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「官僚のトップ」という言葉がこれほどふさわしかった人はいない。七つの内閣に仕え、先ごろ九十六歳で死去した石原信雄元官房副長官だ。昭和天皇崩御から消費税導入、自衛隊の海外派遣、政権交代まで激動期において石原氏こそが「日本政府」そのものだった。
旧自治省事務次官から官房副長官になったのは一九八七年、竹下登内閣の時。横浜のあざみ野から東急田園都市線で永田町まで出勤し、そこから車に乗って首相官邸へ行くスタイルは退官まで変わらなかった。

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最終更新日:2023-03-23 05:00
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