• 装荷線輪

    2020-07-19 15:13


    日本海底ケーブル史第十二章で無装荷ケーブルが登場する前は、
     装荷ケーブルを使って、
      金属ケーブル内のコンダクタンスを減らし伝送距離を稼いでいたとした。

    装荷ケーブルには途中にコイルを挿入する塊装荷(日本では装荷線輪と呼ぶことの方が多い)と
     ケーブル芯線周りに透磁率の高い金属膜を巻く包括装荷の二つがある。

    包括装荷の一つであるパーマロイケーブル
     1924年にニューヨークと大西洋上のアゾレス諸島を結んだ。

    では装荷線輪ってどんなもの?と言うのが今回のネタ。
     現在も鉄道の信号ケーブル向けに装荷線輪が製造されている。
      ※以下の画像は緑邦産業株式会社のカタログより引用


    こんな感じに容器の中にコイルが封入されている装荷線輪を
     架台に置いてケーブル途中につなげていた。
      ※以下の画像は無くなったYahooブログの記事のキャッシュからサルベージしたもの



    なお架台の一部は今でも現存しており、
     愛知県豊川市の旧豊川電話装荷線輪用櫓国の登録有形文化財として残されている

    グーグルマップのストリートビューでも確認できる。

    こんな感じで昔の銅線による長距離伝送では
     こんな工夫をしていたと言うお話でした。
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  • 伝信(でんしん)について

    2019-11-03 23:38

    動画第二章で盛り込めなかった話の一つに「伝信」と言う文字があります。

    今だと「電信」の誤字じゃ?って指摘が入りそうですが、
    明治の最初期では伝信(当時は傳信と表記)が使われていました。

    例えば明治2年に東京-横浜間を結んだ日本で初めての電信に関する
    「傳信機の布告と言うものがあります。

    しかし明治5年ぐらいから電信に統一されたようで東京-長崎間の電信線について壊されないように取り締まる的な布告(リンク先一番左)では「電信」が使われていました。

    導入されたばかりで色々確定していなかったんだろうなーと想像出来るお話でした。


  • 日本で初めての電信は信州から?

    2019-09-22 09:06


    日本海底ケーブル史 第一章では日本で行われた初の電信は1854年にペリーが2回目の来航の時に持ち込んだエンボッシングモールス電信機(紙テープにモールス信号を押しつけて印字する信号機)としている。

     図1 ペリーが持ち込んだエンボッシングモールス電信機

    しかし信濃(今の長野県辺り)の松代藩の佐久間象山が1849年にオランダの百科事典を元に電信機を作成したと言う説がある。
    実際長野市松代には彼が電信実験を行ったと言われる鐘楼があり、郵政博物館松代通信資料館などに絹巻銅線が遺されている。
    ではなぜ動画で取り上げなかったかというと、サムライ、ITに遭う : 幕末通信事始や「産業考古学 = Industrial archaeology (34)」「産業考古学 = Industrial archaeology (32)」では、実験したのは間違いないが1860年が妥当であろう、と言う説を見かけたため。
    どうやら象山の門下生が1849年に実験したと証言したためらしい。

    ちなみに象山の門下生の一人である勝海舟の妹は象山の妻。
    そして勝は1854年夏頃オランダから提供されたモールス電信機を1855年に13代将軍家茂の前で実演した際の責任者を務め、電信機の解説書を残しているらしい。
    そして勝はペリーの電信機とオランダの電信機を比較して「アメリカ製の方が簡単で性能が良い」と感想を残している模様。

    こんなところにもつながりがあったりする。