週刊文春デジタル
先日乗ったタクシーで、運転手さんが世間話かのように海外からの観光客について悪し様に語り、そのままコロナは全部陰謀だと話し始めたため、目的地のだいぶ手前で降ろしてもらったことがあった。相手が海外に何かしらの縁を持つ人間だという可能性も、身の回りの誰かをコロナで亡くしているという可能性も想像すらしない、そんな人間が運転する車に乗っていることが心底恐ろしかったからだ(運転って“かもしれない”をベースにしなければならないものじゃないのか!?)。『半分姉弟』を読んだ今、改めて考える。私は、あの人とは違うと、胸を張って言えるのだろうか。