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欽ちゃん79歳の人生どこまでやるの!? 第17回「スミちゃんが亡くなって知ったこと」
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欽ちゃん79歳の人生どこまでやるの!? 第17回「スミちゃんが亡くなって知ったこと」

2020-11-26 05:00
     奥さんの澄子さんが八月に亡くなって以来、たくさんの人からお悔やみをもらった。
     お線香や果物と一緒に、「お寂しいでしょう」とか「毎日、悲しくお過ごしでしょう」とお手紙をくれる人も多くてね。その気遣いがとても嬉しい。ただ、一方で何だか心配をかけてしまっているような、そんなちょっと申し訳ない気もしているんだ。
     というのも、スミちゃんを亡くして三か月が経ったいま、ぼくは「寂しい」というのとは違う気持ちを感じているの。
     だって、誰かとの関係というのは、その人が亡くなってしまったからといって、そこで終わってしまうものじゃない。むしろその後もずっと、「新しい物語」が続いていくものだと思っているから。
     よく「お別れ」というけれど、どうして別れないといけないんだろう?
     そんな思いもあって、ぼくはお葬式や告別式のとき、亡くなった人の顔は一切見ないようにしていてさ。
     見てしまうと、そのときの顔がずっと記憶に残ってしまいそうで、たまらない気持ちになる。「もう会えないんだ」という悲しさが、心に染みついてしまうような気がするの。
     だから、お葬式ではお棺の足のところにお花を置くだけ。同じ理由で、親しかった人には手も合わせられないし、お悔やみの言葉も言わない。「さよなら」をしているみたいで、何とも言えず悲しくなってきちゃうから。
    「私はお別れに来たのではありません。今日は久しぶりに会いに来て、またどこかで会いに来るつもりです。それじゃあね」
     そう言って帰ってくることが多いんだ。
     
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    更新頻度: 毎週水,木曜日
    最終更新日:2021-03-04 05:00
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