• 伝信(でんしん)について

    2019-11-03 23:38

    動画第二章で盛り込めなかった話の一つに「伝信」と言う文字があります。

    今だと「電信」の誤字じゃ?って指摘が入りそうですが、
    明治の最初期では伝信(当時は傳信と表記)が使われていました。

    例えば明治2年に東京-横浜間を結んだ日本で初めての電信に関する
    「傳信機の布告と言うものがあります。

    しかし明治5年ぐらいから電信に統一されたようで東京-長崎間の電信線について壊されないように取り締まる的な布告(リンク先一番左)では「電信」が使われていました。

    導入されたばかりで色々確定していなかったんだろうなーと想像出来るお話でした。


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  • 日本で初めての電信は信州から?

    2019-09-22 09:06


    日本海底ケーブル史 第一章では日本で行われた初の電信は1854年にペリーが2回目の来航の時に持ち込んだエンボッシングモールス電信機(紙テープにモールス信号を押しつけて印字する信号機)としている。

     図1 ペリーが持ち込んだエンボッシングモールス電信機

    しかし信濃(今の長野県辺り)の松代藩の佐久間象山が1849年にオランダの百科事典を元に電信機を作成したと言う説がある。
    実際長野市松代には彼が電信実験を行ったと言われる鐘楼があり、郵政博物館松代通信資料館などに絹巻銅線が遺されている。
    ではなぜ動画で取り上げなかったかというと、サムライ、ITに遭う : 幕末通信事始や「産業考古学 = Industrial archaeology (34)」「産業考古学 = Industrial archaeology (32)」では、実験したのは間違いないが1860年が妥当であろう、と言う説を見かけたため。
    どうやら象山の門下生が1849年に実験したと証言したためらしい。

    ちなみに象山の門下生の一人である勝海舟の妹は象山の妻。
    そして勝は1854年夏頃オランダから提供されたモールス電信機を1855年に13代将軍家茂の前で実演した際の責任者を務め、電信機の解説書を残しているらしい。
    そして勝はペリーの電信機とオランダの電信機を比較して「アメリカ製の方が簡単で性能が良い」と感想を残している模様。

    こんなところにもつながりがあったりする。
  • オールレッドラインかオールレッドルートか?

    2019-08-31 23:50
    1911年に完成したと言われている英国が持つ世界中の植民地や経済支配地域とそれを接続したルートを表す地図は、書籍によってオールレッドライン(All Red Line)かオールレッドルート(All Red Route)のどちらかを使っている

    例えば個人的に海底ケーブル界の正史に位置づけている電電公社(NTT)が編纂した「海底線百年の歩み」ではオールレッドルートが使われていたりするが、情報覇権と帝国日本」だと
    オールレッドラインだったりする。

    英語版Wikipediaで調べてみると、
    All Red Routeは英国国営郵便であるロイヤルメールが通っていたルートや国々を赤く表示したもので、当初は郵便を運搬する蒸気船のルートが対象だったが後に電信も含む様になったらしい。
    そしてAll Red Lineはそのものずばり英国の電信線が通っているルートとその国々を赤く表示したものらしい。

    なので電信線について語る場合はどちらを使っても正しいが、電信線のみを強調したい場合はオールレッドライン(All Red Line)の方が良いような気がする