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<マル激・後半>学問の意義を理解しない日本学術会議の新法案は間違っている/山極壽一氏(総合地球環境学研究所所長)
歴代会長が石破首相に撤回を求めていた日本学術会議の新法案が3月7日、閣議決定された。 新法は過去70年あまりにわたり日本の科学者の内外に対する代表機関としての役割を担ってきた日本学術会議という政府の特別機関を、国の下に置かれた特殊法人として位置付けるもので、首相に任命された外部の評価委員による評価の仕組みも明記される。新たな特殊法人の設立となるため、現行の日本学術会議法を改正するのではなく、新たな法律を制定するものとなる。 ことの発端は2020年9月末、菅政権下で表面化した任命拒否問題だった。学術会議は210人の会員の半数を3年ごとに交代する仕組みだが、当時の菅首相が会員や各学会から推薦を受けた105人の学者のうち6人の任命を拒否したのだ。 拒否された学者の中に安倍政権が推進した安保法制に異議を唱えていた学者が含まれていたため、政治・思想信条を理由とする拒否ではないかとの批判が沸き起こり、短命に終わった菅政権の命運に少なからず影響を与えたが、結局この問題は今も有耶無耶になったままだ。 京都大学の元総長で任命拒否当時、日本学術会議会長の職にあった山極壽一氏は、菅首相に面会を求めたが必要がないとの理由で断られたという。山極氏はその後の経過を見る限り、菅元首相が学術会議の役割や法的立場などを理解しないまま、周囲が首相に忖度した結果が任命拒否につながったのではないかと語る。 そもそも学術会議会員の任命は、学術会議法に基づき、現行の会員や各学会から推薦された「優れた研究又は業績がある」者を首相が形式的に任命する形が採られてきた。2020年の菅首相による突然の拒否がそれまでの法解釈と異なることは、過去のマル激で指摘した通りだ。 その後、唐突に出てきた案が、日本学術会議を特殊法人化するというものだった。 日本学術会議は1949年の設立以来、日本の科学者の代表機関として自律的で自主的な立場で活動してきた。学者の国会とも称され、さまざまな分野の意見の異なる科学者が集まって議論し、政府への提言や勧告、見解などをまとめてきた。これまでも学術会議の在り方については政府内でも何度も議論されてきており、2015年の有識者会議の報告では「現在の制度は、これを変える積極的理由は見出しにくい」とされていた。 これまでの法律を廃止して新たに日本学術会議を特殊法人としてスタートさせるという今回の法案は、そもそも立法の根拠がないと山極氏は主張する。法案の撤回を求める先月の歴代会長の声明でも「日本学術会議の活動を政府が管理し、その独立性が損なわれる危惧が大きい」と懸念を訴えている。 こうした動きの背景には、学問に対する考え方の違いがあるのではないかと山極氏は語る。 学問に携わる個々の研究者は自らの好奇心から研究を重ね、互いに切磋琢磨し、内外の研究者とディスカッションを重ね、専門性を深める。学問は効率性や利益を求めるものではなく、それを純粋に深く追求した結果、それが社会に役に立ったり、大きなイノベーションにつながったりする可能性が出てくるというものだ。 昨年暮れにまとめられ今回の法案の下地になったとされる有識者懇談会の報告書には「世界最高のナショナルアカデミーを目指して」というタイトルが付けられているが、山極氏は世界のアカデミーとは協働すべきであって競争するのが目的ではないと指摘する。 さらに山極氏は、2004年の国立大学法人化の動きと今回の学術会議の問題は通底していると語る。国立大学改革は選択と集中というかけ声のもとで、政府の意向がより強く反映できるような形で進められてきた。国立大学の予算が学術研究にあてられる「科研費」ではなく大学の運営に充てられる「補助金」としての配分が強化されてきた結果、学問自体が層の薄いものになってきていることが懸念されている。近視眼的な結果だけを求めたら学問は発展しないし、新しい発見も期待できない。 今回の学術会議新法の制定は日本の科学の発展にどのような影響を与えることになるのか。そもそも日本学術会議はどういう組織でどんな活動をしてきたのか。政府と学術会議は対立するのではなく、対話ができる存在としての役割を果たすべきだと主張する山極壽一氏と、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。前半はこちら→so44739591(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/03/10(月) 12:00
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<マル激・前半>学問の意義を理解しない日本学術会議の新法案は間違っている/山極壽一氏(総合地球環境学研究所所長)
歴代会長が石破首相に撤回を求めていた日本学術会議の新法案が3月7日、閣議決定された。 新法は過去70年あまりにわたり日本の科学者の内外に対する代表機関としての役割を担ってきた日本学術会議という政府の特別機関を、国の下に置かれた特殊法人として位置付けるもので、首相に任命された外部の評価委員による評価の仕組みも明記される。新たな特殊法人の設立となるため、現行の日本学術会議法を改正するのではなく、新たな法律を制定するものとなる。 ことの発端は2020年9月末、菅政権下で表面化した任命拒否問題だった。学術会議は210人の会員の半数を3年ごとに交代する仕組みだが、当時の菅首相が会員や各学会から推薦を受けた105人の学者のうち6人の任命を拒否したのだ。 拒否された学者の中に安倍政権が推進した安保法制に異議を唱えていた学者が含まれていたため、政治・思想信条を理由とする拒否ではないかとの批判が沸き起こり、短命に終わった菅政権の命運に少なからず影響を与えたが、結局この問題は今も有耶無耶になったままだ。 京都大学の元総長で任命拒否当時、日本学術会議会長の職にあった山極壽一氏は、菅首相に面会を求めたが必要がないとの理由で断られたという。山極氏はその後の経過を見る限り、菅元首相が学術会議の役割や法的立場などを理解しないまま、周囲が首相に忖度した結果が任命拒否につながったのではないかと語る。 そもそも学術会議会員の任命は、学術会議法に基づき、現行の会員や各学会から推薦された「優れた研究又は業績がある」者を首相が形式的に任命する形が採られてきた。2020年の菅首相による突然の拒否がそれまでの法解釈と異なることは、過去のマル激で指摘した通りだ。 その後、唐突に出てきた案が、日本学術会議を特殊法人化するというものだった。 日本学術会議は1949年の設立以来、日本の科学者の代表機関として自律的で自主的な立場で活動してきた。学者の国会とも称され、さまざまな分野の意見の異なる科学者が集まって議論し、政府への提言や勧告、見解などをまとめてきた。これまでも学術会議の在り方については政府内でも何度も議論されてきており、2015年の有識者会議の報告では「現在の制度は、これを変える積極的理由は見出しにくい」とされていた。 これまでの法律を廃止して新たに日本学術会議を特殊法人としてスタートさせるという今回の法案は、そもそも立法の根拠がないと山極氏は主張する。法案の撤回を求める先月の歴代会長の声明でも「日本学術会議の活動を政府が管理し、その独立性が損なわれる危惧が大きい」と懸念を訴えている。 こうした動きの背景には、学問に対する考え方の違いがあるのではないかと山極氏は語る。 学問に携わる個々の研究者は自らの好奇心から研究を重ね、互いに切磋琢磨し、内外の研究者とディスカッションを重ね、専門性を深める。学問は効率性や利益を求めるものではなく、それを純粋に深く追求した結果、それが社会に役に立ったり、大きなイノベーションにつながったりする可能性が出てくるというものだ。 昨年暮れにまとめられ今回の法案の下地になったとされる有識者懇談会の報告書には「世界最高のナショナルアカデミーを目指して」というタイトルが付けられているが、山極氏は世界のアカデミーとは協働すべきであって競争するのが目的ではないと指摘する。 さらに山極氏は、2004年の国立大学法人化の動きと今回の学術会議の問題は通底していると語る。国立大学改革は選択と集中というかけ声のもとで、政府の意向がより強く反映できるような形で進められてきた。国立大学の予算が学術研究にあてられる「科研費」ではなく大学の運営に充てられる「補助金」としての配分が強化されてきた結果、学問自体が層の薄いものになってきていることが懸念されている。近視眼的な結果だけを求めたら学問は発展しないし、新しい発見も期待できない。 今回の学術会議新法の制定は日本の科学の発展にどのような影響を与えることになるのか。そもそも日本学術会議はどういう組織でどんな活動をしてきたのか。政府と学術会議は対立するのではなく、対話ができる存在としての役割を果たすべきだと主張する山極壽一氏と、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。後半はこちら→so44739643(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/03/10(月) 12:00
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<マル激・前半>トランプの政府解体は「常識の革命」なのか「クーデター」なのか/孫崎享氏(元外務省国際情報局長)
トランプ大統領が就任直後から連邦政府の職員を大量に解雇している。その数は就任後の1カ月で既に3万人に及び、まだまだ続きそうな気配だ。果たしてこれはトランプが掲げる「常識の革命」なのか、はたまた憲法で規定された大統領権限を遥かに超えた「クーデター」なのか。 トランプ大統領は1月20日の就任以来、国際協調や人種的・性的マイノリティの尊重といったこれまでアメリカが重視してきた理念を「民主党的なもの」として徹底批判し、そうした価値や理念に基づく様々な制度は機関をことごとく縮小・解体している。これをトランプ自身は「常識の革命(the revolution of common sense)」と呼んでいる。 一連の施策の中でも枢要な位置を占めるのが、連邦職員の大量解雇だ。特にここまでは、他国への対外援助や地球温暖化対策、人種的・性的マイノリティの支援、子ども達にリベラルな教育を行うプログラムを支援してきた教育関連省庁や機関などに所属する連邦職員が大量に解雇されたり、早期退職に追い込まれたりしている。要するに「民主党的」な価値や理念に基づいた政策や施策を執行してきた官僚を政府から完全に排除してしまおうというわけだ。 トランプは1月28日、連邦職員に対し、2月6日までに自主退職すれば9月末までの給与を支払うという自主退職案を通知。その結果、連邦職員230万人のうち、7万5,000人が早期退職に応じたという。これは全職員の3%にあたる。さらにトランプは国際開発庁や教育省を廃止し、その他の省庁も大幅に縮小する意思を表明している。トランプ政権の公務員大量解雇はまだまだ続きそうだ。 ワシントンでは公務員の大量解雇に伴い、様々な問題が表面化している。日本の国税庁にあたる内国歳入庁では確定申告シーズン真っただ中に約6,000人が解雇されたことで、既に確定申告業務に遅れが生じている。また鳥インフルエンザの人への感染の報告が相次ぐ中、CDC(疾病管理予防センター)の職員が1,300人解雇されたことで事態への対応が遅れ、再びパンデミックに発展するリスクなどが懸念されている。 また、大量解雇が「民主党的」なリベラル政策を推進する省庁や部署を標的にしていることに加え、バイデン政権下でトランプ自身の訴追に関わった部署や担当者を狙い撃ちにしていたり、政府リストラ計画の指揮を執るイーロン・マスク氏が、自身が経営する会社に有利になるようなリストラを行っている疑いが取り沙汰されるなど、利益相反が問題視されている。 なぜトランプはこのような政府の解体を進めるのか。元外務省国際情報局長の孫崎享氏はその背景に、一般的なアメリカ人、とりわけトランプを支持したレッドステートにおいて、連邦政府やそこで働くエリートたちに対する根強い不信感があると言う。日本に伝わってくる「アメリカ」の情報は、主にニューヨーク、ワシントンなどの東海岸とカリフォルニアなどに偏っている。レッドステートでは元来、トランプが民主党的と呼ぶリベラルな理念や、連邦政府が州に対して多くの権限を行使している現状に対して不満を持つ人が相対的に多い。トランプの連邦政府職員の大量リストラはそうした有権者の支持を意識したものでもあると孫崎氏は指摘する。 トランプによる政府の解体は、今後のアメリカにどのような影響を与えることになるのか。孫崎氏は、アメリカ第一主義と孤立主義を掲げるトランプ政権は、もはや国際社会におけるアメリカのイメージなどどうでもいいと考えていて、アメリカに好意的な国を1つでも増やすために毎年何千億ドル単位の対外援助をする時代は終わったと考えるべきだと言う。曲がりなりにもこれまで西側自由民主主義陣営の盟主としてアメリカが掲げてきた理念や建て前は、もはや存在しなくなったと言うのだ。そして、それは、国力が相対的に低下したアメリカにとっては当然の帰結だったと孫崎氏は指摘する。かつてアメリカが強大だった時は、グローバル化を進めることがアメリカの利益につながっていた。しかし、アメリカが圧倒的な優位性を失った今、グローバル化を進めたりアメリカの対外イメージを好意的なものにしても、アメリカがそれを自国の利益につなげることが難しくなっていると孫崎氏は言う。 しかし、連邦政府の解体はトランプがかねがね主張してきたDrain the Swamp(沼の水を抜く)につながるのだろうか。また、トランプがこれまでワシントンや対ヨーロッパで実行してきた「常識の革命」による政策転換がアジアにまで及ぶ可能性はないのか。そうなった時、それは日本にどのような影響を与えるのかなどについて、元外務省国際情報局長の孫崎享氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so44713198(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/03/03(月) 12:00
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会員無料 40:05
<マル激・後半>トランプの政府解体は「常識の革命」なのか「クーデター」なのか/孫崎享氏(元外務省国際情報局長)
トランプ大統領が就任直後から連邦政府の職員を大量に解雇している。その数は就任後の1カ月で既に3万人に及び、まだまだ続きそうな気配だ。果たしてこれはトランプが掲げる「常識の革命」なのか、はたまた憲法で規定された大統領権限を遥かに超えた「クーデター」なのか。 トランプ大統領は1月20日の就任以来、国際協調や人種的・性的マイノリティの尊重といったこれまでアメリカが重視してきた理念を「民主党的なもの」として徹底批判し、そうした価値や理念に基づく様々な制度は機関をことごとく縮小・解体している。これをトランプ自身は「常識の革命(the revolution of common sense)」と呼んでいる。 一連の施策の中でも枢要な位置を占めるのが、連邦職員の大量解雇だ。特にここまでは、他国への対外援助や地球温暖化対策、人種的・性的マイノリティの支援、子ども達にリベラルな教育を行うプログラムを支援してきた教育関連省庁や機関などに所属する連邦職員が大量に解雇されたり、早期退職に追い込まれたりしている。要するに「民主党的」な価値や理念に基づいた政策や施策を執行してきた官僚を政府から完全に排除してしまおうというわけだ。 トランプは1月28日、連邦職員に対し、2月6日までに自主退職すれば9月末までの給与を支払うという自主退職案を通知。その結果、連邦職員230万人のうち、7万5,000人が早期退職に応じたという。これは全職員の3%にあたる。さらにトランプは国際開発庁や教育省を廃止し、その他の省庁も大幅に縮小する意思を表明している。トランプ政権の公務員大量解雇はまだまだ続きそうだ。 ワシントンでは公務員の大量解雇に伴い、様々な問題が表面化している。日本の国税庁にあたる内国歳入庁では確定申告シーズン真っただ中に約6,000人が解雇されたことで、既に確定申告業務に遅れが生じている。また鳥インフルエンザの人への感染の報告が相次ぐ中、CDC(疾病管理予防センター)の職員が1,300人解雇されたことで事態への対応が遅れ、再びパンデミックに発展するリスクなどが懸念されている。 また、大量解雇が「民主党的」なリベラル政策を推進する省庁や部署を標的にしていることに加え、バイデン政権下でトランプ自身の訴追に関わった部署や担当者を狙い撃ちにしていたり、政府リストラ計画の指揮を執るイーロン・マスク氏が、自身が経営する会社に有利になるようなリストラを行っている疑いが取り沙汰されるなど、利益相反が問題視されている。 なぜトランプはこのような政府の解体を進めるのか。元外務省国際情報局長の孫崎享氏はその背景に、一般的なアメリカ人、とりわけトランプを支持したレッドステートにおいて、連邦政府やそこで働くエリートたちに対する根強い不信感があると言う。日本に伝わってくる「アメリカ」の情報は、主にニューヨーク、ワシントンなどの東海岸とカリフォルニアなどに偏っている。レッドステートでは元来、トランプが民主党的と呼ぶリベラルな理念や、連邦政府が州に対して多くの権限を行使している現状に対して不満を持つ人が相対的に多い。トランプの連邦政府職員の大量リストラはそうした有権者の支持を意識したものでもあると孫崎氏は指摘する。 トランプによる政府の解体は、今後のアメリカにどのような影響を与えることになるのか。孫崎氏は、アメリカ第一主義と孤立主義を掲げるトランプ政権は、もはや国際社会におけるアメリカのイメージなどどうでもいいと考えていて、アメリカに好意的な国を1つでも増やすために毎年何千億ドル単位の対外援助をする時代は終わったと考えるべきだと言う。曲がりなりにもこれまで西側自由民主主義陣営の盟主としてアメリカが掲げてきた理念や建て前は、もはや存在しなくなったと言うのだ。そして、それは、国力が相対的に低下したアメリカにとっては当然の帰結だったと孫崎氏は指摘する。かつてアメリカが強大だった時は、グローバル化を進めることがアメリカの利益につながっていた。しかし、アメリカが圧倒的な優位性を失った今、グローバル化を進めたりアメリカの対外イメージを好意的なものにしても、アメリカがそれを自国の利益につなげることが難しくなっていると孫崎氏は言う。 しかし、連邦政府の解体はトランプがかねがね主張してきたDrain the Swamp(沼の水を抜く)につながるのだろうか。また、トランプがこれまでワシントンや対ヨーロッパで実行してきた「常識の革命」による政策転換がアジアにまで及ぶ可能性はないのか。そうなった時、それは日本にどのような影響を与えるのかなどについて、元外務省国際情報局長の孫崎享氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so44713454(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/03/03(月) 12:00
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<マル激・後半>ウクライナ戦争の終わらせ方とその後の世界秩序/小谷哲男氏(明海大学外国語学部教授)
トランプ政権はブレトンウッズ体制に続いてNATO体制まで壊そうとしているのか。 トランプ政権は相次いで関税の引き上げを表明することで、戦後一貫して自らが率いてきた世界の経済・貿易秩序「ブレトンウッズ体制」から事実上離脱する姿勢を明確に打ち出しているが、ここにきてこれもまた自らが主導してきた戦後のヨーロッパの安全保障の枠組みである「NATO体制」をも壊し始めたようだ。 それが明らかになったのは、2月12日にトランプ大統領がロシアのプーチン大統領と電話会談を行ったと発表した時だった。米露の首脳が接触するのは、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以来初めてのことだが、トランプ大統領によると、両者はウクライナ戦争の停戦に向けた交渉に入ることで合意したというのだ。問題はその合意にはアメリカの同盟国であるNATO諸国はおろか、紛争当事者であるウクライナも含まれていなかったことだ。トランプはプーチンと2人だけで「ディール(取引)」してしまおうということらしい。 トランプ・プーチン会談に続いて同じく12日、アメリカのヘグセス国防長官がベルギーのブリュッセルで開かれていた「ウクライナ防衛コンタクトグループ」の会議で、アメリカは同盟国との不均衡な関係をこれ以上容認しないと発言し、NATO加盟国に対し防衛費の大幅な増額を求めた。へグセスはさらに、ウクライナが2014年以前の国境に戻ることは「非現実的」であり、ウクライナのNATO加盟の可能性は小さいとも語っている。 極めつけは先週末にドイツのミュンヘンで開かれた安全保障会議でのバンス副大統領の発言だった。バンスはヨーロッパ諸国に防衛費の大幅増額を求めた上で、今のヨーロッパにとっての最大の脅威はロシアや中国ではなく「ヨーロッパ内部からの脅威だ」と述べ、ヨーロッパ諸国内の民主主義勢力を痛烈に批判している。バンスによるとヨーロッパの民主勢力の考え方は、伝統的なアメリカの価値観とは相いれないものだという。 トランプ・プーチン電話会談からヘグセス、バンスに至る政権幹部による一連の発言が露わにしたのは、アメリカの従来の外交政策からの明確な転換だった。第二次世界大戦後、アメリカはイギリス、フランスを中心とする西ヨーロッパ諸国とNATO同盟を組み、ロシアが率いる共産勢力に対抗する集団安全保障体制を作った。3年前にロシアがウクライナに軍事侵攻した際も、バイデン政権はNATO諸国とともにウクライナ支援の姿勢を明確に示し、NATOを通じた集団安全保障体制の維持を最優先した。 ところがトランプ政権は当事者のウクライナもNATOの同盟国も排除したまま、ロシアと直接取り引きをして停戦条件を決めた上で、それを有無を言わせずにウクライナにのませるつもりでいるようなのだ。 確かに停戦になればこれ以上戦争の犠牲者を出さなくて済むかもしれない。しかし、軍事侵攻したロシアが圧倒的に有利になる条件で停戦となれば、アメリカがこれまで主張してきた「力による現状の変更は許さない」政策から180度転換することになる。そして何よりもNATOという、アメリカが第二次大戦以来守ってきた集団安全保障の枠組みを壊すことになる。 国際政治学者の小谷哲男氏は、トランプはアメリカがウクライナを支援するためにこれ以上戦費を負担しなくてよくなり、しかも戦争が終結することでこれ以上の犠牲者を出さなくなるのであれば、そのためにアメリカがこれまで大切にしてきた理念や原理原則を破ることになったとしても、まったく気にしないだろうと語る。 2月23日に行われるドイツ総選挙でも極右勢力「ドイツのための選択肢」の伸長が予想されているように、ヨーロッパでも自国中心主義やリベラルな価値観を敵視する極右勢力が支持を広げている。そのような状況の下で、仮にロシアがポーランドやバルト3国を再び自らの支配下に置こうとしたとしても、ヨーロッパはそれらの国々を守らない可能性はあるという。それもこれも、世界のリベラルな国際秩序がどこに向かうのかはウクライナ戦争がどういう形で終わるのかにかかっていると小谷氏は言う。 第二次世界大戦の末期、イギリスのチャーチル、アメリカのルーズベルト、ソ連のスターリンが1945年2月にウクライナのヤルタに結集し、戦後の国際秩序の在り方を話し合ったのがヤルタ会談だ。それからちょうど80年がたった今、世界はウクライナ戦争の終わらせ方次第では、アメリカ、中国、ロシアによる新しいヤルタ体制が形成される可能性が出てきていると小谷氏は言う。これは3つの軍事大国がお互いの行動に干渉せずに自身の影響圏を守るような体制になる可能性が高い。その体制の下では小国の利益は無視され、大国の勢力圏での「力による現状変更」が日常茶飯事になる恐れがある。しかし、日本を含め世界のほとんどの国はそのような世界は望んでいないはずだ。日本が自国の利益を守るためには、同盟国のアメリカが完全に孤立主義に陥らないように、アメリカに寄り添いつつ導いていくしかないだろうと小谷氏は語る。 トランプ政権の「常識の革命」によってウクライナ戦争はどこへ向かうのか。ウクライナ後の世界はどのようなものになるのか。日本が自国の利益を守る上でベストなシナリオとは何かなどについて、明海大学外国語学部教授の小谷哲男氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so44685928(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/02/24(月) 12:00
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<マル激・前半>ウクライナ戦争の終わらせ方とその後の世界秩序/小谷哲男氏(明海大学外国語学部教授)
トランプ政権はブレトンウッズ体制に続いてNATO体制まで壊そうとしているのか。 トランプ政権は相次いで関税の引き上げを表明することで、戦後一貫して自らが率いてきた世界の経済・貿易秩序「ブレトンウッズ体制」から事実上離脱する姿勢を明確に打ち出しているが、ここにきてこれもまた自らが主導してきた戦後のヨーロッパの安全保障の枠組みである「NATO体制」をも壊し始めたようだ。 それが明らかになったのは、2月12日にトランプ大統領がロシアのプーチン大統領と電話会談を行ったと発表した時だった。米露の首脳が接触するのは、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以来初めてのことだが、トランプ大統領によると、両者はウクライナ戦争の停戦に向けた交渉に入ることで合意したというのだ。問題はその合意にはアメリカの同盟国であるNATO諸国はおろか、紛争当事者であるウクライナも含まれていなかったことだ。トランプはプーチンと2人だけで「ディール(取引)」してしまおうということらしい。 トランプ・プーチン会談に続いて同じく12日、アメリカのヘグセス国防長官がベルギーのブリュッセルで開かれていた「ウクライナ防衛コンタクトグループ」の会議で、アメリカは同盟国との不均衡な関係をこれ以上容認しないと発言し、NATO加盟国に対し防衛費の大幅な増額を求めた。へグセスはさらに、ウクライナが2014年以前の国境に戻ることは「非現実的」であり、ウクライナのNATO加盟の可能性は小さいとも語っている。 極めつけは先週末にドイツのミュンヘンで開かれた安全保障会議でのバンス副大統領の発言だった。バンスはヨーロッパ諸国に防衛費の大幅増額を求めた上で、今のヨーロッパにとっての最大の脅威はロシアや中国ではなく「ヨーロッパ内部からの脅威だ」と述べ、ヨーロッパ諸国内の民主主義勢力を痛烈に批判している。バンスによるとヨーロッパの民主勢力の考え方は、伝統的なアメリカの価値観とは相いれないものだという。 トランプ・プーチン電話会談からヘグセス、バンスに至る政権幹部による一連の発言が露わにしたのは、アメリカの従来の外交政策からの明確な転換だった。第二次世界大戦後、アメリカはイギリス、フランスを中心とする西ヨーロッパ諸国とNATO同盟を組み、ロシアが率いる共産勢力に対抗する集団安全保障体制を作った。3年前にロシアがウクライナに軍事侵攻した際も、バイデン政権はNATO諸国とともにウクライナ支援の姿勢を明確に示し、NATOを通じた集団安全保障体制の維持を最優先した。 ところがトランプ政権は当事者のウクライナもNATOの同盟国も排除したまま、ロシアと直接取り引きをして停戦条件を決めた上で、それを有無を言わせずにウクライナにのませるつもりでいるようなのだ。 確かに停戦になればこれ以上戦争の犠牲者を出さなくて済むかもしれない。しかし、軍事侵攻したロシアが圧倒的に有利になる条件で停戦となれば、アメリカがこれまで主張してきた「力による現状の変更は許さない」政策から180度転換することになる。そして何よりもNATOという、アメリカが第二次大戦以来守ってきた集団安全保障の枠組みを壊すことになる。 国際政治学者の小谷哲男氏は、トランプはアメリカがウクライナを支援するためにこれ以上戦費を負担しなくてよくなり、しかも戦争が終結することでこれ以上の犠牲者を出さなくなるのであれば、そのためにアメリカがこれまで大切にしてきた理念や原理原則を破ることになったとしても、まったく気にしないだろうと語る。 2月23日に行われるドイツ総選挙でも極右勢力「ドイツのための選択肢」の伸長が予想されているように、ヨーロッパでも自国中心主義やリベラルな価値観を敵視する極右勢力が支持を広げている。そのような状況の下で、仮にロシアがポーランドやバルト3国を再び自らの支配下に置こうとしたとしても、ヨーロッパはそれらの国々を守らない可能性はあるという。それもこれも、世界のリベラルな国際秩序がどこに向かうのかはウクライナ戦争がどういう形で終わるのかにかかっていると小谷氏は言う。 第二次世界大戦の末期、イギリスのチャーチル、アメリカのルーズベルト、ソ連のスターリンが1945年2月にウクライナのヤルタに結集し、戦後の国際秩序の在り方を話し合ったのがヤルタ会談だ。それからちょうど80年がたった今、世界はウクライナ戦争の終わらせ方次第では、アメリカ、中国、ロシアによる新しいヤルタ体制が形成される可能性が出てきていると小谷氏は言う。これは3つの軍事大国がお互いの行動に干渉せずに自身の影響圏を守るような体制になる可能性が高い。その体制の下では小国の利益は無視され、大国の勢力圏での「力による現状変更」が日常茶飯事になる恐れがある。しかし、日本を含め世界のほとんどの国はそのような世界は望んでいないはずだ。日本が自国の利益を守るためには、同盟国のアメリカが完全に孤立主義に陥らないように、アメリカに寄り添いつつ導いていくしかないだろうと小谷氏は語る。 トランプ政権の「常識の革命」によってウクライナ戦争はどこへ向かうのか。ウクライナ後の世界はどのようなものになるのか。日本が自国の利益を守る上でベストなシナリオとは何かなどについて、明海大学外国語学部教授の小谷哲男氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so44685930(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/02/24(月) 12:00
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<マル激・後半>トランプ関税は世界の貿易秩序を根底から変えるのか/木村福成氏(アジア経済研究所所長)
世界は再び関税の報復合戦による保護貿易の時代に突入するのか。 2月10日、トランプ大統領は輸入される鉄鋼とアルミニウムに一律25%の関税をかけることを発表した。3月12日に発動されるという。 これに先立ってトランプは2月1日、カナダとメキシコからの輸入品に25%の関税を、中国からの輸入品には10%の追加関税をかける大統領令に署名している。結局、カナダとメキシコに対する関税は2月4日の発動直前に約1カ月延期されることとなったが、中国に対する関税は実際に発動され、早速2月10日には中国が報復として、アメリカからの輸入品80品目に10~15%の追加関税を発動している。関税の報復合戦という悪夢が現実のものになりつつある。 かつて関税は国家の主権の中でも最も重要な機能の1つだった。日本が幕末に結んだ不平等条約によって関税自主権を失ったことで、その回復に50年もの苦しい交渉を要したと日本史で習ったことを記憶される方も多いのではないか。 しかし、1929年の大恐慌の後、世界各国が自国の産業を護るために関税を引き上げたことで、保護主義が横行し、結果的にブロック経済体制下の経済ナショナリズムの高揚が先の世界大戦につながったとの反省から、戦後、世界ではGATTの枠組みの下でアメリカを中心に継続的な関税の引き下げが行われ、少なくとも先進国に住むわれわれにとって、もはや関税というものを意識する機会がほとんどなくなっていた。結局のところ「グローバル化」というのは、ほとんど関税というものが存在しなくなった世界を意味していた。 1946年に10%だったアメリカの平均関税率は、第1次トランプ政権が関税引き上げを始める直前の2017年には1%まで下がっていた。しかし第1次トランプ政権は中国との間で関税の応酬を繰り広げ、バイデン政権もそれを維持した。米独立調査機関Tax Foundationは、今後アメリカがトランプの公約通り中国、カナダ、メキシコに対して関税を引き上げた場合、アメリカの関税率は1947年のGATT締結時の水準まで上がると予測している。第二次世界大戦の反省の上に立って世界が70年あまりかけて築いてきた今日の自由貿易体制が崩壊する危険性が現実のものとなっている。 そうした中にあって、天然資源の乏しい日本は、戦後の自由貿易体制の恩恵を最も多く受けてきた国の1つだった。もし今後世界が再び関税のある世界に戻った場合、日本にどのような影響が及ぶのかを、日本は真剣に受け止め、戦略を練っておく必要があるだろう。 国際貿易や開発経済が専門で現在アジア経済研究所の所長を務める木村福成慶應義塾大学名誉教授は、アメリカと中国の間で関税合戦が起こった場合、米中間の貿易は停滞するが、第3国にとってはアメリカへの輸出を増やせるチャンスにもなり得ると指摘する。実際、米中関税合戦の第1波となった第1次トランプ政権下では、メキシコやベトナムがアメリカへの輸出を増やしているという。 また、トランプは関税によって世界を再び保護貿易の時代に巻き戻そうとしているわけではないと木村氏は言う。トランプにその意図があるならメキシコやカナダを取り込んだブロック経済を作ろうとするはずだが、今トランプがやっていることは真逆だ。また、米中間で関税戦争が激化しても、世界の他の国々の間では自由貿易は正常に動いている。そのため、日本を含めた第3国はトランプ関税に対応しながらも、これまで築き上げてきた自由貿易を維持していくための努力を続けていくことが重要になると木村氏は言う。 1980年代頃までは日本の市場の閉鎖性がアメリカやEUから叩かれた時代もあった。しかし今や日本はコメ、こんにゃくなど一部の農産品に対して例外的に高い関税が課されている以外は、関税率が先進国の中でも低い部類に入るほど日本の市場は開放されている。だからこそ、日本は食料やエネルギーの自給率が低いという問題を抱えているわけだが、今回トランプ政権は相互主義の立場から相手国がかけている関税と同じだけの関税をかけると言っている。もしそうだとすれば、日本へのトランプ関税の影響は限定的なものにとどまる可能性が高い。何があっても世界が関税の応酬合戦に入ってしまうような事態を避けるために日本が努めることが、日本の国益に適っていることは言うまでもない。 トランプ関税は世界貿易の形をどのように変えるのか。世界は自由貿易体制を維持することができるのか。資源に乏しい日本は関税のある世界にどう対応していけばいいのかなどについて、アジア経済研究所長の木村福成氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so44653595(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/02/17(月) 12:00
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<マル激・前半>トランプ関税は世界の貿易秩序を根底から変えるのか/木村福成氏(アジア経済研究所所長)
世界は再び関税の報復合戦による保護貿易の時代に突入するのか。 2月10日、トランプ大統領は輸入される鉄鋼とアルミニウムに一律25%の関税をかけることを発表した。3月12日に発動されるという。 これに先立ってトランプは2月1日、カナダとメキシコからの輸入品に25%の関税を、中国からの輸入品には10%の追加関税をかける大統領令に署名している。結局、カナダとメキシコに対する関税は2月4日の発動直前に約1カ月延期されることとなったが、中国に対する関税は実際に発動され、早速2月10日には中国が報復として、アメリカからの輸入品80品目に10~15%の追加関税を発動している。関税の報復合戦という悪夢が現実のものになりつつある。 かつて関税は国家の主権の中でも最も重要な機能の1つだった。日本が幕末に結んだ不平等条約によって関税自主権を失ったことで、その回復に50年もの苦しい交渉を要したと日本史で習ったことを記憶される方も多いのではないか。 しかし、1929年の大恐慌の後、世界各国が自国の産業を護るために関税を引き上げたことで、保護主義が横行し、結果的にブロック経済体制下の経済ナショナリズムの高揚が先の世界大戦につながったとの反省から、戦後、世界ではGATTの枠組みの下でアメリカを中心に継続的な関税の引き下げが行われ、少なくとも先進国に住むわれわれにとって、もはや関税というものを意識する機会がほとんどなくなっていた。結局のところ「グローバル化」というのは、ほとんど関税というものが存在しなくなった世界を意味していた。 1946年に10%だったアメリカの平均関税率は、第1次トランプ政権が関税引き上げを始める直前の2017年には1%まで下がっていた。しかし第1次トランプ政権は中国との間で関税の応酬を繰り広げ、バイデン政権もそれを維持した。米独立調査機関Tax Foundationは、今後アメリカがトランプの公約通り中国、カナダ、メキシコに対して関税を引き上げた場合、アメリカの関税率は1947年のGATT締結時の水準まで上がると予測している。第二次世界大戦の反省の上に立って世界が70年あまりかけて築いてきた今日の自由貿易体制が崩壊する危険性が現実のものとなっている。 そうした中にあって、天然資源の乏しい日本は、戦後の自由貿易体制の恩恵を最も多く受けてきた国の1つだった。もし今後世界が再び関税のある世界に戻った場合、日本にどのような影響が及ぶのかを、日本は真剣に受け止め、戦略を練っておく必要があるだろう。 国際貿易や開発経済が専門で現在アジア経済研究所の所長を務める木村福成慶應義塾大学名誉教授は、アメリカと中国の間で関税合戦が起こった場合、米中間の貿易は停滞するが、第3国にとってはアメリカへの輸出を増やせるチャンスにもなり得ると指摘する。実際、米中関税合戦の第1波となった第1次トランプ政権下では、メキシコやベトナムがアメリカへの輸出を増やしているという。 また、トランプは関税によって世界を再び保護貿易の時代に巻き戻そうとしているわけではないと木村氏は言う。トランプにその意図があるならメキシコやカナダを取り込んだブロック経済を作ろうとするはずだが、今トランプがやっていることは真逆だ。また、米中間で関税戦争が激化しても、世界の他の国々の間では自由貿易は正常に動いている。そのため、日本を含めた第3国はトランプ関税に対応しながらも、これまで築き上げてきた自由貿易を維持していくための努力を続けていくことが重要になると木村氏は言う。 1980年代頃までは日本の市場の閉鎖性がアメリカやEUから叩かれた時代もあった。しかし今や日本はコメ、こんにゃくなど一部の農産品に対して例外的に高い関税が課されている以外は、関税率が先進国の中でも低い部類に入るほど日本の市場は開放されている。だからこそ、日本は食料やエネルギーの自給率が低いという問題を抱えているわけだが、今回トランプ政権は相互主義の立場から相手国がかけている関税と同じだけの関税をかけると言っている。もしそうだとすれば、日本へのトランプ関税の影響は限定的なものにとどまる可能性が高い。何があっても世界が関税の応酬合戦に入ってしまうような事態を避けるために日本が努めることが、日本の国益に適っていることは言うまでもない。 トランプ関税は世界貿易の形をどのように変えるのか。世界は自由貿易体制を維持することができるのか。資源に乏しい日本は関税のある世界にどう対応していけばいいのかなどについて、アジア経済研究所長の木村福成氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so44653596(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/02/17(月) 12:00
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<マル激・前半>相次ぐ日本企業の不祥事の根底にある「黒い空気」の正体/菊澤研宗氏(慶應義塾大学名誉教授)
フジテレビ問題を受けて、日本の企業ガバナンスに関心が集まっている。それはフジテレビに限らず、日本で企業の不祥事が相次いでいるからだ。 実際、企業の、とりわけ大企業の不祥事が止まらない。トヨタの認証不正やJR貨物の車軸不正は言うに及ばず、ビッグモーターによる修理費水増しによる保険金の不正請求、三菱UFJ銀行の行員による貸金庫からの金品の横領等々、近年だけでも数え上げたらきりがないほどだ。 なぜこうも企業の不祥事が続くのか。 慶應大学名誉教授で組織の不正に詳しい菊澤研宗氏は、日本企業の不正の背後にある日本特有の「黒い空気」の存在を指摘する。 『空気の研究』といえば山本七平の名著だ。本書の中で山本氏は、日本の組織では誰かから命じられるわけもなく、その場の空気に支配されて組織の重要な意思決定が下される場合が多いことを指摘している。勝ち目のないアメリカとの戦争に突入していったのがその好例だが、いざ戦争が終わってみると、戦争を煽った指導者たちの多くが、実は自分は戦争はしたくなかったなどということを平気で言ってのける。日本では重要な決定が下された時、首謀者がいないため責任の所在がはっきりしないことが多いのだ。 菊澤氏によると、その「空気」には色があり、日本ではそれが容易に「黒い空気」になりやすいのだという。では黒い空気とは何か。 黒い空気を理解するためには、もう1つ、1991年にノーベル経済学賞を受賞したR・H・コースが生み出した「取引コスト」という考え方を理解する必要がある。取引コストとは、人々が交渉・説得・取引する際の人間関係上のコストや摩擦のことだ。これは会計上には表れない見えないコストだが、人々はこれを節約するように合理的に行動する。例えば倫理的に上司を説得するのは取引コストが高すぎると考えれば、個々の従業員は不正に手を染める選択をしてしまう。 不正が行われる時、個々の従業員は決して非合理的ではなく、何が悪いことで何が正しいことか分かっている。しかし、不正に関わった多くの従業員は、そこで倫理的に正しい行動を取るためには多大な「取引コスト」が生じることが分かっているため、結果的に不正に流された方が合理的となる場合が多い。合理的に考えて非合理な選択を下すわけだ。特に日本の組織ではその「取引コスト」が欧米に比べて非常に大きくなる傾向があるために、倫理性と経済合理性が一致しない事態に直面した時、多くの人が倫理性を犠牲にしてでも経済合理性を選んでしまうというのだ。 日本企業で命令なき不正が多い歴史的背景は、戦前まで遡る。太平洋戦争の時、アメリカとの開戦は、日本全体にとっては勝ち目のない戦争だったが、陸海軍にとってはそれぞれ合理的だったという。そのため陸海軍は不条理な「黒い空気」に支配され、合理的に失敗したと菊澤氏は言う。 当時、アメリカとの戦争を回避するために満州から撤退すれば、これまでに満州で得た全ての権益を失い、そのために多大な犠牲を強いられてきた国民の反発は免れない。また、軍の弱腰に業を煮やした青年将校から2.26事件のようなクーデターを起こされる可能性もあった。そのため陸軍の上層部にとって、今さら国民や陸軍内部を説得するのは「取引コスト」が高すぎた。海軍も、備蓄わずかの石油をアメリカから輸入するためには陸軍に満州から撤退してもらう必要があったが、陸軍を説得するにはあまりにも「取引コスト」が高く、それは事実上不可能だった。 往々にして日本の組織を覆いがちになる「黒い空気」を浄化するにはどうすればいいのか。組織内の取引コストを節約するには、まずはものを言える文化を作る必要があると菊澤氏は言う。その上で、最終的にはエマニュエル・カントが提唱した「実践理性」やマックス・ウェーバーが「価値合理性」という言葉で説明したような、組織のリーダーが倫理的な正しさを判断しそれを行動に移す能力を備えていることが不可欠になると言う。 なぜ日本企業の不祥事が止まらないのか、不正の温床となる「黒い空気」とは何か、黒い空気を生む取引コストとは何で、日本の組織はなぜ取引コストが高いのか、どうすれば黒い空気を浄化できるのかなどについて、慶応義塾大学名誉教授の菊澤研宗氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 後半はこちら→so44626702(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/02/10(月) 12:00
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<マル激・後半>相次ぐ日本企業の不祥事の根底にある「黒い空気」の正体/菊澤研宗氏(慶應義塾大学名誉教授)
フジテレビ問題を受けて、日本の企業ガバナンスに関心が集まっている。それはフジテレビに限らず、日本で企業の不祥事が相次いでいるからだ。 実際、企業の、とりわけ大企業の不祥事が止まらない。トヨタの認証不正やJR貨物の車軸不正は言うに及ばず、ビッグモーターによる修理費水増しによる保険金の不正請求、三菱UFJ銀行の行員による貸金庫からの金品の横領等々、近年だけでも数え上げたらきりがないほどだ。 なぜこうも企業の不祥事が続くのか。 慶應大学名誉教授で組織の不正に詳しい菊澤研宗氏は、日本企業の不正の背後にある日本特有の「黒い空気」の存在を指摘する。 『空気の研究』といえば山本七平の名著だ。本書の中で山本氏は、日本の組織では誰かから命じられるわけもなく、その場の空気に支配されて組織の重要な意思決定が下される場合が多いことを指摘している。勝ち目のないアメリカとの戦争に突入していったのがその好例だが、いざ戦争が終わってみると、戦争を煽った指導者たちの多くが、実は自分は戦争はしたくなかったなどということを平気で言ってのける。日本では重要な決定が下された時、首謀者がいないため責任の所在がはっきりしないことが多いのだ。 菊澤氏によると、その「空気」には色があり、日本ではそれが容易に「黒い空気」になりやすいのだという。では黒い空気とは何か。 黒い空気を理解するためには、もう1つ、1991年にノーベル経済学賞を受賞したR・H・コースが生み出した「取引コスト」という考え方を理解する必要がある。取引コストとは、人々が交渉・説得・取引する際の人間関係上のコストや摩擦のことだ。これは会計上には表れない見えないコストだが、人々はこれを節約するように合理的に行動する。例えば倫理的に上司を説得するのは取引コストが高すぎると考えれば、個々の従業員は不正に手を染める選択をしてしまう。 不正が行われる時、個々の従業員は決して非合理的ではなく、何が悪いことで何が正しいことか分かっている。しかし、不正に関わった多くの従業員は、そこで倫理的に正しい行動を取るためには多大な「取引コスト」が生じることが分かっているため、結果的に不正に流された方が合理的となる場合が多い。合理的に考えて非合理な選択を下すわけだ。特に日本の組織ではその「取引コスト」が欧米に比べて非常に大きくなる傾向があるために、倫理性と経済合理性が一致しない事態に直面した時、多くの人が倫理性を犠牲にしてでも経済合理性を選んでしまうというのだ。 日本企業で命令なき不正が多い歴史的背景は、戦前まで遡る。太平洋戦争の時、アメリカとの開戦は、日本全体にとっては勝ち目のない戦争だったが、陸海軍にとってはそれぞれ合理的だったという。そのため陸海軍は不条理な「黒い空気」に支配され、合理的に失敗したと菊澤氏は言う。 当時、アメリカとの戦争を回避するために満州から撤退すれば、これまでに満州で得た全ての権益を失い、そのために多大な犠牲を強いられてきた国民の反発は免れない。また、軍の弱腰に業を煮やした青年将校から2.26事件のようなクーデターを起こされる可能性もあった。そのため陸軍の上層部にとって、今さら国民や陸軍内部を説得するのは「取引コスト」が高すぎた。海軍も、備蓄わずかの石油をアメリカから輸入するためには陸軍に満州から撤退してもらう必要があったが、陸軍を説得するにはあまりにも「取引コスト」が高く、それは事実上不可能だった。 往々にして日本の組織を覆いがちになる「黒い空気」を浄化するにはどうすればいいのか。組織内の取引コストを節約するには、まずはものを言える文化を作る必要があると菊澤氏は言う。その上で、最終的にはエマニュエル・カントが提唱した「実践理性」やマックス・ウェーバーが「価値合理性」という言葉で説明したような、組織のリーダーが倫理的な正しさを判断しそれを行動に移す能力を備えていることが不可欠になると言う。 なぜ日本企業の不祥事が止まらないのか、不正の温床となる「黒い空気」とは何か、黒い空気を生む取引コストとは何で、日本の組織はなぜ取引コストが高いのか、どうすれば黒い空気を浄化できるのかなどについて、慶応義塾大学名誉教授の菊澤研宗氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 前半はこちら→so44627037(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/02/10(月) 12:00
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<マル激・後半>フジテレビ問題が露わにした放送という利権産業の堕落と終焉/砂川浩慶氏(立教大学社会学部教授)
月の5回目の金曜日に特別企画を無料でお届けする5金スペシャル。今回は通常の番組編成で、立教大学社会学部教授の砂川浩慶氏をゲストに、フジテレビ問題をきっかけとして、日本の放送行政が抱えている根本的な問題について議論した。 フジテレビの幹部が自社の女性社員をタレントの中居正広氏に引き合わせ、その後両者の問で性被害問題が発生していたにもかかわらず、その事実を隠したまま中居氏を番組の司会として1年半以上も起用し続けたことが、社会問題にまで発展している。フジテレビ側のその後の対応の稚拙さも手伝って、70を超える主要な企業スポンサーがCMの放送を辞退し、ほとんどの番組にCMが流れないという前代未聞の異常事態となっている。まさに民放放送局にとっては命綱といっても過言ではないスポンサー離れにより、フジテレビは存亡の危機に陥っているといっても過言ではないだろう。 事案の性格上、巷では性被害の事実関係や事件そのものへのフジテレビ幹部の関与などに関心が集中しているが、この問題の根幹にはより大きな構造的問題がある。それは放送局という政府によって極めて手厚く保護された免許事業を営む事業者が、数々の特権の上にあぐらをかいたまま安直な企業経営を繰り返してきたことで、ガバナンスも経営能力も極度に低下しているということだ。今回の事件ではそのツケがいよいよ回ってきたと考えるのが妥当ではないか。 中居氏の問題が表面化する前から、日本の放送業界、そして放送行政が重大な問題を抱えていることは明らかだった。それは売り上げの減少や番組の劣化、視聴時間の減少などから見ても明らかだ。そろそろわれわれは、電波の有効利用という意味からも、テレビの終わらせ方を真剣に考えなければならないところまで来ているのかもしれない。 今回の事件では、トラブルの内容やその後の局側の対応の稚拙さが明らかになればなるほど、数少ない地上波免許を付与された、日本を代表する放送局であるフジテレビが、企業ガバナンスや当事者意識、そして人権意識が国民の有限で希少な資源である放送電波というものを委ねるのに値するとは到底思えないレベルにあったことが露わになっている。 日本では、極めて希少性が高く、よって価値の高い資源である放送電波を、政府が直接放送事業者に割り当て、占有させている。放送免許を政府が直接付与している国は、少なくとも先進国では日本だけだ。他の国で放送免許を付与する権限が独立した第三者機関に委ねられている最大の理由は、報道機関としての機能をも担う放送局にとって、もっとも厳しく監視をしなければならない対象である政府から免許を与えられ、事実上政府に生殺与奪を握られているようでは、報道機関としての本来の機能を果たせるわけがないことが明らかだからだ。 実際、日本では政府から言論機関である放送局に行政指導という名の介入が日常的に行われている。これは憲法21条に違反する可能性が高いが、放送局側がその違法性や違憲性を訴え出ないために、一向に問題にならない。そもそも免許というとてつもない利権を与えてくれている役所相手に、抗議したり裁判に訴え出ることなどあり得ないのだ。 政府が直接放送免許を付与している日本では、自ずと放送に対する政府の介入の度合いは強くなるが、その分、放送局側は政府から様々な特権や保護を当たり前のように受けることができる。つまり政府と放送局はギブ・アンド・テイクの関係にある。他の国では放送電波まで電波オークションの対象にしたり、放送局に電波の管理責任を負わせる一方で、番組制作については一定の比率を外部の制作会社に委ねることを義務づけているような国もある。いずれも権限を放送局に集中させ過ぎないことと、より視聴者、つまり国民に寄り添った番組制作が行われることを意図した施策だ。しかし、日本では電波も番組制作も、つまりソフトもハードも放送局が100%独占することが許されている。これは他に例を見ないほど強大な権限にして利権である。また、BSやCSなど新しい衛星放送が始まったり、放送のデジタル化によってチャンネル数が増えた時も、新たな電波が既存の地上波放送局に当たり前のように割り当てられ、まったくそれが問題視されることはなかった。これは他の先進国では決して当たり前のことではない。しかし、新聞とテレビが系列化している日本では、メディア上でもそのあたりの議論はまったく皆無だった。新聞とテレビが系列化する「クロスオーナーシップ」も、多くの先進国では決して当たり前のことではない。 また、フジテレビには放送行政のトップを務めていた山田真貴子氏を含め4人の総務官僚が事実上の天下りをしているが、免許を付与するばかりか箸の上げ下ろしまで放送局に介入してくる放送行政の当事者である総務省の中で、放送業界を担当してきた上級幹部を役員や顧問に迎えることは、どう考えても利益相反が生じる行為だ。しかし、これもまた日本ではほとんどまったく問題視されていない。 事ほど左様に放送局は政府と二人三脚の蜜月関係にあり、またその分、甘えの構造の中で温々と事業を営むことが可能になっている。そもそも半世紀もの間、新規参入企業が1つもない産業など、放送業界をおいて他にあり得ないだろう。 これはフジテレビに限ったことではないが、フジテレビの日枝久氏のような長年トップに君臨する「天皇」と呼ばれるような絶対的な存在が生まれやすいのもテレビ業界の特徴だが、それは強い政治的コネクションを持った長老に放送局の利権を護って貰う必要があるからだ。 さらに、フジテレビは利益の6割以上が不動産など放送以外の事業に依存している。電波という希少資源を付与されながら、有効に活用できていないのだ。それは株式市場が放送局の経営者に対しては非常に低い評価を下していることからも見て取れる。番組内容の低俗化や劣化は言うに及ばず、今回の事件に限らず、不祥事も後を絶たない。そのような会社や経営陣に国民の希少な資源である電波を付与し続けることが本当に市民社会の利益に適っているかどうかを、そろそろわれわれは真剣に考えるべき時が来ているのではないだろうか。 フジテレビ問題を奇禍として日本は利権と甘えの温床となってしまった放送行政のあり方を見直すことはできるのか。国民の有限の資源である放送電波を無駄にしないで有効活用するためには何が必要なのかなどについて、立教大学社会学部教授の砂川浩慶氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so44602423(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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<マル激・前半>5金スペシャル・フジテレビ問題が露わにした放送という利権産業の堕落と終焉/砂川浩慶氏(立教大学社会学部教授)
月の5回目の金曜日に特別企画を無料でお届けする5金スペシャル。今回は通常の番組編成で、立教大学社会学部教授の砂川浩慶氏をゲストに、フジテレビ問題をきっかけとして、日本の放送行政が抱えている根本的な問題について議論した。 フジテレビの幹部が自社の女性社員をタレントの中居正広氏に引き合わせ、その後両者の問で性被害問題が発生していたにもかかわらず、その事実を隠したまま中居氏を番組の司会として1年半以上も起用し続けたことが、社会問題にまで発展している。フジテレビ側のその後の対応の稚拙さも手伝って、70を超える主要な企業スポンサーがCMの放送を辞退し、ほとんどの番組にCMが流れないという前代未聞の異常事態となっている。まさに民放放送局にとっては命綱といっても過言ではないスポンサー離れにより、フジテレビは存亡の危機に陥っているといっても過言ではないだろう。 事案の性格上、巷では性被害の事実関係や事件そのものへのフジテレビ幹部の関与などに関心が集中しているが、この問題の根幹にはより大きな構造的問題がある。それは放送局という政府によって極めて手厚く保護された免許事業を営む事業者が、数々の特権の上にあぐらをかいたまま安直な企業経営を繰り返してきたことで、ガバナンスも経営能力も極度に低下しているということだ。今回の事件ではそのツケがいよいよ回ってきたと考えるのが妥当ではないか。 中居氏の問題が表面化する前から、日本の放送業界、そして放送行政が重大な問題を抱えていることは明らかだった。それは売り上げの減少や番組の劣化、視聴時間の減少などから見ても明らかだ。そろそろわれわれは、電波の有効利用という意味からも、テレビの終わらせ方を真剣に考えなければならないところまで来ているのかもしれない。 今回の事件では、トラブルの内容やその後の局側の対応の稚拙さが明らかになればなるほど、数少ない地上波免許を付与された、日本を代表する放送局であるフジテレビが、企業ガバナンスや当事者意識、そして人権意識が国民の有限で希少な資源である放送電波というものを委ねるのに値するとは到底思えないレベルにあったことが露わになっている。 日本では、極めて希少性が高く、よって価値の高い資源である放送電波を、政府が直接放送事業者に割り当て、占有させている。放送免許を政府が直接付与している国は、少なくとも先進国では日本だけだ。他の国で放送免許を付与する権限が独立した第三者機関に委ねられている最大の理由は、報道機関としての機能をも担う放送局にとって、もっとも厳しく監視をしなければならない対象である政府から免許を与えられ、事実上政府に生殺与奪を握られているようでは、報道機関としての本来の機能を果たせるわけがないことが明らかだからだ。 実際、日本では政府から言論機関である放送局に行政指導という名の介入が日常的に行われている。これは憲法21条に違反する可能性が高いが、放送局側がその違法性や違憲性を訴え出ないために、一向に問題にならない。そもそも免許というとてつもない利権を与えてくれている役所相手に、抗議したり裁判に訴え出ることなどあり得ないのだ。 政府が直接放送免許を付与している日本では、自ずと放送に対する政府の介入の度合いは強くなるが、その分、放送局側は政府から様々な特権や保護を当たり前のように受けることができる。つまり政府と放送局はギブ・アンド・テイクの関係にある。他の国では放送電波まで電波オークションの対象にしたり、放送局に電波の管理責任を負わせる一方で、番組制作については一定の比率を外部の制作会社に委ねることを義務づけているような国もある。いずれも権限を放送局に集中させ過ぎないことと、より視聴者、つまり国民に寄り添った番組制作が行われることを意図した施策だ。しかし、日本では電波も番組制作も、つまりソフトもハードも放送局が100%独占することが許されている。これは他に例を見ないほど強大な権限にして利権である。また、BSやCSなど新しい衛星放送が始まったり、放送のデジタル化によってチャンネル数が増えた時も、新たな電波が既存の地上波放送局に当たり前のように割り当てられ、まったくそれが問題視されることはなかった。これは他の先進国では決して当たり前のことではない。しかし、新聞とテレビが系列化している日本では、メディア上でもそのあたりの議論はまったく皆無だった。新聞とテレビが系列化する「クロスオーナーシップ」も、多くの先進国では決して当たり前のことではない。 また、フジテレビには放送行政のトップを務めていた山田真貴子氏を含め4人の総務官僚が事実上の天下りをしているが、免許を付与するばかりか箸の上げ下ろしまで放送局に介入してくる放送行政の当事者である総務省の中で、放送業界を担当してきた上級幹部を役員や顧問に迎えることは、どう考えても利益相反が生じる行為だ。しかし、これもまた日本ではほとんどまったく問題視されていない。 事ほど左様に放送局は政府と二人三脚の蜜月関係にあり、またその分、甘えの構造の中で温々と事業を営むことが可能になっている。そもそも半世紀もの間、新規参入企業が1つもない産業など、放送業界をおいて他にあり得ないだろう。 これはフジテレビに限ったことではないが、フジテレビの日枝久氏のような長年トップに君臨する「天皇」と呼ばれるような絶対的な存在が生まれやすいのもテレビ業界の特徴だが、それは強い政治的コネクションを持った長老に放送局の利権を護って貰う必要があるからだ。 さらに、フジテレビは利益の6割以上が不動産など放送以外の事業に依存している。電波という希少資源を付与されながら、有効に活用できていないのだ。それは株式市場が放送局の経営者に対しては非常に低い評価を下していることからも見て取れる。番組内容の低俗化や劣化は言うに及ばず、今回の事件に限らず、不祥事も後を絶たない。そのような会社や経営陣に国民の希少な資源である電波を付与し続けることが本当に市民社会の利益に適っているかどうかを、そろそろわれわれは真剣に考えるべき時が来ているのではないだろうか。 フジテレビ問題を奇禍として日本は利権と甘えの温床となってしまった放送行政のあり方を見直すことはできるのか。国民の有限の資源である放送電波を無駄にしないで有効活用するためには何が必要なのかなどについて、立教大学社会学部教授の砂川浩慶氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so44602426(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/02/03(月) 12:00
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<マル激・後半>トランプ2.0はどこまで突っ走れるのか /前嶋和弘氏(上智大学総合グローバル学部教授)
トランプ2.0が始まった。 1月20日、極寒のワシントンで大統領就任式が行われ、ドナルド・トランプ元大統領が第47代大統領に返り咲いた。トランプ新大統領は宣誓式の直後からバイデン政権の政策をことごとくひっくり返す大統領令への署名に着手し、地球温暖化を阻止するためのパリ協定からの離脱やWHO(世界保健機構)からの離脱を命じた他、2021年1月6日の議会襲撃事件の被告や受刑者1,500人あまりを一斉に恩赦した。トランプが署名した大統領令は初日だけで26にのぼった。 この4年間トランプにとっては頭痛の種だった自身の刑事事件も事実上不問に付され、今や世界の最高権力者の座に再び上りつめたトランプは、もはややりたい放題。怖いものなしで我が世の春を謳歌しているかのように見える。 しかし、上智大学総合グローバル学部教授の前嶋氏は、トランプにとっては大統領に就任したその日が権力のピークであり、ここから先は着実にレームダック化の道を進むことにならざるをえないだろうと語る。 まずそもそもトランプは決してアメリカ国民の圧倒的な支持など得ていない。アメリカは今完全に分断されていて、その約半分を占める共和党支持者からは熱い支持を受けているが、残る半分の民主党支持者からはほとんどまったく支持されていない。実際、大統領選挙も一般投票では僅か1.5%と僅差の勝利だったし、議会選挙も共和党が制したものの、その差は上下両院ともに僅差だ。 実際、トランプが初日に署名した大統領令のほとんどは予算措置を必要としないものばかりだった。予算が必要になる施策は議会の承認が必要になる。議会の上院は共和党が60議席を押さえられていないため、民主党のフィリバスター(議事妨害)にあえば、予算案は通らない。また、アメリカの議会は議院内閣制の日本と異なり基本的に党議拘束がないため、与党共和党の全議員がトランプのすべての政策を支持しているわけではない。 結局のところ、初日の大統領令のラッシュは、予算措置を伴わず簡単に出せるものの中から、悪目立ちするアナウンス効果が大きなものを選んで署名した、パフォーマンスに過ぎなかったことが透けて見えると前嶋氏は言う。トランプ政権の基盤は決して盤石とは言えないというのが前嶋氏の見立てだ。 また、トランプが初日に署名した大統領令の中には、今後法廷で覆されるものも多く出てくるものと見られている。例えば、トランプは初日にアメリカで生まれた人に自動的に市民権を与える「出生地主義」の廃止を命じる大統領令に署名しているが、これに対してワシントン州シアトルの連邦地裁が早くも23日には、これが憲法違反であるとして一時的な差し止めを命じている。アメリカの出生地主義は憲法修正14条に明記されているため、憲法を変えない限り大統領令だけでこれを変更することができないことは、小学生でもわかることだ。他にも初日にトランプが署名した大統領令の中には、法的な挑戦を受けるものが数多く出ることが予想されている。 しかし、トランプが大統領として2021年1月6日の議会襲撃事件に関与した約1,500人を恩赦したことの影響は計り知れない。大統領には恩赦権限がある。これもまた憲法に明記されている。なので、この決定に対しては誰も何も言えない。しかし、この中には議会襲撃の際に暴力的な行動によって禁錮22年の実刑判決を受けた極右団体「プラウド・ボーイズ」の元指導者エンリケ・タリオ氏なども含まれている。J-6(1月6日の議会襲撃事件)については、直前に襲撃を煽動するかのような演説を行ったトランプ大統領(当時)の刑事責任については議論の余地もあろうが、実際に何千人もの暴徒が議会を襲撃し警備員ら5人の命が失われたほか、議会の施設が破壊され全連邦議員が緊急避難をしなければならない事態に発展したことは紛れもない事実だ。その罪まで大統領のペン1つで不問に付されて本当にいいのか。それがアメリカの司法に対する信頼や社会正義にどのような影響を与えるかは、今後注視していく必要があるだろう。 実は、バイデン前大統領は退任間際の1月20日、トランプに起訴される恐れのある人々に「予防的恩赦」を与えると発表している。まだ起訴されていなくても、トランプに起訴されたときのために事前に恩赦しておくというのだ。大統領のためであればどんな違法行為も大統領恩赦によって許され、もしも政権が変わることになれば、次の政権から訴追されないために予防的恩赦で予め免罪符を手にすることができる。このような施策が横行してしまえば、大統領にさえ守られていればどんな違法なことをしても訴追されないという、とても恐ろしい時代になってしまう。アメリカの刑事司法、いや民主主義はどこまで崩れていくのだろうか。 トランプ大統領就任から1週間、アメリカで何が起きたのか。トランプはどこまで本気なのか、トランプ第2次政権はどこまで突っ走るのか、そしてその結果、アメリカはどう変わっていくのかなどについて、上智大学総合グローバル学部教授の前嶋和弘氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so44577531(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/01/27(月) 12:00
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会員無料 63:01
<マル激・前半>トランプ2.0はどこまで突っ走れるのか /前嶋和弘氏(上智大学総合グローバル学部教授)
トランプ2.0が始まった。 1月20日、極寒のワシントンで大統領就任式が行われ、ドナルド・トランプ元大統領が第47代大統領に返り咲いた。トランプ新大統領は宣誓式の直後からバイデン政権の政策をことごとくひっくり返す大統領令への署名に着手し、地球温暖化を阻止するためのパリ協定からの離脱やWHO(世界保健機構)からの離脱を命じた他、2021年1月6日の議会襲撃事件の被告や受刑者1,500人あまりを一斉に恩赦した。トランプが署名した大統領令は初日だけで26にのぼった。 この4年間トランプにとっては頭痛の種だった自身の刑事事件も事実上不問に付され、今や世界の最高権力者の座に再び上りつめたトランプは、もはややりたい放題。怖いものなしで我が世の春を謳歌しているかのように見える。 しかし、上智大学総合グローバル学部教授の前嶋氏は、トランプにとっては大統領に就任したその日が権力のピークであり、ここから先は着実にレームダック化の道を進むことにならざるをえないだろうと語る。 まずそもそもトランプは決してアメリカ国民の圧倒的な支持など得ていない。アメリカは今完全に分断されていて、その約半分を占める共和党支持者からは熱い支持を受けているが、残る半分の民主党支持者からはほとんどまったく支持されていない。実際、大統領選挙も一般投票では僅か1.5%と僅差の勝利だったし、議会選挙も共和党が制したものの、その差は上下両院ともに僅差だ。 実際、トランプが初日に署名した大統領令のほとんどは予算措置を必要としないものばかりだった。予算が必要になる施策は議会の承認が必要になる。議会の上院は共和党が60議席を押さえられていないため、民主党のフィリバスター(議事妨害)にあえば、予算案は通らない。また、アメリカの議会は議院内閣制の日本と異なり基本的に党議拘束がないため、与党共和党の全議員がトランプのすべての政策を支持しているわけではない。 結局のところ、初日の大統領令のラッシュは、予算措置を伴わず簡単に出せるものの中から、悪目立ちするアナウンス効果が大きなものを選んで署名した、パフォーマンスに過ぎなかったことが透けて見えると前嶋氏は言う。トランプ政権の基盤は決して盤石とは言えないというのが前嶋氏の見立てだ。 また、トランプが初日に署名した大統領令の中には、今後法廷で覆されるものも多く出てくるものと見られている。例えば、トランプは初日にアメリカで生まれた人に自動的に市民権を与える「出生地主義」の廃止を命じる大統領令に署名しているが、これに対してワシントン州シアトルの連邦地裁が早くも23日には、これが憲法違反であるとして一時的な差し止めを命じている。アメリカの出生地主義は憲法修正14条に明記されているため、憲法を変えない限り大統領令だけでこれを変更することができないことは、小学生でもわかることだ。他にも初日にトランプが署名した大統領令の中には、法的な挑戦を受けるものが数多く出ることが予想されている。 しかし、トランプが大統領として2021年1月6日の議会襲撃事件に関与した約1,500人を恩赦したことの影響は計り知れない。大統領には恩赦権限がある。これもまた憲法に明記されている。なので、この決定に対しては誰も何も言えない。しかし、この中には議会襲撃の際に暴力的な行動によって禁錮22年の実刑判決を受けた極右団体「プラウド・ボーイズ」の元指導者エンリケ・タリオ氏なども含まれている。J-6(1月6日の議会襲撃事件)については、直前に襲撃を煽動するかのような演説を行ったトランプ大統領(当時)の刑事責任については議論の余地もあろうが、実際に何千人もの暴徒が議会を襲撃し警備員ら5人の命が失われたほか、議会の施設が破壊され全連邦議員が緊急避難をしなければならない事態に発展したことは紛れもない事実だ。その罪まで大統領のペン1つで不問に付されて本当にいいのか。それがアメリカの司法に対する信頼や社会正義にどのような影響を与えるかは、今後注視していく必要があるだろう。 実は、バイデン前大統領は退任間際の1月20日、トランプに起訴される恐れのある人々に「予防的恩赦」を与えると発表している。まだ起訴されていなくても、トランプに起訴されたときのために事前に恩赦しておくというのだ。大統領のためであればどんな違法行為も大統領恩赦によって許され、もしも政権が変わることになれば、次の政権から訴追されないために予防的恩赦で予め免罪符を手にすることができる。このような施策が横行してしまえば、大統領にさえ守られていればどんな違法なことをしても訴追されないという、とても恐ろしい時代になってしまう。アメリカの刑事司法、いや民主主義はどこまで崩れていくのだろうか。 トランプ大統領就任から1週間、アメリカで何が起きたのか。トランプはどこまで本気なのか、トランプ第2次政権はどこまで突っ走るのか、そしてその結果、アメリカはどう変わっていくのかなどについて、上智大学総合グローバル学部教授の前嶋和弘氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so44577804(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/01/27(月) 12:00
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<マル激・後半>防災立国の実現には調整機能を担う人材の育成と市民の力が不可欠/立木茂雄氏(同志社大学社会学部教授)
6,000人を超える犠牲者を出した阪神・淡路大震災から30年目を迎えるこの1月、石破政権の重要施策である防災庁設置に向けて有識者会議が発足し、具体的な議論が始まる。 果たしてこの30年で日本の防災対応力は向上したのか。 この30年の間にも、東日本大震災、熊本地震や昨年1月の能登半島地震など、日本は幾多もの災害に見舞われてきた。災害が起こるたびに新たな対策が取られてきたが、厳しい避難生活や災害関連死の増加など、震災の度に明らかになる諸課題を中々解決できないでいる。 現政権が重点的に取り組むとしている避難所環境や備蓄体制の改善などは、誰も異存のないことだろう。ただ、震災対策としてはそれだけでは十分ではないことも、この30年の経験から学んできているはずだ。 災害関連死は、30年前の阪神・淡路大震災当時から指摘されてきたが、能登の被災地では状況がより過酷になっていると福祉防災学が専門の同志社大学教授・立木茂雄氏は指摘する。最大避難者数と災害関連死発生率をグラフにすると緩やかな上昇カーブになるのだが、東日本大震災の福島県と能登半島地震はその曲線から関連死発生率が極端に上振れしているという。奥能登地域では停電、断水が長く続き、保健や福祉の専門職などの支援が十分に届かず、被災者は過酷な避難生活に追い込まれた。 能登半島をはじめ多くの被災地に足を運んできた立木氏は、災害によって被災地の状況が大きく異なることを指摘する。過去の災害からの経験則だけでは対応できないため、その都度知恵を働かせなくてはならないのだ。生産年齢人口がピークを迎えた1995年に起きた阪神・淡路大震災と、高齢化率が50%を超える能登半島で起きた地震とは、見えている事象が同じでも復旧・復興にむけての過程は大きく異なる。 立木氏は、防災庁設置に向けた方針としてあげられている「復旧・復興の司令塔機能の強化」という表現に疑問を投げかけ、災害対策で必要とされるのは一にも二にも調整機能だと主張する。阪神・淡路大震災後にできたDMAT(災害派遣医療チーム)をはじめ、さまざまな支援の仕組みがありながら多くの人が取り残されるのは、被災自治体や住民、支援チームなどの間でコーディネーション(調整)ができていないからだというのだ。 30年前、西宮の自宅で被災した立木氏は、当時勤務していた関西学院大学の学生や教員たちとボランティアの仕組みをつくり支援を続けた経験を持つ。当時、こうした活動は「ボランティア元年」などとして盛んにメディアで取り上げられたが、震災時の市民セクターの活動の原点は、100年余り前の関東大震災後の活動にあったと立木氏は言う。その後、太平洋戦争を経て、戦後の国づくりは政府・企業という大きなセクターを中心に進められたが、あらためて市民の力が再認識されたのが阪神・淡路大震災だったと立木氏は語る。 政府や行政機関が好んで使う「官民連携」という言葉も、本来のボランタリズム精神の前提にある市民側からの自主的で対等な関係を意味しているのか疑問が残る。 阪神・淡路大震災から30年目を迎える中、日本では再び大きな災害の発生が予想されている。今あらためて災害対応力とは何なのか、生活再建に必要なことは何なのかなどについて、福祉防災学の専門家として調査・研究を続けてきた立木茂雄氏と、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。前半はこちら→so44553336(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/01/20(月) 12:00
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<マル激・前半>防災立国の実現には調整機能を担う人材の育成と市民の力が不可欠/立木茂雄氏(同志社大学社会学部教授)
6,000人を超える犠牲者を出した阪神・淡路大震災から30年目を迎えるこの1月、石破政権の重要施策である防災庁設置に向けて有識者会議が発足し、具体的な議論が始まる。 果たしてこの30年で日本の防災対応力は向上したのか。 この30年の間にも、東日本大震災、熊本地震や昨年1月の能登半島地震など、日本は幾多もの災害に見舞われてきた。災害が起こるたびに新たな対策が取られてきたが、厳しい避難生活や災害関連死の増加など、震災の度に明らかになる諸課題を中々解決できないでいる。 現政権が重点的に取り組むとしている避難所環境や備蓄体制の改善などは、誰も異存のないことだろう。ただ、震災対策としてはそれだけでは十分ではないことも、この30年の経験から学んできているはずだ。 災害関連死は、30年前の阪神・淡路大震災当時から指摘されてきたが、能登の被災地では状況がより過酷になっていると福祉防災学が専門の同志社大学教授・立木茂雄氏は指摘する。最大避難者数と災害関連死発生率をグラフにすると緩やかな上昇カーブになるのだが、東日本大震災の福島県と能登半島地震はその曲線から関連死発生率が極端に上振れしているという。奥能登地域では停電、断水が長く続き、保健や福祉の専門職などの支援が十分に届かず、被災者は過酷な避難生活に追い込まれた。 能登半島をはじめ多くの被災地に足を運んできた立木氏は、災害によって被災地の状況が大きく異なることを指摘する。過去の災害からの経験則だけでは対応できないため、その都度知恵を働かせなくてはならないのだ。生産年齢人口がピークを迎えた1995年に起きた阪神・淡路大震災と、高齢化率が50%を超える能登半島で起きた地震とは、見えている事象が同じでも復旧・復興にむけての過程は大きく異なる。 立木氏は、防災庁設置に向けた方針としてあげられている「復旧・復興の司令塔機能の強化」という表現に疑問を投げかけ、災害対策で必要とされるのは一にも二にも調整機能だと主張する。阪神・淡路大震災後にできたDMAT(災害派遣医療チーム)をはじめ、さまざまな支援の仕組みがありながら多くの人が取り残されるのは、被災自治体や住民、支援チームなどの間でコーディネーション(調整)ができていないからだというのだ。 30年前、西宮の自宅で被災した立木氏は、当時勤務していた関西学院大学の学生や教員たちとボランティアの仕組みをつくり支援を続けた経験を持つ。当時、こうした活動は「ボランティア元年」などとして盛んにメディアで取り上げられたが、震災時の市民セクターの活動の原点は、100年余り前の関東大震災後の活動にあったと立木氏は言う。その後、太平洋戦争を経て、戦後の国づくりは政府・企業という大きなセクターを中心に進められたが、あらためて市民の力が再認識されたのが阪神・淡路大震災だったと立木氏は語る。 政府や行政機関が好んで使う「官民連携」という言葉も、本来のボランタリズム精神の前提にある市民側からの自主的で対等な関係を意味しているのか疑問が残る。 阪神・淡路大震災から30年目を迎える中、日本では再び大きな災害の発生が予想されている。今あらためて災害対応力とは何なのか、生活再建に必要なことは何なのかなどについて、福祉防災学の専門家として調査・研究を続けてきた立木茂雄氏と、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。後半はこちら→so44553339(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/01/20(月) 12:00
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<マル激・後半>国がどんなにダメになっても地方にできることはたくさんある/保坂展人氏(世田谷区長)
政府が機能不全に陥って久しい。いや、これは昨年の総選挙での自公政権の過半数割れや、その後の石破政権による危うい政局運営のことだけを言っているのではない。「失われた30年」の間、日本があらゆる国際指標でつるべ落としのように転落しているのを指をくわえて見ていた政府は機能不全以外の何物でもない。 しかも、このままでは7月の参院選でも、自公連立政権は勝てそうにない。そうなればいよいよ日本の政治は混沌状態に陥る可能性が高い。そしてその間も、日本は経済も社会も転落を続けていくことが避けられそうにない。 だが、中央政府があてにならなくても、日本には地方自治というものがある。実際、教育、医療、環境、介護等々、われわれの日常生活に密接に関わる決定はほとんどが地方政府によって下されているものだ。 東京都の世田谷区は4期目となる保坂展人区長の下で、様々な施策を国に先駆けて実行してきた。その保坂氏は就任直後から「5%改革」を掲げてきた。これは一気に物事を変えようとしても難しいが毎年5%ずつなら改革は可能だという考え方だ。1年目に5%を変え、翌年には変わっていない95%のうちの5%を変える。これを繰り返すと、8年で3割、12年で半分を変えることができる。現行制度の3割とか、5割とかが変えられれば、それは文字通り大改革だ。 世田谷区では例えば、コロナ禍で複数の検体をまとめてPCR検査するプール方式をいち早く導入して見せた。これは複数人の検体を1つの試験管でまとめて検査するというもので、政府がかけ声をかけても中々進まなかったPCR検査を劇的に加速させる効果があるが、中央ではPCR検査を差配する国立感染研究所や厚生労働省の大反対で安倍政権下では一向に実現しなかった。世田谷区では2020年末から他の自治体に先駆けて準備を進め、年明けには実現させていた。 世田谷区はまた同性カップルに「パートナーシップ宣誓制度」というものを2015年11月に国内で初めて導入した。これも国に先駆けて導入したものだが、2020年頃からパートナーシップ制度を導入する自治体が一気に増え、2024年5月時点で459自治体で導入されている。人口でいうと85.1%にあたる自治体で何らかの公的なパートナーシップ制度が導入されている。 自然エネルギーを他の自治体から直接購入できる仕組みも世田谷区が最初に作った。2011年の原発事故の直後に世田谷区長に初当選した保坂氏は、これまで日本には存在しなかった地方で作った自然エネルギー電力を都市が買う仕組みを導入した。2017年、長野県の県営水力発電所の電気を買い始めたのを皮切りに、今世田谷区は群馬県川場村、新潟県十日町市などからも電気を買っている。 保坂氏は世田谷区長に就任したとき、「何でもよくわかっている行政がすべてを決めるのが当たり前」という古い考え方を廃し、「行政はほとんど何もわかっていない」という前提で区長としての仕事を始めた。そのために28か所で20~30人規模の車座集会を繰り返し開き、住民の意見を聴いて回ることから区政を始めたという。 そこで、介護保険を使い始めるとき、どこに行ったらいいのか分かりにくいという意見が多く聞かれたので、地域包括支援センターや社会福祉協議会、地区行政窓口の3つを統合して、一括して相談に乗れる「福祉の相談窓口」というものを作った。それまでも3つの機関は似たような業務を別々に行っていたが、同じ場所に置くことで相互に連携するのが当たり前になったという。 日本は未だに明治以来の中央集権的な制度が続いている。メディアもエネルギーもすべて中央集権的な仕組みになっている。しかし、国が一丸となって富国強兵や戦後復興に国力を集中させるためには中央集権が好都合だったかもしれないが、経済大国として先進国への仲間入りを果たし国民のニーズも多様化した今、中央で一握りのエリート官僚が日本全体の多種多様なニーズを汲み上げ、意思決定を下していく古い統治体制は、とうの昔に限界を迎えている。中央の権限と財源を地方に移管し、より小さなユニットで意見集約や意思決定をしていかない限り、これからも政治への不満や不信は膨らみ続けることになるだろう。 にもかかわらず昨年6月には、地方自治法が改正され、感染症のまん延など国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が起きた場合、国が地方自治体に指示できるようになった。コロナに適切に対応出来なかった原因が、中央政府の権限が弱かったからだと本気で考えているようだ。保坂氏も、もしコロナの蔓延が始まった時点でこの法律ができていたら、全国に先駆けて行われた「プール方式」によるPCR検査を実現することはできなかっただろうと語る。時代の要請と明らかに逆行する法律を平然と通してしまうほど、日本の中央政府は機能不全に陥っているのだ。そうでなくとも機能不全の政府により大きな権限を集中させて一体日本をどうしてくれるつもりなのだろうか。 なぜ、少しずつ変えていくことが重要なのか。日本全体が縮小していく中、地方にできることは何かなどについて、世田谷区長の保坂展人氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 なお、番組の冒頭では、東京五輪をめぐる汚職疑惑により逮捕され、226日勾留された角川歴彦・前KADOKAWA会⻑が起こした「人質司法」を違憲とする国賠訴訟についても議論した。前半はこちら→so44527492(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/01/13(月) 12:00
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会員無料 70:56
<マル激・前半>国がどんなにダメになっても地方にできることはたくさんある/保坂展人氏(世田谷区長)
政府が機能不全に陥って久しい。いや、これは昨年の総選挙での自公政権の過半数割れや、その後の石破政権による危うい政局運営のことだけを言っているのではない。「失われた30年」の間、日本があらゆる国際指標でつるべ落としのように転落しているのを指をくわえて見ていた政府は機能不全以外の何物でもない。 しかも、このままでは7月の参院選でも、自公連立政権は勝てそうにない。そうなればいよいよ日本の政治は混沌状態に陥る可能性が高い。そしてその間も、日本は経済も社会も転落を続けていくことが避けられそうにない。 だが、中央政府があてにならなくても、日本には地方自治というものがある。実際、教育、医療、環境、介護等々、われわれの日常生活に密接に関わる決定はほとんどが地方政府によって下されているものだ。 東京都の世田谷区は4期目となる保坂展人区長の下で、様々な施策を国に先駆けて実行してきた。その保坂氏は就任直後から「5%改革」を掲げてきた。これは一気に物事を変えようとしても難しいが毎年5%ずつなら改革は可能だという考え方だ。1年目に5%を変え、翌年には変わっていない95%のうちの5%を変える。これを繰り返すと、8年で3割、12年で半分を変えることができる。現行制度の3割とか、5割とかが変えられれば、それは文字通り大改革だ。 世田谷区では例えば、コロナ禍で複数の検体をまとめてPCR検査するプール方式をいち早く導入して見せた。これは複数人の検体を1つの試験管でまとめて検査するというもので、政府がかけ声をかけても中々進まなかったPCR検査を劇的に加速させる効果があるが、中央ではPCR検査を差配する国立感染研究所や厚生労働省の大反対で安倍政権下では一向に実現しなかった。世田谷区では2020年末から他の自治体に先駆けて準備を進め、年明けには実現させていた。 世田谷区はまた同性カップルに「パートナーシップ宣誓制度」というものを2015年11月に国内で初めて導入した。これも国に先駆けて導入したものだが、2020年頃からパートナーシップ制度を導入する自治体が一気に増え、2024年5月時点で459自治体で導入されている。人口でいうと85.1%にあたる自治体で何らかの公的なパートナーシップ制度が導入されている。 自然エネルギーを他の自治体から直接購入できる仕組みも世田谷区が最初に作った。2011年の原発事故の直後に世田谷区長に初当選した保坂氏は、これまで日本には存在しなかった地方で作った自然エネルギー電力を都市が買う仕組みを導入した。2017年、長野県の県営水力発電所の電気を買い始めたのを皮切りに、今世田谷区は群馬県川場村、新潟県十日町市などからも電気を買っている。 保坂氏は世田谷区長に就任したとき、「何でもよくわかっている行政がすべてを決めるのが当たり前」という古い考え方を廃し、「行政はほとんど何もわかっていない」という前提で区長としての仕事を始めた。そのために28か所で20~30人規模の車座集会を繰り返し開き、住民の意見を聴いて回ることから区政を始めたという。 そこで、介護保険を使い始めるとき、どこに行ったらいいのか分かりにくいという意見が多く聞かれたので、地域包括支援センターや社会福祉協議会、地区行政窓口の3つを統合して、一括して相談に乗れる「福祉の相談窓口」というものを作った。それまでも3つの機関は似たような業務を別々に行っていたが、同じ場所に置くことで相互に連携するのが当たり前になったという。 日本は未だに明治以来の中央集権的な制度が続いている。メディアもエネルギーもすべて中央集権的な仕組みになっている。しかし、国が一丸となって富国強兵や戦後復興に国力を集中させるためには中央集権が好都合だったかもしれないが、経済大国として先進国への仲間入りを果たし国民のニーズも多様化した今、中央で一握りのエリート官僚が日本全体の多種多様なニーズを汲み上げ、意思決定を下していく古い統治体制は、とうの昔に限界を迎えている。中央の権限と財源を地方に移管し、より小さなユニットで意見集約や意思決定をしていかない限り、これからも政治への不満や不信は膨らみ続けることになるだろう。 にもかかわらず昨年6月には、地方自治法が改正され、感染症のまん延など国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が起きた場合、国が地方自治体に指示できるようになった。コロナに適切に対応出来なかった原因が、中央政府の権限が弱かったからだと本気で考えているようだ。保坂氏も、もしコロナの蔓延が始まった時点でこの法律ができていたら、全国に先駆けて行われた「プール方式」によるPCR検査を実現することはできなかっただろうと語る。時代の要請と明らかに逆行する法律を平然と通してしまうほど、日本の中央政府は機能不全に陥っているのだ。そうでなくとも機能不全の政府により大きな権限を集中させて一体日本をどうしてくれるつもりなのだろうか。 なぜ、少しずつ変えていくことが重要なのか。日本全体が縮小していく中、地方にできることは何かなどについて、世田谷区長の保坂展人氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 なお、番組の冒頭では、東京五輪をめぐる汚職疑惑により逮捕され、226日勾留された角川歴彦・前KADOKAWA会⻑が起こした「人質司法」を違憲とする国賠訴訟についても議論した。後半はこちら→so44528258(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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会員無料 64:26
<マル激・後半>日本人の行動を支配する「空気」の正体とそれに抗うための方策/宮本匠氏(大阪大学大学院人間科学研究科准教授)
2025年最初のマル激は、とかく日本人が流されがちだと言われる「空気」の正体とそれに抗う方法を考えてみた。「空気」こそが、日本がいつまで経っても「失われた30年」から脱することができないでいる大きな要因になっている可能性があるからだ。 日本列島は昨年も多くの災害に見舞われた。学生時代から災害ボランティアに従事し、その後、研究者としても中山間地域の被災地の復興過程に関わってきた大阪大学准教授の宮本匠氏はその過程で、被災地の復興には「空気」が決定的に重要な意味を持つことに気づいたという。 2004年に発生した新潟県中越地震の際、大学生だった宮本氏は、復興ボランティアとして新潟県を訪れて以来、20年近くにわたり中越地域に関わってきた。長岡市の木沢集落で出会った住民たちにまた会いたいと思い、年の半分以上を木沢で過ごすようになったという。 親しくなった木沢集落の人々は、山や畑では誇らしげに自分たちの村の話をしてくれるのに、復興について話し合う会合になると途端に「水がない」、「子どもがいない」と、将来に対する諦めや足りない物を求める発言が相次いだという。しかし、宮本氏が住民たちの話をひたすら聞くことに徹するようにすると、住民たちの語りは次第に「ここにはサワガニがいる」、「ウラシマソウがある」といった前向きなものに変わっていったという。 山本七平の論を俟つまでもなく、「空気」の支配が強いと言われる日本では、特に災害時には空気の支配によって「〇〇がない」といったマイナス思考が連鎖しやすい。それが被災者の「諦め感」、「無力感」、「依存心」を引き出し、むしろ真の復興の妨げになっていることに宮本氏は気づいたという。 心理学者のクルト・レヴィンが始めたグループ・ダイナミクスという学問がある。第二次世界大戦中の食料不足に対応するためレヴィンは政府からどうすればホルモン(動物の内臓)を食べる習慣のないアメリカ人にホルモンを食べてもらえるかの相談を受けた。レヴィンはホルモンの調理法を考えるイベントに集まった人を2つのグループに分け、1つのグループにはホルモンについての講義のみを行い、もう1つのグループには講義の後に話し合いの場を設けた。すると講義後に、講義だけを受けたグループでは3%の人しかホルモンを実際には食べなかったが、話し合いをしたグループでは32%の人が食べたと回答したという。この結果をもってレヴィンは、自分の意思を表明する機会があると、その後の実際の行動にもつながりやすくなることを示していると結論付けた。 話し合いの場が設けられ、一人ひとりが自分の意見を表明する機会を与えられることによって、客観的な根拠を積み上げながら良い選択肢を探ることが可能になる。しかし、その機会がないと、特に日本の場合、実体のない「空気」が一人ひとりの意思決定を容易に左右してしまう傾向が強い。 それは今の日本全般にも当てはまる。1995年以降、いわゆる「失われた30年」の中で、日本は生産年齢人口も賃金もGDPも右肩下がりを続けてきた。将来に対する悲観論が日本全体を覆っている。その「空気」を入れ替えるためには、まずは身近な地域の「空気」を入れ替えることが必要だ。それも、ただそう思っているだけではダメで、それを「みんな」の前で言語化することによって初めて行動変容が起きると、宮本氏は自らの経験と研究を元に指摘する。 日本を支配している「空気」とはどのようなものか、どうすれば後ろ向きな「空気」を打破することができるのか、いかにして「ないものねだり」を「あるもの探し」へと転換できるのかなどについて、大阪大学大学院人間科学研究科准教授の宮本匠氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so44503200(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/01/06(月) 12:00
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会員無料 74:10
<マル激・前半>日本人の行動を支配する「空気」の正体とそれに抗うための方策/宮本匠氏(大阪大学大学院人間科学研究科准教授)
2025年最初のマル激は、とかく日本人が流されがちだと言われる「空気」の正体とそれに抗う方法を考えてみた。「空気」こそが、日本がいつまで経っても「失われた30年」から脱することができないでいる大きな要因になっている可能性があるからだ。 日本列島は昨年も多くの災害に見舞われた。学生時代から災害ボランティアに従事し、その後、研究者としても中山間地域の被災地の復興過程に関わってきた大阪大学准教授の宮本匠氏はその過程で、被災地の復興には「空気」が決定的に重要な意味を持つことに気づいたという。 2004年に発生した新潟県中越地震の際、大学生だった宮本氏は、復興ボランティアとして新潟県を訪れて以来、20年近くにわたり中越地域に関わってきた。長岡市の木沢集落で出会った住民たちにまた会いたいと思い、年の半分以上を木沢で過ごすようになったという。 親しくなった木沢集落の人々は、山や畑では誇らしげに自分たちの村の話をしてくれるのに、復興について話し合う会合になると途端に「水がない」、「子どもがいない」と、将来に対する諦めや足りない物を求める発言が相次いだという。しかし、宮本氏が住民たちの話をひたすら聞くことに徹するようにすると、住民たちの語りは次第に「ここにはサワガニがいる」、「ウラシマソウがある」といった前向きなものに変わっていったという。 山本七平の論を俟つまでもなく、「空気」の支配が強いと言われる日本では、特に災害時には空気の支配によって「〇〇がない」といったマイナス思考が連鎖しやすい。それが被災者の「諦め感」、「無力感」、「依存心」を引き出し、むしろ真の復興の妨げになっていることに宮本氏は気づいたという。 心理学者のクルト・レヴィンが始めたグループ・ダイナミクスという学問がある。第二次世界大戦中の食料不足に対応するためレヴィンは政府からどうすればホルモン(動物の内臓)を食べる習慣のないアメリカ人にホルモンを食べてもらえるかの相談を受けた。レヴィンはホルモンの調理法を考えるイベントに集まった人を2つのグループに分け、1つのグループにはホルモンについての講義のみを行い、もう1つのグループには講義の後に話し合いの場を設けた。すると講義後に、講義だけを受けたグループでは3%の人しかホルモンを実際には食べなかったが、話し合いをしたグループでは32%の人が食べたと回答したという。この結果をもってレヴィンは、自分の意思を表明する機会があると、その後の実際の行動にもつながりやすくなることを示していると結論付けた。 話し合いの場が設けられ、一人ひとりが自分の意見を表明する機会を与えられることによって、客観的な根拠を積み上げながら良い選択肢を探ることが可能になる。しかし、その機会がないと、特に日本の場合、実体のない「空気」が一人ひとりの意思決定を容易に左右してしまう傾向が強い。 それは今の日本全般にも当てはまる。1995年以降、いわゆる「失われた30年」の中で、日本は生産年齢人口も賃金もGDPも右肩下がりを続けてきた。将来に対する悲観論が日本全体を覆っている。その「空気」を入れ替えるためには、まずは身近な地域の「空気」を入れ替えることが必要だ。それも、ただそう思っているだけではダメで、それを「みんな」の前で言語化することによって初めて行動変容が起きると、宮本氏は自らの経験と研究を元に指摘する。 日本を支配している「空気」とはどのようなものか、どうすれば後ろ向きな「空気」を打破することができるのか、いかにして「ないものねだり」を「あるもの探し」へと転換できるのかなどについて、大阪大学大学院人間科学研究科准教授の宮本匠氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so44503832(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2025/01/06(月) 12:00
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会員無料 34:04
<マル激・後半>年末恒例マル激ライブ 日本版トランプ現象はいつどんな形で始まるか
今週のマル激は、12月21日に東京・蒲田「アプリコ」で行われた「年末恒例マル激ライブ」の模様をお送りする。 元日の能登半島地震から始まった2024年は、世界各国で行われた選挙では与党がことごとく大敗するなど激動の1年となった。実際、アメリカとイギリスでは政権が交代し、日本も10月に行われた総選挙で自公連立与党が大敗し、30年ぶりの少数与党政権となった。どうやら全世界的に政治が不安定化の様相を呈しているように見える。 2025年は特にアメリカでトランプ政権が再び誕生することで、アメリカのみならず世界の秩序が大きく変わる可能性がある。また、アメリカで起きたことは、ほぼ周回遅れで日本にも起きると言われてきたし、実際にそうなってもきた。 2016年の第一次トランプ政権の誕生から9年目となる日本にも、そろそろ大きな変化が起きそうな気配が感じられる。 しかし、その場合、日本版トランプ現象とはどのようなものになるのだろうか。政治的にはアメリカのように保守勢力が伸長するのか。または、政策や理念とは関係なく、SNSを使いこなした勢力が一世を風靡するのか。それは失われた30年から日本が脱する一助となり得るのか。 「失われた30年」の間、日本は経済成長も賃金上昇も実現できず、国力を低下させてきた。今や日本はあらゆる指標で先進国の最下位グループに転落している。経済成長ができず、産業構造を改革できず、既得権益を引き剥がすことができず、ひたすら人口減少と経済停滞に対して無策のまま無駄に過ごしてきた日本は、このまま没落国家の道を歩むことになるのか。はたまたどこかで国民が目を覚まし、回復の道を歩み始めるのか。その場合、どのようなモデルが考えられるのか。 戦後の日本は少なくとも1990年代までは、冷戦構造という日本にとってとても有利な国際条件の下で、人口ボーナスのメリットをフルに活用しながら、経済成長の果実を満遍なく享受してきた。日本経済のパイが大きくなる中、日本国民は大勢に従っていればそこそこの経済的恩恵を受けることができたし、実際に生活水準は確実に上がっていた。しかし、日本自体が成長できなくなっているにもかかわらず、大半の人々は高度成長時代に人為的に作られた考え方や制度を未だに従順に受け入れている。もはや沈みかけた船の中の座席争いに汲々としている場合ではないのではないか。 とはいえ、自分が信じる価値観を貫くことよりも周りの空気を読んで適応する方が得意なのが日本人の特性でもある。であるならば、日本をどう変えるかを考える前に、まずは個々人が自分たちの周りの家族や仲間や地域とつながり、それを少しずつでも変えていくことが重要だ。 今の日本では、本音で話ができる場所がどんどん失われている。空気を読み合い、本音を隠してキャラクターを演じ、そのキャラをSNSやLINEなどを通じて固定化していく。まずは身近なところで、本音で話せる場所づくりをしようではないか。 2024年最後となるマル激では、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が2024を総括し2025年を展望する公開番組をお送りする。前半はこちら→so44474352(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2024/12/30(月) 12:00
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会員無料 59:44
<マル激・前半>年末恒例マル激ライブ 日本版トランプ現象はいつどんな形で始まるか
今週のマル激は、12月21日に東京・蒲田「アプリコ」で行われた「年末恒例マル激ライブ」の模様をお送りする。 元日の能登半島地震から始まった2024年は、世界各国で行われた選挙では与党がことごとく大敗するなど激動の1年となった。実際、アメリカとイギリスでは政権が交代し、日本も10月に行われた総選挙で自公連立与党が大敗し、30年ぶりの少数与党政権となった。どうやら全世界的に政治が不安定化の様相を呈しているように見える。 2025年は特にアメリカでトランプ政権が再び誕生することで、アメリカのみならず世界の秩序が大きく変わる可能性がある。また、アメリカで起きたことは、ほぼ周回遅れで日本にも起きると言われてきたし、実際にそうなってもきた。 2016年の第一次トランプ政権の誕生から9年目となる日本にも、そろそろ大きな変化が起きそうな気配が感じられる。 しかし、その場合、日本版トランプ現象とはどのようなものになるのだろうか。政治的にはアメリカのように保守勢力が伸長するのか。または、政策や理念とは関係なく、SNSを使いこなした勢力が一世を風靡するのか。それは失われた30年から日本が脱する一助となり得るのか。 「失われた30年」の間、日本は経済成長も賃金上昇も実現できず、国力を低下させてきた。今や日本はあらゆる指標で先進国の最下位グループに転落している。経済成長ができず、産業構造を改革できず、既得権益を引き剥がすことができず、ひたすら人口減少と経済停滞に対して無策のまま無駄に過ごしてきた日本は、このまま没落国家の道を歩むことになるのか。はたまたどこかで国民が目を覚まし、回復の道を歩み始めるのか。その場合、どのようなモデルが考えられるのか。 戦後の日本は少なくとも1990年代までは、冷戦構造という日本にとってとても有利な国際条件の下で、人口ボーナスのメリットをフルに活用しながら、経済成長の果実を満遍なく享受してきた。日本経済のパイが大きくなる中、日本国民は大勢に従っていればそこそこの経済的恩恵を受けることができたし、実際に生活水準は確実に上がっていた。しかし、日本自体が成長できなくなっているにもかかわらず、大半の人々は高度成長時代に人為的に作られた考え方や制度を未だに従順に受け入れている。もはや沈みかけた船の中の座席争いに汲々としている場合ではないのではないか。 とはいえ、自分が信じる価値観を貫くことよりも周りの空気を読んで適応する方が得意なのが日本人の特性でもある。であるならば、日本をどう変えるかを考える前に、まずは個々人が自分たちの周りの家族や仲間や地域とつながり、それを少しずつでも変えていくことが重要だ。 今の日本では、本音で話ができる場所がどんどん失われている。空気を読み合い、本音を隠してキャラクターを演じ、そのキャラをSNSやLINEなどを通じて固定化していく。まずは身近なところで、本音で話せる場所づくりをしようではないか。 2024年最後となるマル激では、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が2024を総括し2025年を展望する公開番組をお送りする。後半はこちら→so44474353(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2024/12/30(月) 12:00
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会員無料 55:51
<マル激・後半>トランプのアメリカで起きている歴史的な変化を見誤ってはならない/会田弘継氏(ジャーナリスト・思想史家)
年が明けるとトランプ政権が始動する。既に関税の大幅引き上げや百万人単位の違法移民の一斉送還、そして自分を訴追した勢力に対する飽くなき報復を公言するなど、トランプ2.0に対してはアメリカのみならず世界中が戦々恐々としている。 トランプといえば、数々の差別発言や刑事裁判にもなっている数々の事件などのために、どうしてもトンデモ政治家とのイメージがついて回る。ジャーナリストでありアメリカ政治思想史の研究者でもある会田弘継氏は、再びトランプを選んだアメリカで起きている歴史的な変化を決して甘くみてはならないと警鐘を鳴らす。 なぜならば、トランプはアメリカの格差や分断、民主主義崩壊の原因ではなく、その結果に過ぎないからだと会田氏はいう。つまりトランプ現象というのは、トランプ自身が引き起こしたものではなく、アメリカの歴史の必然として早くは1970年代から燻っていたところに、たまたま究極のポピュリストであり世論を掴むことに天賦の才を持つドナルド・トランプというキワモノ的キャラクターが登場したというのが、会田氏の見立てなのだ。 それは今回の大統領選挙で民主党が負けた原因とも関係がある。本来は低所得層や労働者、少数民族の代弁者であったはずの民主党が、今やすっかり富裕層エリートのための政党になってしまった。そうした中で民主党から見捨てられ自分たちの代弁者を失ってしまったと感じる人々の怒りや絶望が新たな階級闘争に発展し、そのような分断状況を敏感に見て取ったトランプが見事なまでに不満層の支持を汲み上げることに成功し大統領選挙に勝利したのだと会田氏は言う。 その背景にはアメリカにおける産業構造の大転換がある。1970年代以降、アメリカの製造業は急速にサービス産業に転換していった。その過程で、アメリカの工場は次々と海外に移転し、工場で働いていた多くの人々が行き場を失うことになった。サービス業は、金融やITなど知識集約型のエリートと、宿泊・小売・運輸などエリートのために奉仕する低賃金労働の2極に分かれるが、学歴や特殊技能を持たないかつての工場労働者たちのほとんどは、後者の低賃金労働に就くしかなかった。いや、低賃金でも職にありつける人はまだましな方で、失業した人も多かった。彼らとエリートとの間には激しい貧富の格差が生じ、低所得層や失業者の間では日に日に不満が高まっていた。 かつての支持母体だった労働者が民主党から離れて徐々に共和党支持にシフトする中、民主党は1985年、民主党指導者会議(DLC)を設立し、労働者に依存せず金融やIT企業と手を結ぶ新たな方針を表明した。そこで民主党はニューディール以来の党のアイデンティティを放棄し、富裕層ばかりを見ている政党になってしまったと会田氏は言う。バーニー・サンダースのようにそうした民主党の変質に異を唱える勢力もあったが、民主党の指導層はそうした勢力の挑戦を退け、エリート路線を邁進していった。 新たに現出した階級闘争にいち早く気づき、不満層を取り込んでいったのがトランプでありトランプを担ぐ勢力だった。 しかし、もし共和党やトランプが階級闘争における弱者の味方になろうとしているのだとすれば、なぜトランプは女性や黒人や移民など弱い立場にいる人々に対する差別発言を繰り返すのか。会田氏は、トランプの一連の暴言はトランプ現象には不可欠の要素なのだと言う。その理由はこうだ。トランプに票を投じる人の多くは、女性や非白人やLGBTQの権利向上は、いずれもグローバルエリートが自分たちにとって都合のいい主張をしているだけだと受け止めている。それはシリコンバレーのIT企業やウォールストリートのグローバル企業が、世界中から高い教育を受けた人材を集める必要があるため、文化もジェンダー観も宗教観も全く違う人々にうまく折り合いをつけてもらう必要があるからだ。しかし、生まれた時から住み慣れた地元で働き、昔ながらの生活を守りたいと思っている人々にとって、エリートが上から目線でポリティカルコレクトネス(PC)を主張するのを見ても、偏った価値観の単なる押し付けにしか感じられない。トランプが人種やジェンダーや宗教などでともすれば極端に差別的ともとれる発言を繰り返すのは、こうした人々の違和感や疎外感を代弁するためであり、そうすることで彼らの不満を自分への支持につなげていこうという意図が隠されているのだと会田氏は言う。 だとすると、トランプ現象はもはや一過性のものではない。トランプを推すアメリカの保守思想家たちは、新しいアメリカの形についての議論を始めていると会田氏は言う。その中で例えばピーター・ティールのような新しいタイプの思想家は「われわれは空飛ぶ自動車の代わりに140語を得た」とし、製造業の発展ではなく、民主党の資金源にもなっている環境問題やITや金融業ばかりが発展し、X(旧ツイッター)に人々が振り回されている今のアメリカの発展の方向は間違っていると断じている。 トランプ自身は自分がそうした思想のシンボルになっていることをどこまで自覚できているかは疑問だが、ティールを信奉しているイーロン・マスクがトランプ陣営に莫大な資金を提供することでトランプ2.0の立役者となり、次期トランプ政権でも入閣することが確定的となった今、これまで放置されてきた労働者たちをこれからどうするのかは、アメリカにとっても大きな政治的課題となってくる可能性が高い。今後アメリカが製造業を再興させることで、ITや金融分野ばかりが歪に発展してきたアメリカの社会や経済の形が、今後大きく変わっていく可能性もあるし、そのような試みが大失敗に終わる可能性ももちろんある。 トランプはなぜ支持されるのか、その背景にはどのような歴史的・思想史的な流れがあるのか、次期トランプ政権はどのようなものになるのかなどについて、思想史家の会田弘継氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so44447177(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2024/12/23(月) 12:00
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会員無料 70:41
<マル激・前半>トランプのアメリカで起きている歴史的な変化を見誤ってはならない/会田弘継氏(ジャーナリスト・思想史家)
年が明けるとトランプ政権が始動する。既に関税の大幅引き上げや百万人単位の違法移民の一斉送還、そして自分を訴追した勢力に対する飽くなき報復を公言するなど、トランプ2.0に対してはアメリカのみならず世界中が戦々恐々としている。 トランプといえば、数々の差別発言や刑事裁判にもなっている数々の事件などのために、どうしてもトンデモ政治家とのイメージがついて回る。ジャーナリストでありアメリカ政治思想史の研究者でもある会田弘継氏は、再びトランプを選んだアメリカで起きている歴史的な変化を決して甘くみてはならないと警鐘を鳴らす。 なぜならば、トランプはアメリカの格差や分断、民主主義崩壊の原因ではなく、その結果に過ぎないからだと会田氏はいう。つまりトランプ現象というのは、トランプ自身が引き起こしたものではなく、アメリカの歴史の必然として早くは1970年代から燻っていたところに、たまたま究極のポピュリストであり世論を掴むことに天賦の才を持つドナルド・トランプというキワモノ的キャラクターが登場したというのが、会田氏の見立てなのだ。 それは今回の大統領選挙で民主党が負けた原因とも関係がある。本来は低所得層や労働者、少数民族の代弁者であったはずの民主党が、今やすっかり富裕層エリートのための政党になってしまった。そうした中で民主党から見捨てられ自分たちの代弁者を失ってしまったと感じる人々の怒りや絶望が新たな階級闘争に発展し、そのような分断状況を敏感に見て取ったトランプが見事なまでに不満層の支持を汲み上げることに成功し大統領選挙に勝利したのだと会田氏は言う。 その背景にはアメリカにおける産業構造の大転換がある。1970年代以降、アメリカの製造業は急速にサービス産業に転換していった。その過程で、アメリカの工場は次々と海外に移転し、工場で働いていた多くの人々が行き場を失うことになった。サービス業は、金融やITなど知識集約型のエリートと、宿泊・小売・運輸などエリートのために奉仕する低賃金労働の2極に分かれるが、学歴や特殊技能を持たないかつての工場労働者たちのほとんどは、後者の低賃金労働に就くしかなかった。いや、低賃金でも職にありつける人はまだましな方で、失業した人も多かった。彼らとエリートとの間には激しい貧富の格差が生じ、低所得層や失業者の間では日に日に不満が高まっていた。 かつての支持母体だった労働者が民主党から離れて徐々に共和党支持にシフトする中、民主党は1985年、民主党指導者会議(DLC)を設立し、労働者に依存せず金融やIT企業と手を結ぶ新たな方針を表明した。そこで民主党はニューディール以来の党のアイデンティティを放棄し、富裕層ばかりを見ている政党になってしまったと会田氏は言う。バーニー・サンダースのようにそうした民主党の変質に異を唱える勢力もあったが、民主党の指導層はそうした勢力の挑戦を退け、エリート路線を邁進していった。 新たに現出した階級闘争にいち早く気づき、不満層を取り込んでいったのがトランプでありトランプを担ぐ勢力だった。 しかし、もし共和党やトランプが階級闘争における弱者の味方になろうとしているのだとすれば、なぜトランプは女性や黒人や移民など弱い立場にいる人々に対する差別発言を繰り返すのか。会田氏は、トランプの一連の暴言はトランプ現象には不可欠の要素なのだと言う。その理由はこうだ。トランプに票を投じる人の多くは、女性や非白人やLGBTQの権利向上は、いずれもグローバルエリートが自分たちにとって都合のいい主張をしているだけだと受け止めている。それはシリコンバレーのIT企業やウォールストリートのグローバル企業が、世界中から高い教育を受けた人材を集める必要があるため、文化もジェンダー観も宗教観も全く違う人々にうまく折り合いをつけてもらう必要があるからだ。しかし、生まれた時から住み慣れた地元で働き、昔ながらの生活を守りたいと思っている人々にとって、エリートが上から目線でポリティカルコレクトネス(PC)を主張するのを見ても、偏った価値観の単なる押し付けにしか感じられない。トランプが人種やジェンダーや宗教などでともすれば極端に差別的ともとれる発言を繰り返すのは、こうした人々の違和感や疎外感を代弁するためであり、そうすることで彼らの不満を自分への支持につなげていこうという意図が隠されているのだと会田氏は言う。 だとすると、トランプ現象はもはや一過性のものではない。トランプを推すアメリカの保守思想家たちは、新しいアメリカの形についての議論を始めていると会田氏は言う。その中で例えばピーター・ティールのような新しいタイプの思想家は「われわれは空飛ぶ自動車の代わりに140語を得た」とし、製造業の発展ではなく、民主党の資金源にもなっている環境問題やITや金融業ばかりが発展し、X(旧ツイッター)に人々が振り回されている今のアメリカの発展の方向は間違っていると断じている。 トランプ自身は自分がそうした思想のシンボルになっていることをどこまで自覚できているかは疑問だが、ティールを信奉しているイーロン・マスクがトランプ陣営に莫大な資金を提供することでトランプ2.0の立役者となり、次期トランプ政権でも入閣することが確定的となった今、これまで放置されてきた労働者たちをこれからどうするのかは、アメリカにとっても大きな政治的課題となってくる可能性が高い。今後アメリカが製造業を再興させることで、ITや金融分野ばかりが歪に発展してきたアメリカの社会や経済の形が、今後大きく変わっていく可能性もあるし、そのような試みが大失敗に終わる可能性ももちろんある。 トランプはなぜ支持されるのか、その背景にはどのような歴史的・思想史的な流れがあるのか、次期トランプ政権はどのようなものになるのかなどについて、思想史家の会田弘継氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so44447373(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2024/12/23(月) 12:00
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<マル激・後半>「日本病」による失われた30年をいかに取り戻すか/永濱利廣氏(第一生命経済研究所首席エコノミスト)
見事なまでに経済が成長しないまま30年の月日が過ぎる間に、日本は先進国のみならず新興国にも経済的に抜かれ始め、1990年代の世界トップの経済大国から今や先進国の地位さえも失おうかというところまで転落している。 なぜこのような事態に陥ったのか。いや、より深刻なのは、なぜそのような状態からいつまでたっても抜け出すことができないのか。 かつてパックス・ブリタニカの名を戴き、何世紀にもわたり世界の盟主として君臨しながら、1960年代以降、経済が停滞し、世界の盟主としての地位を失ったイギリスの状態は「イギリス病」と呼ばれた。それは主に「ゆりかごから墓場まで」で知られ世界の垂涎の的だった社会保障の肥大化に起因する経済不調だった。しかし、1990年代から30年の間に世界のトップから先進国の地位から転落するところまで落ち続けた日本の状況も、世界では今、「日本病」(Japanification)と呼ばれるようになっている。要するに世界の多くの国にとって日本は反面教師であり、「われわれはああはならないようにしましょうね」という、わかりやすい失政の実例になっているというのだ。 第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏は、著書『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』の中で、日本病とは低所得・低物価・低金利・低成長の「4低」が続く状況のことだとしている。 そもそも日本が長期にわたる日本病に陥った最初のきっかけは、バブル崩壊後の政策上の失敗だったと永濱氏は指摘する。まず、日銀が金融緩和に着手するのが遅かった。バブル崩壊が始まった1990年初頭から日銀が利下げに転じるまで1年半、さらにゼロ金利に下げるまでには9年もかかっており、その間に日本はデフレに陥り、国民の間にデフレマインドが定着してしまった。経済が不況になると財政状況も悪くなり、取れる政策の選択肢も狭まってしまった。 バブル崩壊で資産価格が下がったために、日本、とりわけ金融機関は大量の不良債権を抱えることとなった。しかし政府・日銀が迅速な金融緩和や財政出動で経済をテコ入れし落ち込んだ資産価格を引き上げることをしないまま不良債権処理を優先したことで、ますます経済が傷んでしまった。これは明らかに政策的なミスだったと永濱氏は言う。 また、バブル後の初動で失敗した上に、日本は長らく経済低迷下にあっても、財政規律を重んじる財務省の抵抗で、思い切った財政出動ができなかった。更に、財政出動をしても、補助金や助成金で既得権益セクターを支えるばかりで、イノベーションを引き起こす新規産業への投資はほとんど行えなかった。明らかに指導層にそのための知恵や歴史観が足りなかったのだ。 どこの国でも財務当局というのは財政規律を重んじる傾向がある。しかし、それでも他の先進国は必要とあらば大胆な財政出動を行ってきた。しかし、日本は官僚に対して政治の力が弱いため、財政規律を重んじる財務省の抵抗を政治の力で乗り越えることができなかったと永濱氏は指摘する。 また、更に遡ると、日本のバブルは1985年のプラザ合意で突如として円高を受け入れざるを得なくなり、そこから日本は一気に内需拡大に舵を切ったところにその遠因があった。その意味で、日本の失われた30年の発端となったバブル処理の失敗の背景には、日本の政治が霞ヶ関にもアメリカにも抗えないという、何とも情けない問題があったということだ。 しかし、日本病の発症の原因がそこにあったとしても、なぜ日本はその後30年もの間、そこから抜け出せないでいるのか。永濱氏は日本の経済停滞がある程度続いた結果、国民の間にデフレマインドが広がってしまったことにその原因があると指摘する。今、日本は世界的な資源価格の高騰と日米金利差に起因する円安によって、物価が上がり、事実上のインフレ状態になっている。しかし、にもかかわらず、国民がデフレマインドから脱却できていないため、物価が上がる局面になっても、もっと高くなる前に買っておこうではなく、できるだけ節約して再び物価が下がるのを待とうと考えるようになってしまった。一度良い生活を経験してしまうと元の生活水準に戻れなくなることをラチェット効果というが、長期にわたるデフレのせいで、消費を抑えて節約しても生活できると思ってしまう逆ラチェット効果が起きていると永濱氏はいう。 今の状況を打開するためには、とにかく個人消費を活性化させる必要がある。その方法の一例として永濱氏は韓国のキャッシュレス決済の所得控除のような、お金を使った人が得をするような政策を打つ必要性を唱える。韓国は物を買うときにキャッシュレスで決済をすると、税金の控除を受けられるような仕組みを導入し、消費の活性化に成功したという。日本ももっと消費を喚起する施策を実施する必要がある。 日本でも先月、石破政権が経済対策を発表しているが、相変わらず電気・ガスやガソリンの補助金、住民税非課税世帯への給付など、一時的な補助金や給付など旧態依然たる施策が多い。永濱氏によると、それでは事業規模だけは39兆円と金額を積み上げている割には消費刺激の効果は薄いのではないかと言う。 そもそも日本はなぜ日本病に陥ったのか、日本病から脱却するために誰が何をしなければならないのか。なぜいつまでたっても日本の政治は必要な施策を実行することができないのかなどについて、第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so44425366(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2024/12/16(月) 12:00
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会員無料 62:07
<マル激・前半>「日本病」による失われた30年をいかに取り戻すか/永濱利廣氏(第一生命経済研究所首席エコノミスト)
見事なまでに経済が成長しないまま30年の月日が過ぎる間に、日本は先進国のみならず新興国にも経済的に抜かれ始め、1990年代の世界トップの経済大国から今や先進国の地位さえも失おうかというところまで転落している。 なぜこのような事態に陥ったのか。いや、より深刻なのは、なぜそのような状態からいつまでたっても抜け出すことができないのか。 かつてパックス・ブリタニカの名を戴き、何世紀にもわたり世界の盟主として君臨しながら、1960年代以降、経済が停滞し、世界の盟主としての地位を失ったイギリスの状態は「イギリス病」と呼ばれた。それは主に「ゆりかごから墓場まで」で知られ世界の垂涎の的だった社会保障の肥大化に起因する経済不調だった。しかし、1990年代から30年の間に世界のトップから先進国の地位から転落するところまで落ち続けた日本の状況も、世界では今、「日本病」(Japanification)と呼ばれるようになっている。要するに世界の多くの国にとって日本は反面教師であり、「われわれはああはならないようにしましょうね」という、わかりやすい失政の実例になっているというのだ。第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏は、著書『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』の中で、日本病とは低所得・低物価・低金利・低成長の「4低」が続く状況のことだとしている。 そもそも日本が長期にわたる日本病に陥った最初のきっかけは、バブル崩壊後の政策上の失敗だったと永濱氏は指摘する。まず、日銀が金融緩和に着手するのが遅かった。バブル崩壊が始まった1990年初頭から日銀が利下げに転じるまで1年半、さらにゼロ金利に下げるまでには9年もかかっており、その間に日本はデフレに陥り、国民の間にデフレマインドが定着してしまった。経済が不況になると財政状況も悪くなり、取れる政策の選択肢も狭まってしまった。 バブル崩壊で資産価格が下がったために、日本、とりわけ金融機関は大量の不良債権を抱えることとなった。しかし政府・日銀が迅速な金融緩和や財政出動で経済をテコ入れし落ち込んだ資産価格を引き上げることをしないまま不良債権処理を優先したことで、ますます経済が傷んでしまった。これは明らかに政策的なミスだったと永濱氏は言う。 また、バブル後の初動で失敗した上に、日本は長らく経済低迷下にあっても、財政規律を重んじる財務省の抵抗で、思い切った財政出動ができなかった。更に、財政出動をしても、補助金や助成金で既得権益セクターを支えるばかりで、イノベーションを引き起こす新規産業への投資はほとんど行えなかった。明らかに指導層にそのための知恵や歴史観が足りなかったのだ。 どこの国でも財務当局というのは財政規律を重んじる傾向がある。しかし、それでも他の先進国は必要とあらば大胆な財政出動を行ってきた。しかし、日本は官僚に対して政治の力が弱いため、財政規律を重んじる財務省の抵抗を政治の力で乗り越えることができなかったと永濱氏は指摘する。 また、更に遡ると、日本のバブルは1985年のプラザ合意で突如として円高を受け入れざるを得なくなり、そこから日本は一気に内需拡大に舵を切ったところにその遠因があった。その意味で、日本の失われた30年の発端となったバブル処理の失敗の背景には、日本の政治が霞ヶ関にもアメリカにも抗えないという、何とも情けない問題があったということだ。 しかし、日本病の発症の原因がそこにあったとしても、なぜ日本はその後30年もの間、そこから抜け出せないでいるのか。永濱氏は日本の経済停滞がある程度続いた結果、国民の間にデフレマインドが広がってしまったことにその原因があると指摘する。今、日本は世界的な資源価格の高騰と日米金利差に起因する円安によって、物価が上がり、事実上のインフレ状態になっている。しかし、にもかかわらず、国民がデフレマインドから脱却できていないため、物価が上がる局面になっても、もっと高くなる前に買っておこうではなく、できるだけ節約して再び物価が下がるのを待とうと考えるようになってしまった。一度良い生活を経験してしまうと元の生活水準に戻れなくなることをラチェット効果というが、長期にわたるデフレのせいで、消費を抑えて節約しても生活できると思ってしまう逆ラチェット効果が起きていると永濱氏はいう。 今の状況を打開するためには、とにかく個人消費を活性化させる必要がある。その方法の一例として永濱氏は韓国のキャッシュレス決済の所得控除のような、お金を使った人が得をするような政策を打つ必要性を唱える。韓国は物を買うときにキャッシュレスで決済をすると、税金の控除を受けられるような仕組みを導入し、消費の活性化に成功したという。日本ももっと消費を喚起する施策を実施する必要がある。 日本でも先月、石破政権が経済対策を発表しているが、相変わらず電気・ガスやガソリンの補助金、住民税非課税世帯への給付など、一時的な補助金や給付など旧態依然たる施策が多い。永濱氏によると、それでは事業規模だけは39兆円と金額を積み上げている割には消費刺激の効果は薄いのではないかと言う。 そもそも日本はなぜ日本病に陥ったのか、日本病から脱却するために誰が何をしなければならないのか。なぜいつまでたっても日本の政治は必要な施策を実行することができないのかなどについて、第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so44425367(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2024/12/16(月) 12:00
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<マル激・後半>5金スペシャル・不条理だらけの世界を当たり前としない生き方のすすめ
月の5回目の金曜日に特別企画を無料でお届けする5金スペシャル。今回は映画特集をお送りする。 今回取り上げた映画やドラマは次の7作品。どれも、多くの人が自明だと信じて疑わない社会の「当たり前」に疑問を投げかける秀作だ。 ・『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(アレックス・ガーランド監督) ・『ザ・ディプロマット』(リザ・ジョンソン、サイモン・セラン・ジョーンズ監督) ・『ラストマイル』(塚原あゆ子監督) ・『哀れなるものたち』(ヨルゴス・ランティモス監督) ・『憐れみの3章』(ヨルゴス・ランティモス監督) ・『トナカイは殺されて』(エレ・マリア・エイラ監督) ・『ロスト・チルドレン』(オーランド・ボン・アインシーデル監督) 『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、内戦状態のアメリカで取材に奔走するジャーナリストたちを描いている。ジャーナリストたちは戦場で命を危険に晒されながらも、前線に近づくにつれむしろ生き生きとし、高揚感に心を震わせる。映画は「そんなに戦争がしたいならすればいいではないか」と唆すようだが、それは、戦争をすれば破滅に向かうだけだが本当にそれでよいのかと問うメッセージの裏返しでもある。今の平和が当たり前ではないという現実を、平和ボケしたわれわれに突きつける。 ドラマシリーズ『ザ・ディプロマット』は、イギリスの保守派がスコットランドの独立を阻止すべく画策した自作自演の戦艦爆破事件を巡り、米、英、ロシア、イランとの外交と米英両国の国内権力闘争が交錯するさまをスリリングに描く。誰が本当の味方で誰が本当の敵なのか分からなくなる、今日の世界の政治状況が投影される。 『ラストマイル』はグローバル化された物流サービスとその下で過酷な労働環境で働かされている運送業の労働者、そしてアメリカ本社からの指示を受けてそれを差配する日本人幹部達が抱える葛藤などが描かれている。しかし、荷物を届ける物流の最後の区間であるラストマイルに携わる人々に過大な負担をかけている張本人は物流会社幹部ではなく、即配サービスを当たり前のように利用しているわれわれエンドユーザーであるという現実も浮かび上がる。頼んだ翌日に物が届くことが当たり前になった世の中を維持するために、どこに負担のしわ寄せが集まっているかをあらためて考えさせられる。 『哀れなるものたち』と『憐れみの3章』はギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス監督のギリシャ悲劇を現代風にアレンジした作品。『哀れなるものたち』は、赤ちゃんの脳を移植された女性が成長していく物語。社会の仕組みを何も知らない状態の赤ちゃんが取る奇想天外な行動は、われわれが当たり前と思っていることには実はほとんど何の意味もないことを思い知らされる。 『憐れみの3章』は、上司のおじいさんに人生の全てを支配される男、自分の妻を偽物ではないかと疑う男、死者を蘇らせる力を持った女性を探す女という3つの物語からなる。服従や自己犠牲、妄信という欲望に翻弄される人々が描かれており、人間の本質とは何かを問う作品だ。 狩猟民族の少女が主人公の『トナカイは殺されて』には、差別する定住民と差別される非定住民の対立が描かれている。日々狩猟採集を行い、移動しながら生き生きと生活する非定住民を見れば、定住民の生活がいかにつまらないものかがよく分かる。 『ロスト・チルドレン』は飛行機事故によりアマゾン密林で行方不明になった子どもを捜索するドキュメンタリー。GPSを使っても見つからなかった機体を先住民の子どもは見つけることができた。多くの日本人が信じる近代的な合理性より、先住民の合理性の方が正しいことを示している。 複雑化した社会でわれわれが当たり前だと思っていることがいかにでたらめなのか。7つの映画作品についてジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。 なお、番組の冒頭では、政治資金収支報告書のデータベース化の現状について議論した。 石破首相は29日、臨時国会で所信表明演説を行い、政治資金収支報告書の内容を誰でも簡単に確認できるデータベースの構築の議論を進めると述べた。しかし党内には政治資金の収支がすべてガラス張りにされることに対する抵抗が早くも始まっている。その切り札が「個人のプライバシー」を言い訳に、データベース化される情報の範囲をできるだけ狭くしようという動きになって現れている。26日に行われた政治改革に関する与野党7党の協議の場で、自民党の・政治改革本部長を務める渡海紀三朗衆院議員はデータベース化される対象を政党本部と国会議員関係団体に限定する意向を表明している。 そもそも政治資金収支報告書は今もPDFでウェブ公開され、そこには個人寄付者の名前もすべて公表されている。しかし、それがデータ化されていないために検索やソート(並び替え)などが容易にできず、それが結果的に膨大なページ数にのぼる政治資金収支報告書を詳細にチェックすることを事実上不可能にしている。単に、これまでPDFで公開されてきた情報をデータ化し、データベースを構築することで検索が可能な状態にすることが、石破首相が28日の所信表明演説で明言した「誰でも確認ができる」政治資金収支報告書のデータベース化の要諦であることを忘れてはならないだろう。 それをなし崩し的に無力化しようとする抵抗勢力の巻き返しには、今後も目を光らせていく必要がある。前半はこちら→so44378487(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2024/12/02(月) 12:00
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無料 49:14
<マル激・後半>5金スペシャル・映画が描く「つまらない社会」とその処方箋、そしてつまらなそうな自民党総裁選が問うもの
月の5回目の金曜日に特別企画を無料放送でお届けする5金スペシャル。今回は久しぶりに映画特集をお送りする。 今回取り上げた映画やドラマは「地面師たち」(大根仁監督)、「Chime」(黒沢清監督)、「マミー」(二村真弘監督)、「無言歌」(ふるいちやすし監督)、「転校生」(金井純一監督)、「そうして私たちはプールに金魚を、」(長久允監督)の6作品。いずれも社会のつまらなさや異常さ、理不尽さが隠れたテーマになっている作品だ。 「地面師たち」は土地をめぐる実在する詐欺事件をモデルにした小説を原作としたネットフリックスのドラマシリーズで、われわれがいかに土地所有という概念に取り憑かれ、振り回されているかを物語る作品だ。昨今の都内で所狭しと高層ビルの乱開発が進む背景が垣間見えるところも興味深い。 「Chime」は、何の変哲もない日常を送っていた料理教室の講師が、不審な行動を取る生徒との出会いをきっかけに、日常のつまらなさを痛感させられるとともに、非日常の危ない世界へと誘われていく様が描かれている。 「マミー」はこの番組でも繰り返し取り上げてきた和歌山カレー事件を扱ったドキュメンタリー作品で、警察や検察、メディアをはじめとする社会の総意が働いた結果、無罪の可能性が非常に高い林眞須美氏が犯人に仕立て上げられていった経緯が検証されている。警察に検察、メディア、そして裁判所などそれぞれが自分の立場からは合理的と思われる行動を取った結果、明らかに不合理な結論に達してしまう合成の誤謬が巧みに描かれている。 「無言歌」、「転校生」、「そうして私たちはプールに金魚を、」の3作品はいずれも女子中学生や女子高生が主人公の短編映画で、つまらない社会から抜け出したいと願う若者たちの希望や絶望が描かれている。 どの作品も現実の社会のつまらなさが描かれているとともに、社会をつまらなくしている原因やそこから抜け出すための処方箋のヒントが鏤められているようにも見える。 なお、番組の冒頭では、現在の政局を「長老支配」と「安倍(清和会)政治」を終わらせようとする岸田首相の目論見という視点から、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so44047545(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2024/09/02(月) 12:00
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<マル激・前半>5金スペシャル・映画が描く「つまらない社会」とその処方箋、そしてつまらなそうな自民党総裁選が問うもの
月の5回目の金曜日に特別企画を無料放送でお届けする5金スペシャル。今回は久しぶりに映画特集をお送りする。 今回取り上げた映画やドラマは「地面師たち」(大根仁監督)、「Chime」(黒沢清監督)、「マミー」(二村真弘監督)、「無言歌」(ふるいちやすし監督)、「転校生」(金井純一監督)、「そうして私たちはプールに金魚を、」(長久允監督)の6作品。いずれも社会のつまらなさや異常さ、理不尽さが隠れたテーマになっている作品だ。 「地面師たち」は土地をめぐる実在する詐欺事件をモデルにした小説を原作としたネットフリックスのドラマシリーズで、われわれがいかに土地所有という概念に取り憑かれ、振り回されているかを物語る作品だ。昨今の都内で所狭しと高層ビルの乱開発が進む背景が垣間見えるところも興味深い。 「Chime」は、何の変哲もない日常を送っていた料理教室の講師が、不審な行動を取る生徒との出会いをきっかけに、日常のつまらなさを痛感させられるとともに、非日常の危ない世界へと誘われていく様が描かれている。 「マミー」はこの番組でも繰り返し取り上げてきた和歌山カレー事件を扱ったドキュメンタリー作品で、警察や検察、メディアをはじめとする社会の総意が働いた結果、無罪の可能性が非常に高い林眞須美氏が犯人に仕立て上げられていった経緯が検証されている。警察に検察、メディア、そして裁判所などそれぞれが自分の立場からは合理的と思われる行動を取った結果、明らかに不合理な結論に達してしまう合成の誤謬が巧みに描かれている。 「無言歌」、「転校生」、「そうして私たちはプールに金魚を、」の3作品はいずれも女子中学生や女子高生が主人公の短編映画で、つまらない社会から抜け出したいと願う若者たちの希望や絶望が描かれている。 どの作品も現実の社会のつまらなさが描かれているとともに、社会をつまらなくしている原因やそこから抜け出すための処方箋のヒントが鏤められているようにも見える。 なお、番組の冒頭では、現在の政局を「長老支配」と「安倍(清和会)政治」を終わらせようとする岸田首相の目論見という視点から、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。後半はこちら→so44047546(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2024/09/02(月) 12:00
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<マル激・前半>5金スペシャル・あなたはそのサプリの中身を知っていますか/田村忠司氏(ヘルシーパス代表取締役社長)
多くの人が飲んでいるサプリメント。日本では少なくとも20歳以上の人口の3割以上の人がサプリを利用しているそうだ。しかもその市場は年々拡大しており、今やサプリメントを含む健康食品市場の規模は1兆円とも2兆円とも言われている。しかし、日常的に身体に取り込んでいるものであるにもかかわらず、ことサプリに関してはどういうわけかその中身やリスクについて正しい知識を持って飲んでいる人は意外に少ない。 小林製薬の紅麹食害事件では、問題となったサプリメントが機能性表示食品の届け出をしていたことから、機能性表示食品制度の見直しがしきりと取り沙汰されていて、政府は5月31日、被害報告の義務付けを含む対応方針を取りまとめている。確かに機能性表示食品という制度は、消費者に対する実態以上の権威付けになっているという意味で問題が多いが、かといってサプリの中には必ずしも機能性表示食品のお墨付きを得ていないものも多い。実際、サプリを飲んでいる人の多くは、それが機能性表示食品としての届け出がされているかどうかには必ずしもこだわっていないようにも見える。どちらかというと、有名人などが語る広告文句に乗せられて買っている人や、場合によっては効くかどうかは度外視して、自身の生活スタイルに対する免罪符や気休めとして飲んでいる人が多いのではないか。 医療機関に特化したサプリメントを製造販売している「ヘルシーパス」社長の田村忠司氏は、現在市場に出回っているサプリには問題が多すぎると指摘する。まず、ほとんどのサプリは、有効成分は1%程度しか含まれておらず、残る99%は添加物であることを認識する必要がある。わざわざお金を払って添加物を買っているのだ。さらに、サプリに含まれている栄養素には科学的根拠が希薄だったり効果が怪しいものも多い。また、実際に表示されている分量の有効成分が含まれているかどうかも、確認のしようがない。 また、サプリによっては実際に表示されているだけの有効成分が含まれている場合もあるが、それを毎日摂取したり他の薬と併せて摂ることによって、アレルギーなど予期せぬ副作用が生じる場合もある。 東京都が毎年行っている健康食品の試買調査では、店頭で売られている44品目のうち26品目に、不適正な表示・広告が見られたという。インターネットの通信販売にいたっては、81品目中79品目に問題のある表示が見つかっている。 例えば、飲むだけで痩せるとか、膝の痛みが治るなどといった過大広告が蔓延する中、われわれ消費者は何に気をつければいいのか。田村氏は、まずサプリのパッケージをよく見て購入することが重要だと言う。パッケージの裏側を見れば、栄養素の種類や配合量、添加物の有無などほとんどの重要なことは分かるようになっている。実際、多くの人が表に書かれている効果の部分は見ていても、裏側の成分表示はほとんど見ていないのではないか。その意味では買う前にパッケージを確認することができないテレビショッピングでの購入は問題が多いと田村氏は警鐘を鳴らす。また、「医療機関向けサプリ」と謳っていながら一般向けに販売していたり、「ドクターズサプリ」と言いながら医師の関与なしに販売していないかについてもチェックする必要があるという。広告で平気で嘘をつくような会社が、製造過程でお金をかけてきちんと温度管理をしたり、不要な添加物を減らす努力をしているとは到底思えない。 たとえ無駄だとしても、サプリを飲むことで安心感や満足感が得られるなら、それはそれでいいではないかという議論もあるのかもしれない。プラシーボ効果というものもあり得る。しかし、その一方で、サプリには医薬品と変わらないほどの効果を持つ成分が含まれている場合もある。例えば、昨今問題になっている紅麹サプリについては、アメリカの医薬品にも使われているモナコリンKが含まれていて、実際にコレステロールを低減する効果が期待できると考えられているのだ。今回は死亡事故が起きたことでようやく社会も問題視するようになったが、死亡事故にまで至らない副作用が起きている事例は実際には多いはずだと田村氏は言う。 またメディアの責任も重大だ。地上波やBS、CSでひっきりなしに流れている健康食品やサプリのテレビショッピングは、売り上げの大半が放送局に電波料として入る仕組みになっているものが多く、放送局としてはサプリの問題を殊更に取り上げたくない事情がある。紙媒体でもサプリの広告出稿量は多く、メディア側の大人の事情として、死亡事故でも起きない限りあえてサプリの問題を取り上げようという動機は起きにくい。 サプリというのは、有効成分がほとんど入っていなかったり科学的根拠が希薄なため、ほとんど効かないものは効かないもので、そんな添加物の塊のようなものをメディアが喧伝し、消費者に年間兆円単位のおカネを費やさせていていいのかという問題もあるが、逆に効くものは効くもので、医師の指導なく服用することにはそれ相応の危険が伴う。 市場に出回るサプリの危険性や自分にとって効くサプリと効かないサプリの見分け方、われわれの多くがついついサプリを頼りたくなってしまう心理の背景にある不全感や焦燥感、孤独感などの正体について、ヘルシーパス代表取締役社長の田村忠司氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 後半はこちら→so43862135 (本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2024/06/03(月) 12:00
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<マル激・後半>5金スペシャル・あなたはそのサプリの中身を知っていますか/田村忠司氏(ヘルシーパス代表取締役社長)
多くの人が飲んでいるサプリメント。日本では少なくとも20歳以上の人口の3割以上の人がサプリを利用しているそうだ。しかもその市場は年々拡大しており、今やサプリメントを含む健康食品市場の規模は1兆円とも2兆円とも言われている。しかし、日常的に身体に取り込んでいるものであるにもかかわらず、ことサプリに関してはどういうわけかその中身やリスクについて正しい知識を持って飲んでいる人は意外に少ない。 小林製薬の紅麹食害事件では、問題となったサプリメントが機能性表示食品の届け出をしていたことから、機能性表示食品制度の見直しがしきりと取り沙汰されていて、政府は5月31日、被害報告の義務付けを含む対応方針を取りまとめている。確かに機能性表示食品という制度は、消費者に対する実態以上の権威付けになっているという意味で問題が多いが、かといってサプリの中には必ずしも機能性表示食品のお墨付きを得ていないものも多い。実際、サプリを飲んでいる人の多くは、それが機能性表示食品としての届け出がされているかどうかには必ずしもこだわっていないようにも見える。どちらかというと、有名人などが語る広告文句に乗せられて買っている人や、場合によっては効くかどうかは度外視して、自身の生活スタイルに対する免罪符や気休めとして飲んでいる人が多いのではないか。 医療機関に特化したサプリメントを製造販売している「ヘルシーパス」社長の田村忠司氏は、現在市場に出回っているサプリには問題が多すぎると指摘する。まず、ほとんどのサプリは、有効成分は1%程度しか含まれておらず、残る99%は添加物であることを認識する必要がある。わざわざお金を払って添加物を買っているのだ。さらに、サプリに含まれている栄養素には科学的根拠が希薄だったり効果が怪しいものも多い。また、実際に表示されている分量の有効成分が含まれているかどうかも、確認のしようがない。 また、サプリによっては実際に表示されているだけの有効成分が含まれている場合もあるが、それを毎日摂取したり他の薬と併せて摂ることによって、アレルギーなど予期せぬ副作用が生じる場合もある。 東京都が毎年行っている健康食品の試買調査では、店頭で売られている44品目のうち26品目に、不適正な表示・広告が見られたという。インターネットの通信販売にいたっては、81品目中79品目に問題のある表示が見つかっている。 例えば、飲むだけで痩せるとか、膝の痛みが治るなどといった過大広告が蔓延する中、われわれ消費者は何に気をつければいいのか。田村氏は、まずサプリのパッケージをよく見て購入することが重要だと言う。パッケージの裏側を見れば、栄養素の種類や配合量、添加物の有無などほとんどの重要なことは分かるようになっている。実際、多くの人が表に書かれている効果の部分は見ていても、裏側の成分表示はほとんど見ていないのではないか。その意味では買う前にパッケージを確認することができないテレビショッピングでの購入は問題が多いと田村氏は警鐘を鳴らす。また、「医療機関向けサプリ」と謳っていながら一般向けに販売していたり、「ドクターズサプリ」と言いながら医師の関与なしに販売していないかについてもチェックする必要があるという。広告で平気で嘘をつくような会社が、製造過程でお金をかけてきちんと温度管理をしたり、不要な添加物を減らす努力をしているとは到底思えない。 たとえ無駄だとしても、サプリを飲むことで安心感や満足感が得られるなら、それはそれでいいではないかという議論もあるのかもしれない。プラシーボ効果というものもあり得る。しかし、その一方で、サプリには医薬品と変わらないほどの効果を持つ成分が含まれている場合もある。例えば、昨今問題になっている紅麹サプリについては、アメリカの医薬品にも使われているモナコリンKが含まれていて、実際にコレステロールを低減する効果が期待できると考えられているのだ。今回は死亡事故が起きたことでようやく社会も問題視するようになったが、死亡事故にまで至らない副作用が起きている事例は実際には多いはずだと田村氏は言う。 またメディアの責任も重大だ。地上波やBS、CSでひっきりなしに流れている健康食品やサプリのテレビショッピングは、売り上げの大半が放送局に電波料として入る仕組みになっているものが多く、放送局としてはサプリの問題を殊更に取り上げたくない事情がある。紙媒体でもサプリの広告出稿量は多く、メディア側の大人の事情として、死亡事故でも起きない限りあえてサプリの問題を取り上げようという動機は起きにくい。 サプリというのは、有効成分がほとんど入っていなかったり科学的根拠が希薄なため、ほとんど効かないものは効かないもので、そんな添加物の塊のようなものをメディアが喧伝し、消費者に年間兆円単位のおカネを費やさせていていいのかという問題もあるが、逆に効くものは効くもので、医師の指導なく服用することにはそれ相応の危険が伴う。 市場に出回るサプリの危険性や自分にとって効くサプリと効かないサプリの見分け方、われわれの多くがついついサプリを頼りたくなってしまう心理の背景にある不全感や焦燥感、孤独感などの正体について、ヘルシーパス代表取締役社長の田村忠司氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 前半はこちら→so43862199(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2024/06/03(月) 12:00
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<マル激・後半>5金スペシャル・急激すぎる経済成長が韓国にもたらした超競争社会と超少子化から日本が学ぶべきこと/金明中氏(ニッセイ基礎研究所上席研究員)
月の5回目の金曜日に特別企画を無料でお届けする5金スペシャル。今回の5金は通常の番組編成で、韓国の社会問題に詳しい金明中(キム ミョンジュン)氏をゲストに迎え、超のつく低出生率が世界に衝撃を与えている韓国社会に今、何が起きているのか、その背景にある過剰な競争社会はどのように形成されたのかなどについて議論した。 韓国の昨年の出生率は0.72。1人の女性が生涯に産む子どもの平均的な人数である合計特殊出生率は2.07で人口が維持されるとされる。出生率1.26の日本でも少子化は十分に待ったなしの危機的状況だが、先進国の中で出生率が唯一1を下回る韓国は日本よりもさらに状況は深刻だ。 この急速な少子化の原因の1つに韓国社会の過度に熾烈な競争があると金氏は指摘する。韓国は人口と就業者の50%以上が、面積で12%に過ぎない首都圏に集中しているのだが、良い仕事を得て成功するために首都圏に集まった若者たちの間の競争は熾烈を極める。その競争環境の下で若者達は競争に打ち勝つために、結婚や出産よりもキャリアでの成功を最優先しなければならない状態に置かれている。その結果、人口の集中するソウルの出生率が0.55と、とりわけ低くなっているのだ。 競争を勝ち抜いた成功者は高い年収を得て、結婚し家庭を持ち、子どもを作ることもできるが、それは全体のほんの一握りに過ぎず、大半の負け組にはそれができない。 競争に勝ち抜くと簡単に言うが、それは並大抵のことではない。金氏によると有名大学に入るためには学校とは別に多くの塾に通わなければならない。中には月に30万円以上もかけて、ありとあらゆる塾に通い、さらに少しでも内申書の内容をよくするために、深夜に水泳教室に通ったり、資格を取得するための塾に通っている人も多いのだという。こうなると、子どもを産んで育て、競争に勝ち抜くための費用を負担できる家庭は限られてくる。今や韓国では良い企業に就職できなければ結婚・出産はできないという感覚が社会の共通認識になっていると金氏は言う。これでは出生率が下がり続けるのも無理はない。 しかし、なぜ韓国はそのような状況に陥ってしまったのか。金氏は韓国の経済成長の過程に原因の少なくとも一端があると指摘する。韓国の戦後の発展は「圧縮成長」と言われるほど、日本の高度経済成長よりも更に短期間に急速な経済成長を実現した。金氏は、韓国が経済に力を入れすぎた結果、社会保障や福祉の整備がそれに追いつかず、それが結果的に格差を生む原因となっていると指摘する。加えて韓国は1997年のアジア通貨危機の際に経済破綻をきたしIMFからの支援を受けざるを得なくなった。IMFへの債務を返済するまでは事実上韓国は経済主権を失った状態にあり、その間、開発経済の世界では批判の多いIMF・世銀の構造調整プログラム(SAP)の下で、極度に新自由主義的な経済・社会的制度の改革を強いられた。 その結果、韓国は先進国でも希にみるような格差社会へと変質してしまった。韓国の相対的貧困率、とりわけ年金が未整備の時代に働き、韓国の経済成長を支えた高齢者の貧困率は約4割とOECDでは最も高い水準にある。 格差社会の現実を目の当たりにして、韓国では何とか勝ち組になろうと、誰もが必死で高学歴を得ようとする。韓国の大学進学率は7割を超え、日本の57.7%を遥かに凌ぐ。そしてその大学生たちは誰もが狭き門の大企業を目指すのだ。日本でも中小企業の生産性や賃金の低さが問題視されているが、韓国ではほんの一握りの大企業と中小企業の間の賃金や労働条件の格差が非常に大きい。そのため、若者たちは何とか大企業に入りたいがために、まずは有名大学に入った上で資格やTOEICのスコアを上げるなどのスペックを上げることに血眼になるのだという。 さらに韓国では貧困の固定化も問題となっている。以前は自分が頑張れば上に上がれる社会だと言われた。しかし今は生まれた家庭によって生活水準が固定化されている。有名大学に入るためには塾などで莫大な教育費がかかるため、裕福な家庭でなければ競争に勝ち抜くための教育を受けることが難しくなっているというのだ。 平均賃金で日本を抜き去り、1人当たりGDPでも間もなく日本を抜き去りそうな勢いで成長を続けながら、極度の少子化に直面する韓国が内包している深刻な矛盾とはどのようなものなのか。韓国ではなぜここまで競争が激しくなってしまったのか。過度に急激な経済成長が韓国にもたらした諸問題を、ある面では共通し、ある面では異なる問題を抱える日本に住むわれわれはどう考えるべきかなどについて、ニッセイ基礎研究所上席研究員の金明中氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。前半はこちら→so43596830 (本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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2024/04/01(月) 12:00