かつて俺がクソゲーオブザイヤーと戦い袂を分かった話
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かつて俺がクソゲーオブザイヤーと戦い袂を分かった話

2020-02-11 18:10

    クソゲーオブザイヤーという5ch(旧2ch)のスレッドがあります。
    現在では昔ほど騒がれることはなくなった印象がありますが、その名を目にしたことがある人は多いでしょう。
    大雑把に言えばクソゲーについて語り、その年一番のクソゲーを決めてネタにすることを目的にした場で、私がその存在を知ったのは当時のニュースサイトで「メジャーWii パーフェクトクローザーのバグが酷い」みたいなニュース記事だったと思います。

    出来の良いゲームではなく、あえてクソゲーについて語り、大真面目にどれが最も酷い作品であるかを考える。そんな奇妙なエンターテイメント性に興味を惹かれた私は、徐々に当該のスレッドやwikiを読み漁るようになり、いつしか実際に何度もスレに書き込みながら、どのゲームが一番クソであるかを語るようになっていました。

    そして、2011年のクソゲーオブザイヤー据え置きの大賞が決定した時。
    私は「2度とクソゲーオブザイヤーには関わらん」と決心しました。

    当然ながら人の考えは千差万別であり、「私が正しい、あいつらは間違い」とは言えませんが、いずれにせよクソゲーオブザイヤーというスレッドと私は相容れない存在だと思い至ったため、スレッドからは離れたし以前ほどの関心もなくなりました。
    そんなわけで長らくその存在を忘れていたのですが、先日「RPGツクールMV Trinityがクソゲーオブザイヤー大賞になった」という話が流れてきたのを見て、ふと当時のことを思い出したので、かつて私がクソゲーオブザイヤーのスレッドで戦っていた頃の話でも書こうと思います。


    私がスレ住人と化していたのは2011年のクソゲーオブザイヤーで、この年の議論は過去に類を見ないほど意見が割れ、長引くものとなりました。
    おおむね例年では「明らかにこれが一番ひどい」と言われる作品が登場して満場一致で大賞が決定するか、精々2本の候補作が対立する程度なのですが、2011年においては最終的にノミネートされた7作品、その全てが最低一度は大賞としての総評が書かれました
    つまり最後の最後まで、どの作品にも「これが一番ひどい」と考える派閥が存在し、そしてそれぞれが一定の支持を得ていたわけです。

    普段のクソゲーオブザイヤーにおける総評とはスレの意見を面白おかしく書いた要約文程度のものでしたが、前述の点から2011年における総評は例年と全く異なるものとなっていて、「自分が最も酷いと思う作品を大賞にした総評を書いて、スレ住民を納得させれば勝ち」とでも言うような、ある種のゲームか、文章で戦う競技のような状態でした。
    そして、当時の住人はそれぞれが総評を書き、それに対して様々な反応をしながら、ああでもないこうでもないと議論が続いていたわけですが。



    私が見た限り、最初に「これが大賞で決まり!」みたいな空気を作り出したのがグラディエーターバーサスでした。
    本作の不評点は「過去作で好評だった要素の撤廃」「売りにしているキャラメイク要素がしょぼい」等が挙げられますが、何よりも当時の住人に語られていたのは「課金要素の酷さ」でした。
    本作はパッケージ版が定価6,279円(税込)と普通のフルプライスでありながら、昨今のソーシャルゲームのようにアイテムボックス拡張、キャラクタースロットが有料DLCとなっており、挙句装備の強化に使うアイテムも有料DLC、しかも購入はガチャ方式で欲しい物が手に入るかはランダムと、あらゆる面で追加課金を要求してくる有様で、この点から「剣闘士じゃなくて剣投資」「アクワイア(開発・販売元の企業名)じゃなくてアクドイワ」などとネタにされるようになりました。
    加えて、本作の公式サイトがウィルスバスターから「オンライン詐欺に関係している」と表示されたなんて話もあってネタには事欠かず、それらの一件から本作が大賞確定のような流れに変わってゆきました。


    ですが、ここには大きな問題がありました。
    そもそもクソゲーオブザイヤーにおける「クソゲー」の評価基準(2008年以降)は、単純に「単品のゲームとしての評価」で行うことになっており、例えば「シリーズの名に泥を塗った」「超大作として宣伝していたのに実際には駄作だった」のような期待に対する落差、いわゆるガッカリゲー要素は加点しないし、「企業の応対が悪い」「開発者の発言で炎上事件が起きた」みたいなゲームと直接関係がない部分での悪評要素も度外視するはずなのです。

    では改めて前述のグラディエーターバーサスを見てみると、キャラメイク要素のショボさは確かにゲームとしてダメな点ですが、「過去作で好評だった要素の撤廃」については微妙なラインです。
    撤廃されたことで明らかに単品のゲームとして退屈なものになっていれば問題ですが、ただ単に「過去作の要素が削られた」だけでは単品の作品としてのクソ要素としては不十分です。
    これは課金要素についても同様で、「課金しなければ全く楽しめない」「課金をしてもなお駄作」であればクソ要素となりますが、ただ単に商法がえげつないだけでは、クソゲーとはまた別の問題となってきます。
    そして、オンライン詐欺の警告やゲーム名・企業名のいじりは言わずもがな、完全にただのネタでしかなく、ゲームのクソ要素とは全く無関係な問題点です。

    つまるところグラディエーターバーサスは、本来のクソゲーオブザイヤーの判定基準に無関係な部分のネタばかりが騒がれて、実際に単品のゲームとしてクソなのかを大して議論されないまま大賞として担ぎ上げられかけたわけです。
    この点はどう考えても納得できなかったので、当時のスレッドで私は「単品のゲームとしての評価をしろ」としつこく書き込みまくっていたのですが、結局その点については明確に賛同を得ることがないまま、他の大賞候補が話題になったことでそのまま有耶無耶になってゆきました



    長らく議論が続くうち、色々とありながらも大賞候補は徐々に絞られてゆきました。
    おおむね終盤の議論で対象候補として挙がるものは
    Wizardry 囚われし亡霊の街
    Piaキャロットへようこそ!!4 ~夏の恋活~
    人生ゲーム ハッピーファミリー ご当地ネタ増量仕上げ

    以上の3作がほとんどとなりました。
    そして、その後また長い議論を経た末に、「人生ゲーム ハッピーファミリー ご当地ネタ増量仕上げ」が大賞として選定され、クソゲーオブザイヤー2011は幕を下ろすこととなりました。
    それでは、人生ゲームが大賞となった決め手は何だったのか。
    これは今でも鮮明に思い出せます。

    当時のスレッドに書き込まれた、「友人と人生ゲームで遊んだらクソすぎて友情ブレイクした」「妻と一緒にプレイしたら夫婦仲に亀裂が入った」といった感想文です。
    ぶっちゃけ今の時代なら「嘘松」の二文字で切り捨てられるような創作感バリバリの内容でしたが、当時のスレッドはこれによって「人間関係に悪影響を及ぼすほどの要素は他の2作には無い」と人生ゲームが大幅にリードしたような流れが出来上がり、そのままなし崩し的に人生ゲームが大賞として確定してゆきました。

    で、もう今更言うまでもないのですが、この流れについては全面的に問題だらけです。

    ・そもそも体験談の真偽自体が怪しい
    ・仮に真実だったとして、それは傑作・駄作問わずパーティゲーム全体で起こり得る問題であって人生ゲームの問題点とは言えない
    ・こんなものが通るなら、逆を言えば「クソゲーハンターの友人と一緒に遊んだら盛り上がって楽しめた、だから人生ゲームはクソじゃない」とも言えてしまう

    実際、人生ゲームのクソ要素をネタにしながら楽しんでいる実況プレイ動画も存在した(確かURLまで貼った)


    と、私は全力で猛反発していたのですが、結局は人生ゲームが大賞として選出されたわけで、私の意見は全く聞き入れられなかったわけです。
    これがまあ、単に自分と意見が違うだけなら納得できたんですが、前述の通りそもそもクソゲーオブザイヤーの判定基準として単品のゲームとして評価することが決まっていたはずなのに、結局はゲーム自体の評価とは無関係な創作の事件(まあ創作と決定付ける証拠も無いんですが)によって大賞が決定したことが我慢ならず、私は「こんな奴らと議論してらんねー」と、半ば不貞腐れたようにスレッドを閉じて、完全に別の道を歩むことを決心しました。


    結局の所「クソゲーオブザイヤーはネタスレ」とは当時から何度も言われていたことで、厳密な基準による議論と判定なんかよりも、スレ住民が楽しいか否かで判断すること自体は一概に否定すべきとも言えないのですが。
    それにしたってテンプレに書かれているような前提条件すら平気で無視するアホの方が大多数で、もはやゲーム自体とは関係ないネタ要素で馴れ合うことの方が中心化しているようにすら見えるようになったので、もはや私はクソゲーオブザイヤーというスレッドにエンターテイメント性を感じられなくなりました。

    私は本当にクソゲーについて議論をしたかったんですよ。
    もうクソゲーオブザイヤーのスレに居たのも10年近く前の話になってしまいましたが、その考えは今も変わりません。
    クソゲーとかクソ映画とか、駄作について事細かに指摘し感想を述べたレビューは傑作に対するレビューとはまた違った面白さがあり、読むのも書くのも楽しいものです。だから私はクレヨンしんちゃん映画の超駄作についても長ったらしいレビューを書いたりしたんですよ
    なのに、当時それなりに有名だったクソゲーオブザイヤーという場は、自分が書き込んでるスレのテンプレも読めないアホだらけだった

    改めて思い返しても歯痒いと言うか悲しいと言うか、まあ良い気分じゃない話なんですが、お陰様で今こうして記事を書くネタになったのでその点では良かったのかもしれません。(毎回こんな無理やりなプラス思考にしている)

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