大学に入学して上京したとき、わたしはセミが地上に出たときのようだった。見るもの聞くものすべて新しく、驚きの連続だった。

 セミは地上に出るともっぱら生殖のために短い生涯を捧げるが、わたしはセミよりもキヨラカだった。授業に出て(1週間だけだったが)、部活動にいそしみ(1週間で終わったが)、英字新聞を1年間購読するなど(実際に読んだのは1週間だけだったが)、文化的活動に励み、その結果、寮の食堂はあまりにもまずいこと、何百人も入る大教室に行くとロクにマイクの声も聞こえない立ち見席しか入れず、部活動では振り落とすために大学の周囲を走らされること、英字新聞は1週間ぐらいでは読めるようにならないことを知った。 
週刊文春デジタル