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Happy Birthday to Town Headman 2021~pool~
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Happy Birthday to Town Headman 2021~pool~

2021-07-23 17:41


     ――レンガ造りの街並みを歩く。

     さくさくと、足の下で音を立てる雪が少々うっとうしい。
     自宅アパルトマンのドアを開こうとして、足元で動く影を見つけた。
     猫だ。
     黒い毛並みの仔猫。
     人なれした様子で足元にじゃれついて来るのを、眺めて暫し。
    「悪いな。ウチにはもう猫がいるからお前は飼えないんだ」
     しゃがんで手袋ごしに撫でてやると、気持ちよさそうな声をあげる。
    「じゃあな」
     後ろ髪をひかれつつも、俺はドアを閉めた。
     ピンポーン。

     ――おや?
     おかしいな。
     俺が部屋に入るというのに、なぜ逆に部屋のチャイムが鳴るのか。
    「……」
     いや、アパルトマンってなんだよ。
     夢だった。

    「まあ、たまの休日だし、うたた寝くらいいいんじゃないです?」
     といいつつ、持ち込んだ薬缶から、湯冷ましにお湯を注ぐのはひさぎだ。
     昼を食べてのちしばし、寮の自室でうとうとしていたところに、おやつを持って来てくれたのである。
    「ほう、カキ氷」
    「近所の駄菓子屋さん、もう始めてたんで。……イチゴで大丈夫でした?」
    「定番だな、もちろん大丈夫だ。いただきます」
    「はい、溶けないうちにどーぞ」
     お先に失礼して、氷と書かれたチープな器から、これまたチープなストロー兼スプーンを手にして、甘い氷を口にほおばる。
     テーブルの向こう、ひさぎはガラスのコップに麦茶を注ぐ。
    「夏も近くなって来たが、やはり日本の夏は麦茶とカキ氷、だな」
    「うん、日本はやっぱりそうだよね」
     しゃくしゃく。
     二人で話しながら、いちごのかき氷を崩して食べていく音が、静かに部屋に響く。
     開いた窓から、初夏の風が入り込んで来る。
    「そうか、ひさぎは外国暮らしが長かったものな」
    「アメリカとかだと、夏といえばレモネードかなあ」
    「ほう」
     麦茶を受け取り、喉を潤す。
    「子供がお小遣い稼ぐのに、家の庭で売ってたりするの」
    「さすがアメリカ、自立している」
    「うちも旅先で仲良くなった子たちがやってるのを手伝ったりもしたよ」
    「ふふ、何気にひさぎは友達、多そうだな」
    「んー、どうだろう。ま、ロスで会ったその子たちとは仲良くなって、しばらく一緒にアルバイトみたいなことしたりしたけど」
    「旅の資金を稼いでいたと」
    「そうそう。……別れる時には、売り上げからカンパしてくれたりしてね」
     そういうひさぎの顔はとても優しい。
    「連絡先は、判らないのか?」
    「ないよ。アドレス書いたメモは貰ったけど……日本に帰って来る前に、どこかに行っちゃった」
    「なら、その町に行けばいいわけだな」
    「……は?」
    「いや、実際にロスに行って、覚えている限りの場所を探してみれば、知り合いの一人や二人は見つかるのでは?」
    「いや、それはそうかもだけど……そんな簡単に」
    「今となっては世界をまたにかけるケルベロスの一員。そのくらいは可能だろう。なんならこの夏の休暇で行って来たらどうだ」
     彼女はしばし、黙って。
    「……まあ、気が向いたら」
     そういって、まるで顔を隠すように窓の向こうへ視線を向ける。
    「うむ」
    「……それは、それとして!今はこれです」
     勢い込んでひさぎが、端末の画面を差し出す。
    「ふむ?……ああ、イベントの連絡が出ていたな。梓織さんの誕生日の奴か」
    「です。……いつか貴峯のおばさまの誕生日シナリオに一緒に行きたいな、とは思っていて。……ちょっと今回男のひと向けではない気もするし、とててもとても迷ったのです、が」
     彼女は少し、唇をかむ。
     ポニーテールにした髪の下、首筋にひとすじ、汗が流れる。

    「やっぱり、うちはあなたと一緒に行きたいです」
     彼女の顔が赤い。俺はにんまりとする。
    「今年のプレゼントは、変化球というわけだ?」
    「……です」
    「――もちろんOKだ。是非行こう、ついでに泊まりにして、お婆さんのところにも顔を出さねばな」
    「え、いや、そんな大事にしなくてもいいんだけど」
    「いやいや、俺としては神戸まで行って顔を出さないわけにはいかん。改めて結婚の報告もせねばいかんし」
     なんとなく、言うんじゃなかったという色を見せ始めたひさぎの表情を眺めて、俺はふと先ほどの夢を思い出す。

    「そういえば、先ほどうたた寝をしている時に、こんな夢を見ていたんだ」
    「……どんなんです?」
    「俺はどこか、ニューヨークっぽいような都市のアパートに住んでいて、入り口にねこが捨てられていたんだがな、俺の部屋にはひさぎが居るからなとちゃんと断ったのだ」
     笑顔で胸を張る。
     と、そこまで言って。

     ひさぎがまるで、GOMIを見るような目つきで俺を見つめているのに気づく。

    「……あれ?ひさぎさん、どうかしたのかな?」
    「……はいはい、それで?今度はどんな可愛い子を見つけたんです?」
    「え。いやちがくて」
    「どーせ、その前振りからの本題が別にあるんじゃないんですか?いいですよ、怒らないから言ってごらんなさいな」
     一転、にこにこ笑顔で迫って来る俺の猫にして新妻。
    「うわあ、俺、物凄い信用がない」
    「まあ、それはそれとして」
     ぺろり。
     このくらいはやりかえさせろと言わんばかりに、カキ氷のシロップで真っ赤になった舌を見せて山猫が笑って。
     俺は、時が止まればいいと思った。

     そんな暑くなって来た日々の一幕。
     ちょっとだけ背筋が冷えた午後。
    「お誕生日おめでとう」
    「ありがとう」
     響くのは二人の笑い声。
     俺はひさぎをプールに連れていく約束をした。

     微かに熱を含んだ風が部屋を通り抜けて、遠く遠く、御柱の山へ駆けていく。
     夏が来る。
     ウチにひまわりは、もう咲いていない。
     けれど、ウチの神社に咲くキササゲは、今が盛りだ。
     そう俺の庭には、今も花が咲いている。

     淡く、黄色い――…古くはひさぎと呼ばれた花が。


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