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私的なメモ 東ローマ帝国/ビザンツ帝国/ニカイア帝国 歴代皇帝(え
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私的なメモ 東ローマ帝国/ビザンツ帝国/ニカイア帝国 歴代皇帝(え

2018-07-08 14:03
    こっちも千年帝国なんですよ(え?

    ローマ帝国

    東ローマ帝国
    ビザンツ帝国、ビザンティン帝国、ビザンティオン帝国
    ギリシア帝国(え コンスタンティノープルの帝国(え

    都 コンスタンティノープル

    ローマ帝国の東の部分(東ローマ帝国  395~1453

    テオドシウス朝            395~457
    ①アルカディウス        377~408  383~408 テオドシウス1世の子

     フラウィウス・アルカディウス・アウグストゥス      東方正帝(383
                                (東)ローマ皇帝(395
    テオドシウス2世       401~450  408~450 アルカディウスの子
     フラウィウス・テオドシウス・アウグストゥス
    マルキアヌス         396~457  450~457 テオドシウス2世の義兄
     フラウィウス・マルキアヌス・アウグゥストゥス

    レオ朝                457~518
    ④レオ1世           400~474  457~474 トラキア出身の軍人
     フラウィウス・ウァレリウス・レオ・アウグゥストゥス
    ⑤レオ2世           467~474  474   レオ1世の外孫 在位10カ月
     フラウィウス・レオ・イウニオス・アウグゥストゥス
    ⑥ゼノン            426~491  474~475 レオ2世の父
     フラウィウス・ゼノン・PERPETVVS・アウグゥストゥス バシリスクスに帝位を追われる
    ⑦バシリスクス         ??~477  475~476 レオ1世の義弟
     フラウィウス・バシリスクス・アウグゥストゥス ゼノンを追放→即位→帝位を追われる
    ⑧ゼノン            426~491  476~491 復位
     フラウィウス・ゼノン・アウグゥストゥス    西ローマ帝国滅亡(476/480
                            オドアケルから西方帝位を献上される
                            名目上全ローマの皇帝となる(え
                            後継者を指名せず(え
    ⑨アナスタシウス1世      431~518  491~518 枢密院警護長
     フラウィウス・アナスタシウス・アウグゥストゥス  ゼノンの皇后に選ばれ結婚→皇帝
                              コンスタンティヌス朝の末裔
                              後継者を指名せず(え

    ユスティニアヌス朝          518~610
    ユスティヌス1世       450~527  518~527 近衛隊の将軍
     フラウィウス・ユスティヌス・アウグストゥス      元老院の指名により即位
    ユスティニアヌス1世 大帝  483~565  527~565 先帝の姉の子 先帝の養子
     フラウィウス・ペトルス・サッバティウス・ユスティニアヌス・アウグストゥス
    ⑫ユスティヌス2世       520~578  565~578 ユスティニアヌス1世の甥
     フラウィウス・ユスティヌス・IVNIOR・アウグストゥス
    ⑬ティベリウス2世       540~582  578~582 ユスティヌス2世の娘婿
     フラウィウス・ティベリウス・コンスタンティヌス・アウグストゥス
                              義父が精神異常になると副帝に
    ⑭マウリキウス         539~602  582~602 ティベリウス2世の娘婿
     フラウィウス・マウリキウス・ティベリウス・アウグストゥス 反乱がおき逃亡を図る
                              捕まってころされた(廃位5日後

    ⑮フォカス           547~610  602~610 トラキアの出身
     フラウィウス・フォカス・アウグストゥス   ドナウ川国境に駐屯する百人隊長だった

                           反乱がおきたのち兵士達に推戴される
                           捕まってころされた(廃位1日後

    ヘラクレイオス朝           610~717
     大ヘラクレイオス       ??~610        カルタゴ総督
                                 反乱を起こす
    ヘラクレイオス        575~641  610~641 大ヘラクレイオスの子
     フラヴィオス・ヘラクレイオス・アウグストゥス      フォカスが廃されて即位
    コンスタンティノス3世    612~641  641 ヘラクレイオスの長男 在位3カ月
     ヘラクレイオス・ネオス・コンスタンティノス  異母弟ヘラクロナスと共同統治
    ヘラクロナス         626~642  641 ヘラクレイオスの四人目の子
                              母は父の姪で後妻のマルティナ
                              内乱が勃発し母子は追放される
    コンスタンス2世       630~668  641~668 コンスタンティノス3世の子
     フラヴィオス・ヘラクレイオスのちコンスタンティノス
              ヘラクロナスを擁したマルティナが権力を掌握しようとしたが
              コンスタンティノス3世派と首都市民の力により11歳で共同皇帝
              元老院などの画策によよりヘラクロナスらは廃位・追放され単独帝
    ●ミジジオス                 668
              コンスタンス2世がころされた後シチリアにて擁立される(え
    コンスタンティノス4世    650~685  668~685 コンスタンス2世の子
    ㉑ユスティニアノス2世     668~711  685~695 コンスタンティノス4世の長男
                        レオンティオスのクーデターにより追放された

    ㉒レオンティオス        ??~706  695~698 テマ・アナトリコンの長官
                        一時投獄ののちテマ・ヘラスの長官(695
                        先帝を追放して即位
    ㉓ティベリオス3世       ??~706  698~705 キビュライオタイの指揮官
                        反乱軍に擁立され即位した

    ㉔ユスティニアノス2世     668~711  705~711 追放ののちハザールへ
                        可汗の姉妹と結婚 ブルガリアに支持される
                        それらを背景として皇帝を打倒し復位

    フィリピコス・バルダネス   ??~714  711~713
                        ペルガモン出のアルメニア系貴族
                        二度追放されるも復活し皇帝に
                        ウマイヤ朝軍やブルガリア軍に対応できず
    アナスタシオス2世      ??~719  713~715 先帝の下で書記局長官
                        のち先帝を幽閉し即位
                        反乱軍に敗れ降伏→退位し隠棲
                        レオン3世の代に陰謀を企てるが失敗
                        ブルガリアに捕えられころされた
    テオドシオス3世       ??~756? 715~717 もと徴税役人
                        反乱軍に担がれ対立皇帝に(のち単独皇帝に
                        政権が安定せず反乱を起こされ退位させられる
                        修道士となり隠棲
                                
    イサウリア朝             717~802
    ㉘レオーン3世         685~741  717~741 テマ・アナトリコンの長官
    ㉙コンスタンティノス5世    718~775  741~775 レオーン3世の子
                       北イタリアの最後の拠点を喪失(751
                       ローマ教皇庁は帝国から自立を図る(え
                       数々の戦勝により軍神の如く称えられた
    ●アルタヴァストス       ??~743  741~743
                       コンスタンティノス5世の義理の兄弟
                       反乱を起こし即位するも敗れる
    ㉚レオーン4世         750~780  775~780 コンスタンティノス5世の子
    ㉛コンスタンティノス6世    771~797? 780~797
                       レオーン4世とエイレーネーの子
                       幼少であったため母が摂政となり取り仕切った
                       長じて実権を握るも遠征先で戦わずして逃走(え
                       のち母にクーデターを起こされ追放される
    エイレーネー         752~803  797~802 レオーン4世の皇后
                       息子コンスタンティノス6世を追放して即位
                       とある失敗で帝国軍の弱体化を招いた
                       宮廷クーデターにより廃位される
                       のちレスボス島へ追放される

    ニケフォロス朝            802~813
    ニケフォロス1世       760~811  802~811 先帝の代では税務長官
                       宮廷クーデターの結果 即位
                       ブルガリアとの戦いで戦死
    スタウラキオス        ??~812  803~811 ニケフォロス1世の子
                       父により共同皇帝とされる
                       ブルガリアとの戦いで父は戦死し自身も重傷
                       帰還するも政務をとれない状態に陥る
                       皇后テオファノが即位しようとするが果たせず
                       義弟に譲位し修道院に隠棲
    ミカエル1世ランガベ     770~844  811~813 ニケフォロス1世の娘婿
                義兄スタウラキオスから譲位される
                ローマ教皇からローマ皇帝とされたカール大帝の帝位を承認
                ブルカリアとの戦いで敗戦後退位を余儀なくされる
                修道士となり余生を過ごした
    ○テオフュラクトス       793~849  811~813 ミカエル1世の子
                                 父の代で共同皇帝

    ㊱レオーン5世         775~820  813~820 アルメニア系貴族
                        ミカエル1世の代のテマ・アナトリコンの長官
                        先帝の退位をうけて即位
                        ブルガリアと30年間の和約を結ぶ(814
                        のち暗殺された

    アモリア朝              820~867
    ㊲ミカエル2世         770~829  820~829 近衛部隊長官
                    コンスタンティノス6世の娘のエウフロシュネと再婚
    テオフィロス         813~842  829~842 ミカエル2世の子
    ミカエル3世         840~867  842~867 テオフィロスの子
                        母テオドラが摂政に
                        クーデターを起こし母を追放(855
                        のち暗殺された

    マケドニア朝            867~1059
    ㊵バシレイオス1世       811~886  867~886 アルメニア系農民の子
                        共同皇帝(866
                        先帝を暗殺し宮殿も占拠して即位(え
                        シラクサを失う(878
                        狩猟中に負傷ししぼうした
    レオーン6世         866~912  886~912 バシレイオス1世の子
                        共同皇帝(870
                        一時幽閉される(約三年
    ㊷アレクサンドロス       870~913  912~913 バシレイオス1世の子
                        共同皇帝(879
                        兄の子が幼かったため後継者に
    ㊸コンスタンティノス7世    905~959  913~959 レオーン6世の子
                        正帝だったが共同皇帝に(920
                        正帝に返り咲く(944
    ロマノス1世レカペノス    870~948  920~944 アルメニア人農民の子
                        帝国海軍の司令長官
                        クーデターを起こし副帝を経て正帝に
                        娘をコンスタンティノス7世に嫁がせ義父に
                        息子二人に追放され修道士にされてしまう
                        のち息子二人も逮捕されて追放される
    ロマノス2世         939~963  959~963 コンスタンティノス7世の子
    ニケフォロス2世フォカス   913~969  963~969 
                        カッパドキアの軍事貴族フォカス家の出身
                        なんやかやあり(え?
                        ロマノス2世の皇后と結婚
                        皇帝の子供達の義父の立場で皇帝に
    ヨハネス1世ツィミスケス   925~976  969~976
                        ニケフォロス2世フォカスの甥
                        なんやかやあり(え?
                        ニケフォロスを暗殺して皇帝に
    バシレイオス2世      958~1025 976~1025 ロマノス2世の長男
                        ニケフォロス2世フォカスや
                        ヨハネス1世ツィミスケスの下で
                        飾り物の共同皇帝としての幼少年期を過ごす
                        ヨハネス1世の没後 正帝として即位
    コンスタンティノス8世   960~1028 1025~1028 ロマノス2世の次男
                        長く共同皇帝の座にあった
                        兄が子供を残さずに没したので正帝に
    ロマノス3世アルギュロス  968~1034 1028~1034 名門文官貴族の出
                 元老院議員・首都長官
                 コンスタンティノス8世の次女のゾエと強引に結婚させられる
                 後継者に指名される コンスタンティノス8世の没後皇帝に
    51ゾエ            978~1050 1028~1050
                        コンスタンティノス8世の次女
                        共同統治者だったり(1028~1050
                        女帝だったり(1042
    52ミカエル4世       1010~1041 1034~1041
                        農民の子とも両替商の息子とも
                        宮中で勤めるようになる
                        そこで皇女ゾエと出会い愛人に(え?
                        ロマノス3世の没後
                             ゾエはミカエルと結婚した
                        次いで皇帝に即位した
    53ミカエル5世       1015~1042 1041~1042 在位五カ月
                        ミカエル4世の甥とも従兄弟とも
                        ミカエル4世没後叔父の有力宦官に擁立された
                        しかし4月に追放され8月没
    54テオドラ          995~1056 1042
                        コンスタンティノス8世の三女
                        ミカエル5世の追放後 姉のゾエと共に女帝に
                        2カ月後に退位(え
    55コンスタンティノス9世モノマコス 1000~1055 1042~1055
                        ロマノス3世の縁戚 元老院議員
                        皇女ゾエがコンスタンティノスと結婚
                        後継者となり皇帝に即位
                        軍事を軽視(え?
    56テオドラ          995~1056 1055~1056
                        コンスタンティノス9世没後 復位
    57ミカエル6世        ??~1059 1056~1057 テオドラの養子
                        元老院議員
                        テオドラに嗣子がいなかったため後継者に

    58イサキオス1世コムネノス 1005~1061 1057~1059 軍事貴族コムネノス家の出身
                        パフラゴニアに多くの所領を持つ家の出
                        反乱を起こしエル6世を退位させ 皇帝に

    ドゥーカス朝            1059~1081
    59コンスタンティノス⑽世ドゥーカス 1006~1067 1059~1067 元老院議員
                        アンドロニコス・ドゥーカスの子
                        軍事を軽視(え?
                        セルジュークに攻められる
                        ペチェネグに攻められる
                        ノルマン人に(略
                        国土を失う(あっはい
                        財政難を補うために官職売買制度を導入
    60エウドキア・マクレンボリティサ  1021~1096 1067~1068
                        コンスタンティノス・ドゥーカスと結婚
                        コンスタンティノスが皇帝になると皇后に
                        コンスタンティノス⑽世没後 女帝に
    61ロマノス4世ディオゲネス     ??~1072 1068~1071 将軍の一人
                        エウドキアと結婚→皇帝となる
                        ペチェネグ ノルマン人と和議を結ぶ
                        セルジュークと会戦
                        セルジュークとの和議を拒否し再度会戦
                        マラズギルトの戦いで敗れ捕虜に
                        同年釈放されるも都ではすでに新帝が(え
                        あわれロマノス追放される(え
    62ミカエル7世ドゥーカス      1050~1090 1071~1078
                        コンスタンティノス⑽世ドゥーカスの子
                        ロマノス4世が捕虜になる→母に擁立される
                        首都で反乱がおこり退位して修道院入り(え
    63ニケフォロス3世ボタネイアテス  1002~1081 1078~1081
                        テマ・アナトリコンの長官
                        反乱を起こす→ミカエル7世退位→皇帝に
                        ミカエル7世の皇后マリアと結婚
                        先帝の子を後継者にするも内外に問題が山積
                        反乱勃発(え?
                        退位を余儀なくされ修道院へ隠退
                  
    コムネノス朝            1081~1185
    64アレクシオス1世コムネノス   1048~1118 1081~1118
                        イサキオス1世コムネノスの甥
                        内憂外患の状態にあった中反乱を起す
                        先帝が退位させられたのち(え?
                        皇帝即位
    65ヨハネス2世コムネノス     1087~1143 1118~1143
                        アレクシオス1世コムネノスの子
                        共同皇帝(1092
                        父の没後 皇帝に即位
    66マヌエル1世コムネノス     1118~1180 1143~1180 メガス
                        ヨハネス2世コムネノスの四男
                        長兄と次兄が1142年に相次いで没する
                        三兄が暗愚であった大変(え
                        父の没後 後継者に選ばれた
    67アレクシオス2世コムネノス   1169~1183 1180~1183
                        マヌエル1世コムネノスの子
                        母マリアが摂政を務めた
    68アンドロニコス1世コムネノス  1123~1185 1183~1185
                        マヌエル1世コムネノスの従弟
                        クーデターを起こし摂政をさつがい
                        共同皇帝に(1183
                        2か月後アレクシオス2世をさつがい
                        正帝に即位

     反乱が勃発しイサキオス・アンゲロスが指導者に擁立される
     反乱軍によりアンドロニコス1世はころころされた

    アンゲロス朝            1185~1204
     コンスタンティノス・アンゲロス 1093~1166
                          アレクシオス1世コムネノスの娘婿    
     アンドロニコス・ドゥーカス・アンゲロス 1133~1183
                          コンスタンティノス・アンゲロスの子
    69イサキオス2世アンゲロス    1156~1204 1185~1195
                      アンドロニコス・ドゥーカス・アンゲロスの子
                      皇帝に即位
                      第二次ブルガリアが勃興(1186
                      僭称者が現るも鎮定(1188~1193
                      ブルガリア遠征は失敗(二度も
                      弟アレクシオスにより廃位・幽閉

    ●テオドロス・マンカファース          1188~1193 皇帝僭称者
                      
    70アレクシオス3世アンゲロス   1156~1211 1195~1203 帝国の宰相・元帥
                      アンドロニコス・ドゥーカス・アンゲロスの子
                      兄を廃位して皇帝に
                      無能・暗愚・暴君のコンボ(え
                      兄の息子アレクシオスが第四回十字軍を引き入れて
                      都に進軍してくると追放された
                      ルム・セルジューク朝に亡命
                      のちニカイア帝国に亡命
                      テオドロス1世ラスカリスに対して帝位を要求する
                      逆に修道院に幽閉されまもなく没した
    71イサキオス2世アンゲロス    1156~1204 1203
                      復位する
                      まもなくアレクシオス・ドゥーカスが反乱す
                      しょっくししたとも
    72アレクシオス4世アンゲロス   1182~1204 1203~1204
                      イサキオス2世アンゲロスの子
                      第四回十字軍の助け()をうけて父を復位させた
                      共同皇帝(1203
                      第4回十字軍遠征資金を負担するため重税を課す
                      まもなくアレクシオス・ドゥーカスが反乱す
                      ころされて簒奪された

     ニコラオス・カナボス      ??~1204  皇帝候補に擁立(1204年1月
                      まもなくころされた

    73アレクシオス5世ドゥーカス   ??~1204 1204 アレクシオス3世の娘婿
                      反乱を裏で操り皇帝に昇りつめる
                      第4回十字軍に対する献納金を破棄
                      怒った第4回十字軍に滅ぼされる(え

    74コンスタンティノス・ラスカリス ??~1211? 1204
                  第4回十字軍がコンスタンティノポリスを攻撃
                  防衛に失敗したアレクシオス5世ドゥーカスが逃亡
                  首都防衛に活躍していたコンスタンティノスが皇帝に選出
                  しかしコンスタンティノポリスが陥落
                  在位たった一晩で逃亡した
                  逃亡先のニカイアで皇帝の地位と称号を辞退

    ラスカリス朝ニカイア帝国      1204~1261 ビザンツ帝国の亡命政権の一つ
    ①テオドロス1世ラスカリス       1175~1222 1205~1222
                         コンスタンティノス・ラスカリスの弟
                         アレクシオス3世アンゲロスの娘婿
                         付き従った一団を率いてビテュニアに赴く
                         ニカイアに定住 ここに亡命政権を建てる
                         兄から権力を譲られ皇帝に

     ほかにも亡命政権は存在したがのちにニカイア帝国がコンスタンティノープルを奪還
     そのことをもってこの帝国が東ローマ帝国の正統政権とされる(え?
                         
    ②ヨハネス3世ドゥーカス・ヴァタツェス 1193~1254 1222~1254 軍人
                         テオドロス1世ラスカリスの後継者
                         イレーネー・ラスカリナと結婚
                         義父の没後 即位
    ➂テオドロス2世ラスカリス       1221~1258 1254~1258
                         ヨハネス3世ドゥーカス・ヴァタツェスと
                         イレーネー・ラスカリナの子
    ④ヨハネス4世ラスカリス        1250~1305 1258~1261
                         テオドロス2世ラスカリスの子
                         退位させられ幽閉の身に
     ミカエルの長男アンドロニコス・パレオロゴスを皇帝として承認したと記録さる(1290

    パレオロゴス朝           1261~1453
    75ミカエル8世パレオロゴス       1225~1282 1261~1282
                         ニカイア帝国の共同皇帝(1259
                         帝国を事実上乗っ取る
                         史上最も狡猾なギリシア人とも(え?
    76アンドロニコス2世パレオロゴス    1259~1332 1282~1328
                         ミカエル8世パレオロゴスの子
    ○ミカエル9世パレオロゴス       1277~1320 1294~1320
                         アンドロニコス2世パレオロゴスの子
    77アンドロニコス3世パレオロゴス    1297~1341 1328~1341
                         ミカエル9世パレオロゴスの子
    78ヨハネス5世パレオロゴス       1332~1391 1341~1376
                         アンドロニコス3世パレオロゴスの子
    ヨハネス6世カンタクゼノス      1295~1383 1347~1354
                         帝国の名門カンタクゼノス家の出
    ○マタイオス・カンタクゼノス      1325~1383 1353~1357
                         ヨハネス6世カンタクゼノスの子
    79アンドロニコス4世パレオロゴス    1348~1385 1376~1379
                         ヨハネス5世パレオロゴスの子
                         ヨハネス6世カンタクゼノスの外孫
                         ムラト1世の支持をうけて全権掌握
    80ヨハネス5世パレオロゴス       1332~1391 1379~1390
                     ヴェネツィアとムラト1世の援助をうけ復位
    81ヨハネス7世パレオロゴス       1370~1408 1390
                         オスマン帝国とジェノヴァの支援をうける
                         祖父を追放し即位
    82ヨハネス5世パレオロゴス       1332~1391 1390~1391
                     次男マヌエルの救援とオスマン帝国の支援により反撃
                     成功し復位をはたす
    83マヌエル2世パレオロゴス       1350~1425 1391~1425
                         ヨハネス5世パレオロゴスの子
    84ヨハネス8世パレオロゴス       1392~1448 1425~1448
                         マヌエル2世パレオロゴスの子
    85コンスタンティノス⑾世パレオロゴス・ドラガセス
                        1405~1453 1448~1453
                         マヌエル2世パレオロゴスの子

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