嫌うことを表明するということ。
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嫌うことを表明するということ。

2020-08-14 10:33

    ついこの前、友人と離れてゲームして気分も上がった、と思った矢先にたまたま目にした動画とかでまたテンション駄々落ちしました。お久しぶりです。


    人が人を嫌う。
    これ自体は仕方ないことで、どうしても全員好きにならなきゃいけないか?と言われるとそうでもないとしかいいようがないことです。

    ただこれ、表明するとなると別な話で…。

    例えばですが、〇〇警察なんて言葉ありますよね。
    最近だと自粛や帰省でしょうか。もともと、言葉狩りや一部のオタク的な人がチェックしにきてたときもネットでは使われてた言葉ですが。

    これがなぜ起こるのか?というのを簡単にいくつか解説していたのを見たのですが

    「好きなものを見てテンションが上がると幸福ホルモンが出る」

    「それを否定する人、もしくは言葉を見たり聞くと、自分の幸せを妨害された気分になる」

    「否定した人に対して過剰に防衛する」

    みたいなことが起きるという話。
    これの最初を好きな人や媒体などが推奨した、もしくは提言したと考えてください。
    それを守らない人に過剰に反応するわけです。

    アンチと擁護が起きやすい理由にも当てはまりますかね。
    基本的に、始まりは本当に些細なことで、本人は全く気にもかけてない軽口。
    それに過剰反応した人が出て、攻撃する。
    本人は気にかけてない程度のことで攻撃されて過剰に防衛し始める。

    で、アンチと擁護が確立してしまう、と。

    これは二つの要素があります。
    この程度ならいいだろう、という迂闊さ。
    受け入れることができない、という狭量さ。

    結局のところどっちも悪い、なんですけどね。

    なにせどっちも攻撃されてるのが自分だと思っているだけなので、巻き込まれてるほうはもらい事故です。
    むしろ、営業妨害されてる感じでしょうか。
    喫茶店開いたら、その喫茶店前でコーヒーが旨い、旨くないで喧嘩されて他のお客がまったく入れないような感じ。
    いい迷惑ですね。

    困ったことにそれから生まれたアンチが、そのまま喫茶店側を攻撃しだすこともあるのですけどね…ホント困ったことに。
    なにせ本人気づいてないだけで、アンチになる前のやり取りは自分にも一因がある場合がほとんどなのに。

    そんなかんじで、生まれた何かは、動画なんかでは割とよく見られます。
    そしてそういう動画はコメントに溢れることも多々あります。
    大抵の場合は、新たなアンチと擁護を生んでるだけなのですが。

    ただ一つ、欠落していること。
    誰かに悪意を向けるときに、欠落しがちなこと。

    人を嫌うということは、その人が当然自分を嫌うということだ。
    それは同時に、その人を嫌う人が貴方を好きになるということではない。

    とあるアニメで「好きな人が好きになってくれるとは限らないのと同じように、嫌いな人が嫌ってくれるとも限らないんだ」ってセリフがあるけれど、あれだって「自分が嫌いな相手は自分を嫌うのが当然だ」っていう前提がある上のセリフだからね…。

    敵の敵は味方、なんていうけれど、敵の敵は仲間ではない。
    味方は一時的でも味方だし、表面上でも味方だ。
    そこには好きも嫌いも、連帯感すらもないかもしれないということ。

    嫌いだ、と表明することで出てくるものは、擁護とアンチだけじゃない。
    自分を嫌う誰かと、その場だけ味方かもしれない誰か。
    得られているものは自己満足だけなのかもしれないということ。

    果たしてそれは、その天秤は、つりあいが取れているんだろうか…?


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