• 映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者 感想

    2020-09-11 22:31

    新型肺炎の影響で延期されていたクレヨンしんちゃん新作映画の公開日がようやくやってきたということで、珍しく今回は公開初日に劇場で視聴しました。
    私は主にamazonのプライムビデオでクレヨンしんちゃん映画過去作を全て視聴し、全作品のランキングも作成しましたが、公開直後に劇場で観たのは今回が初めてです。

    さて、ひとまず要約した感想を書くと「結構いい感じ」くらいでしょうか。個人的にランクを付けるなら大体全28作品中10位くらい、一つ前の「新婚旅行ハリケーン 〜失われたひろし〜」と同じく、Cランク上位くらいの評価です。
    ちゃんと面白かった事と、流石に公開直後なので今回の感想はネタバレ控えめです。
    たぶん視聴前の人が読んでも問題ない内容だとは思いますが、完全にまっさらな状態で観たい方はご注意ください。


    ストーリー傾向は感動系かギャグ系かで言えば感動系寄り
    前作の新婚旅行ハリケーンの感想で「中盤のストーリーがやや単調」と書きましたが、本作の序盤~中盤はそれに輪をかけて地味で、ギャグ要素も少ないためイマイチ退屈な感じでした。
    しかし、ブリーフ、ニセななこ、そしてぶりぶりざえもんの三人に加え、さらなるゲストキャラのユウマもなかなか良いキャラをしているので話が進むごとに彼らに愛着を持てるようになってゆくし、終盤にはそれぞれにしっかりとした見せ場があり、各人物の必死の戦いや別れの場面は結構ジーンと来ます。

    また、ラクガキ(=絵)がテーマであるが故か、映像面で気合の入ったシーンも多く、鮮やかな光景やダイナミックな構図の変化が幾度となく目を引きます。文字通りの「ラクガキ」も大量に登場し、非常に彩りの豊かな作品となっている点も見逃せない長所です。

    人物について印象深いのは前述のユウマでしょうか。
    しんのすけと同じくらいの年齢の少年で、ゲストに女性キャラが多いクレしん映画の中では結構珍しい人物です。性格はクールな今時の子といった感じで、ちょっと冷めた感じのしっかり者ではあるものの別にイヤミだったり無気力ではない、言ってみればヒステリックじゃなくなった風間くんみたいな感じのキャラ。
    歴代のゲストキャラの中でもかなり出番は多めで、終盤には結構美味しい役どころも貰っているので存在感はかなり強めですが、決してしんのすけの立場を喰うような主張の仕方はしてこないので良い立ち位置だったと思います。
    しんのすけが彼に対して周囲の目も気にせず「ユウマくんもお母さん見つかってよかったね」と言うシーンはしんのすけの魅力をしっかり引き出している感があって良いシーンでした。

    また、前述したブリーフ、ニセななこ、ぶりぶりざえもんの三人も良い感じの活躍をするのですが、少々気になったのはぶりぶりざえもんを優遇し過ぎな感があること。
    確か本作は、かつての声優の死去によって永久封印されかけたぶりぶりざえもんが、新たな声優を迎えて復活したことをアピールしていたと思うのですが、それにしても終盤の彼の活躍は少々多すぎた感がありました。
    元々ぶりぶりざえもん自体「基本的にクズだけど根は何だかんだ悪い奴じゃない」みたいなキャラなのだし、正当なヒーロー的活躍はアクション仮面とかカンタムロボ辺りに譲ってほしかったところ。まあ、キャラとしてそこまで違和感のある行動を取っているわけではないので目を瞑りましょう。

    最大の不満点はタイトルにもある「ラクガキングダム」に関する描写が希薄なこと。
    敵幹部っぽいキャラの大半は最初から最後までただ立ってるだけだし、事件を起こした張本人もこれと言った掘り下げは無し。姫や王についても主要人物になるかと思えば大した役割はありません。
    特に、結局最後までしんのすけたちがラクガキングダムに足を踏み入れることは無いので、ラクガキングダムはどんな世界で、どんな文化があるのかみたいな部分は具体的な描写がほとんど無いまま終わります。
    そのためファンタジックな世界観を期待して見るとかなり肩透かしを食らうでしょう。


    そんなわけで文句無しの傑作と言うほどではありませんが、暗黒期より後のクレしん映画らしい「安定して楽しめるクオリティ」といった感じでした。劇場で見ても損したとは思わないでしょう。
    このくらいのクオリティならば毎年の楽しみとして十分に期待できるレベルなので、次回作以降にも期待したいところです。




    過去作の感想・ランキング
    ゴミ
    駄作
    佳作~良作
    傑作・超傑作
    失われたひろし(これだけ後で観たので別)

  • 広告
  • レビュー記事:ドラゴンクエスト ユア・ストーリー

    2020-06-28 17:18

    私は普段、「劇場に映画を見に行く」ことを滅多にしません。
    まあ単純に値段の問題もあるし、作品が見たいだけならレンタルや動画サイトでの配信が始まってから見れば十分です。
    映画館ならではの臨場感というのも確かにありますが、一方で上映中に喋ったりスマホ弄ったりするアホのせいで現実に引き戻されることも多々あるので、まあ一長一短でしょう。
    わざわざ劇場に見に行くとすれば、「どうしても早く見たい」「間違ってもネタバレを喰らいたくない」みたいな理由があるときくらいです。

    そんな私が、唯一劇場で見なかったことを深く後悔していた映画がありました。
    それが、この「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」です。

    もはや説明不要の超絶クソ映画
    本作が上映される3週間ほど前に「トイ・ストーリー4」が上映され、正直かなり"否"寄りの賛否両論……つまり結構な批判を浴びていましたが(俺も感想を書いた)、こいつは格が違います。
    本当のクソ映画を教えてやると彗星が如くに現れたこの映画は、「ドラクエ」ファンを絶望の底に叩き落とす地獄のようなオチをもって話題をかっさらい、飛び交う怒号によってトイ・ストーリー4批判を一瞬にして流し去った恐るべき作品です。
    私は当時の、まるで祭りのような大騒ぎを眺めながら、「こんなに酷いなら逆にネタバレ無しで劇場で見て、衝撃を味わってみたかった」と後悔や寂しさを感じていたものです。

    で、まあ。
    結局今更になって視聴して感想記事を書くわけですが、当時私がこの映画を見なかったことには理由がありました。とりあえず、今回はそこから書いてゆきます。




    まず1つ目の問題は、単純にキャラクターデザインの問題です。
    予告映像や記事のスクリーンショットで何となく思った方も多いとは思いますが、特に女性キャラがかわいくない
    特にドラクエ5なんて「花嫁」がテーマなんだからヒロインは他の作品以上に魅力的に描く必要があるはずですが、このディズニーヒロインから愛嬌を抜き取ったようなデザインのヒロインと結婚したくなる奴はいるのか?
    鳥山絵をトレースしたようなCGが常に正しいと言うつもりはありませんが、本作のディズニーの出来損ないみたいなデザインには疑問しかありません。

    そして2つ目の問題は、そもそもドラクエ5を映画化して面白くなるとは思えなかった点
    ぶっちゃけこっちの問題の方が大部分です。

    さて、ドラクエ5の面白さとは何でしょうか
    勿論これは十人十色の解釈があると思いますが、私は「毎回違うプレイができる点」だと思っています。
    これは花嫁の選択のこともあるし、御存知の通りドラクエ5の仲間モンスターはランダムで加入するため、意識的に粘らない限りは2週、3週とプレイしても、今までと同じパーティ構成になることはまずありません。
    仲間が違えば当然戦略も変わってくるし、頭の中で思い描く物語も変わってくる。この、一度として同じものは無い旅こそがドラクエ5の旅であり、作中で描かれる「人生」なのだと思うのです。

    じゃあ、これが映画になるとどうか。
    言うまでもなく重婚なんかできるはずがない。嫁は誰か?
    予告映像にもポスターにも出ていないデボラは当然違う。ならばビアンカか、フローラか。
    どうせビアンカに決まってるじゃないですか
    それで仲間モンスターも当然、全員を主役級に扱えるはずもないので、メジャーな仲間モンスターで固められるに決まっている。具体的に言うならスラリン、ピエール、ゴレムスと、あとはキラーパンサー。で、キラーパンサーの名前は昨今の公式で完全に固定されたゲレゲレに決まってる
    こんな敷かれたレールの上を走っているだけの他人の人生を見せられて楽しいか?
    俺の子供の頃の相棒はピエールでもゴレムスでもなくサーラだったし、キラーパンサーの名前はボロンゴだ。

    もちろん「俺の好きなモンスターに活躍させろ」なんて言いたいわけではありません。
    ただ、ドラクエ5のストーリー自体はとっくに全部知ってるわけだし、それをテンプレ的な仲間で固められたテンプレ的な劇として描かれたとして、絶対面白くないじゃないですか。

    そんなわけで、ぶっちゃけ視聴前の印象は最悪だったわけです。
    まさか本当の最悪の意味を教えられるとは、夢にも思わずに

    さあ、そんなわけで前置きはこのくらいにして、いよいよ映画の内容に言及しましょう。
    なお今回も画像は直撮りです。なので画像が若干傾いていたり、画質や輝度がアレなのはご了承下さい。
    また、今回は「ドラクエ5のストーリー自体はおおむね知っている前提」「どうせクソ映画なのでネタバレ全開」の記事となります。



    おや?
    おいおい待てよ、ここは映画のスクリーンショットを貼るところじゃないのか?なんでSFCのゲーム画面を貼ってるんだ。と思ったか?こいつはれっきとした映画のスクリーンショットです

    はい。バカげていると思われるでしょうが、本作の序盤は映画でストーリーを表現せず、SFCのゲーム映像を中心に若干の注釈を加えたものを用いて幼年期のストーリーを説明します。
    もう、この時点で映画としてストーリーを描くことを放棄しているわけで、もはや一本の映画作品として成立していません。この時点で駄作未満の何かであることが確定しました。
    で、このゴミはそのまま、

     母 マーサは
     魔物たちに連れ去られた。

    と母の誘拐すら文字だけの演出で流し、幼年期終盤までを一気にかっ飛ばすため、実質映画の物語は主人公がヘンリーに会うところから始まります。




    このヘンリー、どういうわけか原作から口調が大胆にアレンジされており、一人称は「余」で、「○○するのだ!」といった話し方をするようになっています。
    この段階では大した問題ではないのですが、酷いのはこの尊大な言葉遣いと態度が青年時代後も続いていること。

    原作におけるヘンリーは幼年期の頃は生意気な悪ガキでしたが、後のパパスの死亡後、その原因が自分にあると責任を感じたことで今までの態度を改めていました。
    ですが本作のヘンリーはパパスの死亡後も主人公に対して「"王子様"を付けろ!」と命令するような性格になっており、あまつさえそれを「これは自分の性分だから変えられない」と正当化しています。
    で、後に主人公と別れるシーンでは「パパスの死の責任は俺にもあると考えている」みたいな事を言うんですが、じゃあ態度改めろよ
    なんだかもう既に酷いキャラ改悪が起こっていますが、本作においてこの程度の改悪は当たり前なので覚悟しておきましょう。

    とにかく幼年期をすっ飛ばしてパパス死亡、主人公たちは奴隷となり、その後脱走を企てるシーンになるわけですが、本作にマリアは登場しません
    これの何が問題かと言うと、原作においてはヘンリーとマリアが後に結婚し、ヘンリーから「お前も、そろそろ人生を共にする女性が欲しいと思ってるんじゃないか?」という台詞が出てくることで後のサラボナにおける主人公の結婚イベントに説得力を持たせる役割があったのですが、本作ではその発言も必然的にカットされてしまったことです。

    ついでに言うなら、原作ではそもそも脱走自体もマリアを助けたことでその兄ヨシュアの協力を受けて成功したことだったし、後にはそのヨシュアが神殿の片隅で息を引き取っているイベントにも繋がっていくのですが、本作ではそれらも一切カット、主人公たちの思いつきで脱出するだけなので、ドラマ性が大幅に削がれています。
    そして、さらに最悪なシーンへと続きます




    主人公たちが樽に潜んで脱走した直後、敵に発見され逃走劇が始まります。
    いや待てよ。直後に見つかるってことはこいつは脱走者を監視してたんだろうけど、じゃあ死体に混ざっての脱走が過去に何度も起こってるのか?なのに、樽を雑に流すだけのシステムを続けてるのか?バカじゃねえの?
    そもそも、この町は何だよ。原作じゃ神殿のあったセントベレス山のふもとに町なんか無かったぞ。

    原作では主人公たちは気を失ったまま遠く離れた修道院に流れ着き奇跡的に命が助かるのですが、本作では樽が着水した時点から主人公たちはピンピンしてるし、この監視システムの意味不明さ、そして先述のドラマ性の減少も合わせて「決死の脱走劇」感がちっとも無いんですよ。

    まあとにかく、運良くふもとの町にいたプサンに拾われて助かった主人公たちは、晴れて自由の身へ。
    プサンの立ち位置も原作とはかなり変わっていますが、まあこの点はトロッコで延々遊んでいた原作の方が意味不明だったので、この改変点は悪くはないと思います。なぜかデザインが原型を全く留めない白髪の老人に変わっているのは謎ですが。

    そして、ラインハットに到着した主人公たち。
    マリアもいないし、ラインハットなんて描かなくてもストーリーは進むと考えたのでしょう。本作ではデールとの再会やラインハットに入り込んだ魔物との闘いは一切描かれません。
    直後のシーンで平和そうなサンタローズの様子と「変わってないな、サンタローズは」という主人公の台詞があるので、どうにも本作ではニセ太閤そのものが存在せず、ラインハットもサンタローズも平和そのもののようです。いやあ、ほんとによかったね!

    さて、それからサンタローズに主人公が到着し、パパスの手紙を読み真意を知るわけですが。
    天空の剣はどういうわけかルドマンが盾の代わりに所持している設定に変更されたため、パパスは天空の剣を見つけていません。さらに「天空の勇者とはきっと主人公のことだろう」と、その正体を勘違いしています。原作と違って無能感が凄まじい……。
    で、代わりとでも言うべきかサンチョが所持していたパパスの剣を託されるわけですが、これがまた別の問題を生んでいます。




    原作でパパスの剣を所持していたのはキラーパンサーでした。
    これはパパスの死後、唯一その場に残されたのがベビーパンサーだったので自然な流れだったし、野生に帰ってもパパスの剣を大切に護っていたキラーパンサーの思いを象徴する存在ともなっていました。

    ですが本作では先述の通りパパスの剣をサンチョに渡されるし、幼年期のビアンカは映画上に登場すらしないため当然ビアンカのリボンもなく、主人公とキラーパンサーを繋ぐものが何一つ存在しなくなっています
    で、本作では上の画像のようにキラーパンサーに襲われる……と思ったらキラーパンサーが懐いてきた!お前はゲレゲレじゃん!とアッサリ仲間になります。
    なぜ、ただ友好的だっただけでゲレゲレだと理解したのかも分からないし、ドラマ性の欠片もありません。
    これがせめて、ビアンカのリボンが無いにしたって、キラーパンサーがパパスの剣を必死に護っている姿を見てゲレゲレだと気付いた……とかなら、まだ説得力もドラマ性もあったわけじゃないですか。それすらない。
    映画の上映時間の制限上、どうしてもカットしたり簡略化しなきゃいけない部分があるのは仕方ないし、改変自体が悪いとは言いません。ですがとにかく本作は、必要性のない部分も無駄に改変しまくって、結果原作では意味のあった行動を形骸化させまくってるんですよ。




    とにかく、次はサラボナだ。PVの時点でブッサイクだったフローラがついに登場。
    屋敷を駆け出して転倒し、「イッタ~」(字幕そのまんま)と呟く様からは原作のお淑やかな様子は微塵もありません。
    まあ、彼女はもう一人のヒロインと比べたら遥かにマシな改悪なのでどうでもいいです。

    もう一人のヒロイン。そう、皆さんご存知、ビアンカです。




    誰?
    顔も話し方も似てないのもそうなんですが、先述の通りそもそも本作に幼年期のビアンカは登場すらしないので、視聴者は完全に初対面です知るかよこんなブス

    そしてこのビアンカ様が、本作最大の問題要素です。
    これは直接見せた方が早いと思うので、以下の画像をご覧下さい。












    誰?

    これは字幕のミスでデボラの台詞と入れ替わったわけではなく、れっきとした本作のビアンカの台詞です。何度も言いますが、マジで誰だ?
    もはや今更説明するのもアホらしいですが、原作のビアンカは主人公よりも歳上であるためか少しお姉さんぶりたがるところがありましたが、基本的には落ち着いた貞淑な女性でした。主人公を呼ぶ時は名前か、あるいは「あなた」です。少なくとも俺が記憶している範囲で「あんた」なんて呼び方をしていたことは一度もありません。
    女の子扱いしてくれてんだ?」とか、「クッソ~」なんて下品で無遠慮な言動を繰り返す人物では、断じてありません。

    どうにも彼女は、やけにオーバーな身振り手振りのリアクションも目立つため、まず間違いなく「(主にポリコレに配慮した)ディズニーの活発で強い女性ヒロイン」みたいなキャラクター性を意識していると思われるのですが、そもそもビアンカがそんなキャラじゃないとは思わなかったようです
    マジで原作のビアンカと全く言動が似ても似つかない、これでは名前と見た目が同じだけの……あっ見た目も似てなかった名前が同じだけの完全オリジナルキャラです

    製作陣はドラクエ5というくだらないゲーム世界の住人が嫌いで嫌いで仕方がないようです




    まあとにかく、このビアンカ様とブオーンを討伐、その後「子供の頃から背中を任せられる相棒はお前だけだった」などとペラッペラの台詞を吐いて結婚します。幼年期をカットしたせいで映画上では子供の頃にビアンカに背中を任せたシーンなんて一度も登場してないのに
    と言うか原作ですらレヌール城の探索に一晩付き合っただけの仲なんだから、長い付き合いの相棒みたいな台詞自体が根本的にズレています。ヘンリーの方が10年も付き合い長いぞ

    それはそうとここで注目したいのは、本作ではフローラとの結婚の条件が「炎と水のリングの入手」ではなく、「ブオーン討伐」に変わっていること。
    原作の場合は貴重な指輪を入手できるほどの強い男であることを見極めるついでに結婚指輪も用意できる、道楽まがいながらも理に適った条件でしたが、本作ではどうか。

    まず、本作ではそもそもブオーンが封印されておらず、既にサラボナの町を脅かしているような様子があるのですが、こんなもん無条件で討伐隊を募るべき案件じゃないですか
    なのに街全体の危機を放置して、娘との結婚条件としてブオーン討伐を掲げるルドマン。これサイコパスか何かじゃないのか?
    で、町の人の話によると「既に何人もの男がブオーン討伐に行ったが、一人も戻らなかった」らしいのですが。ブオーンもブオーンで、何度も命を狙われているのにサラボナを完全に滅ぼそうとせず、中途半端に家とかを壊すだけで放置しているのがまた意味不明です。こいつ本当に邪悪な魔物なの?

    その後の闘いで主人公に剣を突きつけられ、「選ぶんだブオーン。ここで死ぬか、忠誠を誓うか」と脅された際には、あっさりと「オデは死にたくねえ」と主人公の配下になったため、ブオーンは魔王の配下として人間と敵対していたわけでもない様子。
    (と言うか原作では「愛を持って戦うことで仲間にする」みたいな設定だったのに、本作では100%純然たる脅しです。これもひでえな)

    なあ、これってもしかして、何も悪い事してない野生の魔物のブオーンをルドマンが刺激して、そのせいで街中に被害が出てたのでは……?




    不穏な雰囲気が出てきたところで、さらに不穏なシーンです。
    何だかんだでビアンカと結婚した主人公。ダイジェストで出産までの流れが描かれたと思ったら、暮らしていた家(たぶん最初と同じサンタローズ)が、ゲマ率いる敵の一団に襲撃されます。

    本作にグランバニア城は登場しません当然主人公やパパスが王族だとも判明しません。ビアンカがわざわざ主人公との再会時に「リュカ・エル・ケル・グランバニア」と気安く呼んでいますが、グランバニアなんて国は登場しません。パパスは最後まで「謎の強い父親」です。
    そして、パーティ後に妻が連れ去られるイベントもありません。
    個人的にドラクエ5の台詞の中でも、妻が連れ去られた後にサンチョが言う「これではまるで20年前のあの日と……。いえ、同じにさせてなるものですかっ!」は最高にカッコ良くて大好きなんですが、この台詞も出てきません
    とにかく、ゲマに襲撃されて主人公たちは敗北し、主人公は石にされ、ビアンカは連れ去られます。

    ところでこのゲマ、意図的なアレンジなのかただ単に脚本家が丁寧語が苦手なのか、口調に違和感のあるシーンが多いです(上の「目覚めてくれないんでね」もその一つ)。
    どうにも性格自体が「紳士を装っているが本性は残虐」みたいに改変されてるようで、激しい口調で話すシーンも目立ちます。
    その際たる台詞がこれでしょう。

    「そこで見ていてください 世界が暗黒に沈む様をな ハッハッハッ…」

    「ごらんなさい」ならともかく、「見ていてください」って言い方は原作のゲマと比べるとかなり違和感があるし、その後ろの台詞は完全に別のキャラです。
    デザイン自体はそこそこアレンジが入りながらも原作以上に不気味でいやらしい感じが出ていて結構好きなんですが、キャラとしてはかなり安っぽくなっちゃったなあ、という印象。

    さて、そしてこのゲマ、連れ去ったビアンカをマーサの元へと連れてゆきます。
    「魔界と現世を繋ぐ門を開くためにはマーサが必要」というのは原作と同じですが、原作ではマーサが魔界側にいたのに対し本作では現世側にいて、門を開けと迫るゲマの要求を拒み続けています。
    で、ゲマは「門を開く呪文さえ聞き出せば、同じ天空人のビアンカでも門を開ける。マーサから呪文を聞き出せ」とビアンカに要求するわけですが。
    普通に考えて、マーサに門を開く意志がないんだからビアンカに聞かれたって答えるわけないじゃないですか。だから、ビアンカの命を人質にとったりしてマーサを脅したりするのかと思えばそれもしない。
    結局ビアンカが門を開かず、抵抗したので石化させて終わり。このゲマ、ものすごくバカなのでは?




    そんなこんなで青年時代前半は終了し、後半へ。
    主人公の名前は小説版の名前を無断で使ったくせに、子供の名前はなぜかアルス(小説だとティミー)。
    主人公は彼が戦う様子を見て「その太刀筋は……アルス!?」と気付きますが、お前赤ん坊の頃しか見てないだろ
    あと、娘は登場すらしません。まあ、原作でもいてもいなくてもいいような立場だったので仕方ない気もしますが、これのせいで「娘がかわいい」という評価点すら失っています。
    いや、でもあのビアンカの娘なら多分かわいくはないなじゃあ出なくていいや

    そして次はビアンカの救出。
    マスタードラゴンの力を借りようとするもののドラゴンオーブが無く、それを手に入れるために妖精の力で過去へ。(本作ではレヌール城で入手したのがゴールドオーブではなく、ドラゴンオーブになっている)
    ベラと一緒に妖精界を旅したシーンなんてものは存在しないので、もはやこの辺のシーンは完全に流れ作業です。妖精の住処に行くためにキラーマシンの放った矢にスラリンが食らいつき、そのスラリンを掴んで主人公が空を飛ぶなどという物理法則を無視したアクションシーンが加わっていますが、もう真面目にコメントするのもアホらしいです。



    とにかくマスタードラゴンが力を取り戻したので、セントベレス山を登って決戦地へ。
    待ち構えていたゲマたちとの決戦になるものの、予想以上の敵の力に主人公たちはピンチ。

    そこで颯爽と駆けつけたのはヘンリー率いる巨大な船と、そしてブオーンたちでした。
    ……この船、どうやって来たんだ?

    マスタードラゴンは主人公たちを運んできたばかりだし、ゲマの攻撃で負傷もしていたので、一瞬にして下界に戻って彼らを運んでくる力は無かったでしょう。
    じゃあブオーンが運んできたのか?でもブオーンは見た感じ明らかに船の後ろから飛んできてるし……ってちょっと待てそもそもブオーンが普通に飛んで来られるならマスタードラゴンいらなかったじゃねえか
    ヘンリーの援軍自体は熱いシーンになれたはずなのに、この矛盾のせいで「妖精界に行って過去に遡り、オーブをすり替えて手に入れ、マスタードラゴンを復活させる」までのシーンが丸ごと茶番と化しました。酷すぎる。

    さあ、そして。
    なぜか魔界から流れ込んできた力でパワーアップしたゲマがマーサの力を吸収、魔界の門を開きます。それを勇者が阻止しようとすると、世界が停止し……




    (ミルドラース)
    このカッコ書き無しでこいつがミルドラースだと理解できる人は多分地球に一人もいないでしょう。まあこいつ、「ミルドラースに偽装して入り込んだウィルス」らしいので、ミルドラースじゃないんですが。

    そう、伝説のちゃぶ台返しです。
    もうこの先に関しては今更私が語る必要もないと思います。
    ここはバーチャルゲームの世界で、ウィルスを作ったやつはゲームが嫌い。「大人になれ」と言ってゲーム世界を破壊しようとするが、実はアンチウィルスプログラムだったスラリンの力でウィルスを倒し、世界も修復してハッピーエンドです。





    さて。
    この映画、世間的にも最終的な評価はゴミクソなのですが、実は微妙に評価が割れていました。「ラスト以外は良かった派」と「ラスト以外も全部ダメ派」です。
    なので、その「ラスト以外の部分はどうなのか」を見たかったというのも、私が本作を視聴した大きな理由でした。

    ここまで読んでくださった方ならもうご理解いただけていると思いますが、私は完全に「ラスト以外も全部ダメ派」です。と言うかこの内容で「ラスト以外は良かった」と思う人、頭おかしいんじゃないですか?

    この映画は「原作を知らない人」「知っている人」どちらに対しても、まったく最悪としか言うほかのない内容です。
    原作を知らない人にとっては、ヘンリー登場からパパス死亡まで3分の超ダイジェスト幼年期を始めとした、原作の有名さにあぐらをかいた「このぐらい分かってるだろ」なストーリー進行により、何もかもが意味不明。
    少なくともこの映画に「本作は"ドラゴンクエスト5"を未プレイの方の視聴は想定していません」みたいな注意書きはありません。ならば、たとえ主要な客層としてドラクエ5のプレイヤーを想定していたとしても、映画館で一般に公開する以上は「一本の映画として楽しめるように作る」のは最低条件のはずです。
    なのに、本作はそれを放り出した。そもそも一本の作品として成立してないんですよ。なのでこれは厳密には映画と呼ぶべきではありません。映画のようなゴミです。

    で、原作を知っている人にとっては見ての通りです。
    無意味な改変により原作における見せ場、キャラクターとしての魅力を全て奪われたパパス、ヘンリー、ルドマン、キラーパンサー、サンチョ。そしてその集大成とも言える、ディズニーヒロインの出来損ないみたいな原作要素ゼロのビアンカ
    異常なまでに頭の悪いゲマと、存在すら奪われたミルドラース
    「どうせピエールやゴレムスが中心だろ」と思っていましたが、まさかそれすら出てこないとは思いませんでした。

    実のところ、確かにこの「ちゃぶ台返しオチ」は監督の自己満足でしかない問題だらけの内容でしたが、「インパクトのあるオチをやろうとした」事自体は評価できなくもないと思っていたのです。
    先述の通り、私は「普通にドラクエ5を映画化しても絶対つまらない」と思っていたので、大胆な改変を入れようとした事自体が間違っていたとは、あまり思っていません。
    ただ、本作の場合、オチ以前に全てが終わっていた。それだけなのです。
    正直な所、本編があまりにもゴミすぎたせいで、あらかじめ知っていたラストのちゃぶ台返しが相対的にマシなシーンにすら思えました。(だから実際、個人的な批判をほぼ書いていない)

    評価点を探すとすれば、あまりに酷すぎるビアンカ様の台詞が一周して面白くなってくることくらいでしょうか。ブログに貼るために彼女の台詞の写真を撮ってる時はメチャ楽しかったです。
    ただ、生粋のビアンカ派の人が見た場合に負うであろうダメージを考えると、勧める気には全くなりませんが。

    とにかくこの映画のようなゴミ、ラストばかり話題になっていますが、ラスト以外の方がもっと酷いことは広まってほしいと思います。




  • 映画クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン 〜失われたひろし〜 感想

    2020-04-19 21:033

    ようやくこの時がやってきました。
    以前、クレヨンしんちゃん映画"ほぼ"全作のレビューとランキングを行った際、唯一見ていなかった作品が、この「新婚旅行ハリケーン 〜失われたひろし〜」です。
    当時は動画配信サービスにもレンタルビデオ店にも存在しませんでしたが、公開から一年ほどが経過した今、ようやく近所のTSUTAYAでレンタルDVDを発見したので視聴が叶いました。

    結論から言ってしまうと普通に面白かったです。
    クレしん映画作品全27作中、個人的ランク付けをするなら10位といったところでしょうか。
    文句なし、最高!と言う程ではないですが、安心して「面白いよ」と他人にも勧められるくらいのクオリティでした。

    ちなみに、本作からしんのすけ役の声優が矢島晶子氏から小林由美子氏へ移っています。
    流石に区別が付かないほど同じ声・演技ではありませんが、普通に聞いている分には違和感はありません。新しい人の方がやや高めの声だな、といった程度。
    ただ、台詞によっては若干演技臭い喋り方になっているように感じる時があって、何と言うか、まだ「しんのすけの声」を模索している最中かな?みたいな印象がありました。
    ただ単に私が聞き慣れてないのでそう感じているだけかもしれませんが。


    そんなわけで、これから詳細な感想に移りますが、今回は公開済みの作品では最新作であること、及び普通に面白い方だったことを考慮してネタバレはやや控えめで行きます。未視聴の方でも多分大丈夫です。
    また、今回は先述の通りプライムビデオではなくレンタルDVDでの視聴なのですが、コピーガードか何かの関係なのかPCでは視聴できなかったのでテレビで視聴しており、録画環境がないために画像は直撮りです。





    本作のストーリーを大雑把に言うと、新婚旅行先で拐われたひろしを取り返すために奮闘するお話です。
    ひろしとみさえの新婚旅行、というのは映画27作目にして取り扱うにはかなり今更感のある題材ですが、映画の世界はパラレルのはずなので時系列的な問題は多分無いんでしょう。

    序盤はのんびりとした旅行シーンですが、単純に楽しい旅行の雰囲気はよく出ているし、ダンスパーティのシーンは音楽も相まって中々に盛り上がります。
    一方で「新婚旅行」として夫婦関係を意識するひろし・みさえのやり取りも見逃せず、お互いの台詞一つ一つが後のシーンに繋がってくる巧みな構成で二人の期待・不満・すれ違いがしっかり描かれており、この序盤部分だけでもしっかりアニメの一話分くらいの起承転結が出来上がっています。




    そこから、ひろしが「宝を得る鍵」として連れ去られたことで物語は大きく軌道を変えてゆき、しんのすけとみさえ、そしてゲストキャラのインディ・ジュンコの三人によるアクションが中心となります。

    このインディ・ジュンコですが、序盤は身勝手な上にやたらと上から目線な言動が多く、お世辞にも好感を持てる人物像ではありません。ぶっちゃけ最初のうちは「カスカベ野生王国」のゲストキャラの再来かと思いました。
    ですが、彼女の場合しんのすけによって幾度となく煮え湯を飲まされ三枚目を演じさせられたり、一方でみさえとの間に徐々に友情を育んでいったりとギャグ・シリアス両面でどんどんと魅力的になってきます。この辺りも、本作の構成の巧みさが光る所ですね。

    ところで彼女の名前やしんのすけの衣装を見ても本作は「インディ・ジョーンズ」を意識しているようですが、悲しいかな私はインディ・ジョーンズについてほとんど知らないので作中にパロディ・オマージュ系の要素がどれだけあったのかはよく分かりません。
    同シリーズのファンであればニヤリと来る場面があるのかもしれません。





    少々気になった不満点は、大本のストーリーがやや単調なこと。
    と言うか、ひろしが拐われた中盤以降は目的が「ひろしを見つけて助ける」のまま最後まで変わらず、新たな敵が現れるとか隠されていた真実が明らかになるとか、そういった発見が特にありません。
    一応、「姫」の正体については最後まで引っ張られるのですが、雰囲気的に「普通のお姫様ではないんだろうな」と大体予想できてしまいます。

    それぞれのシーンは"クレヨンしんちゃん"らしい、小気味よくもシュールな会話とアクションで彩られており決して退屈はしませんが、「この先、物語がどう展開してゆくのか」というドキドキ感はイマイチ弱め。
    また、ラスボスとの決着……と言うかラスボスが改心するまでの流れはかなりアッサリ気味です。相手が相手なのでガチの戦いや長々とした説得も難しかったのでしょうが、肩透かし感があったのは否めません。




    ということで、本作の感想を一言で表すなら「メインのストーリーが少々物足りないが、それぞれのシーンはどこを見ても良くできている」といった感じです。
    ものすごく盛り上がるシーンがあるとか、感動して涙が出るようなシーンがあるわけではありませんが、クレヨンしんちゃん映画としてのアクションやギャグ、そして家族愛などの要素はどこを見ても一通り押さえられており、単純に楽しめます。
    ストーリーがやや単調なのも、子供でも分かりやすく気軽に楽しみやすいという意味ではそこまで悪いものでもありません(カスカベボーイズはメチャクチャ面白かったけど、あんな重苦しい話がクレしん映画のスタンダードになられても困るし)。


    クレヨンしんちゃん映画、27作品。
    いわゆる「暗黒期」の頃は本当にゲロ吐きそうになるような超絶大駄作が8作くらい連続で出たりもしていましたが、「バカうまっ!B級グルメサバイバル!!」あたりから先の作品はどれも中々の作品が揃っており、特に「爆睡!ユメミーワールド大突撃」は歴代でも上位に入るくらいの大傑作でした。
    そして本作も十分に楽しめる内容だったため、次回作「激突! ラクガキングダムとほぼ四人の勇者」についても中々期待ができる……と思っていたら、昨今世間を騒がせている新型肺炎の影響で公開が延期になってしまったようです。
    少々お預けを喰らう事となってしまいましたが、ともかく次は公開され次第劇場で視聴してみようと思います。ここまで27作見てきたのだし、この先のクレヨンしんちゃん映画の行く先を是非とも見届けてゆきたいです。