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2020-07-10 05:18
    *朝になって眠るのは割と好きかもしれないと思った、
    ツイッターで知り合った女の子とグデーンと語らいながらお薬をボリボリする
    徐々に酩酊状態になって歪む視界の外側から優しい声を聞く。
    私にも理解者が居て、私もたくさんの人を理解したいと願ったりもする。
    それは大変偽善的かもしれない感情かもしれないけれど、
    探り探りでも語り相手と共鳴するのは居心地の良いものだった。
    知らないことばかりだということを知るのは楽しい。
    何よりスリルがある。
    対人関係は賭け事ではないが、確かに当たり、ハズレの境界線はあると感じている。
    頭は冴えて、けれども、まるでコミュニケーション能力のない曖昧な言葉を発して
    抽象的なニュアンスに頷いてくれる人がいるのは、本当に恵まれている。
    もしも私が木だとしたら、根っこを構築しているのは環境と周囲の友人、知人ではなかろうか。
    知的好奇心は絶えない。
    たくさんのことや人を知りたいし、咀嚼して飲み込んで引っ張り出したくなるような素敵なフレーズをくれるのはいつも本や映画だったり、それこそ他者の存在であったり、
    巡り合わせ、ご縁とは、素晴らしいと感動してしまう。
    心を揺り動かされなくなってしまうのは、死んだ昆虫のようだ。あまりに機械的。
    そんなつまらないことなんて考えて居ないで、無限大に広がる空想と、不明晰なリアリズムと、バランスを保ちながら、自我と自我とのタイマン(&セッション)がしたいし、
    もっと言えば世界中の人と友達になりたい。
    世界はなんとなくいつだって不穏だけれど、目に見えない平坦な幸福に乗っかって、
    何時もピースを掻き集めたい。不安定な精神でも、必ず何処かに解ってくれる人がいるんだ。


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