

3月も下旬だというのに、朝から東京には大粒の雪が降った。窓の外に広がる不穏なほどに白く染まった世界におののき、確認しようと細く開けた窓から吹き込む風の鋭い冷たさに、慌てて窓を閉める。堅牢な室内に蓄積された温度と湿度にほっとすると共に、すでにその欠片は先ほどの風によって損なわれてしまったことが少し切ない。そうか、『溺れる鳥は五度はばたく』の読後感は、あの時の安心感と寂しさによく、似ている。
本書は、人知れぬ洞窟に古(いにしえ)から存在する神や頬袋をもつ少女、遊牧民の頭領の子にして占師の少年、拐かされた花嫁、惑星に降り立つイヌイットの調査員など、大きな時代のうねりのようなものに翻弄されながらも力強く生きる人々を描いた5つの物語からなる短編集だ。
