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令和の恋愛事情:その19(1,831字)
コメ4
ハックルベリーに会いに行く
5日前
80年代に花開いたパンチラ文化の代表格は、以前にも述べたがあだち充だ。特に彼の代表作である『タッチ』が国民的なヒットを記録したのだが、このマンガにも大量のパンチラが描かれていた。おかげでパンチラは国民的な知名度と立場を獲得した。いうならば市民権を獲得したのだ。これと同時に『うる星やつら』もヒットし...
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令和の恋愛事情:その18(1,744字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
2週間前
1980年代に入って、スカートめくりが廃れた。「はっきりスケベ」の終焉である。代わりに「むっつりスケベ」が立ち上がった。それに伴って発展したのが「パンチラ文化」である。80年代、パンチラ雑誌というものが発刊し、人気を博した。アイドルや素人のパンチラ写真が多数掲載された写真雑誌である。アイドルの場合、彼...
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令和の恋愛事情:その17(1,852字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
3週間前
1980年に『まいっちんぐマチコ先生』という、中学生の男子生徒が若い女性教師にセクハラしまくるというマンガが始まって、アニメ化されるほどの人気を博した。思えばこれが、「はっきりスケベ」の最後の輝きだったともいえる。スカートめくりが下火になる中、燃え尽きる直前の線香花火のように、このマンガはヒットした...
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令和の恋愛事情:その16(1,936字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
4週間前
あだち充の『みゆき』は少年ビッグコミック(旧称「テレビくん」)に連載されていた。この雑誌は変わり種で、創刊当初、少年誌なのにどの連載にも必ず女性のヌードやパンチラなどのお色気シーンを入れるということを一種の不文律としていた。おかげで『球道くん』を連載していた水島新司は、彼には不向きな女性のヌード...
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令和の恋愛事情:その15(1,795字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
1ヶ月前
日本の恋愛は1980年に激変した。細かく見れば徐々に変わったのだろうが、しかし俯瞰で見るとそれはコペルニクス的転回といっても差し支えないほどの急さだった。どう変わったか?男性優位から女性優位になった。ここでレコード大賞の受賞曲を見てみたい。1976年、北の宿から、女が振られる歌1977年、勝手にしやがれ、男...
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令和の恋愛事情:その14(1,510字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
1ヶ月前
みなさんは『みゆき』というマンガをご存じだろうか? あだち充の傑作である。『タッチ』があまりに有名でその前に霞んではいるが、実は『タッチ』の直前に描かれた作品であり、『タッチ』につながる重要なテーマの萌芽がそこにある。そのテーマとは、まさに「1980年代型恋愛」である。『みゆき』 - Amazonマンガ家を含...
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令和の恋愛事情:その13(2,225字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
1ヶ月前
日本の恋愛は1950年代に西洋から輸入され、1960年代に萌芽し、1970年代に花開いた。しかしその揺籃期は短く、1980年には一つのフォーマットができあがってしまう。そこから2026年の今日まで46年間、基本的にそのフォーマットは変わらない。ただしそれは、もはや明らかに耐用年数を過ぎている。だから若者の恋愛離れが起...
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令和の恋愛事情:その12(1,871字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
1ヶ月前
恋愛は1950年代に西洋から日本に輸入された。それは、西洋においては当時の日本にはまだなかった「少女が恋愛を楽しむ作法(術)」がすでに確立していたからだ。その作法が主に本によって戦後の日本に持ち込まれた。すると、それが戦後教育を受けた戦中、戦後生まれの少女たちを中心に広まっていったのだ。そこにおいて...
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令和の恋愛事情:その11(1,577字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
2ヶ月前
『赤毛のアン』は村岡花子が1958年に翻訳した際につけた邦題だ。原題は『Anne of Green Gables』である。この花岡役が売れたため、『赤毛のアン』という名前は一般化した。おかげで以降は他の翻訳でも日本では『赤毛のアン』の名前で出されることになった。ただし、花岡訳の『赤毛のアン』は数奇な運命を辿る。それは、...
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令和の恋愛事情:その10(1,740字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
2ヶ月前
ぼくが思春期に入った80年代。恋愛はすでに決まったフォーマットがあるものと思っていた。だからそれに則ってしなければならないと信じ込んでいた。そして実際、そのフォーマットに則って恋愛をした。しかしながら、実はそのフォーマットが定まったのが1970年代後半なのである。70年代後半、奇しくも恋愛第一世代の松任...
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令和の恋愛事情:その9(2,192字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
2ヶ月前
『アンネの日記』は、ユダヤ系ドイツ人少女のアンネ・フランクが、第二次世界大戦中に綴った日記である。1929年生まれの彼女は、ヒトラー統治下のドイツにおいて迫害を受け、5歳のときにオランダに逃れる。その後、ドイツがオランダに侵攻したことで13歳から15歳までの2年間、隠れ家生活を余儀なくされるのだが、そこで...
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令和の恋愛事情:その8(1,836字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
2ヶ月前
1970年代に起こった恋愛ブーム。それは『ベルサイユのばら』を起点に燃え上がった。しかしその前の60年代から、実は下地として熾火のように恋愛への憧憬が少女たちの間に広がっていた。そのときに参照されたのは、日本のコンテンツではなかった。日本のコンテンツは旧来からの文化的規範から外に出なかったからだ。そこ...
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令和の恋愛事情:その7(1,929字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
2ヶ月前
1970年代の恋愛ブームはどのような経緯で起こったのか? それはやはり少女から起こった。少女マンガを起点に、恋に恋するという形で起こったのだ。そこでモデルとなったのは海外の小説(本)だった。何しろ日本にはモデルとなる小説も本もなかったし、マンガもまだ勃興期だったので恋愛を扱っていなかったのだ。ところ...
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令和の恋愛事情:その6(1,951字)
コメ1
ハックルベリーに会いに行く
3ヶ月前
『ベルサイユのばら』は1972年に14歳くらいの少女に向けて描かれている。つまり1958年生まれくらいの世代に向けて描かれている。この世代はしらけ世代と呼ばれている。1972年にちょうど浅間山荘事件があって、世の中の連合赤軍や共産党に対するまなざしが一気に冷めた。そのときちょうど多感な中学生だった1958年生まれ...
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令和の恋愛事情:その5(2,079字)
コメ1
ハックルベリーに会いに行く
3ヶ月前
現代の若者にとって、まず恋愛までの「距離」がとても遠い。それは彼らに恋愛シミュレーションが足りないからだ。恋愛シミュレーションに最適なのは小説とマンガである。実際、恋愛が最も盛んだった50年前は、恋愛小説と恋愛マンガが活況を呈していた。特に恋愛マンガは少女たちの必読書だったといえよう。おかげでちょ...
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令和の恋愛事情:その4(1,820字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
3ヶ月前
前回は、周囲から狂人だと思われているぼくのことについて書いた。何が言いたいかというと、要は現代人には狂気が不足しているということである。そして恋愛には狂気が必要だ。だから現代人は恋愛ができないのである。若者の狂気不足が、少恋愛、少結婚、そして少子化全ての原因である。だから、恋愛をしたければ、狂気...
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令和の恋愛事情:その3(1,886字)
コメ2
ハックルベリーに会いに行く
3ヶ月前
なぜぼくは怒鳴ることを許されているのか?一番の理由は、ぼくが周囲から「狂人ではないか」と疑われているからだ。ぼくのことを狂人と疑う人は多い。だから怒鳴っても許されるという状況がある。なぜかというと、「気が狂っている」ということは病気なので「弱者」と見なされるからだ。弱者は許さなければならないのが...
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令和の恋愛事情:その2(1,808字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
4ヶ月前
電撃的に動く、ということが現代人には欠けている。取り分け若者には欠けている。しかし昔の人は電撃的に動けた。衝動的な人間でも生きていける素地は十分あった。なぜ今は電撃的な人間が減ったのか?それはおそらくたった一度のミスでさえ許さない社会になっているからだ。過ちを許さない社会。バッファが少ない社会に...
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令和の恋愛事情:その1(1,826字)
コメ0
ハックルベリーに会いに行く
4ヶ月前
今回からは、「令和の恋愛事情」について書いてみたい。ぼく自身はもう恋愛は卒業したが、恋愛事情から見えてくる世情というものもある。だから、もう恋愛をしないという人も、これを知っておいて損はないだろう。取り分け昨今は「少子化」が話題になっているが、これは若者の「恋愛離れ」に起因するところも大きい。さ...