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「艦隊これくしょん ~艦これ~」キャラマシン大公開!("駆逐艦"編) その2
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「艦隊これくしょん ~艦これ~」キャラマシン大公開!("駆逐艦"編) その2

2014-08-01 01:05
    雷「ここは私たち第六駆逐隊のホンダ車と初春さん達と白露さん達の三菱グループが登場するわよ」
    電「えと、無月型と吹雪型(前者はホンダ・シビックシリーズと90年代マシン、後者ロードスターオンリー)に関してはその1を見る方がいいのです。」
    夕立「ぽいぽい♪」

    ・戦艦→こちら
    ・航空戦艦→こちら
    ・正規空母→こちら
    ・装甲空母→こちら
    ・軽空母→こちら
    ・水上機母艦→こちら
    ・その他艦種→こちら
    ・重巡洋艦→こちら
    ・航空巡洋艦→こちら
    ・軽巡洋艦→その1その2
    ・重雷装巡洋艦→こちら
    ・駆逐艦→その1、その2、その3、その4
    ・潜水艦→こちら
    ・潜水空母→こちら
    ・期間限定艦→こちら
    ・海外艦→こちら
    ・敵艦→こちら
    ・NPC艦→こちら

    ※パクリは厳禁。及び画像は無断使用を禁じます。
    ※車両説明は同じクルマ(S2000やGTO、NA型・NB型ロードスター等)を除き、完全版+オリジナルの解説(分かんない人のために艦隊の歴史等を艦これWikiから一部引用)のみ記載します。
    ※画像は「グランツーリスモ6(GT6)」となります。
    ※タイムトライアルのタイムは、「グッドウッド ヒルクライム(タイヤはスポーツ・ハード)」で出した記録である。参考程度でどうぞ。

    ■暁
    ●アキュラ/NSX'91

    ・パフォーマンスポイント(PP):461
    ・タイム記録:0'57.445
    「世界基準のレディのための和製スーパーカー」
     NSXはスポーツカーを愛してやまないホンダが生み出した、至高のロードゴーイングスポーツである。1990年9月に姿を現したこのクルマは、量産スポーツカーが果たせなかった数多くの革新を実現し、日本のスポーツカーの歴史を塗り替える1台となった。
     最大の革新は、ロードカーとしては世界初となるアルミフルモノコックボディを採用したことだ。その理由は、スポーツカーの最強の武器である「軽さ」を身につけるため。事実NSXは、そのサイズからは想像できない1365kgという車重で登場した。この軽さこそが、NSXを現在まで第一線級のスポーツカーたらしめている、最大の理由なのだ。
     デビュー当初ドライバーの背後に搭載されたパワーユニットは3L・V型6気筒DOHC。無論ホンダ独自の可変バルブタイミングリフト機構であるVTECを採用し、自然吸気ユニットながら280PS/30.0kgfmというスペックを生み出した。
     スポーツカーの定番ともいえる前後ダブルウィッシュボーン・サスペンションには、コンパクトで低重心なインホイールタイプを採用。特にフロントサスペンションには、コンプライアンスピボットという新しいブッシュを用いて、高い操安性と快適性を両立していた。グラスエリアが大きく、広い視界が確保できたことも快適さの一因だ。
     思えば、この操安性と快適性の両立も、NSXの革新したもののひとつである。
     それまで、スポーツカーとはストイックな乗り物で、走るためには我慢が強いられるのが当然だった。しかしNSXは高いパフォーマンスと同時に、快適な環境とイージードライブまで実現していたのである。95年にオープンモデルのタイプTを追加したことも、その表れに違いない。NSXの登場以来、世界中のスポーツカーは、高いマン・マシン・インターフェイスをもつことが必須条件となったのである。
     駆逐艦の中では標準的な能力である。改前はネームシップとして同型艦達より上限性能が高い。改造後は同等の性能になる。第六駆逐隊として暁型4隻の編成・出撃任務がある。艦隊解放などには関わらないが、間違って失くしてしまわないよう注意。
     特III暁型では私が一番のお姉さんよ …え、吹雪型の21番目 …それは、そうだけどっ 特III型では一番なのっ お姉さんなのっ…え、進水も竣工も就役もの方が先って あ…暁の方が起工は先だし…。お姉ちゃんだし
     暁達特型駆逐艦の実力を恐れた米英が、「ロンドン海軍軍縮条約」で排水量1600トンを超える駆逐艦を作れないように圧力をかけたせいで、1680トンの暁型の姉妹は4隻で建造が打ち切られちゃったのよぷんすか
     第六駆逐隊の一員として有名な暁だけど、実は就役直後は特II型のや狭霧(未実装)と同じ第十駆逐隊所属だったのよ。妹達のいる第六駆逐隊に入ったのは、第十駆逐隊解隊後の1939年11月なの。
     バタビヤとかガダルカナルとかキスカとか、全開フル稼働で頑張ったのよ フィリピンでは潜水艦も撃破したわふふん。どう スゴイでしょ …やっ、ちょっと頭をなでなでしないでよ、もう子供じゃないって言ってるでしょ
     特III型からは新型缶を搭載したのよ。一基減ったのに同じ速度が出せるのよ。スゴイでしょ…え、が試験したおかげ 分かってるわよっ お礼はちゃんと言えるし缶が減ったことで、煙突も片方細くなってるでしょ 暁型の秘密は、煙突の形にもあるのよ。
     ボディは缶1基ぶん軽くなったのに、艦橋はおっきくなって重くなっちゃったの。フラフラして危ないから、いろいろ工事して直してもらったのです。もともと綾波おねえちゃんも射撃指揮所とか魚雷の発射指揮所とか大型の方位盤照準器とか、ほとんど巡洋艦みたいな火器管制能力を持ってたの。でも暁はさらに魚雷の発射指揮所を大きくしたせいで、かがみもちみたいな大きな艦橋になっちゃたのよね。でもあんまりフラフラしてるから、友鶴ちゃんみたくならないために艦橋を小さくしてもらったの。射撃指揮所とか発射指揮所とかはなくなっちゃったけど、これでフラフラしなくなったのよ。
     フィリピンから帰った後、竣工前の武蔵さんをと一緒に、レディーとして呉まで護衛したわ。…ちゃんと送り届けられたのかって と、当然よ
     キスカ島占領作戦の時は、艦首切断の大ケガを負ったを護衛して日本に帰投したわ。響はよく頑張ったわよ。沈んでもおかしくない程のケガを負っても日本にたどり着いたんだから。
    さすが、私の妹ね。
     因みにイラストで何故か魚雷発射管が四連装になっているが、史実では初春型までは三連装である。特III型では彼女にだけ右腕にも主砲がある。大戦の後半、対空強化のために特型駆逐艦の第二砲塔が撤去され、機銃が増設されたが、暁は改装前に戦没している。両脇に装備された(暁は靴にもある)シールドのようなものは、軍艦色と赤色で塗り分けられている。
     他の第六駆逐隊に比べて中破絵の露出が少ない。さすがレディーである。
     昭和17年10月25日には「挺身攻撃隊」として白露を率い、ルンガ泊地へ白昼堂々突入。曳船セミノールと哨戒艇を撃沈し、掃海艇ゼーンを損傷させたのち、陸上陣地砲撃を行った。あまりに堂々と突入したたためか反撃らしい反撃を受けることもなく、損害は暁が陸上砲台から1発を受け死者4人、雷が機銃掃射により死傷者若干を出した程度だった。
     第三次ソロモン海戦第一夜戦では真っ先に探照灯を照射。敵艦隊発見を味方に知らせ導いた。また軽巡アトランタに命中した魚雷は彼女のものという説がある。大乱戦であり、夕立も命中を告げていて実相は不明しかし探照灯照射艦の宿命、敵艦隊からの集中砲火を受けあっという間に蜂の巣となって炎上。半分千切れかかったまま戦場を漂い、わずか15分後には沈んでしまった。乗員も第六駆逐隊司令部もほとんどが助からなかった。特III型としても第六駆逐隊としても、最初の犠牲者となってしまった。アトランタもこの戦闘による損傷が激しく、翌日に復旧できないまま自沈処分された。第三次ソロモン海戦時、他の第六駆逐隊はが戦闘で大破している(機関部は無事だったため自力で航行可能だった)。は先のキスカ島占領作戦時の損傷の修理のため、作戦には参加していなかった。暁の最期については、当時暁の水雷長であった新屋徳治中尉の著書『死の海より説教壇へ』に詳しい。また遠山参郎二等主計兵曹の手記も『撃沈』豊田穣著・旧題『四本の火柱』に収録されており、この両著を併せ読めば彼女の臨終の光景を知ることができる。興味がある人はぜひ買ってみよう。
     身を捨てて味方を助け討ち死にした壮烈な最期は、まさに一人前のレディーであった。司令官もこの暁を使って暁の水平線に勝利を刻むのです
     1992年、海底調査によって暁と思われる艦体が発見された。調査に同行していた新屋氏によると「二夜目の海戦で沈んだ綾波かもしれない」との事であったが、沈没位置が新屋氏の証言と合致しないことが指摘され、最終的には新屋氏もこれが綾波であることに同意した。結局暁の艦体は見つからなかった。
     駆逐艦「暁」としては二代目で、先代の「暁」は明治時代に英国に発注された初代暁型駆逐艦のネームシップ。こちらもそれほど運に恵まれなく、日露戦争時の1904年5月、旅順港閉塞作戦中に触雷沈没している。日露戦争でロシアから鹵獲した駆逐艦「レシーテリヌィ」にも、ロシア側に使用を悟られないようにするため旅順港閉塞作戦中に沈没した「暁」の名前が引き継がれていたが、後に「山彦」に改称された。レシーテリヌィの姉妹艦「シーラヌイシールヌィ」も鹵獲され、こちらには「文月」という名称が与えられていた。歴代の運の悪さもあってか、第六駆逐隊の中で唯一戦後艦への継承がされていない。「ひびき」も由来が違うので継承と言い切れるかは微妙だが・・・というか就役時に唯一第六駆逐隊所属じゃ無かったり、一番早く戦没した所為で電探や対空機銃の増設が行われなかったり、第十一水雷戦隊に入れなかったりと、ことごとくハブられ気味な要素を持ってるということは言わないでおこう上記を見かねてか、実際に海上自衛隊の制服やグッズを製作販売する株式会社制服のフジ暁の識別帽のようなものをオリジナルで作ってしまった。てつのくじら館海上自衛隊呉資料館のお土産コーナーにて、現役の「いかづち」「いなづま」「ひびき」の識別帽こっちは本物と並べて販売されている。。。。
     アキュラ版の初代NA1型NSXであり、暁の愛車でもある。そのまんまカタログカラーのシルバーとなり、ミッドシップという限界域の高い駆動方式と、一応暁型1番艦に相応しいマシンである。スーパーカーに匹敵する操縦性や足まわりの強化、なによりボディの材質がアルミの為、ボディ強化は必須科目である。コントロールしやすいかと言えばそうではない。ノーマルよりほんのちょっと改善されたくらいである。
     なによりアルミボディなので軽い。他にもNSX乗りとしては、翔鶴のNA2型NSX TypeR(2002年型)、瑞鶴のNA1型NSX TypeR(1992年型)、大鳳のNA3型NSX コンセプトとAP1&AP2型S2000より少ないように見えるが、それでも伝説として名を束ねる存在を醸し出すNSX。

    ●アキュラ/NSX LM レースカー'91

    ・パフォーマンスポイント(PP):530
    「1994~96年のル・マン GT2クラスのNSXを、グランツーリスモで再現」
     このモデルは、NSX(1991)を元に「グランツーリスモ」が独自にチューニングしたオリジナルモデルである。
     以下でベースとなった車両を紹介しよう。
    (ここから先の車両解説は上記の「暁」と変わらないため、省略)
     2015年5月29日のアップデートで実装された。改造レベルは70と、妹や他の特型ネームシップ2人と同様に駆逐艦最高練度が必要。暁型では響に次いで2人目、特型全体では6人目で、これにより特型駆逐艦ネームシップ3人全員に改二が実装された。それと同時に、編成に彼女を含む必要がある任務が4つ(2つは要改二)追加され、以前のと合わせて計7つの任務で必要になった。なお「第六駆逐隊」ではない任務は今回が初。とは言えが居るので、あまり変わった印象は受けないのだが。追加時点で、この3人が駆逐艦での必要任務数の同率1位(響も4位)となっているので、揃えて育てておくと色々得である。
     浦風砲に加え、探照灯61cm三連装(酸素)魚雷を持ってくる。全ての装備が開発不可の貴重品であるため、実用性はさておきコレクション的には有用性があると言える。同時実装された探照灯の改修及び更新により、この装備の数を揃える事にようやく意味が出来た。実際、必要数1個に対して持参する子が増えすぎた為、あまって仕方ないが勿体無くて破棄できない状態が長らく続いていた。なお、彼女と妹3人(響は改以前で良い)が揃っていれば、任務報酬でもう一つ手に入れることができる。
     耐久と装甲はから+1だけの上昇に留まったが、火力+11・雷装+11・対空+10と他はそれぞれ大幅に向上した。対空値59は、時期の近い駆逐艦改二と比べれば低く夕立などと同値であり、久々に水雷寄りの強化を受けている。どれだけ久しいかと言えば、対空カットイン実装前後で、吹雪・叢雲・潮・初春・初霜がみな防空寄りの強化であったりする。しかし、現状の対空効果は秋月を除けば体感的に殆ど誤差の範囲なので、あまり気にする必要はないだろう。駆逐艦で見ると、実装時点で火力60と雷装90が全体の3位、夜戦火力はジャスト150で4位と相当なハイスペック。特に夜戦においては頼りになるので、昼戦決着が難しい海域ではぜひ採用したい。夕立・島風・綾波の、火力暫定トップ3には流石に及ばないが、それでも十分な性能と言っていい。史実のソロモン海戦での活躍を反映してか、索敵も60と大幅に上がり駆逐艦第1位となった。その為、索敵値が非常に厳しい上に、道中夜戦マス&ボス夜戦前提の2-5マンスリー任務で真価を発揮する。対空が全く影響せず、索敵値がそれなりに必要でボス夜戦前提の3-5の下ルートゲージ削りにも向いている。一方で、運も史実を反映してか改二の中では低く、睦月型を除けば最下位タイの15と+3止まり。まあ、彼女の最期があまりにも悲劇的(詳細は改造前のページ参照)なだけに無理もないのだが。夕立や綾波は艦長をはじめ比較的多くの乗組員が救助されているのに対して、暁は駆逐隊司令や艦長など戦死者が多い。就役日数最短記録保持者のようにその生存者の多寡が運の値の一つの基準になっているのかもしれない。ただし、夜戦火力が高く連撃でもダメージを期待できるので、カットインにこだわるのでなければ運用上の不利はない。妹の響(Верный)と比較すると、攻撃系の能力は暁が高く、防御系の能力は響が高いと対照的なステータスになっている。具体的には、火力・雷装・索敵が暁で、耐久・装甲・対潜が響。対空と回避は同値で、総合値も同じ。運は初期値は響が上だが最大値では暁が上、もっとも響の上限59が史実を踏まえれば低すぎるだけで、暁の上限67は平均レベル。ただ弾薬消費量は響が島風並の水準に上がってるのに対して、暁は据え置き。
     最終時がモデルかと思われる。九四式爆雷投射機を装備していたらしい。武装は建造当初とほぼ変わりがなく、対空機銃などが増設された。
     立ち絵の変更点は、帽子とセーラー服に入っていた白いラインと錨が綾波改二や吹雪改二と同様赤色になったこと。左肩に探照灯を追加、脚に爆雷投射機を追加、右腕の主砲を後期型に更新、足底の補助輪ビルジキールの廃止、腰回りの魚雷発射管を三連装<酸素>魚雷に変更、そしてジョイント用と思われるベルトの様な物を巻いている。何より注目すべきは、その独特なポーズ。さらに、どうだといわんばかりの圧倒的ドヤ顔右手のそれは、いわゆる「お嬢様がよくとってそうなポーズ」そのものである、これぞまさに一人前のレディ?ただし、中破絵の露出度はかなり上がった様子。だが、妹と比べるとエロスは殆ど感じない。探照灯は点灯状態でこちらを向いている。うおっまぶしっしかし、深夜の時報では相変わらず暗いのを怖がっている。明かりがあれば平気という話ではないようだ。立ち位置の影響かと思われるが、妹達と並ぶと一人だけ少し背が低く見え、むしろ前より縮んでいるような気がしなくもない。
     ちなみに、時報並びに他諸々のボイスは、新規の一つを除いて改の時と同様。つまり、司令官からのお子様扱いは全くと言って変わっていないので、別人化を恐れている提督諸氏はご安心を。その追加ボイスでも、まさかと思いきや最後まで聞くと案の定である。使い方が間違ってるとツッコミを受けていた「本日は~なのです」のボイスがなくなったが、流石に本人も勘違いに気づいたのかも。何気に、実装タイミングがちょうど<梅雨>限定ボイスの最中であったりするのは、単なる偶然か果たして・・・。

    ■響
    ●ホンダ/S2000'06

    ・パフォーマンスポイント(PP):450
    「ホンダの夢が詰まった、FRライトウェイトオープン2シータースポーツカー最後のマシン」
     1999年に登場したホンダ S2000は、ホンダとしては珍しいFRのオープンスポーツカーだ。1960年代のS500/S600/S800のイメージを引き継ぎ、あらゆる部分がほとんど専用設計という贅沢なモデルであった。
     当初エンジンは2L直4DOHCのF20C型で、250PS/8,300rpmと22.2kgfm/7,500rpmを発揮した。このエンジンはブロックすべてがホイールベース内に収まる形で車体に搭載され、完全なフロントミッドシップを形成。前後重量バランスは50対50ピッタリとされた。ミッションは6速マニュアルのみの設定で、サスペンションは前後ダブルウィッシュボーンを採用と、走りに徹した仕様だった。
     2003年10月にマイナーチェンジを受け、前後バンパーやライト類の意匠を変更。インテリアやシャシーにも改良が加えられ、17インチタイヤが装着されるようになった。そして2005年11月には、排気量を2.2Lに拡大し、圧縮比を11.7から11.1としたF22C型エンジンが搭載されることになる。このエンジンは242PS/7,800rpmと22.5kgfm/6500-7500rpmを発揮。許容回転数は9,000rpmから8,000rpmへと下げられた。また電子制御のドライブバイワイヤ機構も新たに採用されている。
     これらの変更は、扱いやすさを重視しながらレスポンスを向上させる、より実戦的な速さを狙ったものだった。その後、空力とサスペンションセッティングを見直したエアロパーツ付きのタイプSを追加。安定性と操縦性を向上させている。
     しかし2009年1月、ホンダは同年6月にS2000の生産を終了することを発表した。これにより、ホンダのラインナップからFR車、オープンカー、そして2シータースポーツが消滅するこことになってしまった。
     第六駆逐隊に関するつの任務で必要となるほか、 Lv70で二度目の改造が可能になりВерныйとなる。ただし、Верныйにすると上記の任務を達成できなくなるため気を付けよう。修正がなされたために、Верныйでも任務は達成可能。
     吹雪型(特型)の22番艦。III型(暁型)の2番艦にあたるよ。建造されて間もなく、「」「」と一緒に第六駆逐隊を編成したんだ。「」が第六駆逐隊に入ったのは1939年と少し遅かったね。ちなみに「響」という名の駆逐艦は私で二代目だね。
     史実では雪風ちゃんに負けず劣らずの幸運艦…だったのかな悪運強さから「不死鳥」と例えられ、大破することはあっても沈むことはなかったんだ。例えば、キスカ島占領作戦。私は敵機からの爆撃で艦首切断の大ケガを負ったんだ。でも、なんとか応急修理に成功して沈没は免れたよ。艦首を失って前進できないから、私はゆっくり後進しながらの戦闘海域離脱。撃つとその衝撃でまた浸水しそうだったから砲は使えない。 だから、離脱の時にはが護衛してくれた。無防備な私を傷つけさせまいと米軍機を追い払うために奮戦してくれた暁、とても頼もしかったよ。さすが、私のお姉ちゃんだね。私が傷を癒してる間、暁たちはソロモン海に行ってくるって言ってたけど、それが私と暁との今生の別れになってしまったんだ。その最期を見届けていた雷と電から聞いたけど、言葉だけでも暁の無念さが伝わってきたよ…。私…暁に恩返しできなかったんだ…。だから、今度こそ…
     工藤中佐覚えてるよ。あの後私の艦長になったから。でも彼が就いたとき私は修理中。治ってから何度か護衛の仕事をしてもらったけど…少し退屈させちゃったかな。
     がいなくなった後、第六駆逐隊は龍田さん率いる第十一水雷戦隊に配属され、ちょっとの間だけど島風ちゃんとも一緒だったんだ。修理の影響で、とはバラバラになって作戦行動に入ることが多かったね。例えば雷と電がトラック航路に参加していた時期、私はキスカ島撤退作戦に参加していたんだ。その時に電探を装備するなど改装が行われたけど、偽装工事として煙突を三本に見せかける為の偽装煙突をつけた…とも一部の文献で言われてるね。島風ちゃんといえば、訓練の時に演習用魚雷をスクリューに命中させられたりもしたね。さすが、最新の五連装魚雷発射管だね。
     が対潜任務に出て消息を絶ってしまった後、私とは輸送船護衛任務に就いて、持ち場を変わった直後に電が米潜水艦に撃沈されてしまったんだ。私はすぐに敵を討とうとしたけど、既に敵は海域から離脱。その日から私は独りぼっちになった…。姉妹みんないなくなって私だけになった第六駆逐隊は解隊。それから連合艦隊附属になったけど、レイテ沖海戦時は修理中だったから参加しなくてさ…。結局、だけが残っていた第七駆逐隊に編入された。少しだけの間ちゃんとも一緒だったっけ。……あの頃のことは思い出したくないな。
     坊ノ岬沖海戦では私も召集されたけど、移動中機雷に触れてしまって…朝霜ちゃん未実装が駆けつけてくれたおかげで、呉へ戻れたよ。でも…あの娘、みんなと沖縄へ行くって言ったきり、帰ってこなかった。うん、あのとき悟ったよ。「私には、死に場所なんて無かったんだ」って…。
     終戦も近づいた1945年の7月に私は舞鶴の港で氷川丸さんに燃料の補給を受けたことがあるんだ。その時に当時としては珍しい洋食のフルコースをご馳走してもらったことがあるんだ。
    この歓待には…驚いたし嬉しかったな。今度会えたらお礼を言わないと。そうそうこの歓待に感銘を受けた私のとある乗組員が、それから何十年も経ってから日本を代表する豪華客船「飛鳥」の建造に大きな影響を及ぼすことになるのはまた別のお話さ。ちなみにこの豪華客船「飛鳥」、あの軽空母姉妹の叶わなかった夢を実現させた船でもあるんだよ。
     玉音放送の5時間前、B-29に発砲したよ。帝国海軍最後の射撃なんだってさ。このとき、から預かった主砲を使った、という人もいるけど、実はこの時は機銃だけの射撃だったんだ。
    もっとも、七月二十日にB-29を撃墜した時には、主砲も発砲したよ。
     「死に損なった」「最後まで戦い抜いた」。どちらも言えることだし、どちらの気持ちもある。ともあれ姉妹の中で生き延びたのは私一人。実は一番年下1933年3月31日竣工だったから…わからないけど。お姉ちゃんや仲間たちのおかげだったんだろうね、きっと。
     戦後はソ連(現ロシア)に賠償艦として贈られ、「ヴェールヌイ(Верный)「信頼」という意味)」という名前を与えられた。数年後には名を「ディカブリスト(Декабрист ロシア革命参加者の名前)」に改められ練習艦に。役目を終えた後は標的艦として雷撃処分された。少し遅くなっちゃったけど、ようやくみんなの所へ行けたんだ…。
     長門さんのように、私も前世の姿を留めて眠り続けてるよ。ウラジオストク沖の透き通った海の底で。時々ダイバーさん達が会いに来てくれるから、さみしくはない。
     「ハラショー(хорошо 「素晴らしい」という意味)」や「スパスィーバ(Спасибо 「ありがとう」という意味)」と、私がロシア語混じりの喋り方をするのは向こうにいたから。ボルシチおいしいね。2013年11月1日アップデートで来てくれた伊8さんが、ライ麦パンを分けてくれたのもこの経験だよ。ソ連にもライ麦パンがあるからね。司令官、すっぱいって…それがおいしいのに…。
     2013年9月11日のアップデートで、ソ連に渡った後の私である「ヴェールヌイ」が追加されたよ。
     あのときはを守れなかったけど…「信頼」の名に誓って、今度は絶対に守るから。
     今は音響測定艦ひびき活躍しているよ。名前の読みは同じだけど、由来は違うんだ。私は音の「響き」から、彼女は北九州の「響灘」から名づけられたんだよ。音響測定艦というのが耳慣れないそうだね、私たちの時代にはなかった艦種だから。彼女は、非常に優秀な曳航式の水中聴音機を持っているんだ。これを使って、平時のうちから日本近海を航行して活動中の潜水艦を見つけてはその音を収集するのが彼女の仕事。そうして得られた音のデータは、いざ「姿を見せないお客さん」が来訪した時にいち早く「丁重なお出迎え」をするための大切な資料になるよ。──私は、潜水艦のために多くの姉妹を亡くしてしまった。そんな私とおなじ名前の艦が、今は潜水艦の脅威から多くの仲間を守るために頑張っているんだ。こいつはちょっと、照れくさいな。 え、彼女が何処の国の潜水艦に対抗するために建造されたかって …それは、まあ歴史の皮肉というやつさ。ちなみに、ひびきの作るカレー、その名も「ひびきカレー」はレシピが公開されているんだよ。司令官、カレーは好きかい
     戦争が終わって復員船になっていた私だけど、昭和21年末に乗組員の手で「ふくいんせん響記念号」という冊子が発行されて、そこで私は擬人化されていたんだよ。
     グランツーリスモでは唯一のプレミアムカーとなった2006年型S2000。その潜在能力はロードスターやZ4、フェアレディZロードスターに匹敵しており、最終型となった響の他に、他の艦娘も年式やグレードは違えと、S2000のスピリットに終わりはない

    ■Верный(ヴェールヌイ)
    ●アミューズ/S2000 GT1 ターボ

    ・パフォーマンスポイント(PP):601
    「パワーハウス・アミューズに『グランツーリスモ』開発陣が協力、S2000最高傑作マシン」
     サーキットからワインディングまで、あらゆるステージにおけるS2000のチューニングノウハウを持つパワーハウス・アミューズだが、その究極ともいえる1台がS2000 GT1である。
     特徴的なフルエアロのデザインは、実はポリフォニー・デジタルとの共同作業によって生み出された。アミューズがS2000のフォルムにさらなる魅力を加えようとしていたところ、「グランツーリスモ」開発陣と意気投合し、このコラボレーションが実現した。
     ルックスだけではなく性能面においても、ロングノーズ化によるフロント部のダウンフォース確保などを中心に、レーシングマシンにも匹敵する空力性能を実現しているのが特徴だ。
     さらにパワーハウス・アミューズ代表でありドライビングの達人でもある田名邊氏は、全幅1,829mm目標に拡大。その上軽量化にも徹底してこだわり、エアロパーツの各部にカーボンを織りまぜたほか、パーツ自体の素材置換による軽量化効果も相まって、車重は約1,120kgとかなり軽量に仕上がっている。
     エンジンもまたスペシャルだ。アミューズによると、F20Cをベースに排気量を2.3Lまで拡大。さらに、GT30Pro-Sタービンを組み合せることで、実に最高出力626PS、最大トルク53kgfmというスペックを得ている。当然ながらターボ化のためエンジンブロックなどへの補強も行なわれているのだが、結果として1PSあたり1.79kgという驚異のパワーウェイトレシオを達成していることになる。組み合わせられるトランスミッションは、何と7速シーケンシャルである。
     2013年9月11日アップデートで実装された、ソ連赤色海軍所属の駆逐艦。艦これ初の駆逐艦第二次改造艦、及び海外所属艦である。元は日本生まれだが。
     改二勢及び雪風島風天津風の高性能艦と比較した場合、Верныйの特色として目立つのは唯一の37という駆逐艦最大の耐久力。装甲値は最大値からは劣るものの駆逐艦としては高い部類に入ることから、耐久性に特徴がある艦と言える。
     索敵値が夕立・綾波に次ぐ高さであり、索敵値による航路分岐の発生するマップにおいてはその索敵値の高さが役に立つ。
     対潜値も駆逐艦最大値ではあるが、対潜攻撃力計算式の都合上装備の対潜値の比重が大きい為、決定的と言える程の差ではない。それでも対潜攻撃のある海域では最大の攻撃力を持てる艦であるので、有効に使いたい。
     過去には、Верныйと&響改が任務において違う艦として扱われたため、Верныйでは『「第六駆逐隊」を編成せよ』と『「第六駆逐隊」出撃せよ』の2つの任務達成が出来なかった。修正がなされたために、現在ではВерныйでも前述任務は達成可能。尤も、比較的簡単なこれらの任務を達成しないまま響をLv70まで育て上げる提督は相当に稀であろうが。
     ソ連に引き渡された後の。"Верный"(ヴェールヌイ「真実」「信頼できる」「忠誠」という意)という艦名のあと、更に練習艦"Декабристы"(デカブリスト「十二月党員」)と名を変えている。また、後にВерныйの名を新たに冠する新型駆逐艦も1950年代に就役している。装備品が無いのは武装解除後賠償艦として引き渡され、日本製の装備を持たなくなるからだろう。対潜値が大幅に上がっているのはソ連に渡ってから装備されたと思われる対潜迫撃砲を反映したものか。ソ連引き渡し後については資料が少なく、装備に関しても詳しくは判明していない。資料によって装備の詳細は様々だが、130mm連装砲(B-2LM)2基、85mm連装砲(85-К)1基、553mm5連装魚雷2基、37mm連装対空機関砲(B-11)4基、25mm三連装対空機銃3基、432mm対潜迫撃砲(BMB-2)2基、機雷投射機(機雷搭載数36個)、火器管制装置とレーダーを装備していたという説が現実味を帯びている。また、これらは第二次大戦期のソ連海軍駆逐艦の標準的な装備である。他にも132mmカチューシャロケットを装備していたという説、12.7mm機銃も装備していたという説、魚雷発射管は553mmではなく610mmだったという説など、様々である。しかし、全く同一の改装が響に施されたかは不明な点も多い(詳細は下記参照)。大祖国戦争(いわゆる独ソ戦)後にソ連海軍の海軍近代化計画の過程で実行された駆逐艦開発計画「プロジェクト30ビス」"で開発、または近代化された8隻の駆逐艦の中に"Верный"(Модернизацияの項参照)の名があるものの、同項のВерныйは1980年に廃艦処分または除籍とあり響の艦歴と矛盾している。また暁型駆逐艦「響」の日本語Wikipediaにおいて、ヴェールヌイという艦名は第5艦隊に所属した30-bis型駆逐艦に受け継がれているとある。なおプロジェクト30ビスにて新規に竣工した駆逐艦はСмелыйスミェールイ級でその一番艦は1948年に就役している。そのСмелый級としてВерныйが存在する。もちろん、複数の資料に「装備付与後は38ktあった速力が36kt程度まで低下した」との記述があることからも、なんらかの近代改修がなされた可能性は否めない。とはいえ、響がどのような近代改修を受けたかについては憶測の域を出ないのが現状といえる。
     響の他にも賠償艦としてソ連へ引き渡された駆逐艦があるが、どれも改称後の艦名が陽字號の様にイニシャル"В"の形容詞で揃えてあった。
    元の艦名→ソ連引き渡し後の艦名括弧内は読みと意味
    ・松型 桐(きり)Возрождённыйヴァズラジュジョーンヌイ、再生した
    ・松型 榧(かや)Волевойヴァリヴォイ、意志ある
    ・橘型 初桜(はつざくら)Ветреныйヴェートレンヌイ、軽薄な→Выразительныйヴイラジーチリヌイ、表現力に富んだ
    ・橘型 椎(しい)Вольныйヴォーリヌイ、自由の
    ・冬月型 春月(はるつき)Внезапныйヴネザープヌイ、突然の
     掲示板などでの略称はステータス画面の頭三文字から「Bep(ラテン文字)」やそれに因んで「別府」、「ヴェルちゃん」等が見受けられる。「Вер(キリル文字)」に形が似ているため「Bep(ラテン文字)」と書かれやすいが、本来は誤り。キリル文字をラテン文字に変換した場合"Verniy"、つまり"Ver"となるのだ。
     日本語圏資料では殆ど「練習艦となった後は詳細不明」もしくは「退役後解体処分」となっているが、近年のロシア語圏資料を見ると「1953年の退役後、1970年代に海軍航空隊の標的艦として海没処分」と詳細が明らかになっている。彼女が眠る場所はウラジオストク沖、カラムジナ島。現在、ダイビングスポットとして近寄れるようで、響の眠る姿が確認されている。
     パワーハウス・アミューズとポリフォニー・デジタルが作り上げたS2000 GT1 ターボ。ベース車は2004年型のS2000と思われる。初登場は2006年に登場した「グランツーリスモ5プロローグ」でのチューニングカークラスのトップ陣として、そのターボをハイスピードリンクやロンドン市街地コース、鈴鹿サーキット 2005(グランツーリスモ6未収録)で暴れたプレイヤーもいるだろう。さらに、セッティングがやりやすいという事で、ドリフトトライアルで華麗なるドリフトを披露した動画まである。そこまで人気を集めたのである。
     彼女の持つGT1 ターボは、S2000の最上級にして頂点として改になったと同時に入手。S2000(2006年型)から改造したわけではなく、アミューズで一から生産された一台である(こっちの設定なので気にしないでください)。セッティングも煮詰めたものであり、攻めやすくしてある。これでもナンバー取得済み車って・・・(汗)

    ■雷
    ●ホンダ/フィット RS'11

    ・パフォーマンスポイント(PP):362
    「更に可愛さが増した、2代目フィットのスポーツ仕様」
     2007年秋、ホンダのベストセラー、フィットが2代目へと進化した。コンパクトなのに、室内とカーゴスベースが広い実用ハッチバックというコンセプトはそのままに、ノーズを低く見せてAピラーの付け根を前に移動したことで、より塊感の強いスタイリングとなった。
     デビュー直後にグットデザイン賞と日本カー・オブ・ザ・イヤーを立て続けに受賞、2007年11月から11ヶ月にわたり国内販売で首位をマークし続けるなど、初代同様のベストセラーカーとなった。
     パワーユニットは1.3Lと1.5Lの2本立てで、双方とも基本的には先代からのキャリーオーバーだが、新たにi-VTEC仕様に改良されている。シリーズ中最もスポーティなグレードとして位置付けられるRSは1.5Lエンジンを搭載。先代より10PS/0.2kgfm向上した120PS/14.8kgfmのエンジンと、5速MTまたはCVTとの組み合わせで、活発な走りを楽しめるモデルに仕上がった。
     RSとは「ロード・セイリング」を意味する。初代シビックの時代に最も高性能なグレードに与えられたネーミングだが、2010年に施されたマイナーチェンジにより、フィット RSはさらにその魅力を増している。専用のエアロパーツ類はさらに標準型との違いが明確なダイナミックなデザインへと変更。フレームの左右をつなぐパフォーマンスロッドの追加や、専用ダンパーとスプリング、スタビライザーのセッティング変更、マニュアルトランスミッションの6速化などで、操る楽しさとスポーティなフィーリングを味わえるモデルになっている。
     性能面では駆逐艦の標準レベルで特筆すべき部分は無いが、第六駆逐隊に関する2つの任務で必要となる。うっかり解体したり近代化改修に使ってしまったりしないよう気を付けよう。『「第六駆逐隊」出撃せよ』の任務は一度達成しても再出現するというバグが報告されている。放置しても特に問題は無いが、再び報酬を貰いたいなら彼女達を手元に残しておくと良い。
     カードの振り仮名が通常時は「いかち」だが中破時の振り仮名が「いかち」になっている。「いかづち」の「づ」は歴史的仮名遣い(旧仮名)であり、現代仮名遣いでは「いかずち」となる。些細な違いだが、この違いを「 読み仮名 」として混同する人が非常に多い。現在は現代仮名遣いに基づいた「いかずち」が正しいようだが、「当時の艦名」を重視するなら「いかづち」が正しいといったところか。なお改造後の振り仮名は「いかずち」に統一されている。
     型(特III型)3番艦。吹雪型(特型)だと23番艦の雷(いかずち)よかみなりじゃないわそこのとこもよろしく頼むわねっ暁型の3番艦だけど、一番最初に竣工したの。そういう意味では私が一番お姉さんなのかしらでも、拗ねちゃうからには内緒よ ねぇ、司令官 ……あれ 聞いてるー
     どこかで私のことを「ダメ男製造機」って呼んでる人がいるみたい。うちの司令官のどこがダメ男なのか問いただしてやりたいわ。他の艦娘に比べて、提督に気を使った台詞やデレた台詞が極めて多いため、ついたあだ名がダメ男製造機。実際可愛い。「司令官」→「お兄ちゃん」の脳内変換もバッチリ決まる、元気系妹キャラでもある。つまり可愛い。幼い容姿と溢れる母性から、某雑誌では「雷はわたしの母になってくれるかもしれなかった女性だ」と「雷…… 私を導いてくれ……」、という、どこぞのマザk……げふげふ……赤い彗星の劇中最後の台詞が使われる事となった。
     もしかして私とを間違えたりしてない……へ間違えてたのひどーいでも、誰にだって艦違いはあることよ電とは同じ駆逐隊に属していたこともあり、郵便物誤配は日常茶飯事。郵便物の交換会が頻繁に行われていた。想像してみよう、すっごく可愛い。妹のにおぶさって雷電というネタがあるが、勿論そんな改造は出来ない。できたら2乗可愛い。空飛んじゃうという可能性も無きにしも非ずだが。なお、日本海軍にはかつて本当に「雷電」という軍艦がいた。1877年に北海道開拓使から移籍した艦であり、元の名前は幕府軍艦「蟠龍」。戊辰戦争時の箱館湾海戦で装甲艦を含む6隻の政府軍艦相手に単艦奮戦、逆に政府軍艦「朝陽」を返り討ちにした武勲艦である。なお、両者は等しくカミナリのことだが、字義として雷は音を、電は光を強調したものである。
     手に持っているのは錨よ。暁型の錨は、艤装から取り外せるのよ、すごいでしょ猫ではない錨の重量は駆逐艦でも数トンはある。にも関わらずこの笑顔。超可愛い。余談だが、彼女の錨を構えるポーズはメジャーリーガーのイチロー選手を彷彿とさせるが、故意か偶然か、彼女の進水日である10月22日はイチロー選手の誕生日である。
     支那事変の時の司令は伏見宮博義王大佐なの。第六駆逐隊旗艦として長江方面の警備に行ったわこの時は人買い船を拿捕したり、伏見宮司令の指示で貰い物の七面鳥を飼ったり、伏見宮司令がお風呂に入ってるところを下士官や兵士が覗いたり、面白いことが色々あったのよ。この第六駆逐隊珍エピソードの数々は『第七駆逐隊海戦記』に詳しい。
     「敵兵を救助せよ『雷』の敵兵救助」スラバヤ沖海戦では、「エクゼター」「エンカウンター」「ポープ」を撃沈する大活躍だったのよ次の日、工藤艦長の指示で、沈没した敵艦隊の生存者の救助に当たったの。ただ強いだけじゃ、だめだと思うの。ねっ、司令官重巡洋艦妙高、駆逐艦「山風」(未実装)、「江風」(未実装)と共に、英重巡洋艦「エクセター」、英駆逐艦「エンカウンター」、米駆逐艦「ポープ」を撃沈している。翌日、単艦行動中に、漂流した敵兵を発見し、潜水艦の潜む危険な海域であったが、艦長の判断で乗員422名を救出している。「雷」艦内では、日も暮れ始める頃にはすっかり両軍兵士達は打ち解け合ってしまっており、私物の物々交換等が盛んとなり、「艦内軍規を厳守せよ」と指示が出された事もある。その後、丁重に持て成された英海兵達は、日本に掌握されていたオランダの病院船「オプテンノート」に捕虜として引き渡された。この指示を下した「雷」の駆逐艦長「工藤俊作」は、艦内での鉄拳制裁を禁じるなど非常に温和な人柄だったが、決断力もあり、些細な事にはこせこせしない豪胆な人物であった。「兵の失敗は、やる気があってのことであれば決して叱るな」と口癖のように言っており、見張りが流木を敵潜水艦の潜望鏡と誤認した際も、その注意力を褒めたという。上記の人柄からか、乗員からの信頼は厚く、「オヤジ」や「大仏」という渾名が付けられたほど。「雷」の優しい性格は、彼の影響が大きいのかもしれない。工藤艦長は、異動によって「雷」を去り、1942年8月に、駆逐艦「」艦長に就任。護衛任務等を行った後、同年12月に内地勤務となる。1944年11月から体調を崩し、翌年3月15日に待命となり終戦を迎えている。「雷」沈没時、すでに退艦していた彼は、乗員全員が犠牲になった事への自戒の念から、この話を生涯家族にも黙して語らなかったと言われる。遺族がこの話を聞いたのは、助けられた元イギリス海軍士官からである。当時「エンカウンター」の乗組員であった元英海軍中尉「サミュエル・フォール」は、この救命救助行為を「武士道の実践」と称賛。恩人である工藤艦長の消息を求めて来日した。しかし当時は工藤艦長の消息を誰も知らず艦長自身は年に死去、残念ながら再会する事は叶わなかった。後に墓所が判明し再度来日したとき、工藤氏の墓前とその家族に感謝の思いを伝えた。この来日によって、今まで語られる事のなかった工藤艦長と雷の活躍は、書籍やテレビドキュメンタリーになるなど、一般にも広く知られるようになっている。この逸話については、書籍「敵兵を救助せよ」草思社・惠隆之介著に詳しい。興味のある方は是非ご一読を。このほか、彼女に関する本としては、アッツ島作戦後に退艦し戦死を免れた乗員による「特型駆逐艦「雷」海戦記」光人社・橋本衛著などがある。救助の模様はもとより、下士官視点での駆逐艦生活を活写した名著。彼女のファンとしては押さえておきたい一冊である。ガダルカナル島作戦では、私とが参加したわ。はキスカでの怪我のせいで参加できなかったのが残念だけどね。でも第三次ソロモン海戦第一夜戦で、暁は……。そして私も被弾で砲塔・給弾薬室・機銃台等を滅茶苦茶にやられたけど機関部は無事で全力航行できたから、その後比叡さんの救援に向かったわ。この後、私は修理のために横須賀に回航されたの。電は残って霧島さん達と第二夜戦を戦ったのよ。
     「駆逐艦『雷』の最期」※不快な内容が含まれるので閲覧注意。最後は独りで潜水艦を倒しに行って、そのまま…… だけど、最後まで頑張ったの。本当よ1944年4月13日、船団護衛中にグアム島の西で船団が潜水艦の雷撃を受けたため、単独で対潜掃討に向かって以降、消息が途絶える。状況から、敵潜水艦に撃沈されたものと判断された。(轟沈時のセリフはこれに由来すると思われる)戦後、米軍側の記録から、米潜水艦ハーダーHarder/SS-257の雷撃を受け、沈没していた事が判明。乗員全員が戦死と記録された。(「全員戦死」とされた7隻のうちの、1隻である)工藤艦長は既に退艦していたが、共に敵兵を救助した乗員の多くは、「雷」と共に海底へと沈んだ。ハーダーの潜水艦長「サミュエル・D・ディーレイ」は、軍の報告書にこう記している。「"Expended four torpedoes and one Jap destroyer!" (訳4本の魚雷とジャップの駆逐艦を消費した)」 雷は乗員共々、消耗品である魚雷と同等の扱いをされてしまった事になる。 こうして、敵兵救助という「武士道」を実践した艦は、その艦歴を閉じたのである。しかも当のハーダーにも「吹雪型の」と認識されていたというオチがついてしまったの戦没は翌月の5月であるため、「雷」で間違いない。最期まで取り違えられっぱなしである。余談だが、そのハーダーも「雷」沈没から約4か月後に「第22号海防艦」によって撃沈された。例のディーレイ艦長も、ハーダーと運命を共にしたとされている。しかも単船で追い詰められた「二洋丸」を深追いして、日本軍の救援に撃沈されるという「シャア少佐だって昇進したんだ」の死亡フラグ必中の有様であるが、この時救援に来たのは第22号海防艦ともう1隻、「第102哨戒艇」が参加している。この「第102号哨戒艇」、元はアメリカ合衆国海軍クレムソン級駆逐艦「スチュワート」(DD-224)。スラバヤで入渠中に日本軍に鹵獲された。第102号哨戒艇「雷は私の母になってくれたかもしれない駆逐艦だ それを沈めたお前に────っ」雷の敵を討った第22号海防艦、第102号哨戒艇は共に終戦まで無事生き残っている。上記の「ハーダー」艦長による報告書はこちらの175ページに公表されている「雷」撃沈時の絵図も描かれているので、興味があるのなら読もう。
     ちなみに、「雷」の名前を持つ艦は私で2代目。雷型駆逐艦一番艦「雷 (初代)」は、日本海軍初の駆逐艦で、イギリスで生まれたの。日露戦争でも活躍したのよ初代でも、電とは姉妹艦だったの。何度生まれ変わっても、いつも私達は一緒なのよなお、最期は大湊港に停泊中、機関部への漏水による水蒸気爆発で爆沈。初代「暁」(触雷沈没)や初代「電」(機帆船と衝突し沈没)同様運のない最期である。特型駆逐艦全体を姉妹と考えれば、とも再び姉妹になったと言える。霓(にじ)……誰のことかしらなお、この初代雷が日本海海戦で掲げた栄誉の軍艦旗は記念として彼女に受け継がれ、工藤艦長が乗員たちに日米開戦を告げる際にも掲揚されていた。
     3代目でも電と一緒だったの。もちろん私がお姉さんね。しかも私がネームシップだったのよいかづち型護衛艦「いかづち」「いなづま」。 起工は私が先だったけど、進水や就役は妹が先だったのはナイショ…私にぴったりのコンパクトボディーが可愛いでしょ。 私の魅力はどう姉妹は私と電の2人だけだったけど、主機が異なる準同型姉妹の「あけぼの」と一緒に創設期の海自の中核を担って頑張ったの余談だが、戦後に継承された艦名は、当然のように現代仮名遣いに直されてるが、「いかち」と「いなま」だけは現代に至るまで旧仮名遣いをそのまま採用している。
     現代では、むらさめ型護衛艦7番艦「いかづち(4代目)」として頑張ってるわ。あのソマリア沖にも出動して、仲間たちと一緒にたくさんの民間船舶を守ったのよ今も、そしてこれからもずっと電いなづまと一緒よ なぜか私のほうが妹になってるけど4代目は近代ミサイル兵装やステルス化の影響で歴代「雷」に比べて一気に大型化している。オトナの魅力満載の私もどうかしら 上記のフォール氏が来日し、自衛隊の観艦式に出席した際、 防衛庁の計らいで「雷」の名を受け継いだ同艦が搭乗艦に充てられた。もし基地で4代目の彼女を探したい場合。艦首の番号が107(イオナ)と覚えると分かりやすい。中の人繋がり 何のことかしら映画「亡国のイージス」では架空のミサイル護衛艦「うらかぜ」役として出演したことも。単なるやられ役ひどーい「艦娘型録」の声優インタビューで担当声優の洲崎綾は、「雷を轟沈させちゃいまして」とコメントしていた。ひどーい
     グランツーリスモ6ではプレイヤーの最初の相棒であり、愛車となる初収録されたホンダの2台目フィットRS。全ての性能は前輪駆動車の中では優秀で、ノーマルでも即戦力その上操作性も癖が無く、まるでスプリンタートレノやロードスターみたいに操る楽しさが実感できる。
     艦これでは人気者の彼女のフィットは、更に操作性が格段にアップし、クイックかつ安全性を高めた駆逐艦の代表車にもなっている。妹の初代フィットよりパワーユニットも変わり、大幅な戦力強化も行っている。ボディ剛性にも手を加え、更にはミッションやクラッチ、ブレーキ、挙句の果てサスペンションにもチューンナップされていて、なおかつエアロ装着でダウンフォースによる空力もバッチリ。どのコースだろうという事を聞いてくれる、雷の最強のスポーツコンパクトカーである♪

    ■電
    ●ホンダ/フィット W'01

    ・パフォーマンスポイント(PP):335
    「トヨタ・カローラを撃墜した、最も売れた単一車種を記録した初代フィット」
     2001年6月に登場、翌年には日本で一番売れたクルマとなったのが、ホンダ フィットである。欧州ではホンダ ジャズの名前で発売された。フィットの凄さはひとことでは語れない。パッケージング、走り、燃費。すべての要素が、今までのコンパクトカーの常識を打ち破っているのだ。
     全長3,830mm、全幅1,675mm、全高1,525mmで、全長こそやや長い以外は5ドアのコンパクトカーとして常識的なもの。ところが、中に乗り込むとその室内の広さに驚く。特にリアシートの広さは圧倒的で、この部分の室内高はミニバンのオデッセイに匹敵する。リアシートの座面を跳ね上げれば、その高さは1.3mにもなる。さらに荷室も十分以上に広いのだから、常識破りとしかいいようがない。
     この離れ業を可能にしたのが、新開発のグローバル・スモールプラットフォームだ。このプラットフォームは、これまでリアシート下に置かれることが一般的だった燃料タンクをフロントシート下に配することで低床化を実現。同時に衝突安全性能向上とショートノーズ化までを可能にした画期的なフロアである。
     エンジンは新開発の1.3L直4DOHC。一見すると平凡だが、i-DSIという2点位相差点火制御とマルチマチックSという新世代CVTを組み合わせて、23.0km/Lという10・15モード燃費を実現。さらに「優-低排出ガス」認定まで取得している。2002年には110PSの1.5Lエンジンも加わった。
     こうした抜群の性能が認められて、フィットは2001年の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。名実ともに日本を代表するコンパクトカーとなった。
     開始時に選べる初期艦娘吹雪叢雲、電、五月雨の内の一人。駆逐艦としては標準的な能力であるが、ある任務を達成するために必要な艦のひとつである。このため、初期艦娘に選ぶと建造/ドロップ待ちの点で若干効率が良いかもしれない。
     手に持っている魚雷はどうやら自分の魚雷管から引き抜いた一本のようだ。バットの代わりにでもするの…因みに九〇式魚雷と仮定しても2.5トン。文面通りに受け取った場合共々ものすごい怪力である。まあ今更だけどね。 電はこれでも5万馬力なのです出力自慢の戦車さん30輌束になってても、綱引きは電が勝っちゃうのです♪
     
    長身で素敵な女性を目指すため、毎朝牛乳は欠かさないらしい。(秘書艦選択時の説明文より)私はそのままの方がいいと思います。
     艦名が『旧仮名遣い』でそのまま記載されてる、唯一の艦娘だったりする。
     型(特III型)姉妹の末っ子で、特型駆逐艦としても最後の艦なのですでも竣工はちゃんに次ぐ二番目で、ちゃんよりも先なのです
     お姉ちゃんたちと違って、大阪生まれなのです大阪弁… 電の所属は横須賀なのです。だから上手く喋る自信はないのです。
     戦前に深雪ちゃんに衝突してしまって…沈めてしまったのです。ごめんなさいなのです…。実は4代目以外最低一度はごっつんこしてるのです…衝突とか、気をつけますね…。
     スラバヤ沖海戦では、英重巡エクセターの乗員救助にあたったのです。頑張ったの…です…。
     歴代の艦長さんには、大和さんの最後の艦長となった有賀幸作さんや、雪風ちゃんの名艦長となった寺内正道さん、谷風ちゃんで凄い操艦を披露した勝見基さんがいたのです第三次ソロモン海戦でちゃんと一緒に沈んでしまった山田勇助第六駆逐隊司令も電の艦長さんの一人だったのです……。
     初代電は雷型駆逐艦の2番艦で、やっぱりがお姉さんなのです。いつでも「雷」「電」の順番で隣り合わせの姉妹なのです初代の「雷」と電は日本海海戦にも参加したのですこの時の電には米内光政さんが中尉として乗っていたのです
     「戦場」の「雷」「電」だからって「知っている」人と間違えないで欲しいのです…。
     キスカ島占領作戦では、敵潜水艦の雷撃で大ケガをしたちゃんと不知火ちゃんを救援したのです。この時の二人の駆逐隊司令で、後に自殺した宮坂義登さんも電の艦長の一人だったのです……。
     その後お姉ちゃん、お姉ちゃんと一緒にガダルカナルへと向かうために呉に回航し、飛鷹さんと隼鷹さんを護衛してトラックへ向かったのです。第三次ソロモン海戦第一夜戦では、暁ちゃんが沈み、雷ちゃんも大破してしまったのです…。被害が殆どなかった電だけが、霧島さん達と一緒に第二夜戦を戦ったのです。
     1944年5月14日に、ちゃんと一緒に補給艦の護衛にあたっていたけど、米潜水艦の「ボーンフィッシュ」の一撃で真っ二つに折れて沈んでしまったのです…。でも、艦娘に生まれ変わったから、今度は司令官さんのために頑張るのです響ちゃんも一緒なのです 戦後、海上自衛隊の第一世代国産艦5隻のうちの1隻、三代目「いなづま」として生まれ変わることができたのです護衛艦になってもちゃんと「いかづち」と一緒なのです
     現代でも、むらさめ型護衛艦5番艦、四代目「いなづま」として頑張ってるのです「いかづち」は7番艦で、今度は電がお姉さんなのですたくさん牛乳を飲んだおかげで、全長151、満載6100tと、ちょっと大きくなれたのです。2014年3月17日から半年間「そまりあ」に行って来るのです。海賊船に衝突しないか心配なのです同年4月23日、エンジンが故障して漂流していた現地の人達75人を救出することが出来ました。「いなづま」の本気を見るのです
     あの…お姉ちゃんと間違えてませんか…「雷」と「電」は文字がよく似てて、実際に名簿だけだとよく間違えられたのです。
     電伝説「ドジっ子属性なのです」以下に、「電・いなづま」にまつわる伝説的な出来事を列挙するのです「ドジだけど、頑張り屋さんで、やさしい伝説なのです」「初代駆逐艦・電」1905年明治38年5月27日、日本海海戦の夜戦では第二駆逐隊の僚艦と共同でロシア戦艦を攻撃したのです1909年明治42年12月16日、函館南方で汽帆船と衝突し、沈没したのです「衝突回なのです」「二代目駆逐艦・電」1934年昭和9年6月29日、済州島南方で演習中に「深雪」に衝突、艦首部を喪失し「深雪」は沈没したのです1935年(昭和10年)2月28日、有明湾で「旗風」と衝突して艦首に1m程度の破孔が空いたのです1942年昭和17年1月20日、ダバオ沖で輸送船「仙台丸」と衝突して艦首部を損傷、明石さんに治してもらったのです同年3月1日、スラバヤ沖海戦では、撃沈された敵乗組員376名を姉の「雷」と共に救助したのです「衝突回・救助回なのです」「三代目護衛艦・いなづま」1960年昭和35年6月4日、津軽海峡東口付近で夜間対潜訓練中に僚艦の「あけぼの」が衝突、「いなづま」の艦橋が破損する事故が発生。同年6月4日、函館ドックで損傷復旧のため入渠したが、翌5日に作業中にガソリンが爆発する事故が起きたのです「衝突回なのです」「四代目護衛艦・いなづま」2014年平成26年3月17日、第18次派遣海賊対処行動水上部隊として「DD-158・うみぎり」と共にソマリア沖・アデン湾へ向けて呉基地から出航したのです。同年4月23日、アデン湾にて漂流船を発見し乗船者75人を救助したのです「救助回なのです」
     世界でも人気を博しているフィット。そのコンパクトながら実用性が大変よく、これ以上にない買い物などの足になる。デザインも可愛らしい女の子風なものとなっており、女性ユーザーの支持が高まったといえるだろう。安全性もピカイチである。
     彼女の持つ初代フィットは、姉の雷の前モデルであり、収録されているフィットは標準的なグレードある1.3。操作性は姉に負けるけど、的確なブレーキ性能は姉に負けていない。ただし、ホイールやエアロには手を加えず、あえてノーマルにしてるのも、彼女らしいコンパクトカーかもしれない。

    ■初春
    ●三菱/GTO ツインターボ'96

    ・パフォーマンスポイント(PP):466
    「アメリカ市場を意識した、過激なデザインを放つ三菱のスポーツカー」
     三菱が送り出した久々の本格的スポーツカーとして、1990年10月にデビューしたのがGTOだ。その車名はいうまでもなく名車ギャランGTOから受け継いだものだが、この名前からしても、当時の三菱がいかにこのクルマに期待を込めていたかがわかる。
     スタイリングは、アメリカ市場を意識した三菱らしさ溢れる「濃い」もの。特に車両を上から見たとき、ドア付近で極端に絞り込まれるコークボトルラインは圧巻で、当時ひときわ目を引くデザインだった。
     見た目だけでなく、中身に与えられたメカニズムも非常にこだわりが深かった。特にシャシーは、当時の三菱が理念としていたオールホイールコントロールに基づいて開発が行なわれ、フルタイム4WDをはじめ4WS、電子制御サスペンション、ABSといった先進技術が投入されていた。他にも速度に応じてフロント、リアのスポイラーを制御するアクティブエアロや、排気音を制御するアクティブエグゾーストシステムの採用など、電子制御と可変機構を数多く投入したハイテクがGTOの個性でもあった。
     プラットフォームはディアマンテがベース。フロントに横置き搭載されるエンジンは、3L V型6気筒DOHCツインターボの6G72型ターボと、その自然吸気バージョンという2種類。ターボは280PS/42.5kgfm、NAは225PS/28.0kgfmというスペックを発生した。
     93年8月にマイナーチェンジを受け、それまで採用していたリトラクタブルヘッドライトを固定式に変更。ツインターボにはゲトラグ製6速MTがおごられ、最大トルクも43.5kgfmに向上した。94年8月に30kgの軽量化を図ったMRを追加、96年には18インチタイヤを採用、そして98年には押し出しの強いエアロパーツとリアウィングで武装するなど、時間とともに進化を遂げたが、スポーツカー受難の逆風に勝てず、2001年8月で生産を終えた。
     なお、GTOは日本国外では「3000GT」の名前で販売された。またクライスラーのダッジブランドには、ボディ各部をアレンジした2ドアクーペモデルが配給され、「ステルス」の名前で販売された。
     吹雪型駆逐艦と比べて初期値が高いが、最終値は同じ。また初期値が高いと言っても若干高い程度であるためさして問題ではない。
     生い立ちが艦並のgdgdっぷりなのに運の値が普通。運の謎設定がココにも 普通に活躍したから運も普通でしょ…
     
    いわゆる「のじゃロリ」。喋りの古風さでは利根えもん対をなす。
     同じ彩樹氏による龍田叢雲とは、「頭の謎ユニット」「艤装の謎マニュピレータ」という共通点がある。公式4コマでは、雨の日で両手がふさがっているときに、この謎マニュピレータに雨傘をセットしていた。あと砲台は一基飛んでいる。どんなテクノロジーだ……
     扇、ポニテに紙垂(しで)らしき飾り、麻呂眉と、他の駆逐艦娘とは一線を画す和風なデザインも個性的。
     あと、駆逐艦にしては ある ほう。さすがに潮と浜風には負けるが……ついでに体格も比べると、陽炎型や白露型に近い。恐らく「トップヘビー」な船体を意識してのデザインと思われる。ボディコンシャスな服装も小さい船体に武装を過積載した事の反映か。
     読みは「はつはる」である。「はつはる」である。大事なことなのでry頭が花畑な能力者とは何の関係もない。
     軍縮条約によりこれ以上特型吹雪型駆逐艦を作れなくなったため、1680t(計画値の特型より小さい1400tの船体に特型並みの武装を詰め込もうとした艦。流石に主砲は1門を単装砲にして1基減らしたが他は造船技師達の努力により据え置きで実現した…一応。
     完成まで漕ぎ着けたはいいが案の定というかトップヘビーで、なんと最初の航海でいきなり転覆しかけてその生を終えそうになる。その後友鶴転覆や第四艦隊事件が起こったため片っ端から修正され、結果なんとか使えるレベルに落ち着いたのだが、武装を一部撤去してるにもかかわらず最終的な排水量は1700tを超えて条約違反の艦になってしまった。何というオチ。排水量オーバーは黙っていたようだ。まぁ他にも大勢いるし……。なお改装は本当に片っ端からやられたので、詳しくない人でも一瞬で改装前後の見分けがつく。というよりもはや別の型と言われても信じるレベル。劇的ビフォーアフター。改装前と後の写真を見比べると、知らない人なら10人中10人が別の艦と思うだろう。→file実際にご覧ください。
     上記の事情により吹雪型に対して、ほぼすべての性能で劣る。主砲6門→5門・魚雷発射管9門→6門、38kt→33kt。特に速力33ノットは艦隊型駆逐艦としてはヤバい、ヘタしたら空母にすら置いて行かれる鈍足。因みに速力は穏やかな海面での数値公試値なので、海が荒れると更に低下する可能性が大きい。一般的に船体は大きい方が波に有利とされるため、特型より小柄な初春型はなおさら不利である。
     もはや兵器どころか船として失敗作のはずだが、なぜか艦これの初期値では吹雪型を超え、しかも簡単に下剋上できる。なお魚雷発射管は九〇式といって睦月型より一回り大きいもの。特型から搭載され次発装填装置を搭載した。唯一と言っていいレベルではあるが、強化された部分もあったのだ。竣工時の初春の魚雷兵装は3連装発射管×3基次発装填装置というやんごとない装備で、搭載魚雷数はなんと18本陽炎型などの甲型駆逐艦16本や重雷装と謳われた島風15本も顔負けの重雷装である・・・が、改装で発射管1つ削られて、6射線12本という無難な線に落ち着いた。まあ何事も普通が一番ってことで・・。
     そんなこんなで残念な性能に終わった初春型は生産を6隻でキャンセルされ、再設計された白露型に移行することとなる。
     良いところのない艦だと思われがちだが、このタイプから厨房のコンロが重油炊きになりそれまでの石炭コンロと比べて格段に扱いやすくなって食事の質が良くなった事は大変好評だった模様。
     暑いのが苦手なのは、フィリピンのダバオで長良に衝突したりマニラ湾で沈んだからなのだが、実は発言中のオルモック突入には成功している。逆に活躍したと言ってるキスカの輸送任務では空襲で大破して航行不能(僚艦のは轟沈)になり、助けに来た初霜若葉に曳航されて幌筵に寄港後、舞鶴に帰っている。最後は米機動部隊の空襲によって被弾炎上し沈没。この時、燃え盛る初春の黒煙が図らずも煙幕となって妹の初霜覆い隠し、攻撃から守ったという。
     艦これに登場している初春型4隻で第21駆逐隊を編成していたが、型4隻の第6駆逐隊と比べると知名度は天と地の差である・・・。
     ちなみに二代目で、艦これ実装済みの姉妹艦ともども(旧)神風型に初代を持つ。まあ、この(旧)神風型は32隻も居ただけあって、ぶっちゃけ大半の駆逐艦娘の初代が属しているが。。。。※日露戦争直後のグループで、太平洋戦争期の2代目神風型ではないので注意。

    ■子日
    ●三菱/GTO ツインターボ'98

    ・パフォーマンスポイント(PP):489
    「最後に投入された化け物クラスのGTO」
    (車両解説は上記の「初春」と変わらないため、省略)
     初見では読みにくいが、彼女の名前の読みは「ねのひ」である。月の最初の子ねの日を意味する。特に陰暦正月(1月)の子の日は、小松や若葉を摘んで春の緑を愛でるパーティの日であった。明るい性格なのも道理か。との名前繋がりに注意。初春型は年中行事から艦名をつけるつもりだったが、2番艦の子日で力尽き、3番艦以降は名前の由来がバラバラになっている。結局、彼女は特定の日から名付けられた唯一の例となった。なお、艦名の表記には諸説あり、「子の日」「子ノ日」という表記も見られる。
     浦賀船渠で1931年昭和6年12月15日起工、1932年昭和7年12月22日進水、1933年昭和8年9月30日竣工。竣工日は姉の初春と同じ。これは亥いの日である。ついでに言うと、起工、進水、そして戦没の日いづれも「子の日」ではない。
     初春型と言えばトップヘビーで勝手に転覆しかけるヤバい代物として有名だが、彼女の竣工直後に友鶴事件が起こり妹達(若葉/初霜)は急遽改修されてから生まれた。従ってオリジナル初春型は彼女と初春の2人だけだったりする。
     初春型4姉妹「初春」「子日」「若葉」「初霜」で史実の第21駆逐隊を組める。艦これのラインナップはこれを意識したものかもしれない。なお、初春型で艦これ未実装の2隻(有明、夕暮)は、建造の初期段階で友鶴事件が起きて設計を変更したため、「改初春型」として区別され、「白露」「時雨」とともに第27駆逐隊を編成していた。
     開戦前は仏印監視団の特務機関、西原機関の無線局という変わった任務についていた。こちらJGGD、子日だよー
     
    太平洋戦争開戦当初は近海で対潜哨戒にあたっていたが、のちに姉妹揃って南方戦線に振り向けられ、バリ島攻略作戦に参加。
     1942年、ミッドウェー海戦において、陽動として北方のアッツ島攻略部隊(旗艦阿武隈)に姉妹揃って参戦。攻略後もそのままアッツ島で哨戒任務に就いていたが、7月5日に潜水艦SS-201「トライトン」に沈められてしまった。トライトンが放った魚雷が子日の右舷に命中。艦体が切断し、約7分で沈没した。ちなみに生存者の一部は「すでのな」ことに救助されている。なお、同年同日、もキスカ沖で米潜水艦により撃沈されている。この北方での作戦中、北千島の基地に入港した海防艦に対し「貴艦はナニユエ本艦に敬礼サレザルヤ」と電文を送った逸話がある。駆逐艦は狭義の軍艦(空母や戦艦などの主力)扱いとされず、下に見られる傾向があったのだが、電文を送られた海防艦はその駆逐艦よりも小型な占守型海防艦の「国後」だった。しかし、この当時の新規の海防艦は日本と隣接するソ連と洋上会談や交渉を行うために建造された艦で、菊の御紋が与えられ狭義の軍艦扱いで艦長の階級も中佐で子日よりもむしろ格上扱いされていた。「ワレ国後ナリ」との返信を受けた子日艦長少佐は艦種を確認して慌てて謝りに行ったそうな。ソ連との漁業協定などで北方に限定して活躍していた彼女らの知名度はあまり高くなかったことが窺えよう。
     公式4コマ45話の扉絵では頭の謎ユニットの代わりに丸耳を付けた子日が吹雪卯月と共にお茶会を嗜んで()いる。元ネタは童話「不思議の国のアリス」に登場する「狂ったお茶会」(マッドティーパーティー)。それぞれ「子日→鼠→眠りネズミ」「卯月→兎→三月ウサギ」「霰→煙突帽→いかれ帽子屋」「吹雪→主人公→アリス」とお茶会に参加する登場人物になぞらえてある。ちなみに「狂ったお茶会」には「今日は何日」(What day of the month is it?)というセリフがあったりする。言ったのは帽子屋で意味も「何日」と「何の日」では異なるが
     豪快なボディデザインでアメリカのスポーツカー好きを虜にしたGTO。巨大なリアウィングが特徴で、最強無敵の4WDシステムを組み込まれた性能は、大幅に上回る。子日の持つGTOは、姉である春風より狂暴化となり、暴れたらその大型ボディで進路を塞ぐことですら可能。それでも弱点と言えば…重い。ヘビー級のボディの為、身軽なNSXや傲慢なスープラにはコーナーで勝負ができない。代わりにパワー、それも加速力だけ化け物みたいな速さで喰らいついてくる。勝てないなら引いた方が身のためだ。

    ■若葉
    ●三菱/ランサーエボリューションⅡ GSR'94

    ・パフォーマンスポイント(PP):468
    「ライバルの存在が進化の理由」
    (車両解説はその1の「菊月」と変わらないため、省略)
     中破すると豪快に脱げる。その外見と相まって男の娘疑惑が###検閲済み###
     初春型の三番艦。建造中に姉の初春の構造的欠陥が明らかになったため、相方の初霜と共にそれらの改善を施した後に竣工した。結果的に普通の駆逐艦として生まれたためか、妙にSFチックな装備の姉二人とちがって、他の駆逐艦と似たようなデザインになっている。必要な事以外あまり喋らず、自己紹介に至っては全艦娘中最短。「それだけ」と思った提督も多いと思われる。 しかし、中破時のセリフではもっと驚かされる。Sかと思ったらMだった。おそらく、後述のように2度も突っ込まれているためと思われる。さらに旗艦にしての出撃時のセリフも位タイという短さ。ちなみにそのライバルは初雪、さすがダウナー。
     誕生竣工日は灰谷健次郎作家と同じ1934年10月31日。実は妹より34日若い。
     アッツ島沖海戦に参加した直後、「雷」に衝突され、「雷」は艦首を大破、「若葉」も小破した。以降は北方への輸送作戦に従事し、初霜とともに大破した初春の救援を行っている。
     彼女の言うとおり、キスカ島撤退作戦に参加はしたが、キスカ突入前に濃霧のため「初霜」と「長波」に前後から挟まれる形で3重衝突事故を起こし、彼女は損傷が酷かったため単独で引き返していたりする。 ◦ちなみに、この時「阿武隈」と海防艦「国後」も衝突している。MVP時のコメントは、映画「太平洋奇跡の作戦 キスカ」が元ネタ。彼女自身はキスカ島撤退作戦自体には参加できておらず、どんな物だったかは知らないので、こういうセリフになったのだろう。
     若葉は「長良」とも接触事故を起こしたことがある。クールなキャラだが、もがみんやなのですも驚くドジっ子衝突属性の持ち主だったり。
     北方海域戦線を戦い抜いたが、初春と同じく彼女の鬼門もまた「暑いところ」であった。 避けた爆弾が大型艦攻撃用の遅発信管を付けていたらしく、海中に落ちた後に艦底付近で爆発。機械室の底を大きく引き裂かれるという大損害を受け、手の施しようもなく沈没してしまった。
     彼女の名は、沈没して戦後引き上げられ、修理して復活した旧帝国海軍駆逐艦の橘型十番艦「梨」艦これ未実装が警備艦「わかば」として受け継いでいる。この警備艦「わかば」は、海上自衛隊に在籍した唯一にして最後の旧帝国海軍の戦闘艦艇駆逐艦でもある。 艦名が「なし」では「無し」と誤解されるという都合もあるが、やはり若葉の武勲も考慮してのことであろう。
     ランエボの第2代目。さらなるラリーへの意識を持ちつつ、公道でも実走可能になった。彼女の持つランエボⅡは、あまり似合うかどうか知らないオレンジ色で、車内には豪華にエアコンなどが完備されている。

    ■初霜
    ●三菱/ランサーエボリューションⅢ GSR'95

    ・パフォーマンスポイント(PP):462
    「ジムカーナ等の好タイムを狙う為の性能を求めた第1世代のファイナルモデル」
    (車両解説はその1の「菊月」と変わらないため、省略)
     長い黒髪と赤茶の瞳、赤ネクタイのブレザーの制服が特徴的な駆逐艦娘。駆逐艦の例に漏れず見た目が幼い一方、声は割と大人っぽく、口調も丁寧なものが多い。
     若葉がブレザーを着崩しているのに対して、初霜はきっちりと整えている。 三日月とも似ているが、あちらは黒セーラー服・瞳が黄色・アホ毛と、割と違いがある。
     明るく穏やかな性格だが、史実では数々の逸話を持つ武勲艦である。ここにも「武勲艦娘おっとり系」の法則が……
     下記のような強烈な逸話や武勲があるにもかかわらず、極めて平均的な能力値しかない。ドロップも1-1からよく出てくる。関連への言及も無しと、ゲーム内では不遇な扱いを受けているそのせいで影が薄いとネタされたり、誰かの陰謀説を唱えている者も現れている。
     
    なお、割と豪快に脱げてしまう。特に前があと初霜ちゃんマジイケメン
     初春型の四番艦。自身の言葉通り数々の激戦をくぐり抜け、終戦間近まで生き残っていた数少ない駆逐艦。南方攻略戦を皮切りに、アッツ島沖海戦やキスカ撤退作戦を経て、マリアナ沖海戦、多号作戦、北号作戦、坊ノ岬沖海戦など、末期の困難な作戦の多くに参加。
    戦いのたびに、撃沈された船の乗組員を多数救助してきた。
     実は彼女、進水式で急減速して停止、おまけに支柱を折るという失敗をしている。折しも大勢の来賓が見守る中、軍楽隊が軍艦行進曲を演奏し、くす玉が割れて鳩と五色の紙吹雪が飛び出すという華やかな式典の真っ最中。関係者は真っ青になった。結局進水式は中止され、翌月改めて行われた。いきなりのつまずきに関係者たちは初霜の前途を案じたが、それが杞憂であったことは戦歴が物語っている。
     緒戦のケンダリー攻略作戦の際、第1根拠地隊旗艦長良初春が突っ込み、両艦とも修理のため後退した。このため初霜が一時的に第1根拠地隊旗艦を務めることとなっている。
     キスカ島撤退作戦では濃霧の中若葉に突っ込み、さらに余勢でお尻を振って長波と接触するという大事故を起こした。長波は軽傷で行動に支障はなかったが、初霜と若葉は速力が12ktまで低下し、若葉は幌筵へ単独帰投。初霜は海防艦国後指揮の下、給油艦日本丸の護衛に付き本隊から離脱した。もっとも、急減速した阿武隈濃霧の中で一時行方不明になっていた国後が衝突した混乱下の事故なので、彼女の責任とは言えないのだが。ともあれここで全艦の不運を使い切ったのか、それとも本当に英霊の加護でもあったのか、撤退自体は成功裏に終わった。
     北号作戦で奇跡と言われる完全成功を収めた隻のうちの隻でもある。日向伊勢らを護衛して制海権のない危険海域を突破、呉に帰還を果たした。
     坊ノ岬沖海戦ではあの雪風ですら被弾1発(不発弾)、戦死3名、戦傷15名を出している猛攻撃の中、被弾なし、戦死なし、戦傷2名という正真正銘の奇跡を成し遂げて帰還。
     しかも途中からは通信設備を損傷した大和から「通信ヲ代行セヨ」との手旗信号を受け、大和の手旗信号や発光信号を読み取り転送しつつ、雷爆撃の暴風雨の中心で戦い抜いた。初霜艦長の酒匂中佐の談によれば「護衛艦が沈んだら意味をなさない。護衛の目的を達するため全力を尽くした。」との事。初霜の「戦艦の護衛なら、任せてね♪」という台詞は大和を守れなかったものの最後まで沈まずに護衛艦として奮戦した事から来ているのかもしれない。
     坊ノ岬沖海戦後、矢矧に乗艦していた第二水雷戦隊の古村啓蔵司令官を救助、並びに二水戦将旗を収容。そして佐世保へ帰投後の1945年4月20日13時、第二水雷戦隊の解隊に際する訓示、延いては解隊式が初霜にて行われた。華と謳われ、数々の仲間たちが散って逝った二水戦。初霜の「お疲れ様」という言葉は、きっと皆に届いたはずである。
     また余談ではあるが、初霜が付けている髪留めは乗員救助を行った矢矧のものではないかと言われている。卯月等の例があるが、矢矧の方が後から実装されているので真相は運営と絵師のみぞ知る所である。
     最後は本土決戦に備えついに雪風と組むのだが、停泊していた宮津港が空襲された際、共に陸岸で難を逃れようとしたところ触雷。沈没を免れるため強引に擱座しその生涯を閉じた。7月30日、終戦僅か2週間前のことだった。
     問題のものは回数機雷で、まず雪風が接触、その後彼女が触れたとき爆発カウントに達してしまったのだ……。ただ戦闘詳報に回数機雷の記述はなく、初霜艦長の沈没時の証言にも雪風に続いて回数機雷に触れた経緯はなかったりする。回数機雷説は当時の海軍記者(新聞記者)と、終戦の年に生まれた作家が、それぞれ戦後に執筆した戦記で発表した話だが、公式記録とも言えないので、下記「戦艦大和ノ最期」の一件と同様、取り扱いには注意すべし。駆逐艦、水雷艇と哨戒艇、および海防艦全隻の履歴を記録した「護衛部隊の艦艇」の二P41において、"艦は1000、湾内において、米軍の磁気機雷に触れ、後部砲塔付近で爆発、キール折損"と、爆発した機雷が回数機雷では無く磁気機雷である事が記述されている。
     このように回数機雷・磁気機雷のどちらだったのかは様々な記述があり、両方の特徴を持った機雷も使用されていた為、今となっては判断が難しいものになっている。
     雪風同様、歴戦を生き抜いた熟練の乗組員を擁していたためか、対空射撃、回避行動において相当のレベルであったと雪風乗組員が記している。雪風と初霜の運命を分けたのは紙一重の運としかいいようがない。出典「駆逐艦神風電探戦記」光人社NF文庫。戦後解体処分。
     墨田区の山田記念病院に錨が現存する。彼女の軍医長だった病院創設者が引き取ったもの。それに因んでか、病院のシンボルマークも錨。Googleストリートビューでも見ることができる。
     有名な「戦艦大和ノ最期」では、初霜救命艇で乗員が軍刀を振るい、群がる救助者の手首を斬り落として転覆を防いだという話が記されている。だがこれは完全に事実無根であり、初霜乗員(批判の的にされた救助艇の指揮者本人も含む)はもとより雪風や大和の乗員たちも口々に否定している。そもそも彼女が救助したのは矢矧浜風の乗員であり、大和乗員は救助していないしかし著者の吉田満氏は猛抗議を受けても訂正をせぬまま死去し、今でも初霜乗員の蛮行として語られてしまうことがある。「一隻でも一人でも、救えるなら私はそれで満足なの」、MVPでそう語る初霜の背景には、当然この拭い切れない風評被害があるのだろう。手首斬りの記述は、昭和21年に発禁処分となった原文には含まれていない事が既に確認されている。可能性としては、救助時に使う竹の棒縄を投げても沈んでしまうを見間違えたことが考えられる。
     2014年3月現在、初霜の名前は彼女が最後になっている。坊ノ岬沖海戦で共に生存した「雪風」は戦後すぐに、「涼月」「冬月」も2014年に同時就役を果たした新鋭艦が継承したので、残る彼女の復活も心待ちにしたいものである。
     見ただけでとあるアニメのいろは坂猿であるエンペラーにいる須藤k###このコメントは鎮守府に葬られました###
     とまあ、ボディカラーはマットブラックですけど…初代インプレッサを持つ三日月と似ているが、持ってるクルマはライバル同士。元々こんなゴツイフロントを持ったことに後悔しているとか。

    ■白露
    ●三菱/ランサーエボリューション Ⅷ GSR'03

    ・パフォーマンスポイント(PP):509
    「半端なチューニングを捨てた、ブーレイフェイスとなった8代目」
     第3世代のランサーエボリューション第1号が、2001年2月に登場したランエボⅦである。三菱は2001年から、WRCをWRカーで戦うことを決断したため、ラリーカーの改造範囲は大幅に広がった。そのいっぽうでランエボの魅力だった「市販車と競技車両の近さ」は薄れることになった。
     ランエボⅦの特徴は、何といってもADC(アクティブ・センター・デフ)が採用されたことだ。ACDはすでに採用されているAYCと協調制御されることで、エボⅦの持つ高いトラクション性能を極限まで引き出すことに成功している。WRCマシンでは、フロント/センター/リアにアクティブデフが採用されるが、ACDの導入によって、市販車にもそのうちの2つがフィードバックされたことになる。
     翌2002年には、ランエボ史上初のATモデルが追加される。ランエボⅦ GT-Aと名付けられたこのモデルは、272PSに出力を抑えた4G63型エンジンに、電子制御オートマチックであるMTモードつきINVEC-Ⅱを組み合わせたのが特徴だ。
     その後、2003年1月に登場したのが8代目であるランエボⅧだ。このモデルでは、4G63型エンジンの最大トルクがついに大台の40kgfmを達成した。もちろんADCAYCをはじめとした駆動系も、さらなる変更・改良を受け熟成された。
     さらに2004年2月には、最新モデルとしてランエボⅧ MRが送り出された。このモデルではルーフをアルミ製とした他、ダンパーに初のビルシュタインを採用するなど、細かな部分に手を入れたアップデートがなされている。
     レアリティ稀少度がコモン普通な駆逐艦のはずなのだが、入手難易度はレアリティ詐欺と言われたを上回るという噂あり。
     1936年、武装過剰で重心の上昇した初春型を改設計した半姉妹級。そのため、初春型とする資料も僅かながら存在する。
     当初は九〇式魚雷を搭載していたが、後に酸素魚雷を搭載。改装とはいえ、艦種として酸素魚雷を搭載した初の駆逐艦。艦これでは九〇式魚雷が初期装備になっている。
     初春型が軍縮の制限により当初1400t級として建造したものの問題を生じた結果、本型は当初から1700t級として建造されているつまり思いっきり条約違反、もちろん秘密なので公称は1400t。
     しかし、1,700トン級では満足できる性能の駆逐艦を得られないと判断した海軍は、ロンドン海軍軍縮条約脱退を期に建造を打ち切り、より大型で性能の安定している2,000トン級朝潮型の開発に着手する。
     艦長には、谷風で神回避を見せた勝見基や第17駆逐隊司令として浦風と共に戦没した谷井保らがいる。
     開戦時は「有明」「夕暮」いづれも未実装「時雨」らと共に第二十七駆逐隊に所属。珊瑚海海戦に参加、ミッドウェー海戦も途中交代とはいえ参加、ガダルカナルへの輸送作戦には7回従事するなど大忙し。第三次ソロモン海戦では雪風とともに比叡の乗員救助に当たる。
    1942年11月29日のブナ輸送作戦時に一番砲塔のすぐ後ろに爆撃を受け、その位置より前が垂れ下がる。
     春雨の護衛を受けてラバウルに到着し、そこで応急処置をする。さらにトラックにて工作艦の明石により、日本までもつ応急修理を受ける。そして1943年3月20日より三菱長崎造船所にて復旧工事が始まる。垂れ下がった艦首を一度切り離して、再度接合するなどの工事を実施した。
     修理完了後はソロモン方面で活躍するが、ブーゲンビル島沖海戦にて五月雨と衝突。佐世保にて再び修理を受ける。その後は船団護衛等に従事し、1944年6月15日、ミンダナオ島北東で船団護衛中に米潜水艦の雷撃を受け、回避中にタンカー「清洋丸」と衝突、爆沈。なんというか、うん…
     先代の旧神風型5番艦「白露」一番ではないは、同じ先代の夕立らと、第1次大戦の青島方面作戦に参加した。この娘の最後があまりにもアレ過ぎたため戦後は「いっちばん」の座を明け渡してしまい、「白露」の系譜は彼女を最後に途切れている。
     ランサーエボリューションシリーズでは8代目となるランサーエボリューションⅧ。カーアクション映画『ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT』にも登場した…が、あっちは山城のランサーエボリューションⅨGSRだから。原因はブーレイフェイスと呼ばれるものをフロントに装着したのが主な理由だ。
     見てもわかる通り、ライバル車は金剛型四姉妹の三女である榛名の2代目中期型スバル・インプレッサWRXSTIである。現実世界でも二次元世界(ゲームなど)でも同様にライバル意識が強い。現実世界では、イギリスの警察がランエボを含む三菱自動車(パジェロやi等)をパトロールカー化し、逆のフランスの警察は、高速機動隊にインプレッサ含む富士重工(レガシィやフォレスター等)を導入するなど、国によって分かれるようだ。ちなみに日本では…ランサーエボリューションの白黒パトカーは存在しない(扶桑のランエボⅩも未採用)。逆にインプレッサは、山口県警と埼玉県警にSTI仕様を配備されている。

    ●三菱/ランサーエボリューション Ⅷ MR GSR'04

    ・パフォーマンスポイント(PP):517
    「専用のダンパーやルーフのアルミ化など、技術を惜しみなく入れ込んだMR仕様」
    (車両解説は上記の「白露」と変わらないため、省略)
     2013年11月20日、グラフィックが差し替えられた。ついでにボイス(補給&放置)も追加された。白露以外にも言えることだが、改にしてイラストが変更されるキャラは改造前の中破絵を取りこぼしたとしても、改造後に中破させれば両方が登録されるようになっている。
     白露の改二仕様。ただにMR仕様に変えたような気もするが、サーキットでの絶対勝利とラリーで培った神の技術で作り上げたランエボは伊達じゃねぇ。

    ■時雨
    ●三菱/ランサーエボリューション Ⅶ GT-A'02

    ・パフォーマンスポイント(PP):474
    「ランエボ史上初、ついにAT仕様となったGT-A」
    (車両解説は上記の「白露」と変わらないため、省略)
     2013年10月23日のアップデートで夕立に続き、Lv60にて二段階目の改造を行い時雨改二にまで成長する様になった。君の居場所はここだ。対空最大72を誇る対空特化艦で、運も実に50にまで向上する。雪風島風含む5隻の強駆逐艦群ではやや打たれ弱い部類だが、攻撃力はそうひけをとらない。詳しくは当該項目を参照。
     2013年10月16日のアップデートで補給ボイス放置ボイスが追加された。いよいよ彼女にもスポットライトが当たるはず。
     「西村艦隊」の一員として任務で必要になるので、一応留意。2-3クリアに立ち会う必要があるため、序盤から多少は育成しておくと任務達成が楽になるはずだ。
     艦娘では意外に少ないボクっ子なのだが、経歴が鮮烈すぎるためかあまり話題にならないようである。
     背中に背負っている某MSのような状態の連装砲は、絵師さん曰く「リュックサックのように背負って持ち運んでいるだけで、砲撃時はこうて前に持っていく(陽炎黒潮の25mm連装機銃に近似したスタイル)からガンキャノンじゃないよね」だそうだ。直々に某MSは否定されたので余り言わないように。但し、背負っているせいで、言われ続けることは間違いない。
     白露型二番艦。開戦時は同型艦の白露、初春型駆逐艦の有明未実装、夕暮未実装と時雨の隻で第二十七駆逐隊を組んでいた。1943年7月に有明、夕暮を相次いで失ったため同年11月に同じ白露型駆逐艦の五月雨、春雨未実装が編入され、第二十七駆逐隊は白露、時雨、春雨、五月雨の隻となる。
     艦これのモデルになっているの白露型の「時雨」は旧神風型を先代にもつ2代目である。先代の時雨は旧神風型の10番目として、日露戦争直後に誕生。しかし第1次大戦に参加したという記録も無く、実戦を迎えることなく引退したとされている。ある意味本当の幸運艦だった。代々幸運に恵まれた名前にもかかわらず、海自、海保とも「しぐれ」の採用例は今のところ無く。「時雨」の系譜は彼女を最後に途切れている。
     「時雨」とは晩秋から冬にかけての通り雨のこと、俳句では初冬の季語になっている。室町以降の長い戦乱の時代に、人の世の定めなさを時雨に託し詩歌に詠む風潮ができた。爾来、時雨は単なる自然現象としてだけでなく、人生の無常さの象徴とされてきたのである。
     史実では歴戦をくぐり抜け、「呉の雪風・佐世保の時雨」と言われた超のつく幸運艦。時雨改まではその強運ぶりは影を潜めているが時雨改二に成長すると存分に発揮してくれるだろう。だが雪風と同じく、味方が沈むシーンも多数見る羽目になった。トラック島空襲丁事件、あ号作戦捷1号作戦警戒この任務で五月雨が座礁しのちに爆撃され放棄を経て、とうとう第二十七駆逐隊でひとりぼっちになってしまった。特に彼女の場合スリガオ海峡夜戦で臨時に編入された西村艦隊でほぼ壊滅の被害を受け扶桑山城最上満潮・山雲・朝雲、彼女を除いて誰一人残らなかった。スリガオ海峡夜戦では次々に僚艦が沈んでいく中、一時退避した事と舵故障が功を奏して他艦より離れていた事でなんとか生き残った。しかし、それでも各部に被害を受け艦橋の各計器のガラスは着弾による振動で粉々に割れていたという。スリガオ海峡夜戦の看取り以外にも、ベラ湾夜戦で味方駆逐艦全滅輸送隊潰滅の憂き目に。魚雷一発をもらったものの不発で救われている。昭和18年8月のベラ湾夜戦においても、僚艦3隻萩風、嵐、江風。いずれも未実装を全て失い、自らも舵に損傷を受けている。そんな彼女も1945年1月24日、日本からシンガポールへ向けて輸送船団を護衛中、マレー半島東岸のシャム湾において、米潜水艦ブラックフィン(Blackfin:SS-322)の雷撃により被雷、ついに力尽きてしまう。
     敷波らを沈めたSS-215「グロウラー」を撃沈している。護衛任務中にグロウラーを含む狼群に遭遇して、部隊全体でグロウラーを撃沈したことまではほぼ確実だが、時雨がとどめを刺したかまでは確認されていない。
     ランサーエボリューションシリーズでは7代目となった彼女のランサーエボリューションⅦGT-A。大人しそうに見えないフロントにリアには可愛らしい小さいリアウィングが付けられている。GT-A最大のメリットはオートマチックミッションであること。無駄なギアチェンジに起きる間を無くした斬新なアイデアは、この三菱モーターズが生み出した傑作のひとつかもしれない。

    ●三菱/ランサーエボリューション Ⅶ GSR'01

    ・パフォーマンスポイント(PP):474
    「ラリーを走るために生まれたマシン」
    (車両解説は上記の「白露」と変わらないため、省略)
     2013年10月23日アップデートにて実装。「呉の雪風佐世保の時雨」と謳われた幸運艦らしい運の数値に引き上げられ、対空特化駆逐艦として登場した。
     正規空母に迫る対空攻撃力を持ち、その上で運が実に50にまで成長する艦である。他の能力も低いと言う訳ではない。耐久性能に不安が残るが、運や回避でカバーできるか駆逐艦で夜戦カットインを狙う際は魚雷×2が鉄板だが、彼女に限っては10cm連装高角砲×3も視野に入るだろう。高角3積みの時雨改二であれば単艦で防空ボーナスを含めた対空100を達成可能だからだ。ケッコンカッコカリをしてLvを150近くまで上げた場合、改の時点よりも若干だが回避の値は低くなる。
     白露型駆逐艦は、新型の陽炎型である雪風や高いコストをかけたワンオフ製作の島風、戦後にロシアの手で大規模改修を受けたВерныйに比べると旧型の上に、条約の制限上小型化を強いられた駆逐艦である。(特型陽炎型約2000t、島風約2600t、白露型:約1700t)夕立改二共々、耐久がもっとも低い31にとどまっているのはベースとなる船体が小さい為と思われる。
     夕立改二のような史実イメージによる強化ではなく、時雨の最終時(沈没一ヶ月前の装備)が元。資料には「改装」の時期が明記されていないのだが、度々損傷を受けて佐世保に帰投した際に修理ついでの改装を繰り返していたものと思われる。最終形と就役当初の時雨は明らかに別物。妙に高い対空値は最終時に予備魚雷格納函・後部12.7cm単装砲を撤去した分機銃が大増設されており、防空駆逐艦のようになっていたことから来ている。現地での最新装備への換装は幸運艦と言われた双璧「雪風」同様、戦場から生還して機材の運用データを持ち帰ってくれるという期待を込められてのことであろう。高い対潜値も九三式水中聴音機と水中音波探信儀を装備していたことから。エース潜水艦グロウラーを沈めてるのもあるのかもしれない。

    ■村雨
    ●三菱/ランサーエボリューション Ⅴ GSR'98

    ・パフォーマンスポイント(PP):---
    「トルクアップを達成し、ボディが大型化した5代目ランエボ」
     Ⅰ、Ⅱ、Ⅲと続いてきたランエボの歴史が大きく動いたのは1996年5月。ベースとなるランサーのフルモデルチェンジに伴い、第2世代となるランエボⅣが姿を現した。
     従来モデルとは左右が反転されて搭載された4G63型ユニットは、ついに280PSを達成、最大トルクも36.0kgfmへと向上した。しかし何より特徴的なのは、これまでリアデフに採用していた機械式LSDに代わって、電子制御のAYC(アクティブヨーコントロール)を採用したことだ。
     続いてランエボⅤが登場したのが98年1月。このランエボⅤではWRCの規定に適合するために、ランエボ史上初の3ナンバーボディを手に入れた。
     97年から始まったWRカー規定を採用するライバルに対し、グループAのまま戦うことにこだわったランエボにとって、ワイドボディは必然の選択だった。性能面ではエンジンの最大トルクが38.0kgfmへとアップされたほか、フロントデフにヘリカルLSDを採用、足まわりに倒立式ダンパーを備えるなど、細かな変更、改良が施されている。
     翌99年1月には、さらなる進化を果たしたランエボⅥが登場する。Ⅴに対する外観上の変更はわずかだが、中身はロードゴーイングスポーツとしての熟成が図られ、エンジンやサスペンションが洗練された。
     そんなランエボⅥに、初のアニバーサリーモデルが誕生したのは99年12月のこと。WRC史上初の4連覇達成を記念したトミ・マキネン・エディションが2500台限定で登場した。このモデルは大型のフロントスポイラーや専用の装備が施された他、サスストロークを見直したり、ステアリングをクリックにするなど、おもにオンロード向けのセッティングが施されたのが特徴。このモデルをもって、ランエボの第2世代に幕を閉じたのである。
     「村雨」とは、降ってはやみ、やんではまた降って(ryというような群れ降る雨のことをいい、本来の語源は「群雨」という言葉だそうである。
     誕生竣工日は1937年1月7日。妹の夕立と同じである。
     比島攻略、スラバヤ沖海戦ミッドウェー海戦等に参加。その後彼女の言うとおり、ガダルカナル島への鼠輸送にも7回従事している。
     ガダルカナル島撤退作戦後、コロンバンガラ島への輸送任務中に米艦隊の奇襲を受け、満足な反撃も出来ないまま沈没。乗組員は「村雨万歳」を叫びながら海に飛び込んだという。
     この戦い(ビラ・スタンモーア夜戦)は、米艦隊が巡洋艦を含む6隻、日本側が駆逐艦2隻のみという劣勢ながら、日本海軍が得意とする夜戦で、ほとんど何も出来ずに一方的に敗退した最初の事例となる。以後、米軍のレーダーの発達や夜戦戦術の向上で、水雷戦隊は得意の夜戦といえども大損害を頻発するようになっていった。
     時は進んで海上自衛隊の護衛艦、むらさめ型のネームシップに二度もなっている。また某宇宙戦艦アニメでは村雨型宇宙巡洋艦のネームシップにも。出世しましたね…。4代目「むらさめ」(DD-101)は2005年、イギリス・ポーツマスで開催された「トラファルガー海戦200周年国際観艦式」に日本代表として参加している。
     どこかの魔法少女同じ台詞を発する。そして初期装備では魚雷を持ってないくせに「主砲も魚雷もあるんだよ」などと発言するのも同じ…だからこそ、史実のように酸素魚雷を持たせる改造をして、「アルティメット村雨改」にしてあげてください。
     自己紹介にある通り彼女は第2駆逐隊所属なのだが、「夕立」「五月雨」はいるのに「春雨」がいない為揃わない。運営ェ・・・余談ではあるが、現行の「むらさめ型」の名前には、この初期第2駆逐隊の4隻が全て存在している。かつての駆逐艦隊を現役艦でコンプできる唯一の例である。

    ●三菱/ランサーエボリューション Ⅴ GSR チューンドカー'98

    ・パフォーマンスポイント(PP):500
    「強化された、ローウィングが特徴のランエボⅤ」
    (車両解説は上記の「村雨」と変わらないため、省略)
     2013年12月4日のアップデートで、村雨改専用のグラフィックに変更され、補給・放置ボイスが追加された。
     改二仕様。標準リアウィングをやめてGTウィングの低いのを装備。ランエボの素質的にツーリングカーに近いデザインに変わっている。

    ■夕立
    ●三菱/ランサーエボリューション Ⅳ GSR'96

    ・パフォーマンスポイント(PP):---
    「第2世代、当時のシステムフル装備された新生ランエボ」
    (車両解説は上記の「村雨」と変わらないため、省略)
     序盤においては何の変哲もない駆逐艦だが、時雨綾波同じく将来的に改二にまで改造できる駆逐艦の一つ。所要レベルは55とかなり長い道のりであるが、火力の最大値が73と、全裸状態で比較した際に平均的重巡レベルと言うとんでもない値を誇るほか、雷装、対潜も優秀で、攻撃力の高い駆逐艦に仕上がる。ただし耐久性能などは普通である。改造に伴いグラフィックの雰囲気や台詞もがらりと変わる。が、「っぽい」という独特の語調はそのままなので安心されたし。
     島風雪風に比べ非常に非常に非常に手に入りやすい駆逐艦である。3-2のように駆逐艦が育っていないと突破できないマップもあるため、通常、駆逐艦6隻はある程度育てておく必要がある。特に好き嫌いが無いなら、やはり手に入りやすい時雨綾波と共にこの夕立を候補の一つとしておくと良いだろう。
     図鑑にある第三次ソロモン海戦・第一夜では結構どころではなく獅子奮迅の大活躍だったと言われている。ただ、後述の通り戦果がはっきりしていないために「頑張ったっぽい」と疑問形になっているのかもしれない。突然現れた米艦隊に驚く日本軍に、命令伝達ミスで大混乱の米艦隊と、初っ端から混戦模様。前衛だった彼女も米艦隊を挟んで反対側に取り残された。共に先陣隊として行動していた春雨(未実装)と共に米艦隊へ突進、春雨離脱後に再度突進。ここから彼女の言う「素敵なパーティー」という名の世界海戦史に残る敵味方巻き込んだ大乱闘が始まる。バラバラな艦隊同士の夜間遭遇戦という状況のため、余りに乱戦過ぎて誰が誰を撃ったのかははっきりしていない(友軍誤射も含めて)。バラバラな艦隊同士の夜間遭遇戦という状況のため、余りに乱戦過ぎて誰が誰を撃ったのかははっきりしていない(友軍誤射も含めて)。以下はアジ歴公開、夕立の戦闘詳報によると「防空巡洋艦1隻轟沈・防空巡洋艦1隻大火災・巡洋艦及び駆逐艦1隻火災」。射耗弾薬は「巡洋艦三隻及び駆逐艦一隻に対し主砲150発以上機銃200発以上、巡洋艦二隻に対し魚雷八発」となっている。少なくとも重巡ポートランドに魚雷が命中したものと判明しており、ポートランド大破は確認された夕立個艦の戦果である。第4水雷戦隊の戦闘詳報では、わざわざ個別項目を設けられ「其ノ功績ハ抜群ナルモノト認ム」と名指しで激賞された。あまりの乱戦のため詳細な戦果は不明ながら、状況的にそれ以外の艦にも直撃弾や損傷を与えているのは間違いないと考えられている・・・が、夕立と同じような大立ち回りを演じつつ戦果が比較的はっきりしている綾波と違い、夕立の戦闘詳報や証言がどこまで本当なのか誤報なのかの判断によって、人によって評価が別れる艦でもある。そのため、最悪、夕立の戦果は虚構の産物と考えている人間も少なからずいる。賛否両論とも有力な資料が存在することから、どちらが正しいか結論付けることはできない。
     孤軍奮闘の代償に夕立も大破して機関停止。最早浮いているだけの鉄塊と化したので、五月雨が生存者を救出して夕立は放棄され、最終的に米軍の手によって沈められた。戦死者26名であった。ちなみに再突撃から航行不能になるまでの時間は32分。敵陣を切り裂くように突破、散々に暴れまわった。個別名指しで激賞されるのも納得である。夕立を撃った砲弾の相当数は長良の誤射ではないか、とは水雷長中村悌次の弁であるが、長良砲術長は否定している上、本人も作成に携わった夕立の戦闘詳報にも長良は探照灯照射しただけで通過したと記されている。なお、この時、夕立の吉川潔駆逐艦長以下乗員たちは''ハンモックを帆にして「帆船」の状態の夕立で米海軍との戦闘を継続しようとしていた。ただし、艦長の意図はどうであれ檣楼やマストに白色の布を掲揚する行為は無条件降伏を示す行為白旗の掲揚であり、掲揚したまま交戦活動航行を含むを続ければ戦時国際法違反になる。米軍は偽りの白旗と認識し、猛烈に激怒してポートランドは降伏に応じない旨を知らせてから砲撃により夕立を撃沈した。その時の砲術士官は「あのサノバビッチを沈めろ原文Sink the S.O.B.!!」と言ったといわれている。吉田俊雄氏によれば、吉川艦長はこの時「砲撃はじめ、ドンドン撃て」と海軍の号令には無い号令をかけ暴れまくったとか。また吉川艦長はその猛将っぷりから、後の戦死後に駆逐艦艦長で唯一人、二階級特進して少将となった。艦と運命を共にするなんて馬鹿げてると言っていた吉川艦長が駆逐艦「大波」と一瞬のうちに運命を共にしてしまったのもまた歴史の皮肉である。ちなみに、吉川艦長の最後の相手となった敵は、後の海上自衛隊の創設者の一人であるアーレイ・バーク大佐指揮の米駆逐艦隊であった。彼はポエニ戦争のスキピオの戦法を範にとった波状戦法を用い、完勝している。「壮烈水雷戦隊-夜戦の王者-」など様々な戦記物でもこの時の夕立の逸話は紹介されている。完全な余談だが、大混乱と壮絶なノーガードデスマッチの果てに幕を閉じた第三次ソロモン海戦第一夜、1942年11月13日は奇しくも金曜日。この2日後の第二夜(鬼神綾波のワンマンショーと霧島ネキのマイクチェックタイム)と合わせ、散々な目にあった米海軍の水兵たちは「やっぱ13日の金曜日は厄日だな」と囁きあったんだとか。
     上記の凄まじい大暴れというか闘争心を感じるエピソードから、事あるごとに駆逐改二候補として名前が挙がっていた。また、夜戦時に黄色いオーラを放っているように見えた人も居るとか居ないとか…。その悲願通り、2013年10月4日アップデートにて改二が実装された。その禍々しいまでのイメージチェンジぶりに、『闇堕ち』『悪堕ち』『グレた』『艦長の魂が宿った』など、反響は凄まじいものだったが、つつけば「てーとくさん、ご用事はなぁに」と変わらぬ返事をしてくれる。やっぱりいつもの夕立である。またおっぱい胸部装甲が厚くなったとも言われているが、中破絵を見ればこの時点で結構デカいことが解る。
     2006年に発売されたPlayStation®3用ゲーム「グランツーリスモHD」で華々しくプレミアムカーとなり、「グランツーリスモ5プロローグ」では収録されず、次のナンバリングタイトルとなった「グランツーリスモ5」で内装有のプレミアムカー復活を遂げた三菱ランサーエボリューションⅣ。大人しそうな外見とは違い、中身は1996年当時の最新ハイテクシステムを投入。この時から相棒となる電子制御機器"AYC"も搭載。スポーツカーの進化を確立させた90年代を代表する4WDマシンである。
     その他のランサーエボリューションシリーズには、ランサーエボリューションⅩGSR P.P./TC(扶桑)、ランサーエボリューションⅨGSR/RM(山城)、ランサーエボリューションGSR/T(菊月)、ランサーエボリューションⅧGSR/MR(白露)、ランサーエボリューションⅦGT-A/GSR(時雨)、ランサーエボリューションⅤGSR/T(村雨)、ランサーエボリューションⅥRS/GSR T.M.E(島風)、ランサーエボリューションⅥGSR/GSR T.M.E SCP(春雨)と様々な艦娘に支給されている。ちなみにTとは"チューンドカー(Tuned Car)"の頭文字をとったものである。

    ●三菱/ランサーエボリューション Ⅳ GSR チューンドカー'96

    ・パフォーマンスポイント(PP):476
    「『グランツーリスモHD』のチューンドカーを復活させたランエボⅣGSR」
    (車両解説は上記の「村雨」と変わらないため、省略)
     2013年10月4日アップデートで実装。耐久・回避・装甲夕立改からほぼ据え置きの、火力特化調整の狂犬。近代化改修で、火力73、雷装93(以上未装備時)まで上がる。この為、巡洋艦との対消費火力、素の火力の比較では比肩・凌駕することも珍しくはない。恐ろしい娘……
    (例えば最近実装の軽巡最強クラスの神通改二にすら未装備状態では勝ち、雷装との合計値も僅差である。)中口径主砲や大型電探,水上機を装備できない分、総合では巡洋艦,特に航巡に水をあけられてしまうが…。
     ともあれ、にも劣らない対消費火力を、昼戦マップの支援艦隊要員やキス島沖等の高錬度駆逐艦の編成が求められる海域で活用してあげよう。
     先述の通りのトップクラスの対消費資材火力、十分な初期対潜能力(50)が光る。改造後すぐに近代化改修を済ませれば、決して楽ではない育成の手間にも報いてくれるだろう。種になる夕立は1-1から手に入るコモン駆逐艦なので、レア運がない、もしくは最近始めたばかりという提督でも3-2,4-4等での戦果が期待できるだろう。
     装備面で総合火力に制約がある以上、ソロモン海の優しき鬼神同じく白露型姉妹の1人響の改二が主な比較対象となる。時雨改二との場合。改装可能レベル(以降必要レベル)が5低い他,対空最終値と運を除いた総合火力では勝る。夕立は主砲×2+α(魚雷,主砲以外)の連撃装備、時雨は10cm連装高角砲×3や上位魚雷×2+α等で使い分けよう。綾波改二との場合。必要レベルが15低い他、連撃装備時の単純な総合火力ならば対空、対潜含め夕立が勝る。但し、装甲や回避の継戦能力面、カットイン装備時の火力や期待値重視なら綾波改ニの併用も検討しよう。Верныйとの場合。必要レベルが15低い点と対潜最終値を除く総合火力では夕立が優秀なので、総合火力特化(火力・雷装・索敵)の夕立、対潜、防御特化(対潜・耐久・装甲)のВерныйと使い分けよう。
     史実の夕立が参加し奮戦したと伝えられるソロモン海夜戦での武勲エピソードのイメージ再現として、火力特化の改二が実装された。(彼女は一部のファンの間ではソロモンの悪夢などと称されている。詳しくは夕立の項目を参照。)あくまでも武勲エピソードのイメージ再現、すなわちゲーム的な強化である為、史実で夕立の火力が大幅に改修された訳ではない点には要注意。ただし、吉川艦長以下夕立乗組員によって艦の性能、特に砲撃面を最大限に引き出したものを数値化したと捉える事もできる。所謂マンパワー。
     絵柄の別人ぶりに関しては、絵師(玖条イチソ氏)が以下のように述べている。「もとのあのことはもう別人にするつもりで描いた」「言い訳じみるけど1年前のあの時に描いた子はけっこうスランプはいってた時でしたので・・・」「あと前のツイートにスランプって言っちゃったんだけど絵柄の変換時期で自分で言うのも何だけど成長過程段階って意味であの頃の絵柄が嫌いってわけじゃないです」「髪の耳みたいなのはスパーサイヤジン的なイメージもありますが史実の狂犬的なイメージを形にしたもの」「後ろの帆はもちろん史実通りハンモックです(何故ハンモックかは夕立のページを参照)」
     『グランツーリスモHD』に収録されていたランサーエボリーションⅣのチューンドカーを見事に再現した夕立の改二仕様。珍しくボディカラーをホワイトからシルバーに変えているのがポイントだ。
     性能は標準と変わらない。エアロもリアのGTウィングのみに留まり、セッティングとかにも変更点は見受けられない。愛をもって走行していると本人は満足気だ。

    ■春雨
    ●三菱/ランサーエボリューション Ⅵ GSR'99

    ・パフォーマンスポイント(PP):488
    「ラリーへの絶対勝利を掲げた、メーカーの誇りを心臓部に秘める6代目ランエボⅥ」
    (車両解説は上記の「村雨」と変わらないため、省略)
     2014年夏イベントの前哨戦【AL作戦】において入手可能な駆逐艦娘。同イベントE-1を制覇すると入手できる。
     「春雨」とは春に降る静かな雨のこと。食べ物のことではない。艦名は二代目であり、初代は初の国産駆逐艦である春雨型のネームシップであった。村雨とはこの頃からの仲だったりする。
    舞鶴工廠で1935年2月3日に起工、1937年8月26日に竣工。白露型の中では時雨の次に竣工が遅かった。
     「村雨」「夕立」「五月雨」の所属する第2駆逐隊に編成される。同隊は1940年に第2艦隊・第4水雷戦隊に編入。
     開戦後は第2駆逐隊としてスラバヤ沖海戦などのフィリピン方面の攻略作戦に参加。昭和17年1942年6月のMI作戦にはミッドウェー島攻略部隊として第2艦隊が出撃。しかしミッドウェー海戦での一航戦・二航戦全滅により同島攻略を断念。第2艦隊は残存艦隊と合流して撤退した。
     その後はトラック・ソロモン方面に進出し輸送作戦に従事。このあたりで村雨は別行動をとるようになった。
     10月24日、軽巡「由良」、駆逐艦「秋月」、夕立、五月雨と共に第二攻撃隊としてガダルカナル島ルンガ泊地に突入。米爆撃機による攻撃を受け反転撤退するも、B-17が投下した爆弾により由良航行不能・秋月中破・五月雨小破と損害を被り、春雨は夕立とともに由良の雷撃処分を行った。
     11月12日、第三次ソロモン海戦に参加。第4水雷戦隊は警戒隊として艦隊前方にいたが、スコールに襲われ変針を繰り返し陣形が乱れた結果、第2駆逐隊・第2小隊の夕立・春雨が先頭に取り残され、後方にいるはずの比叡霧島の挺身艦隊がすぐ近くを追走する状態となった。
    そんな中、既にレーダーで日本艦隊を捕捉し迎撃態勢に入っていた米艦隊を夕立が発見、春雨は夕立と共に右砲戦・魚雷戦を開始する。春雨は敵の駆逐隊の前方を通り過ぎた後に左へ変針して海域を離れたが、夕立はそのまま反転して敵の後続部隊の真っただ中に突っ込んでいき、それが夕立との最後の別れとなった。
     僚艦を失った春雨は東部ニューギニア輸送作戦に従事、12月には第7戦隊をラバウルから横須賀まで護衛した。
     1943年1月、貨客船「浅間丸」を護衛してトラックに到着、第二航空戦隊「隼鷹」航空隊の基地員をウェワクへ輸送、その後も幾度かカイリル島を拠点に護衛任務に付く。
     今度は基地員収容のためにトラック・ウェワクを往復中に米ガトー級潜水艦「ワフー」(USS Wahoo, SS-238)に捕捉され、魚雷3本を撃たれるもののこれを回避した。春雨は反転して対潜戦闘に移り、続いて撃たれた1本を避けたが3射めの2本のうち1本が一番砲直下付近に命中する。ワフーは敵駆逐艦撃沈を確信したが、春雨は応急修理によって沈没を免れ、ウェワクからトラックへ曳航後に「天津風」「浦風」に護衛されて横須賀へ曳航されることになった。しかし曳航途中に艦体が分断し艦橋から前部を失い、いったんトラック泊地に戻り再度修理が行われた。
     この間の3月5日に村雨が夜間輸送任務中に米艦隊のレーダー射撃を受け沈没。五月雨は5月11日、春雨は5月末に横須賀に帰港するが、損傷のひどい春雨は予備艦籍となり、五月雨は北方部隊に編入され、7月1日に第2駆逐隊は解隊となる。
     8月から11月まで修理が行われ、11月30日に春雨・五月雨は改初春型の「有明」「夕暮」を喪失して時雨白露の2隻となっていた第2水雷戦隊・第27駆逐隊に編入された。
     修理を終えた春雨は、同じく修理のため本土に戻っていた時雨と合流し、12月30日に「山城」の横須賀回航を護衛した。
     1944年1月、時雨と共に給糧艦やタンカーの護衛を行いながらトラック泊地に向かい、途中で神風(II)型駆逐艦「追風」と合流する。2月14日にトラックに到着するが、主力連合艦隊は空襲の報を受けてパラオに退避した後であり、工作艦「明石」などの補助艦艇が残るのみとなっていた。
     2月17日、トラック島空襲(海軍丁事件)が発生。「那珂」「舞風」「文月」「追風」などが撃沈される中、時雨・春雨はトラックからの脱出を図るが、時雨は直撃弾を浴びて中破し、速力が低下した。駆逐隊司令を春雨に移し、春雨は明石の護衛を行い、時雨は単艦でパラオに向かうことになった。
     5月下旬より春雨は渾作戦に従事し、再編以降バラバラになっていた第27駆逐隊4隻が集うことになった。6月8日、第二次渾作戦に参加。第27駆逐隊は第19駆逐隊敷波、浦波と共にビアク島へ向かい、米陸軍爆撃機の空襲を受け、春雨は戦没した。
     戦後は海上自衛隊の「むらさめ型護衛艦」の一隻として初代・二代にわたり艦名が継承されている。特にむらさめ型(二代)では第2駆逐隊の艦名が全員揃っている。さみだれ「護衛艦になってもみんなお友達です (^^)そして現役となる通算4代目の「はるさめ(DD-102)」については、2006年に放送されたアニメ「タクティカルロア」の舞台となる護衛艦「パスカルメイジ」のモデルになった。この時取材に応じてくれた海上自衛隊への感謝を込めて、「パスカルメイジ」の船体には「はるさめ」と同じ「102」が刻まれている。
     早くも実装されたランエボⅥ。島風の競技ベースのRS仕様と違い、こちらはランエボ歴代のグレードであるGSRを冠したものを彼女が所持。村雨と同じゴツイフロントフェイスが特徴である。もっと可愛いクルマを用意するような…。

    ■五月雨
    ●ホンダ/NSX'01

    ・パフォーマンスポイント(PP):482
    「固定式ライトに変更、第3世代のNSX」
     1999年のビッグマイナーチェンジから2年後の2001年末、NSXは初めてスタイリングに手を入れる商品改良を行なった。
     外見上の最大の変更は、ヘッドランプをリトラクタブル式から固定式へと改めたこと。これに合わせてフロントバンパーやボンネットも形状が変更された。他にもドアの形状変更やサイドガーニッシュの追加、リアのライトまわりのデザイン変更、バンパースカートの変更などが行なわれている。これらは空力性能の向上を伴うものである。
     前後タイヤも17インチ化され、フロントが215/40R17、リアが255/40R17へとインチアップされた。タイヤは当然、専用開発のものだが、新デザインのアルミホイールもワシマイヤーの手による超軽量の鍛造BBSが与えられた。
     タイヤサイズが拡大したことで、足まわりのジオメトリーを見直し、サスペンションセッティングも新しいタイヤに見合ったものへ改良。その結果、世界のライバルたちを再び凌駕するような、高い操縦性と安定性を手に入れた。このマイナーチェンジを誇るかのように、新世代のNSX TypeRが投入されたこともニュースである。
     11年目の大きなマイナーチェンジだったが、それでも基本となるコンセプトに大きな変更がないことは、NSXの自信というべきか。この11年の間には、多くのスポーツカーがコンセプト変更や世代交代を余儀なくされたり、排ガス規制をクリアできず消滅。しかしNSXだけは、排気量アップや6速MT化こそ実施したが、デビュー当時のメカニズムを変えずに自らの道を歩み続けたのである。
     開始時に選べる初期艦娘吹雪叢雲、五月雨の内の一人。
     有名なところではTwitterの沿岸バス公式アカウントが示すように、初期艦娘の中でも何故か熱狂的な支持者を持つことが時折話題にされる(五月雨教と形容される)。専用の掲示板まで存在する。
     ファミ通.comの艦これ応援企画イラストコラムでも登場。艦これ世界で一番の可憐清楚な艦娘、おしとやかなお嬢様と大絶賛される。このイラストでは衣装の構造に独特な解釈がなされているので必見。あとピンク。
     
    初期の艦これプレスリリース時の記事に彼女(の中破姿)がデカデカと出ているポスターがあるが、そこには「駆逐艦五月雨 第一回主演作品」とある。公認ヒロイン
     白露型6番艦、「五月雨」とは旧暦5月に降る雨のこと。現在の6月にあたるので、ちょうど梅雨どきの雨という意味になる。集めても最上にはなりません。
     比島方面→ミッドウェー→ソロモン海域→アリューシャン方面→ソロモン→比島方面と、東西南北駆け回っていた。
     白露との衝突の経緯は、ブーゲンビル島沖夜戦で、川内被弾して機関停止、これをかわそうとした時雨が五月雨に急接近したために五月雨が急回避、すると今度は後続の白露が接近し、ついにかわしきれなかったとのこと。戦場で先頭艦の足が止まったことが原因なので、もちろん五月雨のせいではない。五月雨乗組員の記録では時雨と五月雨を白露が誤認して時雨と平行になろうとして五月雨転舵に気づいた時には遅かった、ということらしい。五月雨の右艦首が白露の左艦尾に激突した結果、つまりこういうことになった。
    ・白露「うわーっ、しまった」
    ・五月雨「すみませんっ! (^^;
    ・白露が大破し、戦線を離脱。途中夜…
    ・五月雨「あ、白露ちゃんだわーいわーい (^Q^
    ・実は敵の駆逐艦でした。しかも仲間二隻を呼ばれ集中砲火を受ける。
    ・それをかいくぐりずたぼろながらも必死でラバウル到着…
    ・白露「あれ五月雨ちゃん遅かったじゃん (^_-
    ・五月雨 (OO;
    この時の五月雨は割とシャレにならない事態に陥っていた。白露との衝突で艦首部が垂れ下がり速度が低下し、艦隊から落伍。その時に敵駆逐艦3隻の攻撃を受けて、艦首と後部機関室に被弾、発動機が停止し艦内電源を消失。しかも搭載していた補給物資のドラム缶から漏れでた油に3番砲塔の発砲炎が引火し、2,3番砲塔付近で火災が発生する。この火災により第二弾薬庫の誘爆の危機に陥る。その火災は朝になっても鎮火しなかったが、弾薬庫注水、発電機復旧などの応急処置を行い、敵包囲網を突破してラバウルへ帰還。ここで艦首を切断し、トラックへ向かう。トラックにて仮艦首をつけて、日本へ向かい、横須賀海軍工廠にて本格的な修理を実施した。しかし、この戦いで五月雨の発射した魚雷は敵駆逐艦フートに命中、大破航行不能にさせた。五月雨自身は発射直後の衝突事故で確認どころでなかったが、この魚雷が艦底をかすめびっくりした時雨が敵艦命中を見届けている時雨の報告では重巡1隻轟沈だが実際は駆逐艦大破だった。一方的な負け戦のブーゲンビル島沖海戦で、唯一に近いまともな戦果を上げたのも五月雨だったのである。この戦いで川内初風が戦没している、合掌。
     むしろ、これに先立つ第3次ソロモン海戦で比叡を誤射したことを気にすべきだろう、混戦で仕方がなかったことではあるが。艦橋はすぐに相手が比叡だと気づき「撃ち方止め」を命令したのだが、連続発砲の騒音で機銃員に命令が届かず、比叡に機銃弾の雨をしこたま降り注いでしまった。命中の火花がよく見えたという。撃ちまくる五月雨に業を煮やした比叡は警告がわりに副砲弾を発射しかえし、五月雨が慌てて味方識別灯をつけ、ようやく同士討ちは収まった。五月雨の乗員はこの誤射のせいで比叡が敵に気づかれたと気にしているが、他艦の記録では夕立の緊急電と、それに続く比叡との探照灯照射で海戦の火蓋が切られたとあり、
    またそもそも米艦隊はレーダーで捕捉していたのに照会に手間取った結果日本艦隊にしてやられている。誤射はドジだがその結果は気にしなくて大丈夫だよ五月雨ちゃん。5月23日に追加された放置ボイスにおいて、このことについて言及するようになった。ただ当時は混戦でパニックだったせいか何があったのかを忘れており、艦娘となった今残っているのは「比叡さんごめんなさい (--; 」という罪の意識だけのようだ。またこの時に暴れまくって矢尽き刀折れたソロモンの悪夢の乗組員を救助したのがと五月雨である、そして大破漂流中の夕立に介錯をしたのが五月雨だったのだが…五月雨「魚雷全部外しちゃった…」 (OO;そうこうしている内に米重巡洋艦ポートランドが接近してきたため離脱、トドメはポートランドによって成された。
     第二次ベララベラ海戦では時雨とともに駆けつけて魚雷を発射、敵旗艦セルフリッジを大破戦線離脱に追い込んだ。夜戦のため戦果誤認が多い戦いであったが、その武功は天皇の上聞に達し、五月雨と時雨の艦長はそれぞれ短刀一振りを賜るという栄誉に浴している。
     夕張・夕月と輸送任務をやったのちソンソル島で2艦と二手に別れたら4,500m先にブクブク煙と泡が出てるのを見つけた、が「ま、いいか (^^) 」でスルー。しかしそれが悲劇を生んだ。その後島の反対側から出てきた夕月が「夕張が潜水艦の雷撃を受け航行不能… (OO; 」ということで見に行ったら瀕死のメロンさんが。浸水多量で曳航もままならず、結局そのまま夕張沈没してしまった。
     昭和19年7月、陸軍の輸送物資を満載した大和武蔵長門金剛以下主力艦隊の護衛についてリンガ泊地へ向かった。五月雨は武蔵の直衛だった…のだが、折からの大時化に巻き込まれ艦隊から落伍、行方不明となってしまった。結局利根が捜索に向かい、迷子になっていた五月雨を発見、無事に艦隊へ連れ帰った。この一部始終を見ていた第一戦隊司令官の宇垣纏中将は次のような迷句を詠んでいる。「五月雨にスコール続く輸送かな」「スコールの後に五月雨忘れけり」
     そして座礁して火災を起こしたところを米軍機に見つかり、離脱作業もままならず珊瑚礁に突き刺さったまま1週間も放置プレイ。第三戦速の高速でがっちり食い込んでしまったためどうにも離礁できず、仕方なく乗員を陸上に移し五月雨は廃艦にすることが決まったのだが、その作業のさなか潜水艦の雷撃を受けて真っ二つ。食い込んだままの前半分を残し後半部が沈没していった。また座礁したのも艦長以下士官入れ替えから間もなかったため、見張り員「浅瀬がありますっつってるだろうが (..; 」艦長以下「そんなことよりあっちの艦影が気になって仕方ない (^^; 」と、必死の連絡がスルーされた結果である。しかもその艦影は以前に座礁してた無人の貨物船だったというオチ。どうしようもない。
     開戦から沈没までのこれらの顛末は、元乗員の著書「駆逐艦「五月雨」出撃す」須藤幸助著・光人社に詳しい。
     ドジエピソードこそ目立つものの、戦争末期まで北へ南へ常に最前線にあり続け数多くの作戦に参加、絶えず戦い続けたがんばりやさんなのも確かである。
     彼女を沈めた Batfish はオクラホマ州Muskogeeにある the War Memorial Parkに現存し、一般公開されている。が、なぜ潜水艦を内陸部の、しかも地面の上で展示しているのだろうか
     なお、現在の五月雨はパラオでも有名なダイビングスポットとなっている。
     現在、むらさめ型護衛艦の6番艦「さみだれ」が就役中、これは日本の艦艇としては2代目にあたる。今回も6番艦ちなみに、むらさめ型護衛艦にはネームシップである1番艦「むらさめ」をはじめ、2番艦「はるさめ」、3番艦「ゆうだち」と当時の第2駆逐隊の艦名を受け継いだ護衛艦がすべて揃っている。。この時代でもみんなお友達余談ながら、このさみだれは海賊対処行動水上部隊の記念すべき第1次部隊として「さざなみ」とともにソマリア沖に派遣されている。2013年11月「さざなみ」「さみだれ」は海賊対処行動水上部隊の第17次部隊として再び派遣された。初代はドジっ子だった五月雨だが、二代目は今や統合任務艦隊(Combined Task Force)の一員である。五月雨「海上自衛隊でもいっしょに頑張ろうねちゃん (//
     NSXがNA2型となったモデル。初期艦娘の中では規格外のスーパーカーという優遇(電は同メーカーのフィット、漣はトヨタのスターレット、吹雪はマツダのユーノスロードスター、叢雲は吹雪と同メーカーのロードスターNB型)。どうやってこんな高価なものが…。
     ホイールは変えておらず、空力性能を高めた。同じNA2としては翔鶴のTypeRが分かりやすいだろう。性能も初期艦娘では飛び抜けの性能を保持しており、MRが得意な機動性なども、彼女の持つNA2の最大の利点だろう。短所はというと…初期艦娘の中では小回りが利かないという。そりゃボディがでかい分、サイドブレーキを引いてターンドリフトするしかないだろう。

    ■涼風
    ●ホンダ/S2000'03

    ・パフォーマンスポイント(PP):466
    「マイナーチェンジによる改良が加えられた2003年型S2000」
    (車両解説はその1の「長月」と変わらないため、省略)
     一番艦ではないのだが、何故か駆逐艦一番艦と同様にレア度2で、初期装備として魚雷を持っており、近代化改修の素材にしても火力と雷装がそれぞれ+1される。しかし1-1の1マス目でドロップ可能である。
     2014年5月23日のアップデートにおいて、改装後の涼風改に補給、放置、ケッコンカッコカリ後母港ボイスが追加された。
     横須賀の浦賀船渠の生まれ。五十鈴阿武隈時雨五月雨ほか駆逐艦大勢もこの船渠生まれだが、なぜ彼女一人だけ江戸っ子気風きっぷなのか不明。大阪生まれの江戸っ子までいるし…。ちなみに所属鎮守府は佐世保。ますます遠い。
     白露型10番艦となっているが、第四艦隊事件の影響で白露型に小改良を施されて船体構造が作り変えられた「改白露型海風型とも」その4番艦とも呼ばれる。実装済みの白露型で一人だけ「風」の名前なのはそのせい。
     「海風」(白露型7番艦改白露型1番艦)、「山風」(8番艦)、「江風」(9番艦)との4隻で、第二十四駆逐隊を編成。見ての通り全員未実装。あれだけ居る白露型の中で一人ぼっちなのである。……が、実はこの第二十四駆逐隊、「山風」と「江風」が戦没して、「海風」と涼風のふたりになった時、実装艦が1人編入されてきている。満潮である。ではその満潮はどこからやって来たのかというと、第八駆逐隊である……。その三ヶ月後、第二十四駆逐隊は戦没艦が2隻出て解隊された。生き残った最後の1隻は、第四駆逐隊に編入、そして西村艦隊としてレイテ沖海戦に突入していった。
     開戦する前から損傷を繰り返している大規模修理の多い艦である。特に1942年2月に米潜水艦「スカルピン」の雷撃によって大破させられた船体の修理には5ヶ月もの長い期間を要した。そのせいで、第二十四駆逐隊の中で唯一ミッドウェー海戦には参加出来ていない。
     大艦隊規模の大きな海戦にはあまり関わっていないが、駆逐艦ばかりの小規模艦隊による海戦の主力の一人として何度か活躍している。他の主な行動は、複数の攻略作戦の支援、十数回以上にわたるガダルカナルへの輸送、戦艦空母の護衛、非武装船団の護送。これらのために、南方海域の各基地と日本の港とをせわしなく行き来している。
     ヘンダーソン飛行場砲撃では艦砲射撃隊金剛榛名を第二十四駆逐隊3隻第十五駆逐隊3隻で囲む直衛隊の一員に属した。
     マダン上陸作戦時に、被雷して沈没する天龍を、磯波と2人で救助している。その時、仇敵に魚雷を撃たれていたのだが、2人とも運良く助かり、反撃したが敵討ちは叶わなかった。その仇敵は誰かって「あるばこあ」さんですよ。あの。
     ルンガ沖夜戦で長波陽炎黒潮、「江風」など8隻の駆逐艦のみの艦隊で雷撃を敢行、被害担当艦となり集中砲火を浴びた夕雲型「高波」1隻だけを犠牲に、米重巡1隻撃沈3隻大破の大戦果をあげた立役者の1人となった。海戦の詳細は長波のページを参照。夕雲型と陽炎型ばかり集まる中で、改とはいえ白露型最も旧式だった江風と涼風の2人は後ろに配置され、特に涼風は最後尾だった。もっとも涼風は早々に探照灯を灯し射撃を始めたため格好の標的となってしまい、敵の砲雷撃を回避する間に雷撃の機会を失ってしまった。なお砲撃戦を挑んだのは被害担当艦「高波」を除くと、涼風と長波だけである。
     クラ湾夜戦では谷風との魚雷で米軽巡「ヘレナ」を撃沈。このヘレナはサボ島沖海戦のきっかけの砲撃を放った艦であり、サボ島で散った古鷹吹雪叢雲たちのかたきを討った。この雷撃成功の要は、涼風と谷風2隻が属していた輸送作戦警戒隊の旗艦、秋月型5番艦「新月」が先のルンガ沖夜戦の「高波」のように、集中砲火を受け炎上した事で敵の注意を引きつけたからであった。魚雷発射後の再充填で場を離れている途中に涼風は火災事故や被弾で小破。谷風と体勢を立て直している内に敵艦隊は離脱し、「新月」も見失ってしまった。「新月」は漂流後に沈没し全員戦死したと判明する。
     1944年1月25日23時、ポナペ島沖北東で輸送船団護衛中に米潜水艦SS-184「スキップジャック」の雷撃を受け、炎を上げて轟沈。唯一の護衛駆逐艦を失った駆潜艇1隻と貨物船2隻は逃げたが、彼女の沈没から3時間後、同潜水艦に貨物船1隻を撃沈されている。このスキップジャックは、戦後クロスロード作戦にて長門らと共に沈められた…が、調査のため浮揚され、最後は標的艦として沈められている。世界広しといえども味方に二度も沈められたのはこの艦くらいだろう。あまりといえば、あまりな最期である。怨念で深海棲艦になっているんじゃなかろうか。
     現在では海上保安庁の「すずかぜ型巡視艇」のネームシップとして現役1994年2月竣工。ただし、海上保安庁の船舶は配置替えに伴い名前が変わってしまうことがあり、彼女も第一管区小樽から第五管区姫路への配置替えの際に「ひめぎく」と名前が変わっている。そのため同タイプは「ひめぎく型巡視艇」と呼ばれることも多い。ただし、艇番号は「CL11」のままであるため機会があれば探してみるのいいかもしれない。その後、2008年に竣工した「ひめぎく」の遠い妹にあたる「CL143」が第一管区小樽に配備され、再度「すずかぜ」を襲名している。なお、彼女の姉妹は海上保安庁史上最多の161隻あり、その中には「はまかぜCL50、第三管区・横浜」、「はつかぜCL73、第二管区・宮古)」、「ゆきかぜCL81、第一管区・花咲」もいる。また、整備期間が長期にわたっているため、ウォータージェット推進器を搭載したタイプや、放水銃を廃止して防弾性を向上させた警備機能強化型など、大きく4つのバージョンに分かれている。その他、配属先の気候に合わせて冷暖房にカスタムを施したものもある。

    ■朝潮
    ●トヨタ/ヴィッツ F'12

    ・パフォーマンスポイント(PP):356
    「顔つきがイケメンとなった、第3世代のヴィッツ」
     2010年12月、トヨタの世界戦略車であるヴィッツが第3世代へと発展した。先代である第2世代では主として安全性強化のためにボディサイズの拡大が行なわれたが、第3世代も大幅は据え置きながら全長が延長されている。
     ベーシックグレードの「F」を両世代で比較すると、全長は第3世代のほうが135mm長い。室内長を拡大して居住性を高め、そして空力性能を高めて高速安定性と省燃費性を向上させることが目的だ。Cd値は0.285と優れた数値を実現し、最も燃費に優れたモデルではJC08モードで21.8km/Lを達成している。
     スタイリングは先代までの丸みを帯びた可愛らしいイメージからエッジの効いた精悍な印象へと趣を変え、また室内でもシートが新骨格のホールド製の高いものになるなど、コンパクトカーとしてのグレード感を高めている。
     パワーユニットは1.0Lと1.5Lは先代からのキャリーオーバーだが、1.3Lは吸排気両側のバルブタイミングを可変させるDual VVT-iを備えた1NR-FE型へと変更され、87PS/11.8kgfmから95PS/12.3kgfmへと数値を上げた。またトランスミッションは、5速MTが選べるスポーツグレードのRS以外は全車CVTへと変更されている。
     グレードはこのときから4つに整理された。最もベーシックなモデルが「F」である。必要な物はきちんと備えていながら余分なもののないシンプルな佇まい、そして明るい内装色が、爽やかな印象を晒し出している。
     2012年5月、上級グレードに用意されていたアイドリングストップ機構とスタビリティトラクション・コントロール機構などを盛り込んだ仕様が「F」にも追加されている。
     朝潮型駆逐艦のネームシップ。能力は平均的な駆逐艦だが、吹雪型などのいわゆる特型駆逐艦よりも後に造られたモデルのため、装備が一段階強化されている。
     2013年10月23日のアップデートでボイスが一部追加された。放置ボイスをしゃべるようになるのは改になってからなのでご注意。
     2014年1月15日のアップデートで第八駆逐隊編成とその派生の任務が追加された。他に必要な艦は「満潮」「大潮」「荒潮」の3艦。ネームシップ駆逐艦の例に漏れず、ドロップ率はやや低目となっている。
     近代化改修の素材にした場合、朝潮型以降の駆逐艦は雷装+1に加え装甲+1もついてくるのだが、この朝潮だけはなぜか装甲がプラスされない。代わりにネームシップ補正の火力+1がついてくる。
     朝潮型の面々、というか駆逐艦の大半は、スポーツブラではなくジュニアブラである。スポーツブラではなくジュニアブラである。大事なことなのでブラではなくインナーキャミソールの娘もおそらく居る。確認は各自でお願いします。
     
    その実直さを買われてか島風主役のコミカライズ「つむじ風の少女」では島風に「優等生」と揶揄され彼女と激突しつつ成長するメインヒロイン枠として抜擢されている。
     軍縮条約破棄に合わせたより高性能な駆逐艦獲得を目的とし開発された。第四艦隊事件や友鶴事件での改善工事を受けた特型と同等の排水量を持つ。条約破棄に合わせて特型駆逐艦の最新モデルの開発に移行した、とでも言うべき仕様。
     砲の兵装配置を特型、魚雷発射管を白露から継承しており、後継艦陽炎型共々新世代の帝国海軍駆逐艦の雛形となった。地味ながら電源が交流に変更されている。これにより電気設備の省スペース化と陸上施設から直接電力供給を受けることが可能になった。
     設計ベースを特型に差し戻しただけあって十分な性能を備えていたのだが、当の水雷屋は設計時の航続距離等に不満があったらしく、朝潮が竣工した1937年に陽炎型の開発を決定。贅沢ってレベルじゃねーぞ……。ちなみにその際の建艦計画(通称マル3計画)での建造予定には大和型も入っていたりする。と言うかメインは大和武蔵の建造。航続距離延伸は、想定決戦海面が小笠原沖からマーシャル・ミクロネシアへ遠くなったという戦略的要求によるものである。実際のところは公試で設計値を遥かに上回る、後の陽炎型に匹敵する数値を叩きだした。実際第18駆逐隊は朝潮型・陽炎型の混成運用となっている。
     朝潮は竣工からわずか4ヶ月で蒸気タービンの翼が破損している事が発覚、当初は他の艦にも同様の問題があると思われたため、海軍全体での大調査となった臨機調事件。結局、朝潮個艦の問題で片付いた……。この他にも舵の問題で旋回半径が妙に広かった(後の改装で是正)など足回りに不調が多い艦だった。
     1942年2月には、バリ島攻略に伴って発生したバリ島沖海戦に参加。優勢な敵に対して果敢に反撃し、撃退に成功している。バリ島攻略に参加したのは、朝潮、大潮満潮荒潮と輸送船二隻。「空襲が懸念されるため、揚陸完了後は直ちに避退すべし」と言われていたが、一隻の揚陸作業が長引いたため、やむなく作業が完了した輸送船一隻と満潮、荒潮は先に避退し、朝潮と大潮は作業完了まで残ることになった。そこに、バリ島に日本艦隊発見の報を聞き、オランダとアメリカの共同艦隊が攻撃を仕掛けてきた。総兵力は軽巡三隻すべてオランダ海軍、駆逐艦七隻一隻のみオランダ海軍という大所帯だったのだが、軽巡二隻、駆逐艦三隻、軽巡と駆逐艦四隻という逐次投入をした上、最初の軽巡二隻は一撃をかけたあと戦域から急速離脱してしまったため、朝潮と大潮は劣勢にも関わらず健闘することができた。とはいえ、第三波の軽巡と駆逐艦の戦隊はそれなりに連携が取れていたために苦しめられ、じり貧になっていったのだが、先に避退していたはずの満潮、荒潮が救援に来てくれたため、なんとか持ち直して敵艦隊の撃退に成功した。ただし、救援に来たはずの満潮がアメリカ海軍の旧式駆逐艦二隻にボコられ、さらにその後にB-17にボコられ結果的に大破したのは秘密。
     1942年6月、ミッドウェー海戦では荒潮と共に衝突した最上と三隈の護衛に就く。撤退中に三隈が空襲で大破したため生存者の収容などを行っている。
     1943年3月、朝潮は第八駆逐隊司令艦として水雷戦の猛将・佐藤康夫司令が座乗。ラエ方面への輸送作戦である八十一号作戦に護衛として参加することとなった。同作戦のあまりに高い危険性は出撃前から船団中に知れ渡っており、輸送船の一隻として参加する給炭艦野島の艦長松本大佐は「脚の遅い野島は必ず犠牲になります。骨は拾ってください」と旧知の仲の佐藤司令に対して語った。大型高速の優秀船はこれより前のガダルカナル輸送作戦で多数を消耗し、本作戦参加船は比較的小型・鈍足の船が多かった。野島もまた大正時代竣工の鈍足老朽艦であり、助かる見込みは無きに等しかったのである。それに対し佐藤司令は「私の朝潮が護衛する限り、決して見殺しにはせん。野島の乗員は必ず拾いにゆく」「やられたらお互い必ず救ける」と固く約束を交わしたのだった。はたして3月3日、輸送船団は護衛艦艇ともども連合軍の新戦法である反跳爆撃低高度で爆弾を投下し、水切りの要領で海面上を滑らせ命中率を上げる方法の前に為す術なくズタズタにされたが、朝潮は奮戦のすえに爆撃を回避しきることに成功し、生き残った。船団が壊滅状態に陥る中、瀕死の旗艦白雪から木村昌福司令官らを託され指揮を執る敷波は、敵機再来襲の情報を受け「救助作業中止、全艦一時避退セヨ」と命令を発した。しかし朝潮は先の約束を守り「ワレ野島艦長トノ約束アリ、野島救援ノ後避退ス」と言い捨てて撤退命令を振り切り、炎上漂流状態の野島と妹の荒潮の救助に単身駆けつけ、生存者を救出した。しかし救助作業を終えた直後、敵機は再び来襲。付近で唯一無事だった朝潮は集中攻撃の的となってしまい、速力が上がりきらないまま荒潮の目の前で被弾。総員退艦命令が出されるも、弾薬庫爆発後数分にして撃沈された。八十一号作戦自体が、敵制空権下を昼間強行突破させるという無謀で杜撰な作戦だった。護衛を担当する第三水雷戦隊の参謀は「敵空軍のため全滅のおそれがある、中止したほうがよい」と申し入れたがそれに対し、作戦発案者の第八艦隊参謀神重徳大佐は「これは命令である、全滅覚悟でやってもらいたい」と言い放って作戦を強行させた。その結果が輸送船8隻全滅、駆逐艦4隻沈没。犠牲者は護衛駆逐艦乗員を除いた陸軍将兵及び船員だけでも4543名にも達し、更に現地部隊の待ちわびた火砲41門、自動車89両、物資2500トンのすべても喪失。慢心したいい加減な作戦の代償は、あまりに高く付いた。「ビスマルク海海戦」はアメリカ側の呼称である。一方的にやられただけの日本側は正式名称をつけておらず、一般に「ダンピールの悲劇」と呼ばれている。
     約束通り救助された松本大佐は生還した。しかし佐藤司令は周囲の退艦を勧める声に「俺はもう疲れたよ、このへんでゆっくり休ませてもらうよ」と寂しく笑い、前甲板に腰を下ろすと、空を見上げながら悠然とタバコを吸いつつ、朝潮と運命を共にした。
     ちなみに、朝潮の名は海上自衛隊の潜水艦に受け継がれており、白雲型駆逐艦「朝潮」と本艦、あさしお型潜水艦「あさしおSS-562」に続いて4代目にあたる「はるしお」型潜水艦8番艦「あさしおSS-589/TSS-3601」が現役である。「あさしお(Ⅲ)」「あらしお(Ⅱ)」「おおしお(Ⅱ)」「みちしお(Ⅱ)」(※数字は初代駆逐艦からの通算)の4隻がすべて現役という、潜水艦に転生したかつての八駆メンバーが全員揃っていた時期があった(19641981)。
     グランツーリスモ6で初収録された3代目ヴィッツ。艦娘のマシンでは比較的に珍しいゼッケン付という朝潮のマシンは、パワーやトルクは非力に近いが、そこそこ走行性を高めたといえるだろう。

    ■大潮
    ●トヨタ/ヴィッツ RS 1.5'07

    ・パフォーマンスポイント(PP):353
    「硬派なコンパクトカーとして叩き込まれた2代目」
     トヨタの世界戦略車としての役目を担った初代ヴィッツの後継車として、2005年2月に登場した2代目ヴィッツ。おもに安全性の強化を目的としてボディサイズはひとまわり拡大されたが、安価で良質なコンパクトカーとして必要な要素をすべて満たしていた初代XP10型の特徴をしっかりと受け継ぎ、好評を持って受け入れられた。
     ヴィッツには初代からRSというスポーツグレードが用意されていたが、もちろんそれは2代目にも踏襲された。その最も高性能なグレードがRS 1.5である。
     1L、あるいは1.3Lクラスとして設計されたボディに搭載されるのは、VVT-iを備えた直列4気筒DOHC1496cc。トランスミッションは5速マニュアルまたはパドルシフト付きのCVTという設定だが、車両重量は5MTが1,040kg、CVTが1,070kgと軽いため、特別なチューンナップが行なわれているわけではないのにスポーティな走りを存分に楽しむことができる。
     またブレーキはフロントがベンチレーテッドとなる4輪ディスク、シートもやや深みを増してバケット形状に近づけたホールド性の高いものとなるほか、バンパーも専用のエアロタイプが装着されリアスポイラーも備わるなど、RSならではの装備も用意されている。
     2007年8月に行なわれたマイナーチェンジでは、新たに専用のチューンナップされたスポーツサスペンションが採用され、それまで以上に走りを楽しめるモデルに進化している。日本ではこうしたボーイズレーサーが絶滅の危機に瀕していることもあり、玄人筋からも高い評価を得ている1台だ。
     2013年10月23日のアップデートで補給・放置ボイスが追加された。放置ボイスをしゃべるようになるのは改になってからなのでご注意。
     誕生(竣工/就役)日は1937年10月31日。この日生まれの艦は多く、妹の満潮ニーソおしゃれな重巡たちとは歳まで同じである。
     これまでの艦は多くが二代ないし三代目(つまり同名の先代艦が存在)だったが、「大潮」は初めてつけられたものである。この世代から初採用の名が増えてゆく。
     「小さな体に大きな魚雷」であるが、実際61cm酸素魚雷はかなり大型の魚雷である。多分、ふたなりを誇示している訳ではない。更に一つ前の白露型以降は三連装→四連装に増強。ついでに主砲も白露型五門→朝潮型六門に。吹雪型から連なる艦隊決戦仕様の駆逐艦で、それまでにあったいくつかの問題点も克服を見た、堂々たる完成型だったのである。
     開戦まもないバリ島沖海戦では、僚艦の朝潮とともにたった2隻で米蘭連合部隊の軽巡洋艦2隻と駆逐艦3隻を追い回し、大潮の魚雷によって駆逐艦ピートハインを撃沈。さらに駆けつけてきた駆逐艦4隻軽巡1隻相手に大立ち回りを演じ(途中から満潮荒潮が助太刀に来たけど)、満潮をボコボコにされつつも、遂には四姉妹が力を合わせて敵艦隊を追い払い、バリ島攻略作戦を成功に導く活躍をした。ちなみにこの時の艦長は吉川潔中佐。後に彼は夕立の艦長となり、更なる大立ち回りを演じることになる。
     1943年2月20日、船団護衛中に米潜水艦SS-218「アルバコア」によって大破、約10mの破孔が生じて大量の浸水(700t)が第三缶室、後部機関室に入り込み航行不能になる。航行中のために各種補強工事が行えないまま、荒潮に曳航されるも30分後に破孔位置から船体が折れて沈没する。戦闘中に轟沈というわけではないためか、死傷者はさほど多くはない。因みにこのアルバコア、他に天龍大鳳にも引導を渡している。
     なお『艦これ』プレイ漫画イラストコラムにおけるプレイ漫画においてそこそこ出番があるので、彼女の入渠中にチェックしてみてはいかがだろうか。
     余談だが、海上自衛隊にも大潮の名を持つ艦が存在していた。おおしお型潜水艦「おおしお(SS-561)」である。
     セブンイレブンの商業車にも使われる2代目ヴィッツのスポーツグレード。文句ない操作性と安心の安定性を持ち、前輪駆動を活かした走りが期待できる。

    ■満潮
    ●トヨタ/ヴィッツ RS ターボ'02

    ・パフォーマンスポイント(PP):427
    「異色過ぎる、コンパクトカーターボ搭載の過激なヴィッツ」
     1999年1月、スターレットに代わって登場したトヨタの新世代コンパクトカーが初代ヴィッツだ。開発コンセプトは「21世紀のコンパクト車の新しいスタンダードの提案」。このクルマから生まれた数多くの派生車種も含めて、まさにその後の日本の自動車シーンを変えたモデルで、欧州では「ヤリス」と呼ばれる。
     完全にゼロから設計されたボディは、剛性や静粛性に優れた仕上がり。全長3,610mm、全幅1,660mm、全高1,500mm(ユーロスポーツエディション)と小ぶりだが、そのサイズの中に大人5人が十分乗れるキャビンが構築されている。ボディは3ドアと5ドアの2つがある。
     スタイリングは脱日本志向の洗練されたもの。丸みを帯びた塊感のあるデザインは、世界中で通用するレベルの高い造形である。その「丸さ」はインテリアにも活かされている。車内は未来的で飽きがこない雰囲気で、計器類はシンプルで革新的なセンターメーターを採用。収納スペースも多く用意されている。両席エアバッグ、ABS、ブレーキアシストなど安全装備にもぬかりはない。
     エンジンも完全に新設計だ。当初は70PSの1L直4DOHCのみだったが、すぐさま88PSの1.3Lを追加。2000年には110PSを誇る1.5Lモデルも投入されている。主力グレードはエアコンなどを標準装備した「F」だが、欧州仕様の足まわりをもつ「ユーロスポーツエディション」や、ワインディングも楽しめる「RS」というスポーティモデルも投入された。
     こうしたラインナップの中でも異色のヴィッツといえるのが、2003年に登場したRS ターボだろう。1.5LのRSをベースにターボをボルトオン、なんと150PSを発揮するじゃじゃ馬だった。
     2013年10月23日のアップデートで、満潮改に補給・放置ボイスが追加された。新たな補給ボイス・放置ボイスをしゃべるのは改造後のみなのでご注意。
     2014年1月15日、任務に「『第八駆逐隊』を編成せよ」「『第八駆逐隊』出撃せよ2-3ボス撃破」が追加された。出撃任務は4隻の他にお供を付けても良い。こちら2つをクリアすると、同じく『第十八駆逐隊』も編成と出撃任務3-1ボス撃破が発生する。
     妙にツンツン、前線出たがりな性格は、史実のトラウマが原因と思われる。1942年11月、鼠輸送作戦中に敵機の攻撃を受けて中破した彼女は、翌年11月まで横須賀で修理を受ける事になった。しかしこの間に、彼女が所属する第八駆逐隊の仲間朝潮大潮荒潮が相次いで戦没してしまったのである。大潮は1943年2月の船団護衛中、潜水艦から雷撃を受けて破孔部から船体が折れて沈没。朝潮・荒潮は大潮沈没の一ヵ月後、ビスマルク海海戦で空襲を受けどちらも沈没。「私の修理中に、艦隊全滅とか、やめてよねっ」のセリフは、これら入渠中の出来事に対しての無念の叫びであろう。彼女一人のみとなった第八駆逐隊は解隊。修理を終えた彼女はその後の1943年11月、第二十四駆逐隊涼風・海風に編入される。しかし、僚艦の相次ぐ戦没により編入から三ヶ月程で第二十四駆逐隊も解隊。安住の地とはならなかった。新たな編入先となった第四駆逐隊は、陽炎型野分・朝潮型朝雲・山雲の混成艦隊。戦没した舞風の穴埋めとして編入され、旗艦を務める事になった。そして彼女の言う「地獄」、彼女の最期となったレイテ沖海戦におけるスリガオ海峡海戦は最たる原因だろう。この海戦に於いて、彼女ら第四駆逐隊は山城を旗艦とする西村艦隊に所属したが、野分のみ主力である第一遊撃部隊主隊の栗田艦隊に派出。その穴を埋める形で第二十七駆逐隊から時雨が加わっている。レイテ湾に突撃した西村艦隊は、圧倒的戦力差があった米海軍の前に時雨のみを残し成す術もなく壊滅。満潮は駆逐艦の雷撃を受けて航行不能となり、レイテ湾を望むことなく扶桑らと共にスリガオの海に沈んだ。野分もまた栗田艦隊の下で沈没しており、第四駆逐隊はこの海戦で全艦が戦没することとなってしまった。日本海軍駆逐隊の中でも一日で壊滅し解隊となったのは、陽炎らの第十五駆逐隊と、この第四駆逐隊のみである。
    ・沈没状況詳細(本項はアメリカ海軍側の資料、および西村艦隊唯一の生き残りとなった駆逐艦時雨艦長:西野繁少佐の証言記述をもとに構成いたしました。)
     1944年10月25日午前3時頃、レイテ湾入り口に差し掛かった西村艦隊に対し、米駆逐艦隊は本格的な雷撃戦を開始した。満潮ら4隻の駆逐艦満潮・山雲・朝雲・時雨は巧みな艦隊運動により魚雷を回避し続けたが、進路を0度真北、ここではレイテ湾方向に戻し、単縦陣へと隊列調整をしているところに左舷方向からさらに多数の魚雷が襲来、緊急一斉回頭の号令が発せられたが、間に合わなかった。魚雷命中により山雲が轟沈、朝雲は艦首を切断され漂流状態となり、満潮も左舷機械室に魚雷を受け航行不能となってしまう。時雨は入列運動中だったのが幸いし、魚雷を回避することができた。懸命の修理作業により、航行不能状態から脱した満潮は、よろめきながらも朝雲と共に南へと退避行動を開始したが、そこを魚雷攻撃を終えて本隊に帰投中だった米駆逐艦隊に捕捉されてしまう。そして、魚雷を温存していた米駆逐艦ハッチンズ(Hutchins:DD-476)の雷撃を受け、再度魚雷が命中、大爆発を起こして轟沈。乗員230名全員が戦死した。その後、朝雲も米艦隊の追撃に遭い同じ海に沈んでいった。
     肝心な時に傷つき出られなかった、仲間を護りきれなかった己が力不足。安住の地も無く転戦し続け、最期は地獄に放り込まれ戦没。そんな地獄を見てきたが
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