宇宙船
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

宇宙船

2019-12-10 01:10
    気付けば最後の更新が4ヶ月半も前になっていました。
    色々あって私生活に多少の変化が訪れ、まあいきなり劇的に生活が変わったわけでは無いのですが、以前と比べると若干ドタバタしたり精神が不安定になったりすることが多かったので、「もうちょっと落ち着いてきたら書こう」と思っているうちにこんな時期に。

    なんだか間が空いてしまうと、「間を開けた分、良い記事を書かなければ」みたいな、強迫観念じみたものを(勝手に)抱くようになっていて、そのせいで余計に更新の手が止まっていました。
    今でもこのブログの更新を待っている人物が果たして地球に何人いるのか分かりませんが、あんまり長期的に放置するのは私としても不本意なので(これも3回くらい書いてる気がする)、いちいち記事のクオリティだの何だのと考えず、もう好き放題に書いてしまおうと開き直った次第です。
    とりあえず、ここ最近「クレヨンしんちゃん」の映画をほぼ全作視聴しまして、色々と書きたいことも出てきたので近日中に全作品の簡易的なレビューでも書こうと思っているのですが、今回は文章のリハビリがてら、また昔の自分の話でもしましょう。



    中学くらいの頃、俺の趣味は「妄想」だった。
    もちろん読書だとかゲームだとか違う趣味もあって、別に四六時中妄想するしかやる事がなかったわけじゃないんだが、妄想に浸る時間が多かったのは事実だ。なにせ、妄想には何の道具も必要ないし、時も場所も選ばない。
    家にいて暇な時、学校の退屈な集会中、あるいは通学中や買い物に出かけた移動中にも、だ。
    当時はスマホどころか携帯電話も普及しきっていないくらいで、大人はともかく、貧困家庭の中学生の俺なんかがホイホイ買って貰えるような代物じゃなかった。第一、あの頃は「カメラ付きケータイ」が話題になってたような時代だったから、もし持ってたって、ゲームもネット巡回も出来やしないし、暇潰しにもならなかったんだが。

    だから、とにかくあの頃は妄想が友達だった。
    上手い具合に妄想に集中できた時は、一種のトリップ状態みたいになって、周りの音すら聞こえなくなる。意図して妄想の世界を作っているのか、それとも眠って夢を見ているのか、それも分からないくらいになる。
    大抵の場合は、理想の強くてカッコイイ自分を思い描いて、俺はどこだか知らない世界で英雄になっていた。漫画に出てきた美少女を何人も侍らせて、多くの人々に見守られながら、あっちこっち冒険に出かけるんだ。
    けど、馬鹿みたいな話だが、妄想と言ったって意外と頭を使う。壮大な世界を思い描くには、それ相応のネタと集中力、それから時間と環境が必要で、いつだって簡単に最高の妄想ができていたわけじゃない。
    壮大な冒険なんて描いてられない。けど、暇で暇で、妄想くらいしかできる事がない。そんな時、俺は大体同じ妄想をしていた。

    宇宙船だ。
    壁は真っ白で、たぶん円盤みたいな形をしてる。自分の妄想なのに「多分」何ていうのも変な話だが、宇宙船に乗ってる妄想しかしてないんだから、外から見た姿なんて考えたこともないんだ。
    乗組員は俺一人で、部屋はだだっ広いコックピットと、寝室と、あとは風呂くらいしかない。コックピットで操縦をしたことはない。動かし方だって知らないし、俺がコックピットに来るのは、ただ何も考えず歩き回ったり、窓から外を眺めたり、あとは備え付けてあるバスケットのゴールに、下手くそなシュートを決める時くらいだ。妄想の中なのに、全然成功しなかった。
    退屈だと思うか?実際、退屈なんだよ。ボーッと歩いて、たまに風呂に入る。大きな銭湯くらいの広さがある風呂の中、一人でのんびりと湯船に浸かったり、泳いだりする。風呂から上がったら、寝室に行くこともある。両手を広げても全然端まで届かないような大きなベッドに寝転がったり、飛んだり跳ねたりする。もちろん眠ることだってあるんだけど、考えてみればバカげた話だ。退屈だから妄想をしてるはずなのに、妄想の中で退屈な世界を考えてる。そして、妄想の世界のベッドに入って、夢の中で寝てるんだ。

    何年も、俺はずっと同じ宇宙船に乗っていた。誰もいない宇宙船の中で、退屈な時間を、のんびりと過ごしていた。
    宇宙船なんだから、どこかの星に辿り着いてもいいんだけども、結局一度だって着陸したことはない。どこに向かって飛んでるのかだって、知りゃしない。要は宇宙船と言うよりも、俺一人だけのシェルターだったんだ。
    きっと、あの頃の俺は一人になりたかったんだろう。家族に、学校の知り合いに、教師に、何もかも、うんざりしていた所があった。もちろん、本当に一つも楽しいことがなかったわけじゃない。楽しいと思う日もあったし、仲のいい友人だっていた。
    それでも、毎日毎日、何十人も、時には何百人もいる中で過ごしていくのは、俺には向いてなかったんだと思う。何もかも投げ出して、誰もいないところで、一人でゆっくり過ごしたかった。そう思った時、俺はあの「宇宙船」の中に逃げ込んでいたんだろう。

    あれから、10年以上が経った。今でも宇宙船のことは思い出せるんだけども、普段から宇宙船のことを思い浮かべるのは、とっくにしなくなっていた。いつから宇宙船のことを考えなくなったのかも、分からないくらいだ。
    どうしてそうなったのかって、単純なことだ。気付いたら俺の周りから、煩わしいと思うような人間はどんどんと消えていって、嫌いなものも、好きなものも、全部なくなった。ここから逃げたい、と思うような場所がないんだから、宇宙船を思い浮かべる必要もない。

    じゃあ、煩わしいものがなくなって、今が幸せかって言うと、全然そんなことはなかった。
    退屈で退屈で仕方がないのに、周りに誰もいないんだ。ずっと宇宙船の中にいるみたいに。
    そう思うと、笑いが止まらないくらいに皮肉な話だ。あの頃は一人になりたくて宇宙船に乗っていたのに、今は宇宙船から降りたくて仕方がない。だけど、どうやって出ればいいのかも分からないし、第一に、外はなんにもない宇宙なんだよ。
    どうすりゃいいんだろうな、俺。
    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。