椎葉村 ~君の知らない"無"の世界~
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椎葉村 ~君の知らない"無"の世界~

2015-11-22 21:55
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私は幼い頃から宮崎県の育ちであり、その中で人生の大半を過ごしてきました。
もしかすると「宮崎県ってどこだっけ?東北?」みたいな人が存在するかもしれないので説明しておきますと、宮崎県は九州の南東に位置する県です。
この宮崎県、メディア等に「陸の孤島」と揶揄される事があるなど、おおよそ田舎の多い九州中でも特に発展から取り残された県であり、九州新幹線のルートからも外されています。
そんな場所で育った私は、東京の人間が埼玉辺りを田舎扱いしたりすると「埼玉が田舎なら宮崎は何だ?ジャングルか?原始人の住処か?」と詰め寄って首を絞めてやりたくなるような思いに駆られていたのですが、
ふと考えてみると、私が育ったのは宮崎県の宮崎市、県庁所在地のある都市であり、宮崎県の中では最大級の「都会」です。
そう思うと、自分も「田舎」を語るにしては不十分な立場では無いのか?もっと本当の「田舎」を知らなければ、「田舎」を語ることはできないのでは?
そんなことが思い浮かび始め、一度「究極の田舎」を捜し求めてみたくなりました。

そこでおあつらえ向きに、この宮崎県には日本三大秘境と呼ばれる「椎葉村」という村が存在します。宮崎県の北西に位置する村であり、広い面積を持ちながら人口は3000人に満たない小さな村です。
というわけで11月の三連休を利用してこの村へ行ってみよう、と計画していたのですが、まず驚いたことはその交通手段の少なさ。
椎葉村観光協会のホームページを見ての通り、公共交通機関は日向市から一日に2~3度来るバスのみ。それ以外は全て「自家用車で来い」と言うワイルドさ。
私も運転免許は所持しているのですが、教習所を出て以来運転したことがないので現実的ではありません。
というわけで宮崎市から向かう場合、まず電車で日向市まで移動し、その後バスに乗ることになるのですが、電車からバスに乗り換える際の待機時間を考慮すると、おおよそ5時間ほど必要になります。
いくら何でもこれはちょっと気が滅入る、と思っていたところ、何やら母の友人が椎葉村に住んでいるとのことで、ちょうど母もその友人に会いに行こうかと思っていたところらしく、母の運転する車で椎葉村まで行けることとなりました。
家族旅行……と言っても私と母の二人ですが、たまにはこんな事も良いだろうと、母と二人で旅行を計画。
そうして当日を迎え、車に揺られること三時間ほど。一車線しかない曲がりくねった山道に振り回されて地味に吐き気を感じながらも、なんとか椎葉村へ到着しました。



見ての通り、周囲は山、山、山。
この周囲だけではなく、椎葉村に到着する一時間以上前から、周囲はずっとこんな光景です。
目の前には引っ切り無しに小さな虫が舞い、やたら傾斜のきつい地面と、60度以上の角度の階段たちが観光客を歓迎してくれます。



こちらが中心市街地です。
繰り返しますが、ここは寂れた街外れの地でも50年前の昭和の日本の光景でもなく、現代の日本に存在する中心市街地です。
こんな感じの道がここから500メートルほど続いており、それを通り過ぎるとまた山へ。
要するに、この辺りの500メートルの道が、椎葉村の全てです。
商店は農協のスーパーマーケットが一つ、個人経営の雑貨店がいくつか存在するのみで、コンビニ等は一切なし。病院は一軒のみしか存在せず、本当に最低限のライフラインは何とか存在している、といった程度。
一方で、こんな秘境であるにもかかわらず観光客は意外と来るらしく、旅館はこの範囲だけで結構な数が存在します。



その後、現地の住人である母の友人と合流、その人に案内されて現地の学校を見学。
さすがに、いくら田舎の学校とは言え木造建築の校舎が残っていたりはせず、建物自体はなかなか立派なものでしたが、案の定と言うべきか生徒はさっぱり存在しないらしく、こちらは既に廃校となって老人の集会場になる予定なんだとか。
それはともかくこの学校、先程の市街地から車で十五分ほど走った位置に存在します。
途中の道のりは傾斜もきつく、歩道も存在しない山道。子供が徒歩で通うなら確実に片道一時間はかかる距離。一体どうやって現地の子供は通っているのか?と聞いてみたところ、あろうことか大多数の生徒は徒歩で通学していたそうです。一時間以上歩いて。
村の老人たちは、揃って傾斜のきつい坂や階段を平気そうに登っていましたが、子供の頃からそんな調子なら、そりゃあ鍛えられますよね。



さらに10分ほど車に乗って、山を登って登ってさらに登って、到着したのは十根川神社(とねがわじんじゃ)という場所。ここに存在する八村杉(やむらすぎ)という木は国指定天然記念物に指定されているとのこと。



ところで、左を向くと「猪しし犬訓練所」という何ともインパクトのある看板が。
もうちょっと左には「猪肉、鹿肉あります」なんて看板も垂れ下がっていました。
母の友人の口ぶりからすると現在でも狩猟は行われているらしいです。
飼われている犬は三角形に垂れ下がった耳がキュートな大人しい犬ですが、この犬が猪を狩るんでしょうか?




そして、こちらが八村杉。
写真だと分かりにくいですが、幹の直径だけで4~5メートルほどの大きさがあります。
高さはよくわかりません。とにかく滅茶苦茶デカいです。
樹齢は800年と言われているそうですが、ずっと昔から「800年」と言われているらしく、実際の樹齢がどの程度なのかは定かではありません。



そんなこんなで、ざっと観光を済ませて旅館へ戻り、一通りの観光は終了。
私たちが泊まった旅館は山の上にあり、村が一望できたのでそこから写真をパシャリ。
この村の大半がこの写真に納まっています。誇張ではなく、本当にそれだけしか村が存在しないのです。
改めて村を見直してみると、本当にとんでもない所だと思います。



テレビもある、ラジオもある、車は……まあそれほど走っていませんが、
さすがに吉幾三の歌った「俺ら東京さ行ぐだ」の村ほど酷くはありません。
しかし、吉幾三の若い頃と言えば今より50年近く前。一方で椎葉村は紛れも無い「今」です。
現代の日本の、スマートフォンがどうたらとか言っている時代に、コンビニの一軒も無く、家電品も隣の村まで行かなければ手に入らず、娯楽施設なんて唯の一つも存在しない。そんな村が存在する。そこで産まれ、育ち、死んでゆく人が存在する。
「自分のいる場所は田舎の中ではマシ」なんてことは昔から何度も考えていましたが、実際に"極限"を目の当たりにすると、やはり衝撃を受けます。
私は「宮崎には何があるの?」なんて聞かれると、「イオンがある、以上!」なんて答えていましたが、椎葉村の人間からしたら、宮崎市ですら、街を人が行き交っていて、駅があって、カラオケがあって、ショッピングセンターがあって……とにかく、目が回るような場所なのでしょう。
それでも私は、「椎葉村と比べりゃマシだから」と宮崎市での生活に対する不満を持たなくなったわけではなく、やっぱり都会に行けるものなら都会に行きたいと思っています。
ただ、こうして「本当の田舎」を見た経験は自分にとって何かの足しにはなったような気がします。
この記事を読んでくださった方も、もし興味を持たれましたら、一度椎葉村へ行ってみてはいかがでしょうか。都会の生活からは想像も付かないような大地が、人が、物事が、あなたを待っていますよ。
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なんて素敵な街なんだろう・・・
57ヶ月前
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僕は椎葉村出身です ここが中心ではありますけど 住んでる人はごく一部で その他は広大な山の至る所に潜んでいます笑 僕の実家はやばいですよ この世の最果てです
32ヶ月前
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酷道265号線走破の時に通ったが、まさか日本三大秘境だったとはw
でもずーっと薄気味悪い山道を走ってきたから有り難かった。綺麗でいい所だしすごく癒されたよ。
21ヶ月前
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