チャンネル 動画 (5) 記事 動画投稿が新しい順 再生が多い順 コメントが新しい順 コメントが多い順 マイリスト登録が多い順 再生時間が長い順 動画投稿が古い順 再生が少ない順 コメントが古い順 コメントが少ない順 マイリスト登録が少ない順 再生時間が短い順 キーワード タグ 1:21 [サンプル版] 90年代、北朝鮮で何が起こったのか?~内部映像が記録した最悪の飢餓 ◆本編(28分)はアジアプレス・ネットワーク有料会員向けに配信http://www.asiapress.org/apn/archives/2010/11/19174359.php◆1990年代後半、北朝鮮民衆を襲った大飢饉は、朝鮮史上最悪のものであることは間違いない。飢えと寒さと病気で命を落とした人の数は 5年間で100万とも300万以上とも言われている。これは、実に人口の5-15%にあたる数字である。この凄惨な飢餓の実情は、アン・チョルとキム・ホンという2人の勇敢な北朝鮮青年がいたからこそ、歴史に記録されることになった。2人が命懸けで撮影した映像を中心に、未曾有の悲劇の原因を考察する。著作権:アジアプレス映像の無断使用・転載を禁止します。Footage Copyright : ASIAPRESSThe video footage may not be used in any form(copying,selling,renting,distributing,screening,broadcasting, webcasting and debunking) without the prior written consent. 1,779 0 1 2013/11/27(水) 15:59 4:35 <北朝鮮>市場は盛況、国営百貨店は閑散 ◇市場経済の波にさらされる社会主義経済両江道恵山(ヘサン)市の「恵山市場」は人々で賑わっている。米、肉、衣類など多種多様な品が並んでおり、あちこちで価格交渉をする声も聞こえてくる。一方、付近にある「恵山百貨店」は対照的な姿を見せている。きれいに整えられた建物内部には、市場では見ることのできない高級製品が並んでいるが、肝心の客の姿が見当たらない。今やお飾りとなった国営商店と、賑わう市場の様子を、北朝鮮内部にいるアジアプレスの取材協力者が2012年11月に撮影した。(整理 南正学)現地の住民は、市場と国営商店の差をどう見ているのか?2009年まで恵山市に住んでいたある脱北者は「百貨店は商品の種類も少なく、値段も高い上に、価格交渉もできません。それと比べ市場は、品物が豊富で、価格交渉も自由なので、庶民は市場を好んで利用します」と説明する。百貨店などの「国営商店」に並ぶ品は、今やほとんどを中国産が占めている。経済難により国内の工場の稼動もままならず、国内生産品では売り場を埋めることができないからだ。外貨稼ぎを行う貿易会社や、中国への親戚訪問者、華僑など、中国と行き来する人々を介し仕入れた品がほとんどだ。北朝鮮では、住民の間で人気の高いテレビやラジオなどの中国産の電子機器を、「収買商店(海外製品を買い取り、一般の住民に販売する)」や「国営商店」で売るよう統制している。しかし、こうした場所で売られている品物は、機能制限があったりで何かと不便なため、住民は好まない。例えばラジオは国営放送だけ聞けるよう周波数が固定されているし、パソコンからはCDをコピーする機能が外されている。今回撮影された映像には、国営商店の一つである「踏査専門商店」も見える。元々は白頭山にある故金正日総書記の生家(捏造である)や「普天堡(ポチョンボ)戦闘」の戦跡地などを訪れる観光客用の店だったものが、商売不振により売り場を個人に経営委託し、今では市場経済式に運営されている。市場経済の波は、米の流通にも影響を与えている。撮影された「糧穀販売所」では住民の姿も、管理する人の姿も見えない。ここは本来、国家が定めた、米を売り買いできる唯一の場所だったのが、今では市場にその地位を奪われている。米を売る商売人が少しでもお金を稼ごうと、市場で米を売り始めたからである。このように、今回撮影された映像からは、社会主義経済における「国営流通」が麻痺し、市場経済化している北朝鮮経済の現状を読み取ることができる。 1 0 0 2013/06/12(水) 15:53 有料 4:36 <北朝鮮>金正恩体制1年...悪化した民衆の生活 金正恩政権になって1年以上が経つが、住民たちは若い指導者へ抱いた期待とは裏腹に、出口の見えない生活苦に悩まされている。その実態を北朝鮮国内のアジアプレス取材協力者がビデオに収めた。映像は2012年11月、北朝鮮西北部に位置する新義州(シニジュ)市と、同じく北部の恵山(ヘサン)市で撮影されたもの。いずれも中国と向かいあう国境の大都市であるため、他の地方都市と比べ、生活水準は低くない。だが、映像には収穫が終わった畑で落穂拾いをする農民や、食べ物を求め市場(ジャンマダン)をさまようコチェビ(ホームレス)の姿が頻繁に登場する。 金正恩氏が政権の座について以降、移動が統制され、国家行事への動員が強化されるなど社会の締め付けが強まるなか、住民の経済活動に支障が出ている様子がよく分かる。特に、子どものコチェビは市場や住宅街、駅など場所を問わず目についた。家計が悪化し、家を出ざるを得ない子どもたちが増えたものと思われる。恵山市に2009年まで住んでいたある脱北者は、この映像を見て「以前と比べ、コチェビの数がずいぶん増えた。他の地域からも流入しているのだろう」と語った。 6 0 0 2013/04/11(木) 16:52 有料 3:40 <北朝鮮>大都市でも交通機関が麻痺(新義州市) 新義州(シニジュ)市の駅前は、殺到する住民たちでごった返しており、職員たちが乱暴に入場を統制している。恵山市のバス乗り場でも、バスを利用する住民が押し寄せ、乗り降りが困難なほどだ。北朝鮮北部を代表する二つの大都市における交通麻痺の実態を、北朝鮮内部に住むアジアプレスの取材協力者がカメラに収めた。2012年11月、新義州駅前。列車に乗ろうと構内に入ってきた住民たちを、「秩序維持隊」の腕章を付けた職員が統制している。特に、大きな荷物を持っている人々は立ち入りすら許されず、追い出されている。住民は抗議するも、聞き入れられる様子はない。このように強圧的な取締りが起きている理由は、列車を利用する人々が余りにも多いためである。恒常化した電力難により、列車は進行と停止を繰り返すほど鈍足ではあるが、代替手段である長距離バスはあまりにも高価なため、庶民は列車を利用するしかない。一方の交通機関である市内バスも大満員だ。バス停に到着したバスに乗ろうと利用者たちは先を争うが、すでに車内には足の踏み場もない。バスは結局、多くの人々を残したまま、出発してしまう。このような交通機関の麻痺により、北朝鮮の住民は、生活に大きな不便を強いられている。 15 0 0 2013/04/05(金) 11:13 有料 28:15 90年代、北朝鮮で何が起こったのか?最悪の飢餓を内部映像が記録 (28分) 90年代、北朝鮮全土を覆った飢饉。2~300万にものぼる人びとが命を落としたともいわれる。飢餓と社会混乱のなかで、いったい何が起きていたのか。北朝鮮人が隠しカメラで克明に記録した飢餓の実態と、北朝鮮を脱出し中国に潜伏する脱北難民たちの証言を通して、人びとがおかれている過酷な現実を伝える。撮影:アン・チョル、キム・ホン、石丸次郎ナレーション:魚住由紀 編集:坂本卓 (28:00 制作:2007年) (C) ASIAPRESS世界で初めて北朝鮮大飢饉の実態を映像で暴いたのは、アン・チョルという名の20代の北朝鮮青年だった。石丸次郎が初めてアン・チョルと会ったのは97年7月。両親が餓死し、難民として中国に這うように脱出してきたばかりの頃だった。石丸と1年余り中国で一緒に暮らした後、アン・チョルはビデオカメラを携えて、再び深夜の豆満江を渡り北朝鮮に入っていった。初めての秘密撮影に挑むためであった。アン・チョルの撮った映像は、世界中に衝撃を与えた。韓国KBSでは98年末に1時間の特別番組を制作、放映翌日の韓国の主要新聞はこぞって社説で番組を取り上げ、飢餓を放置している北朝鮮当局者の無能を批判した。映像は英、独、仏、米などの主要テレビネットワークでも、何度も大きく取り上げられた。北朝鮮の飢餓の深刻さを、アン・チョルの映像を通じて知った人の数は、世界中で数億人に達するだろう。続いて99年には、キム・ホンという青年も、おもに北朝鮮北部地域で秘密撮影を敢行した。深刻な飢餓が北朝鮮全土に拡がっていることが証明された。1990年代後半、北朝鮮民衆を襲った大飢饉は、朝鮮史上最悪のものであることは間違いない。5年間に飢えと寒さと病気で命を落とした人の数はは200万-300万に及ぶと思われる。これは、実に人口の10-15%にあたる数字である。この凄惨な飢餓の実情は、アン・チョルとキム・ホンという2人の勇敢な北朝鮮青年がいたからこそ、歴史に記録されることになった。2人が命懸けで撮影した映像を中心に、未曾有の悲劇の原因を考察する。 50 0 2 2012/08/06(月) 00:00 5件 < 1 次へ >