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KDDI MUSEUMに行ってきました
いままで海底ケーブルを展示している様な施設はエヌ・ティ・ティ・ワールドエンジニアリングマリンの長崎事務所にある海底線史料館ぐらいしかなく、小山のKDDI国際通信史料館は閉鎖されて見ることが出来なくなっていた。
そんな中KDDI国際通信史料館の収蔵品を引き継ぎ、KDDIの歴史を展示する施設であるKDDI MUSEUMが小田急多摩センター駅もしくは京王多摩センター駅近くのLINK FOREST2階で2020年12月から一般公開されたので行ってきました。
館内の撮影は個人で楽しむ範囲で可とあり撮影は可能であるが、ブログとかに公開するのははばかれるので、受付以外はインターネット上から画像を借用しつつ紹介したい。
KDDI MUSEUMがあるLINK FORESTにはファミリーマート多摩鶴牧三丁目店があるため、それを目標に向かうと良い。
そしてファミリーマート隣に敷地入口があり、警備の方が居るがKDDI MUSEUMの見学に来たと言えば優しく案内してくれる。
入口受付はLINK FOREST2階にある。
受付横には小さなクロークが有り小さなバッグぐらいなら入れられるロッカーがあり利用できる。
現在見学は事前予約が必要で、今のところガイド付きの90分ツアーが午前1回午後2回の枠がある。
なおMuseumの公式サイトにはヴァーチャルミュージアムが公開されており、大まかに展示物を把握することができ、見学前に軽く予習することが可能である。
ガイド付きツアーなので一つのコーナーで一通りの説明が終わり、大半の参加者が次のコーナーへ進んでしまうと次の説明がスタートするので、1回で全ての説明や展示されている機器類を細かく見るのは難しいと思う。
大まかに分けると展示は3つに分かれている。- 日本の国際通信
- 通信事業自由化と移動通信
- 通信の未来
他にも通信衛星インテルサットⅠ号とⅢ号の実機(予備機)や太平洋を横断し日米間を繋いだ海底同軸ケーブル(TPC-1)や海底光ケーブル(TPC-3)などなど様々な実機も展示されている。
英語版WikipediaにあるインテルサットⅠ号の画像
ポルトガル語版WikipediaにあるインテルサットⅢ号の画像
そして昭和60年頃から始まった通信自由化や携帯電話の普及と言った展示となり、IDOや第二電電(DDI)そしてツーカー(Tu-Ka)といった、今の日本の3大携帯キャリアの一角であるauの源流となったざまざまな携帯電話を一同に見ることが出来た。
40歳以上の方たちには懐かしさ全開の展示である。
日本語版WikipediaにあるTU-KAの端末例・TH-781
当然最近の機種も展示してあり日本初のウォークマン内蔵携帯W42Sなどなど様々な歴代携帯電話を高い壁一面へ一挙に展示するスペースもある。
ITMediaにあった日本初のウォークマン内蔵携帯W42Sの画像
展示が進んでいくと今流行のバーチャル的なコンテンツ体験コーナーとなって見学は終了となる。
最後にお土産としてKDDI MUSEUMのロゴが入ったエコバックをいただいた。
正直見足りないところがあるので機会を見つけてまた行ってみたい。
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装荷線輪
日本海底ケーブル史第十二章で無装荷ケーブルが登場する前は、
装荷ケーブルを使って、
金属ケーブル内のコンダクタンスを減らし伝送距離を稼いでいたとした。
装荷ケーブルには途中にコイルを挿入する塊装荷(日本では装荷線輪と呼ぶことの方が多い)と
ケーブル芯線周りに透磁率の高い金属膜を巻く包括装荷の二つがある。
包括装荷の一つであるパーマロイケーブルが
1924年にニューヨークと大西洋上のアゾレス諸島を結んだ。
では装荷線輪ってどんなもの?と言うのが今回のネタ。
現在も鉄道の信号ケーブル向けに装荷線輪が製造されている。
※以下の画像は緑邦産業株式会社のカタログより引用
こんな感じに容器の中にコイルが封入されている装荷線輪を
架台に置いてケーブル途中につなげていた。
※以下の画像は無くなったYahooブログの記事のキャッシュからサルベージしたもの
なお架台の一部は今でも現存しており、
愛知県豊川市の旧豊川電話装荷線輪用櫓国の登録有形文化財として残されている
グーグルマップのストリートビューでも確認できる。
こんな感じで昔の銅線による長距離伝送では
こんな工夫をしていたと言うお話でした。
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伝信(でんしん)について
動画第二章で盛り込めなかった話の一つに「伝信」と言う文字があります。
今だと「電信」の誤字じゃ?って指摘が入りそうですが、
明治の最初期では伝信(当時は傳信と表記)が使われていました。
例えば明治2年に東京-横浜間を結んだ日本で初めての電信に関する
「傳信機の布告」と言うものがあります。
しかし明治5年ぐらいから電信に統一されたようで東京-長崎間の電信線について壊されないように取り締まる的な布告(リンク先一番左)では「電信」が使われていました。
導入されたばかりで色々確定していなかったんだろうなーと想像出来るお話でした。
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