、空中退避する味方機を弾幕で援護するなど奮戦、敵機10機撃墜を報じたが、至近弾により復水器が破壊され左舷機関が停止。速力が落ちて左にしか回頭できなくなったところに直撃弾で第一缶室が破壊されさらに速力低下、そこへ続けざまに爆弾2発を浴びて、ついに力尽き沈没。これだけの奮闘の末に沈没していながら戦死者は52名にとどまり、陸軍の救助艇と伊良湖によって多くの乗組員が助けられた。直後に米軍のマニラ上陸戦が開始されたが、乗員たちはその直前に後送されていたため、奇跡的にマニラ攻防戦に巻き込まれることはなかった。ある意味非常に幸運な艦だったといえよう。
     この2度の奮戦の様子については、『艦長たちの太平洋戦争』(光人社)に皐月の杉山艦長と文月の長倉艦長の証言が載っている。他にも多くの艦長たちの証言が満載の本なので、興味のある向きはぜひご一読を。
     史実では、1943年7月、さらに翌年の1月と7月と、僅か一年程の間に三度も工廠での修理を受けている。
    「皐月」を継ぐ艦
     沈没から57年後の2001年3月に海上保安庁「すずかぜ型巡視艇(現:ひめぎく型巡視艇)」の「さつき」として生まれ変わり、現在まで第十管区(宮崎)で活躍している。番号は「CL119」。また、161隻いる姉妹の中には「はまかぜ(CL50、第三管区・横浜)」「しまかぜ(CL59、第二管区・石巻)」、「はつかぜ(CL73、第二管区・宮古)」、「ゆきかぜ(CL81、第一管区・花咲)」、「すずかぜ(CL11、第一管区・小樽から第五管区・姫路に配置換えに伴い「ひめぎく」に名称変更、その後CL143、第一管区・小樽が再襲名)」もいる。
     初代皐月は日露戦争時にロシアから鹵獲した戦利艦(元はブイヌイ級駆逐艦のベドーヴイ)。因みに島田フミカネ氏によって艦娘化されている。仕返しされた格好になったのがСпасибо、スパスィーバである。日本海海戦の際はバルチック艦隊に所属しており、旗艦スワロフを失った際の傷で意識不明の艦隊指揮官ロジェストヴェンスキー提督を乗せて逃走を図ろうとしたが、日本駆逐艦に拿捕された艦歴を持つ。ちなみに拿捕したのはメシウマさんの先代や、陽炎の先代。ついでに艦これ白書では誤植で皐月の写真がこの初代皐月の方になっていた。

    ■文月
    ●マツダ/RX-7 GT-X(FC)'90

    ・パフォーマンスポイント(PP):438
    「走行性能ところが『感覚』ですら改良した2代目FC3S型アンフィニRX-7の熟成したモデル」
     RX-7が2代目のFC3S型へと進化したのは、1985年10月のことだ。
     ぐっと未来的になった2代目は、全長だけ初代より短くなったものの、全幅、全高は大きくなり、車両重量も初代に比べて約200kg重くなった。これをカバーしたのが新しく搭載された13B型エンジン。単室容積を654ccまで拡大、これにターボを組み合わせて最高出力185PS、最大トルク25.0kgfmへと性能を高めておる。
     リアの足まわりは、セミトレーリングアームとラテラルロッドを組み合わせたマルチリンク式へと進化した。このリアサスは独自のトーコントロールハブを備え、コーナリング時にリアタイヤの安定性を高める役割を果たした。
     FC3Sにはそのスパルタンな走りを象徴するような限定モデル、∞(アンフィニ)が存在した。∞はリアシートを廃した2シーターで、BBS製アルミホイールや専用ショックアブソーバー、アルミ製ボンネットなどによって運動性能を高めた仕様だ。最初の∞が登場したのは86年8月だが、その後FC3Sが生産を終える91年までに7回限定販売され、RX-7の代名詞的存在となった。
     89年にRX-7はマイナーチェンジを実施する。13Bエンジンは新たにインディペンデント・ツインスクロールターボを採用。圧縮比も高められて205PS、27.5kgfmへとパワーアップした。最終的にこのパワーは、∞の最後のモデルで215PS、28.0kgfmまで高められている。外観では丸型の3連テールランプがマイナーチェンジモデルの特徴となった。
     いっぽうソフト路線のRX-7として、87年にはカブリオレが追加されている。このカブリオレはアメリカでヒットし、特に女性から高い人気を集めた。
     性能については睦月を参照。睦月型故に戦闘はやや苦手だが、燃費のおかげで遠征は得意。遠征艦隊が睦月型駆逐艦ばかりで編成される事も珍しくはない。 作戦完了~、艦隊が帰投!おつかれさま~睦月望月と違い、編成任務や出撃任務に関わらない。(2014年3月8日現在)
     右手に持っているのは12cm単装砲、脚に装備しているのは61cm三連装魚雷だが初期装備は12cm単装砲のみ…どういう事なの?改装したら61cm四連装魚雷はもってきてくれる。だが他の駆逐艦のように10cm連装高角砲、61cm四連装(酸素)魚雷を持ってこない事に注意。改装後に必要ならあらかじめ確保しておこう。ちなみに腰に付けているのは爆雷である。水筒でも弁当筒でもないよ。


    ■長月
    ●ホンダ/S2000'99

    ・パフォーマンスポイント(PP):464
    「本田技研が手間暇かけて作り上げた、ホンダ唯一のFR」
     かつて500、600、800と、エンジン排気量を3ケタの数字で表していたホンダのSシリーズは、S500の市販から28年の時を経て、4ケタの数字を与えられて復活する。それが1999年4月、ホンダの50周年を記念して生まれたS2000だ。
     1963年に登場したS500には、エンジン、サスペンション、駆動機構に至るまで、ホンダらしい独特の走りの哲学があふれていた。ホンダはその哲学をS2000に注ぎ込んで、現代によみがえらせたのだ。
     S2000最大の魅力は、すべてが専用設計だったことだ。Xボーンフレームという高剛性なオープン構造モノコックボディを中心に、すべてがこのクルマのためだけに作られたのである。
     搭載エンジンもトピックだ。2L直列4気筒DOHCであるF20C型エンジンは9000回転という超高回転を許容し、NAでありながら250PSという最高出力を実現。いっぽうで10・15モード燃費12.4km/Lという低燃費も誇った。組み合わせられる6速MTも専用設計で、複雑な2次減速機構に、開発陣のこだわりが込められていた。
     2000年7月には、車速と蛇角に応じてギアレシオを可変させるステアリング機構、VGSを搭載するType Vを追加設定。2007年には空力とサスペンションを見直し、ワインディング走行をさらに楽しめるType Sも追加された。
     残念なことに2009年1月、ホンダはS2000を同年6月をもって生産終了することを発表した。これにより、ホンダのラインナップからFR車とオープンカーが消滅した。その1ヶ月前にF1からの撤退も発表しており、世界的な不況を背景に、ホンダはモータースポーツのイメージから一旦距離を置くことになる。
     第5水雷戦隊第22駆逐隊所属、隊員番号30、長月だ。真珠湾の前から中国大陸方面とかで働いてたぞ。その後もいろんな作戦や護衛の任務についた。ケ号作戦に参加できたのはちょっと誇りかな。
     私が搭載しているタービンは、睦月型の姉妹では唯一となる石川島ツェリー式タービンだ。他には弥生ヴィッカースのタービンを装備していたがな。ツェリー式は海軍では普及しなかったが、日本郵船の大型客船などではよく用いられた方式だ。大鷹型や飛鷹のような郵船上がりの商船改装空母は殆どツェリー式が用いられているぞ。
     1943年7月のソロモン方面コロンバンガラ島の鼠輸送。任務は達成できたが揚陸作業中に座礁してな。翌朝米軍機に見つかって爆撃され沈んだ(クラ湾夜戦)。下手を打ってしまった……勇み足というやつか。この前日の戦闘で、長月は僚艦新月及び夕凪とともに雷撃を敢行、米駆逐艦ストロングを撃沈している。改造で酸素魚雷を持って来るのはこの武勲のためか。ちなみに同型艦の全てが戦時中に沈没している。しかも12隻中10隻が空襲によるもの。こういう例は世界的に見ても稀有だったりする。他2隻のうち、卯月は水上戦闘で、水無月は潜水艦の雷撃で沈んでいる(水無月は未実装)。
     第22駆逐隊の慰霊碑建立に携わった二ノ方兼文氏(海兵59期、鹿児島出身)は、私が沈んでから沢風(未実装)や若葉の艦長を務めたよ。
     「長月」の名前は私で二代目だ。先代は(初代)神風型として沢山の姉妹の中にいた。
    三代目として私の名前を継いだ護衛艦「ながつき」は、1976年のアメリカ建国200周年記念、1986年の自由の女神100周年記念とアメリカで開催された国際観艦式に二度も参加した。歴史というのは面白いもんだな。
     ホンダの中では、絶望したユーザーは数知れず終わらせられたライトウェイトスポーツオープンカー、S2000。珍しく、艦娘の中では99年型(長月)、03年型(涼風)、04年型北米仕様(天津風)、06年型(響)と駆逐艦クラスで所有者は多くいる。ただ流通してるだけじゃ…ロードスターやZ、シルビアなどと戦える上、操縦性やバランス性はピカイチを持つ。
     長月が持つ初代AP1型S2000は非常にハンドリングがピーキーであり、エンジンオイルも1年も放置すると1リットル消費するなど、かなり癖の多かったS2000である。一応彼女なりにハンドリングの癖を抑えようと試行錯誤を繰り返し、それでもちょっと違和感があるような状態に、ミッション系はS2000のちょうどいいようなオールラウンダーなギア比にセットされ、低速域から高速域まで補えるようになっている。
     よく「睦月型はあんまり良くない・不良品だ」等、散々な目に遭わされているが、それは違う。その証拠にこのAP1型S2000で証明してやろう!

    ■菊月
    ●三菱/ランサーエボリューション GSR'92

    ・パフォーマンスポイント(PP):458
    「その車名は、後に2014年以降に消えてしまう『ランエボ』の初代モデル」
     ランサーエボリューションのデビューは1992年9月。量産セダンだったランサーのコンパクトなボディに、それまで三菱のWRCを担ってきたギャランVR-4のメカニズムを詰め込み、まさにラリーのためのクルマとして誕生した。
     コアとなる4G63型エンジンは2L直列4気筒DOHCターボで、デビュー時にすでに250PSのパワーと31.5kgfmという最大トルクを誇った。さらにこれを4輪に伝えることで圧倒的なトラクションを誇り、当時でもこのクラスの常識を超えた速さを実現していた。
     初登場から約1年後の93年12月には、ランサーエボリューション Ⅱへと進化し、最高出力も260PSへアップされた。この時タイヤサイズも205/60R15へと変更された他、ホイールベースやトレッドサイズにまで変更が施された。この頃になると、いわゆる「ランエボ」の愛称がすっかりファンの間に定着するようになる。
     続く進化は95年1月だった。3代目となったランサーエボリューションⅢは、空力性能向上のためにエクステリアが大幅に変更された。拡大したフロントバンパー開口部や大型リアスポイラーによって、まさにコンペティションのための進化が感じ取れる迫力ある姿を手に入れた。
     4G63型パワーユニットは、圧縮比を9.0まで高めるなどして、最高出力を270PSまで伸ばした。サスペンションなどにも細かな変更・改良が加えられて、動力性能と運動性能は大きく飛躍している。当時ベースとなるランサーがフルモデルチェンジを控えていたため「このエボⅢが最後のエボではないか」という噂も流れた。
     菊月とは陰暦9月のことだ。菊の節句(重陽の節句)があったからな。だから姉貴と同じ意味になる。大正生まれ最後の駆逐艦だ。こう見えて古強者…こらっ、つんつんするな!
     開戦時は二航戦隷下の第二十三駆逐隊に所属していたが、真珠湾攻撃には参加してない。征ったのはグアム島のほうだ。それからはソロモンあたりの攻略戦…護衛や支援ばかりだったがな。MO作戦の序盤、ツラギ攻略にも参加した。だが給油中に爆撃に遭って座礁、そのまま止めを刺されてしまった。不覚だった…だからミッドウェー作戦にも参加してない…一度は大きな舞台で戦いたかったな。
     骸はかの地にあって野ざらしさ。今もな……。もうボロボロだが、在りし日の勇姿を垣間見てくれたらうれしく思う。
    「菊月」「沈没場所」「ツラギ島」等の単語での画像検索や、下記リンク先の画像で現在の姿やこのような姿になった経緯を確認することができる。しかしその姿は、上でも彼女が言っている通りの無残な状態なので、菊月ファンの提督諸氏は心して閲覧していただきたい。1943年、米軍の手によって引き上げられた菊月は徹底的な調査(英語)を受けた後に再び湾内へ戻され、着底放置されてしまう。ツラギ島の東にあるガブツ島(Ghavutu) とタナンボゴ鳥(Tanambogho)、さらにその東にトウキョウ・ベイ(Tokyo Bay) と呼ばれる入り組んだ湾があり、今でもそこに放置されている。暫くは原型を留めていたが(その様子:仏語)、長年の風雨や波浪による風化のため、水上に出ていた艤装のほぼ全てが崩壊し、現在では甲板上構造物は原型をとどめていない。さらに地球温暖化による海面上昇により、少しずつ海面下に没しつつある。googleマップに於いて、座標「-9.12338312616736,160.2377804342934(緯度,経度)」で、ほぼ全体を海に沈めている菊月の姿を確認する事ができる。
     ちなみに私は二代目だ。初代は神風型(初代)駆逐艦の29番目だった。三代目の「きくづき」は、海自の幹部候補生を乗せて遠洋練習航海を三回、その内の二回は世界を一周したんだ・・・。

    ■三日月
    ●スバル/インプレッサ セダン WRX STi'94

    ・パフォーマンスポイント(PP):472
    「伝説が始まった、初代インプレッサのSTI仕様」
     1992年11月、スバルはインプレッサ WRXを発表した。名前からもわかるように、このクルマはWRC、世界ラリー選手権で勝利するために生まれたピュア・スポーツセダンだ。
     コンパクトなボディに搭載されたエンジンはEJ20型水平対向4気筒ターボで、最高出力240PS/6,000rpm、最大トルク31.0kgfm/5,000rpmを発揮した。1ヶ月半前に登場した三菱ランサーエボリューションとの最大の違いは、ランエボが限定車であったのに対し、WRXはれっきとしたカタログモデルだったことである。
     94年1月、そのインプレッサ WRXにSTiことスバル・テクニカ・インターナショナルが手がけたスペシャルモデル、STi バージョンが加わる。これはWRXに鍛造ピストンやストラットタワーバーといったSTiのスペシャルパーツを組み込んで性能向上を図ったモデルで、エンジンスペックも250PS、31.5kgfmまで向上していた。
     94年10月にインプレッサはマイナーチェンジを受け、WRXのスペックも最高出力が260PS/6,500rpmへと向上する。これを受けてSTi バージョンにはモータースポーツベース車両であるタイプ RAをベースにしたWRX タイプ RA STiが追加され、最高出力275PS/6,500rpm、最大トルク32.5kgfm/4,000rpmというハイパワーを達成した。
     翌95年8月にはWRX STi バージョンⅡが登場する。このモデルはスペックこそ前年と変わらないが、ベース車両をWRXとWRX タイプ RA、そしてワゴンにまで広げたのが特徴だった。同時にWRCマシンと同じ555カラーのレプリカモデルが、セダン500台、ワゴン100台という台数限定で発売された。こうした市販車の動きと呼応して、この年インプレッサはWRC初のシリーズタイトルを獲得している。
     この艦名は読んで字のごとくあの三日月のことなのだが、ここまで綺麗に旧暦月を並べてきた(何故か旧8月の葉月はハブられたが)睦月型が、いきなり天文由来の言葉に鞍替えしてしまった。陰暦9月を意味する艦名が長月菊月と2艦続いてこれである。次に来るはずの「神無月」をよほど付けたくなかったと見える。神が無いとは縁起が悪い!とでも思ったのだろうか。だったら島根県のみ通用する「神在月」にすればよかったのに…なお、11月の「霜月」はずっと後に秋月型駆逐艦に採用されている。睦月型最後の12番艦「夕月」(艦これ未実装)は、そのまま「夕方の月」の意味であるが、三日月の別名でもある(日没の直後にやっと見えたと思ったらすぐに沈んでしまうことから)。
     彼女は開戦時は駆逐隊に所属しておらず、第三航空戦隊(鳳翔瑞鳳)の直衛艦だった。のちに睦月姉たちのいた第30駆逐隊に加わったが、その時30駆はすでに睦月如月弥生らも戦没し、卯月望月らしか残っていなかった。加入から4ヶ月足らずで彼女も空襲を受けて大破、艦は放棄された。
     彼女のいう「強行輸送任務」こそが鼠輸送である。睦月型駆逐艦は旧式(他の駆逐艦より10年ほど年長で軍縮条約の影響を受けていない)でもあり、諸外国の駆逐艦同様、直衛任務や哨戒任務の多い駆逐艦らしい駆逐艦であった。
     コロンバンガラ島沖海戦にも参加。先頭に位置し、前方警戒を担当する立場にあった。次発装填装置により戦果を拡大した当海戦であったが、三日月は搭載していなかったため一度目の雷撃の後離脱している。余談だが、同海戦の例で言うと、旗艦であった神通か警戒担当の三日月が探照灯照射をするのがセオリーであった。もしかしたら三日月がああなっていたかも知れない。
     睦月型10番艦である彼女が持つGC8型インプレッサWRXSTIは、金剛四姉妹と同じインプレッサだが、初期型である。90年代日本スポーツカーを代表する一台であり、四輪駆動の特性を掴むのにお勧めの車両でもある。
     癖もなく、どんなコースだろうと走れるオールラウンド用にセットされている。無駄のない操作性を持ち、ブレーキも強化。サスペンションも高価なものに変えられている。ターマックでもダートでも悪路走破性を持つインプレッサ。三日月の可愛さと合う最高のクルマである。

    ■望月
    ●トヨタ/セリカ GT-FOUR(ST205)'98

    ・パフォーマンスポイント(PP):452
    「アルミボンネットやリアスポイラーで知名度を上げた6代目セリカのスポーツグレード」
     1993年10月、トヨタ セリカは6代目へとフルチェンジした。この6代目からセリカは、未来的なスタイリングを持つFFスペシャリティというキャラクターを明確に打ち出すようになる。
     6代目セリカ最大の特徴は、ついに3ナンバーボディを採用したことだ。全長4,435mm、全高1,305mmという数値は旧型とほぼ同じだが、1,750mmという全幅はセリカに新しいデザインの可能性をもたらした。具体的には先代のノッペリしたフォルムを捨て、より凸凹を強調したコークボトルラインを採用。フロントマスクも、無表情なリトラクタブルヘッドライトから表情豊かな丸目4灯式へと採用された。
     エンジンは当初、2種類の2L直4DOHCのみ。180PSを発揮する3S-GE型と140PSを発生する3S-FE型である。サスペンションは伝統ある前後ストラットを継承。ブレーキはフロントがベンチレーテッドディスク、リアがディスクであった。グレードは3S-FE搭載モデルがSS-Ⅰ、3S-GE型搭載モデルがSS-Ⅱと呼ばれた。SS-Ⅰでは4WSが、SS-Ⅱでは新開発のスーパーストラットサスペンションが装着可能だった。
     翌94年2月にはおなじみのWRCベースモデル、GT-FOURが投入された。今度のGT-FOURはアルミボンネットとパワーパルジ、リアスポイラーを標準装備しており、3S-GTE型2Lターボのパワーは255PSまで高められていた。この年にはコンバーチブルモデルもデビューしている。
     97年にはマイナーチェンジを実施。SS-Ⅱのエンジンが可変バルブタイミング機構であるVVT-iを採用して200PSまでパワーを高めた。若いクルマユーザーの嗜好がRVへとシフトする中、独自の魅力を放ったスタイリッシュなクーペであった。
     三日月に続いてお月様からの命名、十五夜の満月のことである。
     艦これにおいて貴重な眼鏡っ子である。浦賀船渠にて1926年3月23日に起工され、翌年10月31日に「第33号駆逐艦」として竣工。「望月」という名が与えられたのは1928年8月1日のことである。1937年より第23駆逐隊として日中戦争で活躍、開戦前年の1940年に卯月と入れ替わりでのいる第30駆逐隊へ移動するが、開戦直後にウェーク島攻略作戦により如月を失う。その後もラバウルやモレスビーなどの攻略作戦に参加する。8月27日再び出港、ソロモン方面へ進出しガダルカナルへの輸送作戦などに従事する。9月26日、2週間前に沈没していた弥生の生存者を『磯風』とともに救助している。12月9日、フインシュから帰る途中に爆撃を受け損傷、43年2月に佐世保に帰り修理を受ける。3月からラバウル方面に進出し再び輸送任務に従事、7月にクラ湾夜戦に参加し損傷を受け、再び佐世保で修理する。9月に佐世保を出港、10月1日のコロンバンガラ島撤退作戦に参加。1943年10月24日、輸送作戦中に米軍海兵隊の爆撃を受け沈没。
     1969年に海上自衛隊護衛艦「もちづき」がその名を受け継いだ。余談だが、この「もちづき」は1974年の第十雄洋丸事件において実戦参加、艦砲射撃を行っている。この時チームを組んだのが「はるな」と「ゆきかぜ」であった。
     艦娘たちの轟沈台詞はどれもキツイものが多い(幼い駆逐艦達は特に)が、望月はその中でもトップクラスのトラウマを生むレベル。決して生で聞くことの無いよう、提督諸氏には気を引き締めていただきたい。

    ■吹雪
    ●マツダ/ユーノスロードスター(NA型、スペシャルパッケージ)'89

    ・パフォーマンスポイント(PP):374
    ・記録タイム:1'01.178
    「ギネスまで認定した、世界最量産されたNA型ユーノスロードスター」
     ユーノスロードスターは、ライトウェイトスポーツというカテゴリーを20世紀末によみがえらせたクルマだ。軽量コンパクトなボディ、1.6L直列4気筒DOHCエンジン、後輪駆動レイアウトといった要素を盛り込み、まさにライトウェイト・オープン2シーターの王道といえる1台である。
     日本でのデビューは1989年9月。当初は120PS/14.0kgfmを発生する1.6L・B6-ZE型エンジンが搭載された。トランスミッションとリアデフの統合にはアルミ製パワープラントフレームが用いられ、剛性感あるシフトフィーリングの実現に成功していた。足まわりは新開発の4輪ダブルウィッシュボーン、ブレーキには4輪ディスクがおごられたが、こうした走りに関する部分では、コストを度外視した設計が行なわれたという。
     このためロードスターのドライブフィールは、まさに人馬一体というべき爽快感あふれるもので、オープンモデルであることがそれをいっそう鮮烈にした。クルマを意のままに操るという根源的な楽しみはなにものにも代えがたく、初心者からベテランまで、あらゆるドライバーがその虜になった。
     93年8月にはマイナーチェンジを実施。新エンジンはBP-ZE型1.8L・DOHC。130PS/16.0kgfmにまでパワーは向上した。
     95年8月の2度目のマイナーチェンジでは、ファイナルのギア比やフライホイールを変更。1800シリーズⅡへと進化を果たしている。
     ユーノスロードスターは数多くの限定モデルを生み出して、97年末までに53万1,890台が作られたが、この数字は単一車種2シーターオープン生産の世界記録として、ギネスブックのも登録されている。
     開始時に選べる初期艦娘(吹雪、叢雲五月雨)の内の一人で、公式主人公である
     運が17あり、未改造の駆逐艦の中では雪風(50),(20)についで3番目に高い。しかし、吹雪改になると他の改造艦と同じ12まで下がってしまう。(ナンテコッタ改造によって運が下がってしまう艦娘として、他に天龍,龍田,大井,衣笠などが上げられる。これらがゲームバランスや史実などによる意図的な下方修正なのかは不明。最期の時、青葉運を吸い取られた訳ではない。・・・タブン。
     公式サイトの吹雪紹介文によると「憧れは先輩の扶桑山城姉妹。」(原文ママ)改装後に運が低くなるのってそういう…しかしアニメ版での憧れの的は何故か赤城に差し替えられている。見捨てられた・・・不幸だわ・・・・
     ネームシップということもあってか初期艦娘の中では若干レア度が高い。雪風や島風のように建造で狙うことは困難ではあるが、他の初期艦娘同様に1-1でDropできるため、デイリー消化やキラ付け作業中にひょっこり顔を覗かせたりする。焦らず待とう。
     運が17で三連装魚雷が最初からついてくる…というとすごくお得に聞こえるマジック。なお実際は(ryむしろ吹雪のメリットは序盤の任務報酬で必ず貰える駆逐艦が第十一駆逐隊で一緒だった仲間ということにあるような。
     はじめまして、吹雪です。末っ子のちゃんまで含めて、特型24姉妹のお姉さんです。よろしくお願いします!といっても、実際は私から始まる特I型10姉妹、綾波ちゃんの特II型10姉妹、ちゃんの特III型4姉妹で区別することが多いんですけど、基本的には私と血の繋がった可愛い妹たちです。だから、みんなまとめて吹雪型って呼ぶこともあります。ちょっとややこしいですけどね。……複雑な家庭事情みたいって?変な想像しないで下さい!
     図鑑の説明文にもある、「ワシントン(海軍軍縮)条約」というのは、軍艦の建造や保有数を制限する当時の軍縮条約です。特に戦艦や空母のような強力な艦は厳しい制限を受けてしまったので、規制の緩い小型の、例えば私達駆逐艦のような補助艦艇を充実させてバランスをとろうと当時は考えられたのです。そんな事情から、厳しい要求を乗り越えて生まれた艦隊型駆逐艦の新基準、それが私、吹雪です。睦月姉さんの時点でも充分に当時の高性能艦だったのですが、37ktの高速力はそのままに長大な航続距離や航洋性を確保しつつ重武装化を実現させた私の出現に、世界中が驚いたと言われているんですよ!具体的に睦月姉さんと比べてみると、魚雷は3連装の2基6門から3基9門に、主砲は12cm単装4門から12.7cm2連装6門にパワーアップしているのです。この魚雷発射管9射線というは日本海軍の駆逐艦としては二番目に多い同時発射数なんですよ。駆逐艦の小さな船体にこれだけ武装を積むのは大変ですけど、3基搭載した連装砲の2基を後ろ、1基を前に持ってくることで、上手に重心バランスを取って解決しています。このアイディアのおかげで駆逐艦も重武装化ができるようになったので、以降の駆逐艦で踏襲されることになりました。初春型? ……大変だったみたいですね。
     そんな駆逐艦の代表格な私ですが、日本が誇る酸素魚雷は積めません……妹たちの中には、改装して特別に積める様にした子()もいたって聞きますけど、標準装備になるのは白露ちゃんからです。でも、艦娘になった今なら大丈夫、バッチリ搭載できます!酸素魚雷、一斉発射よ!
     バタビア沖海戦ではいち早く敵艦隊を発見、触接して日本側の勝利に大きく貢献しました!
    この戦いは敵巡洋艦2隻、駆逐艦1隻撃沈に加え、輸送船団の護衛成功という大勝利だったのですが味方の魚雷が陸軍の輸送船数隻を撃沈してしまい護衛隊司令部が謝罪しに行く騒動になってしまいました。
     ミッドウェー海戦には後方の主力部隊の一員として参加しましたが、前衛の南雲機動部隊の壊滅により作戦は中止され、交戦することなく撤退となりました。
     最期はサボ島沖海戦です。青葉さんが発見した艦影が敵か味方かわからないと言うので目視で確かめようとしたんですが、やっぱり敵でちょっと近づき過ぎて、ボコボコに撃たれて沈んじゃいました……。
     っと、実は私で「吹雪」は二代目なんです。先代の私は村雨ちゃんやちゃんの先代と姉妹でした。あの日本海海戦でも頑張ったって聞いています。戦後も「ふぶき」の名前は、海上保安庁で二回使われました。残念ながら現在は両方とも退役しており、初期艦娘五人で、後継者が現役でないのは私だけになってしまいました。
     「ファミ通コミッククリア」サイトに連載されている、公式4コマ漫画では主役に抜擢されました。単行本になった時には、『吹雪、がんばります!』って副題も付きました!そのほかにも、ファミ通.com 艦これ応援企画のプレイ漫画『艦々日和』や、2014年放映開始予定のアニメ『艦隊これくしょん-艦これ-』でも主役に抜擢されています!
     え?太ももの間から白いのが見えてる? あの、見間違いとか、あの、塗り間違いとか裏地とかだと思いますけど……しばふ先生「パンツ!パンツです!」いやぁっ!? そんなっ、ダメですぅ!!
     グスン…なんですか?ブラウザの情報ボタン?……なんでアップにするんですか!? やめて見ないで!見ないでぇぇぇ!!
     アンソロ横須賀鎮守府編1巻に私のネタなんてありませんでした、いいですね?アッハイ

    ●マツダ/ロードスター ツーリングカー

    ・パフォーマンスポイント(PP):484
    「絶対的なバランスを向上、筑波4耐久レースを彷彿とさせるNA型のレース仕様」
     このモデルは、ユーノスロードスター(NA スペシャルパッケージ)(1989)を元に「グランツーリスモ」が独自でチューニングしたオリジナルモデルである。
     以下でベースとなった車両を紹介しよう。
    (ここから先の車両解説は上記の「吹雪」と変わらないため、省略)
     2015年1月9日のアップデートに於いて、アニメ放送に合わせる形で満を持して実装された。
    同時に、初期艦娘5人の中で改二実装一番のりとなった。
     改造練度は70と高め。言ってしまえばВерный等と同じく駆逐艦最高練度が必須となる。しかし、94式高射装置及び新装備である61cm三連装(酸素)魚雷を持参してくる為、納得の練度だと思われる。改二実装に合わせて、94式高射装置の改修可能艦に吹雪改二が追加された。これにより秋月未入手の提督も、94式高射装置を改修することで「10cm高角砲+高射装置」を手に入れることが可能となった。量産も理屈の上では可能だがネジと開発資材の消費量が多いため非現実的。詳しくは94式高射装置のページにて。同時に新規装備である61cm三連装(酸素)魚雷改修にも対応。下位装備である61cm三連装魚雷の改修・更新も可能となったが、こちらには吹雪か吹雪改が必要なので注意。改二になると改修不可になる。
     耐久・装甲はそれぞれ+1とあまり差はないが、他の能力値については島風や雪風と比べても遜色のないステータスに変貌している。特に対空・索敵は駆逐艦改二ではトップクラスで、改で一旦下がった運も再び向上している。
     両手に装備された10cm連装高角砲94式高射装置、13号電探、酸素魚雷運用能力を持つ三連装魚雷など、史実では昭和17年秋という割に早い時期に戦没した吹雪は、これらのどの兵装も装備したことがなく、いわゆるif改装のテイストになっている。改装設計図が必須でなくてよかった後述の艤装など秋月型に近いもののゲーム上では秋月のような特殊な対空カットインを発動することはできない。
     TVアニメ版において「赤城さんの護衛艦になる」という夢を叶えたかのような改二である。
     制服は綾波改二に似た赤いラインの入ったものに変更されている。
     艤装は帯によって肩で背負うタイプから、背中から腰部分のパーツで装着するようになった。マストは秋月型の後期タイプに用いられた対空電探を搭載できる形状に変更されている。
     回避、索敵値が高いのはバタビア沖海戦で敵艦隊を最初に発見し味方艦隊に通報、触接を行い、味方艦隊との合流まで煙幕を張りながら単艦で戦闘したエピソードによるものだろうか。
    また、この時日本側の戦闘詳報では吹雪の雷撃による敵艦の速力急減が報告されており、これが雷装値に反映されている可能性もある。
     火力に反映されている可能性を考えられる要素は、エンドウ沖海戦(駆逐艦サネットの共同撃沈)、シンガポール方面での通商破壊作戦(敷設艦2隻共同撃沈)、バタビア沖海戦後(5000t級タンカー1隻、駆逐艦1隻共同撃沈)、ガ島方面での戦闘(駆逐艦1隻共同撃沈、1隻大破)、ガ島への対地砲撃などが挙げられる。


    ■白雪
    ●マツダ/ユーノスロードスター Jリミテッド(NA)'91

    ・パフォーマンスポイント(PP):380
    「800台のみ生産された、NA型ユーノスロードスターの限定バージョン」
    (車両解説は上記の「吹雪」と変わらないため、省略)
     ゲーム開始数分から数十分で達成可能になる任務『はじめての「編成」!』の報酬として入手可能。最大公約数的な意味で全ての提督にとっての初期艦娘とも言え、思い出深い艦娘となる・・・はず?
     初雪ちゃんたちと一緒に、日華事変から、マレーバタビアミッドウェー海戦などに参加しました。ソロモン海戦には三度とも。バタビア沖海戦はよい思い出です。
     第八十一号作戦で空襲を受けたのが最期に…ええ、このとき旗艦でしたので木村昌福司令官もご乗船なされていましたが、重傷を負わせてしまいました。さらっと言っているが、八十一号作戦は鈍足の輸送船団を昼間に敵前強行突破させようという無茶極まりない作戦だった。白雪の第三水雷戦隊参謀はこのムチャぶりに「敵空軍のため全滅のおそれがある、中止したらどうか」と異例の意見具申をしたが、第八艦隊参謀神重徳大佐(発案者)の答えは「これは命令である、全滅覚悟でやってもらいたい」だった。案の定、敵空軍の大群に襲われて、頼みの戦闘機隊の迎撃も失敗。敵空軍は反跳爆撃という命中率の良い新戦法で船団をかたっぱしから蹂躙した。結果、輸送船8隻すべてが沈没し、護衛の駆逐艦も白雪はじめ荒潮、時津風(艦これ未実装)、さらに荒潮らを救おうと舞い戻った朝潮も沈没。陸海軍合わせた犠牲者は3600名あまりにも及び、第51師団は戦わずして戦力の殆どを失うという大惨事となってしまった。昭和18年3月3日のこの地獄のような雛祭りは、米軍側呼称「ビスマルク海海戦」、日本では「ダンピールの悲劇」と通称されている。海戦中、木村司令官が機銃掃射で重傷を負った際、信号員がとっさに「指揮官重傷」と信号旗を掲げた。しかし木村司令官は「陸軍さんが心配する」と叱りつけて「只今の信号は誤り」と訂正させた。直撃弾による弾薬庫爆発で艦尾が無くなった白雪は、敷波木村司令官らを託して後を任せると、そのまま静かに沈んでいった。なんとか生き残った駆逐艦朝雲(艦これ未実装)の艦長は憤激のあまり、第八艦隊司令部に「こんな無謀な作戦は日本民族を滅亡させるようなものだ、よく考えてからやれ!」と怒鳴り込んだそうである。
     このときの艦長は、後に坊の岬沖海戦で奇跡的に戻った駆逐艦「涼月(未実装)」の平山敏夫中佐です。ほかにも、戦艦「伊勢」最後の艦長牟田口格郎提督などがいらっしゃいます。皆様…ご立派でした。弾幕ですか?…多少は拘っていますよ。あの方はどうなのでしょう。
     可燃物は投棄されましたか?燃料や弾薬ではありません。主に木製調度品のことです。たとえ鋼鉄船であっても、火災というものは即沈没も有り得る大事なのです。消火も避難も、決して容易なことではありませんから。前世のころは居住性確保のため木製品を載せておりましたが、戦闘になると危険ですので予め投棄しておくのは珍しくない事でした。はなはだしくは、塗料を剥がして臨むことすらありました(油類なのでよく燃える)。難燃素材はなく、ダメコンという概念も浸透していなかった頃のお話です。
     私は2代目。3代目「しらゆき」(DD-123→TV-3517)は2011年に一線を退き、練習艦として第2の人生を送っているそうです。宮城地本の中の人の初勤務先だったそうです。
     海保でも、戦前に舞鶴で作られた15m型内火艇の一隻が、戦後巡視艇として使われ、「しらゆき(CL83)」と名乗っていたそうです。こちらも改造を受けながら(1954年5月1日(CL155)浜風級巡視艇に改造(7月8日CL314に変更))1980年まで活躍しました。

    ■初雪
    ●マツダ/ロードスター 1.8 RS(NB)'98

    ・パフォーマンスポイント(PP):407
    「駆け抜ける喜びを身近にさせた新生ロードスター」
     1998年1月。ユーノスロードスターは、登場から9年で2代目へと進化した。マツダの販売チャンネルであるユーノスが消滅していたため、車名はマツダ ロードスターへと変更された。
     2代目ロードスターのボディサイズは、先代と比べてほとんど変わっていない。これはロードスターのフィロソフィーである「人馬一体」に開発陣が徹底してこだわった成果で、厳しい軽量化を行なったからこそ実現できたものだ。
     搭載エンジンは1.8L直列4気筒DOHCと変わらないが、スペックは145PS/16.6kgfmへとアップ。このエンジンにはロードスターとしては初の6速MTが組み合わされた。さらに1.6L直列4気筒DOHCが復活したこともニュースだった。こちらは125PS/14.5kgfmを発生し、5速MTが組み合わされている。
     搭載エンジンが2つになったことでキャラクター分けが明確となったことも特徴で、スポーツ志向はRS、ラグジュアリー志向はVSとラインナップされている。
     2000年7月には初めてのマイナーチェンジを実施した。最大のトピックは1.8LエンジンにS-VT(シーケンシャルバルブタイミング機構)が備わったことで、もろもろの変更、改良とあわせて160PS/17.3kgfmへと性能がアップしている。このパワーアップに合わせて1.8Lモデルはボディの補強が行われたが、1.6Lモデルのボディ剛性もこのとき同時に高められた。新たに追加されたRS-Ⅱというグレードでは、ついに16インチサイズのタイヤ装着も実現している。
     2003年の暮れには、かねてから噂のあったターボモデルが投入された。こちらは172PS/21.3kgfmというアウトプットを誇る、ロードスターの異端児的存在である。
     艦これでは引きこもりキャラだが、史実ではかの第四艦隊事件における大破を乗り越え、数々の海戦で戦果を残している歴戦の猛者。
     1935年9月の海軍大演習では敵軍(赤軍)第四艦隊所属艦として巨大台風襲来中に演習開催海域に赴き、艦橋以前の艦首を三角波の直撃で切断、亡失した。初雪は嵐が収まった後に羽黒に曳航されて大湊へ。そのまま漂流を続けた艦首は後に那智が発見、曳行を試みたが失敗。艦首部分に電信室があったため、暗号解読表の機密保持目的で那智が砲撃で、乗員ごと艦首を撃沈した。世に言う第四艦隊事件である。この事件で条約期に建造された日本海軍艦艇は、極限まで切り詰めた設計を行ったため艦体強度に余裕がない。と言う欠点を明らかにする。特型の強度不足に関しては7月に後の第11駆逐隊の僚艦が東京湾外での高速試験中に、高いうねりに艦首を叩かれたため、艦首にしわがよっていた時点で発覚していた。同年中に艦政本部の牧野造船少佐(後大和主任設計者)がこの問題を上層部に提出し、「特型を今度の大演習には出さないほうがいい」と提言している。だが艦政本部上層部は「特型が参加しなかったら艦政本部の恥だ」とこの提言をもみ消したとされる。とはいうものの、この時の台風は当時の軍艦が航行可能な範疇を大きく超えた大嵐で、更に8時間前の時点で台風が第四艦隊の目前に迫っているという報告まで出ていた。しかし第四艦隊司令部が「台風克服も訓練のうちなので」と台風に直進したのも主原因の一つだったとされる。なんとも皮肉なことに、この事件で得た気象情報が、そののちの台風に関する研究・対策を発達させることになったのであった。初雪ちゃんがひきこもりキャラなのは、連れだされたらとんでもない目にあったこの事件が原因なのかもしれないとも言われている。この時の初雪ちゃんの写真。図示するとこんな感じ。Pixivあたりにマミった初雪ちゃんのイラストがあったりするけど、グロ画像なので良い子は検索しちゃダメだぞ
     最大の功績はバダビヤ沖海戦もがみん達と共に米重巡洋艦ヒューストン、豪軽巡洋艦パースを撃沈したことだろう。またルンガ岬沖でも別人になったアノ人一寸読みづらいアノ人と共に米高速輸送艦2隻を沈めている。地味なひきこもり娘と思われがちだがキレると怖い隠れた武闘派だった。実際ゲーム中でも駆逐艦だけに夜戦は大得意。「本気を出せばやれるし」となど言いながら大型艦を吹っ飛ばすこともしばしば。普段から本気出してなくてよかった…。
     「吹雪」「白雪」「初雪」「叢雲」で史実の第十一駆逐隊を組める。艦これのラインナップはこれを意識したものかもしれない。白雪とのコンビが多かったが、艦これでは互いに絡むセリフはない。叢雲を手にかけた最期を看取ったこともある。
     最初は暗いキャラに思われがちだが、隠れた魅力で熱狂的なファンも獲得している。しかし育成しているうちに一緒に引き篭もってダラダラしたくなることも…。
     海上自衛隊では「はつゆき」型護衛艦「はつゆき(DD-122)」と来世ではネームシップ艦となった。こちらは2010年に退役。30年近くに渡り日本を守った。ちなみに、2番艦(DD-123)はこの人
     3代目初雪(護衛艦はつゆき)で食べられていた国家機密カレーのレシピが防衛省のサイトで公開されている。

    ■深雪
    ●マツダ/ロードスター 1600 NR-A(NB)'04

    ・パフォーマンスポイント(PP):372
    「ロードスター筑波4時間耐久レースのベースモデル」
    (車両解説は上記の「初雪」と変わらないため、省略)
     実は日本海軍の艦娘の中で唯一太平洋戦争に参加していない。2014年3月14日のメンテ後、海外艦だけど太平洋戦争開戦前に沈んだ間が増えました。
     演習中に「すでのな」こと電さん衝突し、艦橋付近から真っ二つに両断され、戦争前に沈没してしまった。事故っちゃったで済んでない。この時救助に当たったのが艦隊のアイドル。前半分はまだ浮いていたため曳航はしてみたものの、浸水による沈下が激しく断念。僚艦が見守る中、深雪は姿を消した。公式4コマの負傷ネタはこれ。その日1934年(昭和9年)6月29日は、奇しくも彼女満5歳の誕生日であった。艦これ界の坂本龍馬?アジ歴に収蔵されている事故翌日の報告書には、「深雪頭部ハ本日駆逐艦三隻ヲ以テ捜索セシモ見当タラズ」というあまりといえばあまりな表現の記述が。ヒエー意外にも、日本海軍において駆逐艦同士の衝突事故で沈んだのは彼女だけだったりする。戦闘中でもなく、轟沈というわけでも無かったため、死傷者はそう多くなかったのが救い。この事故の犠牲者を合祀した碑が1935年(昭和10年)6月2日に「駆逐艦深雪殉難者之碑」として長迫公園(旧海軍墓地)内に建立されている。
     沈むまでは第11駆逐隊に所属。吹雪白雪初雪深雪吹雪型4姉妹で編成すると第11駆逐隊(戦前)になる。実は第11駆逐隊ごと、「花の二水戦」に所属していたことがあったりする。所属当時は特I型が最新型駆逐艦だったので。因みに当時の旗艦は鬼怒さん。

    ■叢雲
    ●マツダ/ロードスター 1800 RS(NB)'04

    ・パフォーマンスポイント(PP):393
    「1.8LにS-VT追加で性能向上。2代目ロードスターの熟成モデル」
    (車両解説は上記の「初雪」と変わらないため、省略)
     開始時に選べる初期艦娘(吹雪、叢雲、五月雨)の内の一人。初期艦娘唯一のドS系で、一部のMな提督は真っ先に選択したのではないだろうか。
     やたらと尊大な態度だが、能力的にはただの駆逐艦以外の何物でもないので無理するとあっさり轟沈する。「酸素魚雷を食らわせるわよっ!」とは本人の弁だが、見ての通り彼女はそんなものはもっていない。そもそも史実で吹雪型は酸素魚雷を搭載できないので、改造しても当然普通の魚雷しか持ってこない。吹雪睦月も似たようなものだが…ちょっと抜けてる彼女を見たくなければ、艦これではちゃんと持たせてあげましょう。
     「叢雲」は群がり立つ雲という意味、気象学的には高層雲などを指す。三種の神器の一つ「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」にも使われた由緒あるお名前。この艦名は2代目で、初代「叢雲」は、日本海軍初の「駆逐艦」にして、初の気象地象の名を採用したという、これまた由緒正しい艦だった。そして海上自衛隊においては「みねぐも」型護衛艦「むらくも(DD118)」が2000年まで現役であった。また、海上保安庁の艦艇として、これまでに3度その名が与えられており、現在でも「かがゆき」型巡視艇「むらくも(PC106)」が現役である。さらにこの三代目は1985年から1997年のあいだ自衛艦隊旗艦になっている。つまり、旧軍の連合艦隊旗艦に相当する。1993年に竣工した「こんごう」「きりしま」も「むらくも」の下に配備されていたのだ。
     大阪・藤永田造船所で1928年9月27日進水、1929年5月10日就役。なお、進水の直前の8月1日まで「第39号駆逐艦」と命名される予定だった。
     就役とともに、吹雪型(特I型)で名前に雲の字を持つ4隻(叢雲・東雲・薄雲・白雲。叢雲以外は未実装)で第12駆逐隊を編成した。1940年8月に薄雲が触雷し修理のため離脱、1941年12月17日に東雲が戦没した。2隻のみとなった12駆は1942年3月10日に解隊し、白雲は第20駆逐隊に、叢雲は深雪の欠けた第11駆逐隊(吹雪白雪初雪)に移籍した。初期の吹雪型でなんとなく彼女だけ浮いてる風なのは、おそらくこういった経緯によるもの。公式四コマ37話で部隊の経緯と、吹雪型の艤装の違い等が説明されることとなった。北上「つまり完全によその・・・」「よその子じゃありません!!」
     彼女の言うとおり緒戦で大車輪の働きをしているのだが、彼女個人の目立った戦果やエピソードが無いせいか、知名度の方は……
     史実では、1942年10月12日、古鷹の救援に向かう途中に米軍機の攻撃で大破、沈没している。図鑑で自慢げに語ってるけど実は失敗談じゃないですかーやだー!!古鷹乗員を捜索しているうちに夜が明けてしまい、ガ島を飛び立った敵機の反復攻撃にさらされた。常に頭上に敵機がいるため離脱もままならず、ついに艦尾へ魚雷1発が命中。不運にもこれでスクリューが吹き飛ばされ、他は全く無傷なのに動けなくなってしまった。その後は至近弾の嵐で傷だらけに。そのうち日本軍基地攻撃から帰ってきた敵機がついでとばかりに爆弾を落とし始めたのだが、帰り道で気が緩んでいるためか1発も当たらず。雷撃機が落とした魚雷も1発は遠すぎたためか命中前に停止沈没、もう1発は命中直前に故障して逸れていった。袋叩きの割には直撃弾なし、死者20名あまりと意外に損害も少なく、運がいいやら悪いやら。生存者は運命を共にするつもりの艦長と水雷長の2人を残して初雪が救助。夏雲(未実装)も救助に現れたが、こちらは不運にも急降下爆撃を浴びて爆発轟沈してしまった。この居残った艦長らを救うために川内が出ようとしたが、軽巡が行くのは自殺行為だと止められ、かわりに駆逐艦が行くことに。
    結局再び初雪が向かって艦長らを説得。なんとか収容に成功した。まるで艦長らの退艦を見届けたかのように、この時になって叢雲は突如燃料に引火、激しく炎上し始めたのだった。炎によって辺りが昼間のようにあかあかと照らされる中、初雪の手で雷撃処分となった。なおこの時の水雷長は、後に海自に入隊。南極観測船ふじの艦長となった。ただし、防衛庁防衛研修所戦史室(当時)が編纂した「戦史叢書」によると「白雲」と「朝雲」によって雷撃処分されたとなっており、初雪に雷撃処分されたというのは証言者(前述の水雷長)の誤認である可能性が否定できない。

    ■磯波
    ●マツダ/ロードスター RS(NC)'07

    ・パフォーマンスポイント(PP):428
    「進化の終わりが見えない、マツダの命運を繋げるオープンカー」
     2005年8月、マツダ・ロードスターは3代目となるNC型にフルモデルチェンジした。時代を則した衝突安全性能や環境性能を身に付けながら、ロードスター最大の魅力である「ドライバーの意のままに操る楽しさ」を維持するために、開発陣は徹底した軽量化を実施。旧来型に比べわずか10kg重いだけの車重1100kg(RSグレード)を実現した。
     エンジンは新たに、170PS/19.3kgfmを発揮するLF-VE型2L直列4気筒DOHCエンジンを採用。6または5速MTか6速ATと組み合わされた。ボディは全長・全幅とも40mm拡大され、ホイールベースは65mm延長。全幅が1720mmとなったことで3ナンバーとなった。いっぽう、エンジン単体の全長は79mm短くなり、完全なフロントミッドシップを実現、前後重量配分50対50を維持した。サスペンションはリアに新たにマルチリンクを採用し、より高いロードホールディングス性能を実現している。2005年11月にはこの年のカー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。
     RSはロードスターのスポーツグレードで、ビルシュタイン製ダンパーや17インチタイヤ、フロントサスペンション・タワーバーなどを装備する。2006年8月には、電動開閉式ハードトップを装備したRHT(パワーリトラクタブルハードトップ)使用を追加され、2007年1月には、シリーズ生産累計80万台を達成した。
     その後2008年12月にマイナーチェンジが行われ、フロントグリルとヘッドライト形状を変更すると共に、各部にリファインが施された。エンジンは最高出力発生回転が300rpmアップの7000rpmに、またレブリミットが500rpmアップの7500rpmになっている。
     あの……私ってよく「地味で大人しい」って言われますけど、やっぱりそうですよね……。本当は一番年上なのですが……頼りないでしょうか?
     第十九駆逐隊にいました。三水戦所属、つまりあの人がすぐ上の上司なんです…。戦争が始まってからはいろんなところで戦ってます……けど、考えてみたらこれってみんなと同じ?……面白くない……ですよね。うーんと、何かほかに言えることないかな……。
    そうだ、私もぶつかったことあります!一つ下の妹、吹雪型10番艦の「浦波」ちゃんと、二回も!一回目は日華事変のとき、二回目はミッドウェー作戦の帰り道でした。でも、修理してやっと戻ってきたら綾波ちゃんはあんなことに……。第三次ソロモン海戦のとき彼女は水上機母艦「日進(未実装)」を護送していて、戦いには参加していない。
     中破っていうのは、ニューギニア島ブナの沖で空襲に遭ったときのことです。また修理して、それからは輸送や護送ばかりしてました……ひょっとすると左遷? ダメですよね、私って……。当たり前だが、輸送や護送も大切な任務である。
     私を沈めたSS-199「トートグ」って、アメリカ潜水艦随一の武勲艦だそうですけど……。あれ?ここでも沢山のお船の中の一隻に過ぎない……ってことですよね……。あーぁ……もうちょっと頑張ればよかったのかな……。一つ上の姉、吹雪型8番艦の「白雲」姉さんも同じ潜水艦の雷撃で沈められてしまいました……。名取さんはトートグを相手に奮戦して追い返したらしいんですけどね……。
     磯平って……髪の毛は生えてますけれど……いえ、覚えていただけるだけでもうれしいです。
     戦後は3代目「いそなみ(護衛艦)」として生まれ変わって、1987年まで頑張りました……。錨が江田島の旧海軍兵学校……海上自衛隊第一術科学校に残っているので、会いに来てくれると嬉しいです……。
     現在の海上保安庁の巡視船艇「いそなみ」の乗員はAKB48の会いたかったを踊ってみたみたいです。あ、あの…は…恥ずかしい、です…でも日本の海上の安全と保安を維持するために頑張っているみたいです。

    ■綾波
    ●トヨタ/MR-S S エディション'99

    ・パフォーマンスポイント(PP):407
    「トヨタ最後のミッドシップ車両」
     トヨタ MR-Sは、ミッドシップスポーツMR2の後継モデルとして1999年に誕生した。ミッドシップというレイアウトこそ同じだが、MR-Sはオープンモデルへと進化をとげ、そのキャラクターもMR2とは大きく変わることとなった。
     この変化はMR2が年々パワーが増していき、最終的に一部の狭いユーザーだけのクルマとなってしまったことの反省でもあった。トヨタのオープンエアという要素を加えることで、MR-Sをより多くのユーザー層を狙えるモデルに方向修正したのである。
     MR-Sに搭載されるパワーユニットは1.8L直列4気筒DOHCの1ZZ-FE型。スペックは140PS、17.4kgfmと、MR2時代からすれば控え目なものとなった。ただしボディが大幅にコンパクトになり、グレードによっては車重1トンを切るほどだったから、このエンジンは必要充分なものだった。
     組み合わせられるトランスミッションは当初5速MTのみだったが、2000年8月にシーケンシャル機構をもつ2ペダルの5速MTが追加された。さらに2002年8月にはギアが6速化され、2ペダルMTも6速となった。このとき2ペダルMTはシーケンシャル機構の制御も進化し、より違和感のないシフト操作を味わえるようになっている。
     軽いボディと適度なパワー、ミッドシップならではのバランスに優れる運動性能も相まって、MR-Sの走りは実に爽快なものだ。
     とかく以前のMR2と比較されるため、それほどスポーティな扱いを受けないMR-Sだが、持てるポテンシャルを限界まで引き出すと、十分以上にスポーツカーの走りが堪能できるクルマである。
     ネームシップとして少しレア度の高いコモン駆逐艦。ドロップ海域はそこそこ広い。
     吹雪型→綾波型の改良点として缶室吸気口の形状変更、仰角の上がったB型砲塔の採用がある。吸気口もちゃんとイラストに描かれている。煙突下部の、逆さにしたお椀のようなものがそれ。吹雪型に比べそれぞれ回避が+1、対空が+2高くなっている(ただし初期値。最終値は吹雪型と同一)
     特型駆逐艦11番艦にして、吹雪型の改良モデルである綾波型(特II型)1番艦。そしておっとりとした外見とは裏腹に夕立神通と並び称され、「鬼神」「黒豹」と渾名された大日本帝国海軍水雷戦隊武闘派最強候補筆頭である。そもそも水雷戦隊そのものがガチガチの武闘派という指摘は密に、密に。神通や潮や羽黒や古鷹もだが、このゲームに置いてなぜか武闘派は大人しい性格をしている艦娘が多い。
     艦そのものとしては吹雪型のマイナーチェンジである。
    大きな変更点は主砲が仰角を75度まで取れる12.7cm連装砲B型に変更。また上記のとおりに機関部の吸気口を煙突両脇に配置されたキセル型から、煙突基部配置のおわん型に変更。そして艦橋は新たに大型方位盤照準装置と発射指揮装置を装備し、発射指揮所が増設された。これにより砲雷撃能力は吹雪型より大幅に向上している。が、主砲換装と、あれもこれもと指揮装置を搭載した艦橋の重構造化で艦の重心が向上し、復原力は吹雪型より低下している。
     第三次ソロモン海戦第二夜戦において、綾波は霧島率いるガダルカナル飛行場砲撃隊の前路警戒・先行偵察のため、川内敷波、浦波(艦これ未実装)とともに哨戒行動をとっていた。米リー艦隊を発見した浦波が通報・追跡を開始し、綾波に同行していた川内がその支援に急行。綾波は予定通り単独哨戒に向かう。単独哨戒中の綾波も前述の艦隊を発見(島に遮られて川内の通達が行き届かなかった)、砲雷撃戦のため増速・突撃。ところがその直前、敵艦隊と交戦中の哨戒本隊3隻が形勢不利と見て一時離脱。綾波は戦艦2隻駆逐艦4隻の目の前に単独突撃してしまう。しかし臆することなく突撃を続行、距離5000で砲撃を開始し、初弾が敵3番艦駆逐艦「プレストン」、ついで1番艦駆逐艦「ウォーク」を直撃、火災を発生させる。その一方で敵艦隊に単艦で反航戦を挑んだ綾波は第一煙突に被弾、煙突を突き破った砲弾の炸裂で魚雷発射1番連管が故障し発射不可、更に左舷の艦載内火艇が損傷し、そこから漏れだしたガソリンに引火し1番連管の魚雷が炙られ、いつ爆発するやもしれぬ苦境に追い込まれる。艦長の作間英邇中佐はこの苦境にも怯むことなく、即座に2番3番連管による雷撃および艦載砲での砲撃を命じる。ここでようやく霧島本隊の直衛(長良以下五月雨、電、白雪、初雪)が参戦。プレストンを血祭りにあげる。また、綾波が発射した魚雷が駆逐艦「ウォーク」「ベンハム」の艦首を叩き潰し撃沈・落伍させる。同時刻に戦艦「サウスダコタ」が停電・砲撃不能に陥ったことから魚雷命中と判断された。さらに、砲撃によって4番艦駆逐艦「グウィン」の機関部に被弾させ、戦線離脱せしめた。綾波は「敵大巡轟沈、我火災中」と全艦に通報している。しかしその4分後、後続の長良以下5隻が砲撃を中止し転舵・反転したため、綾波は再度味方艦隊から孤立した状態になり、電源復旧した「サウスダコタ」と「ワシントン」から視野外からの集中砲火を受けて2番砲塔が被弾沈黙、さらに機関室に直撃を受け大破。操舵・航行ともに不能となってしまう。
     結果として先行して孤立していた綾波1隻のみで単縦陣を組んで進んでいたリー艦隊の4隻の駆逐艦をことごとく撃沈、行動不能、戦線離脱に追い込んだ。また、戦艦「サウスダコタ」の副砲群にも損傷を与え、誤認ではあるが「サウスダコタ」撃沈の報を出しており、古来の海上戦闘においてここまでの武勲を挙げた軍艦は稀有である。いずれにせよ本ゲーム内での不遇がありえないほどの武勲艦であることは間違いない。
     また、綾波は本格的に海戦に参戦したのは第三次ソロモン海戦だけであったが雪風長門などの幸運艦並みの豪運を発揮した。敵艦隊に突入し砲撃中、サウスダコタの砲撃がやんだ。理由は米軍の資料によると発砲の衝撃によって電源が落ちたため。しかも、その復旧作業中に作業員の手違いからショートを起こし、サウスダコタの電気回路に大規模な損傷を与えた。特に、主艦橋上に設置されている前部主砲射撃指揮所や第一両用砲射撃指揮装置からの情報出力回路は酷い損傷を受けて使用不能になった。そのため、サウスダコタは砲撃ができず、10分間程度沈黙した。これが綾波が発射した魚雷の到達時刻と一致したため戦果誤認につながっている。米艦隊は00:45にレーダーから消失した球磨型軽巡洋艦(綾波の誤認)の撃沈を確認し、同艦への砲撃を中止した。しかしながら、綾波は大破漂流中ではあったが、未だ洋上に存在していたため、これは誤認であった。米艦隊の誤認により、綾波乗組員は攻撃を受けずに退艦準備に入ることができた。なお、綾波がレーダーから消失した理由は不明である。
     大破漂流中とは言っても喫水下に被弾していなかったため浸水こそなかったが、上甲板火災はもはや消火不能な状況にあり、魚雷引火は時間の問題と見た作間中佐が総員退艦を下命。この時、乗員たちはそのまま沈めると起爆してしまう爆雷に安全装置をかけ、浮遊物を散々放り込んでから海に飛び込んでいる。単艦で大戦果を挙げたことに兵士たちは非常に高揚しており、溺死や爆雷による死傷のおそれも少なかった。そのためか自艦が沈没寸前で総員退艦・漂流中だというのに、軍歌を合唱している者までいたという。浦波に生存者全員が救助された直後、それまで耐えていたかのように魚雷が誘爆。二度の大爆発とともにソロモン海の波間に消えていった。
    1992年のアイアンボトム・サウンドの潜水調査でサボ島の南東、海面下700mの海底で特型駆逐艦が発見された。船体が艦橋の後方、一番魚雷連管周辺で破断しており、煙突形状と船体に刻まれた「あ」の文字、同じ特型の暁の沈没推定位置よりも北側であった事から綾波と確認された。心優しきソロモンの鬼神は、今もなお数多の敵手や僚艦とともにアイアンボトム・サウンドに眠っている。
     なお、この大立ち回りの立役者である作間中佐は生還しており、駆逐艦「玉波」「冬月」艦長を歴任、輸送作戦等に従事した後大佐に昇進。更に大戦末期に第四十三駆逐隊司令を拝命、天一号作戦前衛部隊として駆逐艦「榧」、「槇」を率いて出撃するが、途中で帰還命令を受領し、大和ら第二艦隊を見送って帰投した。
     このタイプから左右独立俯仰、仰角75度のB型主砲塔に換装されている。B型砲塔は揚弾系が機力化され、発射速度が倍になり攻撃力が大きく向上。
    ちなみに綾波レイ同様、有名なのは2人目(2代目)である。
    1人目、神風型駆逐艦「綾波」
    2人目、吹雪型駆逐艦「綾波」
    3人目、あやなみ型護衛艦「あやなみ」

    ●トヨタ/MR-S V エディション(6MT)'02

    ・パフォーマンスポイント(PP):397
    「ミッションを6速化した、後期モデル」
    (車両解説は上記の「綾波」と変わらない為、省略)
     2014年6月20日のアップデートにて実装。改造可能レベルはLv70とВерныйや海外艦のZ1 zweiZ3 zweiと同一である。改造すると12.7cm連装砲B型改二探照灯と新装備の照明弾を持ってくる。同時実装された川内改二も後者2種を持ってくる。二人で持参装備が違うのは主砲と偵察機ということになる。
     彼女には特筆すべき点が3ヶ所存在する。戦没艦としては破格の運40(雪風改時雨改二に次ぐ値)。武勲艦としては控えめに思える雷装、そして他の改二と比べて見劣りする対空である。運:初弾と二発目の命中、その他史実エピソードの豪運をステータスに反映したものだろう。
    雷装:そもそも特型駆逐艦は(一部を除き史実で)酸素魚雷を搭載していない事が大きな理由と思われる。被弾で魚雷発射管の一部を損傷してしまったなか、残された魚雷発射管や砲撃で奮闘した史実から考えると寧ろ、駆逐艦としては破格の水準かもしれない。
    対空:改修が間に合わず対空装備が旧式だったこと(13mm単装機銃)、受けることなく戦没したことによるものか。なお、同じ特型駆逐艦のは終戦時には25mm三連装機銃などに変更されているので対空は高めだが、代償として火力の伸びは控えめである。
     先述の通り生存艦をも上回る運、なかなかに高い火力と雷装を誇る。連撃装備で堅実な与ダメを目指すか、夜戦でのダメージ計算の大きい魚雷カットインを狙うかは提督次第となるだろう。但し、流石に雪風(改)や時雨改二には(少なくとも期待値では)及ばない。探照灯装備で史実通りに夜戦向きになるだろうか?ただ北上改二運30で魚雷カットインにする人もいるため、40という数値でカットインか連撃にするかは人次第である。
     ちなみに時報ボイスで、午後7時の時報で家具の檜のお風呂について語っている。持っていない提督も雰囲気だけは楽しもう。
     15時にはランキングのことや1時には音量等少しメタ発言も多め。

    ■敷波
    ●トヨタ/MR2 Gリミテッド97

    ・パフォーマンスポイント(PP):426
    「限界領域が高い、MR車の鏡」
     1989年に登場した2代目のMR2、通称SW20型は、日本初の量産ミッドシップAW11の後継モデルだ。トヨタは実情に反してAW11をスポーツカーとは謳わなかったが、この2代目MR2では走行性能を高めたスポーツモデルであることを宣言した。SW20はボディサイズを5ナンバー一枠一杯まで拡大し、初代とは一転した滑らかなスタイリングによって、ミッドシップらしさを表現.していた。
     ドライバーの背後に搭載されるパワーユニットも、1.6Lの4A-G系から2Lの3S-G系へと改められ、パワーはNAで165PS、ターボで225PSと圧倒的に進化した。しかし当初はこのパワーがあだとなり、ハンドリングがAW11以上にシビアなものとなった。その結果、91年12月にシャシーが見直され、SW20はいわゆるⅡ型へと進化を果たした。
     94年にはⅢ型がデビュー、ターボが245PS、31.0kgfmまで性能を高めた。NAも同様に180PS、19.5kgfmへ強化されている。シャシーでは足まわりのジオメトリーが見直され、スプリング、ダンパー、ブレーキにも手が入った。
     さらに96年6月にはⅣ型へと進化。ここではG型グレードのMT車にヘリカルLSDが採用された他、全車にスポーツABSを標準装着したのがトピックである。そして97年12月、さらに一部改良が加えられてⅤ型が誕生する。このⅤ型では、NAエンジンにVVT-i(連続可変バルブタイミング機構)を採用し、200PS、21.0kgfmへと性能アップを果たしたのが最大のニュースだ。
     こうした進化の過程でシャシーは大幅に熟成が進み、当初の扱いにくさは影を潜めた。特に最終型であるⅤ型のNAモデルは、パワーとシャシーのバランスに優れた、SW20のベストモデルといえる1台である。
     1929年12月24日生まれ。バースデーパーティにはクリスマスケーキだね(笑顔)
     戦歴?多すぎて言うのめんどくさい。誰か代わりに話してよ。綾波型駆逐艦、です。代わりに敷波さんの戦歴を簡単にご説明します。彼女は、磯波、浦波(未実装)、綾波とともに第十九駆逐隊を編成、第一艦隊第三水雷戦隊に所属していました。マレー上陸作戦、バタビア沖海戦、ミッドウェー海戦、第三次ソロモン海戦などに参加。バタビア沖海戦では、米重巡「ヒューストン」を共同撃沈する武勲を上げ、「殊勲甲」として感謝状を授与されています。その後、ニューギニア方面での輸送作戦に参加。また、大井さんの最期の時も同行していました。最期は昭和19年9月12日午前6時55分、海南島の南で、米潜水艦「グロウラー」の雷撃を受け沈没しています。日本へ向けての護衛任務の遂行中のことで、文字通りの轟沈だったため、乗組員全員が運命を共にされました。護衛任務が殆どというあまり目立たない立場に居ましたが、多くの海戦に参加した歴戦の駆逐艦でした。戦後には、三代目のあやなみ型護衛艦「しきなみ」が海上自衛隊で活躍していましたが、既に退役しています。現在は海上保安庁の巡視艇「しきなみ」が、日本の海を守る任務に就いています。
     朧ちゃん、ありがと。そうそう、艦長には水雷屋きっての猛将、佐藤康夫提督(のちの駆逐隊司令。朝潮乗艦中に戦死。荒潮の項も参照のこと)がいたよ。あのとき止めたのになぁ…ホント、無茶しちゃってさ…他にも伊崎俊二提督(のちの第二水雷戦隊司令官。神通乗艦中に戦死)や山本岩多提督(多摩最後の艦長。戦死)とかかな。あまり知られてないけど、みんな叩き上げの潮臭い勇者たちだよ。
    名前の意味? そんなの訊いてどうすんのさ。…頻しきりに寄せ来る波なみって意味だよ。短い時間に何度も何度も、ってね。綾波と似てるけど、あっちは綾織のように重なって打ち寄せる波って意味らしいよ。
     あたしに乗り込んだ水兵さんが言ってたんだけどサ、駆逐艦の新兵教育は戦艦より酷だったらしいね……。可哀想だったけど、辛いことが多い方が早く一人前の男になれるって考えの時代だったのかもね……。そんなことに耐えながらもあたしの面倒しっかりみてくれて、ありがと。
     司令官のこと?いやっ…まあ…あたしは別に嫌いじゃないけど…さ…

    ■朧
    ●トヨタ/MR2 1600 G'86

    ・パフォーマンスポイント(PP):388
    「トヨタはスポーツカーとは認めなかったが、スポーツカー好きにとっては認めた初代MR2」
     1983年の東京モーターショーに、トヨタはミッドシップレイアウトのコンセプトカーを出品する。このクルマは来場者の熱い支持を集め、翌84年に市販モデルがデビューした。このクルマこそ、日本初の量産ミッドシップスポーツであるMR2だ。
     MR2とは「2人のためのミッドシップ・ランナバウト」という意味だが、マニアにはAW11という型式名が一般化した。トヨタはこのMR2をスペシャルティ・カーとアピールしたかったようだが、ミッドシップレイアウトのインパクトは絶大で、結局は多くのスポーツカー好きの心を捉えてしまうことになる。
     そのスタイルはまさにミッドシップ然としたもので、低く短いノーズを持ったウェッジシェイプ。インテリアも高いセンタートンネルを備え、タイトなスポーツカー感覚にあふれていた。搭載エンジンは2つ。AE86と同じ130PSの1.6L 4A-GELU型と、83PSの1.5L 3A-LU型である。エンジンはフロントシートの背後に横置き搭載され、FF系のトランスミッションが組み合わされた。
     MR2はミッドシップ独特のハンドリングが話題を集めた。ノーズが軽かったため基本的にアンダーステアはわずかだったが、前荷重が足りないと途端に曲がらない性格が顔を出した。リアのコントロールもシビアで、不用意にアクセルを開けると簡単にリアがブレークしたが、これをねじ伏せて走ることがオーナーの最大の喜びでもあった。
     1986年には145PS、19.0kgfmのスーパーチャージャーモデルも登場。同時にTバールーフも導入され、MR2はオープンエアという新しい魅力も備えたのである。
     朧とは、霧などで薄く曇る様子を指し、状況的には「霞」と同じながら、朧月夜という歌にもあるとおり、特に夜の場合をおぼろという。
     佐世保海軍工廠にて1930年(昭和5年)11月8日進水、1931年(昭和6年)10月31日就役。横須賀鎮守府籍の朧・曙・漣・潮で第7駆逐隊を編成し、第一次上海事変での長江水域の作戦や日中戦争での上陸作戦支援などに当たっていた。1935年(昭和10年)9月26日の第四艦隊事件では、艦橋前付近で艦体が曲がる被害を受けた。
     1941年(昭和16年)4月10日、第7駆逐隊は第一航空艦隊第一航空戦隊(一航戦)の所属となり、赤城加賀の護衛を行うこととなった。しかし、同年9月1日に第五航空戦隊(五航戦)が新編成されると、朧のみ五航戦に転籍し、竣工したばかりの秋雲とともに、翔鶴瑞鶴の直衛艦となった。これ以後、二度と妹達と隊を共にすることは無かった。戦中に限って言えば、第7駆逐隊が朧を含む4隻編成だった事は、実は一度もなかったり。
    同年12月8日の真珠湾攻撃には、朧はハワイまでは航続力が不足で参加できず、同日に行われたグアム攻略戦の方に参加している。この時、は本土でお留守番、はミッドウェーへの陽動に駆り出されていた。1942年5月8日の珊瑚海海戦では、祥鳳の護衛、が五航戦の護衛として出撃している。しかし、五航戦直衛に配置されていたはずの朧は不参加。4姉妹全員が同じ戦場で揃うのは、この珊瑚海海戦がおそらく最後のチャンスだったのだが…運命は残酷である。
     1942年(昭和17年)10月17日、キスカ島への輸送任務中に米軍機5機の襲撃を受け、奮闘して2機を撃墜するも、被弾して輸送中の弾薬が誘爆し轟沈。同じく空襲で被弾し、航行不能に陥っていた初春に艦長含む17名が救助された。キスカ島に近づきたくないと言っているのはこのため。(キスカ島周辺は)夏場でも水温が0℃に近いんです。落ちたら最後、5分と保ちません。(映画「太平洋奇跡の作戦キスカ」より)
     決まった場所も僚艦も持たず、独りあちこちを転々としながらも頑張り続けたその艦歴は、生真面目で頑張り屋さんな彼女の性格にはっきりと表れている。鎮守府に迎えた際は是非頼りにして、そして可愛がってあげて欲しい。
     特II型ではこの朧から煙突の長さが短くなっていて、朧以下の4隻は特ⅡA型や特Ⅱ改型と呼ぶことも。イラストレーターの違いはおそらくそれもあると思われる。白でフロントに青いリボンとのこと。
     立ち絵からはあまりそう感じないが、設定上は発育の良い子であり漣と同程度の上部装甲をお持ちらしい。
     何故かイラストに≧[゚ ゚]≦がいるがこれは彼女が蟹や鮭の漁場で有名なベーリング海に沈んでいるためだと思われる。なお公式4コマ第23話において艤装内にうじゃうじゃいることが判明した。まさか養殖してる?なお蒸気タービン機関の排気熱はおよそ300度、 煙突を通るときに多少温度は下がるとはいえそれの直ぐ横にある缶室吸気口を住処にしているあれはタダの蟹ではあるまい……。一応深海には「ユノハナガニ」という熱水噴出孔の周り(水温は300度!)に住む蟹がいるが、あちらは真っ白なので多分違う種類だろう。浦波以降の艦は、荒天時に海水を吸込む傾向があった煙管型缶室吸気口を椀型に変更しているが、第七駆逐隊の艦娘は煙管型のままである(本来は綾波や敷波と同じ形状)。この椀型吸気口は煙突外周に設けられたダクトに繋がりボイラの燃焼用空気となるが、吸気予熱効果をもたらし同じエンジンでも、1割も燃費が良くなった。
     中破すると今度は左足の太ももとふくらはぎにヒトデが2匹現れる。ちなみに≧[゚ ゚]≦は黒こげに・・・
     尚二代目であり、先代は雷電漣曙らと同じ、日本初の駆逐艦シリーズ「雷型」の一員という、非常に伝統のある名前・・なのだが、順当に継承が続く他の娘と打って変わり、「朧」の名前は彼女を最後に途切れている。あれ?あと一人だれか居た様な・・・・


    ■曙
    ●トヨタ/FT-86 コンセプト'09

    ・パフォーマンスポイント(PP):455
    「トヨタが2009年東京モーターショーに放った、FR車の未来像」
     「クルマ本来の魅力であるワクワク感、そして操る楽しさの追求」をテーマに、トヨタが21世紀に満を持して送り出す新世代小型FRスポーツカー。それがFT-86 コンセプトだ。
     2008年4月にトヨタと富士重工業による共同開発が表明され、2009年10月の東京モーターショーで初めてその姿が一般公開された。
     86=ハチロクというネーミングは、1983年にトヨタが発売した小型FRスポーツカー、4代目カローラ・レビン/スプリンター・トレノの1.6Lモデルの車両型式番号、「AE86」にちなんで名付けられたものだ。
     ドライビングの楽しさを追求する為に生み出された軽量・低重心な車両特性に加え、レーシングカー感覚のハンドリング性能を味わえるというFT-86 コンセプトは、ロングノーズ&ショートデッキという伝統的スポーツカーのスタイリングを持つ。そのデザインはED2(トヨタ・ヨーロッパ・デザイン・デベロップメント)によるものだ。
     ボディサイズは全長4,160mm、全幅1,760mm、全高1,260mm、ホイールベースは2,570mmの4人乗り。そのフロントには、スバル伝統の2L水平対向4気筒自然吸気ガソリンエンジンが搭載される。ミッションは6速MT。タイヤは19インチを履き、ブレーキはフロント4ポット、リアに2ポットのADVICS社製を採用している。また、低く構えたドライビングシートにはバケット風デザインが施されるなど、あらゆる部分にドライビングプレジャー優先型の演出が施されている。
     「日本のスポーツカーを復権させる」というトヨタの熱意が伝わってくるコンセプトカーだ。
     いきなりプレイヤーのことを「クソ提督」と呼ぶ、駆逐艦の中では異質な子。だがそれが良い。その言動が一部の変態プレイヤーに喜ばれ、「クソ提督製造機」呼ばれることも。2013年12月11日のアップデートにおいて追加されたクエスト『「第1水雷戦隊」を編成せよ!』に必要となる。
     日米開戦時には第7駆逐隊に所属。第一航空艦隊麾下であり、空母の護衛とトンボ釣りがお仕事。ただし、航続距離不足のため、真珠湾攻撃には参加していない。「トンボ釣り」とは、着艦に失敗したり故障や損傷で着艦困難な艦載機が不時着水した場合に、乗員を救出する仕事のこと。
     ちょっと捻くれた性格をしているのは史実で貧乏籤を引いたせい。特に同型の比で。七駆における翔鶴ポジション遅生まれの艦ほど優遇される慣例に乗っ取ってか、第七駆逐隊で一番年上の曙は元々貧乏籤ポジションだったらしい。艦長も隊内では一番若く、駆逐隊司令座乗の潮とは対照的に立場が弱かったとか。スラバヤ沖海戦では一隻だけで病院船の臨検を命じられ、よりによって単独行動してるときに重巡含む敵艦隊と遭遇。これを問題の病院船と誤認して接近し、あわや死にかける。
    『テキヲワレニユウチセヨ』って、んなムチャゆーな!!珊瑚海海戦で「被害担当艦」こと翔鶴を護りきれず、(曙には関係ないことまで)物凄い責任追及を受ける。元々は瑞鶴護衛だったのだが、潮と交代したばかりにこんな目に。これ以降前線に出られず、ずっと後方勤務。輸送作戦などに従事。久々に前線へに出られたときには既にレイテ沖海戦。志摩艦隊の一員としてスリガオ海峡突入を図ったが、果たせなかった。そしてスリガオの地獄から大破しつつも辛うじて脱出した最上の随伴救援を命ぜられたものの、翌朝の空襲で最上は再び大炎上、救援不能となり、雷撃処分する羽目になってしまった。第二次多号作戦では第二次輸送部隊に組み込まれ、第一船団の警戒部隊として参加。B-24の空襲を受け輸送艦「能登丸」が沈没するが、その時点では物資の9割がたが揚陸完了しており、ほぼ成功に終わっている。
     1944年11月13日にマニラ湾で猛爆撃を受け、主砲・魚雷発射管・機関部をことごとく破壊され、為す術なく戦没。何の皮肉か、この時最後まで助けようとしてくれたのがである。
    一度目11月5日の空襲で曙は、回避運動のため港を飛び出していった那智を護ろうとたった1隻で続航、多くの敵機を相手に2隻で奮戦するが及ばず、那智は集中攻撃の果てに目の前で大爆発四散、3つに折れ砕けながら轟沈していった。そして曙もまた爆弾2発を浴びて大破炎上、航行不能に陥るもどうにか生き延び、潮に曳航されてドックに帰還。修理を待っていたのだが、二度も幸運は続かなかった。図鑑の記述から勘違いするかもしれないが、潜水艦や特殊潜航艇の類に撃沈されたわけではない。これは妹のと共に船団護衛任務に従事していた最中、敵潜に襲われて漣が彼女の眼前で轟沈してしまった上、別の潜水艦によって船団も壊滅させられたことによる所が大きい。その「潜水艦」の集団には天龍大潮を葬ったアルバコア(Albacore,SS-218)もおり、撃沈もアルバコアによるもの。またお前か中破時のセリフは戦没時の破損箇所。全然「たかが」じゃない。もしかして:たかがメインカメラをやられただけだ
     ちなみに「曙」の名は帝国海軍最初の駆逐艦「雷型」の初代から1世紀にわたって継承され続けている由緒正しいもので、現在は四代目の「あけぼの(DD-108、むらさめ型護衛艦)」が就役中。インド洋やソマリア沖等、二代目同様に外海で頑張ってます。
     図鑑文中「お相撲さん」は横綱曙(曙太郎)のこと。マケボノは禁句だ。曙太郎の誕生日は5月8日、ゴーヤの日でち。
     
    ピンクでフロントに白リボン。あとウサギさん。なにがかって?言わせんな恥ずかしい。根は可愛いくていい娘だということがよく分かるのである。
     
    艦これ関連スレでの「ぼのぼの」はいがらしみきおの漫画でなくこの娘を指している。しかし配色はシマリスくん
     彼女が髪につけている花飾りはキク科のミヤコワスレ。花言葉は「また会う日まで」     

    ■漣
    ●トヨタ/スターレット グランツァ V'97

    ・パフォーマンスポイント(PP):403
    「トヨタが市場導入したハッチバック、後に同社のヴィッツに出番諸共奪われたが・・・」
     パプリカの姉妹モデルとして1973年にデビューしたスターレットは、長らくトヨタのエントリーモデルとして人気を誇ってきた。95年にフルモデルチェンジしたスターレットは5代目である。
     5代目スターレットのグレード構成は、ベーシックなルフレとスポーティなグランツァという2本立て。ルフレは3ドアと5ドアの2つのボディがあり、1.3Lのガソリンと1.5Lのディーゼルという2つのエンジンを搭載。いっぽうのグランツァは3ドアのみの設定で、同じ1.3Lのガソリンとそのターボ仕様というエンジンを積む。NA仕様がグランツァ S、ターボ仕様はグランツァ Vというネーミングだ。
     走りの上で注目なのは、もちろんグランツァ Vだ。このモデルは先代スターレットに存在した「GT」の後継グレードで、過激なまでの動力性能が売り。1.3Lの4E-FTE型直列4気筒エンジンは、135PSという最高出力と16.0kfmという最大トルクを発生し、へたなスポーツカーをカモッてしまうほどの速さを見せた。あまりの速さにパワーを抑えるローモードスイッチが付けられていたことは、先代GTと同じである。
     これを支える足まわりはフロントがストラット、リアがトレーリングツイストビームで先代と共通。とはいえ、フロントデフにはビスカス式LSDを備え、リアサス取り付け部をパフォーマンススロッドで補強するなど、トラクション確保の工夫が施されていた。
     ホットハッチという名で馳せたグランツァ Vだったが、トヨタは98年に新世代コンパクト、ヴィッツを投入。スターレットの歴史とともに、その名前は幕を閉じたのである。
     開始時に選べる初期艦娘(吹雪叢雲、漣、五月雨)の内の一人。ごく普通の駆逐艦のはずだがドロップ率が異常に低いのが特徴。初風並にレアだと証言する提督もいる。コモン駆逐艦であるにも関わらず、ネームシップ並みにドロップしないらしい。レアリティ、サバ読んでませんか?一応理由としては「後半海域で殆どドロップしない」という第7駆逐隊共通の事情に加え、その中でも漣ドロップポイントが一番少なくなっているという事情がある。漣ドロップは1-1ボス、1-2全域、1-3ボス、1-5全域、5-3一部道中のみ。複数マス出現海域が3つしかないのである。
     提督を「ご主人さま」と呼んでくれるのは全艦娘の中で彼女だけ。この意味でもレアである。
     子日などと並び、艦これ屈指の難読艦名。細かに立つ波という意味で、琵琶湖南西地域の枕詞でもある。
     いちごのようなにんじんのような。何がかは訊くな。イラストレーターさんのTwitter発言よりいちごであることが判明。さり気なく他の七駆メンバーのも暴露。妄想が捗ります。ありがとうございます。ご主人様、調子に乗ると、ぶっとばしますよ♪
     
    秘書官にして連クリックすると?ふぅ…お帰り下さい、ご主人様♪
     
    竣工から間もない頃はや狭霧(未実装)と第十駆逐隊を編成していた。1939年に第十駆逐隊が解隊された後、同じ特II型のと第七駆逐隊を編成。
     ミッドウェー島砲撃には同じ特II型であるが同行していた。他に同行していたのは給油艦の尻矢のみ。ヘタしたらそのまま玉砕である。尤も「ちょっとちょっかい出してきました」程度であり、米軍側の被害もあまり大きくはない。別働隊として長時間航行した割に、攻撃の所要時間も30分ちょいで、発射砲弾数も潮と合わせて僅か300発くらい。尤も12.7cm砲弾といえば、陸の感覚で言えば立派な野戦重砲クラス。当時の大抵の戦車は軽くふっ飛ばされるほどの破壊力を秘めていたりする。陸上部隊からすれば、駆逐艦の小口径砲弾でも恐ろしいことこの上ない。「第七駆逐隊海戦記」には、まさにこの時に乗っていた著者により、ミッドウェー島砲撃の緊迫の様子が語られている。興味のある方は是非読んでみよう…と言いたいところだが、潮に同行したのは給油艦尻矢と駆逐艦になっている。素直に脳内変換して読もう。
     その後多くの帝国海軍艦艇と同じく、南方海域での作戦に従事。キャラクターとしては中々に濃いのであるが、実際の戦歴は正直パッとしない。まあステキなパーティやら異能生存体やらがおかしいだけで、駆逐艦としてはこれが普通なのであるが。活躍が無いって?ご主人様が知らないだけヨ(ふんす)皇紀2600年記念行事の特別観艦式で、第7駆逐隊からは私だけが参加してるのよ。何気に凄くない?…ホントはみんなで参加するはずだったけど、急にお仕事が入っちゃったのよね。第一次ベララベラ夜戦では、三水戦司令座乗の旗艦として駆逐隊を率いたのよ!得意の夜戦で巡洋艦も撃沈!私の時代キタコレ!…え?損害無し?誤認だったっぽいの?…ゆ、輸送はちゃんと成功させてるし!そっちが本命だし!もちろん、ミッドウェー島砲撃も凄い危険な任務だったのよ?駆逐艦2隻じゃうっかり大型艦にあったらひとたまりも無くて、生き死には殆ど運頼みだったんだから。実際のとこ、ヲ級レキシントンがすぐそばにいたらしいから、ホント間一髪ね。いやーやっべーわアタシ超強運だわー 一度も敵艦に遭わずに切り抜けt…え、潜水艦?すぐそこにいたの?  ……ずっと私達を見てた? ヒッ
     珊瑚海海戦では祥鳳の護衛および救助活動を行っている。救助活動中に夕張を敵艦と誤認し戦闘態勢に入るも、識別信号によりすぐに味方だと認識。救助艇の乗員曰く、夕張の乗員の訛りがひどく最初は日本語なのか英語なのかの判断に困ったとのこと。
     最期はと共に船団護衛任務に従事していた際、天龍大潮大鳳を葬った悪夢の米潜「アルバコア」に襲われ戦没。船団も別の潜水艦に襲われて3隻中2隻を失い、任務は事実上の失敗。こうして曙の不幸エピソードがまた一つ刻まれてしまった。
     生存者の手記に沈没前の漣には、筏もしくは木材を積んであったという記述がある。被雷し即轟沈、さらに曙は敵潜水艦への対応に追われ直ちに救助が行えない状況であったが、乗員はこれにつかまり救助を待ったという。
     正確には改特II型、もしくは改綾波型とも言うべき型。降は煙突の長さが短くなったのに加え、漣は後に特III型に採用されることとなる缶を試験的に搭載する改装を受けている。服につけている缶バッチはこれが由来か?彼女の腰についている缶バッチは漣柄という小さな波(Google画像検索)を模した柄をしている、もっともこの画像検索も最近汚染気味だが…これが、漣の本気なのです!
     
    中破すると分かるが、主砲の上のうさぎはどうやらぬいぐるみではないらしい…。
     特II型駆逐艦の漣は二代目。先代の漣は雷型駆逐艦の四番艦、因みにフミカネ氏によって艦娘化されている。初代漣は日本海海戦の折、重症を負った敵将ロジェストヴェンスキー提督を座乗させていた駆逐艦ベドーヴィを拿捕し、ロジェストヴェンスキー提督を捕虜としたことも有名。ちなみに一緒にいたのは初代陽炎。やっと会えた!ロジェストヴェンスキー提督♪このことは名著「坂の上の雲」に詳しい。詳しいことは当wikiおすすめ映画・書籍に。
     また三代目として、たかなみ型護衛艦の四番艦「さざなみ」が就役中。三代目の「さざなみ」は海賊対処行動水上部隊の記念すべき第1次部隊として「さみだれ」とともにソマリア沖に派遣されている。2013年11月より「さざなみ」「さみだれ」は海賊対処行動水上部隊の第17次部隊として再び派遣されていたが、18次隊の「うみぎり」「いなづま」に任務を引き継ぎ、2014年5月、無事呉基地に帰国した。つまり初期艦娘の後継者3隻が遥かアフリカのジプチ基地で一同に揃い、海上護衛任務の遠征で資源を稼いで守っていた事になる。「さざなみ」ちゃんも頑張って。超頑張って。ちなみに艦これサービス開始時にはあけぼのが任務に着いていた。
     その他、「漣太郎」という、まさかりの代わりにミサイルを担いだ、金太郎のようなマスコットキャラが存在し、Tシャツなどのグッズも確認されている…。
     1999年に同社のコンパクトカー"ヴィッツ"に出番ごと殺された奪われた5代目スターレットのスポーツ仕様。衝突安全ボディ、“GOA”となる。型式名は前輪駆動モデルはEP91、四輪駆動モデルはEP95、ディーゼルエンジンモデルはNP90。スポーティーな外観を持つモデルは、それぞれ、4E-FE型エンジン(1,331cc)を搭載した自然吸気モデルグランツァS (Glanza S) 、4E-FTE型エンジン(1,331cc)を搭載したターボモデルグランツァV (Glanza V) という名称になり、3ドアのみラインナップされた。
    EP91系ターボモデルは、グランツーリスモシリーズ首都高バトル01といったレースゲームに登場している。


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