「ボーイッシュでスポーティなボクっ娘」をブッ飛ばせ!!
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「ボーイッシュでスポーティなボクっ娘」をブッ飛ばせ!!

2017-10-05 00:31
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「萌え属性」という言葉があります。
まあ、今となっては「萌え」なんて言葉自体が死語と化しつつある気もしますが、その意味についてはおおよその人が理解していることでしょう。
言ってみればキャラクターの「個性のタグ付け」であり、「お嬢様キャラ」とか、「ツンデレキャラ」なんて具合に、簡潔にキャラクターを紹介したい場合には便利な表現なのですが、こうした「タグ付け」によるキャラクターの表現は時として誤解を招く場合もあります。
個人的には、「べっ、別にあんたのことなんて好きなんかじゃないんだからねっ!」といった感じの「いわゆるツンデレキャラの台詞」がタグとして独り歩きした結果、別にツンデレでも何でもない発言でも「べっ、別に~」という言い回しが登場するだけで「ツンデレ発言」なんて扱われていることが昔から気になっていたりします。
また、「序盤はメガネをかけているが、途中で外すキャラ」を「メガネキャラ」と形容してよいのか?など、タグとしての情報では表現に困る場面もあり、こうした表現の個人差から、他者との軋轢が発生することも珍しくありません。
萌え属性という話からは少し脱線しますが、過去に私は「M向け」と銘打ってあるエロ雑誌を買ったのに中身はただのおねショタ雑誌だったという経験があり、その際は「M向けとおねショタを一緒にすんな!!」とブチギレました。
とにかく、一言での表現にはどうしても限界があり、そこに秘められる意味は個人によって様々、自分から見れば同じようなものでも、他人にとっては「全然ちげーよ!!」と言いたくなるものであることが珍しくありません。

で、ボクっ娘。
いわゆる萌え属性としてはそれなりにポピュラーなもので、要するに一人称が「ボク」の女の子を差した言葉です。厳密には「僕」と「ボク」ではまた違うと言う人も居たりしますが、この区別に関しては個人の感性による部分が非常に大きいため一旦除外し、今回は同じものとして扱います。
ここで、わざわざテーマにして記事を書くってことはボクっ娘が好きなんだろうなと考える人が居そうなので書いてしまうと私はボクっ娘が特別好きでもないんですが、「好きなボクっ娘、嫌いなボクっ娘」という"こだわり"は確かに持っています。
結論から書いてしまうと、私は「スポーティでボーイッシュなボクっ娘」というやつが嫌いなのです。
というわけでここから色々と書いてゆきますが、あくまで本記事の内容は私の個人的な好みの話であって、別にスポーティなボクっ娘が好きな人の意見を否定するものではない、という点はあらかじめ補足しておきます。




そもそも、なんで特別好きでもないボクっ娘について語ろうと思ったのかという話ですが、発端は以前レビューを書いた「カスタムメイド3D2」というアダルトゲームの追加性格でした。
この作品、メイドを雇ってイチャイチャするのが目的のゲームなのに、メイドの性格パターンがデフォルトでは3種類しかなく、4人以上メイドを雇う場合は確実に既存キャラのクローンが誕生するという点が大きな不満で、実際他のプレイヤーからも要望が多かったのか、のちに追加の性格が複数配信されています(ただし有料で、値段は結構高い)。
そして、ここで出てきたのが「健康的でスポーティなボクっ娘」です。

さて、ここで私がなぜ「スポーティなボクっ娘」が嫌いなのかという話ですが、ざっくり言うと「キャラクター作りとして雑に感じるから」です。
スポーツと言えば男性的なもの、男性的な女性と言えばボーイッシュ、じゃあ一人称はボクでいいや。そんな安直な連想ゲームによって決定された一人称。そんな印象を受けるのです。


ここで一つ、日本のボクっ娘の元祖と言われるリボンの騎士について触れておきましょう。
この作品は女性の主人公が男装して悪と戦う作品で、主人公の一人称が「ボク」なのですが、個人的にこの主人公は「良いボクっ娘」だと思っています。
と言うのも、この主人公は「男性にしか王位継承権が無いから」という理由で男として振る舞う必要性がしっかり存在しているし、身分を考えても「俺」という一人称を使うわけにもいかないでしょう。要するに「ボク」という一人称を使う背景について正統性があるためです。
とにかく、私にとっては「『ボク』という一人称を選択する正統性」という部分が重要で、「スポーティなボクっ娘」にはその正当性が無いのが嫌なのです。
「スポーティなボクっ娘」の一人称が「ボク」となる理由は、多少の差はあるものの、おおよそ「小さな頃からスポーツが好きで、男友達と一緒に遊んでいるうちに男みたいな喋り方、スタイルになった」というものが大多数でしょう。
しかし、この理由付けには二つの問題があります。

さて、ここからしばらく自分語りをしますが、私は小学校の高学年くらいの頃から、「」という一人称を使うようになりました。
このくらいの年齢は、ちょうど周囲の男子たちが一人称を「」から「」にシフトさせてきた頃で、私も自分の一人称を「俺」にするべきかどうかと悩んでいました。
しかし、あろうことか当時の私は「紳士的なキャラクターがカッコイイ」と考え、あえて「俺」という一人称を避け、「私」という一人称を使い始めたのです。
冷静に考えると、立ち振る舞いや言葉遣いの全てを変えたわけでもないのに一人称を「私」にしただけで紳士的になるはずもないのですが、なにせ小学生の考える事なのでそんな事は気にもかけず、私は「私」という一人称を選択して満悦でした。
ですが、当然というべきか周囲からはツッコミの嵐。同級生は勿論、教師からも「なんで『私』って言ってるの?」と指摘され続けたのですが、一度「私」と言い始めた手前、後から「俺」と言い換えることもできず、頑なに「私」という一人称を使い続けていました。
成人した今となっては奇異の目で見られることもなくなりましたが、当時は散々「ヘンな奴」という扱いを受けることになったのを記憶しています。
もっとも、これは完全に私の自業自得なので、周囲の扱いに対してあれこれ言うつもりは一切ありません。

ただ、ここから言えることが二つあります。
まず一つ目は「妙な一人称を使っていれば大体周囲からツッコミが入る」という点です。
男子が「私」という一人称を選択するように、女子が「ボク」という一人称を常用していれば、親兄弟や周囲の友人、あるいは教師など、周囲の人物から「女なのに『ボク』という一人称を使うのか?」という指摘は幾度となく受けることでしょう。
ここで、単に男子に引っ張られて「ボク」という一人称になっていただけの女子ならば、面倒事を避けるためにも「私」「あたし」あたりの一人称に替える方が自然です。
私の場合は相当なひねくれ者だったため、何を言われても「私」で押し通してきましたが、「いわゆるボーイッシュな女子(快活で素直な人物)」が、特に理由も無いのに周囲から指摘され続けても頑なに「ボク」という一人称を選択し続けるというのは、どうにも不自然です。

そしてもう一つが、「小学校高学年くらいから、男子の一人称は『俺』に変わる」という点。
もしも男子と一緒に過ごしていて、それに引っ張られたという設定なら、ボクっ娘もこの辺りの年齢で俺っ娘に変わる方が自然であり、もしも『ボク』という一人称を使い続けるならば、『ボク』と『俺』、そして『私』という選択肢を比較した上で、あえて『ボク』を選んで使い続けているということになります。

いくら男子みたいにしてても、『俺』はちょっとガサツすぎるな~、でも『私』じゃあただの女の子になっちゃうし、『ボク』がちょうどいいや♪

こんな、あざとく自分の魅力を引き出す一人称をじっくり考えて選択するのはボーイッシュでスポーティな少女のやる事じゃねえだろ
つまるところ、キャラクターの視点で深く考えず、キャラクターの製作者の視点で「『ボク』くらいがちょうどよくて可愛いだろう」という雑な判断で一人称を設定し、背景設定としても「男っぽい一人称なのは男とよく遊んでたから」と雑に設定したから、こんな矛盾が起こる。
そんな状況が透けて見えるわけです。

しかし、ここまで長々と書きましたが、この話は完全に自分の現実での体験と照らし合わせた上での話なので、「架空の物語に現実の物差し持ち込んでんじゃねーよバーカ」と言われたら私は何の反論もできません



雑な作りのボクっ娘として特に腹が立つのが、「女の子らしくなりたい!」と思っているタイプのボクっ娘です。
かつて私が「アイドルマスター(初代)」をプレイし、菊地真というキャラクターを見たときは「ブッ飛ばしてやろうか」と思いました。何せこの野郎、自分はれっきとした「乙女」だとか、女らしくなりたいとか言うくせに、見ての通りのショートカットで一人称はボク、ついでに私服もズボンだ。女らしくなる気あんのか?
これが仮に、髪を伸ばして一人称も「私」あたりにして、スカートを穿いて、それでも細かな言葉遣いや仕草が男っぽいと言われて困っている、とかならまだ分かるんですよ。
どう考えても自分から男らしくなろうとしているとしか思えないような恰好や喋り方をしておいて、女らしくなりたいってどの口が言ってるんだよ、マジで。

これはボクっ娘に限った事ではないですが、奇特な設定を通すためにキャラクターの知能を低下させんな!!
この手の例として一つ、私が不満を持っているものを出すと「料理が下手なキャラ」です。
ここで言う「料理が下手」と言うのは一般的な範囲で下手なのではなく、昔の漫画でよく見た「真っ黒コゲの料理や毒物を味見もせずに作り、自信満々で他人(主人公など)に食べさせようとするキャラ」のことです。
別に、一般的な範囲で料理が下手なのならば、それも愛嬌でしょう。しかし、前述のような例になると明らかに「料理が下手」では済まず、どう考えても知能に障害があるとしか思えない人物になります。これじゃ愛嬌でも何でもない、ギャグとしてもただ不愉快なだけです。

これはさらに別の場合にも言えて、例えば、しばらく前に「暴力系ヒロイン」がバッシングを受けていたこともありましたが、これについても私は、問題は「知能に障害があること」であって、別に暴力を振るうこと自体が悪なのではない、と考えています。
主人公がヒロインの風呂を覗いて殴られるとか、浮気をして殴られるとか、それならばヒロインの側にも「正当な理由」が存在するため、特に不愉快にはなりません。
しかし、これが明らかに主人公に非のないラッキースケベで殴られるとか、別にヒロインと付き合っているわけでもないのに、他の女と仲良くしていたら嫉妬されて殴られるとか、「理不尽な理由」で殴られるからダメなのです。だってこれじゃただヒロインが嫌な奴じゃん

ところで、上では菊地真というキャラクターについて相当ボロカスに書きましたが、彼女の名誉のために補足しておくと、彼女は「父親から男として育てられ、趣味も男性的なものを強要されていた」という虐待まがいの育児をされていた設定があり、後のシリーズでは髪を伸ばしたり、一人称を変えようともしているため、初対面の印象が悪かっただけでちゃんと話を進めた後では別に嫌いなキャラクターではありません。一応。


というわけで否定的な意見ばかり書いてきましたが、あくまで私は「安直な考えで作られた(と思われる)ボーイッシュでスポーティなボクっ娘」が嫌いなのであって、ボクっ娘という種族自体が丸ごと嫌いなわけではありません。
ですが、「じゃあどんな奴なら好きなんだよ?」と聞かれると、比較的ピンと来るのがアイドルマスターシンデレラガールズから登場した二宮飛鳥


いわゆる「邪気眼系中二病」とは別ベクトルの中二病キャラで、結構アイタタタな発言も目立ち、それを当人も自覚しているくせに直す気がない、という嫌な方向でリアルな人物。
前述の通り、私は「相当なひねくれ者でもない限り、妙な一人称を使い続けることはない」という考えのため、こうした「ひねくれ者」にこそボクっ娘というキャラクターは適切だと考えています。
じゃあ彼女がキャラクターとしてものすごく好きなのかと聞かれたら別にそうでもないんですが、「ボクっ娘」というキャラクターの方向性として私が適切だと感じるのはこうしたキャラクターです。
結局、なぜ大して好きでもないボクっ娘という属性について長々と語ったのかと言うと「ボクっ娘ならボーイッシュでスポーティにすればいいんだろ」という粗製乱造的な考えで作られるボクっ娘は本当にクソだと思うため、雑なボーイッシュで溢れたボクっ娘界隈に一石を投じるようなつもりで書いたん……だっけ?
あと、ひねくれ者系のボクっ娘キャラがいたら教えてください。グッズ買うから。
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ではFate/Grand Orderの哪吒(蘇生時に女の身体になってしまった元少年、意識はそのままなので当然ボクっ子)みたいなのはOKというわけですね。意識が男なら一人称そのままでもいいわけですし。
27ヶ月前
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意識が男の場合、ジャンルとしてはボクっ娘よりも女体化に分類されると思いますね。
この辺は人によって判断が分かれると思いますが、そのような例だと私はそもそもボクっ娘だと考えていません。(女体化は苦手だし)
27ヶ月前
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