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忘備録 トレビゾンド帝国 エピロス テッサリア 歴代君主
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忘備録 トレビゾンド帝国 エピロス テッサリア 歴代君主

2018-07-08 20:53
    第4回十字軍により一度滅亡した東ローマ帝国/ビザンツ帝国(1204
    ニカイアに移住し「ニカイア帝国」をでっちあげた連中以外にも亡命政権は存在した(え?

    ニカイア帝国・・・ラスカリス家の王朝(パレオロゴス家が乗っ取りビザンツ帝国が復活(え

    トレビゾンド帝国
       東ローマ皇帝アンドロニコス1世コムネノスの孫アレクシオス・コムネノスがトレビゾ
      ンド
    を占領して建国(1204
       コムネノス王朝の本流を継ぐものとして「メガス・コムネノス」と称す 当初は東ロー
      マ帝国の亡命政権の中では最初にコンスタンティノープルを奪還する勢い 他の東ローマ
      系勢力との連携を欠いたため
    ニカイア帝国ルーム・セルジューク朝に敗北し小アジア北
      東部・
    ポントス地方の地方政権に転落
       史上最後の東ローマ系国家(1461年滅亡

    コムネノス朝
     アンドロニコス1世コムネノス 1123~1185 1183~1185 東ローマ皇帝
     マヌエル・コムネノス     1145~1185
    アレクシオス1世コムネノス  1182~1222 1204~1222 トレビゾンド帝国建国
                        グルジアの支援もあり領土を拡大
                        ルーム・セルジューク朝の逆襲を受けて大敗
                        捕虜となる(1214
                        威信は地に堕ちてしまった(え
    ②アンドロニコス1世ギドス   ??~1235 1222~1235 アレクシオス1世の娘婿
                        先帝の実子たちを押しのけて即位
                        勢力拡大を図る
                        しかし逆にセルジューク軍に首都を包囲される
                        包囲戦を耐えたが小王朝になり下がる(え
    ➂ヨハネス1世アクロソス    ??~1238 1235~1238 アレクシオス1世の子
    ④マヌエル1世         ??~1263 1238~1263 アレクシオス1世の子
    アンドロニコス2世      ??~1266 1263~1266 マヌエル1世の子
    ⑥ゲオルギオス       1255~1284?  1266~1280 マヌエル1世の子
    ⑦ヨハネス2世         ??~1297 1280~1284 マヌエル1世の子
    ⑧テオドラ        1255?~1285?  1284~1285 マヌエル1世の娘
    ⑨ヨハネス2世         ??~1297 1285~1297 マヌエル1世の子
    ⑩アレクシオス2世      1282~1330  1297~1330 ヨハネス2世の子
    アンドロニコス3世      ??~1332 1330~1332 アレクシオス2世の子
    マヌエル2世        1324~1332  1332    アンドロニコス3世の子
    ⑬バシレイオス1世       ??~1340 1332~1340 アレクシオス2世の子
    ⑭エイレーネー・パレオロギナ 1315~??  1340~1341 バシレイオス1世の皇后
                         アンドロニコス3世パレオロゴスの娘
                         1341年以降行方知れず(え?
    ⑮アンナ            ??~1342 1341~1342 アレクシオス2世の娘
    ⑯ヨハネス3世        1321~1362  1342~1344 ミカエルの子
    ⑰ミカエル          1288~1355? 1344~1349 ヨハネス2世の子
    アレクシオス3世      1338~1390  1349~1390 バシレイオス1世の子
    マヌエル3世        1364~1417  1390~1417 アレクシオス3世の子
    アレクシオス4世      1382~1429  1417~1429 マヌエル3世の子
    ㉑ヨハネス4世        1403~1460  1429~1460 アレクシオス4世の子
    ○アレクサンドロス      ??~1459? 共同皇帝(1429 アレクシオス4世の子
                          共同皇帝(1451~1459
    ㉒ダヴィド          1408~1463  1460~1461 アレクシオス4世の子
                           滅亡後しょけいされた(1463

    エピロス・・・エピロス専制侯国
       東ローマ帝国が一旦滅びたとき「ニカイア帝国」「トレビゾンド帝国」などと共に出
      来た
    亡命政権の一つ
      元々「専制公」とは東ローマ帝国の爵位の一つでコムネノス王朝時代に作られた
      皇帝に次ぐ地位で後継候補が就いていた
       アンゲロス王朝初代皇帝イサキオス2世アンゲロスの従兄弟のミカエル・コムネノス
      ・ドゥーカスがギリシア西岸の街アルタを首府として建国した
       当初はヴェネツィア十字軍の建てたテッサロニキ王国へ臣従しながら地歩を固める
      1210年夏以降反旗を翻してギリシア西北部・エピロス地方を占領した

    ドゥーカス・コムネノス・アンゲロス家
    ❶ミカエル1世コムネノス・ドゥーカス   ??~1215 1205~1215
                 ヨハネス・アンゲロス・ドゥーカスの庶子
                 東ローマ皇帝のイサキオス2世とアレクシオス3世の従兄弟
                 一時テッサロニキ王国に仕える(1204
                 アルタを本拠にエピロス専制侯国を建国(1205
                 専制公を自称(1205
                 西北ギリシアを支配し一大勢力を築き上げた
                 が、あんさつされた(1215
    ❷テオドロス1世コムネノス・ドゥーカス  ??~1253 1215~1230
                 あんさつされた兄の後を継ぐ
                 積極的なエピロス専制侯国の勢力拡大を推し進めた
                 ラテン帝国が弱体化するとテッサロニキ王国に侵攻する(1216
                 テッサロニキ王国を事実上滅ぼす(1224
                 エピロス、テッサリア、マケドニアを領有し皇帝を称する
                 ブルガリアに敗れ捕虜に(1230
                 釈放されるもエピロスは分裂傾向に(1237
                 のちニカイア帝国に捕えられ幽囚のうちに没す
    ❸マヌエル・コムネノス・ドゥーカス    ??~1241 1230~1237(テッサロニキ
                 兄テオドロス1世が捕虜になると統治織を代行(1230
                 テオドロス1世が帰国すると追放される(1237
                 テッサリアに逃れてそこの支配権を確立する(1237~1241
                 テッサロニキ テッサリア エピロス に国が割れてしまう(え
    ❹ヨハネス・コムネノス・ドゥーカス    ??~1244 1237~1244(テッサロニキ
                 テオドロス1世の長子
                 叔父マヌエルが追放された後テッサロニキの支配者となる
                 テオドロス・ヨハネス親子の支配権はブルガリアの影響下に
                 ニカイア帝国の宗主権下に甘んずる(1242
    ❺デメトリオス・アンゲロス・ドゥーカス 1220~?? 1244~1246(テッサロニキ
            テッサロニキの有力市民は陰謀によってデメトリオスを捕らえた(1246
            デメトリオスはビテュニア地方のレンティアナに送られる
            彼の病没によりテオドロス・ドゥーカスの系譜は断絶した
    4⃣ミカエル2世アンゲロス・コムネノス  ??~1271 1237~1271
                 ミカエル1世コムネノス・ドゥーカスの庶子
                 エピロス地方の統治に携わる(1230
                 叔父マヌエルにより専制公称号を与えられる(1237
                 のち追い出されたマヌエルを支持しテオドロスに対抗(1237
                 叔父マヌエルの没後 テッサリアを併合(1241
                 ニカイア帝国に敗れる(1259
                 東ローマ帝国再興(1261
                 東ローマ帝国の宗主権下に(1264
    5⃣ケフォロス1世ドゥーカス      1240~1296 1271~1296
                異母弟ヨハネス1世ドゥーカスがテッサリアで独立する(1271
                エピロス宮廷はコンスタンティノープルとの結びつきを強化
    6⃣トーマース・ドゥーカス        ??~1318 1296~1318
                 東ローマ帝国から専制公に叙せられる(1296
                 甥のケファロニア伯・ニコーラ・オルシーニにころされる
                 エピロス専制公国のアンゲロス家直系はここに断絶した

    オルシーニ家
     マイオ・オルシーニ          ??~1238
                 テオドロス1世コムネノス・ドゥーカスの姉アンナと結婚
     リカルド・オルシーニ         ??~1303        マイオの子
     ジョヴァンニ1世オルシーニ      ??~1317        リカルドの子
                 ニケフォロス1世ドゥーカスの娘マリアと結婚
    7⃣ニコーラ・オルシーニ         ??~1323 1318~1323
                     ジョヴァンニ1世の子
                     トーマース・ドゥーカスをあんさつ(1318
                     トーマースの未亡人アンナ(ビザンツ皇女)を妻に
                     弟ジョヴァンニにあんさつされた(1323
    8⃣ジョヴァンニ2世オルシーニ      ??~1335 1323~1335
                 ジョヴァンニ1世の子
                 兄をあんさつし権力を掌握する(1323
                 ディミトリオス・ミハイル・ドゥカスの孫娘アンナを妻に
                 ケファロニア島を弟グィードに任せる
                 テッサリアに侵攻するも敗れる(1333
                 妻に暗殺された(1335
    9⃣ニケフォロス2世ドゥーカス・オルシーニ1329~1359 1335~1340
                               1356~1359
                     ジョヴァンニ2世の子
                     父が母にあんさつされたあと跡を継ぐ(1335
                     東ローマに敗退(1338
                     東ローマに降伏(1340
                     カンタクジノス家の婿に(1340
                     義父ヨハネス6世が廃位され(1354
                     時のセルビア王が没すると(1355
                     帰郷の途に就き 専制公に復帰(1356
                     アヘロオス河畔の戦いにて敗れ戦死(1359

       ドゥカス・コムニノス・アンゲロス家に連なる最後の君主
       エピロスとテッサリアを一人で統治した中世最後の君主

    ネマニッチ家
    ⑩シメオン・ウロシュ・パレオロゴス   ??~1371 1350~1356(エピロス専制公
                     セルビア王ステファン・ウロシュ3世の子
                     エピロスの統治官(1350
                     追放される(1356
                     テッサリア(セサリア)君主(1359~1371

    エピロス北部・ヨアニナの専制公
    ❶トマ・プレリュボヴィチ        ??~1384 1367~1384
                     セルビア王ステファン・ウロシュ4世の甥
    マリア・アンゲリナ          1350~1394 1384~1385
                     シメオン・ウロシュの娘
                     トマ・プレリュボヴィチと結婚(1362
                     夫の没後 統治を代行(1384
    エザウ・ブオンデルモンティ      ??~1411 1385~1411
                     オルシーニ家の縁戚
                     トマ・プレリュボヴィチの未亡人マリアと再婚
    ❹ジョルジオ・ブオンデルモンティ    ??~1411 1411
                     エザウ・ブオンデルモンティの子
                     20日ほど在位
    カルロ1世・トッコ          ??~1429 1411~1429
                     オルシーニ家の縁戚
                     ケファロニア伯
    カルロ2世・トッコ          ??~1448 1429~1448
                     カルロ1世・トッコの甥
                     ケファロニア伯
                     アルタに移る(1430
    ❼レオナルド3世・トッコ        ??~1479 1448~1449
                     カルロ2世・トッコの子
                     ケファロニア伯(1448~1479
                     アルタを失う(1449

      第一次露土戦争(1463-1479)ののちケファロニアはオスマン帝国支配下に
      一時ヴェネツィアの支配下にはいるが再びオスマン帝国の支配下に(1484
      のちヴェネツィアが再度取り戻す(1500


    テッサリア君主国・・・ミカエル2世アンゲロス・コムネノスの没後嫡男のニケフォロス1世
              が後を継いだがミカエル2世の庶子にあたるヨハネス・ドゥーカスは不
              満を持ち専制公よりも一段低い爵位である尊厳公を称する
               テッサリアにて独立した
               この独立公国は「テッサリア尊厳公国」と呼ぶべきものであるが3代
              で断絶した その後同一の称号でこの地域を統治した人物が何人か出た
              それ以外にも「皇帝」「副帝」など支配者の称号はまちまち
               「皇帝」称号にしても自称に過ぎない(え

    ドゥーカス・コムネノス・アンゲロス家

    ヨハネス1世ドゥーカス         ??~1289 1271~1289
                           ミカエル2世の庶子
    ❷コンスタンティノス・ドゥーカス     ??~1303 1289~1303
                           ヨハネス1世ドゥーカスの次子
                           反東ローマ帝国同盟を形成
    ❸ヨハネス2世ドゥーカス         ??~1318 1303~1318
                           コンスタンティノス・ドゥーカスの子

    ガヴリイロプロス家
    ❹ステファノス・ガヴリイロプロス     ??~1333 1318~1333
                           ヨハネス2世ドゥーカスの跡を継ぐ

     東ローマ帝国の支配             1333~1348
     セルビア王国の支配             1348~1355
     エピロス専制公ニケフォロス2世による支配  1356~1359

    ネマニッチ家
    ❺エピロス専制公・「皇帝」
    シメオンによる支配 1359~1371(皇帝
    ❻ヨヴァン・ウロシュ・パレオロゴス    1350~1423 1371~1381(皇帝
                           シメオン・ウロシュの子
                           退位し修道士ヨアサフとなる(1381?

    フィランソロピノス家
    ❼アレクシオス・アンゲロス・フィランソロピノス ??~1389 1381~1389(副帝
                           先帝が引退するにあたり後継者に
                           東ローマ帝国の宗主権下に(1382
                           オスマン帝国へ臣従(1387
    ❽マヌイル・アンゲロス・フィランソロピノス   ??~?? 1389~1393(副帝
                           オスマン帝国に併合される(1393

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